海宿るフラスコ

作者:彩取

●海宿るフラスコ
 星が美しい真夏の夜。
 とある噂話を聞いた奏多は、街外れの海にやって来た。
「――この入り江、かな。一応メモを確認した方が良いか」
 丁度良さそうな岩の上に座って、手にしたメモを懐中電灯で照らした奏多。そのメモには、奏多が興味を抱いた噂話――海宿るフラスコに纏わる内容が記されていた。
 メモにはこう書いてある。海宿すフラスコには、文字通り海が宿っている。
 海の外にある世界に興味を持った魚や珊瑚、綺麗な砂に海の水。そんな海の世界の住人達を自分の中に招き入れて、地上の世界を案内する。それが海宿すフラスコという存在だ。
 人の目には決して見えない、空中をふわりと漂う不思議なフラスコ。
「でも、入り江で見たって人がいるってばあちゃん言ってたし」
 だから確かめてみたいと思い、彼は入り江にやって来た。
 しかし、不思議な物への興味を胸に抱いた少年の前に現れたのは、手に鍵を持つ魔女・アウゲイアス。魔女は少年が叫ぶ間もなく彼の胸に鍵を刺し、その興味を奪ったのである。
 やがて奪われた興味から生まれたのは、空中を漂うドリームイーター。
 その姿は噂を体現するかの如く、美しい海を宿した丸い硝子のフラスコだった。

●奪われた興味
 不思議な物事に対する強い興味が奪われ、ドリームイーターになる事件。
 興味を奪われた人を目覚めさせる為、またこれ以上の被害を出さない為にも、この個体を撃破して欲しい。ジルダ・ゼニス(青彩のヘリオライダー・en0029)はそう言って、後ろ手に隠していたある物をケルベロス達の前で取り出した。
「今回の敵ですが、このような形をしています」
 それは硝子の丸底フラスコ。中に透明な水が入っている。
 このフラスコは、魔女に襲われた少年の興味から生まれた存在だ。
 自分の事を信じていたり、自分の噂話をしている人に引き寄せられる性質がある。入り江の傍に広い砂浜があるので、そこで話をすれば誘い出す事が出来るだろう。すると、話を聞いていた都峰・遊佐(一路・en0034)からこんな質問が飛び出した。

「なあジルダ。噂話って、例えばどんな感じなのかね」
「そうですね――フラスコの中身を想像するなどはいかがでしょうか」
 噂によると、フラスコの中には海の生き物が宿っているという。現実にある魚や珊瑚、あるいは物語に出て来るような美しい色の生物も、フラスコの中にはあるかもしれない。
「水の色も透明とは限りませんし、虹色の珊瑚などは美しいでしょうね」
 そう思い馳せると、ジルダは改めて一礼した。
 必要なのは敵を屠る力と、フラスコを彩る想像力だと一言添えて。


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)
八柳・蜂(械蜂・e00563)
リリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)
レイラ・クリスティ(氷結の魔導士・e21318)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
レテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)
英桃・亮(謌却・e26826)

