ペニーワイズ・イン・ザ・ボックス

作者:塩田多弾砲

 紗良は、白い壁を見ていた。
「ここは……近所の、廃墟?」
 その場所に、紗良は見覚えが有った。そして廃墟の一室、白い壁に三方を囲まれた、大きな部屋。
 その壁の前には、小さな箱。大きさは、十センチ四方くらいだろうか。綺麗に装飾され、キラキラ輝いているそれは、まさに宝物が入っていそうな箱。表面には『Pennywise』と刻まれている。
 紗良はその箱に近づいて行った。そして、数歩近づいたその時。
「!?」
 箱が開き……中から『それ』が勢いよく飛び出した。
 それは、巨大なクラウン(道化)。しかし、その大きさは元の箱に入りきるものではなく……小学五年生の紗良をはるかに上回る、巨大な体格。身長3m以上はある。
 両腕の拳だけでも、紗良の頭と同じか大きいくらい。そしてその頭部は、愛嬌のあるクラウンのそれだが……それもかなり大きい。まるで鉄屑を材料に作り出した、前衛芸術作品のよう。
 加えて、くわっと開いたその口の中に並ぶのは……トラバサミのような、ノコギリの刃のような歯。
 巨大な上半身を持つ、悪夢のようなそのクラウンは、腕を長く伸ばし、紗良へと掴みかかった。
 驚愕した紗良は、思わず後ズサりし……。

 そこで、目を覚ました。
「! ……」
 半身を起こした紗良は、寝汗でびっしょりの自分の体を抱きしめた。
 部屋の内部を見回した紗良は、何も変化が無い事を見て取った。まだ時刻は夜中。天井の電灯の豆電球は、いつも通りに優しい橙色の光を放っている。
「なあんだ、夢だったの……」
 が、そうつぶやいたその時。
「……え?」
 自分の胸を貫かれている事に、紗良は気付いた。
 貫いているのは、杖のような巨大な『鍵』。そして、その鍵を握っているのは……。
 いつの間にか室内に入り込んでいた、『少女』の手。
 獣の耳と、半分獣が混じったような顔つき。その少女の胸元には、『モザイク』があった。
「私の『モザイク』は晴れないけれど……」
『鍵』を握ったまま、少女は紗良へ語り掛ける。
「あなたの『驚き』……とても新鮮で、楽しかったわ」
『鍵』が捻られ、紗良はベッドに倒れ込み、再び横たわった。
 そして、少女……第三の魔女・ケリュネイアの横に、箱が姿を現した。
「つーか、『ドッキリ』とか『びっくり』とか、夢ん中でそういうのを見るっての、ガキの頃だけじゃあなく、大人でもあるッスよね。あ、自分はんなもん無いッスよ」
 黒瀬・ダンテが余計な一言とともに、本題を君たちに語り出した。
「今回、簡単に言えば。理屈の通らねえわけわかんない夢見て、夜中に飛び起きる……ってなとこを、ドリームイーターの奴が襲ったって事件ッス。で、問題は……その際に、ドリームイーターの奴が、犠牲者から『驚き』を奪ったって事っスね」
 そして……と、ダンテは続ける。
「そして、そいつらは奪った『驚き』から、新たなドリームイーターを作りやがり……そいつ使って悪さしようと企んでるらしいッス。奪ったバカヤローは姿を消しちまってるっぽいスが、奪われた『驚き』を元にして作られたドリームイーターが、事件を起こそうとしてるようス。こいつを倒すのが……今回の依頼内容ッス」
「で、ドリームイーターッスが……」と、ダンテは更に続けた。
「こいつのコードネームは『ペニーワイズ』。外観は、簡単に言えば『でかいびっくり箱』ッスね。ただし、箱は小さいですが、中身はデカいです」
『箱』は、十センチ四方の、宝箱を模したもの。子供向けのオモチャのような見た目で、女児がお気に入りのアクセサリーの玩具やガラクタを入れておくのにちょうど良さそうに見える。『箱』の強度は見た目に反し、かなり頑丈。その表面に刻まれているのは、コードネームの元になった『Pennywise』と読める文字。
 しかし、箱を開けると。中からびっくり箱の中身……巨大な道化が飛び出してくる。それは上半身だけだが、上半身『だけ』で、身長5m、肩幅3mほどの大きさがある。
 外見は、『鉄屑を溶接して作り上げたピエロ』。派手な道化服を模した意匠で、赤青黄の派手な色彩が施されている。そして、両肩の装甲にも道化の顔が刻まれており、右肩のそれは『怒り』の、左肩は『眠り』の表情を浮かべていた。
 下半身は存在しない。上半身から伸びた脊髄が、『箱』の中へと続いている。
 この巨大な上半身は、太い両腕を用いて走り回り、拳で殴りつけるのみならず……開いた顎は罠のトラバサミよろしく、ノコギリのような刃が内蔵。それで噛みつかれたら、かなりのダメージを負うは必至
 そして、それ以外にも……手足や頭には、『何か』が隠されているような意匠も見えた、という。
「具体的に言えば、両腕のあちこちに、『継ぎ目』みたいなもんが見えたッス。そこから何か開いたり、あるいは折りたたまれてたモンが展開したら……どうなるか見当もつかねースね」
 あと、頭部の『鼻』。ピエロがくっつける丸い赤っ鼻にも、表面に何か継ぎ目が見えた、という。
「ただ、対策としては、こいつは『驚かない奴』が気に入らねーみたいで、てめーで驚かそうとして通じなかったら、そいつをまず狙うみたいッス。これを用いれば、ある程度有利になるかも知れねーッスね」
『ペニーワイズ』は、魔女が生み出した直後に、近くの廃墟……犠牲者の少女・紗良の家のすぐ近くにある廃墟の周辺にて、『箱』状態でいるらしい。その状態でも動けるようで、あちこちに漂ったり、転がったりして移動し、犠牲者となるべき人間を探している、というのだ。

