海賊は紺碧の海と夢を駆ける

作者:螺子式銃

●海賊の夢を見た
 どこまでも見渡す限り、紺碧の海。
 潮風は少しばかり苦くって、けれどそれが冒険心を掻き立てる。
「帆を張れ、面舵いっぱい!!」
 聞きかじった言葉を使って、指示を飛ばしてみたら水兵達が大きく宝箱マークのついた帆を張ってくれた。
 少年――、海人はずっと、海賊に憧れていたのだ。
 心躍る冒険、強くてかっこよくて、最高にイカした存在。
 それが、少年が物語で散々読んだ海賊の姿だった。
 海人だって海賊になりたくて、カッコいい海賊の仲間にしてほしくて――夢の中で、その願いは叶った。
「方角は、南南東! お宝目指して、出発だ!」
 なんて威勢よく声を張り上げていたら、途端に頭の上には暗雲が立ち込める。
 そして、稲光が輝き始めた向こう側から刻々と迫るは真っ黒の海賊船。
「な、なんだよ」
 虚勢を張って、海人は船に向かい合う。真っ黒でぼろぼろの海賊船は、もうすぐそばに来ていた。
 なんたって、海人は正義の海賊なんだから勇敢に立ち向かって見せる、なんて思っていた時に。
 黒い海賊船に乗っていたのは、ボロボロのフロックコートの海賊だった。深々と被った海賊帽、錆びたサーベル。幽霊のような出で立ちで。
 ぐるり、と幽霊海賊の顔が、こちらを向く。そこには、本来あるべき人間の顔はなく。
 代わりに、剥き出しの髑髏がある。眼窩だけは空洞ではなく、らんらんと光る紅い目が海人を睨んでいた。そして、おもむろに海人に襲い掛かりそのサーベルで彼の胸を――貫いたのだ。
 文字通り、心臓が止まるほどの『驚き』。いや、実際に自分の心臓が刺されている、わけで。

「わああっ!? ……あ、なーんだ、夢か」
 驚いて跳ね起きた少年の体は、半ばベットからずり落ちていて。背中には、汗がびっしょりだ。
 所詮は夢――そう安堵する暇もなく彼の背中に、ドリームイーターの鍵が突き刺さる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 鍵を手に現れたのは、第三の魔女・ケリュネイア。けれど、その姿を海人が見ることはない。
 彼は、意識を失って崩れ落ちてしまったのだから。
 代わりに現れたのは、顔が髑髏でらんらんと紅く輝く目を持った異形の海賊。
 身に纏ったフロックコートもボロボロで、幽霊船の船長みたいだった。

●奪われた夢の話をしよう
「ドリームイーターが、夢を見た子供を襲ったっつう話だなァ。海賊に憧れる夢を見てたらしいが、『驚いた』ところで、ドリームイーターのお出ましってわけだぜ」
 ヘリポートの端で壁に緩く凭れていた八千代・夜散(濫觴・e01441)は、時間になれば居住まいを正し皆に向き直る。
 飄々とした雰囲気を纏う整った面差しからはさして感情は読み取れない。ただ、的確に情報だけを伝えていく。
「奪ったご当人はとっとと行方をくらましたが、その『驚き』を具現化したドリームイーターは未だ、辺りをうろついてやがる。――こいつを倒せば、被害者は目を覚ますンだよなァ」
 興味を奪われた少年は、命がまだあるのだ。ドリームイーターを倒せば、眠りからも目覚めるのだろうとトワイライト・トロイメライ(黄昏を往くヘリオライダー・en0204)へと視線を流す。頷いて、トワイライトが話を引き継ぐ。
「ああ、勿論だ。少年の救助は可能だね。是非、被害が出る前にドリームイーターを撃破して、彼も助けてやって欲しい。
 夜散君の調査のお陰で、対策は出来るんだ」
 それは本当に喜ばしいことだとヘリオライダーは告げる。事件には、未だ介入可能な余地が残されているのだから。
「ドリームイーターが現れるのは、夜の住宅街。今回の被害者である少年の家の、直ぐ近くだ。夜中だから、人通りがないのは幸いだね」
 ドリームイーターは他人を驚かせたくて仕方がない。だから、夜道を歩いていれば、それだけで向こうから来てくれるだろう。
 このドリームイーターは、髑髏顔の海賊姿でサーベルを使っての近接戦や何処からともなく現れる大砲での援護射撃を得意とする。海賊だからなのか、潮の香りを引き連れており、時には波を呼んだりもするようだ。
 特筆すべきは、ドリームイーターは自分が驚かせなかったケルベロスを優先に狙って襲うらしいということだろうか。
「憧れを抱いた、無邪気な夢が夢の侭で終わるように。どうか、ドリームイーターを倒して来てほしい。 そして――君達も無事に帰ってきてほしい。いってらっしゃい」
 いつもの通り、トワイライトは穏やかな笑みでケルベロス達を見送る。


