紅き血の影

作者:犬塚ひなこ

●忌むべきもの
 植物研究のフィールドワーク先でそれは起こった。
 崖の先に咲いていた花に手を伸ばした時、青年は足を滑らせて転落してしまう。幸いにも谷は浅く脱出も容易だ。しかし、彼は落ちた時に片足に怪我を負った。
 傷は深くはないようだが、血は止め処なく流れ出している。
「大丈夫。血が出ていたって、こんなものすぐに応急処置をすれば……」
 痛み自体は軽いというのに彼の手は震えていた。
 何故なら青年は血が大の苦手だったからだ。普段ならばたとえ怪我をしても誰かが手当てをしてくれたが、今は自分ひとり。手当てを行うには自分で傷口を見て直接傷や血に触れなければならない。
「血は嫌だ……。うっ……こんなときに思い出しちゃ駄目だ……。あんなスプラッタ映画は作り物に過ぎないんだ。でも――」
 青年が血が苦手なのは、幼い頃に残酷な映画を見てしまったからのようだ。しかし、いつまでもこうしているわけにはいかない。彼が意を決して手当てを行おうとした、そのときだった。あはは、とこの場に不釣り合いな笑い声が響く。
「私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 その声の主はパッチワーク第六の魔女・ステュムパロス。
 対象の胸に突き刺した鍵で心を覗き終わった魔女は踵を返し、意識を失った青年を放って去って行く。いつしか青年の傍らには血まみれの女が立っていた。
 それは彼が血を嫌悪する理由になった殺人鬼を模した姿なのだろう。血を滴らせた夢喰いは軽く崖を飛び越えてから裸足でひたひたと歩き出す。その血は異様なほどに赤黒く、どろりとした鉄の匂いが辺りに満ちた。
 
●紅の雫
「彼にとって嫌悪の対象は、『血』そのものだったのでしょう」
 パッチワークの魔女によって苦手なものへの『嫌悪』が奪われ、ドリームイーターとして具現化してしまった。マリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)はヘリオライダーから伝え聞いた情報を語り、青年を救わねばならないと話した。
「夢喰いは夢の主を襲ったりは致しませんわ。ですが、このまま彼の方を放っておけば如何なるか想像に難くはございません」
 青年は怪我をしているうえに意識を奪われている。それに崖の周辺をうろついている夢喰いを倒さなければ彼はずっと目を覚ませないままだ。
 手伝って頂けますか、と問いかけたマリアンネの表情は真剣さが宿っていた。
 夜になった現在、敵は崖上付近であてもなく彷徨っている。
「夢喰いの通った跡には血が滴っていると聞きました。見つけるのもきっと容易でございましょう。敵が山を下りる前に見つけてしまいたいものですわ」
 向かうのが夜の山という性質上、周囲の人払いも必要ないとマリアンネは告げた。
 だが、問題は敵との戦闘だ。
 血みどろの女は此方を認識した瞬間に問答無用で襲い掛かって来る。繰り出して来る攻撃はどれもが強力であり、発動時に気持ちが悪いほどの血が散るという。
 生温かくぬるりとした血の感触は好いものではない。今回は心地悪さと敵の強さに耐えながらの戦いになると予想される。決して気を抜いてはいけないと告げ、マリアンネは宝石めいた青の瞳で仲間達を見つめた。
「生理的に受け付けない物など誰にでも存在致します。それを奪いドリームイーターにするなんて赦せるはずがありません」
 そして、それが誰かの命を奪う未来に繋がるなら尚更だ。
 マリアンネは静かな思いを胸に秘め、宜しくお願い致します、と優雅に一礼した。


参加者
ジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)
天津・総一郎(クリップラー・e03243)
ユーフォルビア・レティクルス(フロストダイア・e04857)
神宮寺・結里花(目指せ大和撫子・e07405)
夜殻・睡(虚夢氷葬・e14891)
マリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)
シャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495)

