豊漁祭のマグロ娘

作者:のずみりん

 相模湾に面したその港町で、秋の豊漁祭は大いに盛り上がる一大イベントだ。
「年明けごろはどうなるかと思ったが……」
「はっはっはぁ! 人間やればできるってもんよ!」
 年明けから荒天にデウスエクスにと脅かされた相模湾だったが、ケルベロスたちの活躍、海の男の不屈の闘志は、祭りの日という勝利に今年も辿りついた。
 男たちは豪快に、女たちは華やかに。海の幸を模した豊漁祈願の飾りや提灯が小さな町を今日一日華やかに盛り上げていく。
 街の出店では手ごろな値段で新鮮な魚介類がふるまわれ、市外からも多くの人が訪れる豊漁祭はマイナーだが地方では割と知れたお祭りだ。
 
「おーっ、行列が来たぞぉー!」
 中でもいっとう目立つ豊漁祭のメインイベントが豊漁詣でと呼ばれるねり歩き。ほろ酔い加減で男が手を振る先から珊瑚に海藻、エビ、カニ、魚……竜宮城からやってきたような海の仮装の一団がやってくる
 元は漁港から神社へと祈願に詣でる行事だったのだが、近年ではコスプレの流れも取り入れ、今や人々の目を楽しませる欠かせないイベントとなっている。
「んっ、む!?」
 事件は豊漁詣での中で起きた。
 血しぶきが飛び、海老の仮装の少女が倒れる。
「ひっ、人殺しぃっ!?」
 ふとましい鯨の着ぐるみがずっこけながら逃げる傍で今度はイカ、人魚や魚……次々と切り刻まれた仮装の男女が地面に転がっていく。
 珊瑚と海藻をイメージしたドレスの踊り子が声にならない悲鳴を上げた。
「マ、マグロ……?」
 その惨劇の中心にいたのはマグロを被った浴衣姿の少女。愛らしい顔立ちを崩さず淡々と、マグロの少女は人々を貪り殺していく。
 
「エインヘリアルに従う妖精八種族の一つ、シャイターンが行動を開始したようだ。港町の祭りをマグロ娘が襲ってきた」
 リリエ・グレッツェンド(シャドウエルフのヘリオライダー・en0127)はケルベロスたちにいつもの真面目な顔でいう。
「……すまん、そうとしか例えが浮かばないんだ。種族としてはシャイターンらしいが……マグロガールとでも呼ぼうか」
 リリエの絵と説明ではマグロの被り物をした可愛らしい少女だが、背中のタールの翼はなるほど、まぎれもなくシャイターンのものだ。
 このマグロガールと呼ばれることになったシャイターンの娘は相模の港町の豊漁祭を襲い、グラビティ・チェインを強奪しようとしているという。
「敵の目的は不明だが放置はできない。先回りして事件を未然に防いでほしい」
 出現するマグロガールは一体、配下などは連れておらず強力というほどでもないデウスエクスだが、油断はできない。
 第一の問題は祭りの中止や避難が出来ないこと。祭り会場の人を避難させてしまうとマグロガールが別の場所を襲ってしまうため、出現を待って対応しなければいけない。
「厄介だが実際に人が動かなければ問題はない。事前の準備で被害を減らす工夫はできるだろう」
 またマグロガールが真っ先に襲い掛かったのは豊漁詣で……海の幸のコスプレイベントに参加した人々だったという。
 もしかすると優先して狙う獲物には法則のようなものがあるのかもしれない。
「戦闘能力については過去に出会ったシャイターンと同じようなものと思っていい。催眠効果のある蜃気楼や糧食を作り出してのヒール……それと手持ちの武器として惨殺ナイフのような刃物も持っているようだ」
 恐らく人々を切り刻んだのはこれの『血襖斬り』めいた技だろう。
 
「マグロガールは決して強敵ではない。ただ阻止に失敗すれば祭り会場が惨劇の場になってしまう危険が伴う、敗北の許されない相手だ。注意して対決してほしい」
 気を引き締めるようにいったリリエだが、一呼吸おいてふっと笑う。
「祭りは例年、かなり盛り上がるそうだ。もし阻止に成功したら、気晴らしに祭りを楽しんできてもいいかもな」


参加者
犬江・親之丞(仁一文字・e00095)
グリム・シドレクス(瀑走鮮魚グリマグロ・e01303)
千軒寺・吏緒(ドラゴニアンのガンスリンガー・e01749)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)
ガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925)
空木・樒(病葉落とし・e19729)
アトリ・セトリ(緑迅疾走・e21602)

