螺旋の蝶は蟻の巣の滅びを呼ぶか

作者:白石小梅

●螺旋の蝶の羽ばたき
 暗闇に、録画映像が流れている。
『こちらはハキリアリといいます。南米に住む蟻で、とても珍しい農業を営む蟻として有名です……』
 穏やかな女性がガラスケース内の巨大な蟻の巣を前に、その種の生態や生活環境、飼育のポイントなどについて様々なことを解説している。
「お呼びですか、ミス・バタフライ」
 現れたのは、道化師の姿をした男と、ターバンを巻いた痩せた男。呼ばれた女が振り返れば、彼女もまた奇術師のごとき衣装。
「来たわね」
 三者の顔には、螺旋の仮面……。
「あなた達に使命を与えます。この町にある昆虫の研究施設に『ありん子ちゃん』などと呼ばれる、蟻の世話と解説を生業としている人間が居ます。その人間と接触し、その仕事内容を確認・可能ならば習得した後、殺害しなさい。グラビティ・チェインは略奪してもしなくても構いません」
 呼びだされた二体の螺旋忍軍は、深々と頭を下げる。
「心得ました、ミス・バタフライ。一見、意味を持たぬこの一件も、巡り巡って地球の支配権を揺るがすきっかけになる。と、いうことですね」
 仮面の下で、女の微笑む気配がした……。
 
●ミス・バタフライ
「皆さん、良く集まってくださいました。螺旋忍軍の、新たな動きを察知いたしました」
 望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)の瞳が、敵に対する敵意と対抗心に燃えている。
「この度の黒幕の名はミス・バタフライ。直接的には意味不明な小事件を起こすだけなのですが、どうやらこの事件、巡り巡って巨大な影響をもたらす結果になるというのです」
 つまりは、バタフライ・エフェクト。小さな蝶の羽ばたきが起こした影響が、やがて彼方に大事件を引き起こすきっかけになるとされる事象だ。
「奴は今回、とある昆虫の研究施設にいる『ありん子ちゃん』と呼ばれる職についている一般女性のところに二人の手下を放ち、その仕事の情報を得る、もしくは技術を習得した後、殺害しようとするのです」
 ありん子ちゃん? 誰かが、こだま返しに問う。
「見学に来た一般客に蟻の生態を解説したり、研究施設内に飼育されている蟻のコロニーの世話をしている女性です。要するに飼育員なのですが、蟻に対する献身的な態度から看板娘的にそう言われて慕われているようです」
 その技術を螺旋忍軍が盗む。
 なるほど。意味不明だ。
「今回の任務は、この『ありん子ちゃん』の保護、そして接触に来るミス・バタフライ配下の螺旋忍軍二名の撃破です」
 
●任務内容
「基本的にはありん子ちゃんこと三島裕子さんという女性を警護し、現れた螺旋忍軍を迎撃することになります。事前避難をすれば、敵は別の対象を狙うだけですからね」
 だが、それ以外の選択肢もあるという。
「この任務は前もっての警護という性質もあり、事件の三日ほど前から裕子さんに接触することが可能です。事情を話し、彼女の仕事を学んで『ありん子ちゃん』に扮してしまえば、螺旋忍軍の狙いを皆さんに変えることが出来るでしょう」
 無論、敵に誤認させるためには、見習い程度でもその仕事に通じている振る舞いをする必要がある。
「つまり、裕子さんに職業訓練を施して貰うということです。ありん子ちゃんは人数・性別は問いません。三日、根を詰めて蟻の世話と解説を身に着ければ、自分たちで囮になることが可能です」
 
 それで、今回の敵の能力や状況は? 誰かが問う。
「敵は道化師風の男と、そのパートナーの蛇使い風の男の二人組。道化師はダーツ風の螺旋手裏剣を用い、蛇使いは長い笛を奏でて蛇を召喚し攻撃させます」
 襲い掛かって来るタイミングは、施設が閉まり施設内カフェテリアでその日の勤務日誌をつけている時となる。
「皆さんが囮になってもタイミングは同じですが、敵に技術を教える修行などと称して適当なことをさせて奇襲を仕掛けたり、分断することも可能でしょう。裕子さんを警護する形では出来ないことです。留意して作戦を立ててください」
 情報を伝え終えて、小夜はふっと息を吐く。気合を入れるように。
「バタフライ・エフェクトを操るとは。ミス・バタフライには限定的な予知能力があるのかもしれません。……生意気な。我々の予知が、必ず奴に先んじてみせます。皆さんは、遠慮なく奴の作戦を砕いてください」
 激しい対抗心を燃やしながら、小夜は出撃準備を願うのだった。