■リプレイ

●血の跡
 昏い夜。樹々のざわめく音は何故だか不安を掻き立てる。
 更に向かう先に点々と赤い血が続いているとなれば、不穏な空気は増した。だが、それはドリームイーターが残したもの。何も怖れることはないと顔をあげたマリアンネ・ルーデンドルフ(断頭台のジェーンドゥ・e24333)は行く先を示した。
 頷いたジゼル・クラウン(ルチルクォーツ・e01651)は警戒を強めて歩を進める。かの夢喰いは嫌悪の対象が具現化されているという。
「いい趣味をしているね。生憎スプラッタホラーにはあまり興味がないんだが」
 冒険活劇でさらりと終わらせよう、とジゼルが語ると天津・総一郎(クリップラー・e03243)も同意する。
「夏だから多少背筋が凍るような物はあってもいいと思うんだ。とはいえこのドリームイーターは……悪趣味だからな」
 先頭を進む総一郎が血の跡を辿り、必ず事件を解決すると誓った。
 シャウラ・メシエ(誰が為の聖歌・e24495)もウイングキャットのオライオンと一緒に地面を踏み締め、樹の間を見つめる。
「血を見るのがすきな人なんて、そうそういません、よね」
 シャウラは光翼を広げて其処に誰かがいないかを確認する。谷底には怪我をした青年がいるが、今は敵を倒す方が先決だ。
 神宮寺・結里花(目指せ大和撫子・e07405)とユーフォルビア・レティクルス(フロストダイア・e04857)も仲間と共に続き、辺りを明かりで照らす。
「血……ねぇ。こんな仕事してれば絶対に切って離せない関係だし、嫌悪とかしてらんないっすね。まあ一般の人は嫌かもしれないっすけど」
「うーん、なんとも……。まぁ、血は大変だろうけど、そこまでかなぁ?」
 結里花が感想を零すとユーフォルビアが首を傾げた。そのとき、前方に何かの気配を感じたユーフォルビアが、あそこ、と指をさす。
 身構えた夜殻・睡(虚夢氷葬・e14891)が目を凝らすと、血塗れの女が見えた。
「…………」
 無言のまま、戦いへの気概を抱いた睡は仲間達に目配せを送る。
 カルナ・アッシュファイア(燻炎・e26657)も戦闘準備を整えて敵を見据えた。どうやら向こうも此方に気付いたらしく、殺気めいた視線が向けられる。
「血まみれの殺人鬼とかめちゃクールじゃんか……。つっても、現実に出るのはちょっと勘弁だわな。行くぜ!」
 カルナの呼び掛けにジゼルや総一郎が応え、ケルベロス達は其々に布陣した。
 マリアンネは蒼の双眸を鋭く細め、血の殺人鬼を見据える。
「わたくしはジェーン・ドゥ――the Ripper. 断頭台にて果てた比類なき殺人鬼。悪夢は総て、散らして御覧に入れましょう」
 それゆえに血の感触になど今更怯むべくもない。
 宣言めいた言葉が落とされた直後、戦いの火蓋が切られた。

