旦那が画面から出てこないのよ

作者:狐路ユッカ


 ユリコは、0時丁度にスタートボタンを押すためにパソコンの前に正座していた。
「ホントなわけないけど、ホントだったらすごいよね……」
 彼女が起動したゲームは、とあるインディーズのメーカーが作った乙女ゲームである。画面では美しい金の髪の王子様が優しく微笑んでいた。
「0時ちょうど……0時ちょうどにスタートボタンを押すと、アンテレ様が現れる……馬鹿げてるけど、ほんとなら」
 だって、本気で大好きなんだもん、とユリコはつぶやく。
「3、2……」
 カウントダウンの声が静かに部屋に響く。いち、とユリコが言った瞬間、彼女の背後から大きな鍵が彼女を貫いた。ユリコは声もなく、その場に崩れ落ちる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 第五の魔女・アウゲイアスは、ユリコを見下ろし、淡々と告げた。その傍らには、たった今生まれた『アンテレ様』の姿をしたドリームイーターが優雅な笑みを浮かべて佇んでいた……。
「コンバンハ、僕ノお姫さマ」


「都市伝説かぁ……ゲームが都市伝説になるなんて時代というかなんというか」
 秦・祈里(ウェアライダーのヘリオライダー・en0082) はうーんと考え込んで、それから説明を始める。
「ゲームにまつわる都市伝説に強い興味を持って、それを調査というか……実践しようとした子が『興味』を奪われてしまったんだよ。『興味』を奪ったドリームイーターはもう姿を消したみたいだけど、奪われた『興味』を元にして現実化したドリームイーターが事件を起こそうとしているんだ!」
 そのドリームイーターの姿をスケッチブックに一生懸命描き、祈里は首をかしげる。
「あれ? カッコいい王子様なんだけど、ん、うまく描けないなぁ。金髪で、目のところにモザイクの目線が入っていて、怒ると口が裂けるんだよ!」
 説明だけ聞くと恐ろしい。どこがカッコいいのだ。
「被害が出る前に、みんなに倒してほしいんだ。ドリームイーターを倒せば、被害者の女の子も目を覚ますよ! お願い!」
 ぎゅっと手を組むと、祈里はぺこりと頭を下げる。
「場所は、ユリコさんの家の近く。住宅街だけど、真夜中だから人通りはほとんどないね。ドリームイーターは、歯が浮くような台詞で鳥肌を誘ったり、剣で切り裂いてきたり、モザイクを飛ばして攻撃してくるよ。気を付けてね、それから……」
 祈里は神妙な顔をする。
「このドリームイーターは、人を見つけると『僕は何でしょう?』っていう質問をするんだ。正しく答えられなかったり、黙っていると怒って殺しにかかるっていうとんでもない性格をしているんだよ」
 もっとも、今回ケルベロスはこいつから逃れることが目的ではない。どんな返答をしてもかまわないだろう。また、このドリームイーターは自分のことを信じていたり、噂している人がいるとそこに現れるのだそうだ。皆で噂をして引き付けるのも、良いかもしれない。
「罪のない人を襲ってその興味を化け物にしちゃうなんて、許せないよ。どうか、みんなの力でこの事件を解決して! お願いします……!」
 祈里は、深く深く頭を下げるのだった。


参加者
スレイン・フォード(シンフォニックガンシューター・e00886)
ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)
古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)
ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)
フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)
立華・架恋(ネバードリーム・e20959)
橘・ほとり(キミとボク・e22291)
ミカ・ミソギ(未祓・e24420)

