わんだふる☆どりーみんぐ

作者:木乃

●わんわん!
「わんわんっ」
「待ってよー!」
 小林・愛花は子犬を追いかけていた。
 しかし、彼女の飼っている犬ではない。夢の見せる幻想の産物だ。
 現実では、お父さんもお母さんも「愛花にはまだ早いよ」と、認めてくれない。
「わん!」
 夢の子犬は振り返ると、愛花が追いつくのを待っていた。
 まるっとした尻尾を振る上機嫌な様子に、愛花はあいくるしく思える。
「つっかまえ――」
 続く言葉は、突如として猛獣と化した狂犬に頭ごと食い潰され
「きゃああああ!? ……ゆ、夢?」
 跳ね起きた愛花は、体に異常がないことを確かめる――ことは出来なかった。
「大好きな犬に食い殺されるなんて、確かに『驚き』の展開ね」
 声の主を確かめようとしたときには、鍵で胸を貫かれていた。
 意識を失い、再びベッドに倒れこむ少女の傍らには、愛らしくも狂気を秘めた子犬が第三の魔女・ケリュネイアに尻尾を振っている。
 
「夢の産物、それすら利用できる道具なのでしょうね」
 オリヴィア・シャゼル(サキュバスのヘリオライダー・en0098)が珍しく怒りを滲ませた様子に、ケルベロス達は何事だろうと顔を見合わせる。
「最近ビックリするような夢を見た子供を、ドリームイーターが襲撃し、『驚き』を奪っていく事件を起こしていますの」
 被害者の名は小林・愛花。
 小学校にあがったばかりで、今は夏休みを楽しんでいるはずだった。
「『驚き』を奪ったドリームイーターは既に姿を消しておりますが、奪われた『驚き』を元にしたドリームイーターが実体化し、事件を起こそうとしていますの……皆様、被害が出る前にドリームイーターを撃破してくださいませ」
 『驚き』を奪われたことで、被害者は覚めることのない眠りについている。
 ドリームイーターを倒せば、少女も目を覚ますだろう。
「敵は1体のみ。被害者宅を飛び出し、夜の住宅地を徘徊しているようですわ。誰かを驚かせたいらしく、人を探して歩き回っているようですの」
 夜中とあって幸いにも人通りはない。
 こちらから出向けば、ドリームイーターも驚かせにやって来るだろう。
「見た目は柴犬の子犬で、可愛らしく鳴いたり、つぶらな瞳で見つめて近づいてきますが……これらは全て驚かせる為の布石。近づくと猛獣に変貌し、鋭い眼光と牙を剥き出しにして飛びかかってきますの」
 つまり可愛らしい子犬と見せかけ、油断したところを驚かせるのがこのドリームイーターの手口ということだ。
「戦闘になると、通常形態から変貌して飛びかかったり、寂しそうに鳴いて複数人を足を止めしたりしますわよ。自身の傷を舐めて、異常状態を解除しますのでご留意くださいませ」
 それと、と前置きをおくと
「自分の驚きが通じなかった相手を優先して狙うようですわ。この性質、上手く利用できれば、戦闘も有利に動けるかと」
 相手は子犬の皮を被った狂犬である、放っておけば市民が餌食となるだろう。
「子供の夢を利用するなんて、姑息な手を使いますわね。倒せば被害者の子供も目を覚ましますので、皆様の手で救い出してくださいませ」


参加者
メルティアリア・プティフルール(春風ツンデレイション・e00008)
眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)
クロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)
エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)
小森・ルチノ(鳥籠少女・e07624)
イリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)
天満・ヨヅキ(導きの夜空・e17567)
カスタード・シュー(甘党剣士・e27793)

