黙示録騎蝗~吸血の黒

作者:現人

 奈良県南部、人の手入れが行き届かなくなった深夜の杉林にローカスト達はいた。
 一人のローカストが持ったコギトエルゴスムへ、カマキリ型のローカストが手を翳してグラビティ・チェインを与えていく。
 するとコギトエルゴスムは徐々に虫の様な人の様な形状へと変化していき、ローカストの手から落ちた時には、細く長い四肢と、黒く華奢な身体の女……『キスモード』が草むらに倒れ伏していた。
 かつては妖しげな美貌を誇っていた彼女も、辛うじて復活出来る程度のグラビティ・チェインしか与えられなかった為か、やつれ果てた肉体と、飢えを隠せもしないぎらついた目を自分を取り囲むローカスト達に晒していた。
「これだけで、足りるか!」
 怒りと焦りに満ちた声を吐くと同時、腕からアルミ生命体で形成した黒槍を生やしてローカスト達に襲い掛かろうとした直後、ローカスト達に容易く取り押さえられてしまう。
 無様に地に伏せさせられた彼女を傲然と見下ろすカマキリ型のローカスト、イェフーダーは感情を見せない声で言い放つ。
「グラビティ・チェインが欲しいか? ならば、自分で略奪して来い」
 ほんの数秒、憎悪の視線でイェフーダーを見上げていた女は、微かに歯ぎしりを一つ。黒槍を腕の中に収めると、彼女を拘束していたローカスト達が離れた。
 ほんの僅か、なおも同胞達を殺めてでもグラビティ・チェインを略奪しようと言う欲望も、油断なくアルミの刃を構えている姿の前には捨てざるを得ない。
 背から大きく伸びる羽を羽撃かせ、最早同胞達を一瞥すらせず闇の空へと消えていく彼女を見上げながら、イェフーダーは静かに一人ごちた。
「お前が奪ったグラビティ・チェインは、全て、太陽神アポロンに捧げられるだろう」

「ローカストの太陽神アポロンが、新たな作戦を行おうとしている様だ」
 ザイフリート王子が、自らのヘリオンに集まったケルベロス達にそう告げながら中央のテーブルにガラス製のチェス盤を置いた。
「不退転侵略部隊の侵攻をケルベロスが防いだことで、大量のグラビティ・チェインを得る事ができなかった為、新たなグラビティ・チェインの収奪を画策しているらしい。その作戦は、コギトエルゴスム化しているローカストに、最小限のグラビティ・チェインを与えて復活させ、そのローカストに人間を襲わせてグラビティ・チェインを奪うというものだ」
 そう言いながら、黒のナイトをチェス盤に指す。
「復活させられるローカストは、戦闘力は高いがグラビティ・チェインの消費が激しいという理由でコギトエルゴスム化させられたもので、最小限のグラビティ・チェインしか持たないといっても、侮れない戦闘力を持つ」
 言葉を続けながらも、黒のナイトへ向かう様に白のチェスピースを淀みなく並べていく。
「更に、グラビティ・チェインの枯渇による飢餓感から、人間を襲撃する事しか考えられなくなっている為、反逆の心配もする必要も無い。そして仮にケルベロスに撃破されたとしても、最小限のグラビティ・チェインしか与えてない為、損害も最小限となると言う……効率的だが、非道な作戦だ」
 黒のナイト一騎を待ち構える様に白の駒を陣取らせ、王子は再びケルベロス達に視線をやった。
「この作戦を行っているのは、特殊諜報部族『ストリックラー・キラー』を率いる、イェフーダーというローカストらしい。まずは復活させられたローカストを迎撃する必要があるが、いずれは、イェフーダーと直接対決する必要があるだろう」

