音は、止まない

作者:菖蒲


 放課後の教室に一人きり。少年はシャープペンシルを手にしたまま日誌を見詰めていた。
 何を書くべきかと迷う様に揺れ動くペン先がぴたりと止まる。隣の頁には丸い文字で愚痴にも似た言葉がいくつも並んでいたからだ。
「嫌なコトかぁ……」
 何となしに彼は呟く。夕陽の差し込む教室は妙な焦燥感を感じさせるかのように赫々と色付いていた。
「黒板を引っ掻く音って気持ち悪いよなぁ……あのギィ――って音。何なんだろ」
 学生時代に誰しもが経験したことがあるであろう音。妙に耳に残って心の底からぞわりとさせる金属音の如きそれ。少年は何気ない独り言を切り上げ日誌に向かおうとした刹那、耳朶を滑る様な笑い声が聞えた。
「私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 あはは、と。軽い笑みとは裏腹に彼女は少年の胸へと鍵を差し込む。心の臓まで届く鍵は、それを穿ち『夢』を奪い取った。
 パッチワークの第六の魔女・ステュムパロス。
 少年の抱く『嫌悪』を奪い取り、彼女が産み出したのはシュールな黒板を象ったドリームイーターだった。歩むたび、キィ――と木霊するその音は正に嫌悪を表すかのように。
 

 パンダの耳を塞いだヘリオライダーにロイ・メイ(荒城の月・e06031)は「不快な音だね。耳に残って気色が悪い」と淡々と告げた。薄い唇に乗せられた声は僅かな嫌悪感を感じられる。
「ねむはギィィって音、嫌いですよ!」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が駄々を捏ねる様に首を振る。こうした『嫌悪』の感情を奪って、事件を起こすドリームーターの存在が最近ではよく聞く様になっていた。
「『嫌悪』を奪ったドリームイーターは姿を消したみたいだ。
 それで、『産み出された方のドリームイーター』は? まだ周囲にいるのか」
「そうですね! 黒板おばけになっちゃったドリームイーターが放課後の学校をうろうろしてるみたいです!」
 ギィと音を立てて動き回るドリームイーターを便宜上『黒板おばけ』と名付けるねむにロイは僅かに笑む。その存在を誰もが嫌悪するから早い撃破が望まれるが、それ以上に夢を奪われた少年の事も気がかりだ。
「ドリームイーターを倒せば、夢を奪われた少年も目が覚めるんだろう?
 固い教室の床に寝かせておくのは……まぁ、あまり良い事ではないだろう」
 こくりと頷くねむは夏休みが明けたばかりでまだ午前授業の期間なのだとケルベロス達へと告げた。少年以外に現状では被害はないだろうが、下手をすればふらりと誰かの前に出て行ってしまう可能性もある。
「黒板おばけと言う位だから、金切り音のようなもので攻撃をするんだろうな」
「そうなんですよぉ、ギィって音をさせてて……!」
 やだやだと大きく首を振るヘリオライダーは、音を使用した攻撃と体当たりを得意とした遠距離にも近距離にも対処するアタッカータイプなのだと付け加えた。
 想像だけで涙を浮かべるねむにロイは「私もあの音は余り好まないな」と悩ましげに呟く。
「どうして嫌いなのかってねむには言葉にできないんですけど、そのギィって音は……本当にいやですよね。
 でも、好きも嫌いもその人の気持ちですし! 奪うなんて許しちゃいけないんです!」
 やる気十分。気色の悪い音から逃れるべくねむは「ギィギィ音を消してあげてください!」とケルベロス達を力強く送り出した。


参加者
フェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)
蛇荷・カイリ(あの星に届くまで・e00608)
ジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190)
ルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)
ロイ・メイ(荒城の月・e06031)
篠宮・マコ(スイッチオフ・e06347)
ルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)
九十九折・かだん(樹木葬・e18614)

