『かつて』の獣

作者:長谷部兼光

●嵐の予兆
 釧路湿原・奥地。
 分厚い雲が夜空の煌きを覆い隠し、草花は強風に曝され大きく身じろぐ。
 ぽつり、ぽつり、と降り始めた雨の雫は二つの人影に落ちるが、彼等は動じない。
 如何程の荒天であろうとも、彼等――デウスエクスにとっては些事に過ぎぬ。
「そろそろ頃合ね、あなたに働いてもらうわ」
 人影の片割れがそう発すると、もう一方の人影は幽鬼の如く立ち上がる。
 ……否。
 痩躯だが二メートルを超える長身。
 獣が持つ、人ならざる耳と尾。
 ギリシア彫刻を思わせる白い肌は刃、銃弾、あらゆる傷痕(しょうこん)に彩られ、
 長い白髪から覗く青の瞳に生気は無く、
 死神にサルベージされたこの男は、正真正銘の幽鬼だった。
「魚型の死神達を何匹かお供につけましょう。あなたのやるべき事は『生前』と何ら変わりないわ。理性無く人の営みを破壊し、蹂躙し、叫喚を呼ぶのよ。さぁ、行きなさい」
 そう命ぜられても男の表情は虚ろのままだった。
 理性の見えない、混濁した瞳で自身に命を下した死神を暫く見つめ、
「テイネ……コロ……カ……ムイ……」
 そう一言だけ死神の名を零すと、男は大斧を携え、暴威と化した。
 市街地に迫るのは嵐の予兆と、そして。
 去りゆく暴威の背を眺め、テイネコロカムイと呼ばれた死神は、男のかつての種族(な)を、かつての在り方を口にする。
 即ち。

「神造デウスエクス・『ウェアライダー』」
 
●埋葬された記憶 
 ザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)が今回の作戦の概要を語る。
 釧路湿原近くで、死神にサルベージされたデウスエクスが暴れ出す事件が起こると言う。
 このサルベージされたデウスエクスは2015年以前に死亡した個体であり、なおかつ、釧路湿原で打ち倒されたものでは無いようだ。
 とすると、なんらかの意図で釧路湿原に運ばれた、と言う事になるのかもしれないが、現状では詳細不明だ。
 サルベージされたデウスエクスは、死神により変異強化されており、周囲に数体の深海魚型の死神を引き連れている。
 彼らの目的は、市街地の襲撃。
 ザイフリート王子は市街地周辺の地図を広げる。
「幸い、彼らの侵攻経路は予知できた。市街地に入り込む直前、湿原の入り口付近で迎撃する事が出来るだろう」
 時刻は午後十時。天候は豪雨強風……嵐。
 ただしこの荒天は戦闘に影響を与えない。
 たかが嵐如きでケルベロスの戦闘能力が落ちることはありえないし、それはデウスエクスにとってもそうだろう。
「生身の人間にとっては溜まったモノじゃないがな」
 詰まる所、こんな嵐の夜に好んで戦場に近づいてくる一般人はいない、と言う事だ。
「今回の敵は『神造デウスエクス』……ウェアライダー。彼の生前については解らないが、死神にサルベージされている以上、『侵略者の尖兵として猛威を振るい、当時のケルベロスに討ち倒された』過去を持つウェアライダー……と言う事になるだろうな」
 どうあれ、彼の意識は希薄で、彼をサルベージした死神……テイネコロカムイの傀儡でしかない。
 交渉の余地は無く、片手間で周辺を調査してもテイネコロカムイの痕跡は得られないだろう。
 まずは市街地へ迫る暴威の排除に全力を傾けてほしいとザイフリート王子は言った。
 ウェアライダーのポジションはクラッシャー。獣撃拳、ハウリング、そしてスカルブレイカーと同性質のグラビティを使用する。
 供として連れている深海魚型死神は三匹。ディフェンダー。ヒールグラビティは有していない。
「かつての話。終わった話。眠らせておくべき話……死神達は好んでそういうものを掘り返し己が力とする……全く……」


