廃墟に響く歌声

作者:天枷由良


「ここが、噂の屋敷だな」
 古ぼけた屋敷の門扉を開いて、敷地の中に踏み入った少年は眼鏡をくいっと上げた。
「歌う幽霊だなんて実に興味深い噂だ。真相を解明して、私の超常現象解明レポートに記録してやろう」
 腕まくりする勢いで、のしのしと散策を始める少年。
 広い屋敷の奥まで来た所で、その体は何かに貫かれる。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 パッチワーク第五の魔女・アウゲイアスは言って、少年の左胸に刺した鍵を引き抜く。
 少年はガクリと崩れ落ちるが、不思議なことに血の一滴も流れず。
 代わりに姿を現したのは、何処か儚げな雰囲気の女性。
「…………~♪」
 喉を一撫でした女性――興味から生まれた怪物型ドリームイーターは、透き通った歌声を響かせながら、ゆっくりと歩き出した。


「今度は、歌うドリームイーターが現れたみたいです」
 そう言ったのは、予知に繋がる情報を持ち込んだ、一羽・歌彼方(槍つかいの歌うたい・e24556)。
「『興味』を奪う、第五の魔女・アウゲイアスによる事件ね。アウゲイアスは、不思議な物事に強い興味を持って調査をしようとした人を襲っているわ」
 歌彼方から言葉を引き継ぎ、ミィル・ケントニス(ウェアライダーのヘリオライダー・en0134)は依頼の説明を始めた。
「今回襲われたのは、古い屋敷から聞こえる謎の歌声、という噂を調べようとした少年よ」
 アウゲイアスは少年から『興味』を奪って消え去り、少年は屋敷の奥で倒れている。
 しかし、奪われた『興味』からドリームイーターが現実化し、更なる事件を起こそうとしているようだ。
「その現実化したドリームイーターが、一羽さんの言った『歌うドリームイーター』ね。これを倒せば、被害者の少年も目を覚ますはずよ」
 歌うドリームイーターは、女性の姿をしているらしい。
「屋敷を彷徨いていると姿を現して、自分が何者であるか問いかけてくるわ。問いに正しい答えを返せたら見逃してもらえるようだけれど、相手は倒さなくてはいけないドリームイーターだから、答えに頭を悩ませる必要はないと思うわ」
 もう一つ、ドリームイーターは自分の存在を信じていたり、噂している者に引き寄せられる性質がある。こちらは上手く使えれば、少し有利に戦えるかもしれない。
「攻撃方法は、やっぱり歌声を使ってのものね。透き通った声、耳障りながなり声、魅惑的な猫なで声と、歌い方を変えてくるみたいよ。……ここは対抗して、ミュージックファイターの素養を持つ人の出番かしら? 楽器とか持ち寄って……」
 ミィルの呟きに、おずおずと返したのは同行するつもりだったフィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)。
「あ、あの……ボク、鎧装騎兵なんだけど、付いて行っちゃダメ?」
「あら、そんなことないわよ。歌うと言ってもデウスエクスだもの」
 最終的に倒せればなんだって良いわと、ミィルは説明を終えた。


参加者
ロスヴィータ・クロイツァー(官能の導き手・e00660)
霧凪・玖韻(刻異・e03164)
黒谷・理(マシラ・e03175)
一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)
緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)
セラ・ギャラガー(紅の騎士・e24529)
カティア・エイルノート(ヴァルキュリアのミュージックファイター・e25831)