■リプレイ


 耳に良く慣れた電子音交じりの鐘の音が聞こえる。陽が影を作り伸びながら、転寝をするには暑い位の空気を孕む。
 かつり、と。ヒールが固い床を叩く事も気にせずに学校といえばこう云う『造り』だとしたり顔で目的を探すフェクト・シュローダー(レッツゴッド・e00357)は鴉の意匠を凝らしたピンバッチをコートに飾って意気揚々と歩み出す。
「黒板が私を呼んでる気がするよ!」
 首から下げた十字に、背の低いフェクトと同じ丈程ある杖はファンタジーの魔法使いを思わせる装いだ。其れもそのはず全知全能――否、現在の彼女なら『僅知不能』と造語までも作ってしまいそうな神様ぶりだからだ。
 誰もが嫌悪する音を『練習』してきたのだというフェクトに「すごいな」と茫とした眼差しで返す九十九折・かだん(樹木葬・e18614)はちらりと覗く耳を僅かに折る。仕草に揺れた角は窓から差し込む光を鈍く反射した。
 牙を剥いて嗤う彼女のその仕草から。万人に嫌われる『音』だということもよく分かる。ケルベロスが出動する事件が発生したと丁寧に学校関係者へと説明を行っていたルイ・カナル(蒼黒の護り手・e14890)の表情も僅かに曇った。
「……音が脅威となれば如何ともし難いのですね」
 僅かに首を傾いだルイの首元に緋紅色が落ちる。縷に咲かせた花は彼の瞳とよく似た色を帯びている。
 静まり返った校舎内に響くのはグラウンドから聞こえる部活動の声と――機械音にも似た、不快な金切り。
 ちら、と視線を落とすルイの前には毅然とした雰囲気のロイ・メイ(荒城の月・e06031)が立っていた。職務上では関わる事の多い相手だ。ルイにとてもロイの動向は注目に値するのだろう。
「こっちだ」
 走るフェクトの背を追いかけながら、ロイはゆっくりと先を指す。ギィと擦る音は確かに彼女の指す方向から響いているのだろう。乾いた紫の瞳に乗せられた不快感は、森と共に生きた彼女の『耳』がその音を直に拾ってしまうからだろう。
「顔色が悪いな」
「……いや、何もない」
 聞こえる音に背筋が痺れを帯びる。不快感を露にするのは『神様』とロイだけではないのだろう。聞こえる音を聞こえなくする医術は存在しない。寧ろ、聞こえていることこそが当たり前なのだ。御伽噺のように救世を与える必要はないと校舎には似合わぬ白煙を揺らしたルース・ボルドウィン(クラスファイブ・e03829)は「そうか」とだけ吐き捨てた。
 僅かに鼻先を掠める煙草と酒の臭い。嗅ぎ慣れた同僚の香にジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190)は「夢喰いくんも趣味が悪い」とゆるく笑みを溢す。青い瞳を細める彼の腕へと擦り寄った月白と黒曜は主人の行動を理解しているかのように僅かに促す。
「少年の確保に――」
「いいわよ? それじゃ、私たちはさっさと『アイツ』を倒しておきましょ!」
 鳥肌が立ったと幼さを残したかんばせにあからさまな嫌悪を浮かべて蛇荷・カイリ(あの星に届くまで・e00608)は長耳を塞ぐ。間近に聞こえた金切音、まるで歓迎するように大きく響いたそれに彼女は首をふるりと振った。
 酒の香をまとわせて、愛用の木刀を構えた彼女が「うへぇ」と小さく呟く。前線に立ったカイリの背後で、枕をぎゅっと抱きしめた篠宮・マコ(スイッチオフ・e06347)が「寝れないじゃない」と毒吐く。
「ひどい音よね……学校に通ってたころは何度か耳にしたけれど……」
 背筋を粟立てる奇妙な音。学生時代に誰しもが聞いたことのある『嫌悪』の対象にマコはゆっくり息をつく。疲れない程度に働こうとゆっくりと立ち上がった彼女は幾度も瞬き、やる気十分のぴろーの頭をふんわりと撫でた。
「ぴろー、あれを引っ掻くときは気をつけなさい。気持ちの悪い音がしないように、うまい具合にやるのよ」
 ギィ――――――。
 心の底から『慣れない』音にカイリが「苦手なんだよにゃぁ」とぼやき、床を蹴り飛ばす。ワックスがけをされた床を滑るように動いたその向こう、黒板を象った夢喰いは楽し気に体を揺らし『掻き鳴らした』。


