●水底の小庭園
北海道。釧路湿原。
その奥の、どこか人知れぬ場所。
流木のような枯れ果てた木に、ゆらゆらと揺らめく水苔が生えている。川魚たちが守られるように水苔の間をゆるゆると泳ぎ、大きな鰻が三匹、小さな生態系の主であるかのように枯れ木の周囲を回っている。
穏やかで澄み切った、川や湿地の水底の風景。
いや。それを模した、死神の戯画……。
「見目は綺麗だったし、下級の子たちの住処になってくれて役に立ったけど……そろそろ働いてもらうわ。湿地を出て、市街地へ向かいなさい」
毛皮を纏ったアイヌ衣装の娘が言った。それを聞く相手は、小魚か。いや、大鰻だろうか。
いや……。
動きだしたのは、巨大な枯れ木……いや、水苔だった。己の周囲に水底の生態系を引き連れて、それは霞を吐きだしつつ、暗闇の中を進んでいく。
釧路の、街へ向けて。
早朝。あまりにも深い朝靄の中から、微かに響くのは、断末魔の呻き。幻想的なほど深い霞の内側に、揺らめく藻と無数の目が輝いて、血煙を覆い隠す。
まだ、誰も気付かない。一つの生態系が、それを支え得る獲物を求めて解き放たれたことを。
静かな街に、死と腐乱とが、忍び寄る……。
●湿原の主
「釧路湿原で起きている変事をご存知ですか。ここ数ヶ月、第二次侵略期以前に死亡したデウスエクスが死神にサルベージされ、市街地への侵攻を企てているようなのです。今回も、同様の事件を予知いたしました」
今までに起こった事件のレポートを顧みながら、望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)が言う。
「死者を率いている死神は、未だ湿地の奥深くに潜んでいるようで、尻尾は掴めておりません。どうやら、奴の操るデウスエクスは釧路湿原にて死亡したものではないようです」
すなわち、別な場所で死んだデウスエクスをサルベージした後、釧路湿原へと移動させたらしい。何らかの意図を感じるが、何を企んでいるのかは、今のところ不明。
「とりあえず、目下の襲撃を防ぐことが急務。この度の任務は、サルベージされたデウスエクス、及びそれが引き連れる下級死神で構成された敵部隊の撃破です」
彼らの目的は市街地の襲撃。予知によって侵入経路は判明しており、湿原の入り口周辺での迎撃が可能だという。
「周囲に一般人はおりません。反対から言えば、そこが市街地への最終防衛線です。戦闘に集中し、確実な撃破をお願いいたします」
敵の能力や種族は、と、誰かが問う。
「今回、予知された敵は攻性植物。何らかの樹木の形状をしていたようですが、サルベージされた結果、昔、自身の肉体であった枯れ木を覆い尽くす水苔の形状となっています。死霞苔と呼称しましょう」
植物のゾンビ……枯れ木のまま動くのかと思いきや、斜め上の変化だ。
「死霞苔はウニのようにゆるゆる動く程度の能力しかありません。ですが己の周囲に無数の小魚の怨霊を引き連れており、それを操ります。水中の環境を模した空間を作り、死魚や下級死神を育む水槽のように扱われていたようですね」
引き連れた大鰻型の死神を霞を用いて援護し、己に従う無数の死魚を解き放ち、また死魚たちを養分に還元して回復するという。
「主に後方からの援護、指揮を担当し、攻撃は下級死神に行わせる傾向があるようです。死神は鰻の形状のものが三体。敵全体の傾向として、動き自体は緩慢。回避、命中は低いと見てよいでしょう。問題はその頑健さと、攻撃力です」
鰻は元々、人より泳ぐのが遅い魚。水草は本来、動かない。敏捷性は低い。
だが、敵は小さいながらもタフな、生態系そのもの。
連携と循環を前提とした、厄介な相手のようだ。
「敵の目的がどこにあるのかはわかりませんが……その尖兵を全て始末してしまえばいずれ尻尾も掴めるでしょう。出撃準備を、お願い申し上げます」
小夜はそう言ってブリーフィングを締めくくった。
参加者 | |