■リプレイ

●平均年齢15歳
 ケルベロスは老若男女、さまざまな世代が活動している。
 故に、ときには珍しいこともある――例えば、全員の身長が160cm未満だったりとか。
 特に今回、ケルベロスでも年若いメンバーが集まったのは、被害者も幼い時分だからだろうか?
 真夜中の住宅街でカスタード・シュー(甘党剣士・e27793)が、点々と並び立つ街路灯と自身の夜目を頼りに最後尾を歩く中、各々で用意した照明で夜道を照らす。
「どこに潜んでいるのでしょうね?」
 捜索しているのは、被害者の夢を模倣した、子犬姿のドリームイーターだ。
「うぅ、人気のない住宅街も怖いですね……こんな中で吠えられたら、もっと怖そうです……」
 始めは一人で探そうと思ったクロコ・ダイナスト(牙の折れし龍王・e00651)だが、ドリームイーターは標的を探していて、ケルベロスも対象だったと思い出す。
(「一人でいるところを襲われたら危ないですよね、皆さんと一緒に居た方が見つかりやすそうですし」)
 向こうから来てくれるなら探す必要はないと感じ、仲間の頭上を飛んで警戒していた。
「わんわん、かわいくて、すき……でも、かみつかれるのは、こわい……ヨボシちゃん、がんばろ」
 心の準備を整える天満・ヨヅキ(導きの夜空・e17567)はテレビウムのヨボシにくっつくように歩きながら、「えいえいおー」と一緒に小さく拳を掲げる。
「被害者の子には悪いですが、私、猫派なんですよね。子猫だったら危なかったです」
 エルス・キャナリー(月啼鳥・e00859)は大きく肩を竦めた。
 夢見る少女を否定する気はないものの、なぜ犬なのかと疑問を覚えているようだ。
 子犬の容姿を利用する手口に思う者もいれば、別のところに気を向けている者も居る。
 ボクスドラゴンのよくちゃんこと、よくぼういち号と一緒に浮遊する小森・ルチノ(鳥籠少女・e07624)は、一般人の気配を探ってみるが、大半の者はすでに眠っているようだ。
「ルチノ、よい驚きなら大歓迎なんだよ。懸賞に当選したらすっごく嬉しいんだよ!」
 でも心臓に悪い驚きは、お豆腐ハートにはハードすぎちゃうお年頃。
 ルチノの下にいるイリス・フルーリア(銀天の剣・e09423)は、先ほどから眉を吊り上げている。
「子供を狙うなんて、オリヴィアさんの言う通り姑息な相手です! 早く退治して、愛花さんを目覚めさせましょう!」
 子供の夢を利用した手口は、彼女は特に許しがたく思っていた。
 隣を歩くメルティアリア・プティフルール(春風ツンデレイション・e00008)も、同じ年頃の少女が狙われたことに怒りを募らせている。
(「ボクには『戦う力』があるけれど、彼女には……」)
「……そーいうの、許せないんだよね」
 メルティアリアの呟きを聞いていた眞月・戒李(ストレイダンス・e00383)だが、あえて聞こえなかったフリをして、ゆるりと視線を巡らせた。
「とても静かで、いい夜だね。騒ぐにはもったいない」
(「子供の他愛無い夢で終われば、何事もなかったのにね。自分の悪夢から生まれた存在が誰かを傷つけるなんて、それこそあの子にしてみたら悪夢になってしまう」)
 少女が深い眠りについているならば、夢を夢のままで終わらせてしまおう。
 歩き続けて数分――エルスは壁際や生垣に特に意識を向け、クロコはルチノと共に仲間の頭上から視線を巡らせる。
 しかし『手口』を思い出せば、物陰から隙をついて攻撃してくる可能性は低いと、すぐに気づけただろう。
 現れたのは、想定していない方向だった。
「……?」
 夜目が利いているのはカスタードだけでなく、同じドワーフのヨヅキもである。
 昼間と変わらぬ明るい視界の中、少し離れた曲がり角から、小さな陰が飛びだす。
「あ……わんわん、いた」
 指さす先に視線が集中すると、迫る小さな影が一瞬、街路灯の下に晒される。
 ――子犬だ。見た目はまごうことなく柴犬の子犬だ。首輪はつけていない。
 駆けてくる孤影は大きく踏み込むと同時に、猛獣となってイリスに飛びかかろうとする。

