月喰島奇譚~楽しい孤島調査

作者:木乃

●風来坊の懸念
 月喰島――大建造期以前、日本本土の東の海上にあったという絶海の孤島。
 当時の島民は約2000名という記録は残っているが、オラトリオの調停期末期に、ドラゴンの襲撃を受けて全滅した――とされている。
 大建造期以降、海上自衛隊が月喰島の調査に向かったが、島は発見できず。人工衛星による観測などでも、それは同様であった。
 『住民は島ごと、海中に沈められてしまったのだろう』と思われていた。
「――果たして、本当にそうなのだろうか?」
 斑目・黒羽(時代遅れの風来坊・e14481)は疑問を呈した。
「確かに、島ごと沈んでしまったと考えれば、辻褄は合うかもしれない」
 しかし、月喰島の更に東にドラゴン勢力の大拠点『竜十字島』の存在が確認されているのだ。
「私の考えすぎと言えばそれまでだが、どうしても気になるんだ」
 しかし、一人で赴くには危険すぎるし、調査する規模が漠然としている。
「ヘリオライダーの予知にもなんの予兆もない。私の考えすぎである可能性も高い。しかし、なんらかの情報が得られるなら……行ってみる価値は十分あると思う。よければ、調査を手伝ってもらえないか?」
 存在するか否か、事実を確認するだけでも意義があると黒羽は主張する。
「島がないことを確認できれば、そのまま帰ってくればいい。もし島が存在するなら、上陸して調査してみたい所だ」
 『月喰島があったら』という前提になるが、希望的観測はあっても良いだろう。
 今回はケルベロスのみの調査ということで、海上保安庁から借りた小型巡視船での移動になる。 
 
 黒羽は調査日程について書き留めたメモを取り出した。
「巡視船の操舵は講習を受けてきた、私に任せて欲しい。現場までは10時間弱で到着する」
 そのあと島の捜索なども行うが、日程は最長で2泊3日の予定だ。
「航行に必要な燃料や装備以外の荷物は各自で積み込んでくれ。といっても、小型の巡視船では積み込める限度がある。あまり大きな荷物は持ち込めないが、長旅ではないから心配するな」
 船内には通信システムも完備されているため、なにかあれば、すぐに本土へ通信することも可能である。
「月喰島は本土から遠く、観光資源に乏しかったため、観光名所などはない。その分、手つかずの自然も多い漁業の島だったようだ」
 人口もそれなりにあったので、島内には学校もあったらしい。
「今回の調査は、ヘリオライダーの予知したものではない。空振りになる可能性が高いので、ちょっとした船旅だと思って参加して欲しい」
 何も無いなら『何も無いという事実』が残る、調査する意義は充分だ。
「釣り道具も積み込んでいるから、太平洋の海の幸をその場で調理する事ができる。島があり、危険がないようなら、キャンプなども楽しめるか……旅先でのおにぎりは美味いだろうな」
 黒羽は口元に微笑を浮かべる。
「肩筋を張り過ぎず、楽しく調査しよう。よろしくお願いする」


参加者
伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)
寺本・蓮(眼鏡が本体疑惑・e00154)
シエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)
アイリス・フィリス(アイリスシールド・e02148)
鮫洲・蓮華(ペルソナ・e09420)
童子切・いずな(最強にかっこいい最強な拙者・e12222)
斑目・黒羽(時代遅れの風来坊・e14481)
エレファ・トーン(メガトンレディ・e15392)

