黙示録騎蝗~殺戮の予兆

作者:文月遼

●クライモリ
 鬱蒼と茂る森の奥。そこには虫でも獣でもなければ、ヒトでもない異形が蠢いていた。カマキリを思わせるローカストは、地面に転がる宝石――正確には、デウスエクスの結晶化した存在、コギトエルゴスムに向けて、弱い光を注いだ。
 光に包まれた宝石は像を結び、やがて全長2メートルほどの大柄なサイズになる。それは、下肢に無数の尖った手足を持つ、センチピード……ムカデだった。けれども、その動きに理性や落ち着きは無い。無数の手足が、何かを求めるように蠢く。
「落ち着け。お前が求めるものはあそこだ。グラビティ・チェイン。欲しければ自分で奪え」
 カマキリのローカスト……イェフーダーの部下たちに押さえつけられながらも、ムカデ型のローカストの手足は獰猛にうねる。それを見たイェフーダーは頷いて部下たちに拘束を解かせた。
 暗い森を、ローカストが駆ける。
「存分に喰らえ……全ては太陽神アポロンの糧になる」

●ブリーフィング
「不退転侵略部隊への対処には成功した。だが、それを受けてローカストは新たにグラビティ・チェインの収奪を計画しているようだ」
 集まるケルベロスに向けて、フィリップ・デッカード(レプリカントのヘリオライダー・en0144)は手短に問題を切り出した。
 コギトエルゴスム化していたローカストを復活させ、それに人間を襲わせる。作戦を計画したのは、特殊諜報部族の『ストリックラー・キラー』のイェフーダ―と呼ばれるローカストのようだった。
「復活させられるローカストは、高い戦闘能力と引き換えにグラビティ・チェインを多く消耗するタイプらしい。そいつに、必要最小限のグラビティ・チェインを与えて飢えさせるって手だ」
「もし撃破されても、動かすだけの餌しか与えてないから、被害は最小限。悪趣味な作戦じゃん?」
 話を引き継ぐように、ザビーネ・ガーンズバック(ヴァルキュリアのミュージックファイター・en0183)はぼやく。その眉根が寄っている。
「親玉といずれは決着をつける必要がある。だが、その前に復活したローカストを撃破してほしい」
 続けてフィリップは状況の説明に戻る。
「時間は深夜。場所は長野県の山奥。それ自体に問題は無いんだが、麓にはちょっとした宿泊施設がある。避暑地って奴だな……夜が明ける頃にはそこに辿り着くだろう。それだけはなんとしても、避けにゃならん」
 もしも出遅れれば、万が一ケルベロスが負けるようなことがあれば、犠牲者が増えることは想像に難くない。
「敵はセンチピード、ムカデ型のローカストだ。大飯ぐらいなだけあって、油断ならない相手だ。サポートにザビーネも回す。上手く使ってやってくれ」
 特に体中に生えた脚に警戒するように。フィリップはそう続ける。手足がアルミニウムによって硬化すれば、それはアイアンメイデンもかくやの、針のむしろのようなものだ。
「グラビティ・チェインが枯渇していると言っても、飢えたバケモノほど恐ろしいものはねぇ。確実に仕留めてくれ」


参加者
珠弥・久繁(病葉の刃・e00614)
美城・冥(約束・e01216)
藤・小梢丸(カレーの人・e02656)
志藤・巌(壊し屋・e10136)
綺羅星・ぽてと(三十路・e13821)
影渡・リナ(シャドウランナー・e22244)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)
西城・静馬(極微界の統率者・e31364)

