踏み入る者の少ない、釧路湿原の奥地。そこに、禍々しい影がいくつか表れた。
「そろそろ頃合いね。あなたに働いてもらうわ。……市街地に向かい、暴れてきなさい」
まず、深海魚型の死神がふわりと空中を舞う。その次には、甲冑に包まれた長躯――サルベージされたエインヘリアルが。瞳はどこを見ているのかわからず、虚ろだ。
「……仰せのままに、テイネコロカムイ様」
それだけを言うと深海魚型の死神とともにその場から消えた。
「釧路湿原近くで、死神にサルベージされた二次侵略期以前に死亡したデウスエクスが暴れ出す事件が起こるようだ」
集まってきたケルベロスたちに、ザイフリート王子が口を開く。
「サルベージされたデウスエクス――今回はエインヘリアルのようだが、死神によって変異強化されている。おまけに数体の深海魚型の死神を引き連れているようだ」
彼らは釧路湿原で死亡した者たちではなく、なんらかの意図で釧路湿原に運ばれたのかもしれない。さらに、彼らの狙いは市街地の襲撃だとザイフリート王子は言う。
「幸いにして、予知により侵攻経路が判明している。奴らを湿原の入口あたりで迎撃することが可能だろう。周囲には一般人もいない状態だ。戦闘に集中することができると思う」
次いで、敵の情報について教えてくれた。
「深海魚型の死神は5体ほどがエインヘリアルについている。またこのエインヘリアルは自己意識は希薄であり、交渉をするのはまず難しいだろう」
エインヘリアルの武器はゾディアックソードの二刀流、深海魚型の死神は噛み付いたり泳ぎ回ったりすることで攻撃、あるいは回復するのだという。
「彼らを操っている親玉に関しては、今は情報がない。今回それについては何もわからないだろうな……」
ザイフリート王子は思案げな様子でそう言った。
「今回操られているのはかつて私の同胞だったもの。しかし眠りを妨げられ、あまつさえ死神に操られているのは彼にとっても恥になる。悪事を働かせようとする死神の策略は許すことが出来ない」
どうか死神の思惑を撃破してほしい、とザイフリート王子は力強い言葉をケルベロスたちに投げかけた。
参加者 | |
---|---|
リリキス・ロイヤラスト(幸運のメイド様・e01008) |
ゼグブレイド・ウェイバー(紫唐揚羽師団のお兄さん・e01416) |
七星・さくら(桜花の理・e04235) |
螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343) |
ティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827) |
八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128) |
エドワウ・ユールルウェン(夢路の此方・e22765) |
フィロヴェール・クレーズ(飛び跳ねるうたうたい・e24363) |
●出現
釧路湿原。大自然の豊かさが現れたその地に不穏が起こると知らされた8人のケルベロスたちは、今回の敵――死神と、死神に操られているエインヘリアルの出現を今か今かと待っていた。
初陣とあって気負っているフィロヴェール・クレーズ(飛び跳ねるうたうたい・e24363)の傍にそっと寄ったのがリリキス・ロイヤラスト(幸運のメイド様・e01008)。楚々としたメイドに見えるが、彼はれっきとした男だ。
「初めての依頼でしょうが、ご安心くださいませ。ひとりじゃありませんから、私たちを信じてくださいね」
「ありがとうなの! なの!」
その後ろでティーシャ・マグノリア(殲滅の末妹・e05827)と七星・さくら(桜花の理・e04235)が話をしている。
「死神たちが何をたくらんでいるのかはわからないけれど、安らかに眠っていた人を無理矢理起こすやり方は気に入らないわ」
「ああ。死者への冒涜に等しい」
「そうとも。死者は蘇らないし、静かに寝かせておくべきだ」
話に加わったのは八上・真介(徒花に実は生らぬ・e09128)。
「お前もそう思うだろ?」
と、ゼグブレイド・ウェイバー(紫唐揚羽師団のお兄さん・e01416)へ話を振る。
「ああ。……死神というのは死者の眠りを妨げる厄介な奴だ」
エドワウ・ユールルウェン(夢路の此方・e22765)が、上空から望遠鏡を覗きこみ哨戒している螺堂・セイヤ(螺旋竜・e05343)を見上げた。
「セイヤさん、どうですか」
「そうだな、まだ……いや」
セイヤの眼が鋭く光る。捉えた。
「来るぞ」
その声でケルベロスたちに緊張が走る。
誰より早く駆けたのはゼグブレイド。灼熱のレイピアと名付けた星の守護がある剣を構えて一閃、繰り出した技の名は『フェロモン・バースト ~the pain~(フェロモンバーストザペイン)』という。
「身の悶える痛みをくれてやろう……!」
捉えたのは深海魚型の醜い死神の一匹。手痛い一撃を与えて宙でのたうった。
隣でリリキス、真介が放った矢は立て続けにエインヘリアルの肩に突き立つ。
初撃は攻撃だけではない。空へと高く高く手を掲げたのはエドワウだ。
「からだのなかの、ちからを……ここに」
星の河から降り落ちた光、輝きが漣のように押し寄せて前衛の者たちへ力を与える『天河は囁く惑いの青銀杯(ホープ・クライン)』。
それを受けてから死神との間合いを詰めたセイヤが、勢いよく足を振り上げて死神へ旋刃脚を見舞う。醜い声を上げて反吐を吐いたが、死神はそれでもまだふよふよと浮き、くるりと円、魔法陣を描く。どうやら回復を試みているらしい。
その端から光り輝く蹴りの一撃、スターゲイザーを食らわせたのはティーシャ。
「……何をしても無駄だということを教えてやろう」
「そうね。おねーさんも、ちょっと本気出しちゃうわよ? 降り注げ!」
『桜雷雨(サクラノアメ)』。どこからともなくひらりと舞い降りた桜の花弁。それに気を取られていてはいけない。そうでないと死神たちのように、豪雨のような雷矢に襲われるだろう。
「ガアアアアアッ」
エインヘリアルと死神たちは、エインヘリアルと死神の1体がクラッシャー、2体の死神がディフェンダー、残り2体がスナイパーらしい。
(皆がバッドステータスをもらわないように……助けるわ!)
