月色うさぎにさそわれて

作者:小鳥遊彩羽

 鬱蒼と茂る森の中、頼りない懐中電灯の明かりを手に、道なき道を一人の少女――櫛田・あずみは進んでいた。
 何故か、あずみはこの場を歩くには似つかわしくない浴衣を着込んでいた。そのせいか覚束ない手つきで手元のスマートフォンの液晶画面を覗き込むと、辛うじてGPSの受信は出来ているようで、周りに何もない森のどこかに、ぽつんと現在地のマークがついているのがわかった。
「この辺りのはずなんだけど……あっ、……あそこかな?」
 顔を上げたあずみの視線の先には、湧き水を湛える小さな泉があった。
 夜も遅い時間帯だ。晴れた空には丸い月が浮かんでいる。
 そして、その月はあずみが見つめている泉の水面にも煌々と映し出されていた。
「逢えるかなあ……逢って、一緒にお祭りに来てくれるかなあ……お月さまに住んでる、うさぎさ……っ!?」
 あずみが言葉を言い終えるより先に、あずみの心臓を背後から面にいた――『鍵』。
「……私のモザイクは晴れないけれど。あなたの『興味』にとても興味があります」
 第五の魔女・アウゲイアスはそう言って、少女を貫いた鍵を引き抜いた。
 意識を失い、その場に倒れる少女。
 その傍らに、新たな兎のドリームイーターが誕生したのだった――。

●月色うさぎにさそわれて
「うさぎさんですわ!」
 シエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)が目を輝かせながら告げるその傍らで、
「うん、うさぎさんだね。……残念ながらドリームイーターなんだけどね」
 トキサ・ツキシロ(蒼昊のヘリオライダー・en0055)は頷き、その場に集ったケルベロス達へ説明を始めた。
 近頃活発になっている、新たなドリームイーターの事件。
 奪われてしまうのは何かに対する強い『興味』の心で、その『興味』の対象を元にした新たなドリームイーターが誕生してしまうのだという。
「今回の事件はシエルさんが気にかけてくれていたことなんだけれど、櫛田・あずみさんという高校生のお嬢さんが襲われてしまう。彼女が実際にその存在を確かめようとしていたのは――」
「月のうさぎ、ですわね!」
 シエルが言い、トキサはそう、とまた頷いてみせた。
 ――曰く、とある森の奥にある小さな泉に月を映すと、そこから兎が現れて、願いを叶えてくれるのだという。
「ありきたりな話だけれど、あずみさんはその月のうさぎさんと遊びたかったみたいなんだよね。それが彼女の願いであり、ドリームイーターに奪われた『興味』というわけだ」
 月うさぎは後ろ足で立ち、手には杵を持っている。いわゆる、餅つきうさぎの出で立ちだ。一体のみで、配下はなく、手にした杵を用いて戦ってくるとのことだ。
 そして、月うさぎは人間を見つけるとまず『自分が何者であるか』を尋ねてくるのだという。正しく答えられなければその相手を殺そうとし、逆に正しく答えられれば見逃してもらえることもあるようだが――。
「敵はデウスエクスだ。可愛くても倒さなければ、あずみさんの意識は戻らない」
 トキサは真面目な顔でそう言って、ケルベロス達を見やった。
「あと、このドリームイーターは、自分の存在を信じたり、噂をしているひとがいると、その人の方に引き寄せられる性質があるようだから、噂話なんかをして、広い場所とかに上手くおびき出せれば、多少は戦いやすくなるはずだよ」
 それと、と、トキサは戦いを終えた後のことについて切り出した。
「森の外に出れば、街中でちょっとしたお祭りをやっているんだ。出店が結構色々あったり、花火が上がったり。……せっかくだから、楽しんできてもいいんじゃないかな」
「そのためにも、あずみさんを助けて差し上げないといけませんね」
 フィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)はそう言って、しっかりと頷いてみせる。
「もちろんですわ。あずみ様をしっかりとお助けして、お祭り、楽しみましょう!」
 シエルはほんの少しばかり声を弾ませつつ、同胞達へふわりと微笑んでみせた。