■リプレイ

●しずかな夜に
 ヘリオンからの降下の最中、ケルベロス達は遠くに人工的な光がちらほらと見える、大きな建物を見た。ケルベロス達が降下したのは細い山道だった。街灯もほとんど無い、薄暗い通り。そこを、影渡・リナ(シャドウランナー・e22244)や藤・小梢丸(カレーの人・e02656)は逆手に持った懐中電灯で照らしている。もう一方の手は得物をいつでも使えるように握り、油断なく光の先を見ている。
「夜更かしはお肌の敵だけれど。それよりも酷い敵が来ているのあればねっ」
「逆に言えば、それだけ向こうに余裕が無いってことだ」
 志藤・巌(壊し屋・e10136)が、綺羅星・ぽてと(三十路・e13821)のハイテンションに、ぶっきらぼうに応じた。少なくともゲリラや奇襲紛いのことをしなければ出来ないほどに、ローカストは手段を選べなくなっていると言うことだ。そして、麓へと向かう道を考える余裕も無い。道路を照らす微かな灯りが、銀色の生き物を捉えた。
「お腹をすかせているとこ悪いね、キミにはここで死んでもらう」
 珠弥・久繁(病葉の刃・e00614)が穏やかな笑みと共に針のむしろ、棘を思わせる手足を持つのローカストを見る。
 ローカストは、ケルベロス達に目もくれず、道を下ろうとする。
 久繁が手をかざすと同時に、無数のグラビティの業炎が束の間暗い夜道を照らす。
「昆虫食って流行ってるけど、これは食えたもんじゃないな……」
 ふもとのホテルは、なかなかの規模だ。涼しい場所で食べるあつあつの、辛いカレーはさぞ旨かろう。そう思うと小梢丸はがぜんやる気が湧いて来る。スパイシーな香りを放つ攻性植物が、ローカストを絡め捕る。
「グラビティ枯渇で弱ってる…などとは思わないわよ☆ そんなに手足が多くても、一本一本はそこまでじゃないはず……っ!」
 ぽてとが意識を研ぎ澄ます。ローカストの全身にある一本一本の手足。それをまとめて吹き飛ばす鮮明なイメージが、やがて現実になる。
「そう簡単に、逃げられると思うなよ、虫野郎……」
 攻撃を受けてたたらを踏んだローカスト。それにケルベロス達は正対する。仁王立ちになった巌が睨みつける。バンダナの下の眼光は鋭く、文字通りローカストを射抜く。
 その隣に立つ少女は懐中電灯を地面に転がす。淡い光がローカストの全身を映し出す。一部が欠けたが、百足の通り、いや。それ以上の棘を持っていた。
「ここから逃がすわけにはいかない。影渡リナ……参るよ!」
 リナは抜いた刀の刃をちゃきと返し、ゆっくりと腰を落とす。刀を眼の位置まで持ち上げ、引き付けるように構える、いわゆる霞構えである。ひゅうと風が吹いて、木の葉がうずまき、少女を包む。
 逃げられないと見たのか、ローカストも唸り声を上げながら身構える。
「飢えた虫風情、人の言葉を解さんが……クク。肉体言語は星をも越えるか」
 張りつめた空気。それを感じ取ってペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)は薄い笑みを浮かべる。

