●妖精だって楽じゃない
室内とは思えない程に、その店の内装は凝っていた。
月色の小さな扉を潜ると、水のせせらぎや虫の声がBGMとして聴こえる。
下草が敷き詰められた地面に、きのこや石、花を模したテーブルセットやソファ。
頭上には月のつもりだろうか、丸い球体が照明として吊るされている。
中央程には人工池があり、睡蓮がボートのように浮かんでいて。
妖精達が楽しめるよう、月の光の届く切り株の上では音楽が流れダンススペースがあったり。
水晶を加工して作った水盤は触れる度に虹色に輝き、今日の運勢や相性占いを乙女チックに告げてくれる。
色とりどりの硝子玉は、おはじきをたのしむ為のもの。
そして、草木などの縮尺は実物大ではない。ずっと、本物より大きくなっている。
だからこそ、きのこを椅子にしたり、花弁をテーブルにしたり出来るのだろう。
まるでテーマパークの一部のような、凝った作りだ。
「小さな妖精の世界を再現した、今はやりのコンセプトカフェ。これはいけると思ったのよね……」
暗い顔で項垂れる女は、背中に作り物の妖精の羽根を背負って、ひらひらのドレスを着ていた。
「なりきりが肝心なのよ、リアリティが大事じゃない! 折角だから妖精気分は満喫してもらわないと!!
まず席に着く前にちゃんと着替えて! 携帯とか弄るのやめて妖精なんだから!!!
………なんていってた前の私のばかばかばかばかばか。だから潰れちゃったのよう……」
とぼとぼと、こちらもメルヘンチックな調理場に戻って片づけ始めたところで、背中にずぶりと鍵が刺さる。
心臓を、一突き。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
作り物の妖精は、意識を失い。――代わりに生まれたドリームイーターは、それこそ妖精のような姿だった。
緑と黄色の衣装に、頭にはきのこを飾った帽子。愛想よく、彼は客引きを始める。
扉の前で大きく撒くは、金の粉。
「ようこそ、フェアリーランドへ。君も今日から、妖精だ!」
●みんなで妖精になろう!?
「今日もお疲れさま。――じゃあ、始めようか」
招集に応じてくれた皆へと一礼すると、トワイライト・トロイメライ(黄昏を往くヘリオライダー・en0204)は資料を手に口を開く。今回彼が説明するのは、第十の魔女・ゲリュオンが引き起こしたドリームイーターの事件だ。
「飲食店は経営が難しいとはよく聞く話だけど、とあるカフェが潰れ――『後悔』をした女性がいる。そこに付け込んだ魔女により、後悔を元に現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしている。
夢を奪われた店長は覚めない眠りに陥ったが、このドリームイーターを倒せば目を覚ますこともできる筈だ」
都内にあるそのカフェは、『フェアリーランド』という。妖精を体験できるというコンセプトが売りだったのだが、あらゆる意味でやりすぎてしまった結果あっという間に潰れたらしい。
何しろ、妖精らしからぬ格好で着たものにはレンタル着替えを要求し、中でも電子機器などコンセプトに合わないものは禁止。スマホを取り出すとそれだけで退店だとか。
その分、内装や仕掛け、メニューもなかなかに凝ってはいるようなのだが。写真を撮ろうとスマホを出した時点で、妖精じゃないとばかりに追い出される店に行こうという者もなかなかいない。
ドリームイーターは妖精の姿をしており、悪戯めいた状態異常を仕掛けてくるとのこと。
「入り口で客引きしているドリームイーターにすぐ戦闘を仕掛けてもいいが、敢えて店に入ってサービスを楽しむという手もある。
何しろ、サービスを楽しんでくれるとドリームイーターは満足して本来の力を出せなくなるらしいからね」
