青の宵

作者:七凪臣

●『青鷺火』の伝
 その鷺は青炎を纏うと言う。
 故に名は、青鷺火――或いは、五位の火。
 夜闇に浮かぶ仄青光に、人々は恐れを抱いたのだとか。今より自然が豊かであった時分には、よく知られた怪談噺。
「月夜、大きな柳。うん、条件は十分ね」
 川縁に据えられた灯篭に青い光が点される夜、藍里は紺色の浴衣の裾を払う。薄い煙のような雲が棚引く空では、欠け行く月が白く微笑んでいる。
「きっとこの青い光の中に紛れていると思うの。おじいちゃんもきっとそうだって言ってくれたし」
 高く結い上げた黒髪の尻尾を揺らし、藍里は暗がりに目を凝らす。
 耳に忍び入るのは、遠くから聞こえる祭囃子。ぴーひょろろと響く音色はとても楽し気だが、藍里の気持ちはまだ見ぬ青い光にばかり向いていた。
「青い光の翼は絶対とーっても綺麗だと思うの。昔の人は怖がったかもしれないけど、私だったら感激して万歳しちゃう!」
「そう、それはとても素敵ね」
「ひゃっ」
 興奮に頬を紅色に染めていた藍里は、不意に背後から聞こえた声に肩を跳ね上げる。
「だれ?」
 つい先ほどまでは誰もいなかった筈の空間を振り返り、藍里は絶句した。
 そこに居たのは物語に出てくる魔女が着ているような黒い襤褸を纏った灰色の女。しかも彼女が手にした巨大な鍵が、自分の胸を貫いているのだ。
「……え?」
「あなたの『興味』にとても興味があります」
 重ねた疑問符への答えは返らず。返ったとしても、意識を失いその場に頽れてしまった藍里では、何一つ理解する事は出来なかっただろうけれど。
 そうして魔女のような女――第五の魔女・アウゲイアスの傍らで、全身に青い火を帯びた赤い瞳をした鷺が羽ばたいた。

●祭夜の変事
「皆さん、『青鷺火』という怪異をご存知ですか?」
 すっかり居慣れたヘリポートで、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)はゆるりと口を開く。
 この日、彼がケルベロス達に持ち込んだのは、不思議な物事に興味を抱き、実際に調査に乗り出した者が、その『興味』を奪われてしまう悲劇。
 今回の被害者は、『青鷺火』の噂に興味を持ち、結果、被害に遭ってしまった――卯京・若雪(花雪・e01967)が危惧していた通りに。
「青い炎のような鷺、とでも言えば良いんでしょうか? 実は僕、卯京さんからお話を伺うまで『青鷺火』というのを知らなかったのですが、想像したら夏の暑い夜も涼しくなれそうだなって……」
 こほん。
 つい脱線しかけていたのに気付き、少年は一つ咳払いをすると、何事もなかったように話の筋を正しい方向へ戻す。
 斯くて語られるのは、藍里の興味から生み出されたドリームイーターについて。
 姿はまさに『青鷺火』そのもの。そして月明かりが届く大きな柳の下を好み、自分の存在を信じていたり、自分の噂話をしている者に引き寄せられる性質を持つ。
「青い光が灯る灯篭の近くだとなお良いかもしれません」
 好奇心旺盛な藍里が青鷺火の噂を聞いたのは、夏休みで帰省した田舎の祖父からだった。
 そしてこの夜は、小さな神社で祭りがあり、参道に続く川縁の道に立つ灯篭に青く染められた和紙が張られ、仄青の光がぽつぽつと灯っている。
「幸い、藍里さんが青鷺火を探しに出たのは祭りも終わりに近い頃。見物客は神社界隈に集まっているので、川縁の道には人の姿はないようです」
 数は1。
 姿を現すと己が何ものであるかを問いかけてくるらしいが、ケルベロス達にとっては滅ぼさねばならない相手。正しく答えても、間違って答えても、『戦う』という結果は変わらない。
「藍里さんも川縁のどこかに倒れているかと思いますが、青鷺火さえ倒してしまえば自然と目を覚ましてくれるはずですので、特に何かをする必要はありません」
 とはいえ、興味があれば戦いを終えた後に彼女に接触するのは構わない。
 しかも祭りの夜だ。
 終わり間近とはいえ神社へ向かえば屋台も出ているだろうし、奏でられている祭囃子に耳を傾けるのも良い。
「川縁の道に灯る青い光にも興が惹かれるな」
「おや、虹さん。虹さんも行かれますか?」
 ここまで大人しく黙し話を聞いていた六片・虹(三翼・en0063)は、リザベッタの尋ねににこり笑って「あぁ、是非に」と頷く。
「では、そういうことで……といっても、お楽しみは青鷺火のドリームイーターを倒してからですからね?」
 皆さん、よろしくお願いします。
 そう頭を下げた少年は、最後に「皆さんにとっても夏の名残を楽しむ素敵な夜になりますように」と目を細めて付け足した。