●アイアン・メイデン
 身体をぐっと沈め、ローカストがぐんとケルベロス達に肉薄する。まるで抱擁のようでもあるけれど、全身にある棘が、その仕草が鉄の処女もかくやという処刑であることを如実に語る。
「ぐっ……守って見せる。やらせはしません!」
 死の抱擁を、美城・冥(約束・e01216)が間に割り込むようにして受け止める。両手に銃身を切り詰めたバスターライフルを構えたまま、ローカストの広げた腕を受け止める。
「この距離なら、狙うまでもない!」
 受け止めた姿勢のまま、冥はローカストを振り払う。
 バックステップで間合いを取りながら、手にした二挺拳銃を連射する。無数の光線がローカストを貫く。
「ムカデ狩りと行こうか。そら、捕まえたぞ」
 至近距離から放たれる弾幕をしのぐローカスト。その足元に小柄な少女が忍び寄る。フードの下、口許が不敵に歪む。桃色の髪が揺れ、小さな拳が振るわれる。
 童の拳とは言えど、ペルもケルベロスである。その一撃は強烈。打ち付けた縛霊手から放たれるグラビティの網がローカストの足元を絡め捕る。
 戦闘の様子を見ながら、西城・静馬(極微界の統率者・e31364)はひとりごちる。
「少ないコストで手勢を消耗させず、暴走を逆手にとって行動を統制する――実に合理的です、『イェフーダー』強敵ですね……ですが!」
 静馬が両手を握り締め、力を込める。同時に低い駆動音が響き、白亜の機械によって作られた腕が衣服の下から露わになる。そのまま、右腕に絡む漆黒の鎖を突き立てる。それが地面に広がって幾何学模様を描き出してケルベロス達を包み込んだ。
「サポートはこちらが受け持つ。絶対に麓には行かせない」
「アタシもフォローに回るよ!」
 ザビーネ・ガーンズバック(ヴァルキュリアのミュージックファイター・en0183)がちょこまかと地面を蹴って、冥の元へと駆け寄って、素早くその傷の手当てをして背後へと戻る。
 全身の棘を震わせ、威嚇するローカストを取り囲むように控えるケルベロスは、じわりじわりと包囲を狭めていく。ケルベロス達にあるのは、闘志だけではなく、わずかな憐れみも含まれていたかもしれない。ただ使い潰すだけの道具として扱われる者を見るのは、敵であっても気分の良いものでは無い。
「かわいそうだとは思うけれど。ここで貴方を打ち砕かせてもらうわ!」
「最後まで全力で相手してあげるね」
 ぽてとが、リナが注意を惹き付けるために、得物を構え直す。それがケルベロス達の出来る唯一の手向けだった。


 ローカストが一層強く吠えた。大きな跳躍と共に両腕を振りかざす。カバーに回った巌に再び死の抱擁をすると見せかけ、その首筋に鋭い牙を突き立てる。無骨な彼の眉間に皺が寄る。自分の力を吸われている不快感と、そうまでしなければならない敵の懐の寂しさを実感した。
 けれども、それで同情をするわけではなかった。巌はその両腕で、棘が刺さるのも構わずにその頭を掴んで、強引に引きはがす。
「っ……こいつはおまけだ。しっかり味わえよ!」
 腕力で強引にローカストの頭を沈め、思い切り振り上げた膝で強引にその顎を砕きにかかる。怯んだ瞬間に小梢丸が懐に飛び込み、手にしたハンマーでローカストの外装めがけて振り下ろす。確かな手応え。それでもビリビリと手が震えて、微かに眉をひそめる。
「うわぁ、マジで硬い……煮込んでも食えないな、これじゃ。地道にやるしかないか」
「いくら強固でも、節があって、関節があるなら!」
 小梢丸に代わって、ぽてとが間合いに飛び込んだ。きらびやかなアイドルのアクセサリーが急速に形を変えて、その拳に収束。キラキラしたアクセサリーとは程遠い籠手へと変貌。そのまま人型を模した太い腕や脚を砕くようなラフファイトでローカストを翻弄する。
「俺達もお前達も生きたい。お前は飢えを満たすために麓にいる誰かを殺すし、俺達はその人たちをを守る為にお前を殺す」
 イェフーダの作戦、ケルベロス達の思惑。色々あれど、最終的に行きつくのはシンプルな生死だった。久繁がかざしたナイフに、微かな灯りと共にローカストの姿が映る。おお、とローカストが吠えた。久繁の魔術。ナイフに映るその姿は、殺戮の限りを尽くしても飢えを満たせぬ怪物の姿だ。
「……放つは雷槍、全てを貫け!」
 腕を振り回すローカスト。針の筵となった体は触れるだけでもダメージになる。身を沈めて駆けたリナは潜り抜け、中段に構えた霞構えから鋭い刺突を繰り出す。雷を纏う刃がローカストの鎧の微かな隙間を通して内部を貫く。その隙に冥は手にした銃の弾倉の交換を終えていた。
「さぁ、泣き叫べローカスト――今ここに、アポロンも神もいないッ!」
 躊躇なく、冥は弾倉に込められていた弾丸を瞬時に叩き込む。弾丸を受け手たたらを踏んだローカスト。それがまだ倒れないと知るや。ペルはすかさず追い打ちをかける。
「飛んで火にいる夏の虫という言葉は知ってるか……知らんようなら、身をもって教えてやろう!」
 ペルのかざした、もみじのような手のひらから雄々しい龍がうねり、炎を纏う吐息を噴き出し、ローカストを包む。鎧の隙間に炎が飛び込み、そうでなくとも鎧を隔てて炎に蒸し焼きにされ、ローカストがのたうつ。静馬はその様子を注意深く観察しながら、静かに呟く。
「戦況はこちらが有利……無理はするな。飢えと傷を味方にした敵は強い」
 その両方が合わされば、どんな無謀な行動をするか分からない。ザビーネと共に巌の手当てを行いながら、静馬は機械の腕がその強敵と対峙したがるのを感じていた。
「アメジスト・ドローン! ここは私達で守りますよ!」
 フローネもまた、前衛に立つケルベロス達に紫の光を放つ盾を展開。自身もまたローカストの包囲に加わっている。