参加者
アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)
ミシェル・マールブランシュ(ガーディアンデクロックワーク・e00865)
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)
フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)
ルイ・コルディエ(菫青石・e08642)
リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)
山彦・ほしこ(山彦のメモリーズの黄色い方・e13592)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)

■リプレイ

●蟻の庇護者
 三島・裕子は、目の前に現れたケルベロスに目を丸くしていた。
「信じられぬことかもしれませんが……今、お話したことは全て真実で御座います。裕子様は螺旋忍軍にお命を狙われております」
 ミシェル・マールブランシュ(ガーディアンデクロックワーク・e00865)がそう言って、慇懃に頭を下げる。
「い、一体それが何になるの?」
 裕子を安心させるようにランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)が、その手を重ねる。
「まったくもって理解不能だが、俺でもわかることがある。止められるのは俺達だけで、何がなんでも俺たちが止めてみせるってことだ。安心してくれ」
 頷くのは、フィルトリア・フィルトレーゼ(傷だらけの復讐者・e03002)。
「つきましては、裕子さんのお仕事を私達に教授してほしいのです。そうすれば、巻き込まずにすみますから」
「三島さんの代わりに私達がありん子ちゃんになって、敵を釣り出す囮になるわ。期間は三日。付け焼刃だけど、あなたの命のためよ」
 古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248) が話を締めくくる。
「それにしても回りくどい計画……小夜ちゃん随分張り切ってたし、もしかしてへリオライダー狙いだったりして」
 裕子と話す仲間の後ろで、リリー・リーゼンフェルト(耀星爛舞・e11348)が呟いた。
 その懸念は、山彦・ほしこ(山彦のメモリーズの黄色い方・e13592)も抱いたことがある。
(「んだけど……あれは多分プライドキンキンの女優さんが、同じ路線で売りに出てきた新人に対抗心ガンガンみたいな構図なだけだと思うっぺ」)
 コッソリ呟かれた言葉に頷くのは、ルイ・コルディエ(菫青石・e08642)。
(「鼻息荒かったもんねー。でもどうする気なんだろ? 蟻の研究は地球支配の第一歩だった……? 昆虫は地球上で最も繁栄している生物とかいうけど……」)
 疑念は晴れないが、僅かな分子移動が世界に及ぼす影響を計り知れるのは、予知能力者たちのみだ。そこは、彼らの闘いとなる。
 一方、皆に力づけられて、裕子は力強く頷いた。
「わかった。皆さんに蟻の生態について、叩き込ませてもらうわ」
 アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)がにこりと笑みを作る。
「じゃ、作戦通り囮役に勉強は任せて、ボクたちは奇襲のために建物の構造なんかを調べようかな」
 が、裕子がその言葉を遮った。
「三日もあれば施設の見取りなんて覚えるわよ。一緒に、教えるわ。清掃の人もここで働く以上、展示生物の基礎知識くらいあるんだから」
 なるほど。フォローが出来るに越したことはない。
 こうして、三日間の猛勉強が開始された。