参加者
絶花・頼犬(心殺し・e00301)
北郷・千鶴(刀花・e00564)
泉本・メイ(待宵の花・e00954)
吉柳・泰明(青嵐・e01433)
卯京・若雪(花雪・e01967)
ヒメ・シェナンドアー(稜姫刀閃・e12330)
クー・アアルト(レヴォントゥレット・e13956)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)

■リプレイ

●青鷺火
 ――やる事はしっかりやらねば。
 自分が此処へ何をしに訪れたのか、という本質を思うと、悠長な事も言ってはいられないのだが。羽根めいた長い機械耳を有すクー・アアルト(レヴォントゥレット・e13956)の唇からは丸いため息が零れる。
「青炎を纏う鷺か……日本古来の噺は神秘的で面白いな」
 賑やかな祭囃子は遠く、代わりに囁くような川の流れと柳葉の歌を傍らに。ぽつぽつと等間隔で並ぶ青い光を点す灯篭たちが作り出す空間に加わるだろう新たな『青』を思い描けば、期待は否応なしに高まってしまう。
「青鷺火の話は多少聞き齧っていたが、これはまた絶好の状況だな」
 頬を擽る柳葉に、吉柳・泰明(青嵐・e01433)の口元が微かに緩む。
「青い火を纏った鷺か本当に居るのなら見てみたいものだ、月夜の柳の下に青い鷺。そうある光景ではないな」
 本の虫である御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)の口ぶりにも、微かな熱を帯びていた。
 青鷺火の怪談噺は、まさに古書の世界。現実的な正体が如何なものであれ、興味を持つのも蓮自身、分からないでない。
 とは言え。
(「現実は価値あるものへの心的傾向、それを奪えば人は止まる――取り戻さなくてはな」)
 声にはしない蓮の詞は、内に結んだ決意。それはまた、ヒメ・シェナンドアー(稜姫刀閃・e12330)の中にも。
(「興味を狙う……興味が判らないというわけでもなさそうだけど。どうにも判らない種族よね」)
 白い髪を薄青の光に染め、ヒメはさり気なく余人を一帯に近づけぬ結界を張る。
(「何にしても、眼前の処理をしなければならないのは変わらないのだけど」)
 彼ら彼女らは純粋に『青鷺火』を探しに来たのではない。興を引かれているのも事実だが、狙いはまた別。
「それにしても、火を纏う鳥とは面白い話だ。この目で拝めると良いのだが」
「私もぜひ見たいです! きっと綺麗ですよね」
 泰明の言葉に、泉本・メイ(待宵の花・e00954)が興奮気味に頬を赤らめた。
「うんうん。青い翼、きっと綺麗だよねー」
 そこへ絶花・頼犬(心殺し・e00301)の同意が加わるものだから、メイの表情は更に輝き。その姿にまだ見ぬ少女――藍里を重ね、頼犬もまた腹を括る。
(「必ず助けてあげよう」)
 ケルベロスにならなければ、未知の怪異と思ってしまったかもしれない事象。幻想的で美しくあれど、根にあるのは夢喰いの魔手。
 そう、真の狙いは悲劇の打破。一際見事な柳の下で、青灯篭を肴に噂話を繰り広げるのも、目的の『敵』を誘き出す罠。
 果たして、その目論見は成就する。
「大丈夫、きっと青鷺火は現れます」
「――!」
 事を最初に危惧した卯京・若雪(花雪・e01967)の存在肯定の台詞を待っていたかのように、ふわりと舞った青い火に北郷・千鶴(刀花・e00564)が息を飲む。
「……本当に、綺麗です」
 音無き羽ばたきに、刹那『それ』への警戒は怠らぬまま、メイも感嘆の息を漏らした。