●百足の虫は死して
 ローカストが影のように動く。鎧は砕け所々に煤がつき、全身に生えていた棘は抉れ、折れ、針の筵のようだった最初と比べれば、幾分とみずぼらしい姿になっている。ケルベロス達も消耗しているものの、ローカストの姿に比べればずっときれいだった。静馬の的確な回復やザビーネ、フローネの支援が大きかった。
「どうやらキミは幸せな生とは言えなかったみたいだね……だから思い出させてやろう」
「ええ。一気に決める!」
 久繁の魔術が、再びローカストにコギトエルゴスム以前の記憶を想起させる。飢えと殺戮と、屈辱の記憶がローカストを苦しめる。
 ぽてとがローカストの頭を掴み、一気に地面に叩きつける。グラビティを推進力として加速。そのまま姿勢を低くして、アスファルトを抉りながらもみじおろしの如くローカストを引きずり回す。
 ローカストが、反撃をしようと再び掴みかかろうと手を伸ばす。がちがちと牙を嚙合わせる。けれど、リナの電撃を纏う斬撃が、巌の急所を揺さぶる強烈な一撃が、動くことを叶わなくしている。
「これが終わったら、カレーを食べるんだっ!」
「そろそろ、害虫駆除は終わらせるとしよう」
 小梢丸のブレない願望が、褐色の魔人を呼び出し、その鎧を砕かんとラッシュを叩き込む。ペルが地面に倒れたローカストに歩み寄り、思い切りその頭を踏み砕いた。
「……これで終わり。紙一重だったかもしれないけれど、危なげない勝利です」
「うん。今日のことは、麓の人たちの知るところじゃないからね」
 冥が銃をホルスターに納め、風に溶けて消えていくローカストの骸を見下ろした。リナは遠くに点のように見えるホテルを見ている。夜も深くなってきて、人工の明かりはヘリオンから見ていた時よりも減っていた。穏やかに眠る人々に、実はあなたたちは殺されかけていたんですよと不安を煽る必要はどこにもない。
「……夜明けに、客として入るくらいなら、大丈夫だろうか」
「え、朝からカレー?」
「何を言うんだ。朝カレーも悪くはないぞ」
 静かに避暑地での食事を心待ちにする執念に目を剥いたザビーネ。それに噛みつかんばかりに小梢丸は熱弁する。
「ひとまず、後始末をするぞ。藤、飯は後だ」
 まだ仕事が終わったわけではないと、巌は釘を刺した。
「ええ。そうですね。朝になって道路が抉れていたら、びっくりするでしょうし」
 小さく頷いて、静馬は数分前まで戦場で会った場所の修復にとりかかる。けれども、機械の腕が戦い足りないと言いたげにうずいているようで、黒髪に隠れた目の奥で、わずかに苦笑が浮かんだ。

作者:文月遼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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