四谷橋の決闘

作者:玖珂マフィン

●強盗騎士のピカレスク
 黄昏時の四谷橋に向かって、一人の少年が歩いていた。
「強盗騎士! 本当にいるのかな……?」
 少年の通う小学校にはある噂が広まっていた。
 沈みゆく夕日に四谷橋が赤く染まる頃、甲冑姿の騎士が現れる。
 通り掛かるものがあれば、騎士は立ち塞がり剣を掲げ宣言する。
 曰く、『此処は我が領地。断りなく侵入するとは何事か。いざ、尋常なる決闘を申し込む』と。
 命知らずが決闘を受ければずんばらりん。躊躇なく切り裂いた遺体から戦利品と称して金目の物を漁る。
 とんでもないと断れば、『身代金を出せば見逃す』と申し出て、金目の物を取り上げる。
 誰が呼んだか強盗騎士。難癖をつけては決闘を申し込み、金目の物を奪い去る。
 それが本当なのかどうなのか。好奇心か度胸試しか。
 少年は四谷橋に向かっていた。
「本当に居たら、どうしよ――」
「――私のモザイクは晴れないけれど」
 少年の声に女の声が重なる。巨大な鍵が少年の胸を貫いていた。
 倒れ伏す少年。血の一滴も流れずに、鍵は胸から引き抜かれる。魔女は少年を見下ろした。
「あなたの『興味』には、とても興味があります」
 その傍らで蠢く陰は、甲冑を形作ろうとしていた。
 
●事象曲解のフェーデ
「実際に中世欧州では身代金や略奪目当てに難癖つけて行われる決闘があったらしいですよ?」
 決闘ってことにしておけば殺しても奪っても罪にならなかったみたいです。
 『興味』の感情をドリームイーターが奪い、怪物が具現化された。そう聞いて集まったケルベロスたちへ和歌月・七歩(花も恥じらうヘリオライダー・en0137)は手帳を見ながら豆知識を披露した。
「奪われた『興味』はある噂話です」
 日が赤く染まり落ちきるまでの四谷橋を通ろうとすると、甲冑姿の騎士が立ち塞がり決闘を申し込んでくる。
 断ろうと逃げようと、金目の物を奪い取ろうと襲い掛かってくる。
「……って、こんな感じの噂です。小学生の間で流行ってるみたいですね」
 カツアゲする不良とフィクションの騎士が混ざりあったのだろうか。奇妙な噂であるが、この騎士が具現化してしまっている。
 騎士を具現化したドリームイーターは既に姿を消しているが、強盗騎士は噂通り黄昏時に四谷橋に現れる。
 騎士を倒さない限り、『興味』を奪われた少年が目を覚ますことはなく、四谷橋を訪れる人達が犠牲になるかもしれない。
 何としても、このドリームイーターを倒す必要があるだろう。
「敵の騎士は一人。四谷橋で訪れるものを待っています」
 そして、渡ろうとするものの前に立ち塞がり決闘を申し込んでくる。
 素直に金目の物を差し出せば命まで奪おうとはしないようだが、ケルベロスたちには関係ないだろう。
「あ、それとこの騎士は金目のものが目当てなので……。高級品などを身に着けた人を集中狙いする傾向があるようです」
 うまく利用すれば戦闘を有利に運ぶことが出来るだろう。
「お金は大事かもしれませんけど、だからこそ奪われるなんて御免被りたいですよね」
 それに全然騎士っぽくないです!
 ぱたんと手帳を閉じて、七歩は憤慨するようにぐっと手を握った。
「敵を倒し人を助ける! こっちのほうがよっぽど騎士っぽいです」
 目指せ王道騎士物語! 力強く手を掲げ、七歩は番犬たちに向き合った。
「さあ行きましょうか、ケルベロス! 望みの未来はすぐそこです!」


参加者
鳴神・猛(バーニングブレイカー・e01245)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)
アベル・ウォークライ(ブラックドラゴン・e04735)
彩咲・紫(紫の妖精術士・e13306)
藤林・シェーラ(詐欺師・e20440)
マルガレーテ・ビーネンベルク(天蓋の守護者・e26485)