「私の予知によると、このローカストが現れるのは奈良県十津川村。夜明け頃に空を飛んで現れるが、幸いにも人気はない場所は幾らでもある。グラビティ・チェインを豊富に持ったお前達が待ち伏せしていれば、向こうから勝手に襲い掛かってくるだろう」
 十津川村は周囲を森林に囲まれている。人気のない場所を幾らでも選んで戦えるのは、有利な点であるのは間違いない。
「今回のローカストは『キスモード』。蚊型のローカストだが、高い攻撃力を持つだけではなく、敏捷性には目を見張るものがある。なかなかの強敵だが、お前達なら対処出来るはずだ」
 目にも止まらぬ連続攻撃に、吸血でのドレイン攻撃、巨大な羽を羽撃かせて発生させる爆音での広範囲攻撃と、王子がキスモードの攻撃手段を列挙していく。
 言葉を言い終えると、王子はチェス盤から黒のナイトを摘んで取り除いた。
「グラビティ・チェインが枯渇しているとは言え……いや、後がないからこそ、奴も死力を尽くして来るだろう。決して油断せず、奴を打ち倒してほしい」


参加者
マサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)
マリオン・オウィディウス(響拳人形・e15881)
スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)
クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)
卜部・サナ(仔兎剣士・e25183)
祝部・桜(残花一輪・e26894)
比良坂・陸也(化け狸・e28489)
シャルロッテ・レーメル(紡ぎ交わる人の形・e31082)

■リプレイ

●彼女への招待状
 奈良県南部、晩夏。
 森林が大半を占めるこの地域は、紀伊半島の中でも数度は温度が低い。
 特に夜明け前ともなれば、猛暑に慣れた体には肌寒ささえ感じる。
 秋の虫達の鳴き声ばかりが大きく響く中、ケルベロス達は敵への備えを終えていた。
 元よりこの時間でなくとも、人の往来は皆無とも言える場所。卜部・サナ(仔兎剣士・e25183)が村の役場に連絡を回し、周囲への立ち入りを規制する通達も回されており、この広い森林にはケルベロス達以外の人影はない。
 少数の囮で敵を誘き寄せた所を、周囲に隠れている別動隊が一斉に奇襲を仕掛ける。基本に忠実であるこの作戦は、単純であるが故に効果的である事は言うまでもない。
 特に今回の標的は、極限の飢餓状態にあるローカストである。
 上空からも十分に囮の姿が見て取れる、木々が倒れて出来た自然の広間。
 そこに蚊の羽音と言うには余りにもぞんざいで、苛立ちと焦りを隠さない爆音めいた飛行音が聞こえてくる。
 月もか細く星の光ばかりが瞬く中を飛ぶ蚊の妖、キスモードの出現に秋の虫達が恐れを生して一斉に鳴き止んだ。
 囮役の一人である祝部・桜(残花一輪・e26894)は傍らに立つマサヨシ・ストフム(蒼炎拳闘竜・e08872)に呼びかけた。
「なんて残酷な手を。敵とはいえ同情いたします。でも、必ず倒さねば」
 マサヨシはバスターライフルを構え、彼女に答えた。
「敵である以上、どうなろうとも勝手だが、胸糞悪い戦法なのは確かだな」
 それが作戦開始の合図となった。
 桜は音の源に向けて気咬弾を放ち、マサヨシもバスタービームを当たるを幸いと乱射する。
 命を脅かす飢餓と、この状況に陥れたイェフーダーへの憤怒で思考を満たしていたキスモードは、オーラの弾丸が自分に直撃してようやっと、地上にいる二つの餌に気付いた。
「……どれもこれも、この私を虚仮にする!」
 ローカストの中でも高度な戦闘力、そして華奢ながら美しい造形美を誇る彼女が、たった一日の内にこの様な屈辱に塗れ続けるのは、初めての事と言ってもいい。
 両目を覆う仮面の様に見える複眼の全てを地表に向ければ、普段なら乗る筈も無い挑発に考えもせずに乗り、激昂を背の羽で奏でながら急降下する。
「かかった!」
 ライフルを連射しながら、マサヨシは桜と距離を離さずに他の仲間達が待ち構えている区域へと誘導すべく、全力で走る。
 キスモードは木々を蹴る事で加速を続けながら飛び来るのに対し、桜とマサヨシは根が張り巡らされた地面の上を走らざるを得ない。
 懸命に駆ける桜の背を自らの間合いに捕らえたキスモードは、口端を野蛮な笑みに歪める。腕に禍々しくも美しい槍を生やし、木を折り砕く勢いで蹴り抜いて桜へと襲い掛かった。
「おっと、これ以上は進ませねーぜ?」
 切っ先が届こうかとした瞬間、スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)の声と同時、彼の放つTable Limitがキスモードの周囲の重力を変化させ、飛び行く勢いを殺した。
 キスモードは既に、ケルベロス達の罠に掛かっていた。
「まぁ、殺しに来てるんだ。殺し返されることもあるわな」
 一人ごちて比良坂・陸也(化け狸・e28489)が放つペトリフィケイションが、ろくに身動きの取れないキスモードを撃ち抜く。
 周囲の茂みに身を隠していた奇襲部隊が一斉に姿を現せば、千載一遇の好機を逃すまいと躍りかかる。
「極限の飢餓状態による暴走、か……。叶うなら。万全の、戦士としての貴殿と戦いたかった」
 クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)も陸也に続いてペトリフィケイションを放つ。
「お腹が空いてるのね、可哀想。でも、村の人達を傷付けさせる訳には行かないから……貴女を倒すよ、ごめんなさい」
 サナは悲しげに呟くと、砲撃型に変形させていた手杵型のハンマーをキスモードへ向け、轟竜砲を撃つ。
「さしずめ我々は火でしょうかね。相手が虫であるのならば、火にくべて焼いてしまいましょう」
 空高く跳躍したマリオン・オウィディウス(響拳人形・e15881)の脚がキスモードへ狙いを定め、闇夜では眩く煌く光を纏いながら飛び掛かる。
 満を持しての連携攻撃、キスモードに手番を渡さずの完封を狙う……が。
「笑わせる。蠅が止まるわ!」
 複眼がその場にいるケルベロス全員をねめつけた直後、ケルベロス達の集中砲火が着弾する。
 しかし、マリオンの脚には敵を打ち砕いた感触が無かった。
 キスモードは周囲からの攻撃を躱し切ると同時、唐突に消え失せていた。
 誰一人として目を離さなかったと言うのに、全員の視界から容易く逃げ果せたのは彼女の恐るべき敏捷性の賜物であった。
 しかしキスモードがこの戦場そのものから逃げたのではない事は、不快感を煽り立てる羽音が遠ざかっていないのが何よりの証明だった。
「早くて鬱陶しいのね……けど、ロッテは負けないのよ!」
 シャルロッテ・レーメル(紡ぎ交わる人の形・e31082)は美濃戸・いさなと共にメタリックバーストを放出し、姿の見えない敵への備えを整える。
 つい数分前まで虫の音色と風の音しか聞こえなかった静寂が、ただ一体のローカストが放つ乱調の騒音に駆逐され、耳を塞ぐ訳にはいかないケルベロス達の精神を着実に苛んでいる。
 彼ら自身にも判らないくらいほんの僅か、しかし精神にさざ波が立ち始めた正にその時、キスモードは再び戦場にその姿を現した。
 消えた時と同じ様に唐突に現れた場所は、前衛達の只中、紛う事のないド真ん中、であった。