■リプレイ


「真っ直ぐ進んで行けばいいはずだ」
 広々とした屋敷の玄関を見渡す仲間たちに、霧凪・玖韻(刻異・e03164)が淡々と告げる。
 間取りまで調べることは出来なかったが、玖韻がアイズフォンで検索した航空写真を見る限りでは、一つか二つ部屋を進んだ先にあるであろう建屋が一番大きいはず。
 どうせ戦うのなら、気兼ねなくやれる場所がいいだろう。
 九人は手早く移動して、大広間と呼べそうな所に辿り着いた。
 その大広間からも、幾つかの部屋なり通路なりに続いているらしい。
 適当な扉を一つ開けたクリスナシュ・リドアレナ(銀閃・e30101)が先に不審な点が無いことを確認してから、ロスヴィータ・クロイツァー(官能の導き手・e00660)と一之瀬・瑛華(ガンスリンガーレディ・e12053)、フィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)を呼び寄せる。
「では……申し訳ござらんが、頼むでござるな」
 大広間に残った仲間たちに軽く会釈して、扉をギリギリまで閉じるクリスナシュ。
 四人はドリームイーターが噂話に誘き寄せられるまで身を隠し、隙あらば急襲、挟撃するつもりであった。
「上手く釣られてくれれば良いでござるが……それにしても、『興味』を奪うドリームイーターでござるか……」
 刀をいつでも抜けるようにしながら、クリスナシュは呟く。
 己の欠損要素を補うモザイクを晴らすため、夢の力を奪うドリームイーター。
 これまでにも沢山の事件を起こしているデウスエクスではあるが、『興味』を奪う個体の活動が見られるようになったのは、一ヶ月と少し前からのこと。
「興味、好奇心。それは知りたいという気持ちの大きな動力源で、人間に必要な事でござる、それを奪うなんて許せないでござるな」
「でも見境なく首突っ込んじゃだめよねん。怪奇現象に興味を持つのは分かるけど、何かあってからでは遅いかも……ていうか実際こうやって、事件に巻き込まれちゃってるわけじゃない?」
 敵を倒したら、被害者の少年には事の顛末を話した上で無用な興味を抱かせないようにしなければ。
 まずは誘き寄せ役に敵が掛かることを期待して、ロスヴィータも耳をそばだてた。
 そんな彼女と自分の胸を交互に見やって、目を丸くしていたフィオナには瑛華が喋りかける。
「シェリオールさん、敵の歌には正気を失わせる力もあるようです。同士討ちが始まっては大変ですから、内側から崩されないよう、メディック全員で連携して回復に当たりましょう」
「う、うん。わかった……この魔術書、普段使わないから埃被ってたし、ちょっと心配だけど……瑛華さんたちのお手伝い、頑張るね」
 ござるな侍お姉さんと、何やらデカいお姉さん、艶っぽいお姉さんの三人に挟まれて、フィオナはドギマギしつつ頷く。


「じゃあ、俺達は囮役として、歌う幽霊の噂話をでっち上げりゃあいいんだよな」
 黒谷・理(マシラ・e03175)の言い様は身も蓋もなかったが、何も間違ってはいない。
 むしろ目的を簡潔明瞭にしている。
 大広間に残った五人は寄り集まって、ドリームイーターを呼び寄せる噂話を――。
「ちょっと待て」
 しようとしたところで、玖韻に止められた。