「それに、被害者の方も前向きな気持ちになれるそうよ? 幸い、今向かったらお客さんは居ないから。私も、是非お手伝いさせてほしいわ」
鳴咲・恋歌(暁に耳を澄ます・en0220)は、楽しげにそんな言葉を足したりもする。
「やり方は君達次第だ。何より、無事に帰ってくるように。ではね、――いってらっしゃい」
トワイライトは最後に皆の顔を一人ずつ見渡して、穏やかな笑みでケルベロス達を見送る。
参加者 | |
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八代・社(ヴァンガード・e00037) |
シュゼット・オルミラン(桜瑤・e00356) |
来栖・カノン(渡り竜・e01328) |
ミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579) |
幾島・ライカ(スプートニク・e22941) |
セデル・ヴァルフリート(秩序の護り手・e24407) |
ミュルミューレ・ミール(ヴァルキュリアのミュージックファイター・e24517) |
ヒストリア・レーヴン(鳥籠の騎士・e24846) |
●月夜の招待
歓待に撒かれる金色の粉は、つかの間夢を現に留める魔法の光。
そうして衣擦れの音と共に妖精達が訪れる――。
シュゼット・オルミラン(桜瑤・e00356)は夜の髪に月下美人を咲かせ淡い月の絹を重ねたエンパイアドレスを纏い、静かな囁きでこう告げる。
「秋風の訪れの前にこうして降りて来てしまったの。折角だから――地上の蜜を、分けてくださらない?」
「勿論さ、麗しい妖精の御方たち! さあさあ、月夜をお楽しみ下さいませ」
興を心得た一行に、店主は満面の笑みで室内へと招き入れる。
さあ、一夜の夢を始めよう。
来栖・カノン(渡り竜・e01328)が動く度、髪に似合いの淡い水色の衣装が雪白のフェイクファーで縁取られひらりひらりと柔らかく揺れる。髪には結晶を模した髪飾りで。
「にゃんしいどれにしようかな…? カノンちゃんなんにする?」
メニューを手に問いかけるのは、甘い色の桜で髪を飾り、桜色のレースやフリルで飾られたニャシア。いとけない少女達がメニューを覗き込んで話し合うのは、飾っておきたいような愛らしさだった。
「むぃー、悩むなぁ……」
雪の妖精だからジェラート、と決めた先に味に悩む少女は結局店主にお任せを。
とろける金色パンケーキと、桜とバニラ、そしてメロンジェラート三種盛りに少女達は歓声をあげる。
「とてもあまあま、とても美味しそう! ――カノンちゃんも一口、食べる??」
「ボクとにゃんしいさんと、ルコのジェラートも交換なんだよ!」
おなか一杯、甘いものを食べながらおはじきも楽しんで。小さな色硝子を指先で弾けば、少女達の歓声も弾けるばかり。
夏の宵を楽しむは、過ぎゆく季節の妖精達。
白と水色で揃えた衣装、ホットパンツからすんなりと足を覗かせ雪花のストールに身を包む冬の少女に、軽やかなシフォンブラウスにリボンや花を咲かせる春の青年。
とてもお似合い、と衒いなく伊吹が告げれば、ミルラ・コンミフォラ(ヒースの残り香・e03579)も少しばかりの照れを映した橙色の瞳が灯るように綻ぶ。
「冬は花の蜜も貴重だし…こうして頂けるのは嬉しいの。春夏は花が豊富で羨ましいのだわ」
「ふふ、花の恵みを楽しんで。――僕は春の花のハーブティを。春の陽気が溶け込んでいるから、身体が温まるんだ」
春の次は冬の味。氷の精のお手製を少女は嬉しげに勧めて。
「氷の精のジェラートは冬の魅力のひとつよね」
舌で優しく溶けていく林檎味。冷気をぎゅっと押し込めた故の凛とした甘さ。