 ともかく、この『ペニーワイズ』とやらを放置しておくわけにはいかない。
 ダンテの言葉が、締めくくられた。
「皆さん、どうかこのバカピエロをブチのめし、紗良って女の子を助けて下さいッス。よろしくおねがいしまッス」


参加者
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
国津・寂燕(刹那の風過・e01589)
ヒルデガルト・ミラー(確率変動・e02577)
アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)
鈴木・犬太郎(超人・e05685)
アーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)
愛宕・幸(熱い不明存在・e29251)

■リプレイ

●IT1・Box
 また、『パッチワークの魔女』たちの仕業、ですか……。
 結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)は、キープアウトテープを張りつつ、その獅子の顔を渋く歪ませていた。
「何か言いました?」
「いや、何でもないですよ」
 すぐ近くで、同じ作業していたアーシィ・クリアベル(久遠より響く音色・e24827)が訊ねる。
「ふーん? まあいいや。それじゃ、私はあっちの方も封鎖してくるね」
 やがて、数刻後。
「レオナルド、この廃墟の周りをテープで囲っておいたぞ。これならば邪魔者は入ってこれないだろう」
 アーシィを連れ、国津・寂燕(刹那の風過・e01589)が戻ってきた。
「ああ、ありがとう」
 寂燕に礼を述べ、改めてレオナルドは目前の廃墟を見据える。
 そこは、古びた元工場。既にあちこちがボロボロになり、見るからに悪夢めいた不気味さを漂わせている
「レオナルドさん、周囲を探索してきましたよ。変わった様子は見られませんでした」
 ヒルデガルト・ミラー(確率変動・e02577)が、姿を表す。
「ああ。この辺りは、静かなもんだぜ」
 彼女の後ろには、アバン・バナーブ(過去から繋ぐ絆・e04036)。
「こっちも同じく、異常なしだ」
 別方向からは、鈴木・犬太郎(超人・e05685)とロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)の姿。
「どうやら、『箱』があるのは、ここで間違いなさそうね」
 ロベリアが、自身のビハインド『イリス』を伴いつぶやく。
「皆、お疲れさまでした。それじゃあ……」
 レオナルドのその言葉とともに、ケルベロスたちは廃墟内部へと歩を進めた。

●IT2・Open
「おうお前ら! 遅いぞ!」
 既に内部には、入り込んでいた不審者……に見えるケルベロスが一人。
「……ったく。おい、『巣作り』はちゃんとできてるんだろうな?」
「もちろんだ! 俺の冒険仲間なら、俺が出来る男って事は知ってるだろう?」
 寂燕の問いかけに、彼……愛宕・幸(熱い不明存在・e29251)は、自信たっぷりに言い放つ。が、その姿……ふんどしにサラシ、口元に覆面というその姿を見ると、寂燕は別の意味で不安を覚えていた。
「ま、まあ。あとは中を探して、『箱』を見つけてやっつけるだけ、だね」
 その場に生じた妙な空気を払拭せんと、ヒルデガルトが言葉を発する。
 捜索が、開始された。