 燐光をチラチラと撒きながら、青い鷺は自らを語っていた者らに不思議な声で問うた。
 我は何であるのかと。
「私は私。あなたはだあれ?」
 メイからの問いに、炎の翼が『それを答えてご覧?』と尋ねるように、楽し気に軽やかに夜を撫でる。
「青鷺火です」
 綺麗な青を纏って化けた姿は見事なものだが、人の純粋な心を糧にした事は許せないと、胸に飼う糾弾は表に現さず正解を応えた若雪に、青鷺火が帯びた光がほんのり明るさを増した。
 しかし。
「お前は自身は何のつもりだ、青鷺火か? ただの真似事した化け物だろう」
 怯まず射貫く視線で応えた蓮の解に、澄んだ青が微かに黒味を帯びる。バチリと散った火の粉は、不穏の先触れ。来る未来を悟ったヒメは華麗にプリンセスモードを発動し、穢れ無き白の姫衣の裾を翻す。
(「若の勘を無駄にせんよう、確り務めを果たすとしよう」)
「一見は幻想的でもあるが、本質は正しく化け物か――人の興を奪い変じた、夢喰いよ」
 泰明も泰然自若の体で言い放ち、佩いた刀に手をかける。
「青鷺――或いは五位の火、でしたか」
 一層、気配を濁した炎を千鶴は凛と見上げた。
「妖か、夢喰いか――何れにせよ、人に害なすものである以上は」
 ――討つのみ。
 すらり抜き放たれた白刃は、開戦の合図。
 ケルベロス達は烈火の耀き目掛け、不死のモノへ不偏の死を与える力を解き放つ。

●夢喰い
 ギャァ、と人の叫びにも似た囀りが、意思を持ってヒメを襲う。が、動きは蓮が連れたオルトロスの空木の方が早く。首元を飾る組紐に結われた鈴をシャンっと慣らし空木は石畳を蹴ると、我が身をもってヒメの盾となった。
 当然、囀りが持つ阻害因子が空木を蝕む。けれど、蓮は案じない。何故なら、空木を含めた最前列に位置する者たちには、泰明が初手で自浄の加護を授けてくれているから。奪われた体力も、クーと虹の癒しで十分にフォロー出来る。
 青い夏夜に幕を開けた戦い。ケルベロス達は序盤で自分たちの足元を固めるのに成功していた。泰明と千鶴のウィングキャット、鈴による全員への自浄加護付与。その隙に、他の者たちは、多くの縛めを撒くのを得意とする青鷺火の手法を逆手に取り、青く燃える夢喰いの行動を妨げる手を打った。
 それらの効果の程は――。
「倒してしまうのは名残惜しいけど!」
 久方ぶりに実戦で握った残霊刀の柄を握り、頼犬は今にも弾みそうな足取りで美しい敵との間合いを詰める。
「四刀奥義・破道」
 散った光が鼻先を擽る距離まで飛び込んで、頼犬は無銘の刃を振り抜く。放たれるのは、頼犬のみが有す力。躱そうとする翼を斬圧が追い、道となった刃が揺らめく青を激しく爆ぜさせた。
「まっすぐに、」
 頼犬の苛烈な力が炸裂した直後、同じく破壊者の任を果たすメイも渾身の力を紡ぐ。
 淡い光を手繰り寄せ、絲を撚り。そっと包み込んだ両手の中で、眩い耀きが目を覚ます。
「駆け出そうね」
 花纏う風に乗せ、少女も奔る。ぶつかる光と光、圧倒したのは青を帯びぬ方。
「さっきは、ありがとう」
「構わない」
 他人との距離を測り慣れぬなりのヒメから空木へ送られた礼へ蓮は短く返し、鋭く縛霊手を薙ぐ。確かな力量に裏打ちされた一撃は、重く夢喰いの頭を打ち据えた。
 衝撃に、夢喰いがぐらりとバランスを崩す。
(「……今」)
 与えられた好機を過たず掴み取り、流れに乗ったヒメはそれぞれ緋色と碧玉を宿した魔道機刀を鞘から抜く。
「好きにはさせない――」
 藍薙ぎ。
 刃を振るい続けた末に得た答えの一つ。後より出て先に立つ斬撃。先を読み敵の動き牽制する閃きが、更に青鷺火を縛り上げる。
「奔れ」
 泰明の声に応えて、青夜に唸りが響いた。引き寄せられるドリームイーターの意識。だが、正体を断じるより早く、泰明が刃を払う。顕れた荒々しい黒狼の影は雷を帯びた牙を剥き、青鷺火の左翼の一部を喰い千切り、
「どうか、加護を」
 親友の後を追った若雪の、大地の霊力と御業を乗せた一太刀が畳みかける。
 そして。
「折角の夏休みとお祭が、哀しみに染まらぬ様に」
 若雪の繰った力の残影の花や蔦が青鷺火の身から消えるか消えないかの間際、千鶴が結い上げた漆黒の髪を靡かせ走っていた。
「藍里様が無事にまたお祖父様と話せる様に。貴方には一夜限りの夢で終わって頂きます」
 空の霊力を帯びた白刃が抉るのは、仲間が刻み付けてきた傷跡。それは既に夢喰いに巣食っている阻害因子を増やす力を持っていて。
「大気の乙女、イルマタルよ。――私に力を貸してくれ」
 天を振り仰ぎ、クーは原初の世界の女神とも言われる風の精霊を召喚する。齎される、昼間の暑さを忘れさせるような涼やかな風は、癒しへと転じ。ケルベロス達の優位を確固たるものにして。
 斯くて早々に本来の力を発揮できぬようにされた青鷺火は、見る間に疲弊していった。

