外の世界に焦がれた少女

作者:朱乃天

 ――廃病院には死者の魂が集まってくる。
 常に生と死が隣り合わせで、数多の生命の営みが繰り返されてきた病院であった場所。 
 様々な理由からいつしか閉鎖され、今は打ち捨てられて朽ちた廃墟と化している。
 そうしたいわくつきの場所だからこそ、多くの噂話が後を絶たない。
 重い病を患って、病院で亡くなった少女の幽霊が、遊び相手を求めて廃墟の中を彷徨っているという。
 廃墟マニアでオカルトマニアな一人の女性が、そんな話を聞きつけ興味を抱いて廃病院にやってきた。
「子供が好きそうな玩具を持って病室に行けば、その女の子に会えるって聞いたけど」
 女性の荷物には携帯ゲーム機やぬいぐるみなど、色んな種類の玩具が詰まっていた。
 カツン、カツン、と。廊下を歩く音だけが、静寂に包まれた建物の中に木霊する。
 廊下を進んで突き当たりにある病室の前に立ち、懐中電灯を照らして中を覗き込む。
 この廃病院の中にいるのは彼女のみである――筈だったのだが。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 どこからともなく声が聞こえたと同時に、胸に何かが突き刺さるような感触を受ける。
 薄れゆく意識の中で彼女の瞳に映るのは、黒いローブを纏った白い肌の女性の姿。
 第五の魔女・アウゲイアスに興味を奪われて、その場に崩れ落ちた女性の隣には――夜色のワンピースを着た少女が煙のように顕れて、無邪気にはしゃぐように虚空を泳ぎ回った。

 不思議な物事に強い興味を持った人々が、ドリームイーターに襲われ興味を奪われる事件が多発している。
「廃病院に怪談話や幽霊はお約束だが、何とも解せない話だな」
 他人の興味を利用するドリームイーターのやり方に、マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)は怪訝な顔で不快感を表した。
 そんな彼女に同意を示すように玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)が小さく頷いて、事件の詳細について説明し始める。
「奪われた興味は怪物型のドリームイーターとなって事件を起こしてしまうから、被害が出る前にキミ達の手で食い止めてほしいんだ」
 そしてドリームイーターを倒すことができたなら、『興味』を奪われてしまった被害者も目を覚ましてくれるだろう。
 戦場となるのは真夜中の廃病院だ。三階建てで、照明は切れているので各自で光源を用意する必要がある。
 興味を奪われたのは二十歳くらいの女子大生で、一階の廊下の突き当たりにある病室で気を失っているらしい。
「相手のドリームイーターなんだけど、小さな女の子で全身に薄く靄がかかったような姿をしているよ。ふわふわと宙を漂って、女子大生からは離れて病院内を彷徨っているんだ」
 少女は自分のことを信じていたり噂をしている人がいると、引き寄せられる性質がある。その性質を利用すれば探す手間が省けるだけでなく、戦う場所を選択することもできる。
「屋上などの開けた場所なら星明かりもあるし、建物の中より戦い易いかもしれないね」 
 上手く誘き出せたら有利に戦うことも可能だと、シュリは例を挙げながら付け加える。
 少女は人を見つけると『自分の名前』を聞いてくるのだが、なかなか答えられずにいると次第に焦れて攻撃的になる。
「女の子の名前は『ちぃこちゃん』だけど、何れにしても倒さないといけないわけだから」
 他人に危害を及ぼす存在は撃破するのがケルベロスの役目だと、シュリは念を押しながら言葉を続ける。
 戦闘になるとドリームイーターは、せがむように腕を引っ張って攻撃を封じたり、機嫌を損ねると念波をぶつけてきたりする。更に戯れるように注射器で刺そうとしてくるようだ。
「噂の真偽はどうであれ、興味だけでなく人の命も奪おうとするのは見過ごせないからね」
 ただの噂が、人をあの世に引き摺り込む冥界の徒となってしまう。そのような事態だけは絶対に阻止しなければならない。
 無垢なる少女の存在を、廃病院に留まり続ける未練を断ち切ってほしいとシュリは願う。
 切なくも優しい想いと共に――。