 そして、数刻後。
 工場内部の片隅に、それらしい『箱』が積まれているのをアーシィは発見した。
「おっ、隊長! 目標を……」
『発見しました』と続けようとしたアーシィの言葉を待たず。
『箱』が動き出した。床に転がったそれの表面には、『Pennywise』の刻印がある。
 八人のケルベロスは……床に転がった『箱』へと目を転じた。
「確かに……子供の宝物入れに、ちょうど良さそうだな」
 犬太郎が、緊張の面持ちでつぶやきつつ……己が武器、鉄塊剣を取り出し身構える。
「ああ。こんなちっちゃい箱、なのにねぇ……」
 寂燕も、斬霊刀『死天八重桜』の刃を『箱』へと向けた。
 ロベリアは鉄塊剣『ブランネージュ』。彼女のビハインド『イリス』は鎌。アバンと幸も、オウガメタルともに斬霊刀を手に取り、戦いの態勢を。
「……この中に、『居る』んですよね」
 そう言うアーシィの手には、日本刀・星河。
 後ろに下がったレオナルドの手には、ドラゴニックハンマー。それを構えつつ、彼はうなずいた。
「……ええ。アーシィさん」
 張り詰めた空気とともに、痛いほどの沈黙が……ケルベロスたちの肌に、神経に食い込んでくる。
 皆の額に、冷や汗が一筋、たらり……と落ちた。
 その瞬間。
『箱』の上部、蓋が開き。次なる異変が。
『ペニーワイズ』が、その姿を表したのだ。

●IT3・Crown
「ひいいっ!」
 レオナルドは、驚きを隠せなかった。もとより大げさに驚くつもりだったが……そんな事は必要ないと知る自分を感じていた。
「出たーッ! ひゃああっ!」
「ひぁっ!」
「なっ!?」
 同じく驚いているのは、ヒルデガルドとアーシィ、そしてロベリア。
 その逆で、驚いていないのは、寂燕にアバン、犬太郎の三人。
「いや、何というか……子供だましだねぇ?」
 心底呆れたように、寂燕が言葉を投げかける。
「そんなんじゃあ、驚くこともできやしない」
 その言葉に噛みつかんとするかのように、道化が襲い掛かる。
 が、その前に幸がまず攻撃を仕掛けた。
「うわーっ、驚いたーッ! ……と見せかけて『戦術超鋼拳』!」
 彼の身体を覆うオウガメタルが、ナックルを形成し、敵へと叩き付けられる。
 ……ように見えた。
 ペニーワイズは、片腕で幸の拳をあっさり受け止め、投げ飛ばしたのだ。彼は派手に転び、工場内部の壁に勢いよく接吻する事でその勢いを止めた。
 己の中の恐怖と戦いつつ、レオナルドは『ペニーワイズ』を観察する。
 そいつは確かに上半身のみ。だがその大きさは、小さな『箱』に納まるほどのサイズではない。
 上半身を、『継ぎ目』が走る両腕が支えている。下半身は存在せず、鋼鉄製の脊髄が尻尾のように長く伸び、『箱』へと続いていた。
 そして、驚きを見せなかったアバンと犬太郎、寂燕へ向き直ると……・
 ペニーワイズは突進した。
『ぎゃーっはっはっはっはーっ!』
 大笑いする顔が犬太郎へ迫る。それは道化を模していたが……その口を構成するは巨大な『トラバサミ』。そして顔の中心部には、道化らしく巨大な赤い鼻。
「こいつを食らっても、笑ってられるか!」
 鉄塊剣に、己が地獄……炎をまとわせた犬太郎は、必殺の『デストロイブレイド』を放つ。巨剣の重き刃と、怒りと地獄の炎。それらが混合された一斬を、ペニーワイズへと振り下ろした。
 が、
「なっ!?」
 ペニーワイズは首をかしげると……トラバサミの口を開き、鉄塊剣の刃をがっきと咥え込んだのだ。
 刀身からの火炎が道化の顔を焼くが、まるで意に介さない。
 が、犬太郎は逆に笑みを浮かべた。
「無駄な攻撃と思ったか? 残念だったな!」
 その言葉とともに、ペニーワイズの後方から攻撃するビハインドの姿が。イリスの鎌の刃が、ペニーワイズの背中を大きく切り裂く。
 思わず口を開き、咥えた鉄塊剣を離してしまうペニーワイズ。その隙を突き、
「ブレイズクラッシュ!」
 地獄の炎をまとわせた、ブランネージュの一撃を叩き込むロベリア。両腕をよろめかせると、ペニーワイズは床に転がった。
「……舞刃、解放」
 その間に、寂燕は抜き身の刃から、込められた『陽の剣気』を放つ。
「舞飛べ、白雪。……『舞刃白雪(マウシラユキ)』」
 放たれた剣気は、あたかも宙を舞う白雪がごとく。それが、幸へと降り注ぐ。
「屋内の雪ってのも……乙なもんだろう? おい、とっとと起きろ」
「ありがとうよ、寂燕! ここからは、俺の見せ場だ!」
 回復した幸が、寂燕の前で立ち上がる。だが、それと同時にペニーワイズも立ち上がった。
「『スターサンクチュアリ』もかけたし、これで敵の攻撃に対して耐えられるはず。けど……」
 迫るペニーワイズに対し、ヒルデガルトはまだ不安だった。
 アバンもまた、自身のオウガメタルから粒子を放ち、『メタリックバースト』を付与する。これでケルベロスたちは、更に有利になったのだが……。
 彼もまた、不安だった。不安が消えなかった。
 仲間たちの不安を払拭せんと、アーシィがまず斬り込む。
「『月光斬』! はーっ!」
 アーシィの刀による斬撃が、ペニーワイズに斬り込まれた。
 が、アーシィへとペニーワイズの一撃が襲い掛かった。アバンはそれを防がんと、斬霊刀とともに突撃するが。
 アバンは知った。ペニーワイズが自分へと攻撃の矛先を向けた事を。
「なにっ!?」
 先刻に『驚き』を見せなかった彼だが、今は『驚いていた』。左肩の『眠りのピエロ』から放たれたモザイクに包み込まれ……アバンは『見た』。
 親友の、ドワーフの少女の姿を。長く美しい髪を、マフラーのように首に巻いた彼女の姿を。
「お前……死んだはず、じゃ……」
 そう、宿敵の螺旋忍者に殺され、死んだはず。なのに……生きて……。
 いや、生きて『いない』。なぜなら目前に見えるその彼女は、全身が腐敗した、生き骸だったのだ。

