やりすぎお化け屋敷の悲哀

作者:林雪

●バラバラ死体……?
 カツン、カツン……。深夜の厨房。暗闇の中を、懐中電灯の灯りのみを頼りに進むエプロン姿の男。
 オーブンを開けると、そこには……焼け焦げた人間の顔が!!
 正確には、顔の形をしたパン、だった。
 懐中電灯でそのパンを照らす、エプロン姿の男。彼は悲鳴を上げる代わりに、深い深いため息をついた。
「……怖いよなあ? 怖いのに、どうしてお客が来なくなったんだろう。常連は、口は出すのに金は出さないし……こんなことなら、大人しくパン焼いてりゃよかったなあ……」
『後悔、しているのね』
 女の声がすると同時、エプロンを突き破って男の心臓に鍵が穿たれた。
 だが男の胸からは出血はない。声も立てずにその場で意識を失って倒れただけだった。
『私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を頂くわ……』
 第十の魔女・ゲリュオンは不埒な笑みだけを残し、闇の中へ消えていった。
 代わりに立っているのは、エプロン姿で両手を小麦粉だらけにしたパン職人…のようだが、その顔はなぜか血まみれ。モザイクがかかっていてちょうどよかったというグロテスクさである。
『恐怖の焼きたてパンショップ……開店時間は深夜0時……ヒヒヒヒ』
 ドリームイーターは、歩いていた女子大生を無理矢理店に引っ張り込んだ。もとはパン屋のショップだった部分で、陳列棚には、人間の手や足、耳などを模った悪趣味なパンがずらりと並んでいる。
「何よあんた、け、警察呼ぶわよ!」
『それよりも……きみの周りには何があるかな……? ヒヒ』
「ヒッ……な、何よこれ、気っ持ち悪い! 作り物でしょこんなの怖くないわよ、それよりアンタ警察に突き出すから!」
『ヌウウ……作り物……作りモノ、バカに、するナ!!』
「キャアア―!」

●恐怖の
「お店を潰してしまった店長の『後悔』を奪うドリームイーターがまた現れたよ」
 事件の概要を、ヘリオライダーの安齋・光弦が説明する。その隣には、今回の事件の情報提供者である神座・篝(クライマーズハイ・e28823)が立っている。
「被害に遭ったのは、もともと住宅街にあったパン屋さんだったお店を改造して作ったお化け屋敷。このパン屋の店長さん、ホラーとかスプラッタみたいなのが好きでね。ちょっとした思いつきで、夏の間だけ自宅を改造してお化け屋敷を始めてみたんだって。本業がパン屋さんだもんだから、パンでね、すごくリアルに人の手とか顔とかを作って死体の一部、みたいにしてあっちこっちに飾って」
「あんまりいい趣味とは言えねえよな、食べ物なんだし」
 と、篝が苦笑する。
「それがツイッターとかそういうので話題になって、店長そのままパン屋をやめて本格的にそのお化け屋敷一本でやることにしてしまった。一部ホラーマニアの客やオカルトオタクが通いつめて、あれこれアドバイスをくれてお化け屋敷としてのクオリティは上がったらしいんだけど」
「完全予約制で男女カップルお断り、入場料一万円。オープンは夜中の0時からって……まあそりゃ潰れるよな」
「そこまで本格的なお化け屋敷、僕は遠慮したいなあ」
 言いながら、光弦がモニターに今回の敵であるドリームイーターの姿を映し出す。
「『後悔』の感情そのものを奪った魔女は現場からは既に姿を消している。でも、店には店長型のドリームイーターが1体残っている。一般人に被害が出る前に、撃破してきて欲しい。こいつを撃破すれば、恐らく店内のどこかで意識を失っている本物の店長も、目を覚ますはずだ」
 強さは標準的で、配下などもいない。倒すのはそう難しくはないだろう。
「お化け屋敷の開店時間が深夜0時だから、丁度に行けば他に被害が出ることはないよな。問題はこの店のサービスをどう楽しむか、だな?」
「うん。実はね、このドリームイーター、君たちがお客としてお化け屋敷に入ってサービスを心から楽しんであげると、満足して戦闘力が弱まる特性があるんだ。それとドリームイーターを満足させてやれたら、本体の店長さんも意識が戻ってからすこし前向きになれるはずだから……怖がってあげるのがいいのかな?」
 うーん、と光弦と篝はちょっと考え込む。
「まあ、とりあえずは0時に間に合うように行ってみるしかないか。恐怖の焼きたてパンショップ」