参加者
シエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)
パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)
ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)
燈家・陽葉(光響凍て・e02459)
チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)
シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)
真神・小鞠(ウェアライダーの鹵獲術士・e26887)

■リプレイ

 眩しい程に輝いて地上を照らす、大きな大きな丸い月。
 祭りの喧騒から離れた森の一角、泉へと通じる開けた場所へ訪れたケルベロス達は、早速ドリームイーターを誘い出すための『噂話』を始めることにした。
「泉に映った月からうさぎが現れ、願いを叶えてくれるそうだ」
 ごく自然な動作で人除けの殺界を形成しつつ、そう切り出したのはシャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)だ。
「素敵だよね~。是非会ってみたいな!」
 と笑みを浮かべつつ、ラウル・フェルディナンド(缺星・e01243)が同意するようにうんうんと頷いて。
「ロマンを感じますね。叶うならば是非とも、もふもふしてみたいものです」
 夢から生まれたうさぎの触り心地は如何程のものだろう。想像すれば、チャールストン・ダニエルソン(グレイゴースト・e03596)の口元にも自然と笑みが浮かぶ。
「日本では、月にはうさぎさんが住んでいるって言われているんだって?」
 ネーロ・ベルカント(月影セレナータ・e01605)はそう言って、面白いねと微笑んだ。
「やっぱり、うさぎさんはこうやって自然の残ってる場所が好きなのかな?」
 丸い月を見上げながら、何とはなしに呟く真神・小鞠(ウェアライダーの鹵獲術士・e26887)。
「うさぎさん、普段はお餅つきしたりしてるのかなー?」
「きっと、小さな体で一生懸命、頑張っていらっしゃるのでしょうね」
 小鞠の問う声にフィエルテ・プリエール(祈りの花・en0046)が微笑んで頷くと、シエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)が楽しげに両手を合わせてみせた。
「ふふっ、杵を持ったうさぎさんだなんて、昔、わたくしが本で見たうさぎさんそのままですわ! やはり、月にもうさぎさんが住んでいるのですのね!」
 これから出逢うことになるだろううさぎの姿を思い描き、心なしかわくわくとしているようなシエルの側で、
「どんなうさぎさんなのだ? もふもふかなぁ、真っ白かなぁ。楽しみなのだー♪」
 ひときわ瞳を輝かせるのは、パティ・パンプキン(ハロウィンの魔女っ娘・e00506)だ。
「パティさん、よかったらどうぞ」
「おおっ、ありがとうなのだ陽葉! 腹ぺこでは戦えないからな!」
 差し出されたカステラを嬉しそうにもぐもぐするパティの傍らで、燈家・陽葉(光響凍て・e02459)もまた、月のうさぎに想いを馳せる。
 古くは、太陽のカラスの対としても語られてきた月のうさぎ。その実態がどうであれ、うさぎが可愛いことに変わりはないから、会えるものならば会ってみたいと陽葉は思う。
「何色の体なんだろうね。白かなぁ?」
 と、続いた言葉は楽しげな響きを帯びていた。