■リプレイ

●夢の海
 満天の星空の下に広がる、穏やかな砂浜。
 波音に包まれながら、ケルベロス達は話を始めた。
「フラスコの中の海……海のテラリウム、って所かな」
 英桃・亮(謌却・e26826)が想い浮かべたのは、静謐なる夜の海。水泡揺蕩う世界の中、星屑のように光り輝く生き物達。自分達と同じように、海の中に棲む彼らも地上の世界に想い馳せ、偶には夜空で泳ぎたくなってフラスコに身を委ねたのかもしれない。
「俺達も普段は、海中なんてあまり見れないしね」
 名前は知らないが、彼らの光はきっと美しい事だろう。
 すると亮の言葉を鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)が継いだ。
「その光の正体はなんだと思う? 例えば――」
 濃紺の海に、きらきらと光り輝く者達。ヒノトは海を彩る彼らの名を、思いつく限り口にした。幽玄な青の光を放つたくさんの海蛍や、身体を縁取るように白く光る海月の群れ。そこには亮が想う名前も知らない生き物達もいて、皆が静かに過ごしている。
「まるで、フラスコの中だけ時間が止まってるみたいにさ。神秘的だろうなー!」
 楽しそうに語り、皆の話を促すヒノト。そこに続いたのは、八柳・蜂(械蜂・e00563)だった。家で人工海月を飼っている蜂。彼女が想うのは、星浮かぶ宵の海を揺蕩う海月。
「蜂は、海月が好きなので。ふわふわーって泳いでいたらいいな……と。それと」
 彼女が描いたもう一つは、透明骨格標本の魚である。
 鮮やかに彩られた骨の魚が、自由を得て泳ぐ姿。
 彼らの姿は、現世と幽世が混ざり合う象徴であるかのよう。そうして仲間達が語る世界を、紐を解いて絵巻物を眺めるような楽しい心地で聞いていた斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)も、美しき海の世界に彩りを添えた。
 昼の海ならば、虹色珊瑚は真珠の如き艶めきを。
 夜の海ならば虹が架かり、魚や精霊たちの滑り台に。
 更に遊び心を膨らませれば、水泡の鎖はゆらりと揺れるブランコとなり、
「――まるで枕元で読み聞かせる絵本のように、可愛らしい物でしょうね」
 海蛍の瞬きは天上の星々と重なり合い、波を五線譜にハーモニーを奏でていく。そう語る朝樹の隣、レイラ・クリスティ(氷結の魔導士・e21318)は柔らかな笑みを零した。
「……なんだかロマンチックです。きっと、色鮮やかな魚が沢山いるのでしょうね」
 海に棲む生き物達を、陸という未知の世界に案内するフラスコ。
 レイラが想像するのは、南の海でしか会えない熱帯魚や、冷たい海を泳ぐ生き物が、皆で仲良く暮らしている穏やかな光景である。星も見られそうな今宵なら、フラスコの水も瑠璃を溶かしたような蒼に染まっているかもしれない。
「もしかしたら、人魚とかもいる――かも?」
 そんなレイラの言葉に反応したのは、
「にんぎょさんー! ほんとうにえほんのお話みたいですー」
 結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)のたてがみを狙っていたリリウム・オルトレイン(星見る仔犬・e01775)。ちなみに先程レオナルドが屈んだ時、ちゃっかりしっかりもふり済み。そんな好奇心旺盛なリリウムが想うのは、月光を浴びて輝く、透き通るエメラルドグリーンの海。少し違う色をした大きい魚の後を、小さな魚達がふよふより。
「海のお魚さんたち。みんなで旅行したりするんですよー……あ!」
 その時、都峰・遊佐(一路・en0034)のテレビウム丸助が再生したのは、
「テレビウムさん! どーなつがおよいでますー!」
 どこで拾ったのかという謎が極まる、ドーナツの泳ぐ海。
 それを夢中で見つめるリリウムに目を向けた後、レテ・ナイアド(善悪の彼岸・e26787)はこう話した。フラスコに切り取った海にしか、見出だせない世界について。
「透明な魚、なんて泳いでいたりしないでしょうか」
 陽光が海中を透かした時だけ、姿を見せる透明な魚。
 朝は薄水、昼は淡い橙、夕暮れ時は鮮やかなピンクに染まる海。
 それらは折角夢を見せてくれるのならばと、レテが描いた幻想の光景。
「――そんなのも良いなと。ねえ、せんせいも興味ないですか?」
 すると、レテはウイングキャットのせんせいの喉元を撫で、聞き役に徹していたレオナルドの話を待った。対し、レオナルドが呟いたのは、フラスコに宿る海の色への言葉。
「この夜の海と同じ様に、吸い込まれそうな黒色何てこともあるでしょうか」
 例えば、この星空を宿したような広く、暗い海。
 それを切り取ったフラスコの中に、鯨が泳いでいる。
 黒い海を悠然と泳ぐとても大きな、一匹しかいない白い鯨。
「鯨は仲間を求めて、フラスコの中を漂っているのでしょうか」
 あるいは、フラスコに耳を当てたら鳴き声が聞こえるかもしれない。何かしらの感情で泣いているのか、仲間を求め鳴いているのかは、分からないかもしれないけれど――、

 その時である。何処からか、不思議な音が聞こえてきた。
 自然と、鯨の声だと感じた者もいただろう。そうして視線を向けると、そこには噂の通りフラスコが浮いていた。遠目から見ても、きらきらと輝く美しい姿で。
「――さて、お出ましだ。暫し眺めていたい相手だが」
「っと、綺麗な姿に見惚れていられませんね? 頑張りましょう」
「夢物語を血の海に変える訳には参りません。美しき夢のままで幕を引きましょう」
 しかし亮や蜂、朝樹は油断なく陣に付き、静かにそれを迎え入れた。
 海を宿すフラスコへの興味から生まれた、美しいドリームイーターを。