参加者
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)
舞阪・瑠奈(サキュバスのウィッチドクター・e17956)
ジェミ・ニア(星喰・e23256)
神座・篝(クライマーズハイ・e28823)
月井・未明(彼誰時・e30287)

■リプレイ

●ようこそ人体パン屋へ
 時刻は深夜0時ちょうど。件の店の前にケルベロスたちが集う。
 外装はガラス張りだが、今はブラインドがきっちりと下されていて、外からでは中の様子はわからない。
 この店こそが、元・パン屋、現在は入場料1万円の超マニアックお化け屋敷、である。
「いちまんえんは相場的にどうなんだ、高いのか」
 月井・未明(彼誰時・e30287)がロップイヤーを揺らしてぼそりと問う。
「法外な料金です。事件が起きなければ来ませんよ、私は」
 舞阪・瑠奈(サキュバスのウィッチドクター・e17956)が思い切り明確に答え、木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)も頷いた。
「まあ、内容よりはこの入場料に最大の問題がある気がするが、指摘してやるのは終わった後だ」
「そうか……まあ、情熱は買おう」
「趣味と実益が噛み合って無かったのね。もう少し上手くやれていればよかったんでしょうけど……難しいのよね、確かに」
 繰空・千歳(すずあめ・e00639)がほうっと悩ましげなため息をつく。千歳自身も『飴屋すず』の店主であるから、そのあたりの苦労は他人事ではないのだ。
「にしても、楽しみですわぁ。オバケ屋敷、大好きなんです♪」
「まずは、客として思い切り楽しまないとですからね」
 あふれ出るワクワクを抑えきれないとばかりに両手で口元を覆って瀧尾・千紘(唐紅の不忍狐・e03044)が忍び笑いを漏らすその隣で、ジェミ・ニア(星喰・e23256)もやはり期待にどことなく表情をほころばせている。
「ふふっ、沢山怖がらなければですわ。ねえ? かがりん」
 とエフェメラ・リリィベル(墓守・e27340)に呼ばれ、神座・篝(クライマーズハイ・e28823)が口角をあげて頷き、それではとばかりに店のドアを押し開けた。
「団体で遊びに来たぜー! ここが有名なお化け屋敷?」