参加者
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
内牧・ルチル(浅儀・e03643)
ルーク・アルカード(白麗・e04248)
夜船・梨尾(黒犬と獅子の兄弟・e06581)
ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)
除・神月(猛拳・e16846)
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)

■リプレイ

●嵐来たりて
 黒雲が夜空全てを塗りつぶし、天然の光をすべて奪い、そうして闇に支配された湿原を土砂降りの雨が覆い隠す。
 それでも、耳を澄ませば雨打つ以外の物音が聞こえた。
 目を凝らせば人魂の如く闇に揺蕩う三つの光が見えた。
 確と大地を踏み抜いて、風を引き裂き迫るモノ。
 濃密な、殺気。
「嵐が来る」
 ノーザンライト・ゴーストセイン(のら魔女・e05320)が呟く。
 此方が認識したと言う事は、彼方も当然そうだろう。
 にも拘らず、一切速度を緩めないまま、望む所と一直線で突っ込んでくる理由は、此方を一息に轢き潰して、そのまま街へ侵入する腹積もりだろうか。
 そうはさせじとケルベロス達も駆け出して、双方の刃が届く位置まで間合いが狭まると、ヒルメル・ビョルク(夢見し楽土にて・e14096)は白虎めがけて呪詛を放つ。
「釧路湿原……貴重な種が数多く生息する場所ですが、蘇ったウェアライダーとは、また随分と希少なものです」
 薄い笑みを湛えたまま、ヒルメルの放った呪詛の名は『絡みつく影』。
「……ですが、それは自然の流れに反する存在。この豊かな地にて、再び大地へとお還り願いましょう」
 対象の持つ恐怖心が影と言う形を持って分離させられ、そして影――怯えそのものは本体に縋りつくように脚部へ絡みつき、足取りを鈍らせる。
  桔梗色の瞳に絡みつく影と白虎達を収め、内牧・ルチル(浅儀・e03643)の尾がぴんと逆立つ。
 彼女が縛霊手より展開するのは前衛を守護する大量の紙兵。
 紙兵舞う戦域に煩わしさを感じたか、それまで夜を回遊していた死神達の動きが変化する。
 此方を敵と意識した身のこなし。口端から零れるのは、穢らわしき怨念。
 前・中・後。三体の魚型死神達が一斉に怨霊弾を放つが、ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)の体を蝕む筈だった怨霊毒は、紙兵によって除かれた。
「テイネコロカムイ……アイヌの地獄がテイネモシリだったかな」
 何故死神がアイヌのカムイ(神)を名乗るのか、その理由は定かではないが、街を地獄にはさせられない。
 甦った猛威は、今、この場で全て受け止める。
「こんな嵐の晩に、大変だね」
 雨に打たれ、穏やかな口調で死神に語りかけるウォーレンの振る舞いは、まるで同胞を労うように優しく、
「……送ってあげる、暗く冷たい冥府の海へ」
 しかし、攻撃に一切の手加減は無い。
 ウォーレンの放った氷の螺旋は無数の雨粒達を巻き込み、死神を凍てつかせる。
 氷結し、未だ宙に留まる雨粒たちがきらりと瞬く。
「開け天空への道……来たれ雷の妖精たちよ」
 ノーザンライトが敵陣上空に展開した魔法陣。そこから姿を現したのは、蹂躙の雷妖精隊。
