湿地に響く狼の咆哮

■リプレイ

●湿原から来るモノ達
　北海道の道東に降り立つケルベロス達は、北に広がる湿地帯を臨む。
「今が夏でよかったよ……」
　ヴィットリオ・ファルコニエーリ（残り火の戦場進行・e02033）が呟く。冬場だと寒すぎて、戦いどころではなかっただろう。
　レプリカント３年目の月日貝・健琉（紅玉涼天・e05228）が前に来た時、北海道は一面雪景色だったことを思い出す。
　それにしても、と彼は言葉を続ける。
「アイヌの精霊……カムイ、か」
　異文化を肌で感じて彼はワクワクするが、残念ながら今回、カムイの名を冠する死神が姿を見せることはない。
「死神連中も懲りないな」
「また新たな死神が現れるとはね」
　アマルティア・ゾーリンゲン（リビングデッド・e00119）が悪態づく一方、ディクロ・リガルジィ（静寂の魔銃士・e01872）はぼんやりとしながらも、瞳の奥で静かな狂気を見え隠れさせている。
「僕も探してる死神はいるけれど……、出来れば出くわしたくはないな」
　それは、ディクロが死神を最も警戒し、嫌っているからに他ならない。
「死神とは、本当に不躾な存在ですね」
「こういうことをする死神は、嫌いです。本当に」
　例え死者であっても、無理やり起こされるのはきっと嫌なことだろう。丁寧な物腰をしている京極・夕雨（時雨れ狼・e00440）もその存在に対し、やや顔を顰める。健琉などは嫌悪感を露わにしていた。
　そして、今回の事態を重く見ていたのは、岬守・響（シトゥンペカムイ・e00012）だ。
「この大地は故郷で、そして、……『湿地の神』」
　それがこの場におらずとも、彼女にとって見過ごせる状況ではないのだ。
（「『湿地の神』、テイネコロカムイ……」）
　その名を聞き、響から聞いたことを思い出すユーベル・クラルハイト（マルチレイヤストラクチャ・e07520）。その頭に乗ったドラゴンさんも空気を読んでか、じっとしている。
　この死神が纏う黒い毛皮。狼という話もあったが、実は狐のそれであり、響の母の……。
（「……響、大丈夫でしょうか」）
　ユーベルは響へと視線をやる。アマルティアもまた彼女を慮って見つめていたようだった。

　敵は北の湿原からやってくる。
　その為、メンバー達は東西に伸びる釧路外環状道路上で広範囲に展開し、索敵に当たることにしていた。
　健琉は仲間達から連絡先を聞いた後、方角を確認の上で北を注視して警戒を強める。夕雨も同じく、少し離れた場所で白柴のオルトロス、えだまめと注意深く周囲の探索を行う。
　ユーベルは地表から、そして、空を飛ばせたドラゴンさんには上空から索敵を行う。向かってくる敵を見逃せば、それだけで南の釧路の街に被害が及んでしまう。
　双眼鏡を使う響は遠方に注意を払う。比較的近くにいたアマルティアも、仲間、サーヴァントと索敵の網を張り、敵の捕捉に全力を尽くす。
　ライドキャリバーのカブリオレと合わせ、死角を無くすよう周囲を見回していたのは、アドルフ・ペルシュロン（緑の白馬・e18413）だ。じっと地平の彼方を見ていた彼がそれらに気づき、頭上に信号団を撃ち放つ。
　姿が大きくなってくる怪魚型の死神３体。その奇怪な姿に我慢できず、ディクロは弾丸を飛ばすが、死神は嘲笑うかのようにさらりと躱す。
「アオォォォォン！」
　そして、それらに護られるように、エゾオオカミのウェアライダーが爛々と眼を光らせ、疾走する。
　名も分からぬウェアライダーは、この場へ駆けつけてくる邪魔なケルベロス目掛け、獣の拳で殴りかかってきた。
　それを、エンジンをふかして飛びこんだディートが抑える。
「死して尚、神の掌の上で戦う狂戦士（ウールヴヘジン）か……」
　狼のように吠え、野獣のように戦う狂戦士。敵を目視で確認したヴィットリオが、その威容を北欧神話の戦士になぞらえる。
　相手は敵対勢力の頃の獣人。そう考える彼は、操り人形となる相手に同情などはしていないが。
「こうやって利用される様は、憐れんでおくよ」
　幾つか武器を所持する中から、ヴィットリオは魔法の杖を手に取る。
「何の目的があって、ここに……。でも、オレは、オレ達は負けませんから」
　同じくファミリアロッドを手にした健琉は、機械音声のような言葉でこう告げる。
「定義：自宅」
　この地を護るべき空間と定義した彼は、戦闘態勢へと入る。
「ここより先には行かせません」
　頼りとなるヴィットリオやアマルティアとの依頼。クールな素振りのユーベルだが、街を、仲間達を護る為、敵の前に立ちはだかる。
　そして、極めて冷静に敵と立ち向かう響。緊張感に包まれる彼女を支えるようにしてアマルティアが後から声をかけてくる。
「安心しろ。しっかり見ていてやる、後ろからな？」
「ティアさん……頼りにしてるから」
　自身を支えてくれる大切な人を感じ、響きはこつ、と背中に頭を預ける。
　ごめんね。……勇気出た。
　かすかに微笑む響は前へと飛び出す。
「聞こえているかわからんが、付き合って貰うぞ。少しな」
　アマルティアは逆に敵から距離をとり、星辰を宿した長剣を手にした。
「アマルティア・ゾーリンゲン。――仕る」
　襲い来る死神と獣人をここで食い止める為、ケルベロス達は応戦を開始したのである。