●案外楽しかったり
 早速『有名』を強調することで、店長の気分を持ち上げにかかる篝。
『いらっ……シャイまセ、ヒッヒッヒ……』
 店内はとても薄暗い。ぼんやりと、元はパンを並べていたであろうショーケースがあることはわかる。
 レジ前に座っている店長らしき男……まあドリームイーターだが、その周辺のみ明かりがある。
「割と社交的ね? こんばんは、お邪魔します」
 千歳がそう言うと、店長は立ち上がって手のひらを差し出してきた。
『まず、ハ、入場リョウを頂きまス』
「一万円ねー……はいよ」
 色々言いたいのを抑えてケイが札を取り出して渡すと、引き換えに懐中電灯が差し出された。これで、店内のあちこちを照らせということだろう。
 一万円と引き換えに、ひとりずつ手渡される懐中電灯。
「あら……?」
 一番最後に受け取ったエフェメラが、違和感を感じて手元を見る。そこには、千切れた人間の指が懐中電灯を離すまいとしがみついているではないか。
「……!」
 正確には、人間の指型パンである。
 なるほど確かによくできている。女性の指らしく繊細で、爪も長く先を尖らせてあり、断面には動物に食いちぎられたような歯型までつけてある。ここまでくれば芸術の域ですわ、と感心してしまうエフェメラだったが、ここはひとつ、派手に店長を喜ばせてやろうではないかと思い切り息を吸い込み、そして。
「キャアー!」
 エフェメラの渾身の悲鳴に、未明の両耳がピイーン! と真上に跳ねた。すぐ隣にいた千歳がその悲鳴に驚いて、更に悲鳴を上げる。
「きゃあぁっ?!」
「うわびっくりした!」
 更にその千歳に服の端を摘ままれていた篝が悲鳴をあげ……という連鎖である。
「ゆび、指ですわぁっ! わたくしの懐中電灯に、人間の指がついてますわぁ……!」
 エフェメラがそう言いながら懐中電灯を取り落とすと、床にポロポロッ、と指が散らばった。食べ物で遊んでいる、という感覚がどうしてもぬぐえず、咄嗟に拾い集める千歳だったが、あまりにも生々しく人間の指に見えてしまい急いで指パンを棚に置く。 
 懐中電灯であちこちを照らしていたジェミが、ケイの顔を指さして固まった。
「あっ……!」
「え、何? 俺?」
「その、肩に」
「エ?」
 ケイがキョロキョロ周りを見回してから、恐る恐る自分の左肩を見ると。
 ケイの肩をがっちり掴む、焼け焦げた男の手!
「うおぉお手ぇえ?!」
「ウフフフ! びっくりなさいまして? 大成功ですわあ」
 手に持った人間の手首型パンを軽く揺らしながら、ケイの背後で千紘が楽しげに笑う。
 懐中電灯で照らしてみると、普通ならパンが並んでいるショーケースには、手首パンや指パン、他にも顔の一部や耳パンなどなど……。
「すごい。これ、パンなのか……この、ふんわりこんがりな所が逆に、掌のここの肉の厚みみたいに見えて、凄いリアル」
 と、自分の手と手首パンとを見比べてしきりに感心するジェミ。そして黙って店内を見回していた未明も。
「……嫌いじゃない、嫌いじゃないぞ」
 パン屋という日常を思わせる空間に、切り刻んだ人体が並ぶというこの悪夢感。
「店長さんは中々良い趣味だな。いや悪趣味なんだが、情熱がないとこれはできん」
 未明なりに思い切り褒めているのである。
 怖がるどころではなく感動、観察してしまうのは瑠奈も同じだった。
「皮膚の変色した感じも、絵具も使わずパンでここまでの表現が出来るとは……」
「ま、まあ幽霊の正体見たり枯れ尾花ってな」
 と、ケイがゾッとする心を抑えて極力すかした声を出す。
「パンだって分かりゃ……ん?」
 その時、店内のくらがりからシャク、ムシャ……と音がする。咄嗟にライトで照らした先には!
「うおぉおぉ! パン食ってんじゃねーよポヨン?! シャレになんねえよ」
 人の足型パンを美味しそうにかじるボクスドラゴン……そして反対側からはハアハアと荒い息遣い……!
「いただきまーす! もうだめ美味しそうすぎて、さっきからヨダレが止まらないの!」
「いやその……匂いはパン屋さんなもので、ちょっと小腹が空いて……」
 丁寧に両手を合わせてから人の顔型パンを食べ始める千紘と、手パンの匂いをウットリとかぐジェミ。
「っていうかなんだこの地獄絵図!!」
 ケイの絶叫がこだました。
「チトセさ、案外マジで怖がってなかった?」
「な、ないわよ。さっきはちょっと驚いただけで」
「えー、本当に? 今あの指動かなかった?」
 こういう千歳はなんか貴重だ、とついからかいたくなってしまう篝。
「次の部屋は厨房、か……案外広いですね」
 瑠奈が照らした先にはフライ返しやオーブン、パンをこねる台など。
「ああっ、見て下さいあの寸胴鍋……」
 ウキウキした足取りで千紘がコンロに近づき、鍋の蓋を開けた。
「あ、ラズベリーのすごい甘酸っぱい香りがしますね」
 と、顔の前で手のひらを動かすジェミ。
 鍋の中には、真っ赤な液体に浸された、人間の手足パンがぎっしりと……。
「うわああ人体スープ!」
「きゃあぁあ! もう勘弁してください!」
 悲鳴は上げるが、とても楽しげな篝とエフェメラ。
「お、奥は……和室か。おれはこういう雰囲気のがちょっと……いや、別に怖くはない。怖くはないからな」
 未明の独り言を聞き逃す篝ではなかった。
「ん? ミメイはこういうのがダメか」
「怖くないっつってんだろ」
「なんか、線香の匂いする気しねえ……?」
「……なぐるぞ」
 天井から垂れる一本のロープ。その先には、人間の体がブラーン……。ブチッと音がして首が千切れ、ドサッ、音を立てて畳に落下した!
「きゃっ……!」
 落ちてきた人体パンの断面が色々リアル過ぎて、思わず一歩退く千歳。
 とにかく賑やかなケルベロスたちの悲鳴を、店長型ドリームイーターはレジの下で実に心地よく聴いていた。
 そう言えば、最近忘れていた。自分が作ったもので人が腰を抜かす感覚を。
 最近は常連客ばかりになって、やれ指紋のつくりが雑だとか、血が明らかにケチャップだとか、ダメ出しばかりされていた。
 もっと称賛してくれ。そうすれば、俺はもっとすごいものが作れるようになる……。
「これは神が作りだした造形です」
 ああ、いいぞ、そんな感じ。
「驚きの余り声が出なかったです」
 いいな、悲鳴もいいが驚き固まる、っていうのもいい。
「貴方の笑顔が見れて私も嬉しいです」
 サイコーだ、女子からそんなこと言われるなんて……。
「もう、思い残すことはないでしょう?」
 瑠奈の声に、店長型ドリームイーターが顔を上げた。お化け屋敷を楽しんでいたはずのケルベロスたちが、いつの間にか包囲を完了していた。
「正直、すごく楽しめました」
 ジェミの言葉に嘘はなかった。だが、本来の目的を見失うわけにはいかない。
「楽しませてくれたせめてものお礼に、全力で行きますよ!」