●彩る幻
 星空の下、砂浜の上を漂う硝子のフラスコ。
 それが想い描いたエメラルドグリーンに染まっているのを見て、リリウウは青い瞳をきらきら輝かせながらオウガメタルを変形させた。波の揺れとは少々異なる、金属が流体する滑らかな動き。やがてそれが全身を覆う鋼の鬼と化すと、リリウムはこう告げた。
「現れましたね、フラスコさん! こういう時は――」
 瞬間颯爽と駆け出せば、繰り出されたのは鋼の拳。
 その直撃と同時にフラスコの口から水飛沫が溢れ出し、
「『ここで会ったが100年目!』って言うんですよね!」
 リリウムの声に合わせ雨の如く降り注ぐと、ヒノトは杖を前に掲げた。杖先に集中する間、爆ぜては輝く眩い雷光。それが雨滴る中を翔けると、ヒノトは目を見開いた。
「この雨からするのって……潮の香りだ」
 確かに、あれは海を宿しているらしい。
 襲われた少年が興味を抱き、語った噂話のままに。
 害がなければ壊さずにいられたかもと惜しむ程、美しい姿のままに。
「……いや、なんでもない。いくぞ! アカ!」
 しかし心揺らす波を立てず、ヒノトはネズミのアカが変化した杖を握り次手へと備え、そこにレオナルドが雷の霊力を込めて突きを放つと、フラスコの中が変化した。水の色は濃紺から、瞬く間に闇色へ。瞬間、中から水飛沫を従え、白い鯨が現れた。
 狙いは前衛ヒノト。そこに蜂が飛び込んだ瞬間、
「凄いなぁ丸助! 白い鯨が海月に変身したぞ」
「小さなお魚さん達もいますー! にぎやかですー」
 後方のアラタや丸助、リリウムが見つめる中、鯨は泡が弾けるように消滅した。
 代わりに蜂を取り囲んだのは沢山の泡と、彼女の周りを浮遊する月色海月。まるで遊び相手を求めるように、無数の海月が蜂の瞳の色を宿していく。
 そこにオーロラの光を招いたのは、翼を広げたレイラだった。
「こちらは任せてください、皆さんは攻撃に専念を!」
「助かりました。お早い対応、ありがとうございます」
 風を受けふわりと靡く水色かかった白き髪に、水の精霊をイメージしたビキニとパレオ。何よりレイラが元より纏う佇まいも相俟って、海月達は光のヴェールをもたらしたレイラに従うように、泡となって消えていく。その光景を眺めながら、レテは告げた。
「さて。ではせんせいも、皆の援護をお願いしますね」
 前列のせんせいに伝え、爆破スイッチを押して後列の火力を高めるレテ。
 続いて蜂や亮、アラタや陣内の猫が紙兵や光をもたらし守護を固める中、再び闇色に染まったフラスコを見つめるレオナルドの耳に、ある言葉が聞こえてきた。
「――実を言うと、夜の海ってのはちょっと苦手だ」
 それは陣内の声。奇しくも、二人は同じ事を考えていた。
 この海にのみ込まれたら二度と陸には戻れずに、暗い水底で独りきりやもしれぬ。
 すると、ばつが悪そうに笑う陣内に、同じように考えていたと安堵を伝えるレオナルド。
「俺にだって怖いものはある。お前はどうなんだ? 今夜は、やれそうかい?」
「大丈夫です。怖くないと言ったら嘘ですが、俺は一人ぼっちではありませんので」
 黒豹の問いに白獅子が告げれば、後は戦場で体現するのみ。
 直後敵を取り囲んだのは、青白き流星の斬撃に続く、薄紅の霧。
「フラスコの海に相応しい幻想をお届けしましょう――」
 朝樹が手繰る紅き花弁は、まるで色鮮やかな魚が舞うかのよう。
 すると朝樹の霧に中てられたように、フラスコの色が変化した。暗闇から藍を思わせる夜色を経て、夜明けを思わす東雲色へ。その幻想を前にして、夜は密かに眉を顰めた。今宵、朝樹の誘いに応じたのは自分自身。だが、如何に兄との呼吸が合おうとも、
「ヒノト、前は任せたよ。遊佐と丸助は共に後ろで」
「援護ありがと! 夜と一緒は嬉しいぞ!」
「見惚れている暇はないな、行くぞ丸助!」
 視線と言葉は、果敢に戦う彼らの元に。
(「――ん、夜もいたんっすか。にしても」)
 そうして視線を交わさぬ双子を見て、口元に笑みを引き技放つツヴァイ。
 一方、敵も次の一撃を見舞った。フラスコの容積からは想像も付かない程の水が、前方へと襲い掛かる。その標的が自分だと察した亮は得物を構え、その水圧を堪えきった。
「……襲ってこない魔女なら、歓迎なんだけどな。生憎と俺達は餌じゃないんでね」
 亮の力を封じる水。そこに練気を届けたのは後方のアウレリアだ。
「亮、わたしも一緒に。だから……」
 細く白い指を重ね、願うように囁く少女。
 対し、亮はちらりと後方に目を向け小さく笑んだ。
「ありがと。倒れないよ、アリアがいるから」
 そう伝え視線を戻せば、未だ標的が漂っている。
「――想起し祷れ。灰の十字を描かれたなら」
 するとレテは潮の香りを感じながら、空に十字を切った。彼の仕草は、死と痛悔の意味を識らしめ伝えるもの。そうして棕櫚(シュロ)の枝を燃やした灰を額に戴く時のようにレテは祈りを捧げ、灰の水曜日(メルクレディ・デ・ソンドル)と名付けられたその力は前列の傷を癒し、次手へと繋がる力を授けた。その時、レテの瞳に映されたのは、
「本当に、夢を見せてくれるフラスコだったようですね」
「はい、敵とは分かっていますが……とても素敵です」
 レイラのオーロラが漂う空に、垣間見えたとある幻想。
 それは蒼い鱗の人魚と共に空を泳ぐ、透明な身体を持つ魚の姿だった。

