枯骨映写機

作者:犬塚ひなこ

●追想映画館
 丑三つ時、古びた映写機が思い出を映し出す。
 それは、ノスタルジーを感じさせる小さな廃映画館に纏わる噂。閉館から何十年も経ち、誰も立ち入ることのない場所。其処に置き去りにされた映写機に近付き、死者を想うと次第にフィルムが回り始める。
 そして、錆びた音を立てる映写機は亡き人と過ごした記憶を次々と映してゆく。
 上映されるフィルムの表題は――『思い出をもう一度』。

 そんな根も葉もない噂を信じて、真夜中の廃墟に忍び込んだ少女がいた。
「噂が嘘だなんて信じない。すっごく古い映写機なんだから……」
 絶対に不思議な力を持ってるはず、と呟いた少女は映画館内の瓦礫や埃を掻き分け、例の映写機がある部屋を目指していく。そして、廃墟最奥にある扉が開かれた。
「あった! これで……死んだお婆ちゃんとの思い出が見られるのね」
 其処に目当ての物を見つけた少女はそっと映写機に近付く。おそるおそる、彼女が手を伸ばした瞬間。
 急に背後に人影が現れ、その胸に大きな魔鍵が突き刺さった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
 紡がれた声の主はパッチワークの魔女のひとり、アウゲイアス。少女の心を覗き終わった魔女は鍵を引き抜き、何処かへ去ってゆく。
 崩れ落ちた少女は意識を失ってその場に倒れた。その傍には昔ながらの映写機に骨めいた手足が生えたような怪人型ドリームイーターが現れる。
 そして、装着されたフィルムをカタカタと揺らした映写機の化け物は、映すべき死者の思い出と記憶を探して歩き出した。
 
●追憶の映写機
「噂ってほんっと面白いわよねぇ。何処から広まるのかしら?」
 仲間を集め、カロン・カロン(フォーリング・e00628)が語ったのは死者との記憶を映し出すという古い映写機の噂。都市伝説のようなその話は殆どの者が信じないような荒唐無稽で眉唾物の噂に過ぎない。
 しかし、或る少女が死んだ祖母を求めて件の映画館に忍び込んだ。
「それでやられちゃったみたいなの。ほら、例の『興味』を奪うドリームイーターよ」
 不思議な物事に強い興味を持つ相手ばかりを狙う敵について話し、カロンはしなやかな尻尾をやや不機嫌そうに揺らす。
 奪われた興味から現実化した映写機の怪物を放っておくと被害者が出てしまう。そのうえ、夢を奪われた少女も目を覚ますことができない。
「ということで、手伝ってくれるわよね?」
 仲間達に問いかけたカロンの瞳は、最初から断られることなど考えていない明るく朗らかな色を宿していた。
 そうして、カロンはヘリオライダーから伝え聞いた情報を告げていく。
 戦場は廃映画館内、時刻は真夜中となる。
 現在、敵は廃墟内を彷徨っているが、それが何処なのかは判明していないという。其処で自分達の方に怪物を誘き寄せなければならない。
「引き寄せ方は簡単みたいよ。映写機に纏わる噂をしていればいいの」
 そうすれば敵は自分の噂の気配を察知して自ずと姿を現す。また、今回は自分が大切に思う『死者との思い出』を話してみるのも良いだろう。
 敵が現れたならば後は全力で戦うだけ。
「噂では映写機が過去の思い出を上映する、なんて言われてるけれどドリームイーターはそんなもの映し出してくれやしないわ」
 記憶は自分だけの物。それが関係のない存在に映せるはずがない。
 溜息めいた声を落としたカロンは、ふといつかの記憶を思い起こした。何を思い出したのかは語らぬまま、顔をあげた彼女は微笑んでみせる。
「さぁて、助けるべき子もいるしねぇ。はやく行きましょ!」
 そしてカロンは毛並みの良い耳をぴんと立てながら手を差し伸べ、仲間達を誘った。
 死者との思い出を、再び。
 その懐古が哀しいだけではなく、愛おしく優しいものであるよう願って――。