●命をもてあそぶ死神
　湿原と街に挟まれた釧路外環状道路。
　北、湿原から攻めてくる死神勢力。それを食い止めようとケルベロス達は仕掛ける。
（「死体を漁る行為は、何時だって忌み嫌われるべき代物だ」）
　獣人を強制的に従える怪魚型の死神。それに、アマルティアはひどく嫌悪感を抱きながらも、剣に宿されたオーラを飛ばし、怪魚の殲滅を図る。続き、ボクスドラゴンのパフもブレスを吹きかけていた。
　そのアマルティアが気にかける前線の響。僅かに殺気立つ彼女は精霊魔法を唱え、氷河期の精霊を召喚する。それによって、死神達に吹雪を吹き付けて氷に閉ざそうとしていた。
「オオォォォ！」
　火力に特化した立ち位置で、ウェアライダーが獣の拳を振り上げてくる。
　それを、ユーベルが身を挺して受け止め、反撃としてエネルギー光弾を射出して敵の弱体化を図った。
「ごめん」
　友人を護るどころか護られてしまい、周りが見えていない自分に気づいた響は自身を恥じ、友人であるユーベルに謝る。
「いいえ、響を助けられることが私は嬉しいです」
　それに対し、ユーベルは微笑を浮かべた。
「大丈夫、響には私が、私達が付いていますから、おもいっきりやっちゃって下さい」
　その信頼がまた、彼女を元気付けていくのである。

