ピアノフォルテの調律

作者:犬塚ひなこ

●調律の工房へ
「――あなた達に使命を与えます」
 それは何処とも知れぬ場所。其処では或る指令が下されていた。
「この街にピアノ調律技師が工房を構えているそうです。その人間と接触して仕事内容を確認し、可能ならば習得した後……殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構わないわ」
「了解しました、ミス・バタフライ」
 手品師のような姿をした女性から命令を受けた螺旋忍軍の青年達は深々と頭を下げる。両者の額には渦巻いた模様の仮面が装着されていることから、彼女達全員が螺旋忍軍であることがわかった。
「しかし、調律技師っすかぁ。俺に出来るっすかねえ、青井?」
「赤井、ミス・バタフライの前では口を慎みなさい。きっと意味の無いこの件も、巡り巡って地球の支配権を大きく揺るがす事になるのでしょう。僕達にお任せください」
 互いの名を呼び合った二人の青年は顔をあげ、ミス・バタフライの指令に応じる為にその場を去る。向かう先は勿論、街外れに位置するピアノ調律師の自宅兼工房だ。
 その先で一体何が起こるのか。今はまだ、未来は謎に包まれている。
 
●蝶々の羽搏き
「たいへんです、皆様! 螺旋忍軍が動き出したみたいです!」
 雨森・リルリカ(花雫のヘリオライダー・en0030)は妙な事件が視えたと話し、集ったケルベロス達に事情を説明しはじめた。その螺旋忍軍の名はミス・バタフライ。
 彼女は珍しい仕事を生業としている人間の所へ配下を送り、その仕事の情報を得たり、或いは習得した後に殺害させようとしている。一見すると大規模な事件ではないが、螺旋忍軍の狙いは妖しい。
「この事件を阻止しないと、バタフライエフェクト……日本語で言うなら風が吹けば桶屋が儲かるっていう言葉ですね。そういった影響でケルベロスに不利な状況が発生してしまう可能性が高いみたいでございます」
 リルリカはそれがなくても、殺人事件は見過ごしては置けないと語った。
 一般人の保護。そして、ミス・バタフライ配下の螺旋忍軍の撃破。それが任務になると告げ、少女は仲間達に協力を願った。
 
 今回、向かうのは街外れのピアノ修理工房だ。
 ギル・ノクターンという五十代のドワーフがひとりで切り盛りしている工房は森の近くにある。工房に持ち込まれたピアノを直したり出張修理で外回りに出掛けることの多い彼は、そろそろ弟子でも取ってみようかと考えているらしい。其処へ一般青年に扮した螺旋忍軍の二人が現れるのだから、ギルは快く仕事内容を教えてしまうだろう。
 だが、予知があったからといって事前に彼を工房から完全に避難させてしまうと螺旋忍軍達も現れなくなる。
「そこで皆様にはギルさんのお弟子さん志望者として潜り込んでもらいますです!」
 リルリカはびしりと指先を向け、説明を始めた。
 今回は事件の三日ほど前から対象に接触する事ができる。事情を話すなどして仕事を教えて貰うことができれば、螺旋忍軍の狙いをケルベロスに変えさせることが可能だ。
「皆様が囮になるためには見習い程度の力量になる必要がありますです。螺旋忍軍が来るまで、みっちり修行してくださいませ!」
 がんばってください、と告げたリルリカはぐっと掌を握る。もし螺旋忍軍が訪れる日までに簡単な調律技術を覚えておけば敵はケルベロスを狙い、ギルは安全な場所に隠れていられる。逆に期日までに何もしないでいた場合、敵はケルベロスに技術がないと判断してギルを狙いにいくだろう。
 うまくケルベロス側に気を引けた場合、そのまま戦闘に持ち込めばいい。
 対する螺旋忍軍は二人。一筋縄では勝てない相手だが、技術を教えると称して分断するなどすれば有利な状況で戦闘に持ち込める。
 少し複雑な流れになるが、リルリカは手順を書いたメモを仲間達に渡した。
 バタフライエフェクト。それは何にどう作用するかは分からない。だが、羽搏きさえ止めれば何もなかったことと同じだ。
「皆様の修行が人の命を救うことになります! 目指せ、ピアノ調律技師見習いですっ!」
 応援を込めた笑顔を向け、少女はケルベロス達に信頼の眼差しを向ける。