参加者
アルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803)
平坂・サヤ(こととい・e01301)
八千代・夜散(濫觴・e01441)
難駄芭・ナナコ(バナナだバナナを食べるんだ・e02032)
鎧塚・纏(センチメンタルスクラップ・e03001)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
阿守・真尋(アンビギュアス・e03410)
ウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)

■リプレイ

●遥かな海
 お宝目指し、今日は東に明日は西。
 危険や怪物なんのその!
 なんたって、――俺達は海賊なのだから。
「ヨーソロー! ……なんてな、確かにそんな生活もいいな」
 ケミカルライトを確認していた天津・総一郎(クリップラー・e03243)が大きく肩を落とした。
 ケルベロス辞めようかな、なんて呟く彼の脳裏には蒼穹の海を駆ける海賊が描かれていて。
「こういうのも悪くありませんよう」
 長い前髪の内側、覗いた底抜けの青色を無邪気に輝かせて、平坂・サヤ(こととい・e01301)は細長いライトを折る。途端、蛍光の青色に輝いて、白い手首に撒きつければ一際鮮やかに。
 夜空を一度遠く眺め、八千代・夜散(濫觴・e01441)はランプを丁寧な所作で腰へと括りつける。
「あァ、童心に返るってこういう事か?」
 折ればそこから輝き出すライトを楽しげに眺め。怜悧な面差しが何処か子供じみて束の間綻ぶのは、幼い頃を思い出してか。
 子供達は昔、こぞって眩く光る玩具の腕輪を掲げて見せたものだ。とびきりの、勲章みたいに。
「子供は夢を見るのが上手ってコトかね。今回だって大海原の冒険、幽霊海賊船長との対決ときたもんだ。――いいねェ夢があるねえ」
 とっくに子供時代を通り過ぎた大人の顔でウィリアム・シャーウッド(君の青い鳥・e17596)は目を細める。
 紺碧の海は、此処にはなくとも。光は、次第に灯り始めていた。
「憧れる気持ちはわかるな、カッコいいもんな」
 難駄芭・ナナコ(バナナだバナナを食べるんだ・e02032)は相槌を打ちながら、別の夢を追求していた。ライトをバナナ型にアレンジ。路上には、黄色の光が灯っていく。
「バナナロード、ってか…サイコーだな」
「海に、道が出来るわね」
 零れるミルクティーブラウンの髪を指先で押さえながら、鎧塚・纏(センチメンタルスクラップ・e03001)の方は丁寧にライトを置いていく。道路に昼の名残の熱はもうなくて。
 冴え冴えと溢れる光はまるで、海。
「海賊への憧れ、素敵ね。だからこそ、この光の海、見せてあげたいものだけれど」
 それは十分に華やかな光景で。阿守・真尋(アンビギュアス・e03410)は、海の欠片を一つまた足した。件の少年がいたら、と零れる素直な気持ちは柔らかく――だからこそ、転じる眼差しは鋭い。
「せめて、海賊に見せてあげてから倒されてもらうとしましょうか」
「ああ、――これだけ揃えりゃ、海賊も満足だろうぜ」
 アルヴァ・シャムス(逃げ水・e00803)も青色を撒く。踏まないよう気をつけて整えながら。その途中、小さく唇を笑わせた。そら、とでも言うように。
「九時方向――お出ましのようだぜ」
 海賊の到来に、夜散は愉しげな笑みを隠さない。幽霊船の船長と遊べる機会なんて、滅多にないのだ。
 武具が触れ合う硬質の音を鳴らして現れるは襤褸のフロックコートを纏った海賊の姿。目深に被った帽子を引き上げれば、ぎらり、赤色の目が輝く。
 肉の無い、髑髏の顔で。
「わあああっ!? 髑髏の海賊だ! ほ、本当に出やがった!!」
「うおおお、おばけえぇぇ!」
 大きく後ずさるアルヴァ、引きつった表情で騒ぐ総一郎。
「あー驚いた! 驚いてる! すごく、びっくり!!」
「……っ! 海賊、ね」
 のんびりとした雰囲気から瞬き一つ、びくっと肩を震わせる纏と、お互い励まし合うように立つ真尋。
 本気というより作為を込めている者が多いが、それでも十分な驚きではあったろう。一方で。
「うわ、海賊だぜぇ! マジかよ!?」
 ライトを取り落とすナナコは、素直に虚をつかれたような表情を一瞬浮かべ、――だからこそ、虚勢を張るようにわざとらしく肩を震わせて見せる。
「あ? 漸くお出ましで、へえ、随分物々しい出で立ちじゃねェですか」
 涼しげにウィリアムは首を竦め、サヤの方は胸に手を当てゆるりと微笑む。
「残念ながら、サヤはもっとつよい海賊さんを存じておりますゆえ。――おあいにくさま!」
 何れも戦略に基づいた反応だ。後衛だけが驚かず、攻撃を引き受ける。頼もしげに仲間達を見遣った夜散は海賊より、余程海賊らしく威風堂々と笑う。
「さァ、海賊を仕留めようぜ」