フィロヴェールの祈りに応じるように、地に描いた山羊座が仲間たちを照らす光となる――スターサンクチュアリ。
●戦闘
だが死神たちも防戦一方というわけではない。
エインヘリアルがフィロヴェールの真似をするようにスターサンクチュアリを使うと、死神たちは次々と噛みつき、呪われた弾を放ってくる。
「きゃあっ!」
「……っ」
怨霊弾で狙われたのは後衛の者たち。エドワウは彼のサーヴァントが、フィロヴェールはさくらが、真介はリリキスがそれぞれ咄嗟にかばった。
まともに食らったのはひとり。だがすぐに体勢を整える。
「……ぬるいな」
低い声で呟くように冷たく言い、目を細めたティーシャが睨んだ先、余裕の態で浮いている死神を狙ったのは彼女が装備し、内蔵されたすべての火器、武器。
「蹂躙、殲滅とはこういうことだ!」
言い放つと死神たちに逃げる隙も与えず、『蹂・虐・殲・界(コスモ・マサージュ)』を撃ちこむ!
「アアアアアアアアッ」
死神たちの横っ腹へ命中させ、不快な悲鳴を上げさせた。そこへゼグブレイドが素早く駆けこむ。
「余所見してると危ないぜ?」
のたうつ死神へ鋭い蹴りの一撃を与えると、そのまま存在を霧散させる。
まずは1匹。
「皆をまもるまもるの! の!」
エドワウと目で合図をしあう。小さなくちびるから紡がれる歌はどこか悲哀を帯びて、けれど優しく聞く者を癒す、寂寞の調べ。
隙なく動いたのはエインヘリアル――だったもの。両手に持つ剣をそれぞれ構えて、攻撃の構えを取った。
誰を狙うのかを把握して、素早く先手を打ったのはエドワウだ。
「ひかりの、たてのちからを……!」
言葉通りに輝く盾を宙へ生じさせると、直後にクロス状の剣撃がセイヤを襲う。だが盾アップの効果でダメージは低く抑えられた。
助かった、と言う代わりにエドワウへ軽く手を上げると、元エインヘリアルを睨みつける。
「……貴様も誇りある戦士であったのなら、死神の支配から逃れてみせろ……!」
だが元エインヘリアルはほんのわずか身じろいだだけで、動揺は見られなかった。
死神たちがギイイイッ、チギギギッと醜い声で鳴く。1匹やられただけでは戦意を喪失はしなかったらしい。
(上等……)
夕昏、東雲と名付けた妖精弓を掴む手に力を込めると魔力を織り上げる。
死神は嫌いだ。死んでしまって動くはずがないものを蘇らせるから。死者は蘇らず、静かに眠っておくべきだ。そんな信条があるからこそ、死神が引き起こす事件は見過ごせなかった。
「永遠に咲く花などないだろう。お前はここで散っていけ」
魔力の矢にこめられたのは敵意や殺意、悪意などと言った強い負の感情。その矢を1匹の死神に狙いをつけると、引き絞って空を裂くように射、死神のどてっ腹に突き立てる。
「ギョアアアアッ」
同じ死神を狙ったのはリリキス。武器に地獄の炎を纏わせたかと思うと、一撃は見事に魚の頭にクリティカル! しぶとくのたうつ死神が自力回復を試みるが、回復量を上回ってさくらが戦術超鋼拳の硬い一撃を食らわせてまた1匹が塵と消える。
●闘志
戦闘が危うげなく進んだわけではない。敵スナイパーは執拗に毒のバッドステータスやドレインで地味なダメージを与えてくるし、動きが鈍っているとはいえ、元エインヘリアルは手痛いダメージを与えてくる。
だがエドワウとフィロヴェールは互いに声をかけあい、あるいは合図を送って回復のタイミングをよく計っていたし、リリキスやさくらも時に回復の手助けをしていたから、苦戦らしい苦戦をしているわけでもなかった。
なにより、意気が違う。
先ほど3匹目の死神を真介の武神の矢からゾディアックブレイクで屠ったゼグブレイドも、4匹目の死神へセイヤの月光斬の後にクリティカルダメージを与えたティーシャも、エドワウを庇ったさくらも、セイヤをかばったリリキスも、回復で皆をバックアップしているエドワウもフィロヴェールも、8つの体をひとつにしたかのように連携し、確実に4匹目も打ちのめした。チームワークと各個撃破の作戦が上手く噛み合った形になる。
残るは死神1体と、エインヘリアル。