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ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787) |
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248) |
黒木・市邨(蔓に歯俥・e13181) |
タカ・スアーマ(はらぺこ守護騎士・e14830) |
夜殻・睡(虚夢氷葬・e14891) |
イリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555) |
シュネカ・イルバルト(翔靴・e17907) |
アオ・ミッドカイン(空を舞い落ちる星・e24484) |
●立ち登る死霞
雲高く空は白み、光が朝霞を鋭く裂き始める頃。
ところ釧路は北海道。すでに場所によっては雪のちらつく北方の地。
染みるような寒さの気配は、すぐそこまで迫っている。やがて、吐く息も凍るようになるだろう。
その地に、八人の番犬が布陣する。
「釧路湿原か……美しい土地だな」
タカ・スアーマ(はらぺこ守護騎士・e14830)がぐるりと周囲を見て。
「ん……夏場にここの真ん中で昼寝したら気持ちいいだろうな」
夜殻・睡(虚夢氷葬・e14891)はその隣に座り込んで応える。
ここは広大な緑と豊かな水の溢れる場所。朝霞が晴れれば、永遠に続くかのような地平線が拝めるはずだ。
無論、これより訪れる死の脅威を、こちらが無事に排除出来れば。
「それにしても……死神のサルベージって、動物だけじゃなくて植物まで甦らせるんだね……ちょっと意外だったかも」
そう言うのは、アオ・ミッドカイン(空を舞い落ちる星・e24484)。皆、この度の敵にはそれぞれ想いを馳せている。
「湿原の死神の話は聞いていたが……聞く限り厄介な相手を育てていたものだな。逃がす心配はなさそうだが、その分腰を据えて挑もう」
後方に眠る釧路市を一瞥し、そう語るのはシュネカ・イルバルト(翔靴・e17907)。
共にあって腕を組むイリス・ローゼンベルグ(白薔薇の黒い棘・e15555)の瞳が見据えるのは、敵のそのまた後ろについて。
「自分は動かず配下を使って様子見なんて随分舐めた真似してくれるわね……まあ、いいわ。裏で動いてる奴を引きずり出すためにも、今はこの襲撃をなんとしても食い止めるわよ」
当然だ、と、頷き合う二人に同意を示し、ひたすらに前を睨むのはナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)。
「水底庭園……などと言えば聞こえはいいが、所詮は死神が作った哀れな箱庭だ。私達が壊してやらなければな」
その隣に座る古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)は、眠たげに魔導書を開きながら言う。
「それにしても……水苔と鰻か。相性が悪い訳がないわね。まったく厄介な組み合わせだわ」
不意に、するすると文字の前を流れていく霞に気付き、るりがぱたんと書を閉じる。
黒木・市邨(蔓に歯俥・e13181)が顔をあげれば、湿原より迫り来るのは、一段と濃い霧霞。雲が歩いてくるように、こちらへとゆるゆる寄せてくる。
市邨は、そっと肌寒い空気を胸の内へ吸い込んだ。
水の、匂いがする。
「折角の碧も、屍とあれば残してはおけないね。蔓、仕事だ。……さあ、往こうか」
座っていた面々も立ち上がり、それぞれが武装を手に取り始める。
壁のように立ちこめる霞がひんやりと身を包み込んでいく。周囲に展開する仲間たちの姿は見えても、遠景はすでに白色の闇の向こう……。
その向こうに揺らめく、枯れた巨木の影が見えた途端、霞の中をうねるように蛇のごとき影が飛びだす。
死を誘う大鰻たちの叫びが響き、闘いが始まった。
●無尽の牙
縦に並んだ鋭い牙が、シュネカの首筋を目掛けて飛び掛かる。