参加者
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)
カロン・カロン(フォーリング・e00628)
黛・繭紗(アウル・e01004)
角行・刹助(モータル・e04304)
マール・モア(ダダ・e14040)
ケイト・バークレイ(蛻の心臓・e14186)
真山・現(夢現・e18351)
羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)

■リプレイ

●想い出
 草木も眠る丑三つ時。廃映画館のロビーにて。
 丑の刻は十二方位でいう東北、艮にかかる時刻。この方角は俗に言う鬼門と呼ばれ、鬼や死者が出入りする方角。
 そう説明した角行・刹助(モータル・e04304)は今がその時刻だと確認する。
 丑三つ時は鬼門が開く時刻。
「それが実際に開かれてしまったというわけか」
 刹助が件のドリームイーターを皮肉交じりに語ると、静かに頷いたマール・モア(ダダ・e14040)が廃館の闇を煤けた銀古美のランプで照らす。
 鼓動めいて揺蕩う灯も霞む想い出の誘水となるよう、皆の顔を淡く照らした光がマールの呼吸と同時に揺れた。
 そして、敵を誘き出す為に語られるのは死者を映す映写機に纏わる噂。
「ふふ、私のパパと弟の話聞く? 面白い話いっぱいあるのよぅ」
 笑みを浮かべながらカロン・カロン(フォーリング・e00628)が話したのは家族の話。
 自分と弟が銃の扱い方を教わった時、間違ってパパの頭を吹き飛ばしかけたこと。悪戯をしてはパパに怒られたこと。それから、或る夜の晩御飯に砂漠の大蜥蜴を捕まえたこと。
「……あら、皆なんで引くの? 楽しくない?」
「カロンちゃん、すごいの」
 それを聞いていたメイア・ヤレアッハ(空色・e00218)は純粋な眼差しを向ける。そして、メイア自身も記憶に残っている思いを話してゆく。
「過去を忘れてしまったわたくしにでも、記憶はあるわ。亡くなった大切なおばあ様との思い出。もし見れるなら見たいの」
 ――おばあ様のこと、忘れてしまわないように。
 メイアはそっと瞼を閉じ、大切な人を想う。カロンも明るく振る舞ってはいるが、語られる対象は既に死を迎えている者だ。
 羽鳥・紺(まだ見ぬ世界にあこがれて・e19339)は二人の話に耳を傾けながら、真剣な瞳を向けた。ふと周囲を警戒してもまだ自分達以外の気配はなく、真山・現(夢現・e18351)は更なる話を続けようと口を開く。
「妙味に乏しくはあるが、私と師匠の話でもしようか」
 そういって現が話したのは、自分に魔法を教えてくれたひと。それが師匠であり己を拾ってくれたひとでもあった。今はもういないが感謝している。
 自ら面白みがないと自嘲した現だったが、それも大切なものはずだと黛・繭紗(アウル・e01004)は緩やかに首を振った。
「思い出の上映会。ほんとであれば、救われるひとも多いでしょうか」
 なにより此処はたくさんの思い出が眠っていそうな映画館だ。ひとくちに噂と切り捨てるもどこか憚られてしまう。
 繭紗は敢えて自分の思い出を語らずに両目を閉じた。金糸めいた髪のひと房が、ほんの僅かだけ俯き加減の繭紗の肩を伝って滑り落ちる。
 大事な人との記憶を語る他者の顔を見ていると何故か心地好い気分になる。
 そういって皆の声を聞いていたケイト・バークレイ(蛻の心臓・e14186)は、仲間の思いを空気越しに感じ取りながら自らも記憶を繙く。
「彼は――釁れた生き方しか識らなかった私に光の下で生きる術を教えてくれた」
 それが養父だったと簡素に語ったケイトは思う。殺そうとして殺された、兵器だった頃の自分は今の己の目にどの様に映って見えるのだろう、と。
 刹助とマールも同じく聴き手に回り、静かに警戒を強める。
「大切に扱われた古物には魂が宿ると云うもの。彼の映写機は屹度ひとり朽ちるのが寂しくて在りし日を映すのね」
 マールが小さく零すと、カロンはそうかもしれないわね、と頷いた。
 思い返してみれば楽しい思い出だって多い。ケイトがそう感じたように、誰かが大切に思う記憶には心を引き付ける力がある。
「確かに映写機に……いえ、在りし日の記憶に引き寄せられてしまう気持ちもわかるわ。ねぇ、あなたも――そうなんでしょ?」
 そして、カロンは振り返った。
 問いかけた先には、噂話と人の想いを感知した夢喰いが立っていた。