参加者
藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)
水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
リリシア・ローズマトン(しゅーてぃんぐすたー・e01823)
伊上・流(虚構・e03819)
グレッグ・ロックハート(泡沫無幻・e23784)
フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)
ルシフェラーゼ・スカベンジャー(しがない掃除屋・e30950)

■リプレイ


 電気が通っていない建物内に照明は灯っておらず。外の光はコンクリートの壁に遮られ、暗闇に包まれた真夜中の廃病院は不気味な雰囲気を醸し出していた。
 少女の幽霊が出るという噂が、ドリームイーターとなって現れる。人々に危害が及ぶ前に事件を解決すべく、ケルベロス達は廃病院の内部に侵入を試みる。
 懐中電灯の明かりを頼りに進み、やがて一行は屋上へと辿り着く。扉を開けると緩やかに風が吹き抜けて、無機質な空間からの開放感を抱かせる。そして視界には、夜空を覆い尽くさん程の星の群れが鮮やかに瞬いていた。
「絶対いるもん。友達が見たって言ってたもん!」
 件の幽霊について、水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)が強い口調で熱く語り始めた。
 ドリームイーターは、自分の噂話をしている人の近くに引き寄せられる性質がある。その性質を利用して、ケルベロス達はドリームイーターを屋上に誘き出す作戦に出る。
「少女の幽霊……まさにお誂え向きのシチュエーションですが。化けて出る程、彼女も寂しかったのでしょうか」
 藤守・景臣(ウィスタリア・e00069)は眼鏡を指で押し上げながら、幽霊の存在について思いを巡らせていた。
「夏に幽霊……と言えばニホンの風流らしいが。ドリームイーターが小さい子供の姿なのは複雑だ。幽霊のお嬢ちゃんはこういう玩具も好みかねぇ」
 今回が初仕事となるルシフェラーゼ・スカベンジャー(しがない掃除屋・e30950)は、ひとまず周りに合わせようと噂話に割り込んできた。目尻の下がった青い瞳で空を見上げて、シャボン玉をひと吹きすると。虹色の玉が夜空に飛んで、星の光を映してキラキラ輝いた。
「ゆ、ゆ、幽霊とか別に怖くないんだよ? っていうか、ドリームイーターだもんね?」
 天才美少女アイドルを自称するリリシア・ローズマトン(しゅーてぃんぐすたー・e01823)は、幽霊と聞いただけで言葉を震わせ怖気づいてしまう。それでも相手はただのドリームイーターなんだと、自らに言い聞かせて平静を装っていた。
 そんなリリシアの怖がる様子に惹かれてか、黒いワンピースを着た少女がふわふわと宙を漂いながら、ケルベロス達の前に現れた。
「ねぇねぇ。もしかして、今あたしのこと話してたの?」
 無邪気な笑顔で語りかけてくる少女の姿は、どこか朧気に霞んで揺らいで見えた。
「あなたが……『ちぃこちゃん』……?」
 あどけなく声をかけてきた少女を不思議そうに眺めつつ、フローライト・シュミット(光乏しき蛍石・e24978)が少女の名を呼んだ。すると少女はフローライトを見るなり嬉しそうににっこり笑って、ケルベロス達の側に降り立った。
「えへへー♪ ちぃこのこと、知ってるんだねっ」
「ああ、そうだ。話に聞いているぞ」
 人懐っこく話しかけてくる少女『ちぃこちゃん』に対して、マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)は軍人らしく毅然とした態度で答えを返す。そんな彼女の両手には、手土産に持参したうさぎのぬいぐるみが抱えられていた。
「興味で生まれた小さな女の子か……。別の意味で今回の依頼は大変そうだな……」
 伊上・流(虚構・e03819)は戦うべき相手が少女の姿をしていると聞き、もやもやとした気持ちが拭えず複雑な心境でいた。
「噂に倣った形とはいえ、子供の姿をというのは少々やりづらいが……。仕事はきっちりさせて貰う」
 傭兵を生業としてきたグレッグ・ロックハート(泡沫無幻・e23784)は、余計な感情を持ち込まないよう、少し距離を置いて相手の出方を窺っている。
 今はまだ和やかな雰囲気ではあるが、相手がいつ牙を剥いて襲ってくるのか分からない。ケルベロス達は穏便に接しながらも、心に刃を隠してその時が訪れるのを待っていた。