●パン生地みたいな
『ジャマは許さない……、今、トッても気分がいい……ジャマ、するナ!』
「はぁッ!」
 ジェミが振り下ろしたエクスカリバールの先端で、ドリームイーターの胸元を抉る。ふわふわのパンを殴っているような手応えのなさだが、確実に当たってはいる。
「皆を守るのよ、鈴……あなたは私が、甘い甘い世界へ連れていってあげましょう!」
 ミミックに指示を出してから左手を閃かせ、千歳が構えたガトリングから掃射を開始する。叩き込まれる弾丸は赤、青、黄色と、まるでキャンディの袋をばらまいたかのようにカラフルだ。よろけた敵の眼前に、ケイが一瞬のうちに迫る。
「念仏を唱えな。それとも、辞世の句でも詠んでみるかい?」
 鞘に手を置いたまま不敵にそう言い放ったケイの前髪が風に浮く。誰の目にも止まらぬ抜刀からの、納刀。舞い散る桜吹雪は紅蓮に包まれ、そのまま敵を焼いた。
 いきなり攻める姿勢を見せつけたケルベロスたち。
 だが。
『気分、ガ、イイ……』
 ドリームイーターの両手からなにやらパン生地にも似た白っぽいモザイクが発生し、ダメージを受けた箇所をすべて包み込んでいく。
「……っ、急にパン屋らしくなりたがってまあ」
 ケイが舌打ちする間に、瑠奈が意識を集中させグラビティで透明度の高い硝子のメスを作り出す。
(「生成完了。これを見切れるかしら」)
 透明な刃はドリームイーターのやわらかげな体に降り注ぎ、斬り裂いては砕け散る。
 丁寧に手を合わせてお辞儀をし、千紘も畳みかける。
「参りますね」
 千紘の両手で螺旋手裏剣が高速回転、唸りをあげて敵を挟み込んだ。
「よし、今のうちだエフィ!」
「心得ましてよ、かがりん」
 篝がまばゆい光の障壁を呼び出すのに合わせて、エフェメラも攻性植物を形態変化させ味方の守りを固める。その間を縫って飛び出した未明のナイフが派手に舞う。
 いまいち手応えのない妙な体をしているドリームイーターではあるが、攻撃は通じている。
 全力で、という言葉の通り苛烈に攻めるジェミ。斬りつけ、ひびの入ったところに千歳とケイが跳び、二の太刀三の太刀を浴びせかける。鈴も負けじと、一升瓶型エクトプラズムをぶんぶんと振り回して果敢に立ち向かう。
「どうやらおれたちはお化け屋敷をしっかり楽しんでやれたみたいだな……」
 敵の力を推し量って、未明が呟いた。
 そう。ケルベロスたちはただ単にお化け屋敷で遊んでいたわけではないのだ。店長の意図したサービスを心から楽しんでやると、ドリームイーターとしての戦闘力は格段に下がるのである。
「死体パンの出来が最高だったことは否定しませんよ」
 魔法弾を作り出しながら、瑠奈がそう言い、そのまま攻撃に転じようとした、その時。
『……最、高……モット……もっト、褒めテ……!』
「っ!」
 まるで大波のようにパン生地モザイクがうねり、もっともっと称賛をと欲望丸出しに瑠奈に襲いかかった! 一瞬瑠奈の全身がモザイクに包み込まれるが、それを突き破り反撃の一打がそのまま敵に返される。
「オバケ屋敷、とっても楽しかったの。お礼に珍しいものを見せて差し上げますわ♪」
 敵が体勢を立て直すより早く、千紘が操る大量の螺旋手裏剣が緋色の蜂と化して襲いかかった。篝が紅玉を砕いて手元に甘い花吹雪を発現させて瑠奈の傷を癒し、未明が丸い硝子壜の蓋をあけ放つ。
「きみの目には、なにがうつる」
『ウガァア……、ケルベ……ジャマスル……!』
 パン生地モザイクの体を崩しながら、ドリームイーターはそれでもまだ、駄々をこねるように反撃してくる。モザイクの塊は篝を狙うも、飛び込んだ千歳がそれを阻む。
「……させないわ!」
「チトセ、ありがと……!」
 己に替わって攻撃を受けた千歳を気遣いつつも、とどめの火力をジェミに注ぐ篝。
「頼んだ!」
「任されましたよ!」
『ア”ア”アァああ……!』
 仕上げは、とバールを思い切り振りかぶるジェミ。最高出力のスイングはモザイクをバラバラに打ち砕き、ドリームイーターの体は小麦粉のように吹き飛んでいった。