　ゆらりゆらりと宙を泳ぐ怪魚。そいつらは気持ち悪い顔で大きな口を開いて食らいついてくる。
　ヴィットリオがそれら目掛けて飛ばした燃え盛る炎を、怪魚達の中心で爆破炎上させた。体を燃え上がらせ怪魚はなおも動きを止めずにかぶりついてくる。彼はそれらを、ガトリングを掃射していたディートと共に防いでいた。
「お魚さんのお口は、どうしてそんなに大きいんですか？　……なんて、まあどうせ我々に噛み付くためですよねえ」
　大口を開ける敵に問いかけるも、自身で結論付ける夕雨。地獄化した左目から溢れる夕暮れ色の炎で、辺り一面を広く包み込む。
「そんな怖いお魚さんは、焼き魚にして食べてしまいましょうね」
　燃える炎は大きく口を開く誰かの姿にも見えるが、その記憶は夕雨にはないもの。彼女が感慨を抱くことなく、炎は敵陣を蹂躙していく。
　続けて、オルトロスのえだまめが神器の瞳で睨み、炎で死神を燃え上がらせる。怪魚は燃え尽き、その姿をかき消してしまった。
　その真横から、別の怪魚が食らい付いてくる。体力を奪われながらもそれに耐え切ったえだまめに、夕雨は優しく声をかけた。
「とても痛いとは思いますが、どうか力の限り皆様を守って下さいね」
　夕雨の言葉に、えだまめは力強くワンと答える。
　その食らいつく敵目掛け、銃弾を叩き込んでいたディクロ。怪魚の奇怪な動き、口を開けるときの耳障りな音。それがひどく耳障りで。
「煩い」
　それに顔を顰めた彼は、氷河期の精霊を呼び出して怪魚を凍りつかせる。
　健琉は初めて使うファミリアロッドを振るい、死神を焼き払っていた。
「オレは自宅警備員ですから。自宅と定めた場所の防衛は、得意なんですよ」
　スマートフォンを手にした健琉はそれを操作することで洗脳電波を発し、敵の思考を乱していく。
「オレが地球に出来る恩返し、ですよ」
　悶絶する死神はついに地面へと落ち、どろりと溶けるようにして姿を消していった。
　最後尾で仲間を支えるアドルフ。彼はライドキャリバーのカブリオレに突撃させ、激しいスピンで敵を轢き潰そうとする。
　そのカブリオレを含めた前列メンバーへ、敵ウェアライダーが大きな声で咆哮した。
「アオオオォォォ！！」
　それに身をすくませる火力役の仲間へ、アドルフはエネルギー光球をと考える。しかし、グラビティの活性がないことに気づき、精神の盾に切り替えて防御を高めようと動く。
　獣人は息を荒くし、なおもケルベロスへとラッシュを仕掛けてくる。
「お前がどれだけの力を持っていても、僕らが皆を、町を守る！」
　ヴィットリオは獣人にそう告げ、放つ巨大光弾で敵陣を光に包み込んでいくのだった。