●凶悪な子犬は猛獣より性質が悪い
「グオォォォォッッ!!」
「きゃーーーっ!?」
「わぁっ!?」
 メルティアリアとイリスの甲高い絶叫が響き、つられて驚いたクロコとルチノも地面に落ちてしまう。
 飛びかかるドリームイーターを、ボクスドラゴンのヴィオレッタが突き飛ばし、事なきを得る。
 電灯を向けると、そこには可愛らしい子犬(のドリームイーター)がまるっとした尻尾を振っていた。
「あ、あざとい……!」
 あまりの落差に戒李の頬が引き攣る。
「……」
 視認出来ていたこともあり、ヨヅキは唇を噛みしめて堪えられた。
 その反応の薄さが、ドリームイーターの気に召さなかったようだ。
「ぐるるるるっ」
 狙い通り、ヨヅキめがけて突進するドリームイーターを遮り、ヨボシが取っ組み合いを始める。
 子犬とぬいぐるみがじゃれあってるように見えて、うっかり和んでしまいそうになるが
「今のうちなんだよー!」
 ルチノが黄金の果実が放つ聖光でエルス達を照らし、異常状態に備える。
「さーて、キミにはどの花が似合うかなぁ……、これなんてどう?」
 メルティアリアも、グラビティで生成した季節の花々を咲かせると、華やかな香りを醸しながら、花冠をカスタード達の頭に乗せる。
「光よ、かの敵を光が如く刺し貫く槍と為れ!」
「そういう媚び媚びな態度、私の趣味じゃないです」
 イリスの翼から放たれる光の剣を、間一髪で避けるドリームイーター。
 直後、光の軌道に合わせて放たれた、ドラゴンの幻影が襲いかかる。
「人の夢を奪うという卑劣な行為に飽き足らず、人を騙して襲うなど、看過するわけにはいかぬ。我が斧の錆にしてやろう。いざ尋常に勝負!」
 先ほどと一転して好戦的な表情を見せるクロコは、地獄の炎で燃え上がるルーンアックスを叩きつけ、さらに焚きつけていく。
「キャインッ!」
「なんか、凄くイラッとするのですが……」
 露骨なぶりっこ具合に、猫派代表エルスのイライラゲージ上昇中。
「今なら、いける……!」
 余裕のあるうちに一撃いれようと、ヨヅキが前方宙返りして踵を落とす。
 電灯の光を受けたエアシューズのチャームがキラリと光り、勢いでアスファルトを叩き割る。
 動きが止まった一瞬、カスタードも和槍・黒文字から電撃を伴う刺突を続けて打ち込み、コンクリートの塀にぶつけた。
「さあ、化けの皮は剥がしてあげようね」
 戒李が銀翅・艶姫を大きく振りかぶり、体ごと回って遠心力で投げつける。
 回転する半円の刃は胴体を大きく斬り裂いて、真っ赤な液体を噴き出させていく。

 戦況の優劣に影響はないものの、小兵同士の戦いとあって、素早い攻防が繰り広げられていた。
 街灯の明かりの中を、影が流れるように移り変わっていく。
「おいたが過ぎる駄犬には、こうですっ」
 よくぼういち号に噛みつく猛獣化したドリームイーターを捕らえようと、エルスは御業を招来させ、がっぷりと掴んだ御業に引きずり降ろされたドリームイーターは、ひび割れたアスファルトに押しつけられる。
 クロコが高々と飛び上がり、大斧を最上段に振り上げたが
「くぅーん、くぅーん……」
 子犬に戻ったドリームイーターは、真っ黒いつぶらな瞳を潤ませてクロコを見あげる。
「ぐぅっ……!!」
 頭ではわかっているのに、良心の呵責が……狙いはドリームイーターの鼻先に逸れ、地べたに深々と刺さる。
「うぅ、敵ながら可愛いです……」
 もぞもぞと毛づくろいを始めるドリームイーターに、イリスの頬が緩みそうになる。
 傷口を舐める子犬の直上に迫る青い流星……もとい、グラインドファイア。
「可愛い犬を装ってるとこが、ムカつくんだよねっ」
 魔装靴を発火させた戒李は、ひねりを加えて回転しながら踏みつぶす。
 戒李の容赦なさにイリスも目が点。
「……きゅーん」
「せ、戦意が削がれそうに……」
 しょんぼりした悲しげな鳴き声が、カスタードに居た堪れない感情を抱かせようとする。
「カスタードおにーちゃん、常識に縛られちゃだめなんだよ!」
 ルチノが拳を振り上げながら声援を送り、真に自由なる者のオーラが苦痛から解き放つ。
「可愛いワンちゃんのフリをするなんて、もう許さないんですからね!」
 戒李の一言で全て計算ずくとはっきり認識したイリスも、バトルオーラを飛ばし、簒奪者の鎌で傷口をさらに抉り込む。
「ガォォォンンッ!!」
「ひゃああっ!?」
 飛びかかって反撃するドリームイーターの咆哮に、メルティアリアが目を丸くする。
「だいじょぶ……?」
「べ、別に驚いてなんてないんだから……ほら、しっかりしてよね!」
 心配そうに視線を送るヨヅキに、顔を赤くしながら否定するメルティアリアはケルベロスチェインを伸ばす。
 エルス達の足元に守護魔法陣を描いているうちに、気を取り直したカスタードが上段から地裂撃を放つ。
「くぅーん」
「もう、おねんね、しよ……翠のお星さま、おいで」
 ヨヅキは、戦意を削ごうとするドリームイーターの挙動に慣れてきていた。
 頭上に輝く翠色の星は、煌きながらクロコ達に降り注ぎ、戸惑う心を落ち着ける。