●嵐の海
 髑髏船長が従えるは、砲台。錆びたサーベルを上げて。
「ヨーソロー!」
 爆発が巻き起こる。迫りくるは炎の猛威。だが、彼らは既に攻撃に備え、適切な防具を纏っている。
「ちっとばかし届きませんよ、ってコトで」
 炎が至近を舐めるよう這っていくのを知りながら飄々とした態度をウィリアムは崩さない。紙一重だろうが、届かねばそれで良いとばかり顎を引き。
 夜散は炎こそ避けきれなかったものの、致命を免れれば苦痛は意に介さない。ただ、距離が近いだけにサヤを襲う炎が目の前で巨大に膨れ上がるのが見えた。
「――任せて」
 耳障りの良い声は、一陣の風。翻るは、ダークアッシュの色彩ひとつ。
 ライドキャリバーは滑るよう敵へと駆け出して間隙を作り、真尋は割り込んで炎を身を翳し受け止める。一瞬傾いだ体勢、けれどその不利も構わず番えられた矢は違わずグラビティを乗せて放たれる。
「任せた」
 安否を問うより、夜散が返すは信頼。ハンマーは形状を瞬く間に変え、援護射撃めいて轟弾が真っ直ぐ敵へと吸い込まれていく。着弾と同時、アルヴァの手の中で斬霊刀が強く光を湛え。
「驚かせてくれやがったな、クソ野郎。いい加減、怪談にゃ季節外れだ」
 言い放つ声と共に、迸るのは衝撃波。二刀からそれぞれに放たれる威圧は、先に轟く砲撃に留められたタイミングと見事に重なり、海賊を盛大に切り裂く。
「俺は俺の仕事をしましょうかね」
 ウィリアムはと言えば間違っても驚きをおくびにも見せず詠唱をこなす。真尋の傷が癒え、同時に常軌を逸す程の力を齎していく。
「ああ、こっちは任せな」
 総一郎が鎖を操れば、地面に描かれる魔法陣は淡く光ってウィリアムや後衛陣を守るべく盾となる。
 統率された彼等の雄姿を嘲笑うのは虚勢か、かたかたと髑髏の頭が揺れて笑うように歯が鳴った。
 小さく悲鳴を上げて首を竦めていたナナコだが、仲間達が次々に戦場へと身を投じるのを見て、血が騒がぬ筈もない。次第に唇には余裕と昂揚じみた笑みが浮かび。
「てんめぇぇぇ! ぶっ潰す!」
 驚かされた報復とばかり、ハンマーを振り被って攻撃を開始。砲撃音が響いた瞬には、身軽にサヤの体が飛んで海賊を蹴り倒す。
 身を堪らず傾いだ、その地点を最初から知っていたように、足元が爆ぜ割れ溶岩が溢れ出た。仕掛け人は、纏。けれど、息ひとつ乱さず微笑んで、柔らかな声が囁く。
「――わたしも、小さい頃から体が弱かったの」
 海賊に向ける言葉は、布石。じわり、と蝕み始める魔力の行方は未だ彼女しか知らず。
「全く、頼りがいがあって仕方ねェ」
 攻防を見遣る、ウィリアムが微かな笑いを落とす。信頼を込めた気安さで。
 腕を差し伸べれば、何処からか風が吹く。光の海に飛来する風は涼やかに、気づけばそれは無数の鶫の羽搏きだった。幻想の鶫達は気儘な囀りを風に歌い癒しを届ける。
「光の演出は悪くねえだろ? ただ……船酔いと嵐にはご注意、だぜ」
 嘯く彼は、悪戯気に。そう――この航海に吹く風は、彼らが決めるのだから。 