■リプレイ

●夏の終わり
 日付が変わると共に出立し、時刻は午前9時30分を回った。
 調停期の終わり頃、沈没したと思われた孤島は、人工衛星すら察知できなかった竜十字島の存在が露見したことで、再びその名を世に現した。
 しかし、島についてヘリオライダー達から予知は得られず、今回の調査はケルベロス達が手探りで見つけることとなった。
 仮眠を終えたケルベロス達は、過ぎていく夏を惜しむように、調査という名の船旅を満喫している。
「……海底、深くて、届かなかった。でも、たべられるの、いっぱい」
 水中呼吸で長時間潜れるように備え、海底の様子を見ようとした伏見・勇名(鯨鯢の滓・e00099)だったが、底を見る前にロープは限度一杯に。
 それでも、腰に提げた網の中には活きの良いサバが数匹ほど入った豊漁となった。
「アイリス、ほんとに、入らない?」
「あはは……私、実は泳げなくて……」
 勇名の問いに、潮風を堪能していたアイリス・フィリス(アイリスシールド・e02148)は困った笑顔を浮かべ、遠慮がちに両手を振る。
 巡視船内で見つけた救命胴衣をつけ、端に寄り過ぎないよう離れている念の入れようだ。
 甲板では鮫洲・蓮華(ペルソナ・e09420)と、童子切・いずな(最強にかっこいい最強な拙者・e12222)が一本釣りに励んでいる。
「バッチリ調達しておかなきゃね!」
「狙うはマグロ! 遊びといえども、最強な拙者は常に全力でござるよ!」
 釣果は上々のようで、大きめのクーラーボックスにはカツオやサンマがしまわれている。
「海風が気持ちいいですね~」
 醤油や山葵、生姜などの調味料と、多めに炊いたご飯入り炊飯器を抱えるエレファ・トーン(メガトンレディ・e15392)も、新鮮な魚を堪能しようと、準備を進めていた。
 ちゃっかり純米大吟醸酒『銀の雨』も出ているのはご愛敬である。
「楽しんでいるようでなによりだな、状況はどうだろうか?」
 賑やかな甲板の光景を見下ろしながら、操舵室にいる斑目・黒羽(時代遅れの風来坊・e14481)は微笑をこぼす。
 傍らではシエラ・シルヴェッティ(春潤す雨・e01924)と、寺本・蓮(眼鏡が本体疑惑・e00154)が、2枚の海図を交互に見比べている。
 1枚は最新版の海図、もう1枚は月喰島がまだ表記されていた50年前の海図だ。
「このまままっすぐで大丈夫だよ!」
「いやはや、こういうのは何歳になってもワクワクするね~」
 スーパーGPSを使用するシエラの位置は、船の現在位置でもある。
 古い海図を資料にして、新しい海図を移動用に使えば航行に影響はない。
 海図に浮かぶ光点が、かつて月喰島のあった位置に接近していくと……正面にうっすらと巨大な影が浮かんできた。
 ――ぼやけていた対象物は、次第にその姿を露わにする。
「……あったか、月喰島……!」
 いずな達も気づいたのか、甲板から歓声が湧いている。
「こちら月喰島調査隊、月喰島を発見した! 繰り返す――」
「黒羽さん! GPSの場所も伝えておこう!」
 黒羽とシエラが本土と交信している間に、蓮は操舵室を飛び出して上陸の準備に向かう。
 巡視船で接近すると、浅瀬で座礁しかねないため、数台のゴムボートで移動と運搬を行う必要がある。
 すでに準備を始めていた蓮華達と共に荷物を積みこむと、真正面に臨む海岸を目指す。
 時刻は午前10時。無事、上陸を果たす。