 互いに庇いあい、攻撃を重ね、後衛から確実に狙い撃つうちにドリームイーターの動きは精彩を欠き始める。
「ヴィオレッタ、お願い!」
(「あの子の為にも、終わらせるんだから!」)
 ヴィオレッタを突撃させ、メルティアリアは天の花冠を贈り、春風の加護に鼓舞されたルチノが闘気を手繰る。
「発射なんだよ!」
 精製した時空凍結弾をドリームイーターが紙一重で避けると、振りかぶるカスタードが後を追う。
「続けて、お願いします!」
 超高速の刺突が穿つと、帯電する刃が痺れさせて身動きを止めた。
「いくよ……!」
 ヨヅキが縛霊手の一撃で壁にめり込ませると、地面に崩れ落ちたドリームイーターにクロコが肉薄する。
「愛玩動物を騙るドリームイーターめ、我が一撃を受けよ!」
 ルーン文字が光輝く戦斧が振り下ろされると、ドリームイーターの尻尾を叩き斬る。
「いつまでも茶番には付き合ってられないです」
 魔法の矢を追尾させると、エルスは本命の一撃を得物に込める。
「紅蓮の天魔よ、我に逆らう愚者に滅びを与えたまえ!」
 黒い炎を纏った矢は、矢同士で挟撃するように双方向から射貫いてみせた。
 血だらけの体を労わるように、物悲しそうに傷を舐め始めるドリームイーターへイリスが駆け寄る。
「銀天剣・漆の斬!!」
 意識が逸れている隙を突かれ、ドリームイーターは至近距離から迫る光の刃に、肉体を大きく削がれる。
 もはや治癒も意味をなさないと悟ったのだろう、ドリームイーターは迫る戒李に牙を剥く。
「――犬も歩けばなんとやら、ってね」
 戒李が放っていた雷光は、地を滑り、ドリームイーターを捉える。
 苛烈な一撃はビクビクと大きく痙攣させ、間の抜けたステップを踊らせた。
 電光が収まると同時に、ドリームイーターは煙のように姿を消していく。

●おやすみの時間
「じゃあ、壊れたところを直しちゃおうか」
「そうですね。んー、少し可愛いくしてみましょうか……ありゃ」
 破損した塀やアスファルトの修理に、メルティアリアとエルスが取り掛かるが、修復箇所が自身のイメージ通りになるとは限らない。
「はぁー……ようやく終わりましたね。でも、どうしてこんな事をするのでしょうか?」
 『驚き』の感情を奪うことに、何の意味があるのか?
 イリスの考える範疇を超えた動機は計り知れない。
「ヨヅキも、ペット、ほしくなった……なでなで、したかったな……」
 やはり子犬は可愛い、と思考に浸っているとヨボシがじーっと見上げてくる。
 こてんと首を傾げる仕草に、ヨボシの胸がきゅんと高鳴る。
「……ヨヅキ、気づいた。ヨボシちゃんが、一番、かわいい……!」
 ぎゅーっと抱きしめる様子を見て、ルチノはよくぼういち号に目を向ける。
「よくちゃんも、もんげー格好よかったんだよ! ポーカーフェイスのイケメンっぷりがすごかったんだよー!」
 わしゃわしゃと撫でくり回され、よくぼういち号も、まんざらではなさそうだ。
(「犬のぬいぐるみを贈ろうと思いましたが、女の子なら持ってそうですよね……ペットの代わりにもならなさそうですし」)
 カスタードは愛花になにかしてやれないかと、考えてみたものの、時刻は深夜。
 愛花の家に訪問するには、最適な時間帯とは言い難い。
(「……被害者はドリームイーターを倒せば目を覚ます、という話でしたね。今日は精神的にも疲れてるでしょうし、ゆっくり休んでもらいましょう」)
「さて、よいこはもう寝てる時間だし、そろそろ帰ろっか」
 戒李としては、このまま散歩に洒落込みたいが、未成年組を放っておく訳にもいかない。
 エルス達が修復作業を終えたのを見計らい、帰還しようと提案する。
 月明りは静かに降り注ぎ、まだ湿り気のある緩やかな風がクロコ達の帰りを後押ししていく。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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