●紺碧の風
「ウィリアムさんは、私が」
「こっちも間に合う!」
 真尋と総一郎が声を掛け合い、後衛を執拗に狙う砲撃を受け止める。総一郎は機敏に瞬発力を生かしてサヤの前に立ちはだかると、挑戦的に海賊を見据え。彼を包む薄墨の闘気が、一際濃く揺らめき――炎を纏う巨大な砲弾を真正面から受け止める。夜散の前にはライドキャリバーが踊り込んで炎を受け止めれば、鋭角のターンで勢いの侭自ら更に燃え上がらせ突っ込んでいく。
「火力は、なかなかね。でも、まだ耐えられるわ」
「どちらさんもお任せあれ、だ」
 真尋の後ろの立ち位置にいれば、業火の勢いは見て取れる。気丈な彼女が、どれ程の苦痛を抱えているかも。だからこそ、ウィリアムは的確に癒しを紡ぎ、前衛に齎すのは更に戦う為の力。
「助かる! お化けなんかに驚いてられるか、ってな」
 隙あらば威嚇しようとサーベルを振り翳す海賊を、総一郎は笑い飛ばす。彼とて、既に一人前のケルベロスだ。目指す先は遠く、その為に真っ直ぐ駆ける足は髑髏船長如くに脅かされない。彼の生み出す光の盾はサヤを守る防壁となる。
「流石海賊を名乗るってとこだなァ。――だが、足りねェよ」
 攻撃は単調な繰り返しとなれば、時に避けることは叶い、防具の助けも厚い。声を掛け合う的確な連携は、強敵の筈の海賊を明らかに圧倒していた。
 味方達の様子を楽しげに踊る瑠璃の眼差しが見遣り、夜散は短い古代語の詠唱ひとつで光線を先駆けに。
 そうすれば、心得たタイミングでサヤが身軽に身を舞わせ、後ろも振り向かず光線の軌道を見事に避ける立ち位置で縛霊の一撃を埋め込み、軽やかに笑う。
「こちらで道をつくりますゆえ、続いてどーんとぶちかましてくださいねえ」
「今日のナナコさんの前で逃げれると思うんじゃねぇぜぇ!」
 海賊の戦闘力は、決して低い方ではない。高い回避性能と攻撃力を持つ――しかし、狙撃手達が足止めをかけた後に、ジャマーが満を持して切り込んで来られれば身のこなしも鈍る。サヤがぎり、と縛霊手に力を込めて捕まえた瞬間に黄色の影が踊って。流星の如くバナナが――もとい、ナナコが真上から海賊の頭を蹴り飛ばす!
「よう、クソ野郎。頭かち割られたからか? 足元がお留守だぜ」
 頭蓋が半ば割れた海賊の至近に、身を低く駆けたアルヴァが斜め下から地を蹴り。納刀してからの強打は、背筋が冷えるような威圧――魂喰らいの一撃だ。
「色んなものに、わたしも憧れてたわ」
 纏は銀色のオウガメタルに拳を覆わせ、踏み込みの合間にも言葉を重ねる。病弱だった己が、憧れるその気持ちの意味。他愛なさを装って繰り出した拳は確かな重みで海賊を捉えながら、囁きは蝕みに似て。
 もう異形にも分かっているのだろうか、幾ら驚いてくれたところで、結局彼等は自分を壊すモノだと。サーベルを振り上げれば、潮の香りが漂う。打ち寄せるのは、黒い波。紺碧とはかけ離れた嵐の海色だ。
「切り替えるのが遅いんじゃないか?」
 初めて前衛にもたらされた攻撃に快活に総一郎は告げて、自らが押し流されるのも構わず、纏を背に庇う。濁流には氷片が混じり彼の全身を切り裂くが、最後まで立ちはだかる足は緩めない。寧ろ、荒波を掻き分け前へ、前へ――拳が届く、距離まで。
「お前なんか、本音じゃ全然へのかっぱさ」
 虫の方が余程怖い、なんて年相応の顔で告げる癖に、龍の指輪が嵌まる拳は強く、硬い。胸に撓めて、気迫と共に――真っ直ぐ、殴りつける!
 驚くように目を瞠る演技を続けていた真尋も、小さく肩を竦め息を落として。纏を片手で引き寄せ、奔流を受け止める。生半可な者なら一撃で消し飛ばす可能性のある、精度に長けた攻撃を二人分引き受けて――、彼女は笑った。膝は、折れなかった。それが誇らしい、――未だ守れるのだ。
 奏でるは音、紡ぐは強さ。彼女の声は――反撃の、合図となる。
「行きましょう、――海賊退治よ」