 教室の床は冷たい。ひんやりと掌にその冷たさを感じさせ、夏の熱気を忘れさせるかのようだ。眠っているかのように体を投げ出した少年のもとへと駆け寄ったジエロが周囲をきょろりと見回すが、教員などの姿は近くにない。
 安全地帯へと指示するように聡明な清水の如き瞳でジエロを見上げたクリュスタルスは僅かに息を吸い、厭々と首を振った。
 アイテムポケットから取り出した毛布で少年を包み、別の教室へと運び出さんとしたジエロを目標にせしめた様に夢喰いが巨躯を撓らせる。攻撃は攻撃をもって防げばいいと木を素材とした杖とは思えないほどの痛打を浴びせかけるフェクトが「うひー、この音めっちゃぞわぞわする!」とツインテールで耳を塞ぐ。
 現役高校生は『神様修行』として、ギーギー音にも耐える練習をしたはずだが――本物には及ばないのだろうか。
「友達とか先生にメッチャ文句言われても神様修行(れんしゅう)したのに!」
「この音は無理よ! 酒の肴にもならないものっ!」
 黒板の行く手を遮るように、フェクトと入れ替わり前線へと飛び出したカイリの表情が歪む。発泡酒のごとき美しい銀髪がその動きと共に揺れる。
「長期戦をするつもりはないわ! 長引かせるのも、私や皆の耳にも悪いもの!」
 かつん、とヒールが音を立てる。師範代を務めることもあるのだろうか。柔らかな雰囲気から与えられるイメージからはかけ離れた強烈な勢いのまま、木刀が唸りを上げる。
 それが『敵の攻撃』なのだと理解することでルイの中の嫌悪は少々収まった。肚の底から響くような『気持ちの悪さ』がどうにも拭えないまま青年は息を吐く。
 ギィ―――。
 その声は、獣の唸り声や叫び声を思わせる。生娘が叫ぶ声の甲高さ、獲物を探す鷹の声、その両者ともにロイにとっては聞きなれたものだ。
「早急に倒そう。耳がイカれない前にね」
 聴覚に優れる彼女にとっては最悪な敵と相対している状態だ。守護を買って出たのは生の執着が乏しいからかもしれないが――『生きている実感』を押し付けがましく音が与える。ちり、と焔燻る心の臓がガラにもなく高まった。
 奥歯でサプリメントを噛み締めて、治し方の分からない気味の悪い音色に耳を欹てる。ルースは持参した耳栓を装着するが、夢喰いとなった黒板の音全てを妨げられる訳でもない。惨殺ナイフの切っ先をぐるりと向け、雷の壁を作り上げた彼の瞳が爛々と輝きを帯びた。
「こんなに迷惑なデウスエクスは初めてだ」
 かだんの張り巡らせたキープアウトテープの中、ジエロが少年を安全地帯まで運んだことを彼はしっかりと認識している。否、『見せない』だけで意識はしていたのだろう。肌に廻ったシオンのタトゥー、鈍器と呼ぶにふさわしいライトニングロッドが宙を切る。
「治らねえ病には薬もありゃしねえ」
 吐き捨てるように呟く彼は医師としての観点からも傍迷惑な相手だと夢喰いを嫌悪するように頭を掻いた。ギーギーと音を立てるならば建てられなくしてやればいいと重ねる妨害に黒板の意識はジエロから、ルースへと移る。
「生理的に許せないものって、薬で治るのかしら。無理よね、きっと」
 ふあ、と欠伸を漏らしマイペースに周囲を見回すマコはゆったりとした仕草で弓を爪弾く。仲間の支援へと回る彼女が『極力働かない為に』もぴろーは黒板へと立ち向かった。
「いい? 金切り音を立てたなら――お仕置きだから」
 猫の爪はヒュッと引っ込む。戦意を露にした猫は戸惑ったように主人を振り仰ぎ、撫で声で「なぁん」と僅かに鳴いて見せた。
「だめよ」
 さらりと茫とした目を擦りマコはいう。猫が人間の言葉を話せたならば『爪はどうすれば』と問いかけているのだろう。知っているのか主人は不吉な濁りを纏わせながら、毒に侵された表情で息を吐く。
 マコの背後から前線へと飛び出して、慌てるぴろーへの助け舟となったかだんの一撃。強打ともなる黒板のタックルに対するかだんの攻撃も、また体当たりと呼ぶにふさわしい肉弾戦。
「――――――ッ」
 それは、咆哮。肚の底から響き渡った強き意志。餓鬼と化した己が肚を恨むような貪欲さが声に乗る。びり、と空気を聳て、畏怖さえ与えるその声音に怯みを見せた黒板へとぴろーがその身のままに飛び込んだ。
 くう、と腹が音を立てる。焔を燃やす様に潤いを知らぬ肚をその両手で投げつけて、かだんはおべろんに覆った掌で黒板を殴りつけた。固い感触が拳を僅かに軋ませる。
 糧だ。未来を喰らう貪欲さ――人間というものは身勝手だ。こうして喰らい、こうして嫌う。
「お前だって、そう、嫌われるこたない。それ以上、嫌われる前に」
 ここで、終いにしようじゃあないか。


