或る鬼の伝説

作者:玖珂マフィン

●砂礫通りの怪談
 細やかな小石が敷き詰められ、周囲を高い竹で覆われた通り道。
 砂礫通りと呼ばれるこの小路には、一昔前から噂があった。
 それは、人を喰らう鬼の話。
 砂礫通りは民家からは離れている。昼間こそ周囲の寺社や公園に人は集うが、日が沈めばそれも消える。
 街灯も最低限しかなく、夜になれば闇は深まるばかり。
 もし、たった一人で夜の砂礫通りを訪れたのならば、してはいけないことがある。
 鈴のような声で呼ばれても、決して振り返ってはならない。
 他に訪れるものもないこの小路に、他の人間などいるはずもないのだから。
 振り返ればそこには美しい鬼がいる。君は人の血と肉を求める。
 鬼の美しさを思い知った君は頼みを断ることは出来ない。
 最早、君は君ではない。君は鬼の血となり肉となる。
 誰一人抗うことも還ることもない。
 夜の砂礫通りにご用心。

「美しい鬼か……。どんな見た目なんだろうな」
 カンテラ型の電灯を照らしながら、男は一人、夜の砂礫通りを行く。
 男以外は誰もいない砂礫通りを八月の生ぬるい風が吹いていく。
「もしも本当に、自分を捧げてもいいと思えるなら」
 不安と好奇心からか。ぼんやりと歩きながら男の独り言は止まない。
「それはどんな気持ちなんだろうな」
 竹林が風で靡く。――不意に、男の後ろで砂利を踏む音が聞こえた。
 振り返らず、男は呼びかけられるのを待つ。けれど、男が望んだものはついに与えられなかった。
 ――ぞぶり。
 沈み込むように、巨大な鍵が男の胸に差し込まれた。
「私のモザイクは晴れないけれど……」
 魔女は男を見下ろす。引きぬかれた鍵には血の一滴もついてはいない。
「あなたの『興味』には、とても興味があります」
 闇の底から響くような声に誘われるように、影から鬼が生まれようとしていた。
 
●血となり肉となり
「見た人が誰一人帰らないなら、どうやって美しい鬼だって分かるんでしょうね?」
 ドリームイーターが『興味』を奪い具現化した怪物が現れた。そう聞いて集まったケルベロスたちへ和歌月・七歩(花も恥じらうヘリオライダー・en0137)は不思議そうに予知道具の手帳を捲った。
「奪われた『興味』の対象は、ある噂話みたいです」
 それは砂礫通りに現れる鬼の物語。
 一人で砂礫通りを歩いていると、鬼が現れて背後から呼びかけてくる。
 その声に応えて振り向いてしまうと、美しい鬼の姿に魅了されて、体を差し出してしまう。
 差し出された体を鬼は残らず食べ尽くし、血となり肉となるだろう。
「……って、言う感じのお話です。ありがちと言えばありがちな怪談でしょうか?」
 何時頃からある話なのかは不明だが、どことなく不気味な砂礫通りの雰囲気も噂の成立に一役買っているのだろう。
「そして、この美しい鬼が、今回の事件では現実化してしまいました」
 現実化させたドリームイーターは既に姿を消していて追うことは出来ない。
 けれど、現れた鬼は噂話のとおりに砂礫通りで待っている。
 鬼を倒さないかぎり『興味』を奪われた人は目を覚まさず、また砂礫通りに来た人が犠牲になるかもしれない。
「何としても、鬼を倒して『興味』を奪われた人の目を覚まさせてあげないといけませんよね!」
 うんうんと語気強く七歩は頷いた。
「噂通り、鬼は夜の砂礫通りを一人で歩いていると出現します」
 その際、他に取り巻きなどはいない一体のみ。呼びかけられて振り返ると、自らを差し出すように命令し、従わなかった場合は力づくで捕食しようと襲い掛かってくるだろう。
「鬼の命令は皆様には催眠のように感じられると思います。他には、手にした刀で切り裂いた相手の体力を奪う攻撃と、強く死の力に満ちた斬撃の三種類で戦うようです」
 もし、最初に振り返らず全力で逃げれば、そのまま見逃してくれるようだが、今回は鬼を倒すことが目的だ。あまり意味は無いだろう。
「いくら美しいからって、食べられちゃうのは遠慮したいですよね」
 美しい鬼のための犠牲、と思えば美談のような気もするけれど、この鬼は所詮噂話から生まれたドリームイーターにすぎない。
 誰かが身を捧げるほど、価値あるものではないだろう。
 ぱたんと手帳を閉じながら、七歩はケルベロスたちに微笑んだ。
「さあ、行きましょうケルベロス。望みの未来は見つかりました?」