が、突き刺さったのは、固い鱗。タカの腕が、両者の間に割り入っていた。
「来ると分かっている奇襲など、奇襲に非ず……!」
一斉に前衛に飛び掛かってくる鰻の群れ。喰らい付いてくる牙は鋭く、皮膚の内側に捩じり込んでくる。
「させないわよ。小賢しい」
イリスの黄金の果実に続き、アオのメタリックバーストが輝いて前に出る仲間達を癒してのける。
「回復と援護は任せて! 迎え討って!」
「助かる、アオ! タカ、そのまま抑え込んでてくれ……!」
シュネカが叫ぶと同時に、愛らしいシュネカの姿が強靭な竜人のオーラに覆われる。それは、ミラージュドライブと名付けられた身体能力を飛躍的に向上させる魔術。
雄叫びと共に腰だめに放たれる抉り込むような一撃が、大鰻の顎が砕きのたうちながら吹き飛ばした。
「良い当たりだ。やったか?」
喰らい付いてくる大鰻を抑え込んでいたナディアが、思わず口にする。睡が、その頭上を飛び越えて。
「いや……さすがにタフだ」
身をくねらせる大鰻を、睡の放った螺旋の氷結が縛りつける。
続くのは、るり。音を立てて開いた魔導書が、輝きを放って。
「釧路湿原は元々綺麗なのよ。貴方達なんて必要ない。……沈みなさい、もっと深い水底へ。二度と上がってこないで」
現れるのは、鰻の体躯を超える黒い触手。もがき苦しむ鰻を掴みあげて、絞るように狭まっていく。
だが死に細っていく鰻の周囲に、さっと小魚が群れ集っていく。鰻は身をくねらせて一匹に噛み付くと、血飛沫をまき散らしてその身を喰い千切った。
「……!」
干乾びつつあった体が、みるみるうちに再び太くのたうち始める。裂けた顎も半ばまで回復し、勢いを増した鰻は更に獲物を貪って。
「無残、だね……それもまた自然の摂理、と言うつもりかな」
祝福の矢を掲げる市邨の視線の先には、鱗の煌めく死魚たちを周囲に侍らせ、音もなく揺れ動く水苔。
「一見、美しくみえる庭園……なれど、それはどこまでも死の匂いが絡みつく……か。気に入らんな」
ナディアの呟きは、唾棄するように。先ほど格闘していた大鰻を振り払い、すでに心眼を開いて傷は癒してある。市邨が、その後ろから矢をつがえて。
「あの傷ついた一匹から集中しよう。顎に傷があるからすぐにわかる」
仕切り直しだとばかりに牙を剥く鰻の群れ。
煌めく矢がその一匹を射ち留め、その頭上からナディアの刀が地を割るがごとくに振り下ろされる。
音を喰らうような霞の中、闘いは静かに時を刻んでいく……。
●水の流れ
時が過ぎる。白色の闇に閉ざされながらも、くぐもった激しい響きが闘いの昂ぶりを伝えている。動物たちを始め、霞の周囲から、命の気配が逃げ散って行く……。
鋭く閃いた牙を、ナディアの刀が抑えつけた。捕らわれたのは、大蛇のごとき大鰻。
「全く、しぶとい奴らだ……だが、お前はここまでだな」
ぎちぎちと鳴る歯と刃のぶつかり合い。しかして、ナディアは刀を捻るようにその身を引き込むと、顎傷の鰻を無理矢理にねじ伏せる。
「押さえたぞ。とどめを……!」
仲間を助けようと飛び掛かって来る残りの鰻に、タカが飛びついて打ち合う。
「邪魔は、させん!」
二人のディフェンダーに応えるのは、虚空に呼びだされた巨大な槍。
「私、本当は……水底の風景って好きよ。命が朽ちて、また新しい命が生まれて、育んで……不思議と惹かれるわ」
身悶えしてナディアの拘束を逃れようと足掻く鰻に、るりが冷たく語りかける。
「だけど生命の有り様を捻じ曲げる死神が作り出す風景は、全てが偽物……お前達のような偽物は、藻屑となって消えるがいい!」
霞を裂いて、るりの神槍が落ちた。湿った音と共に血飛沫が上がり、のたうつ姿が霞の中に融けていく。ナディアの頬に飛び散った血の痕さえ、その死と共に消え去って。
残りの鰻たちを相手にしていた市邨が、振り返る。
「大鰻、焼けたら香ばしくなりそうだと思ったけれど……消えてしまったね」
「ん……予定通りだ。狙いを変えていこう。黒木」