●記憶の欠片
「来るぞ、備えろ」
「にゃあん、やる気いっぱいみたいねぇ」
 刹助とカロンが目配せを送った瞬間に全員が身構え、布陣に付く。
 刹那、先手を取った夢喰いがメイアを狙った。だが、即座にボクスドラゴンのコハブとテレビウムの笹木さんが盾となる。更にライドキャリバーのジムとナノナノが護り手に布陣し、攻撃を通さぬ気概を見せた。
「ナノちゃん、お願いね。存分に愉しみましょう」
 マールが従者の名を呼べば、ナノナノがなのっと応えて黒いケープを翻す。その間にメイアが暗雲と夜を喚び、光の轟きを纏う雷獣を召喚した。
「思いきりやっちゃってね、ライちゃん」
 メイアが指先を差し向けると獣が瞬時に対象を穿つ。光の絲を引くような一閃が収まった瞬間、現が片手を大きく掲げた。
 現は仲間を護る紙兵を散布しながら、改めて映写機を見据える。
「興味深くはあるが……悪趣味だな」
 死した者を映す。それは甘い誘いではあるが、悲しみを呼び起こす事と同義。現が支援に回る最中、繭紗も回復行動に移った。
 魔法の如雨露で大地に水を撒けば、コルチカムの花々が咲き誇る。がんばってください、と笹木さんに願った繭紗は黒いキャスケット帽をしっかりと被り直した。
 二人の支えが戦場に巡って行く様を感じ取り、紺は攻勢に入る。
「思い出を映すなんて、話がうますぎますね」
 夢喰いは噂通りの姿をしているが、それが本当に過去の映像を映し出すことはない。紺の放った黒液は一瞬で映写機を包み込み、容赦のない衝撃を与える。
 ケイトはその隙を狙い、不可視の爆弾を発動させた。その際にケイトの脳裏にふと、先程は深く語らなかった逢いたい人の姿が浮かんだ。
「亡者に縋ろうと云う気は更々起きないが、記憶の端に触れたいと願った少女の気持ちは解らなくもない」
 ケイトが視線を向けたのは自らが手にする二挺の拳銃。それは元を辿れば彼の物だった。今更何を、と思いを振り払ったケイトは更なる攻撃に備えて身構えた。
 刹助は敵が回復を行う危惧に備え、殺神ウイルスを解き放つ。
 そのとき、刹助は映写機の噂を思い返した。噂自体は故人を偲ぶ気持ちを呼び起こす内容ではあるが、まるでそれはよくないものを呼び寄せる怪談噺のようにも受け取れる。
「真実はどちらなんだろうな」
 呟いた刹助の一閃が敵を蝕む中、メイアは凍結弾を撃ち出した。
(「――わたくしは、わたくしが今のわたくしになる以前のわたくしを知らない」)
 おばあ様は何もお話してくれなかったが、二人で大切な時を過ごしてきた。それは幸せで温かなものだったから、今のメイアが此処に在る。
 主に続いてコハブが竜の吐息を吐き、ナノナノとジムも攻撃に移った。頑張るサーヴァント達に応援の眼差しを向け、カロンは自らも打って出る。
「楽しい思い出が見えるのならば見たいわよね。うんうん、わかるわ」
 噂を信じた少女を思い、カロンは頷いた。軽い身のこなしで床を蹴り、瓦礫を伝って敵まで近付いたカロンは蹴りを浴びせかける。
 だが、そんな気持ちを利用するなんて無粋でしかない。
 紺は密かに憧れを抱くカロンの一閃に続き、手にした槍を振るいあげた。
「これで痺れていてください」
 稲妻を帯びた超高速の突きを放った紺は敵の動きを縛っていく。しかし、反撃として放たれた相手の攻撃も激しく鋭い。
 その攻撃をジムが受け止めたことに気付いた現は癒しの手を伸ばした。
「任せてくれ。足手纏いにだけはなりたくないからな」
 そういって現が放ったオーラは自由なる者の力を纏い、仲間の傷を治していく。
 繭紗は現が癒しを担ってくれると察し、床を蹴って炎を纏った。肚の底の、遍く悪神への昏い想いは密に秘め、繭紗は焔を敵に叩き込む。
 その傍らには、揺れる繭紗の心を察したテレビウムがしかと付いていた。
「……笹木さん、ありがとう」
 小さな礼を告げた繭紗が身を引くと、空いた射線をケイトが駆けていく。
 一瞬だけ交差した視線は連携の証。ケイトは深い海の底のような蒼の瞳で敵を捉え、無言のまま螺旋を纏う一撃を打ち込んだ。
 マールはケイト達の見事な動きに賞賛の眼差しを向け、自らも敵に向かう。
「また逢いたいひとは沢山いるけれど、哀しい別離を思い出して仕舞うから」
 だから、今は過去に浸る時間は要らない。
 優雅に美しく、血の風を纏って舞うように動くマールは敵の機巧を暴き、放った炎で以て映写機の一部を熔かしていく。
 空のフィルムを投影し続けるそれは依然として、何も映し出すことはなかった。