「『自分の存在を信じていたり、噂している者に引き寄せられる』だったな? 前半の条件が緩すぎやしないか。これじゃ、誰に寄って来るか確定できない」
 ケルベロスとしてドリームイーター退治に来ているのに、まさか敵の存在を信じていないものも居ないだろう。
 玖韻の言い分は、確かに一理有るような気もする。
「……つってもよ、こっちでペラペラ噂してて、まさかあっちに出たりはしねぇだろ」
 元より気怠げな様子の理が、仲間の潜む扉を指差しつつ返した。
 予知で示されていた情報も『上手く使えれば、少し有利に戦えるかもしれない』程度のものだ。
 わざわざ隠れている四人に襲いかかっていくほど底意地の悪いことにはならないだろうし、玖韻の言うとおりケルベロス全員が敵の存在を信じているとするなら、よりはっきりとそれを口にする――つまるところ、噂をしている者たちに寄ってくるだろう。
 もし確実に一個人へ狙いを絞らせようとするのであれば、その者にのみ噂をさせてみれば、結論が出たかもしれない。
 ともあれ五人は仕切りなおして、噂話を始めた。
「――ねぇ、知ってる? この屋敷に伝わる怖い話を」
 白々しく切り出したのはセラ・ギャラガー(紅の騎士・e24529)。
 ヴァルキュリアの特徴たる光の翼を隠して、愛用の度が緩い眼鏡にブラウス、綿パンとローファーを着用したセラは、一見してオカルトに興味のある女子大生、といった風貌だ。
「この屋敷には、歌う幽霊が居るんだって。私は、きっと居るって信じているわ。貴方はどう?」
 チョコレート色のランプを向けて、話を振る先は理。
「信じるもなにも、幽霊が居るってのは事実だろ。これは俺の知り合いに聞いた話なんだけど……」
 理は更に近づくよう仲間たちを促して、語り続ける。
「昔、この館に歌手を目指す綺麗な声の女の子が居たらしくてな。周りの人達も夜な夜な歌声を聞いて楽しんでたらしいんだが……その女の子、ある日病気になってな、しかも何の因果か肺病で――」
「……随分具体的だね」
 緋色・結衣(運命に背きし虚無の牙・e12652)が目を瞬かせる。
 いや、結衣のみならず集まっていた仲間たちは皆、程度の差こそあれ驚いていた。
 理ほどの噂話を用意してきたものなど、誰一人居なかったからだ。
「とりあえず怪談調にしてみた。暑いし怪談が必要だろ。即席だし上手くいくかは知らんがな」
 平然と言ってのける理。
 もしや彼は、見た目ほど粗野な人ではないのかもしれない。
「……で、その後は?」
 結衣が再開を促すと、理は大仰に続けた。
「さぞかし未練だったんだろう。死んだ後にも夜な夜な歌声が聞こえるってんで、不気味がってみんな他所に移っちまってなあ……」
「~~♪」
「そうそう、こんな風に――」
 そこまで言って、理だけでなく全員が大広間を見回す。
 いつの間に現れたのか、儚げな雰囲気の女性が窓辺にもたれかかって、彼方を見やりながら歌っていた。
「ヒ、ヒェェおばけぇ……なんつってな。よう嬢ちゃん、今晩は」
 出てくるのが分かっているのだから、さして怖いものでもない。
 驚く素振りを見せた後、軽く挨拶をしてみる理。
 女は微笑みながら、己が何かという問いを歌声に混ぜ始めた。