■リプレイ

●茜空の下
 四谷橋に続く道は夕日に焼けて朱く染まっていた。
 各々の想いを胸に抱き地獄の番犬は戦地へと行く。
 待ち受ける強盗騎士を思って、鳴神・猛(バーニングブレイカー・e01245)は闘志を燃やした。
「何時でも何処でもこういう奴はいるもんだけどね~~。それが再現されると迷惑千万極まりない!」
 時代や風習、都合もあるだろう。けれど、現代には現代の理屈がある。
「歴史上、たしかに身代金や略奪目当ての決闘を行う騎士も存在したようだが、それを戒めるために『騎士道』が生まれたと聞く」
 猛に賛同するようにアベル・ウォークライ(ブラックドラゴン・e04735)は言葉を続ける。
 かつての常識に遠慮をする必要はない。現代の騎士とは誇り高き盾なのだから。
 それを穢す強盗騎士をアベルは容赦しない。
「全く。騎士を名乗っておきながら、やることが強盗とは、騎士の風上にも置けないね」
 騎士の端くれと自認するマルガレーテ・ビーネンベルク(天蓋の守護者・e26485)としては、四谷橋の騎士の行動は見逃せるものではない。使命感と憤りを滲ませた。
「確かに騎士らしさの欠片もありませんわね」
 高貴なものには責任が伴う。それは騎士であれ同じはずだ。
 上流階級に生まれた者として彩咲・紫(紫の妖精術士・e13306)は自負を持って強盗騎士を非難した。
「それにしても、公道をだれから拝領したって設定なんだろうね。その強盗騎士?」
 純然たる疑問を浮かべるのは、まだ十歳の峰谷・恵(暴力的発育淫魔少女・e04366)だ。
 不明だが恐らく強盗騎士の中では何らかの理屈があっているのだろう。
「っと、着いたみたいだな」
 朱く染まる黄昏時の四谷橋。何者かが現れると言われれば、信じたくなるほどに妖しかった。
 木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)の言葉に応えて番犬たちは心を引き締めて歩を進める。
「そこを行くものら、止まれぃ!」
 番犬たちが目を向ければ、甲冑姿の人影が。先程まで、そこには誰も居なかった。
 それは正に強盗騎士。
「此処は我が領地なり! 断りなく侵入するとは何事か。いざ決闘を申し込む!」
 剣を抜き、金属音を鳴らしながら歩き迫るは強盗騎士。
 けれど、近づき彼らが身につけた物を見た強盗騎士は、少し声色を変えて話しかける。
「……しかぁし、其の方らも不注意ということもあろう。謝罪の上、多少の誠意を見せられるようであれば、今回ばかりは目を瞑ってやっても良いが?」
 誠意という名の金銭に高級な装飾品を所望する強盗騎士。実に俗。
 その振る舞いは、あまりに騎士として目に余った。
「貴公が『四谷橋の騎士』殿か。成程、身形は騎士そのものだな」
 紅玉を柄頭に嵌めた宝剣、金と宝石で作られた棍、白貂の毛皮で作られた外套を身に纏ったカジミェシュ・タルノフスキー(機巧之翼・e17834)は、見下げた瞳を強盗騎士に向ける。
「だが、盗賊の真似事とは。貴公はそれでも騎士か」
「――何ぃ……?」
 同じ騎士として見ていられないと、カジミェシュは強盗騎士の言葉を切り捨てる。
「騎士というか山賊というか……追剥ぎ? 強盗?」
 大げさに溜息を付いて、藤林・シェーラ(詐欺師・e20440)は呆れたように肩をすくめる。
 こんな格好が悪いものが、騎士であるわけがない、と。
「貴様ら……!」
「おおっと、一緒にされたら怒るのかい、騎士さんとやら。しかし、山賊のほうがマシだと思うがね」
 自分を正当化していないだけ、ただの悪党の方が上等だと、ケイは強盗騎士を嘲った。
 そこまで言われて抑えられるほど強盗騎士は理性的ではない。
 怒りを露わに剣の切っ先を番犬たちへと向ける。
「金品さえ寄越せば見逃してやろうと思っていが、もう我慢ならん! ――切り捨ててくれるわっ!」
「ならば、領地ごと――その命、貰い受けるとしよう」
 ジグムントの子カジミェシュ、いざ参る。
 せめて形式は騎士として。カジミェシュが礼儀に則り決闘を受ける。
 黄昏の日が沈む中、そうして四谷橋の決闘は始まった。