気になると意見の一致したチーズは柔らかで芳醇な甘みに仄かな酸味が混ざる品。飾りに、紫の花を添え。
リボンとレースに縁取られたドレスに透ける妖精の翅。艶やかな甘い色の髪を掻き上げる指先の白も冴え冴えと紡は微笑む。
「本当に、ライカは妖精みたいだね」
「魔女さんはもうもうすっごく素敵です!」
幾島・ライカ(スプートニク・e22941)の肩を見せるドレスは夜の色。彩る銀糸に銀鎖、真珠が流れて揺れる。帽子に長手袋も夜と銀、ただショールだけは天河の如く。揃いの翅は未だ小さい。
照れながらも青色を輝かせ、ライカは両手を広げ掛け値無しの賞賛。何処かに行ってしまわないようとその指を攫うは紡の手腕だ。
占いの水盤は天地に花咲く幸福の縁と告げて見せる。
「今夜は星の導きと水の妖精のご加護があるやもですよ」
「たくさんここで過ごしたら妖精さんの祝福がくるかしらん」
紡の戯れる横顔に見上げる色は憧憬。蓮花の上でいつかを望み、今を楽しむ。
魔女の祝福を。沢山の幸いを、君に。
魔女の祝福を。優しい夜と星空を、幾重にも幾千にも。
シアのミニドレスは南瓜色でひらひらふんわり。南瓜ぱんつの覗くスカートだって柔らかに膨らんでいる。小さな素足は、足首に南瓜つきリボン。
「ぴー。社くんの妖精さんかわいいカナー。みてみてっ、シアも妖精さんだよ!」
フリンジ付きブラウンのボトムに瑞々しい緑を合わせる偉丈夫は、八代・社(ヴァンガード・e00037)だ。鍛えられた体のラインも相まって飾り翅で木の妖精めいた彼はシャープな印象がある。その面差しが翅を揺らし花開くよう回る少女を見て綻んだ。
「お前の方が可愛いよ、シア」
小さな手を引き、エスコート。メニューを見えるように開いてやり。
「うーん、うーん…ストロベリーの雲さんがいいカナー」
花の蜜に金色パンケーキ、サービスは勿論南瓜の焼き菓子。
「あまあまでおいしいねーっ」
きのこに座り、もちもち世にも幸せそうに頬張る少女を眺めながら社は仮装パーティの算段を。周囲に意識を向けた瞬、ふっと目を細める。
「そら、妖精の音楽が始まるぜ――」
●夜の音楽
ヒストリア・レーヴン(鳥籠の騎士・e24846)と弟のアルノルト、背格好は似ているのに受ける印象は全く異なる騎士と鳥。けれど、今日は揃いの音符を付けて歌の妖精に。
「ヒース、とっても美味しい。それに、よく似合ってるよ」
全身から零れるみたいに喜びを滲ませてアルノルトが笑ってくれたら、面映ゆげに首元を直していたヒストリアも喜色を込めてそうかと頷く。
「良い夢に、私達音の妖精から礼を。月の光と共に」
「ええ、音の御方達に寄り添わせて頂くわ」
ステージに立つと、其処には白のピアノとシュゼットの姿。彼女は微笑み、指先を羽ばたくように動かし始める。
アルノルトは兄の手をそっと握る。励ますように握り返される指があって、だから声は歌になる。優美な旋律に合わせて紡がれるのは、可憐な歌声。常には自分しか聴けない歌に、ヒストリアも寄り添い重なり彩を為す。フォルクローレに似た不思議な響きの音楽は、ピアノの調べに乗って何処までも染みていく。
「ぐーてんあーべんと!」
ミュルミューレ・ミール(ヴァルキュリアのミュージックファイター・e24517)の、声が無邪気に響く。
月光を分けて貰いに来たのだと薄碧色の翅持つスノーフレークの妖精は微笑む。白のチュールスカートに緑のトップス、釣鐘花弁のランプを引き連れて。
寄り添う挨拶は、黒薔薇の妖精。赤と黒のディアンドルは刺繍も鮮やかに、ユルは薔薇の砂糖漬けを気儘に摘まむ。パンケーキに夢中な少女に目を瞠ったりしながら。
「花の精なのね。とっても愛らしいわ」
挨拶に来た恋歌は席を勧められる侭にお茶を。