参加者
リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)
ヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)
リリィ・ヴェナバラム(星の輝きを手に・e12045)
黒木・市邨(蔓に歯俥・e13181)
リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)
ミハイル・アストルフォーン(えきぞちっくウェアルーラー・e17485)
霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)
ラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)

■リプレイ

●花
 砂礫通りを照らすのは月の灯りだけだった。咲いた花が風に揺れた。鳥の囀りが夜に響いた。
 常人は暮れた此の道を歩かない。夜に尋ねる先など砂礫通りの果てにはないからだ。
 だからもし、夜の砂礫通りを行く人が居れば、それは余程の酔狂者か、或いは只人でないのだろう。
 夜を溶かすようにカンテラの灯りが揺れる。砂利を踏みしめミハイル・アストルフォーン(えきぞちっくウェアルーラー・e17485)が歩く。見上げた空に映るのは月ばかり。
「――もし」
 ミハイルが、ふと吐息を漏らした時、背後から声がかけられた。
 鈴を転がすような、美しい音色だった。
「いい夜だとは思わないかい?」
 立ち止まりミハイルは応えた。どうして、と。鈴のような声が尋ねた。
 ミハイルは振り返った。長い髪が風で靡く。
「――ほら、こんなにも綺麗な月が、目の前にあるんだから」
 鬼のように美しい少女が微笑っていた。
「ええ、とても良い夜」
 鬼のような少女は口を開いた。獣のような牙が奇妙に似合っていた。
 着物の裾を擦らせて、求めるように少女はミハイルに近づく。
 ――――たぁん。
 乾いた音が砂礫通りを震わせる。
「美しい薔薇には棘がある、こういうことですのね」
 じわりと少女の着物に朱が滲んだ。首だけをゆっくり傾けて少女は振り返る。
 硝煙の上がる拳銃を片手にリリィ・ヴェナバラム(星の輝きを手に・e12045)は立っていた。
 少女の赤い瞳を、藍の瞳で見返して。
「いいね、すっごくジャッポネっぽい感じ!」
 場違いな程の明るさでヴィルフレッド・マルシェルベ(路地裏のガンスリンガー・e04020)は賞賛した。
 人を食らう鬼の話。夏をも忘れてしまいそうな肝が冷えるほど美しい話。
 それが、ただのお話であれば。薄っすらと殺意が周囲三百メートルを支配した。
 実害が出る怖い話は、駄目だ。ヴィルフレッドは静かに目を細めた。
 そして、暗闇を穢すように幾つもの明かりが砂礫通りに降り注いだ。
「見れば還ることのない美しい鬼。……首なし美人の幽霊のようですね」
 閉じられた世界を開くまで真実が観測されることはない。その美しさは死なねば知らずと噂されていた。
 ――今日までは。
 リディア・アマレット(蒼月彩雲・e13468)は通りを光へと誘いながら姿を現す。
 ずらり集った番犬たち。眺めて、少女はきゃらきゃらと笑った。
「――ああ。己を殺しに来たのですね」
 何を想うか。きゃらきゃらきゃら、と少女は嗤った。
「貴女の噂も、私達と会ったことで終わりますの」
 怯むこと無く、霧城・ちさ(夢見るお嬢様・e18388)は肯定した。
 ちさは少女をこの場から逃すつもりはない。武装を構えながら盾となるべく前へ出た。
 少女は嗤い声を収めた。月が雲に隠れる。人工の明かりだけが竹林を照らしだした。
 ぱち、ぱち、ぱち。音が鳴った。
「鬼さん、此方。手の鳴る方へ、おいでませ――さあ、覚悟は良いか」
 ――俺は外さないよ。
 黒木・市邨(蔓に歯俥・e13181)は挑むように柏手を打った。
 少女はゆっくりと赤い瞳を向けた。
「――お望みとあらば」
 にい、と。其れは口元を歪めた。人外の如く、どこまでも妖しかった。
 金棒も無く角も無く。けれど、其れは確かに鬼だった。
「――いくら美しくとも鬼は鬼ですのね」
 溜息をつくようにラズリア・クレイン(蒼晶のラケシス・e19050)が囁いた。
「恐ろしいかい、ラズ」
 市邨の問いにラズリアは首を振る。ラズリアの全ては敵を滅するために。
 愛用の剣を抜いたラズリアに恐れるものなど何もなかった。
「鬼退治と、参りましょう」
「――ああ、往こうか」
 分かりきった答えを耳に市邨は流し目で応えた。
「わざわざ怖い鬼に逢いたいなんて気持ちは、僕には分からない」
 リュートニア・ファーレン(紅氷の一閃・e02550)は目を閉じて、開いた。
「……だから、だからこそ本当にしないために、倒すよ。ねえ、クゥ」
 鬼から視線を外さぬままに、ボクスドラゴンは短く鳴いて応えた。
 流麗に鬼は刀を抜いた。目には目を、歯に歯を、殺意には殺意を。
 原始的な論理が今日この場所では罷り通る。
 砂礫通りの殺陣が始まった。