●ありん子ちゃん業務
 三日後。
 そこは、施設内、蟻たちの展示ブース。
 忙しく働いている五人のありん子ちゃんの姿がある。
「こちらの目玉は、ハキリアリの展示です。ハキリアリの種族はおよそ5000万年前から農業を営んでおり、高度に専門的な分業体制を持つことで知られています」
 と、少しばかり堅苦しくもにこやかな笑みで観光客を招き入れているのは、リリー。
(「情報の妖精さんの要約を駆使して、どうにか勉強は出来たけど……今日は本番……螺旋忍軍を引きずり出すため、失敗は出来ないわ」)
 目の下の隈を隠すように拭い、リリーは努めて元気な笑顔を作る。
 蟻を展示している樹脂製容器を不思議そうに見ている小学生に語り掛けに行くのは、ほしこ。
「同じ蟻さんの生態でも全然ちがうもんなんだべ! この入れ物も手作りで、一個一個、気候を変えて蟻さんの故郷に近くしてあるだ」
 感心しながら頷く小学生。
(「おらは芸能活動もあるから仮眠とりつつ三日くらい強行軍すんのは慣れてっけど……あの人、延々、蟻のこと喋り続けんだもんなー……」)
 看板娘として前面に出た二人は、蟻ブースの入り口付近で人々を次から次へと内側へ送り込んでいく。
「蟻たちが元気に暮らして行くには、ある程度の湿度と温度管理が必要で御座います。ですが、湿度を上げすぎると巣の中に病気が蔓延してしまう。カビなどですね。適切な管理は、意外なほど難しく……」
 ブース奥で、大学生らしい数人を相手に、講義のように喋っているのはミシェル。蟻たちに最適な温度や湿度の管理について重点的に学んだ彼は、学生タイプの客に人気だ。
 一方るりの方は、子役アイドルのように女性人気を集めている。
「外に出て働いている蟻はね。人間で言うと、老婆だというわ。日本の平均的な働き蟻は、まず幼虫の子育てから始めて、巣作りを経て、屋外での冒険は最後の仕事なの」
 淡々と語る彼女に、年配の女性たちがにこにこと頷いている。
 対して、フィルトリアはあまり前面には出ず、スタッフルームとブースとを行き来している。主な仕事は蟻の餌やりや、かび始めた容器からの引っ越し作業といった地味な仕事だが、具体的な飼育のコツがわかるとあって、蟻愛好家たちは熱心に彼女に質問している。
「蟻は甘いものを好むと考えられていますが、基本的に好むのはタンパク質です。巣の健康を考えますと、乾いたものがよいですね」
 その日、蟻ブースは大盛況。
 その傍に目を光らせているのは、三人の清掃員。いや、それに化けた、奇襲班。
 だが……。
「……隠密気流じゃなくてインソムニアにすべきだったかしら。ああ、でも、あれで後回しにして、戦闘中に眠気が来たら死ぬわね……」
「俺たち、奇襲役のはずなんだがな……螺旋隠れ中に俺が寝落ちたら、覚悟を決めてくれ。いや、冗談だけど、笑えなくなりつつあるぜ……」
 ルイの目の下にも隈ができ、ランドルフの瞳は充血している。
「せっかくだからボクたちも、みたいなノリで勉強させられたけど……あんな本気で来るとはね。ちょっと、予想外の奇襲だったかなー」
 アンノは笑顔を崩していないものの、少しばかり溜息を落とす。
 付け焼刃とはいえ知識を継承するため、三島裕子の授業はほぼ不眠不休で続いた。彼女は、今は家で泥のように眠っているはずだ。
 少し、羨ましい。
 その時。ふと三人に、質問が飛んだ。
「よく解説しているな……ありん子ちゃんというのは、彼女たちか?」
「ええ。見学していきます?」
 そう応えた時には、その男は背を向けて歩き去っている。
「今のは……」
 三人の視線が、絡み合う。
 恐らく、今の男は再びやってくる。日の暮れた頃に……。