「ラベンダー畑ではお世話になったわね」
「まぁ! ユルだけずるいのミュルもお花畑みたかったのですよぅ…」
拗ねる彼女を宥めユルが口にするのは、またいつかの話。そう、来年も一緒に居るのだから。
「ふふ、ユルさん最高に格好良かったわ。またご一緒出来たら素敵ね」
お喋りは尽きず、――けれど、歌が聴こえたら。
「ねぇユル、なんだか胸がギュッとあついの」
記憶は遠く、ただ掻き立てられる想いがあって、ミュルミューレは小さく胸を押さえる。
切なげな様子に物思いじみて目を伏せるユルは、けれど最後には背を押す。明日の為に、今日を歩めと。
演奏を終えたシュゼットに流れる風を纏うような衣装の恋歌がうっとりと感嘆の息を落とすと、微笑む彼女は水占いの誘いを。
水盤が示すは出会いを寿ぐ優しい旋律。結果も、桜色の唇が紡ぐ言葉も密やかに。
「あら、セデルさんは氷の精なの? 羽根も、とっても綺麗だわ」
セデル・ヴァルフリート(秩序の護り手・e24407)が扮するのは、硬質に澄んだ氷の精。青を基調にしたレオタードに淡い色のスカートはシフォンで透けて衣擦れの音も優しく響く。その姿に惹かれた恋歌に、セデルは頷いて周囲の様子を見渡す。
「地球文化にはこういった物もあるのですね」
「妖精はね、憧れだったわ。今は、こんなに近いけれど」
ヴァルキュリアの羽根も素敵と恋歌は悪戯っぽく笑う。妖精も天使も、すぐ傍に。
「氷の君に風の君、お飲み物は如何かしら」
「是非、いただきましょう」
妖精同士のさざめきの合間、店主にシュゼットが向けるは悪戯めいた囁き。
春の女神の逸話を引いて柘榴をと問えば所望の柘榴茶に添えられたのは、件の果物を一粒。夏の終わりまで花を留めよとばかり。
けれど、夢は留まらない。
儚いそのひと時に、セデルは睡蓮のボートまで歩みを進める。すとんと腰を下ろすと、幾重にも薄く揺らめくシフォンスカートは花咲くように広がっていく。澄んだ水面に映るは妖精の戯れに、己の顔。
「こうしていると、懐かしいですね、本当に……御姉様……」
重なり描くは家族の姿。目を伏せる束の間、浮かんだ面影は追えば遠く、願えばますます遥か向こうに。
また始まる優しい調べに彼女は耳を澄ます。もう少しだけ、この夢を。
●夢の終わり
「ごちそうさまなんだよー!」
きちんと手を合わせるカノンの声を皮切りに、会計はそれぞれに終わる。自然に集う皆は、入り口を目指すのではなく。
「素敵な夢だったよ。――だから、その夢、返して貰おうか」
ミルラの穏やかな眼差しに、強い光が宿る。それは、彼の胸に翠の炎が灯るよう。髪を飾る花はたおやかな春でなく棘持つ茨に変じて、褐色の腕に絡みついた。黄金の光は穢れなく仲間達を包むもの。
「……お前が後ろ髪を引いてたんじゃ、いつまでたっても前に進めねえ奴がいる。消えてもらうぜ、『後悔』よ」
漂う紫煙は、消えゆく夢の送り火に。醒めた口許を引き上げ、社は抜き出した銃を手の中で綺麗に回してみせる。掌に収めた時には既にトリガーが引かれていた。
放たれた銃弾は、瞬にして六。その全てが刻まれた魔術回路により集約と増幅を繰り返し拳へと注ぎ込まれる。投射術式による変換を経て、蒼い光を宿した拳は真正面より駆け抜けざまの拳を叩き込む。そう、敵を穿つのは銃弾ではなく――銃弾よりも疾く駆ける閃光である。
「妖精国に銃火器禁止!!」
緑の衣装を纏った少年じみたドリームイーターは、毒々しい茸を逆上してか社を中心にぽいぽい放り投げる。
「禁止の禁止でありまっす!」
茸爆弾をばしんと撃ち落としに躍り出るのはライカ。それでも胞子は彼女を襲って、触れた場所から発火する。
「我が役は兵站。皆様の悪影響は私が排除します!」」