●緋色の影
 血みどろの女は身構え、大きく地を蹴る。
 その狙いがマリアンネに向けられていると察した総一郎はすかさず踏み込み、血斬りの一閃を受け止めた。鋭い痛みが総一郎の身体中に巡ったが、即座に分身の術を施すことで敵の目を欺く。
 その間にジゼルが地面にケルベロスチェインを展開して守護陣を展開した。
「すまないが夢喰いを倒したら直ぐに駆けつける……それまで辛抱していてくれ」
 防護の力を巡らせる際、ジゼルが気に掛けるのは崖下で倒れている青年のこと。彼は意識を失ってこそいるが原因は夢喰いによるものだ。
 傷は負っていてもこの戦いが終わるまでは保ってくれるはず。
 睡が紙兵を散布して援護に回り、カルナとシャウラが同時に左右から放った蹴りで以て敵の動きを阻んだ。
 それに合わせて戦場を駆けた結里花はちらりとユーフォルビアを見遣り、凛とした眼差しを向ける。その瞳には信頼が宿っていた。
「二人で力を合わせれば、ドリームイーターなんてちょちょいのちょいっす。白蛇の咢よ、噛み砕け!」
 加速させた槌で敵を穿つ結里花は既に戦闘モードに入っている。大蛇を象った巨大な木槌によって敵の体勢が僅かに揺らぐ。其処に続いてユーフォルビアが気を練りあげ、狙いを確りと定めた。
「昔は狩りとかで捌いたりしてたしねぇ……血は大変だったけど……」
 血を纏う敵の様子を見つめたユーフォルビアは気咬の弾を解き放つ。攻撃と防御の際に散る夢喰いの血はまるで本物のような鉄の匂いがした。
 そこまでリアルにしなくても、と首を振ったカルナも更なる攻撃に向かう。
「殺人鬼は映画の中だけで十分だっつーの」
 槌を砲撃形態に変化させたカルナは怒号と共に竜砲弾を撃ち放った。衝撃が女を穿ったが、その様子は当初と何も変わらない。
 血は夢喰いの顔を覆っていて表情は窺えなかった。しかし、爛々とした眼光だけはやけにはっきりと見える。
 シャウラはオライオンに仲間を守るように告げ、自らは更なる攻勢に入った。敵が痺れ血を撒き散らす様を察したオライオンが飛び、狙われたジゼルを庇う。
 その際に大量に落ちた血液を見てシャウラは眉をしかめた。
「わたしも、血はなんど見てもなれません、けど……こういうのは、なれたらダメ、なんですよね?」
 慣れることと慣れないこと。その境界線を自ずと知っている少女はぎゅっと掌を握り、構えた。続けて放たれた轟竜の砲撃は容赦なく敵を貫く。
 色濃い血と鼻を衝く匂いに辟易しながらも、総一郎も攻撃に移った。
「血の一つや二つで……と言いたいところだが、まぁ何かを嫌悪するってのは理屈じゃないからな。……お、俺だって虫が苦手だしさ」
 ぽつりと本音を零した総一郎は気を取り直し、降魔の力を宿した一撃を見舞う。
 睡も気怠げな無表情で敵を見遣った後、鋭い一撃をくらわせに駆けた。眼鏡の奥の瞳は女を映しているが睡自身は決して嫌悪の対象である女を見てはいない。
 されど、その一閃は的確に相手を穿った。
 ふいと視線を逸らした睡は仲間に目で合図を送り、隙が出来たと告げる。それを受けたマリアンネは首元に宿る炎に触れ、地獄の炎を纏った。
「――さあ、御照覧あれ」
 この身は、この力は、唯一つ自分がいとしい方から授かったもの。受け継いだ血の業にて総てを断ち切ってみせると己を律し、マリアンネは力を解放した。
 誰の命をも、その血塗れの手には渡さない。
 それが自らの矜持であり、成すべきことだと感じたマリアンネの瞳は敵の姿をしっかりと映していた。
 そして、カルナは好戦的に口許を緩めながら地面を蹴りあげる。
「とっとと画面の中に……いや、元の場所に帰りやがれ!」
 周囲の樹々を伝って高く跳躍したカルナは夢喰いの頭上まで迫り、流星めいた蹴撃でその身を貫いた。
 ひひ、と女が笑う。初めてその奇妙な声を聞いたシャウラは思わず悪寒を覚えたが、すぐに総一郎が大丈夫だとフォローした。
 シャウラは気を強く持ち、攻撃を庇い続けるオライオンに、後であらってあげるから、と応援の言葉を送る。翼猫は嫌そうな顔をしていたが、少女の言葉によって仲間を庇い続ける覚悟を決めたようだ。
 睡も攻撃を後衛に通させはしないと自分を律しながら、皆を守る為に動く。
 ジゼルは仲間達の背を見つめ、癒しの力を揮い続けた。
「仮にもドクターを冠する者だ。この矜持に掛けて、戦闘不能者を出しはしないよ」
 穏やかな声は皆の耳に届き、不思議な落ち着きを与える。例え攻撃に回らずともジゼルの回復は確かに戦線を支えていた。
 これこそが連携だと感じ、ユーフォルビアも気合を入れる。
「どんどん叩き込んでいくよっ」
 破鎧の衝撃を敵に見舞ったユーフォルビアは血が飛び散る様に溜息を吐いた。自分は血を其処まで嫌悪していないが、やはりこれ程の量となると嫌になる。
 結里花も血の匂いに口許を押さえたが、対魔のプロとしてへこたれてはいけないと首を振った。ドリームイーターをきっちりと倒し、男性を救出するのが役目。
「捉えました! 啜れ、美刃剥命!」
 命を剥奪する白刃を振り下ろした結里花は敵を睨み付けた。激しい斬撃は血を啜り返すかのように迸り、夢喰いの力を奪い取る。
 烈しく続く攻防の中、まるで紅き血の色が夜を覆うような感覚が広がった。