●血生臭い舞踏会
「こんばんは。いい夜ね」
 たおやかに笑みを浮かべ、悠長な挨拶をしたキスモードの背後に立っていたのは、桜だった。
「残酷に扱われるのに同情はしますが……必ず、殺します」
 惨殺ナイフの刀身を無残な形状に変え、キスモードの華奢な背へと躊躇いなく斬りかかる。
 だがそれは、キスモードの注文通りの行動でしかない。
 蚊は複眼により三百六十度の視界を持つ。蚊に似た複眼を持つキスモードも、背後は死角ですらない。
 桜は『不意を打たされた』。
 普段なら決してやりはしないタイミングで不注意に攻撃を仕掛けさせられたのは、キスモードの奏でたノイジィミュージックが持つ催眠効果に拠ったもの。
 首など背後に向ける事もなく、キスモードは腕を伸ばせば届く位置にいた鏑木・郁の手首を何気なく取ると、強靭な腕力と、まるでワルツを踊る軽やかな足取りでターンを決め、互いの位置を交換した。
 結果、桜の刃は郁に突き立てられる。
「お兄さま!?」
 桜の驚愕の叫びが響き、まさかの同士討ちに動揺が走る中を、キスモードは一人踊る様な足取りで次なる獲物を捕らえた。
「烏合が何の役に立つと!」
 とん、と爪先が地面を蹴ると同時、甘い笑みとは裏腹に、羽音を猛り狂わせながらクオンへと飛び掛かる。
 低空にその身を躍らせ、両腕両足が今にもクオンへと繰り出されようとした瞬間、二人の間に割って入ったのはマサヨシだった。
「来いよ! キスモード!! 誰かを守る為ならこの命……惜しくはない!!」
 獰猛に笑って叫ぶマサヨシへのキスモードの返答は、口端まで裂く様な満面の笑みと、顔面への正拳突きであった。
「RyAaAAAaayAaaaAa!!」
 足刀、鉄拳、回し蹴り、手刀、肘打ち、掌底、前蹴り、貫手、鉄槌。
 息付く間など与えずに切れ目無く打ち込まれる一撃一撃が、命を奪うに不足のない重さと速さ。
 それでもなお、ほんの一秒でも、ほんの一撃でもより多く攻撃の手を自らに集めようと破壊の暴風に立ちはだかるマサヨシが目の当たりにしたのは、自らの眼前でくるりと宙返りする事で、高々と掲げられた右脚であった。
 胴回し回転蹴り。
 実戦ではほぼ見られない技を容易く具現化し、全体重を前転の勢いに乗せて踵を振り下ろす。
 その軌道はほんの一秒後、腕や武器で防ごうとする抵抗を嘲笑い、頭蓋を砕いているのが直感で判る。
 刹那、流石のマサヨシも死が頭をよぎる。
「アメジスト・シールド、最大展開!!」
「ビリってするのよ!」
 しかし、フローネ・グラネットの掲げた紫水晶の盾が、シャルロッテのエレキブーストが、間に合った。
 キスモードの脚が必殺の威力と速度を纏おうとした瞬間、マサヨシを覆った紫水晶と癒しの電撃がコンマ以下の僅かな時間を稼いだ。
 ぐいと首を傾げる事に成功した次の瞬間、踵は右肩へ振り下ろされていた。
 嫌な音と感触を存分に痛感しながらも、なおもキスモードを睨み付けた。
「……ハハハッ! やっぱオレにはこっちのほうが性に合ってるぜ!!」
 呵々大笑。
 必殺の間合いを外されたキスモードがそれ以上の深追いを避け、軽やかに飛び退いたのを見届けると、酷使に耐えたマサヨシの肉体は精神の言う事を聞かずに片膝を突いた。
 木の幹に片手片足で捕まり、油断なくケルベロスを見渡すとキスモードは小さく舌打ちをする。
「乾く……!」