セデルも果敢にミュルミューレを背に庇い、更にはサーヴァント達が炎を嫌がっているのを見れば紙兵を撒いて熱を払う。リィクもその横で羽ばたいては清浄の光を齎し、ライカと揃いの銀鎖や真珠で飾られた小麦粉がペンギン水浴び動画を流せば皆の炎も冷めていく。
「夢を、夢を…永遠に!」
呻く異形を見据えるはシュゼットの澄み渡る青色。たおやかな笑みを明確な否定に変えて。
「夢のひとときを壊したのは私達? ――いいえ、それは貴殿よ、夢を喰らう者」
恋歌が励ましの歌を口ずさめばシュゼットは雷の壁を編み上げる。纏わせるは後衛に。
ヒストリアが奏でるもまた、歌だった。意味を言葉で伝えず、歌詞が示すはただ旋律、どこまでも遠く澄んだ、心の深いところにしんと響く呪い歌。皆が心を整える音を終えると、ぽつりと口にする。
「癒しは十分だ。――満足したか、夢喰らい」
彼らが思う存分過ごしてくれたから。尽きぬ筈の後悔は、満たされてしまうのだ。
「楽しいひとときをありがとう御座いました」
ミュルミューレが名残を惜しむ勿忘草色で静かに異形を見る。パンケーキは美味しくて、とっても素敵な時間は、お終いになんかしたくない。けれど、人を害する夢は――終わりにしなくちゃいけない。
「はいっす、どうか――輝きを乗せて!」
想いは、同じ。ライカは真っ向から踏み込むその背中に、眩しき宙を重ねる。遥か彼方に無限に広がる可能性、その憧憬。夢喰らいに見せる彼女の夢は綺麗に――星の輝きを注いでいく。
確かに受け取ったミュルミューレはお覚悟を、と小さく囁いて宙を舞う。金を靡かせ、異形へと。光の粒子が月下に終焉のロンドを踊る。
「だったら、思いっきりいくんだよ!」
カノンが身軽な動作で走り出せば、羽根が風を孕んで飛び上がる。きゅいと鳴くルコが羽根に鼻先を擦りつける癒しは立ち止まらずに受け取れた。だから、勢いをつけて思いっきり飛び上がり――急降下。重力を撓めた一撃は、言葉通り遠慮なく異形を蹴り飛ばす!
●夢の行方
尖らせた葉は鋭利な凶器。常軌を逸した勢いで襲い掛かる刃物に、セデルは正面から腕の装甲で受け止める。
「この程度耐えられます! 負ける気は、しません」
装甲が軋み、刃が届けば肉を断たれようともセデルは毅然と言い放つ。
「ええ、お怪我は直ぐに――」
戦場に彩を添えるは、馨しき花の香。
シュゼットの手元で杖が一振り、桜に宿るは雷の力――セデルの傷に生命力を直に注ぎ込む癒しが届けば、一瞬の苦痛は瞬時、和らいでいく。重ねるはミルラの黄金、どのような傷も残さぬとばかり。
実際、戦況は優勢だった。攻守に長ける布陣に分担も行き届き、隙がない。
「戦いの立ち位置が覚束ないようであります!」
以前の戦場でも感じた事実。ポジションの恩恵を敵は受けていない。だから、ライカは躊躇わず追い風を生み出す、――いや、自身が風となる。仲間を庇い、石化の呪いを腕に受けながら未だ動く足が跳ねて、遥けき星の如く突き刺す鋭い蹴り。
「私も、攻め手に回る」
次いで好機を切り開くのは、ヒストリアが掲げる身の丈を超す程の槍。誉れの武器が轟かすは雷鳴。踏み込みの手前、純白の尻尾が目の前をよぎった。
主への挨拶はそれで果たしたとばかり、優美に羽根を揺らす猫は先んじての引っ掻き、その間合いを心得たタイミングで打突は異形の胸を束の間縫い付ける。
「さて、閉店時間のようだぜ。店じまいを手伝おうか」
切り開いてくれた仲間と、これから畳みかける仲間達への呼びかけは応じられると知っている。だから、躊躇わず彼は、追撃の一手を選べた。ただ、腕を自然な動作で上げただけで銃口は寸分の狂いもなく照準を合わせる。撃鉄に指先を宛がい、静かな呼吸。反動を受け止める頃には、会心の銃弾が腹を貫く。達人の技量、磨き抜かれた技術の集大成。