「……なんだか、寂しそうな歌声ですね」
 隣室に潜む瑛華が、ぽつりと零す。
 ドリームイーターの声音は、隣室にも届いていた。
「何かこう……あまり長いこと聞いていては不味い気がするでござるな」
 今のところ、身体を侵すほどではない。
 要するにダメージにはなっていないのだが……。
「そうねぇ。本格的に聞かされると、何だかやる気無くしそう……あら?」
 ロスヴィータがナイフを握ったところで、歌声に新たなものが重なった。
 困惑する待ち伏せ組が隙間から様子を伺うと、仲間の一人が動き回りながら歌っているのが見える。


「~~♪」
 歌い始めたのは、セラであった。
 此方もグラビティではない、ドリームイーターを『屋敷に縛られた想いの残滓』と称した歌を、何とミュージカル風に仕立てて表現していた。
 最初は驚いた様子のドリームイーターも、何か琴線に触れるものがあったのだろうか。
 セラ・オンステージを防ごうと、純粋に『歌』で以って対抗してくる。
 少々クラシカル過ぎるが、二人の歌い手による独唱対決は暫く続いた。
「――ただの騒音。聴くに耐えない」
 業を煮やして断じたのは、ウイングキャットのホワイトハートを伴うカティア・エイルノート(ヴァルキュリアのミュージックファイター・e25831)。
 二人とも歌を止めてカティアを見やるが、表情から全く感情を伺えない少女の視線は、勿論セラでなくドリームイーターに向けられている。
「そんな歌に、ボクは負けるわけにはいかない」
 言葉に抑揚もなく、無機質で異様。
 カティアから受ける印象は、しかし間もなく紡がれた詩によって、一変する。
「……『その世界は既に終わりが確定した世界だった……』」
 楽器もなく、先の二人同様ただ言葉を音に乗せるだけ。
 しかしミュージックファイターとしての資質からか、或いは他に源があるのか。
 セラの美しい歌声とはまた違う、何か不思議な感覚が、カティアの歌を聴くものたちに湧き上がってくる。
「……あんたの生まれた理由。なんて聞いてもわかんないよなあ」
 問いつつも降魔の、そしてカティアから与えられた力の漲る拳を女に叩きつける理。
 魂の一部を喰い千切られる女。問いへの答えはない。
「何者でもない。自分自身を持っているわけでもなく、存在して良い場所もない」
 結衣が言いながら、地獄の炎で形成された蛇腹の剣に力を込めた。
「虚無へと還れ、持たざる者よ」
 言うが早いか、実態を保たない剣は世の理を無視したような動きで伸びて、女の身体を締め上げる。
 絞り出された女の声が、隣室に向ける合図にもなった。
「いくでござるよ」
 飛び出すクリスナシュ。
 続いたロスヴィータが、まず忍びの術を掛ける。
「サービスサービス♪」
 何故か広間の全方位に向けてアピールしながら、やたら上下動するロスヴィータ。
 揺れる。この場に置いて何ら重要ではないその部分の動きはさておき、術はしっかりと発動していた。
 ちらつく分身を纏わされたクリスナシュは、大上段に構えた銘のない刀を振り下ろす。
 その直前、狙い澄ましたように玖韻が凍結光線を放った。
「はっ!」
 正しく『雲耀』の如き、クリスナシュの一太刀。
 凍りつく身体を唐竹に切りつけられた女は、蛇腹の炎鎖から解き放たれるとともに、生者なら見るに耐えないであろうほどの傷を残す。
「あ……あ……」
 女はよろめき、後ずさって、それまでとは全く違った声を上げた。
「あ……ア、ヴォォォォォ!! グォォォォォ!!」
 あまりの変貌に、それがグラビティでなければ全員すっ転んでいただろう。
 窓辺に佇むあの儚さは犬にでも食わせたしまったのだろうか。
 酒焼けした老婆のようながなり声で歌う女に、わずか数分前の面影は全く見られない。
 しかし、その音圧たるや凄まじい物。
 カティアの歌をかき消すように響く声が、ケルベロスたちの身体を歪ませる。
「う……る、さいな!」
 セラは全身に力を込めて稲妻を帯びた槍を突き出すが、本来なら超高速で繰り出されるはずの一撃は何処か鈍く、その穂先は女を掠めることなく通り過ぎてしまった。
 引きつった笑みを浮かべつつ、女から更に吐き出されるデスボイス。
 圧力に耐え切れず、セラの身体が僅かに浮いて壁に叩きつけられる。
「シェリオールさんっ」
「うんっ!」
 フィオナをセラの元へと駆けさせて、瑛華はホワイトハートの巻き起こす癒やしの風に、紙兵を乗せて解き放つ。
 それを纏いながら、カティアは女に立ち向かうように歩みを進め、歌い続けた。
 ちらりと振り返れば、フィオナの手を借りて立ち上がったセラの姿が見える。
「セラさんっ、えっと、回復と強化の魔術は確か……」
「大丈夫。私たちは負けない。だから落ち着いて、怪我を治すことに専念してね」
「わ、わかった。……あった、ちょっと変な感じになるかもだけど……えいっ!」
 短い詠唱で、セラの脳細胞は常軌を逸した強化を施され、傷も時計の針を早めたように回復していく。
(「……人を傷つける歌、許せない」)
 視線を敵へと戻すカティア。
 女は興味から生まれたドリームイーターであり、その歌は歌の皮を被った、ただのグラビティである。
 しかし歌の形を成している以上、それで誰かに危害を加えるなど、カティアが許せることではない。
 こんな雑音を、歌として括るのも腹立たしい。
(「ボクが止める……ボクには止めるだけの力はないけど、ボクの歌で止める」)
 女の歌声が、しゃがれたものから気色悪いほど甲高く舌っ足らずなものへと変わったのを聴いて、カティアも己の歌を『ブラッドスター』へと移した。