■リプレイ


 そのデウスエクスは、己の噂を聞き付けるとその場所に現れるという――。
「ねぇ……あの噂知ってる?」
 件のアパートの前の開けた場所で、ケルベロス達は誰からともなく話始めた。
「0時ちょうどにスタートボタンでアンテレが降臨されるって話でしょ?」
 ユスティーナ・ローゼ(ノーブルダンサー・e01000)は少し前のめりに話に乗った。事件に臨むにあたり、乙女ゲームとは一体何なのか一通り調べてきた彼女は、それが一つの文化として確立しており、その世界が広く多種多様であるとわかった。そのうえで、『画面の中の王子様が心の支えになるなら良いもの』という結論に至ったのだ。だからこそ、そこから悪戯にドリームイーターを生み出されるのは遺憾である。
「12時きっかりなど、妙な条件を定めたものだな……」
 スレイン・フォード(シンフォニックガンシューター・e00886)はこう言った都市伝説系の話にはありがちと言えばありがちだが、と思いながらも、首をひねる。
「やっぱりコンマミリジャストで合わせなきゃならないのかしら。アンテレ、気難しい系だった? どうなのかしら?」
 ユスティーナの問いに、ミカ・ミソギ(未祓・e24420)が答える。
「そうでもないんじゃない?」
「知ってるの?」
「何かの参考になるかと思って遊んでみたんだよ。色々と興味深いね、思考シミュレーション用にあと何作か買ってみようかな」
 定命化して、知識に実体験が伴わないことがたくさんあるミカは、とりあえず触れるもの見るものを覚えて自分の糧にするようにしている。今回は、『乙女ゲーム』をクローズアップしたわけだが……。
「両手を使って2台のパソコンのスタートボタンを同時に押したら、2人のアンテレ様が現れるのかしら」
 古鐘・るり(安楽椅子の魔女・e01248)が斬新な意見を述べる。それにしても、誰がこんな噂を流したのだろう。自分でゲームを作っているるりとしては、アンテレには別に興味などないが、こうしてインディーズながらも噂になるほどの売り上げを出せているものは、気になる。
(「まさかメーカー自身で噂を流していたりは……しないとは思うけど」)
 有り得なくもないな、なんて思いながら、アパートの方へ視線を向けた。
「そもそも、アンデレ様とはそこまでして召喚したいものなのか……?」
 スレインが首をかしげると、フォトナ・オリヴィエ(マイスター・e14368)がうんうんと頷いた。
「アンテレ様、ね。私はそうでもないけど……うーん、男子が二次元嫁がどうこう言うのは、掃いて捨てる程聞いた事あるけど、案外女子も、同じ様な事考えてるのね……」
 会いたいって思う女子が多いから噂になったんじゃない? と笑うと、スレインはなるほどと頷いた。
「アンテレ様、ね……」
 立華・架恋(ネバードリーム・e20959)はゆっくりと星空を見上げる。
(「誰にだって優しい王子様なんて、現実化したって誰も幸せにできないのがオチよ」)
 むわりと夏特有の生ぬるい風が、彼女の頬を掠めて行った。コツ、コツ、とゆっくりとした足音が、聞こえる。それは、ケルベロスの物ではなかった。