参加者
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
クローチェ・ドール(愛迷スコルピオーネ・e01590)
橘・楓(気高き白・e02979)
シィ・ブラントネール(そして笑ってもう一度・e03575)
ルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)
栗島・リク(ムジカホリック・e14141)
ルクレツィア・フィグーラ(自鳴機構・e20380)

■リプレイ

●調律の始まり
 緑豊かな森の傍にその工房はあった。
 ピアノ調律技師のギル・ノクターンが経営する工房には今、彼の護衛使命を帯びたケルベロス達が期間限定の弟子候補として訪問している。
「ギルだ。堅苦しい事は抜きにして、指導していくので宜しく頼む」
「ええ、よろしくねギルさん!」
「はじめまして。どーんと任せてねっ! 私、ピアノの調律すっごく興味あったんだ。ぜひぜひご教示よろしくお願いします」
 予知された未来を聞いてもギルは騒がず慌てず皆に協力してくれることとなった。シィ・ブラントネール(そして笑ってもう一度・e03575)とルリカ・ラディウス(破嬢・e11150)は明るい笑顔を向け、ピアノ奏者の端くれとして調律に興味を抱く。
 今回、弟子となるのはこの二人の他に橘・楓(気高き白・e02979)と、栗島・リク(ムジカホリック・e14141)。更にフリューゲル・ロスチャイルド(猛虎添翼・e14892)とルクレツィア・フィグーラ(自鳴機構・e20380)の計六人だ。
 彼女達が工房に入って行く姿を見守り、四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)とクローチェ・ドール(愛迷スコルピオーネ・e01590)は修行の健闘を願った。
 沙雪達は囮になる六人とは別に潜伏や戦場についての手筈を整える予定だ。
「船頭多くして船山に登るという事もあるからな。しかし、この敵の動きは何だろう」
 技能を盗み生活に溶け込み裏から侵略するのが目的なのか。クローチェも訝しげに首を傾げ、実に変わった敵だと考え込む。
「螺旋忍軍……何を考えているのやら吐いてから消えてもらいたいものだ」
 敵が訪問すると予知されているのは三日後。
 沙雪とクローチェは頷きあい、そのときに備えての心構えを強く持った。