睡と市邨が頷き合う。
だがその前に白い霞が立ち上り、仲間を殺されて身を退いた怪魚たちを癒して行く。纏わりついて護りの加護をもたらす霞は、まるで彷徨える亡霊。番犬たちが攻めに転じるのを防ぐべく、揺らめく水苔の周囲をゆるゆると巡る。
「在るべき場所へ、お還り」
市邨の放つ火炎と睡の気弾が次々に撃ち込まれ、その加護と共に霞が払われていく。
護衛についた鰻どもが二人の攻撃に手一杯になっている最中、脇から飛び込むのは、イリス。すでに自前の破剣が二人についているのを見て取って。
「死体の癖に鬱陶しい真似してくれるわね。さっさと土に還りなさい」
その足が放つ火炎が無数の死魚を裂いて、水苔に燃え移る。悲鳴のように枯れ木の軋む音を立て、死霞苔は慌てて死魚の群れを解き放った。一斉にイリスに群がり、その身を裂かんと牙を立てる。
舌打ちと共にその姿が死魚たちに覆い尽くされようとした時、シュネカがの矢が、割って入る。死魚の群れを貫いて牽制し、一直線に死霞苔へ。
「死して姿も変えて、尚か。包む怨霊ごと、晴らしてやる」
鋭い閃光の如く、その一撃が枯れ木の一部をへし折った。激しく追い打ちを掛けてくるシュネカに、死霞苔は身悶えしながら退いていく。
服を払ったイリスのところへ、すぐさま飛んでくるのはアオ。
「私は大丈夫よ。前衛をお願い。本当に苛々するしぶとさね……」
「確かに闘いにくいけど……あの水苔、攻撃されて慌ててる。本来なら、人数の多い前衛を攻撃するか、味方の回復をすべきところだったよね」
アオは飛び込んで闘いたい衝動を抑え、戦場を冷静に判断してきた。
「連携を崩せそうだよ! そのまま水苔を狙って!」
ブレイブマインで前衛を支えながら、その叫びが戦場に響く。
入り乱れる戦場の中、番犬たちが行動でそれに応える。
流れが、変わりつつあった。
●枯れ木、朽ちて
霞の隙間を縫うように、鰻が滑り出る。すでに無数の矢や切り傷を刻み、その体は血に塗れている。それでもなお、頑強なその肉体は消滅を拒み、鋭くも禍々しい牙は獲物の血を求める。
だが。
「飛びだしてきたな……待っていたぞ」
ハッと首を捻った鰻の頭上。大上段に槌を構えて落ちてくる小柄な体は……シュネカ・イルバルト。
「さんざんの邪魔立ても、これで終わりだ!」
渾身のドラゴニックスマッシュが、轟音と共に白色の景色の中に紅を散らす。脳天を穿たれた大鰻は、一度激しく身を痙攣させると、ふっと白い闇へと融けて消える。
「よし! 突撃だ!」
二匹目の大鰻が討ち取られたのを見るや、タカの号令で番犬たちは死霞苔へと突撃していく。
最後の一匹となった大鰻が、主を護ろうと身を翻す。だがその横腹に、爆炎が舞い上がった。
「行かせはしないよ。君の主は元々は朽ちたもの。その眠りを、これ以上邪魔させはしない」
フォートレスキャノンの硝煙を燻らせるのは、市邨。怒りに燃え、周囲に怨霊を集め出す鰻と、冷酷に微笑む瞳が睨み合う。
一方、死霞苔は慌てるように死魚の群れを解き放った。飛び掛かって来る前衛に、これまた無数の鱗の煌めきが突っ込んでくる。雄叫びを上げながら仲間の前に立ち、タカの拳が群れを割る。
「俺に構わず詰めろ! 畳みかけるのだ!」
死魚どもに喰らい付かれながらも放たれた気咬弾が、水苔に当たる。それは、骨の折れるような音を立てて、苗床の枯れ木をへし折った。
「言われなくとも! 討てる限り、討つ! 哀れな枯れ木に、せめてもの贐を……!」
応えたナディアの指先から地獄の炎が、翻った。爆炎が仮初の命に喰らい付き、死霞苔は低く響く叫びを上げる。悲鳴にも似た、おぉぉぉん、という響き。
もはや仲間の鰻も見捨てて、湿地の奥へと逃れようと身を退く水苔に、ゆらりと伸びた茨が絡み付いていく。それはイリスの、悪夢の揺り籠。
「悪いけど植物の扱いには慣れているのよ。闇より深い永遠の眠り……あなたの元々いた場所へ。還りなさい……!」