「この子たちのお披露目には、最高の天気」
 無数の精霊達は紫電を帯びた剣や槌を携えて、全ての敵に降り注ぐ。
 攻撃の苛烈さと、ケルベロス達の耳すら劈く勢いの騒々しさは正しく雷そのものだ。
 天空の妖精たちの乱打乱撃が終わったその直後、死神の一匹は体の自由が利かなくなる。
 何がしらの引力によって引き寄せられるその先には、左の戦籠手に光を宿す除・神月(猛拳・e16846)の姿があった。
「生き返らせられた奴が殺し合い好きだったかは知らねーガ、嵐の夜ってのがまた悪くねぇナ。思いっきり戦ってもう一回最期を飾るにゃあ良い舞台だロ」
 嵐と風の非日常。神月は昂ぶる心のままににやりと笑い、闇を纏う右の戦籠手で思い切り死神を殴りつけた。
「別に後ろの街がどーのって訳じゃねーガ、好き勝手にされるよりかはあたしらと闘ってスッキリ成仏させる方があたし好みだかんナ。通さねーゾ」
「ウェア……ライ…ダー?」
 神月達を見、白虎は反芻するようにその名を呟く。
 恐らくは一致しないのだ。
 白虎の幽かな記憶にある、神造デウスエクスとしてのウェアライダーの在り方と、眼前に現れた、ケルベロスとしてのウェアライダーの在り方が。
「神造デウスエクス、か」
 ぽつりとそう言って、ルーク・アルカード(白麗・e04248)は自身の分け身を纏う。
 デウスエクスとケルベロス。相反する二つの属性に分かれても、『ウェアライダー』には相違無く。
 故に、心にわだかまりがないと言えば嘘になる。
「同じ造られたウェアライダーですか……」
 複数の生命体から『神造』された生まれを持つ夜船・梨尾(黒犬と獅子の兄弟・e06581)にとってもそれは同様で、ゾディアックソード・夜船を駆使し、地に守護星座を描きながら、心の整理をつける。
「……いや、今は戦闘に集中しましょう」
 懊悩と煩悶を胸中奥深くに仕舞い込み、描いた星座は光輝き前衛に加護をもたらし、同時に梨尾のビハインド・レーヴェがポルターガイストで白虎を揺さぶる。
 レーヴェの攻撃をその身に受けながら、白虎の前進は止まらない。
 重力に逆らうように真黒の空めがけて大きく跳躍すると、携えた大斧を思い切り振りあげ、豪雨とともにヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)を強襲する。
 脳天に大斧が直撃した……否、脳天で受け止めたヴァルカンは、微動だにせず金色の瞳で白虎の意思なき双眸を見据えた。
 背後にあるのが街の灯ならば、一歩たりとも引けはしない。
「これより先は我等が守るべき人々の住まう場所、進ませる訳にはいかん。縁故も恨みも無いが……貴様等はここで斬る」
「問題……無い……縁故無きもの……を、屠ることには……慣れている……」
「……そうか。ならば滅びよ、デウスエクス」
 ヴァルカンは丹田で煉った氣を炎の息吹と共に解き放ち、前列に紅蓮の壁を作り出す。
 仲間を守り癒す、その障壁の名こそ『煉氣炎法・紅之陣』。
「炎による守護、其の精髄を見よ――!」
 炎の気魄に押されたか、白虎は小さく唸ると小さく後ずさる。
 ケルベロスとデウスエクスの戦闘に呼応するかの様に……風も、雨も、より強く吹き荒れる。
 おそらく……全てが終わっても、決して晴れはしないだろう。