●罅
 厄介な催眠を都度浄化しながら、一同は攻勢を維持していた。
 弟が刀振るう姿に目を向けながらも、隙なく黄金の竜を放つ朝樹。やがて標的を示した朝樹の指先が柔らかな所作により下ろされると、陣内とレオナルドが流れを継いだ。
 空の霊力を帯びた刃を振るう男の姿は、黒豹が大地を駆けるが如し。
 するとレオナルドは間髪を入れずに居合の構えから一転、
「心静かに――恐怖よ、今だけは静まれ!」
 敵の懐に迫り、白獅子が咆哮するかのように吼えた。
 抜刀と同時に生じたのは、心臓から溢れた畏れの炎による陽炎。その揺らぎの中でレオナルドが目視出来ない程速い斬撃を重ねると、同じく心臓を地獄化した亮が続いた。
「壊すには惜しい――けど、大人しく海の世界へ還れ」
 胸元に炎を燻らせ、掌を地に押し当てる亮。
 その詠唱は、執着にも似た祈りの音。
「――祈れ、地の果てで」
 瞬間、砂地を割るように現れたのは、白い息を吐く闇色の竜。
 それが宿した海ごとフラスコを喰らおうと迫った後、フラスコも反撃に打って出た。跳び出したのは鋭い歯を持つ巨大な鮫。その射線上に身体を滑らせ蜂がリリウムの盾となると、リリウムは元気いっぱいに声を響かせた。
「きょうのえほんは! こちらです!」
 空想を実体化させるリリウムの魔法。
 それは絵本に描かれた者達を具現化する術なのだが――、
「お魚をつかまえにきた鮭取りくまさんー! あ、でも鮭がいませんー!」
 でも大きな鮫がいるので、鮭取り熊は鋭い爪で鮫ごとフラスコに鋭い一撃を。
 そうして熊が天を突くように腕を振り上げ消える最中、レテは凝縮したオーラを蜂へと届け、幻想を零していく敵を見つめて思いを馳せた。
「箱庭ならぬ壜の海、とでも言いましょうか」
 ただ洋々とそこに在り続ける、母なる大海。
 それを掌中に囲える贅沢、その術を持つ硝子の器。
 しかし、これは在ってはならない夢喰いのひとつ。故に、レテは蕩けるような桜色に染まったフラスコを見定め、攻めの機会を得たレイラも思いを込めて言葉を紡いだ。
「幻想と夢はいつか消えて終わるもの、ここで終焉と行きましょう」
 すると、フラスコが漂う砂上に展開されたのは、巨大な魔方陣。
 気が付いた敵が逃げようとするも、追尾の陣は逃さない。
「無慈悲なりし氷の精霊よ。その力で彼の者に手向けの抱擁と終焉を」
 瞬間、レイラの魔方陣から噴出したのは巨大な水柱。それはフラスコを柱に閉じ込めるように凍り付き、無慈悲なまでに清々しく砕け散った。思わぬ衝撃に一度砂上に落ちた敵。その傷を癒そうと星の光を纏うフラスコに対し、
「さぁ、おいでなさい――」
 波音が途切れた刹那、蜂はそう告げ何かを呼んだ。
 踵をひとつ、もひとつ鳴らして、蜂が戦場に招いたもの。
 それは黒い影のような、蜂の背丈よりも大きな蛇。しゅるりと見え隠れする舌先と、水饅頭のようにしっとりした触り心地を持つ可愛い子に蜂は囁き、
「――悪い人は贄にして食べてしまいましょう」
 言葉を待っていたかのように、大蛇が敵に毒牙を剥けた。
 フラスコに絡み付き、牙を突きたてる黒き蛇。それを見届けた蜂が視線を向けたのは、ヒノトの元だった。出会って日は浅いが、同じ場で力を磨き合う仲間同士。するとヒノトも強く頷き、ファミリアロッドの赤水晶に魔力を込めた。
 日々鍛錬を欠かさぬ努力家が、己が身で得た力。
 やがて灼熱の炎が杖より溢れ出たその瞬間、
「猛ろ! 灼灼たる朱き炎!」
 炎と化した魔力は、二つに分かれて空を翔けた。
 フラスコの左右両側から、同じ軌道で迫り来る穹鼠の炎球。直後、その炎に包まれると、敵から甲高い音が響いた。少しだけ、最初に聞こえた鯨の鳴き声に似ている音。それがフラスコにひびが入った音だと気が付くと、ヒノトは敵が砕け散る瞬間、手を伸ばした。
 手に取ったのは、砕け散った硝子の欠片。
 それが泡のように掌から消え去ると、彼らは星空をそっと見上げた。