瞬間、水苔に穿たれていた火炎の呪いが、暴発したかのように燃え盛った。パニックに陥った死魚の群れは千々に乱れ、怯えたように死霞苔は縮こまる。
その時、死霞苔の体内にするりと刀が滑り込んだ。
「……戦場じゃなければ幻想的な光景だったよ。もう成仏して、あの世で魚たちと仲良く暮らしな。俺の刀は、火も、風も、水も斬る。眠りを、邪魔はしない」
その刃の持ち手は、睡。ひゅっと振るわれた技は、遊酔夢境・一二三断ち。その太刀筋が霊体を断ち、仮初の命がは音もなく停止する。
ゆっくりと動きを止めた死霞苔が、炎の中に呑まれていく。死魚たちが、それを追うように、煌めいた粒となって霞の中へと融けていって……。
「……蔓。世界に彩りを与えてくれた枯れ木が、還るよ。さよならを言おう」
鰻を抑えていた市邨が振り返り、その光景に静かな黙祷を捧げた。
最後の一匹となった手負いの大鰻に、もはや勝ち目はない。
そして、市邨がとどめを刺す必要さえ、もうなかった。
「生態系を破壊された哀れな鰻は……出てくるしかない。そうよね」
彼の後ろでは、るりの冷たい囁きと共に、霞の守護を水晶の剣が打ち破っている。
追い立てられながらも逃げ延びようともがく鰻。だが、もとより泳ぎは、人のそれよりも遅い生き物。逃げ切れるはずもなく、身を翻した先には、すでにアオの姿があった。
「おっとと……! 通り過ぎるとこだった! でも、ようやく突撃出来るよ。さあ、大気に満ちる、風の声! 聞いてみなよ!」
アオが呼びだすのは、深緑の風。突風の中で揉まれながら鎌鼬に切り裂かれ、大鰻は紅い飛沫となって飛んで行った。
その風に誘われるように霞が散っていく。
「……空が」
その呟きは、誰のものだったろう。
湿地に降り注ぐのは、鋭くも柔らかな朝日。
呪われた死神たちの痕跡は、何一つ残っていなかった。
●朝日
死をもたらす霞は消えた。白い闇は晴れ、湿原に訪れるのは、静かな朝。
「水底庭園は、本日限りで閉園だな……なに、ここにそんなものは必要ない」
飛び込んで来た光に目を細めて、ナディアは遠くを見る。
「ええ。ただこれだけで、十分よ」
応えたるりの視線の先に広がるのは、無限とも思える地平線。
どこまでも深く、そして淡い緑。ささやかに続く水の音。
朝日の中に煌めく、穏やかな光景。
市邨が双眸を緩めて、自らの攻性植物をそっと撫でる。
「綺麗だね、蔓。此の、美しい世界が此れからも護られますように……」
対して、タカと睡は、ため息と同時に腰を落とした。
「終わったな……。一息ついたら、ヒールをするか。風光明媚な観光地の入り口が荒れていては、格好がつかんだろう」
「ん……そうだな。ただ……ちょっと、疲れた」
息を切らしてへたり込みながら笑い合う二人の隣では、アオが死霞苔の死んだ焦げ跡を見詰めている。その隣に、シュネカが歩み寄って。
「お疲れ様……。それにしても、攻性植物までが手下になっているとは。あとどのくらい手勢がいるんだろうな」
「植物まで蘇らせる力、か……なんだか……ちょっとすごいね」
応えるアオの言葉は、どことなくいつもの力がない。彼女はぎゅっと胸元で手を握り、頭を振った。
「出て来る手先を全て捻り潰してやればいいだけよ」
その迷いを、振り払うように言いきるのは、イリス。
「いずれ引きずりだして、この苦労の報いを受けさせてやりましょう。こっちを舐めきってる死神さんにはね」
頷き合った番犬たちが見据えるのは、おぞましい呪いに取り憑かれた、悠久の大自然。
やがてその根本を浄化する時を約束し、番犬たちはその地を後にする。
湿原は、ただ静かにその時を待ち続ける……。
作者:白石小梅 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年10月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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