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黄昏色に染まる街角。遠くにはわきたつ入道雲が見えている。どこかから風鈴の音も聞こえていた。
ふと振り返る少年。そこには異様な人影が立っていた。
派手な衣装を身に纏った道化師。おどけた仕草で一礼すると、彼はニヤリと笑った。いつの間にか、その手には黄金のナイフが握られている。
「さあさ、御覧くださあい」
大声を発すると、道化師はナイフでジャグリングをはじめた。笑顔を顔に貼りつけたまま。そして――。
突如、道化師がナイフで空を薙いだ。すると少年の首が切断され、地にぽとりと落ちた。
「うわぁ!」
少年がとび起きると、そこは見知った自室のベッドの中だった。
なんだ、夢か。
大きく深い息を吐くと、少年は胸を撫で下ろした。その時だ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
声がした。そして銀髪の女性が手にした鍵で少年の心臓を突き刺した。
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「子供の頃って、ビックリする夢を見たりしますよね」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はケルベロスたちを見回した。
「理屈は全く通っていないんだけど、とにかくビックリして、夜中に飛び起きたり。そのビックリする夢を見た子供が、ドリームイーターに襲われ、その『驚き』を奪われてしまう事件が起こっています」
ピエロ。
セリカはいった。
「その『驚き』を元にして生まれたドリームイーターです。生み出した第三の魔女・ケリュネイアはすでに姿を消していますが、ピエロの姿をしたドリームイーターを斃せば、少年は目を覚ますはずです」
ピエロが現れるのは少年の家の近く。時刻は黄昏時だ。
「ピエロはナイフでジャグリングをします。その妙技に驚いた者を襲うようです」
武器はナイフ。無数に生み出し、斬る投げるだけでなく、衝撃波を飛ばすこともできる。恐るべき殺戮手段の持ち主であった。
「子供の無邪気な夢を奪ってドリームイーターを作るなんて許せません。被害者の少年が再び目を覚ませるように、ドリームイーターを斃してください」
セリカはケルベロスたちに懇願した。
参加者 | |
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上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167) |
アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432) |
ベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171) |
ラズ・ルビス(祈り夢見た・e02565) |
空鳴・無月(宵闇の蒼・e04245) |
九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886) |
天王寺・ミルク(喰っちゃ寝ホルスタイン・e22454) |
天変・地異(全八種類・e30226) |
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「うーん……とにかく、何を見たらこのようなゆめができあがるんですぅ??」
身悶えするように唸ったのは十八歳の少女であった。黄昏の光に浮かび上がったその姿は実に艶かしい。豊満な肢体を惜しげもなくさらしている。
天王寺・ミルク(喰っちゃ寝ホルスタイン・e22454)。ケルベロスであった。
少年が見たという夢。それは道化師が少年自身を殺害するという不気味なものだ。
「確かに、幼い頃は夢の中の驚きそのままに起きたこととかあったような」
男が苦く笑った。黄昏の中でも鮮やかに輝くピンクブロンドの髪をもつ、貴族的な顔立ちの美青年だ。名をベルカント・ロンド(医者の不養生・e02171)という。
「殺人道化師。よくある、ネタだけど……」
淡々と、そしてつまらなそうに、その少女は呟いた。華奢な肢体の美少女である。でも、とベルカントは少女――空鳴・無月(宵闇の蒼・e04245)に目をむけた。