●レッツキャンプ!
「特になにもなくてよかったね~」
 上陸前に蓮が用意されていた双眼鏡で確かめた際、上陸した海岸に不審なものはなかった。
「さっそく調査に……と言いたい所ですが~、明るいうちにテントを建てませんか~?」
「そうだな、いい時間だし昼食も用意しよう」
 島の様子は気になるものの、腹が減ってはなんとやら。
 エレファの提案でテントを設営する間、黒羽と勇名、蓮が周辺の魚を捕まえにその場を離れた。
 シエラといずながインナー部分を広げると、エレファとアイリスが細長いポールを取り出し、手順通りに差し込んでいく。
「説明書だと……エンドピンを留めたら、ポールにフックをかけるそうです」
「すごーい! もうテントっぽくなってきたね!」
 スマホで設営風景を動画に収めていた蓮華は、ふと電波状況が目に入った。
(「あ、圏外だ……巡視船に通信システムもあるし、問題ないよね」)
 機内モードに設定すると、完成したテントも記念に撮り収め。
 テント設営が難なく終わり、到着から1時間が経とうという頃に勇名達が戻ってきた。
「すまない、魚影も見当たらなくてな」
「どうしてかね~?」
 肩を落とす2人の前に、勇名はクーラーボックスを開けてみせる。
「ここに、サバ、カツオ、サンマ、ある」
「これならサバのカレーに、カツオとサンマのお刺身ができそうだよ! みんなで作ろう!」
 隣から覗いていたシエラの提案に、蓮が遠慮がちに手をあげる。
「あ、俺、火元の用意したいな~。ほら、木炭って火がつきにくいから」
(「野郎は俺一人だし、女の子に火傷させちゃったら申し訳ないからね」)
 ということで火の番は蓮に任せ、女性陣は野菜の皮むきをして下準備。 カレーを煮込む直前、いずなと黒羽は魚に下処理を施していく。
「私の包丁捌きをご覧に入れよう」
 宙に放った三匹のサバがキラキラ光る刹那、黒羽の前に幾線の閃光が走り、まな板の上に落ちた三匹は均等に輪切りされていた。
「最強たる拙者にかかればお魚を捌くのなどお手の物! カツオも瞬時に、尾頭付きでござるぞー!」
 息巻くいずなもカツオを真上に投げると、長めの刺身包丁を巧みに操り、落ちてきたカツオが見事な刺盛りに早変わり。
「すごい、曲芸、みたい」
「さっすがだね♪」
 興味深そうに眺めていた勇名は拍手を送り、蓮華も2人の勇姿をばっちり動画に収める。
 カレー作りも滞りなく進み――時刻は12時、待ちに待ったお昼ごはんと相成った。
「「「いただきます!」」」
 サバカレーに手を伸ばしたエレファが、大きな一口を運ぶ。
「ん~おいしい~、サバもサッパリしててビールが進んじゃいます~」
「新鮮な青魚ってこんなに美味しいんだね!」
 シエラも感動の声をあげ、ご飯と一緒に刺身を頬張る。
 とれたての魚介と、皆で作ったカレーの味は何物にも代えがたく、一生の思い出に残るだろう。
 ――腹ごしらえを済ませ、13時30分。
 いよいよ調査開始だ。

●島内探検
「それじゃ私、空を飛んで周りを確認しますね」
 調査対象の目星をつけようと、黒い竜翼を広げたアイリスが上空50mへ飛びあがる。
(「真新しい建物、目立つような建物はなし。反対側は山で遮られてるし……あ」)
 視界の端に、ほんの僅かに屋根らしきものが、いくつか見えた。
 海岸沿いの道路を経由すれば、近くまで行けそうだ。
 アイリスは海岸に降下すると、上空で見た状況を蓮華達に伝える。
「他に見当たらないなら、皆でそこに行ってみよ?」
 蓮華の言葉に異を唱える者はいない、全員で向かうことにした。
 アイリスがアリアドネの糸を張り終えると、女性陣を先導しようと蓮が先を歩こうとするが、後ろから走ってきた二つの影が追い越される。
「出発です~!」
「探検、する。探検」
 ライドキャリバーのハラカに騎乗するエレファと、競争しようと追いかける勇名が先を行く。
 海岸沿いの道路は、長らく車が通っていなかったせいか、アスファルトから突きだす雑草は嫌でも目についた。
「尋常ではない量だな」
「これだけ元気に生えてるなら、海底に沈んでた訳じゃなさそうだね」
 驚きを隠せない黒羽は物珍しそうに見渡し、蓮華も周囲の撮影を続ける。
 しばらく周囲を観察しながら進んでいくと
「皆さ~ん、ちょっと来てもらえますか~」
 先行していたエレファの声が、通信機を通して聞こえてきた。
 いずな達は急いで追いかけると、足元を覗きこむ勇名達の見ていたものに目を見開いた。
 道路が不自然に崩落しており、半分以上が失われているのだ。
「断面は綺麗なものだけど、雑草は伸び放題だし、ずっと放置されてたんじゃないかね」
「かなり昔にここを襲った跡、なのかな」
 観察する蓮の言葉に、シエラも思案顔で破壊された道路を見つめる。
「なにも視えないでござるな。流れ弾が当たっただけでござろうか?」
 惨劇の一部始終を確かめようと、断末魔の瞳を通して見ていたいずなは肩を落とした。
 ひとまず移動に不便であるため、道路を修復してから先へ進んでいく。

