●『疾駆再臨』レオニダス
日本の夏とは思えぬ冷涼なる空気を、周囲に立ち込めた夜霧がしっとりと包み込む。
道東、釧路湿原。
この地において、人が立ち入る地域はごく一部である。国立公園故に規制が敷かれている事もあるが、それ以上に、葦の生い茂る泥炭地が人間の侵入を頑なに拒んでいたからだ。
それ故に、ここは国内でも類を見ない貴重な野生動植物の聖域となっている。――だが今宵、湿原に姿を見せたのは、そのような動物たちだけではなかった。
「――そろそろ出番のようね、レオニダス」
ぐずぐずと地崩れそうな沼の畔で、小柄な狼が囁く。いや、それは狼の毛皮を目深に被った何者か。
夜闇の中、暗色を基としたその装束もまた暗く溶けている。どこかこの地の神話伝承を思わせる鮮やかなる文様と金銀紅玉の装飾、そしてにい、と歪んだ唇が、暗がりの中に浮かび上がっていた。
「街に下り、存分にその力を振るいなさい。そう、存分に」
「……テイネコロカムイよ、仰せの通りに」
湿地の神、と主の名を呼んで。
もう一つの影、水の中に跪いた人影、レオニダスと呼ばれた者が、下された命を諾とする。魁偉なる肉体。隆とした腕。僅かな光が浮かび上がらせる、もう一匹の狼。
だが、その声色は、肉体の感じさせる印象からはほど遠いものだった。感情を感じさせず、意志も感じさせぬ声。微塵の覇気もなかった、と言ってしまっても良い。
そんな、ただただ承知の意を正確に示すだけの返事と水音一つを残し、彼――かつてウェアライダーの勇士だった男は繁茂する葦の中に姿を消す。
それは、彼が釧路周縁の街に辿り着き、深海魚の姿の死神と共に殺戮を開始する、ほんの少し前のことだった。
●ヘリオライダー
北海道の釧路に飛んでいただきます、とアリス・オブライエン(シャドウエルフのヘリオライダー・en0109)は告げた。
「死神にサルベージされたウェアライダーと下級の死神が、釧路近辺の街を襲うようなのです」
ウェアライダーといっても、第二次大侵略期以前の死者のようですが、と付け加えるアリス。
近頃この地域――釧路湿原周辺で相次いでいる、他のサルベージされたデウスエクスの事件も、第二次大侵略期以前に死亡した者達であるらしい。もっとも、それらは釧路湿原で死亡した訳ではないようだが――。
「幸い、予知で移動経路が視えましたので、迎撃が可能です。湿原横断道路を使うようですので、ヘリオンで先回りして、川に架かる橋で迎え撃つのが良いでしょうか」
彼女によれば、このレオニダスという狼のウェアライダーは、彼をサルベージした死神によって変異させられているらしい。とは言え、その代償か、意識が希薄な操り人形となってしまっているのだが。
「おそらく、生前よりも相当に強化されているでしょう。加えて、魚型の下級死神も三匹随伴していますから、注意が必要です」
ウェアライダーの得物は大鎌だ。強化された膂力で振るわれる一撃の破壊力は、舐めてかかれるようなものではない。一方、三匹の深海魚型死神は噛みついて生命エネルギーを奪う程度だが、数が多いだけに手間取れば危険だ。
「死神が何を企んでいるのかは判りません。けれど、死者を蘇らせて人々を襲わせるなんて、絶対に止めないといけませんから」
よろしくお願いします、と一礼し、アリスはケルベロス達をヘリオンへと誘うのであった。
参加者 | |
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レッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650) |
ベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609) |
アルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000) |