「サーカスのピエロって、場合にもよりますけれど、結構不気味だったりして、子ども心には驚くことも多いのでしょうね。だから殺人道化師という話も珍しくはないのかもしれませんよ」
「殺人道化師なんては危なくても見逃せないですぅ」
ミルクが訴えた。確かに殺人道化師などという悪夢存在は夢の中だけで十分だ。
「そうです」
ラズ・ルビス(祈り夢見た・e02565)という名の少女がこくりとうなずいた。
可憐な美少女である。が、どこか非人間的な印象がある。それは仮面めいた無表情の美貌のせいかもしれなかった。
ラズは続けた。
「子供を、襲う…卑劣です。このような目に合わなくてはならない理由なんて、一つもないはずです……。必ず、お救いいたしますから、それまでどうか、耐えてくださいね……」
ラズはいった。
そう。いかに人形めいていようとも、ラズの胸の中には他者を救いたいという優しき魂が存在しているのだった。
「ケリュネイア……」
幻想的という言葉の似合う美しい娘が唇を噛んだ。アリシア・メイデンフェルト(マグダレーネ・e01432)という名のケルベロスであるのだが、この時、すでに彼女には何もなかった。国も、縁者も、婚約者も全てを失っている。デウスエクスの大虐殺によって。
何もない。でも、彼女は戦う。それが独り虐殺を生き延びた意味と信じて。
未だ尻尾を見せぬ魔女、とアリシアは続けた。
「今はこちらが後手に回ってしまっていますが……いずれ必ず、仕留めます。……とはいえ、今はかの魔女が産み落としていったドリームイーターを排除するのが先ですね。幼き命。ここで無くすわけにはいきません」
アリシアの金茶の瞳がきらりと光った。と――。
彼女の耳には届かなかったが、くすくすと含み笑う声が流れた。声の主は妖艶な美少女である。名は上月・紫緒(テンプティマイソロジー・e01167)といった。
「驚く心が新鮮なの? ドリームイーターは驚かないの? 全てはモザイク、本人も知らない夢の中♪」
なんちゃって。紫緒は可笑しそうに笑った。
さすがに耳にとめた九六九六・七七式(フレンドリーレプリカント・e05886)という名の娘が顔をむけた。可愛らしい顔をしている。浅黒い肌の細身の娘だ。
そのことに気づいた紫緒が問うた。
「今回は問答無用で愛しちゃって――壊しちゃっていいんだよね?」
答えられず、無言で七七式は紫緒を見つめ返した。
愛と破壊。それは相反する事象である。それを同列のものとする紫緒の頭脳はいかなるものであろうか。
その矛盾にのみ七七式の注意はむいた。もし彼女がレプリカントでなかったら、紫緒の紅瞳にやどる狂的な光に気づいたかもしれぬ。
この時、七七式は機械的に作戦を演算、反芻していた。
「作戦目的。甲、ドリームイーター殲滅。乙、一般人少年の救出。作戦概要。甲ハ『驚いた対象を攻撃する』習性ヲ所持。ソノ習性ヲ利用シ『攻撃先の誘導』ヲ行ウ」
同じ時、黄昏の空を舞う影があった。
人だ。二十歳ほどの若者である。が、その背には蝙蝠のものに似た――ドラゴンの翼があった。その翼により、若者は飛翔しているのである。
若者の名は天変・地異(全八種類・e30226)。八人めのケルベロスであった。
「ピエロのドリームイーターめ。どこにいる?」
地異は下界を見下ろした。黄昏の光に染まる街路に人影は少ない。地異は歯噛みした。
「子供の夢を奪うことがピエロの仕事かーッ、爆破だ!」
これは内緒であるが、地異はサーカスが好きであった。いつかサーカスの団員に、と憧れすらしていたのだ。それなのに――。
「うん?」
地に朧にうかんだ魔影を見とめ、地異は目をすがめた。
●
地異からの連絡をうけ、ケルベロスたちは馳せた。そして道化師の魔影を見とめると、彼らは足をとめた。
そのことに気づいたか、道化師は顔をむけた。するすると接近する。そしておどけた仕草で一礼した。いつの間にか、その手には黄金のナイフが握られている。
「さあさ、御覧くださあい」
大声を発すると、道化師はナイフでジャグリングをはじめた。笑顔を顔に貼りつけたまま。
「わ、上手……」
驚いたように無月が目を見開いた。
「あはっ」
紫緒がくるりくるりと楽しそうに舞った。
「ねぇねぇ、その曲芸みたいなナイフさばきどうやってるの? 私にもそれのやり方教えてくださいな♪」
「では」
道化師がニヤリとした。刹那、全身が総毛立つのを無月は感じた。
咄嗟に無月は跳んだ。が、遅い。目に見えぬ刃が彼女の身体を切り裂いた。
黄昏に散った血飛沫を目にし、地異が舞い降りた。
「こんなピエロなんて爆破だッ、爆破!!」