 15時03分。
 目的地に到着した一行は、目の前の光景に唖然とした。
 昭和前期のものと思われる建造物は、木造のものがほとんどで、いくつか土壁のものもあった。
 それも今は、瓦やトタンの屋根は砕け、建造物だったモノがそこかしこに散乱しており、打ち捨てられた看板は丸めた紙くずのよう。
 かろうじて原形を留めた家屋のおかげで『人が住んでいたであろう』ことが分かる。
 ――ここは集落だったらしい。
 凄惨な痕跡の数々に、なす術もなく蹂躙されたことは、容易に想像がつく。
「おうち、ぜんぶ、調べる、ちょっと大変。手分け、する?」
 落ち着きなく見渡す勇名の提案に、異論を唱える者はいない。
 いつでも通信できるよう、無線機を握りしめると各自で調査を始めた。
「え~と、おうちは100軒もなさそうですね~」
 ハラカのハンドルに豊かすぎる胸を押しつけて外周を疾走するエレファは、集落のおおまかな規模を把握すると、見事な操縦テクニックで悪路を越えていく。
 一方、家屋の瓦礫を見つめるいずなを見つけ、黒羽が声をかけた。
「なにか視えたか?」
「かなり古い事件でござる故、精度も相応に落ちているようでござる」
 視えた光景が漠然としすぎて説明が出来ない、といずなはもどかしそうに返す。
 集落跡地に来て10分が過ぎ、アイリスから通信が届いた。
「お店らしき建物を見つけました、来てもらっていいでしょうか?」
 ――蓮華達が呼び出された建物には『*喰雑*店』と書かれた、錆びついた看板を掲げており、住居と商店を組み合わせた造りのようだ。
 中に入ると、住居部分の戸棚やタンス、本棚に目ぼしい情報はないかと家探しをして……いずなが驚きの歓声をあげた。
「本土では見つからなかったのでござるが、まさかここにあるとは!」
 手にしていたのは月喰島の地図だ。かなり色褪せているが、表記の文字や記号はなんとか読み取れる。
 居間で地図を広げると、シエラ達は頭を突き合わせて覗きこむ。
「私達が到着したのは私有地の海岸のようだ」
「島の反対にも漁村があるようでござるな」
 黒羽が上陸地点を目で探すと、いずなは反対側にも村の表記を見つけて指さす。
 さらに現在地の集落跡地から少し離れた場所に、中学校の校舎と高校の校舎、それと神社があるようだ。
 島の中心部は山で、一部に小さな鉱山があるとも書かれている。
 エレファは神妙な面持ちで小首を傾げた。
「ここは壊滅状態ですし~、誰か生きているなら漁村が有力でしょうか~?」
 しかし、身を潜められそうな場所は他にもある。
「神社、かくれるとこ、おおい」
「学校も避難所になったりするよね」
 勇名はここも怪しいと指し示し、蓮華も宙に視線をさまよわせる。
「人は居なさそうだけど、敵が潜むならこの辺りかもね。鉱山なら坑道があってもおかしくないし」
 蓮が鉱山の辺りに指で円を描いていると、アイリスは地図に灯台が明記されていたことに気づく。
(「海岸から見える位置ですね……場所が割れないように壊した、とか?」)
 それなら合点がいくと一人納得していると、黒羽がピクリと肩を震わせた。
「……気をつけろ、誰かに見られている気がする」
「あ、なんか変な臭いもしない?」
 シエラも異臭の発生源を探そうと、不思議そうに視線を巡らす。
 死角を潰すように互いに背を預けると、意識を集中させる。
 じわじわと背筋を冷たいものが走り、手や額からは脂汗が噴きだすのに、喉と唇は渇いていく。
 ――どこだ、どこに潜んでいる!?
 息が詰まる緊迫感の中、激しい鼓動を静めようと唾液を飲みくだした……そのとき。