●最後の晩餐
 極限の飢餓の中、微かにこびりついているグラビティ・チェインを持ち前の矜持と、このキスモードを罠に掛けた不逞の輩への憤怒で水増ししてはいたが、最早飢えと渇きは限界を超えていた。
 ずるり、両腕から禍々しい造形の黒槍が生え伸びる。
 両腕から槍を生やすなど、そんなはしたない真似を平素の彼女なら決してやる筈も無い。
 しかし、そんな悠長な事を言っていられる状況でもなくなった。
 足に力を込め、木を蹴り飛び行く瞬間に次の獲物を見定める。
 その勢いのまま、柔らかそうで美味そうな子兎、サナへ右腕を突き出しながら襲い掛かる。
「おっと。こっちの水は甘いぞ、と言う奴です」
 またしても、狙った標的ではない者に阻まれる。
 浴衣を貫き、マリオンの脇腹に深々と突き刺さった槍は、それでも勢い良く生命を吸い上げた。
 悠久の時の中でも、これ以上に甘美なグラビティ・チェインを得た事はあっただろうか。
 脇腹を貫かれながらも無表情に放つ縛霊撃を回避すると、槍に纏わりついたグラビティ・チェインすらも名残惜しそうに舌を伸ばして舐め取った。
 彼女が満ちるには余りにも少ない量で、逆に飢えと渇きが加速してくる結果を生んでしまう。
 飢餓は耐えられれば慣れる事は出来るが、飢えを満たせない程度の中途半端な補給をしてしまえば、飢餓への慣れが無くなる様に生物は出来ている。
 それはデウスエクスであるキスモードでさえも例外ではない。
「まだ、まだ足りない……!」
 その時、彼女の思考を支配したのは一刻も早くこの飢えを癒す、その生存本能のみ。
 衝動にも近い軽挙は、平素の彼女なら、絶対にやらない愚行であった。
 目にも止まらぬ踏み込みでマリオンへ接近すると、槍の生えた左腕を抉るように突き上げ……マリオンの縛霊手が、敏捷に長けた一撃を軽々と捕らえてしまう。
「は、離せ、離しなさい……!」
 飢えに突き動かされたとは言え、とんでもない悪手を打った直後に正気を取り戻したキスモードが狼狽しながら逃げようとするも、マリオンもまた必死にキスモードを捕らえていた。
「残念ですが、今のあなたは夏場に私が悩まされる他の蚊とそう変わりはしませんよ。無念を抱いてお休みなさい」
 五月蠅い蚊を叩くには、空を飛んでいる時ではなく、皮膚に止まって針を突き刺した時が最も楽に叩く事が出来る。
 それと同じ要領で、攻撃してきた瞬間を見切って捕らえてしまえば、いくら敏捷性に長けていると言っても回避出来る範囲はたかが知れている。
「それじゃ、こいつで決めようか。完全に倒すまで、一瞬たりとも油断しちゃいけねーからな」
 スピノザのガトリング連射が降り注ぐ。
「カミサマカミサマオイノリモウシアゲマス オレラノメセンマデオリテクレ」
 陸也の魔蝕之霧が貶める。
「当たるとしびれるのよっ!」
 シャルロッテの薄明の光が貫く。
「その身に呼び醒ませ、原始の畏怖」
 ヴィンセント・ヴォルフの黒き雷霆が腹を穿つ。
 回避に長けたフォルムは、防御力には大分と乏しい。やつれて尚、美しさを誇っていたキスモードはマリオンに腕を掴まれたまま、ぐらりと両膝を地に付けた。
「……まさか、まさか、そんな事が……こんな、理不尽な事が、どうして私に……」
 ぶつぶつと虚ろに独り言を呟くキスモードを、クオンは憐みの目で見下ろした。
「……戦士よ、その魂に安息と救いを今、与えん」
 槍の穂先が淡く光るも、キスモードは戯言を繰るばかりで視線も向けない。
 そんな彼女の胸を抵抗なく貫いた槍が、今度は穂先だけではなく全体が光を発する。
 飢餓に堕したキスモードの肉体も魂も、槍が放つ浄化の光が焼き溶かし、跡形も無くなる頃、山脈の向こうが白み始めた。