●今と未来
 戦いは激しさを増し、昏い廃映画館に衝撃の火花が散った。
 敵が放つ攻撃は一撃ずつが強く、その癒しの力は折角削り取った力を元に巻き戻してしまう。しかし、癒しは現と繭紗が、守りはジムやナノナノをはじめとしたサーヴァント達が、そして攻撃は刹助や紺、ケイト、カロン達がしっかりと担っていた。
「コハブ、みんなを守り続けてね」
 相棒に呼び掛けたメイアは戦いの終わりも近いと察する。強く床を蹴った勢いに乗せて流星の如き一撃を放ち、メイアは胸中で独り言ちる。
 おばあ様とわたくしの記憶は胸のうち。思うだけでなく見たいと思う時もある
(「――けれどそれは、わたくしが前へ進めるように、なの」)
 メイアの真剣な表情と思いを感じ取りながら、繭紗は再び仲間を癒す力を紡ぐ。
「芽吹き、綻び、咲き笑んで……記憶の花も、咲くように」
 コルチカムの花粉は陽炎の如く、その魔力によって幸福な記憶の情景を映した。繭紗は去りし彼の面影を裡にだけ浮かべ、夢を奪われた少女を思う。
 かの少女に重ねたのは、過ぎた日を想い続ける自分。誰だって還りたい場所が、もう一度過ごしたい刻がある。そう思うのは現も同じだ。
「……過去の思い出、か」
 小さく呟いた現は自らも攻撃に移った。竜語魔法を具現化させると同時に幻影の炎が戦場を包み込み、敵に更なる焔を与える。
 現に続いた紺も最後を見据え、貪欲な寓話を発動させた。
「迂闊に踏み込んだ報いを受けなさい、私の世界は甘くないです」
 黒い影が蔦のように絡みつき、敵の力を奪い取っていく。重なる攻撃によって映写機の動きは鈍くなり、最早逃げ出す力もないようだ。
 カロンは好機を見出し、しなやかに尾を揺らして敵へと駆ける。被った猫を脱ぎ捨てるかのように、次々と見舞われていく連撃は敵を弱らせていった。
「ほんと楽しかったのよ、昔も」
 そうして、カロンはぽつりと零す。兵隊はいつ死ぬか、いつ喋れなくなるかも分からない。それが当たり前の戦場で生きて来たカロンの過去は壮絶だった。しかし、だからこそ『今』も『思い出』も大事だ。それはケルベロスも同じこと。
 刹助も仲間に続いて鋼拳を放った。
「今を精一杯生きて、未来のために何を為すべきかだけを考える。過去に引っ張られ無い分には、効率的で結構なことじゃないか」
 声に出したのは独り言めいた思い。
 大切な故人。そんな相手は居ない。本当の自分が何者かも分からなくなってしまった自分には語ることすらない。だから今の言葉はただの強がり。今更だが、と呟いた刹助の一閃は敵を見事に貫いた。
 そして、マールはナノナノと目配せを交わしあう。
「さあ、召し上がれ。褪せたレンズに黄金の蜜で蓋をして、貴方も遠い夢の中へ」
 叛くならば毒を。殉うならば蜜を。
 マールが解き放った后の林檎は映写機を穿ち、其処へジムが掃射した弾丸が舞い飛んだ。その動きに合わせたケイトは銃の引鉄に指をかける。
 仮にそれが真に記憶を上映する機械であったとしよう。思い出を鑑賞する自分はきっと、終盤に差し掛かる度に思い知らされるのだ。
「あの男を――己の実父を殺さない限り、この物語は何時まで経ってもハッピーエンドを迎えられないのだと」
 気付けばケイトは思いを口にしていた。
 思い出は過去を引き摺る為のものではない。一歩でも前に進む、その為にある。だから、と放たれた銃弾は戦場を舞い、悪しき存在に最期を与えた。