●鳥
 歩くように囁かに、誰より早くリュートニアは動いた。
「僕の力、受け取って」
 双銃から放たれた弾丸は敵でなく味方を貫く。与えるものは傷でなく祝福。破壊の加護。
 殆ど同時にボクスドラゴンのクゥが唄うように吠える。与えるものは風の属性。抗魔の加護。
 破壊と抗魔の加護を受け取った番犬たちは、高められた力で敵へ向かう。
「――蔓、出番だ。往っておいで」
 市邨の呼びかけに応じて飼いならされた戦闘植物が牙を剥く。指向的な凶暴性が鬼を襲った。
 留めるように封じるように鬼は緑へと取り込まれた。
 動きが止まった瞬間を逃すまいと、リディアが駆けた。
「刀と戦うには、少々無粋な代物ですが……どうぞ、ご容赦を」
 機甲椀に接続された動力剣が唸りをあげ、リディアは攻性植物の中心点へと破鎧の衝撃を突き立てた。
 砂礫通りに赤色が溢れる。
「――鬼の血も、赤いのですね」
 血飛沫を払った鬼を前に、ラズリアは凛と青薔薇の細剣を掲げる。
 竜の幻影が剣に宿る。振り下ろされた切っ先から焔が全てを焦がすように吹き荒れる。
「虚空の風、黒き呪縛となれ……!」
 重ねるようにリリィの魔風が斬撃となって襲いかかる。狙い澄まされた一迅を躱すことなど能わない。
 故に、炎も風も、鬼は避けようとしなかった。纏わり付く炎も閉ざすような黒霧も構わず、ただ疾走する。
「させませんわ! ……っ!?」
 割りこむように飛び出したちさの旋風のような蹴りも鬼の勢いを削ぐことは出来ない。
 飛び上がる。振り上げる。刃が月下に煌めいた。月光を背後に美しい鬼が舞う。
「――全く、見惚れそうになるな」
 我が身を狙われたと悟ったミハイルは宙舞う鬼へと稲妻の如き刺突を繰り出す。
 空中で体を捻じり掻い潜った人外は刀を振り下ろす。赤の斬撃は血と肉を求めた。
「っ……、この身を捧げても良い……なんて、愁傷な事は言えないね……!」
 傷を押して距離を取るミハイル。守り手でなければ致命に近かっただろう。それでも調子は崩さない。
「――あら、お構い無く。どうせ己の勝手ゆえ」
 奪った血と肉は鬼の傷を癒やす。不死身の如き回復力。全て喰らうと嘯いて美しい鬼は妖しく嗤う。
「いいや、君の弱点はもう――見えてるよ」
 ただ一度の攻防からヴィルフレッドは鬼の弱点を見抜いていた。
 ――例え致命に及ぶような吸収を繰り返そうと、不調を返すことは出来ない。殺傷も高まっていく。不死身のような永久など、この鬼に有りはしないのだ。挑み続ければ何れ破れるまやかしに過ぎない。
 瞬時に情報が前線で戦う仲間たちへ共有される。
 壊すために最適化された情報で番犬たちは突き立てる牙を磨く。破壊の意志が研ぎ澄まされていった。
 協力な仲間たちの裏でイタリアの少年は落ち着いて回転式拳銃を構えた。
「それじゃ――続けようか」
 ヴィルフレッドは静かに微笑みを返した。