●宴の終わり
 たった数分の激戦は終わった。
 広範囲にグラビティが交差する戦いではなかったが、代わりにケルベロス達はそれなりのダメージを受けた戦いだった。
 重傷ではないにせよ、特にキスモードの攻撃が集中した前衛は一度や二度のヒールでは回復し切らず、ケルベロス達が総がかりでヒールに集中する。
 ひとまず一段落付いたところで、サナが悲しげに呟いた。
「……こんな作戦、止めさせないと。リーダー格はどこに居るのかな…早く捕まえなきゃね」
 その言葉に答えたのはスピノザだった。
「向こうにも向こうなりの正義やら何やらはあるからな。だが、あいつの本音はよく聞こえた。どうして自分がこんな理不尽な目に、だ」
 仲間を使い捨てにするイェフーダーに、それぞれがそれぞれの感情を抱く。共通しているのは、前向きな思いではない、と言う事であるだろうか。
 キスモードへ黙祷をささげていたクオンが顔を上げ、仲間達へ向き直った。
「……改めて、アポロンとその一味は倒さねばならないと確信した。もしまた、力を合わせる事があるのなら……」
 桜もクオンを見つめ、こくりと頷いた。
「勿論です。ローカストのみならず、デウスエクスは全て……」
 ほんの僅かな沈黙の後、サナが立ち上がった。
「じゃあ、サナが役場の方に終わりましたって連絡しておくね」
 スピノザもズボンに付いた埃を払いながら立ち上がる。
「俺も行くぜ、いつも通りの朝が来たぜって伝えるのも仕事の内だ」
 山の上に昇った太陽の光は、ケルベロス達と無辜の村人達を今日も暑く照らしていた。

作者:現人 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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