●はじまり、はじまり。
「!?」
 足元に飛び込んできた黒い影に、勇名が砲口を向ける。
「……ドブネズミ」
 ネズミはこちらに構うことなく、雑貨屋の奥へと走り去っていき、拍子抜けした黒羽達は大きく溜め息を吐いた。
「そういえば、人が滅んでもネズミとゴキブリはいなくならないらしいですよ~」
「ということは、ここにもゴキブリっているのかな?」
 脱力した空気の中でそんな噂を思い出したエレファが話を切り出すと、シエラも話に乗って、和やかな空気が流れる……しかし、それは一瞬だけ。
「でも、あのネズミ、なんか変じゃなかった? 私達の方に逃げてきたように見えたっていうか……」
 不自然な行動に見えた。そう感じた蓮華だが、なぜ人間のいる方へ逃げてくる必要があったのだろう?
「変な臭いも、さっきより強い――」
『パァン!』
 疑問を口にしようとしたが、アイリスの言葉は、なにかが弾けたような音によって遮られた。
「なになになんなの!?」
 蓮華達が外に飛びだすと、そこには人が――いや、それは正確ではない。
 人の形をした『なにか』が居た。
 衣服からのぞく血の気が失せた肌に、濁った瞳は鮮度を損なった魚に似ている。
 その中に骨を剥き出しにしている者もいて、腐りきった肉と同じ汚臭を漂わせていた。
 ――明らかに、正常な人間とは言い難い。
「集合、集合! 侵入者だ!!」
 布を被った駐在員らしき男が、集落中に声を響かせながら上空を発砲する。
 先ほどの音は、この男の銃声らしい。
「市民ども、殺せ! 侵入者を抹殺しろ! 全てはドラゴン様の為にっ!!」
 市民と呼ばれたヒト型の化物は、一斉にシエラ達に殺到していく。
「ちょ、ちょちょ、なんなのこれ?! 俺達の知るデウスエクスとは違うよね!?」
 動揺する蓮に喰らいつこうとする異形を、いずなが一刀で斬り伏せる。
「ドラゴン様と言っていたでござるし、ドラゴンの手下だと思うのでござるが!」
 まるで死体が動きだしたような状況に、理解が追いつかなかった。
 1体ごとの戦闘能力は大したものではないようだが、持ちこたえられたとしても、このままでは数の暴力に押し潰されてしまうだろう。
「急いで逃げよう、行くぞ!!」
 黒羽が先陣を切り、果敢に突破口を開く。