■リプレイ

●鮪、マグロってなんだ
「マ、マグロが襲ってくる……?」
「うん、それでマグロの餌になる仮装の参加者を後ろに下げてほしいんだ。予知された範囲なら、迎撃できるはずだから……」
 手にした『プラチナチケット』で運営テントに入り込んだアトリ・セトリ(緑迅疾走・e21602)の話に、スタッフはわかりやすいほど困惑の顔でいった。
「……これ、伝えます?」
「それは……やめといた方がいいと思います。予知が変わってしまうかもしれないし、混乱しそうというか」
 同じくスタッフとして訪れていた湯島・美緒(サキュバスのミュージックファイター・e06659)は判断を仰ぐような問いに、ちょっと考えてそう答える。
 まぁ実際、この豊漁祭の賑わいにマグロが攻めてくるぞ! なんて放送したら、恐怖より好奇心を煽る結果になりかねないだろう。デウスエクスという脅威が存在する今でも、好奇心は恐怖を時に打ち負かすものだ。
「事前にできることは限られるよねぇ……とまれ、避難エリアの経路と確認、周知の徹底をお願い。僕は御子神君たちとマグロガールを探してみるよ」
「あ、はい。現場の方にも警戒を呼び掛けておきます。こちら本部……」
 無線機に呼びかけるスタッフによろしくと頼み、ガロンド・エクシャメル(愚者の黄金・e09925)は相棒のミミック『アドウィクス』と街に戻ることにする。
「ぶち壊しにはできないよ。お祭りは年に一度の『レアもの』だからねぇ」

 風を切るような祭囃子が雑踏を軽やかに流れていく。その音色も今のケルベロスたちには重かった。主に物理的に。
「考えるだけ無駄だが、なんでマグロ?」
「さぁ……ドラゴン達同様、憎悪や恐怖を集めて定命化を防ごうとでもしてるんでしょうか?」
 イワシの被り物を被った千軒寺・吏緒(ドラゴニアンのガンスリンガー・e01749)の問いにならない問いに、イカを背負った御子神・宵一(御先稲荷・e02829)が答えにならない答えを返す。
「ちょっと……暑いですね……」
「まだ残暑だな……」
 宵一はべったり張り付く前髪と一緒に汗をぬぐう。熱源は主に背中……囮にと用意したイカのぬいぐるみ【DAIOU】だが、180cm近い身長の彼が小さく見えるビッグサイズである。
 一方のマグロガールに倣って浴衣に被り物で決めた吏緒も多少マシなものの、こちらはこちらでイワシ頭から覗く眼光鋭いドラゴニアンの顔が妙なオーラを放っていた。
「なになに、あの人超ヤバいよ!」
「すいませーん、写メとらせてくださいっ!」
 通りを歩けば人も集まる。中には積極的にぐいぐいと絡んでくるものもいる。
「イワシ参上! とぅっ」
 高まるテンションに格好つけて名乗りを上げる吏緒もいる……失礼。祭りに溶け込みながらマグロガールを探す宵一たちだったが、結果はでないままに時間が過ぎつつあった。
「もう豊漁詣でが始まっちゃいますよ……!」
「誤算、というのでございますか。これはっ」
 時間を確認する犬江・親之丞(仁一文字・e00095)に、ガールではないマグロ……グリム・シドレクス(瀑走鮮魚グリマグロ・e01303)はうめいた。
 シャイターンと言えど、唐突に虚空から湧いて出てくるわけではないだろう。見つけ出し、先手を取れればとは考えたのだが……豊漁祭の仮装からマグロ姿のシャイターン一人を探すというのは、なかなかに難しいものがあった。
 特徴的なタールの翼でも見えれば一発なのだが……。
「スタッフさんへの連絡はつきましたわ。わたくしたちも行列の方へ」
「ぬっ、樒嬢! ……そうですな」
 二人の元にサンマの着ぐるみを被った空木・樒(病葉落とし・e19729)がやってくる。一見してコミカルだが、着ぐるみからのぞく少し気恥しそうな顔には不思議な色気が感じられた。
 頷きあい、グリムたちは横道を抜けて豊漁詣での行列へと急ぐ。
「いたっ! あそこに美緒さん達も……」
 辿り着いた大通り、運営テントから戻った仲間たちの姿に親之丞はほっと息をつく……瞬間。
 ケルベロスに風が走った。