「さてさて。ちぃこちゃん、何で遊ぶ? オニゴッコとかどうかな。それともヒーローごっこで遊ぼうか、僕がワルモノ役で良いよ」
 人工物のお化けとはいえ、蒼月は子供の姿をしているのに多少のやりづらさを感じつつ。攻撃を仕掛けてくる様子はひとまずないと判断し、あやすように接してみようと遊びの提案をする。
 しかし少女は興味がなさそうに小首を傾げると、今度はルシフェラーゼが巨大な斧を肩に担いで少女の近くににじり寄る。
「だったらちぃこちゃん、チャンバラごっこは好きかい?」
 敵が攻撃してこなければ、こちらから先手を打って反応を見てみよう。ルシフェラーゼは斧を高々と掲げて頭上から勢いよく振り下ろす。だがその一撃を少女は難なく躱し、何かを思いついたように口を開いた。
「んーと。ちぃこはねー、おいしゃさんごっこがしたいかなっ」
 あどけない笑顔を浮かべる少女だが、その手には魔力で作られた注射器が握られていた。
「いつも注射されてばっかだったけど、今日はちぃこがおいしゃさんになってあげるね♪」
 そう言って少女は蒼月に注射器を向けて刺そうとするが。そこへ流が身を乗り出して蒼月を庇い、流自身が代わりに受け止め、注射器の針が彼の身体に突き刺さる。
「ぐっ……!?」
 注射器から少女の魔力が流の体内に浸食し、その影響からか彼は幻覚を視てしまう。それは心の奥に眠る惨劇の記憶。日常を壊され、奪われていく中で――目の前の少女の笑顔が、余計に胸を締めつける。
「葉っさん……みんなに……温かい陽の力を……『光合成形態』……」
 フローライトの右肩に添えられた葉牡丹が、艶やかな紫色に花開いて柔らかい光を放つ。太陽のように眩い光を流に浴びせると、彼の心を蝕む幻覚を消し去っていく。
 重い病を患って、二度と外に出られず亡くなったという少女。例え噂話だろうと、ここにいる幽霊少女にとっては、きっとそれが現実なのだろう。
「私も、その辛さは良く知ってるから――今日はいっぱい遊んであげるねっ!」
 かつて監禁されていた過去を持つリリシアは、目の前の少女に少なからず同情的だった。揺れる思いを歌に乗せ、リリシアの共感が少女の心に伝播していく。
「外で遊ぶことも出来ない少女ならば、寂しさは如何ほどだっただろう……」
 両親を早くに亡くし、幼い頃から孤独に過ごしてきたマルティナも、そうした噂を元に生まれた少女に対して思うことがある。だがどちらにしても、この『ちぃこちゃん』は紛い物である以上は討たねばならない。
 その手はいつしかぬいぐるみから刺突剣に持ち替えられて、白く輝く軍服を翻し、紫電を帯びた刃を突いて軍人の矜持と共に貫いた。
「御機嫌よう、ちぃこちゃん。それではここは退屈凌ぎに、手品でも披露しましょうか」
 穏やかな物腰はそのままで。されど眼鏡を外した景臣は、眼光鋭く少女を見据えて狙いを定め、視覚では捕え切れない速度で少女の背後に回り込む。
「――さあさあ皆様御覧あれ! タネも仕掛けも一切存在しない切断『奇術』、今此処に開宴で御座います」
 どこからともなくナイフを取り出した景臣は、刃を少女に突き立て無慈悲なまでに斬り下ろす。すると少女の身体は一瞬裂かれるが、煙のように揺らめき元の姿に戻っていった。
「噂の真偽はどうであれ、こいつは場所柄的にも死者への冒涜でしかないな」
 霊的な話は信じていないグレッグだが、亡くなった子供の幽霊の噂話を悪用するような、卑劣な真似に憤る。彼の怒りの矛先は、幽霊少女ではなく暗躍する魔女に対して向けられていた。
 それでも冷静さを保ってグレッグが投じた猟犬の黒鎖は、元凶たる存在に届けとばかりに少女を捕らえて離さない。
「人工物のお化けでも、子供の姿なのはちょっとやりにくいかもね」
 頭では紛い物だと理解しながらも、少女を模した姿を見るとつい気が引けてしまう。蒼月はなるべく遊ぶフリをしようと明るく振舞いながら、黒い残滓を槍のように伸ばして少女を穿つのだった。