 ケルベロス達が噂話に興じていたその時、不意に森の奥から風が吹いてきた。
「ぴょんっ! ニンゲンだぴょん!」
 同時に響いた楽しげな声と、こちらへ近づいてくる小さな影。
 自身の身の丈よりも大きな杵を携えた、全長五十センチメートル程の白いうさぎ。
 ――このうさぎこそ、一人の少女の夢から生まれたドリームイーターに他ならなかった。
 月うさぎの姿を確かめるや否や、ケルベロス達は互いに目配せし、さりげなくその立ち位置を変えた。
 即ち、うさぎが逃げられぬよう、全員で囲むように立ったのである。
 うさぎはというと、そうとは知らぬ様子で丸い瞳をきらきらとさせながら、ケルベロス達に問いかけた。
「さて、ボクは誰でしょうーぴょん!」
 月うさぎの問いに、ケルベロス達は声を揃えてこう答えた。
 ――『月のうさぎさん』と。
「……ボクを知ってるのかぴょん?」
 うさぎが丸い目を更に丸くする。
 全員で正しい答えを言った場合、ドリームイーターはどのように反応するのか。
 それを、ケルベロス達は確かめようとしていた。
 事前に聞いた限りでは、正しく答えられれば見逃してもらえるらしいということであったが――。
「じゃあ、見逃してやるぴょん!」
 うさぎはそう答えると、くるりと振り返って元来た道を戻ろうと――何もせずにこの場から去ろうとしたのだ。
「――ぴょん!?」
「見逃してもらえるとは、やっぱり、そういうことだったんだね」
 反応を確かめるや否や、振り返ったうさぎの真正面に立っていたラウルが、すぐさまうさぎの元へ踏み込んだ。
 研ぎ澄まされた一撃がうさぎへと向けられた直後、ウイングキャットのルネッタが金花の環を飛ばして牽制し――同時に、ケルベロス達は一斉に動き出していた。
 刹那、白いうさぎの体を覆った黒い影。
「可愛いが……倒さねばならないのが辛い所だな」
 それは、シャインの手より踊った影の弾丸だった。敵を侵食するという漆黒に重ねるように、ネーロが続けて物質の時間を凍結する弾丸を解き放つ。
 いくら可愛らしい見た目だとしても、ドリームイーターであることに変わりはない。だからこそ――。
「きっちりと倒してしまわないとね」
 微かな笑みと共にネーロが攻撃の動作を終えた直後、銃を構えたのはチャールストンだ。
「お目覚めの所申し訳ありませんが、夢へとお帰り頂きましょう」
 火を噴いた銃口が向けられた先は夢喰いのうさぎ――ではなく、何もない地面。だが的確に撃ち込まれた弾丸はそのまま跳ね返り、死角からうさぎを貫いた。
「女の子もきっとお祭り行きたいよね。ちゃんと助けてあげないと――っと!」
 流星の煌めきと重力を宿した小鞠の蹴りを軽やかな跳躍でかわしたうさぎが、手にした杵を振り上げる。
「――ぴょん!」
 振り下ろされた杵は力強く地面を打ち、そこから生まれた衝撃波が前衛を襲った。
 すぐさま盾として身を挺した陽葉が、衝撃波を払うように神槍を繰り出す。
「雷よ!」
 高らかに声が響くと同時、夢喰いを穿ったのは稲妻を帯びた超高速の突き。
 刹那、空に咲いたカラフルな風はパティの手によるものだ。加えて、同じメディックとして戦場に立つフィエルテが、避雷の杖で編み上げた雷の壁を巡らせる。
「回復はパティ達に任せてガンガンいくのだー!」
 癒しと力とを注ぐ風が前衛陣の士気を高めてゆく中、飛び出したボクスドラゴンのジャックが勢い良くブレスを吹き付ける。
「本当に、可愛らしいうさぎさんですこと!」
 想像していた通りの可愛らしい姿のうさぎを前に、シエルは思わず感嘆の息をつく。
 あまりにも可愛いものだから、攻撃にもつい手心を加えてしまいそうになるけれど――。
(「でも、うさぎさんを倒さなければ、あずみ様を助けることはできませんのよね……」)
 シエルが心の中で呟いたのは、森の奥で醒めぬ眠りについたままの一人の少女の名。
 悪夢を散らし、少女の夢を取り戻すために。
 シエルは掲げた手のひらから竜の幻影を放ち、夢喰いを業火で包み込んだ。