●これ以上利用されぬように
　襲い来る死神、そして、獣人。
　対するケルベロスの布陣は非常に堅い。サーヴァント連れのメンバーが多く、さらにその多くが盾役となっていた為、敵は的を絞れずに効果的な攻撃ができないでいたのだ。
　ウェアライダーを庇う死神は、ケルベロスに食らいつくことで傷口を塞ぐ。しかし、重なる攻撃でボロボロになってきていた。その見た目がまた、アマルティアに嫌悪を抱かせる。
「還れ。ここは、生者の棲む場所だ」
　ボクスドラゴンのパフがブレスを浴びせるところへ、彼女は長剣に地獄の炎を纏わせて跳びかかり、死者を利用する外道を２つに断ち切った。
　これで残るは……。
「狼のウェアライダー、奇しくも同じなんですね」
　あちらは獣人型、夕雨は人型だが、冒涜を受けているその悲しい姿を見過ごせないと夕雨は全身にオーラを纏う。
「どうか、また安らかな眠りに付かれる事を切に願います」
　夕雨はオーラの弾丸を飛ばし、狼の体へと食らいつかせていく。
「改造スマホの方が、得意なんですが……」
　実際にこれまでもスマートフォンから洗脳電波を飛ばしていた健琉だが、初使用のファミリアロッドも積極的に使う。その杖を赤い小鳥の姿へと戻し、魔力を込めてから彼が飛ばすと、小鳥は仲間がつけた傷をえぐる様にくちばしで広げてゆく。
　アドルフは仲間の癒しを行っていたが、敵の攻撃がバラければ時に攻め入る。
「我は盟約によりて、万古の契約の履行を要請す。我は意地を貫く白の騎馬。完成せよ白王号」
　アドルフは言葉と共に動物変身する。さらに、太古の血を甦らせて巨馬の姿となり、道路の上を疾走していく。獣人を逃すことなく突進して体当たりを食らわせた。
　だが、敵も気咬弾で反撃を繰り出す。カブリオレが庇ってくれたものの、衝撃に巻き込まれたアドルフは吹っ飛ばされる。それでも、アドルフは敢えて腰を引いて足で跳ぶ。流れに逆らわぬことで衝撃を抑えていたようだ。
　荒ぶる敵はその後も、咆哮によって足止めしてきた後、拳やオーラをケルベロスへと叩きつけてくる。死神によって変異強化させられているのか、その力は強力だ。
「……面識はないが、この手で終わらせてやるのが情けだろう」
　アマルティアは長剣で敵の腹を一突きし、グラビティによって傷口を凍らせる。
「ウオォォォ！」
　うめき声を上げて拳を叩きつけてくる敵。ヴィットリオがその殴打を食らい自身へと気力を転化して傷を塞ぐ。
「どうした、ウールヴヘジン……！」
　挑発するヴィットリオだが、その傷は塞ぎきれない様子。気を抜けば、あっさりとこちらの体力を削ぎ落としてしまいかねない。
　続いて、やや響を気がけるユーベルも、気力を飛ばしてヴィットリオの傷を癒す。ドラゴンさんも後方から自らの属性の付与によってフォローしてくれていたようだ。
　傷つき、回復を繰り返すケルベロス。それでも、数の利は大きく、徐々にウェアライダーを追い込んでゆく。
「荒れ狂え、天翔る蛇！ 遍くウェンカムイを灰燼と化せ！」
　竜語魔法で雷神の力を降ろした響。彼女は迅速を得たエクスカリバールを振り上げて叩きつけ、飛び散る光輝が敵を塵に帰さんとする。
　もはや迷うことなく、戦いを繰り広げていた響の姿に、ユーベルは安堵すらしていたようだ。
「ウ……ガルゥゥ……」
　グラビティ・チェインを失ってきていたウェアライダー。その動きに繊細さがなくなってきていた。
　そこで仕掛けたディクロ。まず、尻尾にブラックスライムを肥大化させた２本の猫尾でウェアライダーの体を縛り付けていく。
「死神に操られているとはいえ、同族に銃を向けるのは少し気が重いよ」
　ディクロは慣れているナイフを行使してはいたが、トドメにと選んだのはリボルバー銃だった。彼は連続して銃弾を叩き込んでいく。それは、『喧騒』と生み出すものを『静寂』させる為の連撃だ。
「ア、アオォン……」
　小さく鳴いた敵は前のめりに倒れる。そしてそのまま体を崩し、灰のように成り果ててしまう。
「定義解除：自宅」
　敵の殲滅を確認したからか、健琉の体から電子音声のような言葉が聞こえる。アドルフはその姿に手を合わせてしばし祈りを捧げた。
「その魂、力を貸して欲しいっす」
　強さを得る為に。アドルフはそのエゾオオカミの魂を喰らうのである。

●安堵と失意の溜息
　メンバー達は戦いによって破壊された道路へ、ヒールをかけていく。
　ホログラムで作り出した海と赤い満月から赤と青の弾。健琉はそれらを連続して放って大地を癒し、アドルフは浮遊する光の盾によって道路に力を与えて幻想混じりに補修していく。
　そんな中、頭の上のドラゴンさんに尻尾でぺしぺしと叩かれていたユーベル。彼女はゆっくりと響のそばへと近寄り、声をかける。
「……救えました」
「……頑張ったな」
　さらに、アマルティアがくしゃくしゃと響の頭を撫でた。
　響はほんの少しもたれかかり、僅かな時間だけでも彼女に甘えるのである。
　一方、ディクロは倒した敵の痕跡を確認していた。死神に蘇生させられずに済む方法はないかと、彼は考えていたのだ。
「まぁ、そう都合よくはいかないな」
　同じウェアライダーが操られるのは、ディクロにとって耐え難いこと。だからこと、彼はこの黒幕を早期に発見し、その打倒を誓う。

　釧路の街を救うこと、そして、ウェアライダーを死神の手から救い出した一行。複雑な思いを抱き、その場から撤収していくのである。

作者：なちゅい	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2016年9月5日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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