●風
「――容易くは喰えませんか」
 数度の剣戟の末、ほう、と鬼は溜息を吐いた。
 多勢に無勢。続くほど明らかになる鬼の劣勢。戦いの最中、息が漏れることもあるだろう。
「じゃ、そろそろ観念する?」
 ヴィルフレッドのジグザグの斬撃を受け流し、美しい鬼は夜に囁いた。
「――真逆」
 その吐息こそ、次の攻撃であった。
 脳を直接揺さぶられるような誘惑。耐えようと気を張れば体力が失われる。
 強度こそ高くないが鬼に全てを捧げよと誘う催眠は、存外厄介なものだった。
 鬼に与えるはずの傷が味方へ、味方へと寄り添うはずの治癒が鬼へと。
 頻度が低くとも、数回起これば予定が違う。鬼の妖しさが番犬たちを狂わせた。
「もうちょっと、がんばりましょう!」
 ちさのサーヴァント、エクレアが吐息からの盾となり、その間に手作りのお弁当を仲間たちへ振る舞った。
 特別な中身が詰まっている訳ではない、ごく普通のお弁当。だからこそ、そこに混じる真心を感じられた。
 もう少し、がんばろう。ちさのお弁当が番犬に立ち向かう気力を与えた。
「……そうですね。頑張りましょう!」
 リディアはアームドフォートを展開。本来であれば遥けき彼方より広域を撃つ戦略兵器を、唯個人を抹殺するための戦術兵器として活用する。二対四枚の集束翼が周囲から重力鎖を収束し圧縮。
「ケルベロスには、こういう手品もございます」
 昼が訪れたような眩さが解き放たれた。破壊の光が砂礫通りを染める。
 光が収まった時、鬼が漏らした息は覚悟の息だった。深手を負った鬼は傷を癒やさんと刀を抜く。
「負けませんの……!」
 リリィの瞳に映る鬼は、裂かれ焦がれ傷ついて、それでも美しかった。
 銃口を向けて引き金を引く。慣れ親しんだ動作の果て。銃弾が鬼へと吸い込まれるまでの一瞬、リリィは思う。
 全ての噂には元がある。……だとすれば、何時から伝わったとも知れないこの美しい鬼にも、何か元があったのだろうか。
 ――誰かが誰かを喰らうような、悲しい事件が。
 弾丸が鬼を貫く。史実が元であったとしても、今やそれを知るものはない。
 夢幻の鬼は現実になり得ない。
「……行こう、クゥ」
 好機と見たか補助に徹していたリュートニアとクゥが、前へと出向く。
 音速の拳と風混じる突進が、敵の隙を容赦なく抉り取った。
 多大なる損耗。だからこそ、止まれない。
 振り上げられる吸血剣。狙われたラズリアは細剣を滑らせて対抗し、鬼の刀と幾度と無く火花を散らす。
 人より外れた美しさからなる鬼の妖剣に対し、ラズリアの優雅かつ真直な剣筋は正剣。
 勝るとも劣らない剣技の交錯。結果を分かつは、誇り高き切り札。
「始原の楽園より生まれし剣たちよ。我が求めるは力なり――」
 鍔競り合いながらラズリアは詠唱を奏でる。展開された魔法陣より生み出たるは蒼浄なる剣。
「――蒼き輝きを放つ星となりて敵を討て!」
 細剣で抑えこまれた鬼に躱す手段はない。幾本もの剣が鬼を穢す。
「美しい花もやがては枯れるもの。大人しくなさいな」
 ラズリアの台詞に鬼もまた芝居のように応えた。
「――枯れると知って、其方は黙して受け入れますか」
 己は御免被ります。口元から赤を零しながらも鬼は嗤う。
 月下の戦場を血で染めて、なおも人外は妖美だった。
「人を喰ってまで永らえようとは思いませんわ」
 揺らぐことなくラズリアは相対した。