セルジュ・マルティネス(グラキエス・e11601) |
相摸・一(刺突・e14086) |
トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989) |
レテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787) |
ローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083) |
●
明々と照らされる橋の袂を、痺れる様な衝撃が駆け抜けた。
恐怖など抱く筈もないケルベロス達の両足が意に反して竦み、刹那の後、彼らはその衝撃こそが狼の咆哮だと意識する。
吠え猛るは古き時代の勇士。いのちなき人狼――そして、地球に仇為す者。
「勘弁して欲しいな、こんな所で怪談話なんて」
だが、雄敵を前にしたトライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)は、やや幼さも感じさせる頬に緩く笑みを浮かべた。身のこなしが軽いのは、圧力に晒された最前列を避けたからというだけではない。
「いくら残暑も厳しいからって、そろそろ時季外れだぜ!」
小竜セイを背後に残し、ぐん、と駆け出して間合いを詰める。手には二振りの剣。挨拶とばかりに正面から繰り出した斬撃は、だが大鎌の前に弾かれる。
「――ましてや、死神のサルベージなんてな」
なれど、それは予想の内。溢れ出す星辰の輝きが、重力の戒めへと移り変わって。
「……なるほど、確かに私達ウェアライダーには皮肉というものです」
微笑を崩さないアルルカン・ハーレクイン(道化騎士・e07000)は、剣戟を耳にしてなお酷く落ち着いて見えた。だが、明かりを受けて煌く両の手のナイフが、その印象を容易く反故にする。
「この地で狼は、ホロケウカムイ、狩りの神と呼ばれていたようですが」
その流れを汲む『神造』デウスエクスが、今また死『神』によって仮初の命を与えられる。その運命に口角を上げながら、アルルカンは大ぶりの得物を掲げた。
「まずは、邪魔者を片付けましょう」
魔刃の輝きが、滑り出た下級死神を捉える。次いで、深海魚の如きそれを、まさしく黒い旋風としか表現できぬ何かが打ち据えた。
「楽でいい、そちらから来てくれるというのは」
纏うは黒ずくめのスーツ、凶器は脚。相摸・一(刺突・e14086)の声に冗句めいた響きはない。この釧路湿原を虱潰しに探すなど骨が折れるどころの話ではないし、何より――。
「仕留める事だけ考えていればいいのだから、な」
この身はただ振るわれるだけの得物である。
故に、研ぎ澄まされた精神は雑事に捉われず、戦いそれのみを求めていた。だが、その精神性は戦闘狂のそれではない。
その身はただ振るわれるだけの得物であった――それ故に。
「ケッ、理性が無きゃこのザマか。あんな獣に逆戻りはしたかねェな」
そう呟いたローデッド・クレメインス(灰は灰に・e27083)は気づいているだろうか。今夜が満月でない事に、自分が安堵していると。
種族の宿痾たる狂月病。症状の程度は人によれど、兎とて狂えば牙を剥く。
「ま、遠慮無く蹴っ飛ばせて好都合だが、な!」
大きく跳ねたローデッド。その間合いは容易く零へと収斂する。雷を這わせた二本の鈍器を、唐竹割りに叩きつけ。
「喧嘩といこうか狼さん――兎だからって舐めてくれるなよ?」
「は、わわっ、熊だっているっすよう!」
一方、肩を並べるベーゼ・ベルレ(ツギハギ・e05609)は、そんな剣呑さとは無縁の慌てぶり。幾度も戦場を駆け抜けて尚、半獣の戦士はその温厚さを忘れない。
「で、でも、おれは美味しくないっすよぉ、多分……」
頼りなげに抱え込む、刃毀れの斧と小鼠の杖。ぶるりと震える体を抑え込んでベーゼは輝く光球を作り出し、咆哮に消耗した風情のセルジュ・マルティネス(グラキエス・e11601)へと送り込む。