 回復に注力したクーも、頃合いを悟る。
「頼むな、ヴァロ」
 可憐な姿に反し豪快な口調と仕草で夢喰いへと投じられる、白銀の子狐。戦時においては魔法の杖に変身するそれは、本来の姿へ戻り宙を翔け、青鷺火を襲う。
 命中精度の低い筈の一手が敵を捕らえたのも、ドリームイーターが幾重にも縛り上げられている証。その効果は青き炎の嘴に空を切らせた。
「よっし!」
 物質化を解いた刃から感じる手応えに、頼犬は金の瞳を瞬かせる。三十路に近い歳の頃だが、敵との距離が近いこの夜は、彼の子供心を存分に擽ってくれた。
 メイの御業が紅蓮の弾を放ち、青い世界に彩を添える。
 己が肌や髪の色をくるくると染め変える光にヒメは一度瞬き、黒の弾丸を青鷺火目掛けて放つ。それは今宵ヒメが仲間を支えた集大成。盾を、阻害を与え続けた少女の一撃は、本来持つ力以上の威力となってデウスエクスを貫いた。
「悪い夢はもうお仕舞です」
「眠りに就くのは、お前だけでいい。泡沫の夢として、消えて頂こう」
 若雪の神速の突きは一度に収まり切らず、重ねる二手となって夢喰いを討ち。同じ剣閃を放った泰明の手首では、散った青炎の光を受けて瑠璃色をした丸玉と管玉の腕輪が鮮やかに輝いた。
「静心なく――」
 親しき男たちの気概を継ぎ、千鶴が自身だけが持つ力を炸裂させる。凪のような静かな構えからの、鬼さえ怯むが如き疾く鋭い一太刀。
(「……おやすみなさい」)
 だんっと力強く石畳を踏みしめた斬り込みは、少女が心で唱えた別れの言葉を、現実へとまた一歩近付ける。
 巡る運命、辿り着いた終いは蓮へと委ねられた。
「喰らえ、」
 古書に宿る様々な思念を、蓮は霊力へと変換し、自身を霊媒として具現化させる。
「そして我が刃となれ」
 天蓋鬼憑依――持つ名の通り禍々しい鬼のようにも見える影を成し、内包する霊力を出し尽くす勢いで鋭い爪にも似たもので風を巻き起こす。
 渦巻く嵐は夢喰いを千々に切り裂き。
「――ぎ、ぎ、ぎャア」
 短い断末魔を上げた青鷺火は、無数の青い光の礫となって幻想の夜へと散り去った。