●修行開始
「という事で基礎からだ。まずピアノの音がどのようにして――」
 一日目、弟子となった者達はギルの講釈を聞いていた。それが終われば実践だと彼が調整用のピアノがある部屋へ案内すると、フリューゲルが目を輝かせる。
「すごい、綺麗なピアノだね!」
 少年の縞尻尾がぱたんと揺れたことでピアノへの感動具合が伝わって来た。その様子を眺めたリクが微かに目を細める。そうして、ギルがまず触ってみろと促せばルクレツィアが率先して調律具合を見てゆく。
「知識が確りしていると助かる。しかし悪いな……僕が狙われているなんてな」
「技術者は宝だからね。相手が誰であっても守るだけさ」
 ギルが申し訳なさそうにしていると、ルクレツィアはそんなことはないと首を振った。
 そうして講習は続き、一人ずつが音の歪みや違いなどを確かめていく。
「ここの音……ちょっとずれてる? ギルさん……これで大丈夫でしょうか?」
 楓は目星をつけた部分を指差し、習ったことを元にしてどうだろうかと問いかけた。
「よく分かったな。そうだ、次はこれをこうするんだ」
「……は、はい……ありがとうございますギルさ……お師匠様……」
 師の名前を呼びかけた楓はふと呼び名を変えてみる。師匠と呼ばれた彼も少し驚いた顔をしていたが、すぐに柔らかに笑った。
 ルリカは穏やかな微笑みを称え、修行が和やかに進んでいく様を感じる。
 楓もシィも教わった事は確りとメモを取り、ルリカも絵を描いて道具の名前も記していく。シィをはじめとした殆どが演奏経験者なので修業は順調だった。
「ギルさん、良かったらここをもう一度教えて?」
「ボクももう一回見たいな。よろしくお願いします、先生!」
 ルリカが師に教えを仰ぐとフリューゲルも元気よくピアノの中を覗き込んだ。するとギルはもう一度顔を綻ばせ、ルクレツィアに指導を手伝って欲しいと願う。
 了承したルクレツィアが二人に基礎を教えている最中、楓が行っていた調律がひと段落した。ギルは深く頷いた後、リクを呼ぶ。
「さて、調整後は音を確かめなければな。リク、悪いが一曲弾いてくれないか?」
「オレが? ……いーよ」
 ピアノの前に座ったリクは指先を鍵盤に乗せ、クラシック曲を弾きはじめた。
 幼少から触れぬ日はない程、常に傍に在ったピアノ。調律師の父が調律し、母がピアノを唄わせる。叶うなら記憶に残るあの音をこの手で蘇らせたい。
 口にはしなかった想いを眼差しと音に乗せ、リクは演奏を続けた。
「これが皆で調律したピアノの音なのね。完璧じゃないかもしれないけど素敵ね」
「音が綺麗に聴こえるってすごいことなんだね」
 シィが思わず感嘆の溜息を吐き、フリューゲルも明るく笑む。ルクレツィアが先導し、楓とリクが調律して、シィとルリカが最終調整をしたピアノの音は不思議と心地好かった。
 その音色は森で下見を行う沙雪とクローチェの耳にも届く。二人も仲間達と同じ快さを感じ、小さく微笑みあった。
 そして、二日目の修行も恙なく進む。
 いよいよ明日が予知された螺旋忍軍が訪れる日だ。最期の夕食時、ギルは全員が基礎は合格だと話し、明日は静かに隠れていると告げた。
「君達の飲み込みも真摯さも実に良かった。本当に弟子だったらいいと何度思ったか」
 音に向き合った者達に感謝の目を向け、ギルは心から礼を伝える。
 ありがとう。その言葉を胸に、ケルベロス達は明日の戦いに勝利することを誓った。

●分断
 ――次の日の朝。
「たのもーっす! ピアノ調律技師に興味があってきたっすよー」
「お邪魔致します。此方の仕事を見せて頂きたいのですが……」
 件の螺旋忍軍の二人組が工房の扉を叩くと、フリューゲルとシィが快く迎える。自分達が技師だと告げたリクはルリカと目配せを交わしあった。
「二人だったら別々に指導した方が良いね」
「ピアノの調律は音を鳴らしながら調整するので、同じところではやりづらいのよ」
 リクは青井を手招いて呼び、ルリカが赤井に此処で待っていて欲しいと告げる。
 ルクレツィアは赤井へはあがき定規とチョークを手渡し、待機中には狂っている鍵にチョークで印をつけるよう指示を行う。こっちです、と楓が青井を連れて外に向かっていく最中、赤井は「いってらっしゃいっすー」と呑気に手を振っていた。
 そして、一行はクローチェと沙雪が待っている森の中へと移動する。
「此処は? こんな場所で調律が学べるのでしょうか」
 青井が首を傾げた刹那、ケルベロス達が一斉に武器を構えた。はっとした青井も戦闘態勢を取ったが時既に遅し。
 神霊剣・天の刀身を刀印を結んだ指でなぞり、沙雪は凛と宣言する。
「陰陽道四乃森流、四乃森沙雪、参ります」
「騙しましたね。ケルベロスだったなんて……!」
 雷刃の突きで腕を切り裂いた沙雪の一閃に耐え、青井は歯噛みした。然し幾ら構えようともシィ達の方が先手を取っている。
「騙そうとしたのはどっちかしら。技師を殺す心算だったんでしょ?」
 容赦のない轟竜砲を放ったシィは強く敵を見据えた。楓もお師匠様を殺すなんて許せないと首を振り、祝福の矢をクローチェに放つ。
「普段、お店でピアノを弾いていますが……お師匠様のような方々がしっかり支えてるからこそですよね……。感謝していますし尊敬しています……だから、」
「技術だけ貰って殺すなんて許せないんだ!」
 楓が紡いだ言葉を次いだフリューゲルが尻尾を逆立て、殲剣の理を奏でていった。絶望しない魂を歌うフリューゲルが敵を穿てば、続いたテレビウムのクレフが凶器を振り回して敵を殴り抜いてゆく。
 その隙を縫い、ルクレツィアは揺るがないリズムを響かせてゆく。
「ここから始めるよ。早々に終わらせるけどね」
 加護が仲間達に広がって行く中、青井も反撃に移った。されど敵は普段は相棒との連携を主にしている。沙雪へと振るった螺旋の力は揮わず、リクが施した癒しによって完全にカバーされてしまった。
「音は心。アンタ達なんかに、好き勝手させないよ」
 冷ややかに言い放ったリクは癒し手として仲間を支える決意を固め、皆の前でピアノを弾いた日の事を思い返す。両親との想い出が詰まったあの曲は普段は独りでしか弾かないものだった。だが、音を守る為ならば躊躇はしない。
 リクから強い思いを感じ取ったルリカは自分も頑張ろうと気を張り、一気に跳躍した。
「残念ながら、貴方、調律の才能ないよ」
 青井に冷たい言葉を差し向け、ルリカは流星めいた蹴りをくらわせる。
 楓が生きる事の罪を肯定する歌をうたいあげて補助に入り、フリューゲルが指天殺で敵の力を削り取った。
 分断作戦が完璧だったことで戦いはケルベロス側の完全有利。
 弱り始めた敵を見据えたクローチェは両手にナイフを構え、鋭い眼光で敵を射抜く。
「こんな所で私が……赤井……逃げ、」
「終わりだ。――消えろ」
 青井の言葉が紡がれ終わる前に、クローチェ無慈悲な宣言と共に刃を振るう。舞うような動作で以て振り下ろされたナイフは敵を抉り、その命を散らせた。