「痛みが悪だと、誰が決めた?」
 彼の言動とは裏腹に優しい針が細く深く一点を求める――痛みさえ感じる暇なく、呼吸さえする暇もなく、四肢を支配する毒の棘。ルースの放った『麻酔』に黒板の動きが静止され、響く音が僅かに止まる。
 するりと仲間たちの間へと滑り込み、靭やかに黒板を受け止めるジエロの傍らで尻尾をばたりと揺らしたクリュスタルスの視線が揺れる。鈍色に反射した銀鱗に気にも留めず彼が放った一撃に黒板の叫声(おと)が響き渡る。
 空の恵を模したアンティーク時計の針音さえも掻き消すそれを正面から受け止めて、ジエロは蒼金に煌めく雫を揺らして見せた。
「――夢喰いくん。そろそろ眠る時間だよ」
 針が刻んだ音の如く。青年は穏やかな口調で嫌悪を見せる。粟立つ背筋に気にも留めず、『一仕事』をすべく、隙を突く。
「これ以上の被害はなんとか防ぎたいものだがね……ああ、でも、大丈夫。――その隙、後悔するよ」
「メッチャ耳障りの良い快適な音になるかもね?」
 に、と口元に笑み浮かべ、フェクトがロッドを撓らせる。学校の備品を壊さぬようにと気を付けはしたが、それも無理かと『神様』はぺろりと舌を出す。
「まぁ仕方ないよね、ケルベロスセーフ!」
「神様ルール適応ってことにしたらいいんじゃない?」
 フェクトへと笑い掛けたカイリは彼女に続き、畳み掛けるが為に刃を投ずる。黒板を引っ掻くことがないようにと細心の注意を払う彼女の隣で「ギィー」とわざとらしく音鳴らすフェクトが悪戯っ子のように笑って見せた。
「フェクトちゃん?」
「神様無罪!」
 うっかりと、あからさまな仕草を見せたフェクトへとルースが「『神様無罪』?」と渋い表情を浮かべて見せる。
 友情(かみさまるーる)の上では、ルースやカイリはにこやかにその音も甘受してくれることだろう。背を向けて、音に耐える修行を積んだ少女は神力を乗せて渾身の痛打を投じる。
 襲撃――祝撃に黒板のレールが歪み、たじろぐそれを少女は楽しげに見守った。
「音も鳴らなくしてあげる! 私は私教絶対唯一の神様、フェクト・シュローダー!」
「その友人1よ! ジエロ君はありがとね! さっさと『静かに』させちゃいましょ」
 渾身のドヤ顔に慣れた硫黄にカイリが豪胆さを見せる。酒の香を纏わせて、前線へ飛び出す彼女を狙った一撃をさらりと受け止めるジエロがいいえと朗らかに返した。
 少年は、もう無事だ。ならば後は倒すのみ。
 校舎の外では下校する生徒の笑い声が聞こえる頃だ。部活動も終いの時間、下校のチャイムが鳴る前に。
「生まれてきていきなり悪いけど、消えてもらうわね」
 ふわ、と欠伸を漏らしパジャマの裾を引っ張ったマコが首傾ぐ。音を鳴らさぬように注意するぴろーが待ってましたと前線へと飛び出して、主人と共に前線へと飛び出した。
 眠気眼がぱちりと開く。星の瞬きの如く落とされた蹴撃にマコの長い髪がふわりと広がった。夕日を受けて鮮やかに色変える神先を追いかけて、ロイの手が伸ばされた。
「動いてくれるなよ、幾分喧しいんだ、君の足音は」
 抜刀術は地獄の杭を心の臓に穿つ道具にしかすぎぬ。爆ぜる焔は朝日の如き煌めきを宿しロイの体を赤く照らした。ふわりと薔薇香が周囲へと広がれば、彼女の焔を幾分か収めるように。
「メイさん、そちらです」
 同僚へと淡々と告げたルイの語調は僅かに強い。ここで、とどめを刺すのだと流星が如き一撃で黒板を圧倒するルイがひらりと宙を舞った。一方の手が固い地面を叩き、もう一方がブラックスライムを揺らし持つ。
「ここで終わりにしましょうか」
 直向きに青年は告げる。冷静な口調と裏腹に、敵を倒すことを躊躇しない其れは、仕事の上でも変わりはない。
 夢喰いが壁だというならば、それ以上の壁となればいい。冷静に、実直な瞳は僅かに揺らぐ。かだんは走り寄り、黒板を蹴り飛ばす。
 ぶつかり合った角と黒板。僅かに響く擦れた音を厭わずに彼女は「静かに」と囁いた。
 火弾、果断、全てを受け入れ、全てを壊すが如く暴食の獣は唸りを上げる。
「私達だけを嫌って、壊れろ」
 ――放たれた一撃が霧散するように夢喰いを消し飛ばす。夢の儚さを思わせる残滓の中でかだんは握りしめた拳を僅かに開いた。