「ヒメさん、頼犬さん! 藍里さんの事はお任せしますね」
 戦いの最中には忘れていた祭囃子に誘われて、メイはぺこりとヒメと頼犬へ頭を下げてパタパタと駆け出す。
 事の発端となった少女を案じる気持ちはあるけれど、早くしないと祭りが終わってしまうから。
 ケルベロスとしての役目を終えた者たちは、それぞれの夏の終わりの夜を過ごすべく歩き始めた。

●祭囃子
「ほら、大丈夫だって言ったろう?」
「うん!」
 兄のような滉を見上げ、メイの笑顔が弾ける。お祭が終わってしまわないよう、繋いだ滉の手を半ば引っ張り辿り着いた神社の境内。そこにはまだ、夏の熱気にも似た気配が満ちていた。
 並ぶ屋台は小柄なメイの目線からは、見上げる宝石箱。まずは一等キラキラを感じたピンク色の綿菓子を手に取って。
「リスさんの置物、可愛い」
 次にメイの眼が奪われたのは、射的の景品。そして射的と来ればガンスリンガー、滉の出番。
「任せろ」
 胸を張って請け負うものの、膨らむ期待を肌で感じれば少し緊張。しかし、言った手前、外す訳にはいかないから。全身全霊を賭けて真剣勝負――結果は。
「やったー! 滉君、すごい!」
 受け取ったリスをメイへ手渡せば、どちらが小動物か判らぬ勢いで少女が跳ねる。
 ピーヒャラ、響く祭囃子。
 祭の空気はどこか独特で。気を抜くと、異世界に浚われそうにも感じるけれど。迷子にならないよう、傍にいれば大丈夫。
 夏の思い出は胸の中の綺羅星。

 青い灯篭が並ぶ道を、ルムアはクーの少し後ろを歩いた。アップに纏められた髪、水の流れに花が舞う浴衣の襟から覗く白い首筋は、ドキリと胸打つほどの涼やかな色香を放っていた――のに。
「惜しい! もうちょっとだ!」
 恋人のいつもと違う視線に気付かなかった鈍感少女は、『あの、大きな狐のぬいぐるみ……』と気恥ずかしそうにねだった様子は何処へやら。今は、外見のしとやかさを裏切る勢いで、ルムアの射的チャレンジへ豪快なエールを送っている。それどころか、うっかり予備の銃に触れてしまったのが運の尽き。
「よし、私もやってみるぞ」
 くるり器用に袖捲りして、いざ参戦。
 果たして結末は。
「クーさん、凄いです」
 見事、一発必中。
 華麗なクーの腕前に、カッコいいところを見せようと思っていたのも忘れルムアは目を丸くして。頼もしい限りなのに、歓喜の笑みは堪らなく美しく。
 そうすれば、自然と溢れ出てくる愛おしさ。藍色縞の浴衣の袖を舞わせてハイタッチをすれば、今度はさすがにクーにもルムアの今宵の想いは伝わる。
「金魚掬い、行ってみないか?」
「勿論です」
 もう少し、浸かっていたい夏の夜。金色の波に、揺蕩いながら。