●赤と青
 これで残る敵は一体のみ。
 仲間達が工房に戻ろうとした時、丁度赤井がひょこりと顔を出した。
「すいませーん、ちょっとこれ分からないんっすけど……って、なんすか!?」
「悪かったわね、相棒さんは葬らせて貰ったわ」
 ルリカは笑顔で敵を出迎え、次なる戦闘態勢に入る。青井がやられていると気付いた赤井も身構え返したが、その動揺は激しかった。
「うわ、青井がいないとあの技が出せないのに!」
「もっと疑うべきだったかもね。もう遅いけど」
 リクはショルダーキーボードを背負い直しながら敵を見据える。
 そして、敵が怯んでいる間にルリカが掌を掲げ、真紅の花弁めいたオーラを放った。散華が螺旋忍軍の動きを鈍らせていく中、沙雪も斬撃を見舞いに向かう。
「邪悪な技を祓い清める」
 鋭い一刀が空気ごと敵を切り裂けば、シィが膨大なグラビティ・チェインを練りあげる。
 それは一瞬のこと。
「気付いてないの? もう攻撃は終わってるのよ?」
 シィが敵に問いかけた刹那、相手の体に傷が現れた。舌打ちをした赤井は反撃として螺旋掌をフリューゲルに放つ。鋭い痛みが彼を襲ったが、耐えられない程ではない。
「ここで負けたらギル先生が危ないからね。恥じない戦いをするよ!」
 決意を込めたフリューゲルが顕現するは焔の翼。其れは翼に添う猛き虎の証。朱きオーラは戦場を巡り、癒しの力として主を包み込んだ。
 元から調律技師を目指したいわけではない。だが、自分が扱う物の調律を自分で出来る様になるのが少年の目標になった。
 そう思うのは楓も同じ。戦いの最中、ギルや仲間と過ごした三日間が思い返される。クローチェや沙雪達もただ外に居た訳ではなく、夕食時などは共に過ごしたのだ。
 本当に弟子だったらいいと告げてくれたギルの笑顔はとてもあたたかいものだった。
「お師匠様は……絶対に守ります……」
 足りぬ分の癒しを担おうと決め、楓は歌を紡ぎはじめる。胸の想いを綴った情熱の歌は、前に進み続けようとする想いを映しながら響き渡った。
 癒しは充分だと感じたルクレツィアはクレフに更なる攻勢に出るよう告げ、自らも気咬弾を解き放つ。テレビフラッシュが敵の気を引く最中、ルクレツィアはふと敵に問いかけた。
「何を求めて此処に来たのか教えて貰おうか」
「くっ……それはミス・バタフライ様にしかわかんないっすよ」
 苦しげな表情を浮かべた赤井は首を横に振る。おそらく彼もどうして自分達がこの工房に遣わされたか分からないのだろう。
 だが、敵である以上は容赦は出来ない。
 ルリカは攻性植物の形態を変化させ、ひといきに敵を縛りあげた。今よ、と告げたルリカの声を聞いたシィも終わりに向けての攻撃に移ってゆく。
「誰かを殺すための作戦なんて止めてみせるよ」
「そうよ、悲劇が待っているだけなら許してはおけないの」
 ルリカに続いたシィが絶空の斬撃を放ち、敵の痺れと拘束を更に強固なものにする。
 フリューゲルも一気に畳み掛けるべきだと感じて地面を大きく蹴りあげた。行くよ、と金色の瞳を向けた少年は音速を超える拳で以て赤井を殴り抜く。
 敵は既に虫の息。最早、仲間への癒しは必要ないと感じたリクは気咬の弾を解き放つことで攻撃の補助に入った。
 仲間達の見事な連携を横目で見遣り、クローチェも敵との距離を詰める。
「青井さえ……相棒さえいれば負けないのに……」
 苦しそうに息を吐く赤井にクローチェが向けたのは氷のように冷たい眼差しだ。
「やれやれ、莫迦らしい。……Addio.」
 刹那、透明に近い銀光が彼の武器に宿り、容赦のない連撃が浴びせかけられる。全身を抉り込むような攻撃に続き、楓も時空凍結弾を撃ち放った。
 おそらく、あと一撃。
 沙雪は今こそ止めの時だと察して刀印を結んでゆく。
「鬼魔駆逐、破邪、建御雷! 臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
 九字を唱え、印を四縦五横に切った沙雪の指先に力が集う。次の瞬間、形成された光の刀身は螺旋忍軍の青年を鋭く切り裂いた。そして――戦いの幕は下りた。