「ああ……ありがとうな」
支援を受けた側のセルジュは、僚友へと小さく手を挙げる。だが次の瞬間、彼は視線を戻し、その眼をすぅ、と細めた。
(「なんともまぁ、不穏な予知だが」)
アリスの齎した、余りにも気になる点の多い未来視。勿論、逃す手はない、と下した結論は今も変わらない。
「さて、神秘暴きと洒落込もうかね」
次の瞬間、彼の白い肌が、す、と夜闇に消えた。いや、正確に言えば『意識から消えた』のだ。暗殺を司ったシャドウエルフの流儀。次の瞬間、静は動へと遷り、大鎌の刃は死神の背後から突き立てられ血を啜る。
まずは三体の死神より屠る。その方針通りに攻撃を集中させる彼らだったが、さりとてレオニダスも為すが儘ではない。軽々と振り回す、一際大きな首狩り刃。
「後ろはお任せしますね、せんせい」
だが、そこに割って入るレテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)。ふてぶてしく一鳴きした猫の翼から巻き起こる支援を受けながら、彼は強引に身体を捻じ込んで。
「……っ、僕はヴァルキュリア、司りしは兵站と看取り」
傷の痛みを噛み殺し、彼はそう名乗りを上げた。スイッチ一押し、花火の様に乱舞する七色の閃光を恃みに、青年は寄る辺なき記憶を戦場へと引き付ける。
「だから、もう一度貴方を看取りましょう、レオニダス」
「――我をそう呼ぶか」
だが、応じる声は予想外だったか。驚いたレテの身にも、『敵』は虚ろな戦闘機械にしか見えなかったけれど。
「『疾駆』よ、此れより先は此岸だ」
そんなレテを護る光の盾。その術者たるレッドレーク・レッドレッド(赤熊手・e04650)はそう言い放ち、紅いゴーグル越しに人狼をねめつける。
「誰の意思であれ――悪いがこの橋は通さんぞ」
無論彼も実力者。危険な敵と相対していると、言葉を連ねるまでもなく判っていた。
だが。
「俺様が此処を護っている限り、結果は決まっているのだからな!」
いっそ尊大な態度でレッドレークは言い放つ。それがどうした、と言わんばかりに。
●
「――これで二つ、ですね」
紫の瞳、視界を覆う紅。アルルカンが見下ろす中、縦横に切り刻まれた身から体液を吹き出し、死神が消滅していく。
変わらぬ口調に秘めた隠しきれぬ喜び。護る為であれ、壊す為であれ、戦場にあって道化者は血の匂いに沸いて。
「ああ、でも、やはり――」
熱を帯びた視線の先には魁偉なる狼。後一匹を残している事を残念に思い、彼は刃の血を振り落とす。そして、その視界に映る緋色の髪。
「背後ががら空きだぞ?」
数を減らしケルベロスに翻弄される死神。その背後に音もなく現れたセルジュが、す、と右手の掌を広げた。たちまちの内に、魔力の球が容を為す。
それは、葡萄に似た深みと、そして柘榴の様な彩を兼ね備えた紫。かつて、倫敦の市で飛ぶ様に売れた美しき薔薇の色。
「お上品にはやってやれんが――デウスエクスも、祝詞の唱を聴いたっていい」
零距離直撃。炸裂。祝福されしエネルギーが爆ぜる。その力は余りにも強く、そして余りにも鮮やかで。
「隠れる気があるんだか、無いんだか」
横目に見たトライリゥトが、むしろ感嘆の色が強い台詞を漏らす。搦め手を織り交ぜて切り結ぶセルジュの立ち回りは、今の彼には為し得ないものだ。
「まあ、でもアンタの抑えは俺だ。気合入れていくぜ!」
だが、それは欠点ではない。恐怖を知らず直情に斬り結ぶ彼の在り方は、むしろ好ましくあるものだから。
「アンタの攻撃はまともに受けられねぇ。弱らせてやるっ!」
集中。爆発。地球人の矜持を胸に、まっすぐな闘気を叩きつける。トライリゥトの研ぎ澄まされた精神は、歴戦の狼すら気圧される程で。
「――!」
それでも人狼は、少年の剣などへし折らんばかりの大鎌を、唸りを上げて振り下ろす。
けれど。
――痛みも血も、おれのなら恐くない――!