 ケルベロス達と戦う少女は、彼等のことを遊び相手と思っているのか。はしゃぐように宙を泳ぎ回って、もっと構ってもらおうと積極的に触れ合おうとする。
「ねぇ、おねえちゃん。もっとちぃこと色んなことして遊んでよっ」
 幽霊少女はおねだりするように小さな手を伸ばし、武器を持つ腕を掴まれたマルティナは攻撃するのを躊躇ってしまう。
「くっ……。頼む、早く終わってくれ……」
 少女に苦痛を持続させないようにと、早く戦いを終わらせたいマルティナだったが。藍色の瞳に映る少女は純真そのもので、そのことが返って彼女の心を苦しめてしまう。 
「惑わされちゃ……駄目……」
 勇気を振り絞るようにフローライトの杖から放たれた雷光は、マルティナを掴む少女の手を払い除け、敵を遮る障壁を構築していった。
「お、おい……。だ、大丈夫か?」
 これが初めての実戦になるルシフェラーゼにとって、場数を踏んだ仲間達の戦いぶりに、若干気後れがちになっていたのだが。険しい顔を覗かせるマルティナが気掛かりになり、気力を分け与えて活力を取り戻そうとする。
「アイドルの使命はみんなを笑顔にすることなんだからっ!」
 だから少女のことも、笑顔であの世に逝けるように弔ってあげたいと。リリシアが奏でる優しい歌声に、少女も我を忘れて思わず聴き惚れてしまう。
「彼女は幽霊ではなく、悲しい記憶を持つ訳でもない。それでも、願わくば――」
 せめて無垢な少女がその手で人を殺めぬように。景臣が翳した杖から、青い駒鳥が少女の周りを飛び交って。戯れながら少女の体力を疲弊させていく。
「例え如何なる理由で生まれた存在だろうと、それが日常に害為す異端なる存在ならば狩り屠るのみ」
 見た目がどうであろうと討つべき敵には変わりない。冷徹なまでの流の姿勢は、終始一貫して崩すことなく。振り抜く光の剣が夜の世界に閃いて、少女の闇を斬り払う。