●四谷橋の騎士
 決闘が始まると同時、アベルは駆けた。強盗騎士へと向かい真っ直ぐに。
「理由はどうあれ正々堂々の勝負だ。――無論、金も命もくれてやるつもりはないが」
 誇り高きドラゴニアンの戦士は脚を振り上げる。ブーツを突き破るように飛び出した爪が強盗騎士の脇腹を抉り取らんと襲いかかる。
「ぬぅっ……!」
 なれど強盗騎士も只者ではない。その精神こそ歪んでいようと実力は決して侮れない。
 回し蹴りを剣で受け流し、身に受ける衝撃を僅かばかりに押し留める。
「どうした、この程度か……!」
「余所見してる場合かな!」
 攻撃を捌いた余裕から勝ち誇ろうとした強盗騎士の背に響く衝撃。強盗騎士の身体を包み、動きを鈍らせる。
 鎧を抜けて掌底の振動が強盗騎士に染み渡る。アベルとの攻防の隙に死角へと回り込んだ猛による連携であった。
「何……!」
 慌てて強盗騎士が周囲を見渡せば、当のアベルも攻撃の勢いのまま挟撃可能な背面へと移動。
 勝ち誇り気付かぬうちに、番犬たち必殺の布陣が完成していた。
「彩咲・紫、参りますわ!」
 夕日を背に、欄干の上から名乗りを上げた紫は杖を振り上げる。
 それは稲妻の力を宿す杖。轟音とともに雷柱が騎士を貫き通す。
「おのれ……!」
 苛立たしげに剣を振り上げた強盗騎士に、カジミェシュも伝来の武具を抜き放ちながら改めて名乗りを上げる。
「我が名はカジミェシュ、星月なるレリヴァの裔、タルノフスキーに連なる者なり! さあ、この首獲らんと欲する勇士や誰ぞ!」
 見せびらかすような高価な装具品の数々。挑発するような名乗りの言葉。
 強盗騎士が切っ先を向ける理由は十分だった。
「抜かしたな、青二才……。良かろう、この剣、味わうがいい!」
 神速の踏み込みからの切り落とし。大胆かつ単純な振り下ろしでありながら、その一撃に込められた破壊力は凄まじいものがあった。カジミェシュの鎧を傷つけるように斬撃が奔る。
「……我が一撃を耐えるか!」
「流石に重いな。だが……その程度で倒れはせんよ」
 少し苦い表情を浮かべながらも、カジミェシュは立っていた。斬撃を防ぐ防具と攻撃を逸した盾が深い一撃を避けていた。
 更に、番犬たちは一人ではない。
「回復は任せてねっ」
 癒し手として冷静に戦場の流れを見ていた恵は傷を負ったカジミェシュへ光の盾を飛ばす。
 守るように展開された恵の盾は、その身を強固にするとともに、傷を癒やし更なる一撃にも耐えうる体力を取り戻させる。
「行くぞ、ポヨン!」
 ――正に瞬撃。言葉とともに雷音が鳴り渡る。
 欄干を蹴り一気に前線まで駆け込んだケイが雷轟のような突きを強盗騎士に炸裂。
 それと同時にボクスドラゴンのポヨンは突撃。囮となるべく着飾った宝飾品をなりふり構わずじゃらじゃら鳴らして体当りした。
 強盗騎士が揺らぐ。振り払い、体勢を持ち直した甲冑者の前には、変形し終わった鉄槌の姿があった。
「ドリームイーターという割には夢のない騎士だよねェ」
 それは砲撃の形態。目を細めて芝居がかった口調で紡ぎながら、シェーラは砲口を強盗騎士へと向けていた。
「――まぁ悪夢というなら、終わらせるのもやぶさかではないよ!」
 竜砲弾の衝撃が水面を震わせる。強盗騎士は手甲で防御こそするものの機動力は奪われた。
「それじゃあ、僕たちも自分の仕事を果たさせてもらおうかな」
 幼き姿に見合わぬ冷静さで戦況を把握しながら、マルガレーテとウイングキャットのルドルフは、前線で戦う味方へと、破壊の勇気と不調を祓う希望を授ける。
「調子に乗りおって……!」
 憤る強盗騎士は再び剣を振りかざし、番犬たちと対峙した。