●旋律と調律
 螺旋忍軍達は倒れ、戦場となっていた森に静けさが戻る。
 弟子となったこと。修行の日々のこと。敵との遭遇と分断。思い返してみれば全てが順調であっという間に終わった気がした。
「何だか呆気なかったね。その分だけ充実してたってことかね」
 ルクレツィアはクレフを見下ろし、何気なく呟く。するとシィがこくんと頷き、仲間に怪我がないと確認した楓も無事に作戦が終わったことに安堵を抱いた。
「ワタシ、とっても楽しかったわ!」
「お師匠様も……優しかったですから……。あ、ギルお師匠様を呼んでこないと……」
 満面の笑顔を浮かべるシィの隣、楓は未だに隠れているであろうギルのことを思い出す。そうしようか、と同意した沙雪もこれで安心できると胸を撫で下ろした。
 そして、一行は工房へと踏み出す。
「そういえば事が無事に終わったらお茶でも飲もうと誘われていたな」
 クローチェはふとギルが昨晩に話していた内容を思い返した。それも悪くないと薄く笑んだ彼は皆を誘い、工房の扉を開く。
「やった、お茶の時間だね! お菓子もあるかな?」
 フリューゲルは元気よくクローチェの後に続き、これから始まる時間に思いを馳せた。その様子にくすりと笑みを浮かべ、ルリカも穏やかな時を想う。
「調律師さんがいるからこそ、ピアニストさんもキラキラに輝けるんだね」
 弟子としての期間は終わってしまったけれど、師匠にもっと色々教わってみたい。これからも役に立てる事があるかもしれないし、とルリカは楽しげに話した。
 その言葉を聞いたリクもひそやかに頷く。
「あの音があるから、オレは独りじゃない。……闘える」
 顔をあげたリクは扉を潜る仲間達の姿を瞳に映した後、自らも後に続いた。
 想い出は遠く、記憶は様々な音色で彩られていた。あの旋律をもう一度、誰かの前で弾けたのは、きっと――ピアノフォルテの調律があったからだ。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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