トライリゥトの盾となり、斬撃を身に受けたのはベーゼだ。血に染まるふかふかの毛皮。
「笑われたって、カッコ悪くたって、構うもんか……!」
誰かを傷つける事を恐れた彼が、誰かを護る為に一歩を踏み出す。眼前の敵は、神造された自らに課された蹂躙の定めを突きつけるけれど。
でも、害されるキミ達を――護る事が、出来るなら。
「皆にこれ以上、ケガさせないっすう!」
半人前の、ありったけの勇気。気弱で不器用な勇者は、震えを隠して立ち続ける。
「――待たせたな」
そんな彼の耳に届く低い声。それは、強靭なる手指で死神の鰭を毟り取り、肉を貫いた一の、耐え抜いた仲間への詫び。そして、何らの高揚をも感じさせない勝鬨だ。
「あれは、脆かった。出しゃばる以上は、歯応えがあるのだろうな」
そして、退屈さを隠さない彼の宣戦布告。刃より鋭い貫手が、鍛え抜いたレオニダスの筋肉の鎧すら穿つ。
「ったく、狼ってのはどうにも好きになれねェぜ!」
続くはローデッド。同族への憐憫を肉食獣への敵意に置き換えて、首狩り兎は高く跳ねた。
「……けど悪ィな、生きてる死体は俺の専売特許なんだわ」
心臓の鼓は拍を打ち、神造の孤は迫して討つ。凍てついた炎の瞳が捉えた狼を、鍛え抜かれた獣の拳が強かに打ち据える。
「なァ、てめぇ、せめて俺が滅ぼすべき相手なんだろうな」
ちろりと勢いを増す胸中の炎と、燃やしきれぬ苛立ち。ローデッドのくすんだ瞳が、胡乱げに細められて。
「死んで泥炭になる方が、余程良かろうよ」
酷く凍えた色彩を帯びた、レッドレークの一人ごちる声。紅いゴーグルの下の眼と同じ様に、彼はそれを尊大なる態度の裏に隠してみせるけれど。
「自らの意思に反し生かされるよりは、な」
そう言い放ち、彼はおもむろに膝をつく。地面に叩きつけた右手の掌、潜ませたるは赤き一蔓。主の意を体した攻性植物は、人狼を取り囲む様に紅魔の陣を描いた。
「その身を贄と捧げろ!」
四方より、広げた掌を掴む五指の如く蔦草が躍り出る。紅鞭はレオニダスの全身を引き裂き、死者たれど血は同じ様に赤いと示すのだ。
蔦を引きちぎらんともがく人狼。その時、巨体がびく、と縫い止められた。
「ああ、強慾の謝肉祭に終わりを告げよ。今こそ祈りの列に馳せ参じよ――」
縄に非ず。鎖に非ず。蘇りし死者を戒めるのは、ただレテの捧げる告悔の文言。灰の水曜日に至る前、パンケーキに象徴される素朴なる信仰。
「――悔い改めよ。謝肉祭を終えたのならば」
朗々たる詠唱。言祝ぐ戒めが束縛を強め、それでも強靭なる肉体をレオニダスは無理に動かす。滲み出る血。
その様子を、レテは双の眸を眇め見つめていた。
(「もう一度眠りに就くには、悪くない場所でしょう」)
――動物と植物の死が静かに折り重なった、この湿原は。
●
積み重ねられた束縛が、レオニダスを鈍らせていく。もっとも、この勇将の動きを完全に止める事はできず、そしてその攻撃の威力は変わらず甚大であった。
「場代を払って貰えるなら、通すのが浮世の仁義だが」
一が左腕を大きく振れば、武骨な腕甲から音を立てて刃が奔る。
左頬には傷の跡、髪を飾るは野茨の棘。己を人斬り包丁と見做し戦場を駆ける彼は、今また畏るる事なく、暴力の只中に身を躍らせた。
――色褪せた白い髪が、彼の黒翼を導くならば。
「命すら借り物なら、そいつを返すのが先だろう」
大鎌をかい潜り、破魔の力宿す一撃が人狼を突く。それに続くはトライリゥト。彼は、自分が『護られる』立場であると知っている。
だが、それは守護者たる矜持を汚すものではない。
「野郎ばかりは一寸珍しいが……悪くない」
全ては狼の鼻先に一発お見舞いする為に。仲間たちがこじ開けた道を、炎武の後継者は駆け抜けて。
「操り人形のまま戦うのは、アンタの望みじゃねぇだろう!」
憤りのままに斬り裂いた。霊力を乗せた斬撃、戒めに重ねた深き傷。けれど斬り結ぶのは彼の役目ではなかったから、トライリゥトは立ち止まる事なく距離を置く。