「アバン! どうしたのっ!?」
「おい! しっかりしろ!」
 アーシィが駆け寄り、犬太郎が鉄塊剣と日本刀でペニーワイズの攻撃を受け止める。
「や、やめろ! くるなあっ!」
 が、アバンは正気を失っていた。
「おい、どうした!」
 幸がなんとか、アバンを引きずってペニーワイズから離すが……アバンの恐怖はまだ終わらない。
「このっ!……きゃああっ!」
 ロベリアがビハインドとともにペニーワイズへ切りつけ、なんとか気をそらそうとする。が、逆に腕で弾かれてしまった。
 そして、立ち向かう寂燕に……右肩『怒りのピエロ』からのモザイクが当たるのを、レオナルドは見た。

●IT4・Metamorphosis
 まずい!
 焦りを覚えたレオナルドだが、既に寂燕は駆けだしてしまっている。
 その手には、死天八重桜の鋭き抜き身。八重桜にも似た剣気とともに、怒涛の突進がケルベロスとペニーワイズに襲い掛かった。
 異変に気付いた犬太郎とアーシィが、後退しペニーワイズから距離を取った。
 が、
「……この俺が、あの程度の手妻に引っかかると思ってたのか? そちらの方が心外だ」
 寂燕は、正気だった。正気のまま、ペニーワイズの胴体部分に死天八重桜の刃を突き刺し、そのままずいと敵を切り裂く。
 倒れたところに、更なる追撃を二度、三度と敵へと食らわす寂燕。しかしペニーワイズは寂燕を掴むと、そのまま壁や床に叩き付ける!
「ぐあっ!」
「行って!『ヒールドローン』!」
 ヒルデガルトが放つ小型ドローンの群れが、寂燕の盾となる。が、それでも床はたわみ、痕跡が穿たれた。
 すぐにヒルデガルトは、寂燕へと駆け寄り、ペニーワイズも跳躍して後方へと下がる。
 が、その動きは精彩を欠いていた。明らかに食らったダメージが蓄積されている。
 精彩に欠けた動きのまま……ペニーワイズは、
『変形』し始めた。
 両腕の『継ぎ目』。それらを展開し……両腕は、八本の『脚』に。
 道化の顔の赤鼻部分も開き……等身大の、人間の上半身がそこに。それもまた、ダンダラ模様の道化師。しかしその両手は鋭い刃を備え、表情は憤怒のそれ。
 巨大な蜘蛛の下半身を有した道化。それが、悪夢の変形を終えたペニーワイズの姿。
 かつて腕だった八本足をせわしく動かしつつ、それは突撃した!