●閉じられる血の世界
 赤い血は時間が経つにつれて黒く変色していく。
 それは戦いが長引いている様を表しており、張り付く血液が仲間達の動きを僅かに阻んだ。しかし、それも戦う以上は覚悟の上だった。
 睡は飛び散る血を率先して受け、都度ジゼルが癒しを施していく。
 夢喰いが放ってくる攻撃はどれも強力であり不利益を被るも多かったが、痛みも封じもすぐに取り払われていた。
 マリアンネや結里花達も果敢に立ち向かい続け、カルナは庇ってくれる仲間に礼を告た。そして、彼女は不意に周囲の匂いを嗅ぐ。
「鉄臭ェ……。こんなに血ぃ被ってたらお肌ピチピチになっちまいそうだぜ」
 吸血鬼伝説みたく、と冗談めかしたカルナは地獄の炎を纏って駆けた。カルナが近付き様に一閃をくらわせれば、続いたシャウラが詠唱を紡ぐ。其は昏き場所――と、古い詩を口にしたシャウラに合わせ、オライオンが尻尾の環を舞飛ばした。
「このにおいは……とてもくるしい、ですね」
 辺りは既に噎せ返るような血の匂いで満たされている。必要とあらば血の海の中でも歌えるシャウラだが、だからといって無反応ではいられない。
 紡がれた詩は極寒の冷気を生み出し、戦場の血ごと全てを凍らせていった。
 総一郎は敵の動きが鈍くなったことを感じ、戦いの終わりが近付いていると察する。そのとき、ふと総一郎は青年の思いを想像した。
 人は骨と肉と血で構成されている。
 血が出るということは生きている証明。斬り結び、血が散るこの戦いも同じこと。この戦いが終わったら、だから怖がることなんてないのだと青年に教えてやろう。
 そう決めた総一郎は最後に向けて薄墨色の闘気を巡らせる。
 気の色が次第に黒へと変化していく最中、総一郎は相手の懐に飛び込んだ。
「そろそろ血の影は沈む時だぜ!」
 瞬間的に屈んだ体勢から大きく飛び上がり、総一郎は女の顎めがけて掌底を叩き込んだ。まるで夜に昇る太陽の如く、その一撃は見事に決まった。
 好機だと察した結里花は水術を紡ぎあげ、一気に畳み掛けようと決める。
「大いなる水を司る巳神よ、その身を高圧の槌となし仇なすものを圧し潰し給え。急急如律令! ユーフォルビアさん、行きますよ!!」
「任せて! いくよっ」
 結里花からの呼び掛けに応え、ユーフォルビアが駆け出した。
 刹那、巳神の化身である水の八岐大蛇が召喚される。蛇はその首を八つの高水圧の槌へと変化させ、敵を穿った。
 その間にユーフォルビアは結里花の動きを予測して夢喰いの横手に回り込む。覚悟してね、という言葉と共に花盛の刃が大きく振りあげられ、瞬時に鋭い斬撃が三連続で敵に見舞われていった。
 睡も今こそ良い機会だと感じて掌に冷気と重力を圧縮する。
「――時長らくにして伝えず。五家伝を以て曰く、一刀にてまことに断ち切るべしは身に非ず。刀とは魂魄切り伏すもの也。しからば一刀、馳走し候」
 静かな言の葉が紡がれ終わった刹那、突撃した睡が具現化した氷の刀で一閃を放った。透き通った刃が儚くも崩れ去ると同時に睡は踵を返す。
 彼が射線をあけてくれたのだと気付いたマリアンネも刃を掲げた。
「血染めの『嫌悪』には、血を以てお応えいたしましょう」
 悪辣な夢を無に還すべく、マリアンネは敵との距離を詰める。これから始まるのは血と刃の狂宴。さながら芸術の如き、殺人技術は相手の死点を衝き、肉を削ぎ、骨を断つ。これこそがマリアンネが受け継いだ業だ。
 既に血塗れの女はふらつき、反撃すら出来ない程に弱っている。
 カルナは口の端を歪め、紫の瞳を差し向けた。
「どっちにしろ地獄の炎で燃やしちまえば全部同じさ。血への嫌悪も何もかも、アタシの怒りで全て灰にしてやんよ。――全てを焼き尽くせ! Napalm Death!」
 地獄の炎を込めた黒々としたナパーム弾を召喚したカルナは、敵の周囲を煉獄の海に変えた。全てを燃やし尽くす炎を見つめたシャウラは次で終わりだと感じ、総一郎も行け、と仲間を後押しする。
 その声を受けたジゼルは最初で最後の攻撃を放つ決意を固めた。
「開け――The Silver Key. 終わりを齎せ」
 光り輝く銀の魔鍵が召喚され、その狙いが夢喰いに向けられる。ドリームイーターの鍵で開かれた事件ならば、きっと鍵で閉じるのが良い。
 そして、次の瞬間。
 悪戯妖精が宿る鍵は悪しき存在を貫き、銀の煌めきが戦いの終幕を飾った。