 アイリスが張っていたアリアドネの糸を頼りに、敵を薙ぎ倒しながら廃墟群を脱出すると、修復した場所まで一気に駆け抜けた。
「もう追ってこなさそうですね~……はぁ~」
 なんとか逃げ果せられたと、エレファは脱力してハラカに身を預ける。
 時刻は16時20分。空にはオレンジ色がにじみ始め、日も海へと迫っていた。
「キャンプ地に戻る頃には日も落ちそうです、急いで本土に現状を伝えましょう」
 アイリスの言葉でキャンプ地へ向かって走りだし、勇名達がキャンプ地に戻る頃には、夕陽で空が茜色に染まっている。
「このまま、船、のる」
 巡視船まで泳いで行けない距離ではない。このまま海に入ろうと勇名達が海岸に足を踏み入れようとしたとき、海上に大きな水柱があがった。
「な、なにかな、あれ!?」
 突如、浮上してきたのは赤錆にまみれた難破船だった。
 驚くシエラ達に気づいたのか、船から何者か――駐在員のように、布を被った肥満な男――が姿を現す。
「この海岸は俺様の支配地だ! 侵入者どもめ、嬲り殺す前にこいつを沈めてやろう!」
 しゃがれた叫び声に呼応して、難破船とは思えぬ速度で巡視船に突撃する!
 横からぶち当たられた巡視船は船体が大きくへこみ、横倒しされると、機関部から爆炎がいくつかあがり始めた。
「えぇっ!?」
「これじゃ、帰れないです……!」
 下卑た笑いが響く中、唖然とする蓮華の隣でアイリスも狼狽する。
 サァ、と血の気が引いていく感覚に目眩を覚えそうだ。
 海岸からは集落跡地で見たヒト型の化物達が、次々と押し寄せてきた。
「ここはひとまず退却でござる!」
 いずなの呼びかけで黒羽達は踵を返すと、海岸から離れようと一目散にその場を離れた。
 海岸沿いの道路を逆走し、逃げきったと確信した頃には夕陽はほとんど沈んでいた。
 時刻は18時07分、月喰島に夜が訪れようとしている。
「これからどうしよっか、スマホも充電切れちゃったし」
 ぺたりと座り込んだ蓮華は、電源の切れた端末をしまって膝に顎を乗せた。
「大丈夫だ。月喰島発見の連絡は既に送っている。定時連絡が途切れれば、本土も異変に気づくだろう」
「ヘリオンならここまで1時間くらいかな、半日持ちこたえれば救助も来てくれるはずだよ」
 黒羽と蓮は、まだ諦めるには早いと励ます。
 これから半日……12時間耐えきらなければならないが、本土に連絡が届いているならば、希望はあるのだ。
 助かる望みは残されていると、互いに励ましあうことで、自らを奮い立たせる。
「それじゃあ今晩の予定を考えよう! 敵の数は多いし、戦闘になったら、他の場所からも増援が来る可能性が高いよね」
 シエラが今後について話を切り出すと、微かに緩んでいた頬が一斉に引き締まった。
「うま~く逃げて来られましたが~、敵が捜索を始めたら~この人数だと隠れ続けるのは難しそうですね~」
「確かに、これだけの大所帯だと移動も大変ですし、隠れられる場所も限られそうです」
 エレファの指摘に、アイリスも表情を曇らせた。
 8人で行動できる状態が理想的であるが、そうなると移動中は目立つ上に、身を隠せる場所に『広さ』が必要な要素に加わってくる。
 その条件を満たせる場所が、この近くにあるのだろうか?
 確証がない以上、不必要に注目が集まる状況は避けたい。
「じゃあ、人数を分けた方がいいってこと?」
「それがよさそうでござる。それに戦うことが難しくとも、調査も出来ない訳ではないでござるよ!」
 蓮華が口にした問いかけが、そのまま決行されることになりそうだ。
 最強な拙者なら楽勝でござると、宣言するいずなも気炎を上げる。
「救援、くる前、ちょっとなら、探索、いいかも」
「無理は禁物だよ? 隠れてやり過ごすのも手の内、救援が来るまで逃げきることが大事だからね」
 意欲を見せる勇名に、安全確保を優先して欲しいと蓮がやんわり伝える。
「ではここからは別行動か……皆、手を出してくれ」
 黒羽がスッと手を伸ばして、手の平を下に向ける。
 その上にシエラが、いずなが、勇名が、エレファが、蓮華が、蓮が手を重ね、最後にアイリスが遠慮がちに手を乗せる。
「生きて帰るぞ、本土でまた会おう」
 黒羽達は生還の誓いを立てると、月の見えぬ夜空の下で行動を開始した。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 59/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 9
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