●風か嵐か、マグロ娘
「御子神君、後ろっ!」
 大通りからのガロンドの声に、咄嗟に宵一は身をひねる。
「ィカ……っ!」
 背負った巨大イカのぬいぐるみが爆ぜた。衝撃で倒れかけた身体を前に投げ出し、間一髪で距離を取る。
「大丈夫。かすり傷です……っつつ」
 傷を確認し、宵一は仲間と群衆を安心させるよう通る声で言った。重いわ暑いわの【DAIOU】イカぬいぐるみだったが、見事に役目は果たしてくれた。
 続く刃を構えた縛霊手『白蔵主』の鎧袖で受け流し、飛び退く勢いで太刀を抜く。黒基調に拵えた『若宮』が夕闇にひらめいた。
「スタッフの指示に従って、慌てないで! キヌサヤ、彼をお願い!」
 息もつかぬ攻防に、マグロガールも待ちはしない。態勢を立て直す間にもアトリは矢継ぎ早に人々へと指示を飛ばした。
「……違った? じゃあ」
「僕はエサじゃない」
 得物を探す包丁じみた惨殺ナイフ。切っ先を向けられたガロンドは、ロブスターの着ぐるみで断言する……本物のマグロは蟹など甲殻類でも平然とたいらげた記録があるそうだが。
「やっぱり、こっち」
「来たか!」
 マグロガールとしては食べやすい方がお好みだったようだ。くるりと吏緒のイワシ姿に向き直る。
 このイワシ頭、彼自身も割と良い出来栄えと思っていただけに声も大きくなるというものだ。突き出されるナイフを、気持ち勢いよく大槌の柄が受け止める。
「んー……ん?」
 鍔迫り合い、魚の顔を突き合わせたマグロガールが首を傾げた。さすがに彼女も待ち伏せを感じたのだろう。どこからか吹き荒れた砂の嵐が通りを舞い、ケルベロスたちを幻惑する。
「えぇい! しかし私とてマグロのはずだ……!」
「だから何なの!?」
 ツッコミを入れつつ、マグロガールに向かおうとするグリムのヒールドローンを駆け付けざまにアトリは叩き落とす。
 続けざまに樒のウィッチオペレーションが催眠されたマグロ男を強烈に復帰させた。
「わたくしの目の前で仲間が倒れ伏すなど、決してさせたりは致しません」
「おぅっ!? 幻惑されておりましたか」
 アトリたちにマグロ、もとい頭を下げたグリム……の、前にマグロガールがいない!
「今のうち――」
 混乱する戦線をよそに、そっとマグロガールは包囲を突破していた。まさに通りへとすり抜けられるかという、間一髪。
「悪いけど、遅いよ」
 ギターをかき鳴らし、美緒が飛んだ。予め豊漁詣での並びに注意しておいたのは大きかった。滞りなく避難は進み、戦闘中の大通りには『殺界形成』が展開されている。
「何を考えているのやら分かりませんが、標的は討ち果たすのみです」
 サンマ姿の少々締まらない格好だが、樒の腕は何ら鈍ることはない。グリムをたたき起こした薬匙型の杖から放たれる電光は、大通りへ抜けかけたマグロガールを容赦なく貫いた。