●ひとである証
 夢喰いは戦う力を失い、その場に崩れ落ちた。
 それが幻のように消失すると同時に散っていた血が消え、静けさが満ちる。
 全てが終わったと感じた睡は雨燕を鞘に納めた。血塗れのままではないかと懸念していた衣服は僅かな違和感を残すだけで目立つ汚れは残っていない。
 其れを見たマリアンネは夢が夢に還ったのだと察し、静かに目を伏せた。
 ユーフォルビアとジゼルは仲間達にヒールを施し、傷を綺麗に消し去る。血嫌いの青年に血を見せることにならないかという心配はこれで消えた。
 そして、仲間達は崖下へ向かう。
 総一郎は目を覚ました青年に手を伸ばし、大丈夫かと問い掛けた。何とか、と答えた彼に結里花が事情を説明してやる。すると青年は申し訳なさそうに礼を告げた。
「そうだったんですか。ありがとうございました……」
「フィールドワークの最中なんだろ? なんだったら付き合うぜ」
「いえ、もう夜なので帰ろうと思います」
 青年が申し出を丁寧に断ると、総一郎はそうかと頷いた。
 怪我はしていても彼がすっかり元気を取り戻したことにを確認した総一郎は思う。誰かに血を流させないために自分たちが血を流す、それがケルベロス。
 彼の命を守れて良かったと感じ、シャウラはオライオンに微笑みを向けた。
 そうして、シャウラ達は青年と共に下山を始める。
 ジゼルが彼に肩を貸し、総一郎と睡が安全な道を先導していく。そんな中で、カルナは血が苦手だという青年に提案した。
「どうせいつか克服しなきゃなんねぇならオススメの映画教えるぜ?」
「えっ……結構です、遠慮します!」
 慌てた様子の彼が何だかおかしくて、ユーフォルビアと結里花はくすりと笑む。マリアンネも穏やかな光景を見守り、その幸先を願った。
 血への恐れは死への恐れ。ひとである以上、当たり前に持ちうるもの。ゆれにそれを恥じることはない。そう、だからこそ――。
(「血塗れの夢に、命が奪われなくて本当によかった」)
 確かな実感を胸に秘め、マリアンネは穏やかに微笑む。看取りを司っていた妖精族として思うことは奥底に仕舞った。地球上では死は等しく、いつかは誰にでも訪れる。
 されど死を忌避する心は生への渇望。
 それはきっと、この世界に住まうひとつの命として大切な感情のはずだから。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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