再度、爆発する胞子を纏った茸が投擲される。その勢いは、報復の如き圧を増して襲い掛かり――真っ先にサイレントが待ってましたとばかり請け負って爆発する。ヒストリアも腕を交差させ危なげなぐ庇い受け、セデルも割り入る。
「聖なる光よ、彼の苦しみを解き放ち給え」
自らのビハインドの相変わらずの調子に息を一つ吐くも、傷が浅いわけでは無い。無数の演算を一瞬で、ドローンが盛大に飛び立ち彼女の意のままに癒しを撒き、不調を和らげる。
前衛達の頼もしさに薄く目を細め、ミルラは冷静に戦況を把握する。攻撃の手法、ダメージ。異形は不調を植え付けようとしてはその端から癒されていく様は、ジャマーとして立つのが最適解だったろうと知れた。なればこそ。真価は、ミルラが示そう。
「――さぁ、踊ろうか」
彼に宿る茨は主の名に従い、花を散らして敵へと巻き付く。腕に、足首に、腹に、胸に。死ぬまで踊らせるかの如く、異形は身を捩れば捩る程、茨が巻き付き幻惑の香りが高まるばかり。迷子のようにとろりと、夢喰いの瞼が落ちる。
「お願いルコ、どうかボクに力を貸して……!」
少女の願いに、竜は応える。一人と一匹が踊るように寄り添いながら、やがてその影は一つに重なるように。強大にして、絶大なる威。竜が持つその強さを我が身に宿し、大きく翼を広げたカノンは虹を纏い、その身を躊躇なく敵へと叩きつける! 潰えていくは、夢喰いの末路。だからこそ、終止符を。
「――澄慕え」
終わりの仕上げは、星のいらえ。シュゼットが紡げば天に皓々たる輝きは、雨の如く降り注ぐ。届けばその眼差しを澄ませ、眸は遠くを見据えることが叶い。
「参ります。――サマースノーを、お届けなのです!」
受け取った証に示すは、ミュルミューレの巨大なハンマー。小さな体は大きなステップで、羽根がひときわ輝き飛び出していく。尾を引く軌跡は薄碧、妖精めいた少女は思い切り振りかぶり、支援に研ぎ澄まされた一撃は最高の手応えて夢の残滓を打ち砕いた。
壊れてしまった内装を、社は癒して片づけていく。この店ならばヒールの修復も、より彩を添えるだろう。
「いつか出直して欲しいな、店長にはさ」
呟く瞼の裏側に浮かぶは少女の笑顔。作られる店は、きっと彼女のおうちを増やす。
「夢から覚める時です。けれど、きっと少しは良い未来が待っているはずです」
店長を癒す傍ら、セデルも頷き交じりにそう答える。
「とても、とても、美しくて楽しかったわ」
朝方に見た美しい夢を思い起こすように微笑むシュゼット。目が覚めたら、伝えよう。素敵な魔法だったと。
各々に片付け癒しながら心はきっと同じだった。だって、夢喰いが満足してしまうくらい――沢山、たくさん楽しんでくれたのだから。
「やり方を変えて、もう一度再建するなら。――遠慮なく、使ってくれ」
夢から覚めた店長は何かに洗われたようなすっきりとした顔で、ヒストリアからケルベロスカードを手渡される。胸に、そっと掻き抱いて。
「皆が、笑ってくれる夢を見たの。妖精の夢を皆で、――一緒に見たかったのよ」
ぽつり、落とされた呟きは幾人かに届いたろう。そうして、またいつか、もしかしたら。
少し寂しい月夜の晩に、優しい夢が見たい日に。
妖精の国から招待状が届くだろう。
今度はもっと、自由な夢を。
作者:螺子式銃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年9月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 1
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