 うさぎの動きを封じながら、ケルベロス達は着実に攻撃を積み重ねていった。
 戦いが始まった頃には強烈だった攻撃も、力を削ぎ落としてゆくことで、幾度かの攻防を経た頃には最早脅威ではなくなっていた。
「もう痛くないよっ! ――小鞠必殺、肉球ぱんち!」
 大きな杵を叩きつけられてもまるで何でもないというように強気な笑みを浮かべながら、小鞠は特に必殺という程でもない、けれど気合が入ったビンタを繰り出す。狼のウェアライダーだからといって肉球が出るわけでもなかったのだけれど、その一撃はうさぎを怯ませるには十分で。
「凍てつけ!」
 気迫の篭った声を響かせながら陽葉が振るうのは、凍気を集中させた薙刀。袈裟掛けに斬りつければ、忽ちの内に凍りついてゆく傷口が、突如として爆ぜた。
(「敵じゃなければ、もふりたかった……!」)
 極限まで高めた精神の力を解放し終えてから、ラウルはふとそんなことを思い浮かべた。
 そんな主の胸の内を悟ったのか否か、ルネッタが、まるで自分がいるとでも言わんばかりに尻尾の先でラウルの肩口を撫でてからうさぎへと飛び掛かっていく。
 ラウルとルネッタの愛らしいやり取りに目を細めつつ、ネーロは月うさぎへ向き直った。
 ――倒してしまうのは申し訳ないけれど。
「ごめんね、見逃すわけにはいかないんだ」
 刹那、謳うような高らかな声に呼応するように浮かび上がった浄化の光が、うさぎの元に降り注いだ。
 ケルベロス達の攻撃を受け、少しずつ輪郭を失ってゆく月うさぎ。
「可愛いが……敵は敵。倒させてもらう。――ラストダンスだ、私と共に踊れ!」
 絹糸の如き銀髪を夜風に靡かせ、シャインが地を蹴った。
 素早い動きで撹乱するように刻まれる華やかな舞踏のステップ。叩き込まれる攻撃が生み出す風に煽られて、白のロングドレスのスリットから鍛え抜かれた美しい脚が覗き、細い足首に連なるアンクレットが月光を浴びて煌めいた。
「ぴょ、ぴょ~ん……」
 月うさぎは既に戦う力の殆どをなくしているようだったが、悪夢を終わらせ少女を救うために、倒さなければならない。
 シエルとパティは互いに顔を見合わせてから頷いて、攻撃を繋いでゆく。
「妖精さん、妖精さん。どうか、わたくしに教えてくださいませ」
 魔道書に綴られた詩を読み上げ、シエルが喚び出したのは知識に長けた小さな妖精。願いに対し耳元で囁かれた答えにシエルは頷き、魔導書の力を解き放った。
「お菓子をくれぬなら……お主の魂、悪戯するのだ!」
 これまで戦っていた森の景色が、ヒールの残り香によって鮮やかな色彩で塗り替えられる。けれども、それは一時の錯覚で。
 幻影の風景を背に、パティは大鎌を携えたジャック・オー・ランタンの幻影と共に、二倍の大きさになった自らの得物を手に夢喰いへと躍りかかっていく。そしてジャック・オー・ランタンの幻影が消えた時、森は元の姿を取り戻していた。
「さあ、そろそろお休みの時間ですよ」
 力ある言葉をなぞり、チャールストンは銀灰色の銃の引き金を引く。
 放たれた弾丸は的確に、月うさぎの体に十字を描き――。
「ぴょーん……!」
 か細い鳴き声を残し、その体を急速に薄れさせてゆく月うさぎ。
 はらはらと零れ落ちるモザイクの欠片。それらも全て溶けるように消えて――悪夢は、何も残さず終わりを告げた。