地異の口から紅蓮の炎が噴出した。鉄すら溶かす凄まじい熱量だ。
が、ひらりと道化師は炎から逃れた。舞うように軽やかに。
その時だ。季節外れ吹雪のごとく花が舞った。流れる歌はベルカントのものだ。その声には高密度の魔力が込められていた。
道化師の動きは速い。そうと見たベルカントの超越の業である。名づけて天花演舞曲。
瞬間、道化師がナイフを放った。ベルカントががくりと膝を折る。
ものすごい脱力感。ナイフが彼の胸を貫き、鮮血を噴いている。血とともに彼の生命力が流出しているのだった。
道化師が嗤った。嗤ったように見えた。新しい玩具を与えられた子供のように。
と、金色の光が散った。道化師が無数のナイフをジャグリングしているのである。
その驕りともとれる所作が生み出した隙を、七七式は見逃さなかった。その手の超鋼金属製の巨大ハンマー――ドラゴニックハンマーを形態変換。砲撃形態にし、彼女は砲弾を撃ちだした。
道化師は着弾位置を一瞬で読み取り、またもやひらりと舞った。
が、さすがに今度は躱しきれない。爆風に巻き込まれ、吹き飛ばされる。
まばたくほどの刹那、時が止まった。
「まだですよ」
紫緒が花のように笑った。刹那、またも爆発音が轟き、地に紅蓮の花が開いた。が――
「うん?」
紫緒は目をすがめた。爆炎の中に道化師の姿はない。わずかに離れた位置で当消しは軽やかに舞っていた。あらゆる攻手をいなす忌むべき舞踏である。
「これは?!」
アリシアは目を瞠った。道化師の回避能力の高さに瞠目したのである。これでは仲間の攻撃を当てることは難しい。
輝く四枚の羽をひろげ、アリシアは妖精弓をかまえた。同時に全身の装甲から光輝くオウガ粒子を放出。矢にまとわせて放った。
光と化した矢は幾条にもわかれ、仲間の身に吸い込まれた。与えられたオウガ粒子がケルベロスたちの超感覚をさらに増幅させる。
「まずはこれで行くですぅ」
増幅した超感覚を試すかのようにミルクが動いた。獣のものと化した拳を道化師に叩きつける。
が、むなしく拳は空をうった。獰猛な重力波が空をかけ、地をえぐっていく。
得意げに口の端を歪めた道化師であったが、その表情は腹をえぐられた感触に、醜く凍りついた。
彼の足元。そこから槍が生えていた。いや、正確には固定された座標軸に槍が召喚されていた。その槍が道化師の腹を貫いたのである。「足元……注意……。……もう遅いけど」
何の気負いもなく無月が告げた。
摩天槍楼。素早い道化師を仕留めるべき講じた彼女の一手であった。
道化師の派手の衣装を黒血が汚す。が、それでも動じた様子もなく、嘲笑を白粉を塗りたくった顔にうかべ、道化師は踊った。その手の――いや、手に握られたナイフが生み出した烈風が宙を切り、守るべきものを庇うために前にでたラズの身体を容赦なく斬り裂く。
仰臥した彼女が見たものは、黄昏に輝く曙色の光彩だ。
背を向けた道化師の死角を、ベルカントが捉えていた。ピンクブロンドの髪を翻らせ、彼は肉薄している。真一文字に突き出された鋸状の刃は、道化師の背をぎしぎしと砕き、魔性の肉体を引き裂くに至った。
声にならぬ悲鳴をあげて、悪夢存在たる道化師が激しくもがく。しぶく黒血は瘴気と変じて空に消えた。
「何も考えずに愛をぶつけられる相手って、こんなにも心が躍るんですよ♪」
ぬうっと。紫緒が道化師の眼前に現出した。くすくすと楽しそうに嗤う。そして、歌う。そして、舞った。
「私はアナタを愛し、憎みます。私の愛で、私の憎しみで、アナタを滅ぼします。さようなら♪」
殺伐とした戦場に、紫緒の歌声が流れた。場違い――ではない。その歌声も殺伐とした。何故なら、紫緒の歌声は地獄そののであるからだ。
不可視の破壊が道化師の存在そのものを蝕んだ。破滅への序曲は奏でられたのである。
体勢を崩した道化師にミルクが迫った。黒白の影の接近は疾風のよう。
「面倒くさいですぅ。早く消えてくださいですぅ」
ミルクは跳んだ。そしてた体躯には不釣合いにも見える長大な斧を、彼女は力の限り振り下ろした。
鈍い衝撃が空気を震わせる。盛大に吹き上がった黒血が、辺りをしとどに濡らした。硫黄のものに似た臭気に、ミルクは眉をひそめ、地異はたまらずえずいた。そして――。
悪夢存在の嘲笑は未だ途絶えず。狂気のにじむ黄昏は狂おしく深まりつつあった。
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道化師の手が舞った。視認不可能な速度で動いたそれは、ケルベロスたちですら見とめることはかなわない。