 さらりと金の髪を揺らし、ドリームイーターは微笑んだ。
「コンバンハ、僕ノお姫さマ」
 目はモザイクで隠れており、口元以外の表情はうかがえない。
(「まさしく夢の王子様、となるはずだったものなんだろうね……」)
 ミカは、美しくも悍ましいその姿に、警戒を露わにした。
(「金髪キャラは絶対人気出るのよ。わかるわ」)
 るりは何か納得したような顔でアンテレを見つめる。
「答えテおくれ、……僕ハ、何でしょウ?」
 優しい声で問うアンテレ。フォトナはにっこりと笑って答えた。
「アンテレ様?」
 満足げにアンテレは頷く。
「そう、僕ハ、アンテレ……! 君ノ、王子様」
「よかった!」
 嬉しそうに腰を折って礼をするアンテレがこちらから気を逸らした隙に、フォトナは前衛にむけてライトニングウォールを展開する。ケルベロス達が戦闘態勢に入ったのに気付き、アンテレはぐるりとその首を廻らせた。
「僕は、何デしょう……?」
「確かかっこよくない王子様で有名だったような」
 橘・ほとり(キミとボク・e22291)が答える。ぶわり、とアンテレの金の髪がざわめいた。
「……」
 殺気があたりを包む。ほとりは攻撃が及ぶ前にと、前衛に紙兵を飛ばす。
「あぁっ、アンジュ、僕ノ、天使――アンジュ! 僕だけニ微笑んで!」
「な、何!?」
 前列で構えているケルベロスめがけ、アンテレは台詞を吐き出す。その声はモザイクとなって、ケルベロス達を襲った。ソロ・ドレンテ(胡蝶の夢・e01399)を、架恋が咄嗟に庇う。同時に、レインが飛び出し、前衛の仲間へと清浄の翼を施した。
「ソロ……!」
 モザイクは、架恋とユスティーナを包むように纏わりついた。甘ったるい声が、二人の耳を苛む。ミカがぽつりと呟いた。
「今のは……アンテレ様ルートの中盤の台詞か、な」
 言葉尻に合せるように、ドラゴニックハンマーから轟竜砲を撃ちだす。
「うあぁっ」
 アンテレはそれ以上言葉を紡ぐことは許されず、後ろに一つ飛び退いた。ソロが、血襖斬りで斬りかかる。ぶしゃぁ、とモザイクだらけの返り血がソロを染めた。
「僕、ハ……何でショう?」
「貴方はアンテ……アンテロープだっけ?」
 ウシ科の生き物の名を口にして、るりはペトリフィケイションを放つ。まるで相打つかのように、激昂したアンテレがモザイクを飛ばした。
「僕、ハ、アァ!」
「っう……」
 るりは己の知識がじわりと奪われていくのを感じ、眉を顰める。ぽつり、スレインが呟いた。
「ドリームイーターを殺せばそれで良いのだろう?」
 ごう、と唸りを上げて竜砲弾が飛び出す。左腕を飛ばされ、ドリームイーターはその断面からどろりとモザイクを噴出させた。
「私の目が開いてる内は、簡単に誰かの膝を付かせたりしない!」
 フォトナは催眠を受けてふらふらしているユスティーナへと、サキュバスミストを放出する。
「う……、ありが、と」
 ユスティーナの瞳が、しっかりとした輝きを取り戻した。
「僕、ハ、何……デショウ?」
 剣を振り上げながら、アンテレだったものは問う。
「人に尋ねるだけなんて、随分と思慮の足りない王子様ね。人に質問する前に、自分の見解でも話してみてはいかが? お・う・じ・様ッ?」
 たっぷりと嫌味を込めた口調で、ユスティーナはドリームイーターを煽った。
「アアァアッ!」
 振り降ろされる毒の剣を肩口に受けながらも、ユスティーナは己の簒奪者の鎌をドリームイーターの胴へと当て、叫ぶ。
「っぐ、今よ!」
 力任せにユスティーナの肩にめり込ませた剣のせいで、ドリームイーターに隙が生まれた。そこへ、ミカが簒奪者の鎌で斬りかかった。
「うぅっ」
 ドリームイーターが悲鳴をあげる。


「貴方は夢よ」
 ぽつり、架恋が呟く。幽鬼が金縛りでドリームイーターを動けなくしている間に、歩みを進めた。
「少女のための夢。きっと、理想の王子様」
「ソウ、僕、ハ……」
「甘ったるくて、砂糖菓子のような幼い少女の理想像」
 エアシューズで走り寄ったスレインが、スターゲイザーを叩きこむ。
「ガアアッ!」
 王子であった者の口が、がっぱりと耳まで裂けた。ぼろぼろとモザイクを口から零しながら、ドリームイーターはセリフを紡ぐ。
「愛しいアンジュ、僕ノものにナッテ、その髪、瞳、声、全てが愛シい!」
 ミカは、ぼんやりと思った。ああ、クライマックスシーンの台詞かな。と。スレインを庇って、幽鬼が消えた。ほとりは、ソロを庇って耳にこびりつく甘ったるい声に耐える。
「そんなものが現実に居られるはずはないけれど。でもきっと夢を与えることは出来た」
 架恋の声を聞きたくないと言うように、ドリームイーターは首を振り、言葉を紡ぎ続ける。ほとりは、自らの催眠を解くために大きく叫んだ。
「……アンテレ様のファンに謝っておいたほうがいいかしら」
 るりはぽつりとひとりごちると、甘い言葉の数々を止めるかのように神槍『ガングニール』のレプリカを召喚し、ドリームイーターを穿ち貫いた。
「ヒッ、ギァア!」
 引き攣った声を上げるドリームイーター。
「どっせい! メガトンソロちゃん落とし!」
 続くようにして、ソロがドリームイーターを放り投げ、頭から地へと叩き付ける。ごぼり、ドリームイーターの口から大量のモザイクが見えた。最後の力を振り絞るように、その裂けた口からモザイクを吐き出す。ユスティーナがモザイクを受け、息も絶え絶えになっているドリームイーターを睨みつけた。
「しつこい王子様は嫌われるわよ」
「夜空が紡ぐは星々の唄。仄かな光紡ぎ闇照らす輝きの粒。願わくはその力、我が意の元へ……」
 酷く彼女が消耗していることを悟り、フォトナはStarLight Energy Raiseによって星々の精気をユスティーナへと与える。
「僕、ハ、君の王子……」
 尚もそう主張するドリームイーターへと、架恋は首を横に振る。
「ここにいる貴方はもう違うわ。夢喰いに歪められて悪夢を生み出す化物になった。さあ、夢見る時間はもう終わり……目覚めの時はもうすぐよ」
 イノセントレイの光が、ドリームイーターを塗りつぶす。先刻までのケルベロス達の猛攻に耐えかね、終にドリームイーターは光と共にその姿を消すのであった。
「……さようなら」