● 
「皆のアイドル、ドリームイーターでぇーっすぅ♪」
 歌を変える度、いちいちキャラクターがブレる女。
 媚びた動きでキンキンと頭に響く声音を吐き出す姿は、些か無理をしているようにも見えた。
 だが、腐ってもグラビティ。
 その声はケルベロスたちから正気を奪い、戦場は仲間同士が血で血を洗う魔境に――。
「貴方の歌は薄っぺらい。歌詞に信念が、旋律に想いが乗っていない」
 決して、なりはしなかった。
 セラは槍を構えて、なおも言い放つ。
「そんな歌など、天上の歌姫である私には通じない」
 そのまま己が身を光の粒子に変えると、ドリームイーターの身体へ一直線に突撃を仕掛け、穿っていく。
 瑛華の撒く紙兵、ホワイトハートの癒やしの羽ばたき、ロスヴィータの分身術、玖韻と理が分け与える闘気。
 そして、カティアの歌。
 ほんの一瞬、敵に絆されそうになったところで、手厚く多様な加護の何れかが、必ずと言っていいほどケルベロスたちを現実へ引き戻していた。
 そして歌が及ぼす不調さえ切り抜けてしまえば、その威力は恐るるに足らず。
「ずずいっとイくわよん♪」
 ロスヴィータがジグザグに変形させたナイフを突き刺して、女の身体を切り上げる。
 当然、豊かな山がまた揺れる。それもジグザグに。
「大振りだけではござらんよ!」
 続いて切り込んだクリスナシュの言葉は、ロスヴィータのそれを指してではない。
 幾度か打ち込んだ雲耀――最上段の唐竹から一転、クリスナシュは雷の霊力を帯びた刀を小さな動きで突き出す。
 手応えあり。刀を引き抜いた痕からは血など漏れず、ただぽっかりと空洞が出来上がって、そこに結衣が、空の霊力を帯びた灼熱の魔剣をねじ込んで斬り開く。
 しかし斬っても斬っても、何も出てきやしない。
 所詮、女はドリームイーター、欠けたデウスエクスなのだ。
 こんなものに、元より本当の歌も音も奏でられるはずがなかった。
(「もう、十分に押し切れそうですね」)
 敵と、そして仲間の様子を見やり、それまでメディックとして回復に全霊を注いでいた瑛華が攻撃へと転じる。
 鎖状に具現化したグラビティを、己の腕から女の身体へ。
 絡み付けて拘束したところで、玖韻が背後から不可視の速度で放つ「ただの手刀」を、理は正面から撫でるようにして頸を打ち込む。
「重い一撃、いくでござるよ!」
 再び雲耀の太刀。クリスナシュが斬って抜けると、弾丸と化した無数のハートマークが噴き付けた。
「たっぷり味わいなさい?♪ 」
 ダメ押しで身体を一つ揺らして、退くロスヴィータ。
 女は何事か呟こうとしたが、それすらも遮られる。
「わが攻撃、光の如く、悪鬼羅刹を貫き通す」
 セラの指先に現れた光の矢に貫かれて、ぱくぱくと口を開閉させるだけの女に、最後は結衣が魔剣を向けた。
「『幽霊』に相応しい音楽、といえばレクイエムが妥当なんだろうが、生憎そこまで器用ではないのでね」
 剣には地獄の炎が纏わりつき、より激しく燃え盛っている。
「これが俺の捧げるレクイエムだ、せめて安らかに眠れ」
 振り下ろした刃からは灼熱の剣閃が驟雨の如く叩きつけ、やがて一点に集中して火柱となり、消えていく。
 大広間に残ったのは、歌い続けるカティアの声だけであった。


「あー、驚いたわぁ……さっき歌う幽霊っての見たのだけどねぇ……」
「う、噂の幽霊かっ!」
 屋敷の奥で半覚醒状態だった少年は、ロスヴィータの言葉で跳び起きた。
「ただのデウスエクスだったのよねぇ。こういうこともあるんだから、自分の命も心配しましょうねん」
「他には何も居なかったよ。噂は所詮、噂だったみたいだね」
 結衣にも軽く種明かしされて興味を失い、目の前でたゆんたゆんと揺れるロスヴィータのそれを見つめだした少年に、今一度興味の素が振りかけられる。
 耳に飛び込んできたのは、カティアの歌だ。
 少年は暫し声音に身を委ねて、それが静まると共に軽く手を叩く。
「それは何という歌なのだ? 私のレポートにぜひ記録したい」
 問われたカティアは相変わらずの無表情であったが、少ない言葉でも少年に答えているところを見ると、興味を持たれて嬉しいのだろうか。
 もう一度歌ってもらえば、弾んだ声が聞けるかもしれない。
 だが、それを待って廃墟で佇むこともないだろう。
「それでは、そろそろ帰るでござるよ」
 仲間たちを促し、屋敷を出たクリスナシュが門扉を閉めた時であった。
「……おや、エイルノート殿。また歌っているでござるか。歌うの、好きなんでござるねぇ」
「ボクじゃない」
「……へ?」
「ボクじゃない」
 カティアは平然と否定して、先を行ってしまう。
「……まさか……でござるよ……」
 振り返るクリスナシュ。
 屋敷の中から、歌が聞こえている、気がする。
「……まぁ、世の中には解明されない不思議な事くらいあってもいいでござるよな……」
 ここは一つ、何もなかったということで。
 クリスナシュは屋敷に背を向けて、足早に遠ざかっていった。

作者:天枷由良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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