「僕が……くうっ!」
空間さえ抉る首狩りの一閃を大薙刀でかろうじて受けるレテ。だが、長身なれど痩身の彼は、刃から伝わる余りの膂力に思わず叫んだ。
「せんせい!」
応じて翼猫より放たれる束縛の輪。そして、ベーゼの連れたミミックが、彼を援護すべく攻め立てる。その隙に体勢を立て直し、レテは一つ息をつく。
「もう一度お眠りなさい、レオニダス」
後続の支援を想定し、自らは攻め手に転じる。稲妻を帯びた因果律の槍が鋭く突き入れられ、その筋肉の鎧に火花を絶たせた。
「よくやったっす、ミクリさん!」
一方、戻ってきた相棒を軽く撫でるベーゼは、僚友の攻勢を目にして再び最前衛へと舞い戻る。
(「……なあ、お前は。地球を愛さなかったから死んだのか?」)
答えのない疑問。よぎる過去の記憶。
けれど。
けれど、この毛むくじゃらの手で誰かを撫でる事が出来るなら。誰かを護る事が出来るなら。
「ここで止めなくちゃダメなんだ……!」
尊き勇気を胸に、彼は今一度、仲間たちの盾となる。
「湿地の神とやらの下僕よ」
赤熱する鉄を思わせる光の盾が、飛来した大鎌を弾き飛ばす。だが、その見事なる盾捌きを誇りもせず、レッドレークは呼びかけた。
「人の手の入らない美しい土地だ。流石に名高い湿原よ」
夜闇の中でも感じる自然の息遣い。世界中を耕すべく勤しむ彼ですら、躊躇する程の生命の美。
「ここで我が物顔をさせるのは――少々気に食わんな!」
七歩の距離を一息に詰めた。光剣に纏わせた地獄の炎。太陽よりもなお明るく周囲を照らすその剣を、レッドレークは横薙ぎに振り抜いた。手に伝わる確かな手応え。
「そうだ。素晴らしい。力を振るうモノであれば皆――!」
畳みかけるアルルカン。その瞳は色濃く、その声はあからさまに高揚していた。下級死神如きでは火が付かずとも、古き勇士が相手ならば沸き立つものがある。
「く――ふ、ハハッ……! 楽しいですね、過去の亡霊よ!」
それは道化の名を持つ者の性。戦闘狂を本質とする者の宿業か。肉弾戦を繰り広げていたアルルカンは、ふと距離を取ったかと思うと両のナイフをだらりと下げる。
「一つが二つ、二つが四つ。燃え尽くばかり、枯れ尾花……!」
それは呪詛にして思慕。敵意にして愛情。揺らぐ狐火が見せるのは、極論すれば『私だけを見ろ』という強烈なる戦意。更なる快楽への渇望だ。
だが、その幻想を斬り裂く一条の稲光が、天空より降り注ぐ。
「Good night baby――手向けだ、受け取れよ」
重力を忘れ、虚空へと身を投げ出したローデッド。その足先に纏う青の炎獄。花弁を一杯に広げた大輪の花。
落下せよ落花。崩落せよ炮烙の火。燃えろ燃えろ凍てぬ火よ――。
「今度こそ永遠に眠っちまえ!」
大気をも切り裂くローデッドの脚が、敵を踏み砕く。何かが砕ける鈍い音。そして。
「力ずくってのは好みじゃないが、いい戦いだったぜ」
レオニダスの背後より囁かれた声。
苛烈なる炎の髪、それに似合わぬ立ち回り。この戦いでセルジュが奏でた無音の旋律は、徹頭徹尾暗殺者を思わせるものだった。必要なら目立ちもするが、今は不要だと。
「お上品にはやってやれなかったが、な」
とす、と音がした。吐血。胸に生えた鎌の刃は、命を啜る虚の力を帯びて。
「おやすみ。いい夢、見ろよ?」
「――戦い足りぬな」
激しい戦いが嘘の様な、静かな幕切れ。セルジュが鎌を引き抜けば、どう、と人狼は倒れ――そして、湿原はまた夜の静寂に閉ざされた。
作者:弓月可染 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年9月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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