 少女は攻撃を受ける度に色が煤けて薄らいでいくようで。黒いワンピースが少しずつ、夜の闇の中へと溶け込んでいく。
「全く……殴りづらい見た目といい、気にいらねぇな」
 できるなら女子供には手を出したくないが、グレッグはこれも仕事の内だと己を戒めて。身も心も鋼の鬼と化し、鉄の拳を少女に叩き込む。
「むぅー。ちぃこと遊ぶの、もうあきちゃったの……? そんなのやだよ!」
 思い通りにいかない苛立ちからか、少女は頬を膨らませて拗ねてしまう。不満が溜まって爆発した感情は衝撃波となって、後方にいるフローライトに襲いかかってくる。そこへ景臣がすかさず間に入って、身を挺して衝撃波を耐え抜いた。
「さ、良い子はもう眠る時間ですよ?」
 景臣は少女を宥めるように穏やかな口調で語りかけながら、華やかな下がり藤鍔の斬霊刀を腰に宛てがい力を凝縮させる。そうして閉じ込めた蓋が開かれたその瞬間――鋭く疾る刃が少女の身体に刻み込まれる。
「幽霊なのに『生前』もなく彷徨うか……。なら俺達は、命懸けの遊びを手向けよう」
 最初は戦いに慣れず尻込みしていたルシフェラーゼも、時間が経つにつれていつしか戦士の顔付きになり、得意の斧槍を自在に駆使して仲間達を援護する。
「続きましてはこの曲、【瞳の中の箒星】! 最高の一曲、みんなのハートに届けてあげるっ!」
 リリシアがギターを激しく掻き鳴らし、一途に人を愛する想いを詩に託して、魂を篭めて高らかに歌い上げていく。
「……今度はちゃんと遊ぼうね、ちぃこちゃん。狙い定めて~っ。皆行っちゃえ!」
 そろそろ別れの時が近付いて、蒼月は少し切ない気持ちになっていた。けれども最後まで楽しく遊んで送ろうと、元気に笑って少女を見つめる。すると蒼月の影の中から、大量の黒猫が目を輝かせてじゃれ合うように少女に飛び掛かる。
「さて、子供はお休みの時間だな。後はただ、静かに眠れば良い――」
 グレッグが表情を変えずぶっきらぼうに言い放ち。心に燻る紅蓮の炎を脚に纏わせ、少女への手向け代わりに繰り出した蹴撃は、緋色の弧を描いて虚空に火の粉が舞い散った。
「お遊びの時間はお終いだ。ゆっくりと、此処で遊んだ思い出を夢見て眠ると良い」
 漆黒のコートを靡かせて、淡々と語る流の手には魔術で生成された魔剣が握られていた。鮮血の如き深紅の闘気を宿した、闇より冥き刃を振り翳し――渾身の一振りが少女の幽体を断ち斬った。

「――お休み『ちぃこちゃん』」
 陽炎のように儚く消滅していく少女を見届けて、流が小声でぽつりと呟いた。
 戦いを無事に終えた後も、ケルベロス達の心には様々な想いが去来する。先程まで少女がいた場所には、折り鶴や風車、ぬいぐるみといった品物がお供えされていた。
「ひょっとしたらちぃこちゃんは……本当にこの病院に……」
 フローライトは両手を合わせて冥福を祈りつつ、そんなことを不意に思い浮かべる。噂はどこまでが真実なのか分からない。故に人は興味を抱かずにはいられないのだろう。
 幽霊少女がいなくなった今、少女を探してこの廃病院にやってきた女子大生も目を覚ましているはずだ。蒼月とルシフェラーゼは一足先に下へと降りて、女子大生の保護に向かうのだった。
 グレッグはひと仕事の後の一服とばかりに、取り出した煙草を口に咥えつつ。フェンスに凭れて夜風に当たりながら満足そうに紫煙を燻らした。
 ふと空を見上げると、満天の綺羅星が宝石のように輝いている。リリシアは星の明かりに照らされながら、少女を悼むように鎮魂歌を静かに口ずさむ。
 亡くなった人の魂は、肉体から抜けて星に還るとも云う。造られた存在だけの少女には、魂はないのかもしれないが。もしそうだとしても――。
「願わくば、地上に留まることなく……この夜空から優しく見守って欲しいものです」
 景臣が眺めているのは、星空よりも果てにある世界だろうか。ただの戯言ですよと、微かに頬を緩めて誰に言うでもなく囁いた。
 隣でその独り言を聞いていたマルティナは、同じように星空を見ながら、少女のことをずっと考えていた。
「噂の主が実在したかどうかはともかくとして……。ちぃこちゃんの想いは、本当に私達の手で救えたのだろうか……」
 そう言って視線を落とし、自分の掌を暫し見続けて。気が付けば何かを包み込むように拳をそっと握り締めていた。
 夜を彩る数多の星々の煌めきの中で、少女が安らかに眠っていることを願いつつ――。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 2
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