 ほとりは周囲のヒールをしながら、笑った。
「都市伝説の興味、か。ボクもそんな興味を持ったりするし気になることはいろいろある。ゲームの都市伝説か~」
 でも、それをネタにドリームイーターを生み出されてはたまった物じゃないね、とアパートを見遣る。フォトナは、ライフラインに異常がないかを確認しながら頷いた。
「ほんとにね……。こうやって周囲の荒れちゃうし……よし。住宅街だからね……念には念を入れないと」
 特にこれと言った異常が見られない事を確認し、小さく息を吐く。
「……まあ、叶うか否かは別として、願う事自体は自由意志だからな。理解は全く出来ないが、行動を起こしてしまったのなら仕方ないか……」
 スレインは『恋愛感情』というものがよくわからない。ただでさえわけのわからないものに、二次元だバーチャルだ都市伝説だと絡んでくるものだから、理解不能の極みである。それでも、やることはただ一つだった。ただ、デウスエクスを殲滅すること。
「歯の浮く台詞はもう十分だけれど……本来どんなキャラなのか、ちょっと気になるわね」
 架恋は小さくそう言うと、くるりと踵を返した。
 バタバタ、とアパートから人が出てくる気配がした。――ユリコだ。目を覚ましたのだろう。
「わ、あんなに走ると危ないなあ」
 自宅の前に人が集まっていることに驚いたのだろうか。ユリコは外階段を降りてこちらへやってくる。
「何かあったんですか?」
 尋ねるユリコに、軽く説明してやると、ユリコは驚いて目を見開き、そして項垂れた。
「そっか、……会ってみたい気もしたけど、デウスエクスに……」
 あなたのせいじゃない、と首を横に振るケルベロス達。ユスティーナは優しく笑いかけてやった。
「今回は大変だったろうけれど、夢や興味を持つの、諦めないでね。そういうのないと、人間腐ってしまうものよ」
「えっ……あ、ありがとう……でも、興味のせいで……?」
 大きく、首を横に振る一同。
「何かまたあっても、私達ケルベロスがいる。何とかして見せるわ」
 ね、と仲間を振り返るユスティーナ。
「もちろん」
「ああ」
 口々に告げて頷けば、ユリコはほっとしたような顔で頷きようやく笑顔を取り戻した。
「強く生きて。そのうちVRとかARでアンテレ様に会える日が来ると思うから」
 るりの発言に、ユリコは瞳の力を強くする。
「そう……そうだよね! 科学の進歩信じる! 私がんばる!」
 何をがんばるのだろう……。
「あと、このゲーム……人気なの? 私もやってみようかな」
「めっちゃ面白いよ……! 真相ルートが半端ないからやって! 是非!」
 首を傾げたるりの問いを見逃すはずもなく。ユリコの熱いプレゼンが始まる。
 尽きない乙女の興味、そこに付きまとうドリームイーターの影は、ケルベロスにより、排除されたのであった。

作者:狐路ユッカ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 2
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