機関砲弾のように無数のナイフがとんだ。さしものケルベロスたちも躱すのは不可能であった。
鉄板ですら引き裂く衝撃にケルベロスたちが吹き飛ばされた。地に叩きつけられ、それでも受身をとったのはさすがである。
顔を上げた彼せは見た。再び道化師の手が消失するのを。
次の瞬間、雷光が散った。そして、地にナイフが落ちた。弾き返したのは雷気の障壁である。ラズだ。
「私たちケルベロスに同じ業は通用しません」
「そして、私たちは倒れません」
アリシアが手をあげた。その手中に光り輝く宝剣が現出する。
「我が身に宿る祝福よ、その真価を今ここに。我が身は以て、死という征服者から逃れ出でる!」
アリシアが宝剣を振った。剣先から流れ翔ぶ光がケルベロスを包んだ。と、見る間にケルベロスの負った傷が癒えていった。
十三の祝福の一つ、復活。アリシアが扱うことができる十三のルーンの一つである復活のルーンから限定的に力を授かり、癒しの効果を与える魔術であった。
「きさま、まだ……」
地異は唇を噛んだ。
道化師の役目は笑顔を与えること。それなのに笑顔を奪うとは、なんたる様か。夢を忘れた道化師。ならば、お前を夢へと還してやろう。
「燃やし尽くしてやるぜ」
地異の身体に装備された砲台が道化師をロックオンした。焼夷弾をばら撒く。地獄の業火を思わせる猛火が道化師を包み込んだ。
と、猛火が消えた。道化師の放った衝撃波が吹き散らしたのである。黒々と焼けた路上に、焼けただれた道化師の姿があった。
落日に照らされた光景は酸鼻だが、どこか美しい。それはケルベロスたちの命からたちのべる炎の美しさであるのかもしれなかった。
が、その幻想的な風景に見蕩れることもなく、ただ七七式は冷静に、冷徹に、機械的に状況を分析、結論を下した。現段階における最良の戦術を。
七七式は駆けた。ゲシュタルトグレイブ――アスガルド神により創造された『選ばれし者の槍』を舞わせて。
道化師が手を振った。弾丸のように唸り飛ぶナイフを、しかし七七式は躱した。が、頬をかすめたナイフの衝撃波により、彼女の頬に亀裂がはしる。
機械のように滑らかな動きで七七式は神槍を繰り出した。迅雷の速さの刺突。さすがの道化師も躱すことはかなわなかった。雷気をからみつかせた槍が道化師の腹にぶち込まれる。
鋭い槍は魔性の肉体をえぐった。のみならず叩きつけられた膨大な破壊の熱量は魔性の肉体を粉砕、雷気はそのまま疾りぬけ、空間を焦がした。
ふいに、七七式の白い喉に黄金のナイフが突き立った。腹をぶち破られてもまだ道化師は動けるのだ。ニッと道化師は嗤った。
がくりと七七式は膝を折った。回路が絶たれている。これでは動けない。
刹那、小さなドラゴン――シグフレドと宝箱型の擬似生命体――エイドか跳んだ。道化師と七七式との間に身を挟み、双方を強引に引き離す。
その時、道化師がナイフをジャグリングした。その手が消失し――ぴたりと道化師の手がとまった。その身を数本の槍が貫いている。
「……足元……注意……いったはず」
冷たく無月は告げた。
その眼前。道化師の顔にはりついていた不気味な笑みは消えた。そして、日は沈んだ。
●
「まぁ、とりあえずは、夢の段階でよかったと思いますぅ」
安らかな薄闇の中、ミルクは胸をなでおろした。
道化師は消滅した。悪夢は去ったのである。
「馬鹿が」
地異は吐き捨てると、
「正義が勝ったが、まだこれで終わりじゃないだろうな」
「ええ」
険しい顔でアリシアはうなずいた。
生み出されたドリームイーターは斃した。が、生み出した魔女、ケリュネイアはいまだ健在だ。魔女がいる限り、今後も悪夢は生み出され続けるだろう。
「今回は手はとどきませんでした。でも、きっと追いついてみせます」
アリシアは独語した。そのトパーズの瞳にやどるのは決然たる光である。
「それはそうと」
街の修復を中断し、ベルカントは振り向いた。
「少年は……大丈夫でしょうか?」
「私が」
薄闇の中、ラズは駆け出した。少年のために。回復に電気ショックを使うのは……ご愛嬌だ。
作者:紫村雪乃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年9月6日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 1
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