 祭囃子の音色と人々の楽しげな声に満ちた世界。
 すぐ側でケルベロス達と侵略者の戦いが繰り広げられていたとは思えぬ程に、ありふれた日常がそこにはあった。
 ふわふわの綿飴につやつやの林檎飴。チョコレートたっぷりのチョコバナナに熱々のたい焼き、それから、色鮮やかなシロップが踊るかき氷。
 浴衣姿で屋台を巡る小鞠の目標は――『甘い物』の制覇。
「おすすめの物はありました?」
 通り掛かったところを呼び止めたフィエルテに、小鞠は尻尾を揺らしながら満面の笑みで頷いた。
「どれもいっぱい甘くて美味しいよ!」
 つまり、全部おすすめということだろう。
 そして小鞠は更なる甘い物を求めて喧騒に紛れていった。
 青花を重ねた薄水色の浴衣に着替えて髪を結い上げ、出店を散策するシャイン。
「ん……美味しい」
 林檎飴を一口、嬉しげに緩む頬。もう片方の手にぶら下がった袋の中では、鮮やかな紅い金魚が元気に泳ぎ回っている。
(「夏ももう終わりに近いな……」)
 頬を撫でる涼しい夜風に秋の気配を感じつつ、シャインは目を細めた。
「……おや?」
 ふとシャインが目をやった先には、射的の屋台と次々に景品を撃ち落とす陽葉の姿が。
「見事だな、陽葉」
「ああ、シャイン。――ふふ、曲がりなりにもガンスリンガーだからね?」
「楽しそうだな、私も挑戦してみよう」
 たまにはこんな風に、心ゆくまで楽しむ夜も悪くない。
 揃いの生成りの浴衣に深縹の帯を身につけたネーロと、葡萄色の帯を巻くルーチェ。
 ふと目に留まった射撃の屋台に、ネーロは思わず兄を引き止めた。
「ねえルーチェ、俺あれが欲しいな」
 ネーロが指差したのは、シルクハットを被り口髭を生やしたダンディなうさぎのぬいぐるみ。見覚えのあるそれに、ルーチェは思わず笑ってしまう。
「違うポーズの、一つ持ってなかったっけ?」
 とは言え射撃は専門分野。ましてや弟のおねだりならば、兄として応えない理由もない。
 期待に満ち溢れた瞳を横目に弾を込め、最も効果的な位置を見定めれば――。
 景気のいい音が一つ弾けると同時、狙い通りに落ちるぬいぐるみと響く拍手の音。
「はい、どうぞ」
「わあ、ありがとう!」
 他に欲しいものはと問えば、りんご飴が食べたいというおねだりがもう一つ。
「じゃあ、今日頑張ってきたネーロにお兄ちゃんが買ってあげる」
 一番綺麗なりんご飴を、お兄ちゃんからのプレゼントとして。
 祭りの喧騒を存分に堪能すべく、巡る視線と辿る足。
 ――さて、次はどこへ行こうか。
「いろんなお店がありますのね……」
 夢喰いを倒し助け出した少女、櫛田・あずみとフィエルテを連れ、かき氷を食べつつ屋台を見て回るシエル。
「いいなぁ……美味しそうなのだ……」
 そこへふわふわのわたあめを手に戻ってきた浴衣姿のパティの目が、シエルとフィエルテがそれぞれ持っている戦利品――もとい食べ物に釘付けになった。
「よろしければ、どうぞ?」
 とシエルがかき氷を差し出せば、ぱあっと輝くパティの笑顔。
「え、いいのかぇ?」
「パティさん、こちらもいかがですか?」
「うむ! こっちも美味しいのだ♪」
 幸せそうにむぐむぐと頬張るパティを見つつ、
「フィエルテ様は何を召し上がっていますの?」
「こちらはベビーカステラです。甘すぎなくて、美味しいですよ」
 シエルが覗き込んだフィエルテの手元。袋の中から甘い匂いが漂ってくる。
「確かに美味しそうですわね。では、交換こいたしましょう」
「はい、喜んで」
 そうして慣れたように交換すれば、先日の向日葵畑と牧場での一幕を思い出す。
「……またですね」
「……はい、またですね」
 顔を見合わせれば、ほんの少しのくすぐったさと嬉しさを交えたような笑みが零れた。
「なあ、あずみ!」
 そして、パティはあずみへと振り返った。うさぎを倒した後に迎えに行き、そしてシエルとパティが一緒にお祭りを回ろうと連れてきたのだ。
「うさぎさんとはお祭り回れなかったけど、パティはあずみと回れて楽しいのだ♪」
「ええ、わたくしもあずみ様とご一緒出来て、素敵な時間を過ごさせて頂いていますわ!」
 パティに続き、シエルも想いを少女に告げる。
「あずみさんは、いかがですか?」
 フィエルテが尋ねると、あずみは満面の笑みで頷いた。
「はい、皆さんと一緒にお祭り、回れて……とても、嬉しくて、楽しいです……!」
「よーし、次はヨーヨー釣りをやるのだー!」
 響いたのは、喧騒にも負けぬ程に賑やかなパティの声。
 四人で回るお祭りの夜は、まだ始まったばかり。