●迎撃
 午後も遅くなり、閉館時間を過ぎた。対客業務は終わり、五人のありん子ちゃんらはカフェテリアに集合している。
 その日の勤務日誌の記入をしたら、終礼をして解散。
 普段であれば、そうなるはず。
 だが、その時は違っていた。
「ありん子ちゃん、だな。昼間の仕事ぶり、見せてもらった」
 唐突にるりの首に突きつけられたのは、毒を塗ったダーツ。
 いつの間にか現れた道化師。ハッと振り返れば、反対側には蛇使いの男が出口を塞ぐ。いずれの顔にも、螺旋の仮面。
「デ、デウスエクス……!」
 そう言ったのは、誰だったか。
「その技術、我らが頂く。逆らわなければ、命は取らん。蟻の飼育・解説業務について、全てを教えろ」
(「嘘つき。教えた後に、殺すつもりの癖に。でも……釣れたわね」)
 るりの瞳に、冷ややかな怒りが灯る。とは言え、今はそれを気取られるわけにはいかない。
「わ、わかったわ。何でも教える。だから、その子を放して」
 リリーの言葉に全員が頷くと、道化師はダーツを放した。そして長い腕をほしこの耳元に伸ばすと、ぶつりとインカムのコードを引き抜く。
(「あ! コイツ!」)
「通信機器の電源は全て落とせ。レプリカント、お前は二秒以上目を閉じたら、命はないと思え」
(「かー、抜け目ねえな! これじゃ通信での合図は無理か……仕方ねえ。プランBに切り替えだべ」)
「……かしこまりました。ご指示に従いましょう」
 ミシェルが礼を返しながら、さっと目配せを交わす。分断するのは難しくなったが、まだ奇襲の手筈は残っている。
 道化師はさあ教えろ、と顎をしゃくった。
 フィルトリアがすり鉢と煮干しなどを持ってきて、螺旋忍軍に蟻の餌の配合を教え始める。
「一部の特殊な蟻は別ですが、基本的な飼料です。細かく擦り下ろしてください。塩分が高くならないように、色々混ぜます」
「ふん……」
 飼料配合に苦闘し始めた道化師の隣で、フィルトリアが目配せする。先に倒すべきはジャマー。こちらは自分とミシェルが抑える。そちらを頼む、と。
 それを受け、リリーとほしこが蛇使いに土の配合を教え始める。
「土の配合は土地の再現、とても大事な作業よ。という訳で……これ全部混ぜて頂戴。水は霧吹きでね。そこのロッカーにあるわ」
「ええだか、ルーティーンなようでいてコロニーごとに微妙な配慮が必要なんだっぺ。水気が多すぎたら、カビちまうだ」
「ちっ……小娘ども、一緒に来い。逃げるなよ?」
 逃亡を警戒し、るりのことも引き連れて、蛇使いがロッカーの扉を開く。
 霧吹きに代わって、睨み据える瞳と、目が合った。
「よう。鬼が出るか蛇が出るか、ボヤボヤしてると食われちまうぜ?」
 次いで目に入ったのは、銀色に輝く拳。気付いた時には、それが顔面にめり込んで。
「がっ……!」
「さあ! コワい鬼さんの登場だぜ!」
 ランドルフが言い終わらぬ内に、別のロッカーからはルイとアンノが飛び出した。
「ケルベロスよ! 神妙にお縄につきなさい!」
「あはっ。悪いんだけどキミたちの大道芸に付き合っている暇はないんだ。速攻で行くよー」
 ルイの振るった超高熱の剣が、蒼炎をあげて蛇使いを貫く。そこにアンノの指先が炎を放てば、蛇使いは火達磨と化して滑落する。
「な、なんだ! ぐっ……!」
 道化師の裏返った声に応えたのは、射抜くようなミシェルの閃光と、フィルトリアの刃。アンノたちが放った武装を受け取り、道化師を抑える。
 対して、蛇使いに待っていたのは、攻撃の嵐。
「応じ来られよ、外なる螺旋と内なる神歌に導かれ、その威光を以て破壊と焦燥を与えん……消し飛べ!」
「さあ、こっからはケルベロスのステージだっぺ! マイクのスイッチ入れ直して、ゴー!」
 リリーの妖精伝承歌の磁気嵐と、妖怪たちの力を借りたほしこの歌声が、のたうち回る蛇使いを弄ぶ。
「だ……ま、したなァア!」
「……騙してない。作業は教えたし、そこで生まれた隙を狙っただけ。嘘吐きだと思われるのは心外ね」
 笛を吹く暇も与えず、るりの手がドラゴニックミラージュを吐き出して。
「忍者の十八番を奪ってあげたわ! ……この後は挨拶したほうが良いんだっけ?」
「ドーモ、蛇使いサンってか? 必要ねえな! このまま、押し切れるぜ!」
 ようやく放たれた蛇の群れも、ルイの剣が首を薙ぎ払って相殺する。懐に飛び込んだランドルフの蹴りが顎を打ち上げる。
 ものの三分と持たず、蛇使いは血に塗れて膝をつく。
 その前に立ったアンノが、そっと手を振り払いつつ。
「そっちだって暗殺をしに来てるんだしまさか卑怯だなんて言わないよね?」
「貴様、よく、も……ぉ?」
 因果が逆転し、蛇使いの首がぐるりと巡る。骨のへし折れる音と共に。
「あ、キミはもう死んでていいよ」
 言葉も半ばに、蛇使いの体が崩れ落ちる。