●尋常なる決闘
 強盗騎士の剣戟の冴えは確かに侮れないものだった。
「ええい! まだ倒れぬか!」
 しかし、斬撃への耐性、連なる連携、重ねられる殺傷。
 攻防を繰り返すほどに戦況は番犬有利へと傾いてく。
「――キミの力はそんなものかい?」
 強盗騎士の神速の斬撃を、大盾『キルヒェンリート』で受け止めたマルガレーテは即座に自らを癒して陣形を立て直す。
「――愚弄するかッ!」
 陣形からなる番犬たちからの連携を凌ぎ、激昂した強盗騎士は守護を剥ぎさる豪剣でマルガレーテを追撃せんとする。
「自慢の剣もいいけどさ。折角の高級品、壊さない欲しいねェ」
 それを、割って入るようにシェーラが庇う。シェーラが傷つけばポヨンが、カジミェシュが。
「大丈夫っ! 心配しないで!」
 負った傷も恵が深くならないうちに回復する。長い戦いになることを見越した防御寄りの戦術が、強盗騎士に見事に刺さっていた。
 着飾られた高級品に目を奪われ、騎士としての誇りを煽られて、包囲からの集中攻撃を受けながら、狙いの定まらぬ強盗騎士は翻弄されてばかりだった。
「凍結させて差し上げますわ、これで凍えてしまいなさい!」
 余裕の失せた強盗騎士へと、紫の放つ弾丸が突き刺さる。着弾と同時に出現する氷柱。重なるダメージに強盗騎士は呻き、ついには膝をつく。
「――今ですわ!」
「任せて!」
 紫の言葉に呼応して、橋を蹴って猛は飛び出す。捻るように振り上げた拳は体細胞の極限までの活性化と生体電流の集中から熱く眩く衝撃を生み出している。甲冑の中心目掛けて抉り込む様に突き刺した。
「ぶち抜けェェェェェェ!!!」
 追撃するよう貫いた猛の腕が爆発、激しいエネルギーを放つ。爆風とともに強盗騎士は吹き飛び地に転がった。
「ぐっ、まだまだぁ……!」
「まだ、何だと言うのだ」
 言ったはずだ、その命貰い受ける、と。
 起き上がろうとした強盗騎士にカジミェシュは静かに宝剣を振りかざす。
 達人の如き怜悧なる一撃が、甲冑の隙間に吸い込まれるよう下ろされた。
「くっ、があぁ……! か、かくなる上は……っ」
 がらんがらんと剣を落とし、腕を下げた強盗騎士に、最早戦う気力は残されていなかった。
 欄干に手をかけ川に飛び降り、番犬たちから逃げ延びんと無様に背中を晒す。
「逃すか、ドラゴニック・テイルランサー……!」
 その尾が、敵を逃すことはない。縦横無尽に敵を討つ。
 炎のような憤怒を秘めながら、アベルは槍のように尾を伸ばし、強盗騎士を背から貫いた。
「どこまで騎士の称号を穢せば気が済むのだ……!」
 引き戻され、呻き声をあげる敵へと、夕暮れのキッドは刀を抜き放つ。
「――念仏を唱えな。それとも、辞世の句でも詠んでみるかい?」
 ケイの言葉に返せるほどの余裕は強盗騎士に残っていなかった。
 一閃。
 季節外れの桜吹雪が四谷橋に舞い上がる。
 納刀。風が、桜吹雪と強盗騎士を燃え上がらせる。
 夢が覚めるように、甲冑が崩れ消えていく。
「――あばよ、与太者!」
 風が止んだ時、かの騎士の姿はどこにも存在しなかった。

●騎士の名誉
 四谷橋での決闘は終わった。一息ついた番犬たちへ、シェーラは言葉を騙りかける。
「さて、それじゃ随分荒らしちゃったしお片付けと参りましょうか?」
 激しい戦闘の結果、四谷橋は随分と傷ついてしまった。
 このままでは近隣住民が利用するにも危険だろう。番犬たちはヒールを使って現場の回復作業に取り掛かる。
「眠ってしまった男の子も様子を見に行ってあげたいね」
 淫魔の霧で橋を直しながら恵は倒れた少年を気にかける。
「倒れたときに怪我してしまったかもしれませんものね」
 手当してあげませんと、と。紫もそれに同意した。
「そうだな。本当の騎士の姿も知ってもらいたいものだ」
 弱きを助けることこそが騎士の本懐。噂を聞いた少年に説いておきたいとアベルは思う。
「強盗騎士でない騎士が、これほど揃っているのだからな」
 正しき手本となるには、きっと十分だろう。
 同じ騎士を名乗る者として。カジミェシュはマルガレーテへと視線を向ける。
「確かに。騎士の端くれとしては出向かざるをえないね」
 軽く笑みをうかべてマルガレーテも頷きを返した。
 そして、番犬たちは少年へと向かい歩き出す。
 誇り高き勝利を胸に黄昏の明かりに照らされながら。
 四谷橋の日は沈む。

作者:玖珂マフィン 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年10月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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