●頑張れ店長
 戦闘後。
 本物の店長は、和室の押入れから無事に救出された。色々と言ってやりたいことはあるのだが、まずは励ましてやることを千歳が提案する。
「経営の難しさはよぅく分かるもの」
「本当に楽しかったし、パンも美味しかったの! ああん、悔しい! 近所のお店だったら毎日通っちゃうのにー!! 言ってたら、またお腹が空いてきちゃった……!」
 居ても立っても居られない、と千紘がパンの陳列棚に飛び出していく。
「ぼ、僕のパンが美味しい……?」
 予想外の反応に、目を点にする店長に、エフェメラが顔を寄せて語りかけた。
「店長さん、前向きに頑張ってくださいまし。あなたのパンはとても芸術的。そこにパンとしての美味しさが上乗せされれば……ね?」
「人体パン、凄くリアルでどきどきしました。その、パンとしても楽しませてもらったんですが……あとは一般のお客さんの気持ちさえ忘れなければ、きっといいお店になると思います」
 ジェミが言えば、千紘を追っていこうとするポヨンを止めていたケイも振り返って提案する。
「店長さんはホラーが好きなんだろ? 昼は普通のパン屋で夜にはパンのお化け屋敷、とかもっと怪談話っぽくないか」
「確かに……面白いかも」
 店長の顔に活気が漲ってくる。ドリームイーターの呪縛が解け、気分も前向きになっているようだ。
「やりすぎお化け屋敷だったとは思うけど、本当にすごかった。みんなが楽しめるよう、また頑張って欲しい。面白かったよ」
 篝の言葉に嘘はない。そして無表情のまま、未明が言う。
「後悔するということは、やり直せるということだよ」
 そしてくるりと背を向けながら、一言。
「……がんばれ」
「……ありがとうございます!」
 帰り際、お化け屋敷には瑠奈の手で『閉店』の札がかけられた。
 明日からは、ちょっとユニークなメニューの増えたパン屋が再開されるのかも知れない。
 深夜にも関わらず灯りのともった厨房を見て、ケルベロスたちは笑って頷きあうのだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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