 ピクリ。
 白黒ハチワレのウィングキャットの靴下柄の足が止まったのは、ボール掬いの屋台前。
「まぁ、鈴さん……あら、絹も気になりますか?」
 若雪に泰明、そして千鶴に誘われ合流した雪は、まずは千鶴の愛猫の様子に目を細め、更に己が半身である翼猫の反応に破顔する。
「千鶴さん、挑戦してみますか?」
「えぇ、雪様」
 見交わされる漆黒と紫の視線の思う処は同じ事。色とりどりのボールたちが浮かび流れる水槽の前に、二人は早速並んでしゃがみ込む。
(「折角ですので絹様とお揃いの物を……」)
「是非ともお揃いのものを掬い上げたいところですね」
 千鶴の願いは胸の裡。けれど雪の願いは音になり。聞いて吃驚、合わせ鏡の想いに千鶴の瞳は刹那、鈴の瞳のように丸くなった。
「全く、猫たちには敵わんな」
「猫さん達の無邪気さには心癒されるからね」
 少女たちの姿に泰明と若雪はくふりと笑い、彼女らがポイとの格闘に集中できるよう、暫し周囲の屋台を眺めてまわることにする。
「いい匂い」
 先に甘い香りにつられたのは若雪の方。惹かれるままに足を向けると、こんがりキツネ色に焼きあがったベビーカステラ。
「若、こっちも千鶴たちが喜びそうだ」
 後で分け合えるよう若雪が袋一杯買い求めれば、今度は泰明の目が屋台特有のオレンジ色の光にキラキラと照らし出された飴細工を発見する。
「本当だね、泰明君」
 まるでボール掬いに奮闘する千鶴と雪、そして掬い上げられるのを期待しているサーヴァント達の瞳の煌きを編んだようなそれに、若雪の表情も一層柔らかく解け。
 そうして土産を手にした青年たちは、しっかりお目当てのボールを手に入れた少女たちと改めて合流すると、今度は四人と二匹揃って社を目指す。
 ピーヒャララ。
 祭りもいよいよ終いが近いのだろう、響く祭囃子も名残を惜しむよう華やかに。
 帰路につく人らの波を掻き分け進む四人の足取りはゆるり。
 ――この先も、此処に平和な光景があり続けますように。
 シャンシャンと鈴を鳴らし、手を合わせる四人が願う事はまったく同じ。
 今宵の幸せにも感謝して。

●青の宵
 ただ眠っているだけに見えた少女は、ヒメが軽く揺すればそれだけで目を覚ました。
「ええと……藍里、かな?」
「……うん。あなたは?」
「ボクはメイ。調子悪いとか、無い?」
 たどたどしい会話。しかしそれは、ヒメが念の為にと妖精型のヒールドローンを展開した途端にリズムを変える。
「わぁぁ、凄い! 可愛い!!」
 元より好奇心旺盛な性質の藍里は、あっという間にヒメに魅了され。自分の身に起きた顛末も、両手をふるふる振るわせながら聞き入る始末。
「ね、ね! 他にも不思議な話はないの?」

「あんまり無茶しないようにね。家族が心配するよ」
「はい! ありがとうございました!」
 頼犬と虹も保護者として加わった帰り道、別れ際の頼犬の『大人』な助言に、藍里は勢いよく頭を下げた。
 見送れば、残る静寂。来た道を少し戻ると、青い灯が世界を幻想的に浮かび上がらせる。
 川の上を流れた風は、他より少し冷たくて。戦いの火照りが微かに残る頼犬の長く尖った耳の先を心地よく擽る。
「いい季節だよね」
 夏と秋の境、綯交ぜになった時節は独特の気配を孕み。
「虹さんはどの季節は好き?」
 問われ、虹は暫し逡巡。
「迷うな。頼犬殿はどうなんだ?」
 だが選べなかったようで、問い返すから。頼犬も、また迷う。だってどの季節にも捨てがたい魅力があるから。今宵の青のように。

「青鷺火は怪異と呼ばれていますが、精霊なのではないかと思います」
 志苑の呟きに、蓮は閉じた瞼の裏に青い炎を纏った鳥の姿を思い描く。刃を交えた敵であったが、元は人の興味。更に辿れば、古より伝わる噺。原初の『其れ』は、水辺の精霊だったかもしれない。
 幸いにして戦いの煽りを受けた灯篭もなく、蓮と志苑はゆるり青灯篭に照らされた道を歩く。
「足元には気をつけろよ……」
 川縁は星空を漂うが如く。不安な足元に蓮は志苑に手を差し伸べかけ――。
(「俺よりこっちの方がいいだろう」)
 夜闇より濃い漆黒の髪を靡かせる少女に、空木を添わせた。
「ありがとうございます」
 くすり笑った志苑は膝を折って空木の毛並を撫でる。そして再び立ち上がろうとして、気付いた。
「私と、お揃いですね」
 青い光に照らされて、蓮の赤い瞳が志苑の瞳と同じ紫に見えて。
「そうか」
 朴訥と応えた男は、少女と空木の少し前を歩き出す。
 青い宵の終わりは未だ時の向こう。
 ならば今暫し。余韻に浸り、この道をゆこう。変わる季節の感傷を、水音と少女の声に聞きながら。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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