●月
「さあ、大詰めだよ!」
 鬼の生命力もあと僅か。冷静に場を動かしていたヴィルフレッドが死角から弾丸を叩き込む。
 迫る殺意に鬼は反応し致命傷を避けようと僅かに下がる。
「逃しませんよ」
 高速の情報共有によって回り込んでいたリディアが振り上げる動力剣。刀では打ち合えないそれを身を捩る。
 躱しきれず切り裂かれ、しかし首の皮を繋いだ鬼がたたらを踏んで更に下がる。
 けれど、そこは既に死地だった。
 仕込みは済んでいた。多量の符が花吹雪のように舞い散らばる。瞬時に形成される簡易結界。
 ヴィルフレッドとリディアが誘導した結界の中心点へ、ミハイルは跳ぶ。
「――その魂、貰い受ける!」
 鬼の足が止る。ちさの重ねた蹴りとリリィの黒霧が足を引き摺る。これ以上回避することは出来ない。積み重ねた不調が死を招く。
 足が動かなければ手を動かすしかない。死を込めて鬼は刈り取るように刀を振るう。
 追い詰められたが故の高まった斬撃。喰らえば唯では済まない。飛び出したニオーがそれを受け止めた。
 ミハイルの視線は真っ直ぐに鬼を見ていた。
 血肉の全て、魂までも喰らい付くさんと腕を振り上げる。
 鬼が、それでも足掻こうとした瞬間。真後ろから声が響く。
「――俺は此方、だよ」
 ほんの僅か同時ではない連携。正面のミハイルより遅らせたが故に、市邨の気配は直前まで気取られることはなかった。
 瞬きほどの間にゆらり消えた市邨は、影のように鬼の背後へと立っていた。
 振り返ろうとも絶死。前後からの挟撃が鬼の命運を決めていた。
 どこまでも機械的に処刑の斧が振り上げられた。
 交叉。
 背後より断ち切られ、破砕した生命は全て符に奪われる。
 取り落とした刀が夢のように消えた。全て最初から嘘だったように無くなっていく。
 鬼は最期に何と言おうとしたのだろう。歪んだ表情を動かそうとした。
 開いた口から言葉は出なかった。赤い瞳が番犬たちを見つめていた。
「――さあ、夢の世界に、お帰り」
 市邨の言葉に導かれるよう、美しい鬼は露と消えた。
 明けない夜がないように。醒めない夢がないように。
 終わらない鬼も、本当は居ない。
 刀も血も何もかも。後には残されて居なかった。
「――やっぱり、いい夜だよ」
 後始末の更に後。ミハイルの言葉に釣られ番犬たちは空を見上げる。
 月はもう遠かった。
「……綺麗でしたわね」
 ぽつりと、ちさが呟いた。
 砂礫通りは夢から醒める。幻想的な夜が明けようとしていた。
 美しくなく平凡で、何より尊い明日が来る。

作者:玖珂マフィン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 0
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