 一方。
 片膝をひねって受け身を取りつつ、フィルトリアは肩に食い込んだダーツを引き抜いた。かきあげた髪から、傷跡が覗いて。
「罪のない人々の日常を脅かしその命を奪おうとするその行為……私達が絶対に許しません!」
「お仲間が生きている間にわたくしどもを抜けなかったのは、失態で御座いましたね。これにて、チェックメイトです」
 ミシェルも肩で息をしつつ、服の埃をぱんと払う。
 それを合図に、蛇使いを片付けた六人が道化師を取り囲んでいく。
「おのれェ!」
 仲間を失い勝ち目のなくなった道化師は、ダーツで牽制しつつ逃げる隙を伺っている。だが。
「笑いを振りまく道化師が人を殺しにやってくるとはな。笑えねえ冗談だ」
 出口には、すでにランドルフ。
「もう、逃げ道はないよ? さあ、どうする?」
 窓へと飛べば、アンノの蹴りがそれを弾く。
「無駄よ! 抵抗は諦めなさい!」
 最後の抵抗にと乱射したダーツの群れも、ルイの星辰の加護が降り注いでその威力を殺してのけた。
「く……そぉお……!」
 暗殺任務に特化した忍が、奇襲の利を奪われあまつさえ敵に先手を許した。その時点で、もはや勝負は決まっていたのだろう。
 こちらもまた攻撃の嵐の中、数分と持たずに膝をつく。
「……一応、最後に聞いておくわ。降参する?」
 ルイの慈悲に、道化師はうなだれたまま、ダーツを握る指に力を込める。
「そうか……なら最後に、俺も教えてやる、風が吹けば必ず桶屋が儲かる訳じゃねえってことをな」
 道化師と、ランドルフ。互いに雄叫びをあげ、ダーツと銃弾が交錯する。
 閃光はランドルフの頬を裂き、その毛並みに一筋の紅を引く。
「……あばよ」
 道化師は、仮面の向こうに紅の花を咲かせて、崩れ落ちていた。

●戦、終えて
「いやー、みんなお疲れだっぺー! いやー、闘いはあったけど、今日はなんか地元の企画番組みたいだったっぺ!」
「結構いいものね。元々蟻に興味があったわけじゃないけど……こうして蟻たちを眺めるのも嫌いじゃなかったわ」
「いっけない! ごたごたで忘れてたわ! 二人とも、日誌つけなきゃ! ……これ、一番面倒くさくない? 霧吹きしたの何時だっけ?」
「三時ごろで御座いますよ、リリー様。今日の最高気温は30度、湿度は60パーセント」
「私はもう記入してありますよ……三番ケージ、先日の食べ残しあり。除去し、本日は飼料無し。四番ケージは……ふふ、なんだか愛着が湧いてきました」
 日誌をつける楽し気な談笑の声が、カフェテリアに響いている。
「……こうして、ありん子ちゃんたちの日常は、ケルベロスによって守られたってわけね! めでたし、めでたし!」
 胸を張って大団円を告げるルイ。
 ただまあ、未だ死体が転がるカフェテリアは、どちらかと言えば非日常だったけれども。
 事後の始末に警察車両が集まってくるのを窓から眺めて、アンノが囁く。
「それにしても、こんな事が大事件を引き起こすきっかけになるなんて。にわかには信じがたいよねー?」
 一日体験業務のことを語り合う仲間たちを微笑んで眺めつつ、ランドルフは頷いた。
「何が起こるか、何をする気か、さっぱり見当もつかねえが……要は止めりゃいいんだろ。そうすりゃいずれ黒幕にたどり着くさ。必ず、な」
 狙われていた女の命は、危険に晒されること自体なく。
 明日からはまた、この昆虫館では人々が蟻の営みを見学し、知的好奇心の充足と自然への敬愛を胸に帰っていく。
 邪悪な予知は妨げられた。
 いずれ、螺旋の蝶の翅を、手折れる時も来る。
 そう。予知でなく、その予感を胸に……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月12日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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