 凛と響かせた音で海賊を切り裂けば、その位置を違わず夜散が狙いを合わせ浅く笑う。
「持って行けよ。俺の女神のキスを」
「忘れ物はありませんねえ。――こちらへ、『ようこそ』」
 武器に浮かび上がるは、ルーン文字。昇華円環と称される魔術の顕現により夜散が射出する弾丸は、その声が終わる前に既に――着弾している。限界を遥かに凌駕する彼の魔術、海賊に辿り着く接吻は酷く熱く、鋭く、心臓に杭を穿つが如く。
 二つの追撃が終わる間も無く、サヤが魔術の宿った鎌を振るう。針すら通さぬだろう二人の攻撃をどういった魔法でか、卓越した体術でか――もしくは、培った信頼故か。
 自由に、擦り抜けて。鎌を宛がい、袈裟懸けに引き裂く。それは、ケーキにナイフを入れるような他愛なさ。
 因は十分、ならば果はあるのみ。
 鳥が啼けば夢から覚めるもまた道理。悪い夢から、目覚めを告げる為に一撃を。
「まだまだこんなもんじゃねぇぜぇ!」
 怒涛の攻撃に身を切り裂かれ悲鳴を上げる異形へと、声高らかにナナコは宣言する。足元に広がるは紺碧の海――に加えて、ナナコが作り上げたバナナロード。黄色の道は、海賊まで続いていた。一歩、二歩、駆ける度にテンションは上がり、幼く見える面差しが笑えばもう、目の前には敵とバナナしか映っていない。巨大バナナめいた槍を細い腕が振り上げ、――迅雷の如く突く。縫い付ければ、後は――。
「運が悪かったな船長、――俺ら強ェんですわ」
 臆面もなく、ウィリアムが首を竦める。後方に居た筈の彼の姿は、瞬きの間に異形の傍らに接敵していた。愛用の刀は、すぐ傍に。撫でる指先は柔らかく、――けれど、繰り出すのは酷く冷えた、空の霊力を孕む一撃。ナナコが縫ったその傷を的確に切り広げれば、麻痺に船長が立ち竦み。
「動けないの? ――ねぇ、その子に驚きを返してあげて。驚きに欠けた航海なんて面白くないでしょうからね!」
 言い放つ纏は、そうして朗らかに微笑む。そう、驚きに満ちた航海のお披露目を。
「――『貴方は、わたし』」
 呪いは、浸透する。まるで遅効性の毒の如く――海賊と纏の波長は、交戦の度に近く近く、そうして今、同一に。もう『拒めない』。
 だって、同じなのだから。己が身を焼きつくす炎だと知っても操り人形のよう周りの空気ごと侵食されていく。
「――退場の時間だ。潔く散りな」
 両の刀は未だ鞘に収めた侭、アルヴァは飄々と相対する。最後の力を振り絞り、サーベルを翳すその動作は彼がこの攻撃で仕留めなければ確かに届くだろう。だが、―――二刀を持ちながら、一刀だけをアルヴァは抜き払う。
「なに、一つあれば事足りる」
 閃く白刃の速度は、あまりにも早い。一の太刀がすべての終焉を齎すと磨き抜かれた剣技故の自信。魂そのものを真二つに切り裂けば―――海賊は、消えていく。
 眩しい青い、光の海。引き連れた暗雲も黒波も全ては掻き消え、残るのは光ばかり。
 それは、彼等達によってすぐに掃除されてしまう束の間の幻だけれど。
「なんだろうこの現実感……やっぱ海賊の夢見てる方がいいなァ、俺」
 総一郎が肩を落とせば笑いが零れる、そんな現実が待っているけれど。
 アルヴァが、深夜に穏やかな眠りと驚きを取り戻した少年の顔を覗けば、彼は確かに笑っていたのだ。
「海賊、やっぱり、かっこいいねえ」
 寝言を呟く彼の夢から、悪い髑髏の海賊は、きっとどこかに行ってしまった。
「変わらず、海賊に憧れを抱き続けてくれりゃいいンだけどなァ」
 夜散が夢の名残の欠片を拾い上げ、呟く頃に。
 少年は、また夢を見る。

 最高に強くて、イカしてて。素敵な、海賊達の夢を。

作者:螺子式銃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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