ここまでくれば、後は全力で攻撃あるのみ。
元エインヘリアルのゾディアックミラージュを耐える。動いたのはセイヤ。
黒っぽい羽根を広げたかと思うと一歩を踏み出し、次には元エインヘリアルを抜いて死神へ月光斬を叩き込む。ヒレの一枚を削ったすぐ後に真介が妖精の加護を宿した矢をつがえ、ホーミングアローで射る。
「いい加減、斃れたらどうだ?」
フィロヴェールがいつの間にか紡いでいた旋律は『形なき透明な調べ(ノーフェイス・ザ・ミュージック)』だ。声が出せるなら生きられる。そんな強い気持ちを乗せ、首の傷跡から火花を散らせながら、精一杯に歌い、声を上げる。
続けざまにティーシャがフォートレスキャノンを撃ちこんだ後、さくらが光り輝く弾・ゼログラビトンをクリティカルヒットさせると、その後で攻撃を失敗した死神へリリキスがスカートを翻し間合いを詰めて死神を食らうような一撃・気咬弾を腹に叩き込む。
「私たちを侮っていましたか?」
優雅な微笑みひとつを浮かべたリリキスは、もう死神を見てはいない。
地へ横倒しに倒れ、背びれをびちびちと跳ねさせていた死神の姿が消えてしまうと、残るは元エインヘリアル1体。
不敵に笑んだゼグブレイドが構え、高速で元エインヘリアルへ近付くと放ったのは星のきらめきが見えるような蹴り技、スターゲイザー。ぐらりと敵の足下を揺らす。
回復へ回っていたエドワウも、後は総力戦だからと攻撃へ回る。
エドワウはいくらかダメージを受けていたが、致命的なものでもないしペインキラーによって痛みは感じなかった。アームドフォートから主砲を一斉発射してダメージを与える。
真介が『散華』を放つ。弓での一矢は元エインヘリアルの左肩を射抜き、動きを鈍らせているところへ、さくらがエネルギー光弾・ゼログラビトンを放つ。
気を練っていたのはセイヤだ。
体に漆黒のオーラを湧き立たせていたが、利き腕に纏ったオーラは漆黒。形を龍、黒龍へと一歩を深く踏み込む。
「打ち貫け!! 魔龍の双牙ッッ!!」
腹へと黒龍の拳を叩き込むとオーラを解放させる。あたかもソレが元エインヘリアルを飲み込むように広がったと思った時には会心の一撃が決まっていた。
「ウゴ、ォォォッ……!!」
がくりと両膝をついたその敵を、セイヤはどこか憐れみの目で見下ろす。
●終演
「……もし、まだ意思があるのなら。死神たちの目的はなんだ? そして、最期に名前を聞かせてもらえないか……?」
だが元エインヘリアルからの返事はなく――彼の存在は塵となり、宙へと消えていった。
「……ダメだったか」
「どうか安らかに……」
おやすみなさいと、元はエインヘリアルだった者へ哀悼の言葉を贈ったのはさくら。
「……周囲に異変がないか、調べましょう」
提案したのはリリキスで真介が頷く。表情は戦闘時と違って、どこかやわらかい。
「そうだね」
「この釧路湿原に何があるというのだろうな……」
敵の意図はまったく読めないが、それも手だろうとティーシャが頷いた。リリキスも、その場でくるりと周辺を見回した。
「……このあたりには特に何もないようにみえますわ」
エドワウは戦闘が終わってほっとした表情をしていた。その彼の隣で小さく、子守唄のような旋律をくちびるから奏でていたのはフィロヴェールだ。ゆっくり眠れますように。そんな祈りもこめて。
(王子さまに、あくしゅしてください! って言ってもだいじょうぶかな? 嫌がられないかな? かな?)
報告がてらお願いしてみたいと、そんなことも思う。
そしてゼグブレイドはいつのまにか姿を消していて、全員釧路湿原ではそれ以上の成果はなく、湿原を後にするのだった。
作者:緒方蛍 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年9月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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