●海宿るフラスコ
 戦いを終え、各々傷を確かめる一同。
 その中、朝樹は瞬く星を見つめた刹那、常より携えていた笑みを消し、やがて踵を返す僅かな間に、再びゆったりと笑んで囁いた。眼差しの先には、共に生まれた対の弟。
「そろそろ追いかけっこは終わりにしましょうよ、夜都」
 しかし、返された言葉は酷く冷たく、宛ら凪の海のよう。
「私は貴様とは決して相容れぬ。海の泡沫となっていずれ散れ」
 心より笑むのは、彼らの言葉を聞いた赤い髪の男ひとり。
 そうして佇む者達の傍ら、波音は迫りくるように音を立て、儚く闇に消えていった。
 一方、此方には丸助や遊佐と手を合わせて勝利を喜ぶアウレリアを見守り、穏やかな気持ちで彼女の頭を撫でる亮の姿が。するとレイラは皆に、海を見て行こうと言った。
「今見える海、星も素敵でしょうから……思い出に。――あ」
 瞬間、何かが跳ねた水音に、くるりと振り返るレイラ。
「……魚、今そこで跳ねませんでした? ああ、また跳ねました」
「俺も、二度目のは見えた! ――終わってみると、夢でも見てたような感じだな」
「この夜の海と星をフラスコの中に切り取れるなら、是非持って帰りたかったのですけど」
 すると、ヒノトは泡のように消えたフラスコの欠片の感触を思い出し、レテは呟いた後、少々大人しめだったせんせいに目を向けた。
「せんせい。星煌めく夜だから、空気読んで下さったんです?」
 少し笑んだレテの耳を擽るのは、寄せては来る波の音。
 その時、リリウムは鞄をごそごそしながらこう言った。
 フラスコが噂になったのは、やはり誰かが見た者がいるからだと。だから、
「夢は捨ててはいけませんね……! あと、きょうのことは絵日記にかきますー」
 そうして楽しげに絵を描き始めたリリウムの言葉に、蜂も星と海に目を向けて囁いた。そこには色鮮やかな不思議な魚も、揺蕩う海月も見えないけれど、
「貴方はとても綺麗な夢でした……またいつか、会いましょうね」
 確かに、自分は覚えている。するとレオナルドも静かに思いを馳せた。
(「これで何度目でしょうか。魔女……いえ」)
 十二人の魔女、パッチワーク。
 彼女達が何度事件を起こそうと、必ずそれを止めてみせる。
(「――もう、震えているだけの俺じゃない。みんな見ててくれ」)
 炎が輝く胸には、確かな鼓動と、決意が宿っているのだから。

作者:彩取 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 11/キャラが大事にされていた 0
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