●心の奥底
 映写機の怪人は消え去り、廃墟に静寂が満ちる。
 メイアと繭紗は少女が倒れている場所を探り、カロンや現も目を覚ましているであろう被害者を助け起こす為に現場に向かった。倒れた際に付いたらしき埃を笹木さんが拭い、目を覚ました少女にメイアが微笑みかける。
「おはよう、もう大丈夫なの」
「あれ、私は……?」
 そして、仲間達によって事情が説明された。噂は本当ではなかったと俯く少女に刹助が近寄り、その頭に軽く触れる。
「説教臭くて悪いが……動機は理解できても敢えて言っておこう。故人よりも今は、両親を大切にするべきだろ」
 真夜中に危ない場所へ出掛け、少女が両親の大切な故人になってしまったらと思うと堪らなくもなる。刹助の言葉は厳しくもあったが、ちゃんと届いていた。
 ごめんなさい、と彼女が謝った所へ紺が声をかける。
「あなたの思い出はあなただけのものです。誰かに思い出を語っても、代わりに語らせてはなりません」
 未来を見つめて欲しい。彼女を支えている思い出がいつまでも美しいものであるように、と紺は願った。その様子を見ていた現は二の足を踏む。
 少女に掛ける言葉は見つからない。その理由は――。
(「私もまた、過去に、人に囚われる者だから」)
 その噂を聞いていたなら自分は彼女と同じ行動をとっただろうか。研究者として物事を突き詰めていても何時まで経っても自分の心は解らない。
 現の傍ら、ケイトは仕舞いかけた二挺拳銃を見下ろす。
(「私の物語の結末は――」)
 迎えるのは幸せな終わりか、それとも。思考は其処で途切れ、ケイトは首を横に振った。メイアはそんな二人の様子を見つめ、何も語れぬ心をそっと慮る。そうして、マール達は少女を更に励ましていく。
 俯いたままの彼女の傍に屈み、マールは甘い声を紡いだ。
「忘れ得ぬひとは心の中に息衝き続けているの。貴女自身を、大切になさいね」
 そうすれば想い出と共に大切な人は生き続ける。
 そうです、と続いた繭紗も思いを伝えた。
 ひとは過去を重ねて生きてゆく。別れも出逢いも、ひとつ縒り絲となるのが人生。
「それを未来へつなぐ縷としても、縋りつづけては、だめですよ」
「……ありがとう、お姉ちゃん達」
 少女は零れた涙を拭い、ケルベロス達を見つめた。諭す言葉の蔭にもしなにか視得るものもあれば。それはきっとお婆さんからの贈。繭紗が微笑みを浮かべると、カロンは明るい表情で手を差し伸べる。
 過去を観られるのならば観たい。あの光景はきっと幸せそのもの。それでも、過ぎ去った日々は二度と戻らないのが世界の理。
「でも、まだ思い出せるうちは大丈夫よ。大丈夫」
 それは己に言い聞かせる為の言葉だったかもしれない。カロンは伸ばし返された少女の手を握り、愛しき日々を想う。
 過去を映すことが出来るのは自分の心だけ。
 想えばいつだって、ほら――思い出はもう一度、この胸に温もりを与えてくれる。

作者:犬塚ひなこ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月22日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 1
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