 変形を目の当たりにして、ケルベロスたちも面食らったが……すぐに立ち直り、改めて戦いの態勢を取り直す。
「大丈夫?」
「あ、ああ……大丈夫だ」
「……こちらも、問題ない」
 正気を取り戻したアバンと、治療を受け回復した寂燕も立ち上がる。
 彼らを背中に、アーシィが再び剣を構えた。
「戦場で、私の前に立ちはだかるというのなら……」
 星河の刀身に、冷気がまとわりつき……周囲の温度が一挙に下がる。
 それとともに、アーシィの雰囲気もまた……冷静、冷酷なそれに。
「……いきます!『氷消瓦解の太刀(ヒョウショウガカイノタチ)』!」
 駆けだした彼女の動きをとらえきれず、ペニーワイズの八本足、かつての右腕に剣が撃ち込まれる。
 刃が触れると同時に、右腕だった脚四本が『凍結』し、『粉砕』され、『霧散』した。それとともに、ペニーワイズの身体が大きく傾く。
 すかさず、アバンが道化の左側へと回り込み……走りつつ、自分の斬霊刀に光を集約させる。
 それはあたかも、己に憑依した霊を呼び出し、刀身にその力を込めていくかのごとく。
「見せてやるぜ、俺たちの……絆!」
 横薙ぎに振りぬいた剣が……左腕だった脚に炸裂した。
「『ソウルレイ・ジェネレード』!」
 衝突とともに、飛び散った青き光の霊力が……アバンの亡き同胞の姿を取り、ペニーワイズへと攻撃する。
 左側の脚四本が斬り飛ばされ、左半身が抉られ、ペニーワイズは無様に工場跡の床に転がった。
 残る道化の、小型な上半身、赤鼻から生じたそれが、体を伸ばし二人へ迫ろうとする。が……。
「……一撃、だ」
 鉄塊剣を収めた犬太郎が、拳を構え、道化を迎え撃つ。
「俺のたった一撃を……『全力』で『完璧』に……」
 その拳に込められしは、降魔力と獄炎。ペニーワイズが、犬太郎へと強襲するが……。
「……お前にブチ込む! 『神風正拳ストレート』!」
 刹那、放たれた犬太郎の正拳が……ペニーワイズに叩き込まれ……小癪な道化を粉砕し、破砕し……その巨大な身体そのものを『両断』した。
 再び、哄笑が。が、それは断末魔の悲鳴に近かった。
 砕け散る寸前に、ペニーワイズの赤鼻上半身が有していた、両腕の刃が宙へと放たれる。
 それらは、アーシィとアバンへと向かっていったが……。
「アーシィ、大丈夫か?」
 寂燕の死天八重桜が、刃を受け止め、そのまま砕く。
「たーっ!」
 そして、レオナルドも……ドラゴニックハンマーでそれを受け止め、そのまま弾き飛ばした。
「……はあっ、はあっ、はあっ……」
 恐怖とともに、レオナルドの体に震えが走る。
「どうやら、終わったようね」
 ヒルデガルトの言葉とともに、ペニーワイズの声は完全に消えていった。

●IT5・Closed
 事後の調査も終わり、おもむろに廃墟へとヒールをかける幸。
「くっはっははははは! 道化に終幕を告げてやった! 涙が出るほど喜んだろうさ!」
 幸の、タガが外れたかのようなマッドな笑い声を背中で聞きつつ。
 寂燕は煙管をふかし、紫煙をくゆらせた。
「やれやれ、つきあっておれんな。先に失礼するとしよう」
 彼とともに、ロベリア、アバン、犬太郎とヒルデガルトが現場を離れていく。
「……でも、廃墟じゃ沢山の人の命を刈り取れないのに……いや、沢山盗らなくても良くなったの?」
 去りながらヒルデガルトは……ペニーワイズの事を、それを作った存在へと考えを巡らせる。
「それとも、何かの実験? 別の目的があるのかしら?」
 いくら考えても……その答えは出てこない。
「ん? そういや後の二人は?」
 犬太郎が、レオナルドらの姿が見えない事に気づいた。

 紗良が目を覚ますと、そこにはケルベロスたちの姿が。
「気分は、どうですか?」
 そこに、微笑むレオナルドがいた。
「やっほー、起きたー?」
 その隣には、アーシィが手を振りつつ、明るく問いかける。
「あんな夢見るなんて、災難だったね。……ほんと怖かった、うん」
 アーシィの言葉に続き、目を丸くしている紗良へレオナルドは語り掛けた。
「でも、大丈夫。悪い夢は、俺たちが晴らしました。だから……」
 ゆっくりとお休みなさい。
 微笑みとともに、レオナルドの言葉が優しく、紗良へと響いた。

作者:塩田多弾砲 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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