「もう、私……一生分の黒板擦る音を聞いたよ」
 がくりと肩を落としたフェクトへとルースは開け放った窓の向こうへと白煙を吐き出し「すっきりしたな」と軽口を返した。
 夢喰いが消えたその頃に少年はすっきりとした表情で職員室へと日誌を出しに行ったのだという。一件落着だと笑う神様に信仰交じりに僅かに頷く青年は壊れた備品を見回した。
 メイさん、と。ルイは柔らかな声音で彼女を呼んだ。
「実力、しかと見させて頂きました。
 改めてご連絡はさせて頂きますが……また貴女と共に仕事が出来る事、私個人としても嬉しく思います」
 は、と僅かに声が漏れる。ロイにとって、ルイからこうして降る言葉があることは想定の外だったのだ。差し込む夕日が僅かに気を高揚させる。
「戦ごと位しか能がない身には光栄すぎる言葉だ。
 ……私も、君が相手でよかったさ。いつでも声を掛けてくれ、ルイ」
 戦士として――仲間として。ケルベロスとして、それは身に余る幸福なのだ。戦場では人は誰しも孤独なのだから。
「しかし学校なんて、久しぶり……。
 もう10年以上前かぁ……あ、なんかちょっと悲しくなってきたわ」
 うんと伸びをしたカイリと共に周辺にヒールをかけるマコとジエロは息をつく。
 窓から吹き込む秋風はかだんの髪先を擽り、吹き抜けた。
「……ふわあ」
 小さな欠伸は、勝利の証だろう。椅子に腰かけ眠たげに枕を抱きしめるマコがゆっくりと顔を上げれば、スピーカーから電子音交じりのチャイムが鳴り響く。
 静寂に溢れる室内には日常の気配が、ゆっくりと立ち込め始めた。

作者:菖蒲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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