●マグロ(発動編)
「……痛い……」
 グラビティから作られたイカらしい『生命の糧食』をかじり、マグロガールが立ちあがる。
「その暇は与えない! 我が剣は狼の牙、受け切れるかっ!」
 親之丞の二刀が放つ衝撃波を巧みにかわし、マグロ娘は食事を邪魔された怒りか今度は彼へと突っ込んでくる。そのマイペースな姿にグリムは怒った。
「貴様もマグロなら皆が祭りに込める気持ちを解れよ! 痛いなら! なぜ邪魔して簡単に人を殺すんだ! 死んでしまえ!」
「ワケがわからない……」
 飲み込むようなマグロガールの呟きは激昂に対してか、その身体から放たれる不可思議な『想起『原理活性』』の存在感に対してか。
 それはともかくと幻惑の砂嵐を振り払う力を受け、溢れる力をこめてガロンドは必殺バズーカの銃爪を引く。
「もうこの勢いで片づけちゃおう。どっかーん!」
「あ、それ……」
 星霊戦隊の大得物を模した大砲の火力にシャイターンの娘は声を漏らす。放たれた死霊弾の『予定調和』に飲まれて真偽は聞き取り切れなかったが、それなり以上の効果はあった。
「けどまぁ、必殺とはいかないよねぇ……と。アドウィクス!」
「見た目以上に、手ごわい!」
 再び幻惑の砂嵐。すくい上げるような暴風にガロンドは相棒のミミックへしがみつき、親之丞は宙への跳躍で身を避けた。
「樒さん、美緒さんを! 犬江流二刀術、金赤反魂煌――!!」
 状況を確認しつつ、親之丞は繊月のような『小月像』の刀身へ逆手の斬霊刀を交差させる。『仁』と『柔』が描く十字から放たれる槍の如き光線弾。
 それはマグロガールのかざした惨殺ナイフと激突し、彼女と周囲を派手に焼いた。仮装をしなかった親之丞だが、その選択はうまく彼から狙いを逸らし、攻撃のチャンスを生み出してくれている。
「必ず……食べる……っ」
「執念とでもいうのか、マグロの!」
 地を蹴り、吏緒へと突っ込んでくる姿にグリムが唸る。タールの翼が羽ばたいた。
「そうはっ、させない!」
 しかしケルベロスもまた黙ってそれを通しはしない。ギターごと叩きつけられた美緒の身体に、マグロガールと組みあう吏緒も思わず叫ぶ。
「おい、無理すんな!」
「大丈夫! 速弾きは激しいだけじゃないんです!」
 それはまさに音響の零距離射撃。大人しそうな見た目からは想像できぬ激しさでバイオレンスギターが衝撃波を歌う。
 元曲に対して『The Last Howling mild』と呼ばれた奏法だが、威力を犠牲にしたとはいえマイルドとは程遠い激奏だ。
「このまま押し切るよ。裂けろ幻影、塵も残さず……!」
 強烈な振動に飛び退いたマグロガールの軌道を狙い、アトリの蹴りが空間を裂く。エアシューズから伸びた大鎌の如き影がマグロガールへと。
「えぇ……捉えました」
 墜落するシャイターンへ、宵一の剣が太刀筋を合わせる。初撃では強襲をいなしに使った『浮木』の技巧を、彼は敵の『動』に対し使って見せた。
 力や姿勢が乱れた隙をつく一転攻勢……元は一対一を想定した剣技だが、着想と立ち回りは柔軟に応用できる。
「あ……っ」
「終わりですよ」
 小さな声を残し、マグロガールの身体が地へと落ちる。
 太刀が鞘へと収まる音。そして静寂が後には残った。

●今度こそ、豊漁祭
「マグロは殺し合う道具ではないって……今」
「はいはい、黙ってヒールしような」
 悟っていいのかよくわからないものを悟ったグリムのマグロ頭を吏緒が引っ張っていく。
「マグロ同士なら解り合えた筈なのに……どうしていつもこうなるんだよォ!」
「そーだ、海のバカヤロー!」
 港に叫ぶマグロ男に、何か誤解した人々がノリノリで咆えていた。まぁ、盛り上がっているならいいのか。
「物に犠牲は出ちまったが、おかげで惨事は防げたぜ……ありがとうな」
 傷ついてしまったイワシの仮装を撫ででやり、心ばかりだが応急処置を施してやる。双方思いがけない遭遇戦で押されることもあったものの、街や参加者への被害を最小限で抑えられたのは上々だろう。
 ケルベロスたちは傷ついた通りを癒しつつ、めいめいに祭りへ溶け込んでいった。
「せっかくですから、相模ならではの特産をと思いましたけど……目移りしますね」
「最近はキハダマグロがすごいらしいよ。ほら、あっちでも解体ショー……って、こらキヌサヤっ!」
 スタッフから仕入れた話を樒に紹介するアトリだが、その懐からキヌサヤが駆けだしてまた騒ぎ。仮装のマグロに噛みつこうとするウイングキャットに驚きながら、魚屋の店主が食うならこっちとカマスの焼き魚をほおってくれた。
「もう……どうもすいません」
「はっはっ、元気でいいってことよ! あっちの若いのにも食わせてやんな!」

 気のいい店主からいただいた盛り合わせを手に、二人はメインステージの方へ。そこには飛び入りで歌を披露する美緒と、それを肴に談笑するガロンドたちの姿があった。
「あ、いらっしゃーい! そっちも美味しそう! 交換する?」
「犬江さんの方もだね。山葵抜きがいいな」
 姉貴分から小遣いを貰って来たんだという親之丞の前にも海の幸がどんと広がっている。二人は思い思いに交換し、広がる滋味に舌鼓をうった。
「刺身も格別ですが、浜焼きや漬け串もいいですね。うん。どうです?」
「いいなぁ。じゃあ、遠慮なくいただきまーす」
 読めない宵一の表情だが、パタパタと動く耳が上機嫌さを伝えている。客席に戻ってきた美緒は差し出された鮪の串をほおばった。
「僕はお刺身をいただこうかな。新鮮なヤツをね」
 ガロンドは箸をのばし、満足げに頷く。
 お祭りは年に一度のレアもの。取り置きできない一夜にこそ、レアものハンターを唸らせる価値があるのだ。

作者:のずみりん 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 3
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