●追憶
 豪雨が視界を狭め、強風が耳を塞ぐ。
 まるで周囲に誰もおらず孤立した感覚があったが、まやかしだ。
 嵐の中にあってもヒールグラビティは正確で、連携には綻び一つなく……皆、確かに『ここ』にいる。
 悪天候だからこそ、個々の結びつきをより強く意識する。 

「この天候は僥倖と言えましょう……とは言え、無闇に風雨に打たれる趣味がありませんが」
 ヒルメルのケルベロスチェインが敵と味方の間隙を縫って白虎を捕縛し、
「ヴァルカンさん!」
「ああ、行くぞウォーレン殿!」
 それを好機と見た二人は一時的に標的を白虎へと切り替える。
「この身は力無き者の為にあり。刃を以て盾と成さん!」
 噛み付き阻む死神達を振り払い、白虎の前方、ヴァルカンは鉄塊剣を膂力と質量のまま叩き付け、雨に紛れて背後に回り込んだウォーレンは、光燈す右手で軽く白虎に触れると、『天気雨』の如く、周囲の豪雨が一瞬煌いた。
 二人に攻撃され、『怒り』狂った白虎は目一杯の空気を肺に詰め込んで、一息に咆哮する。
 地がめくれ、風が凪ぎ、雨が爆ぜる。
 神造デウスエクスたるウェアライダーの、変異強化された震なる咆哮。
 前列を巻き込むその暴威からヴァルカンとウォーレンは、それぞれルークと神月を庇う。
 攻撃を耐えきったウォーレンは、愛おしそうに白虎へ微笑んで見せる。
 しかし、ヴァルカンの紅之陣があったとはいえ、二人の背負いこんだダメージは大きい。
 梨尾は即座に前列へ向けてサークリットチェインを施し、レーヴェが白虎を金縛ろうとしたものの、死神に阻まれる。
 ……死神が白虎を庇えばその分死神は早く倒れるだろう。
 その点で言うならいくら死神が庇おうが問題ないが、決戦に備え、白虎にできうる限りBSを付与したいと思うのもルチルの本音だ。
「月は隠れているのに……これほど凶暴か」
 ノーザンライトは暗夜を見遣る。
 月が無くとも狂っているからこそ……デウスエクス足り得るのかもしれない。
 ならば、と横を向いたノーザンライトの視線とルチルのそれが交差した。
 思わず、互いに笑みが漏れる。
 親友同士、考えていた事は同じだった。
 表情の上でははにかむ程度のルチルだったが、その尻尾は隠しようのないくらい大きく左右に揺れていた。
「合わせるよ、のーちゃんっ♪」
「親友の頭を取って……親(しん)・ハウリング……わ゛っ!」
 ルチルとノーザンライトの二重奏が敵全体を包み込み、死神の一匹が消滅する。
 こほん、と小さくむせたノーザンライトを背に、神月が死神に飛びかかった。
 神月が人差し指の一本のみを用い刺突すると、直後に死神は全身を硬直させ、そのまま息絶える。
 ルチルの声援を聞いたルークの耳はぺったりと後ろに伏し、そのまま最後の死神目掛け駆け出す。
 迫るルークを嫌がる死神は、グラビティを伴わない体当たりで何とか追い払おうとする。
 死神がルークに触れた刹那、彼の姿は消え失せて、強烈なバックスタブが死神を襲った。
 死神が触れたルークは、囮の分身に過ぎなかったのだ。
 かくして死神三匹は消滅し、残された白虎は俄かに追憶する。
「そう、だ……思い……だした……死なずのデウスエクスに……死を与える、おぞましき……化け物、ども」
 デウスエクスたちの視点に立てば、そう言う評になろう。
「ころさ……なくては……殺される、まえに」
 白虎は大斧を固く握りしめ、意思なき青の瞳はしかし爛々と光を放ち始める。
 男の意思は、果たして何処にあるのだろう。

●決着
 大嵐が、溢れ出た血をすべて洗い流す。
 白虎の肌は相変わらず真白のままだが、ケルベロスの攻撃を一撃、一撃受けるたびに新たな傷が刻まれる。
 それは本来、『死んだまま』ならば刻まれることのなかったものだ。
 眠りについた彼が屠るべき相手など、何処にも居てはならない筈だ。
 だが。それでも。蘇ってしまったならば。
「死神に強くされたんだロ? あたしとどっちが強ぇか比べようゼ!」
 神月の言に、男の口元が僅かに緩んだ――気がした。
 ペインキラーで痛覚をシャットアウトした、神月の身体。
 気付けば白虎に勝るとも劣らず傷だらけだったが、現状はさしたる問題ではない。
 ウォーレンの斬撃とヴァルカンの雷刃が作り出した急所を、神月は電光石火の蹴撃で貫く。
 反動そのまま宙に舞い、神月が闇夜に身を隠すと、ルナティックヒールで狂化したルークが白虎に肉薄する。
 これまで殴られ、吠えられ、叩き切られ、しかし食らいついては斬りすさび、背撃し、拘束する。
 交差し応酬する最中、狂気に身を浸した頭をよぎるのは、それでも侵せぬ人の情。
(「俺達は造られた存在ではあるが、決してこんな事を望んではいない」)
 だから……早く終わらせて眠らせてあげよう。
 意思はなくともきっと、こんな事を望んではいないだろうから。
 白虎の拳がルークの鳩尾にめり込む。相当量の血を吐き出して、同時に意識が遠のいた。
「おおおおおお!」
 それでも声を張り上げて、無理やり誤魔化し二刀のナイフを握る。
 ノーザンライトの放ち続けたペトリフィケイションが、ルチルの惨殺小太刀がジグザグに引き裂いた白虎の傷口に良く浸透し、一瞬、白虎の動きを止める。
 そしてその一瞬の隙はルークが白虎を徹底的に切り刻むには十分な時間だった。
 ビハインド・レーヴェを一瞥し、梨尾は養父の懐中時計を握りしめる。
 ありし日の光景は、もう二度と戻っては来ない。
 故に。
「もう誰かが消えるのは嫌です……だから全力で回復します!」
 一人はみんなのために、みんなは勝利のために。
「我が重力の鎖に願う―――彼の者に勝利を掴み取る力を!」
 梨尾の願いを受け取ったヒルメルは、二つのケルベロスチェインを手足のように操って白虎を縛り上げ、全力を以って白虎を地面に叩きつけた。