 藍色の地に流水模様の入った浴衣を纏い、冷たい飲み物と共にチャールストンを労うカーム。対するチャールストンは灰色を基調とした浴衣に着替え、花火が一番良く見える場所へと彼女を誘った。
 現実を知り、大人になるにつれ、幼かった頃の夢は少しずつ遠く褪せてゆく。
 例えば今回の月のうさぎも、そんな小さな夢の一つだったのかもしれない。
「いると思う方が、楽しくないですか?」
 それは別に現実逃避というわけではなく、日々の現実を楽しくする為の一つまみのスパイスのようなもの。
 だから『今』も、日常という現実に彩りを添える一時になる。
「人に夢と書いて儚いなんて度々見聞きするけれど、本当にさみしいのは夢すら見られないことだと思うわ」
 心に芽生えた夢が咲き、実ることを望み、育んで――目指してゆく。
 夢があるからこそ心が育まれ、豊かになっていく。
 カームの紡ぐ言葉に相槌を打ちながら、チャールストンは最後に大きく頷いて。
「今日のこの時間も、長い人生の中においては、あの花火の如く束の間の夢なのでしょう。でも……」
 夜空に咲く花火の色を、目と心が憶えたように。
「カームさんとの今日のことは、憶えていられると思うんですよね、たぶん」
「……また、一緒に出掛けてみる?」
 何気なく、カームは問いかけた。
「ええ。また、一緒に出掛けましょう」
 誘いを掛ける時の緊張こそあれど、それでもチャールストンは自然と笑えたような、そんな気がした。
「シズネと同じ色だね!」
 そう言って笑うラウルの手にはぶどう味のかき氷。
「オレのかき氷もラウルみてぇな色だぜ?」
 シズネも似たような笑みを浮かべながら、レモン味のかき氷を掲げてみせる。
 互いの彩りを口に運べば、広がるのは冷たくて甘い、夏の味。
 気をつけてとラウルが言うより先に、ついつい食べ進めてしまったシズネがきーんと響く頭を押さえるのもお約束。
 夜空を彩る光の花は、一瞬の煌めきを鮮やかに心に焼き付けて――儚く、そして潔く散ってゆく。花火に夢中になっていたら、かき氷がいつの間にか溶けてしまっていて。
「花火もかき氷も、なんですぐになくなっちまうんだろうなあ」
「何も残さず消えてしまうけれど……胸の奥に優しい記憶として残ればいいな」
 ぽつりと零したシズネに、ラウルは願うように呟いて空を仰ぐ。
「同じ季節が巡っても、また一緒に見ることが出来たらいいね」
 重なる願いにそうだなと頷き、シズネも空を見上げて。
 今この瞬間にも過ぎゆく夏の片隅で、優しい記憶をまた一つ。
 未来へ繋ぐ掛け替えのない願いと一緒に、失くさぬよう大事に胸に抱き締めた。

作者:小鳥遊彩羽 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 3
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