●泡沫
 決着は、ついたはずだ。
 それでも白虎はゆっくりと起き上がり、拳を握る。
 二度目の死の淵に立たされた男を支えるものは、何か。
「……死神の意図ではなく、あなたの戦闘本能で掛かってきて。そして、満足して逝け」
 ノーザンライトの言葉は、男に届いているのだろうか。
 白虎の表情は白髪に覆われ、読み取れない。
 神月は拳を固め、白虎に応じる。
 ぶつかり合う拳と拳。
 しかし白虎の拳からは、何の力も感じない。
 やはりヒルメルの一撃は致命の物だったのだ。
「蹂躙し、殺戮する……俺はそれしか知らない。それこそが、俺の知るウェアライダーの真(まこと)の姿だった」
 豪雨が白虎の体を抉る。
 強風が白虎の容を崩す。
 白虎はもう、形を成していられない。
 ……どんな真も、いずれは古びて新しい理にとって代わられる。
 今、白虎の眼前にある光景は、正しくそれだった。
「この星は貴方をも受け止める、一つの偉大な命です……貴方の行く末は私の知る処ではありませんが、静寂の幸福を知ることも、貴方のような存在には悪くはないのでしょうか」
 ヒルメルは生来、命の尊厳への敬意は持ちあわせてはいないが、彼自身もがかつては道具のように扱われていた過去がある。
 だからこそ、極僅か……白虎の身の上に共感出来る部分があった。
「こんだけ暴れりゃ満足だロ。天国であたしと闘えた事を土産話にでもしナ」
 神月が白虎の大斧に目を向けると、持ち主と同様、崩れていた。
 主とともに復活した大斧もまた、あるべき場所に戻るのだろう。
 白虎は抑揚の解らない声で「ああ」と答えると、
「いい現実(ゆめ)を……見させてもらった」
 死人である白虎にとっては現実こそが一抹の夢に過ぎず……。
 白虎の体は、風に攫われた。

 ……もし、運命のボタンが少しでも掛け違えば。
 定命化しなければ自分達がああなっていたのかもしれない。
 定命化していれば戦わずに済んだかもしれない。
 運命とは、複雑にして怪奇なものだ。
 きっと、こんな終わりは望んでいなかっただろう。ルークは嵐の只中で涙を流し弔うと、ルチルはルークから分けてもらった花を手向ける。
「……弔い、手伝うよ」
 彼の魂に安寧があるように。
 ウォーレンはそう祈り、
「敵ではあったが……」
 せめてその魂が、今度こそ迷わぬことをヴァルカンは願う。
 梨尾は黄色の蒲公英をその場に手向けると、綿毛の蒲公英を取り出した。
 風に煽られ、季節外れの綿毛達は空へ飛び出し、彼の後を追う。
 ひとりぼっちで眠るのは、彼もきっと寂しさを覚えるだろう。
(「新しい蒲公英が傍にいてくれますように」)
 ――そして、綿毛達が死神の手が届かない所へ魂を連れて行ってくれますように。

 明々と輝く人の営みは侵されず、
 しかし、釧路湿原に渦巻く嵐は、いつ収まるとも知れなかった。

作者:長谷部兼光 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 0
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