「虹のふもとには、宝物がある。でもそこには、番人もいて、宝物を守ってる」
リュックには、お母さんの握ってくれたおにぎりが三個。ハンカチとティッシュ、それにおもちゃの剣。肩に斜めにかかっているのは水筒。よし、と少年――夏目・ミナトは元気に呟くと意気揚々と探検に繰り出す。
雨上がり。水たまりは残っているけれど、傘はもう必要ない。ミナトは眼前に見える大きな半円のアーチを仰ぎ見ると、抑えられないわくわくとした気持ちと共に、大きな歩幅で一歩を踏み出していく。
「大切なものを守ってる番人なら、きっと強い。危ないことしちゃだめって絶対に言われるから母さんには内緒だ。それに、……リカ先生にも。びっくりさせてやるんだ」
秘密の冒険なのだ。ふふ、と笑みを零しながら、虹が消えてしまう前にとミナトは急ぐ。その話を初めに聞いたのはいつだっただろう。随分たつ気がするが、そもそも虹に出会えることすら少なくて、やっと巡ってきた機会なのだ。大きく、立派な虹だからすぐに消えてしまうことはない。自分と同じことを考えている誰かだっているだろうから、一番乗りを目指してなるべく速足だ。
「宝物って――宝石? お金? ううん、リカ先生は、自分の願うものじゃないかな? って言ってた。だったら僕は、僕が欲しいのは、オトナの体だ。背が高くって、がっしりしてて、背伸びしなくても先生と手を繋げる。あ、だ、だっこも出来るかな!?」
今は自分がされる側だけれど、もし番人を倒して、欲しい姿――大人になった自分――になれたのなら。自分の想像ににんまりとミナトが笑った、その時だった。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『興味』にとても興味があります」
ドリームイーター、第五の魔女・アウゲイアスが手に持つ鍵でミナトの心臓を一突きに穿つ。傷もなく、痛みもなく。幼い少年にはきっと何が起こったのか理解できなかっただろう。
意識を失いその場に崩れ落ちた、初恋の小学校の先生に好きになってもらえるよう大人に憧れる少年の隣に新たなドリームイーターは現れた。
右手に剣、左手に体の半分以上を隠せる大きな盾、全身に甲冑を身に纏い、瞳だけがギラリと鋭く光っている。おそらく、少年が想像していた『番人』の姿。ガシャ、ガシャと重い甲冑は音をたて、ドリームイーターは町を彷徨い歩く。
お待ちしてたっす! と黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は元気に集まるケルベロス達に声を掛け、ぺこと頭を下げた。
「不思議な物事に強い『興味』を持って、自分で存在を確かめようと探検に出かけた男の子がドリームイーターに襲われて、その『興味』奪われてしまう事件が起こってしまったっす」
『興味』を奪った元凶であるドリームイーターは既に姿を消しているが、奪われた『興味』を元にして現実化した怪物型のドリームイーターが出現している。放っておけば、どんな被害が出るかわからない。これを討伐してほしいというのが、今回ダンテが頼みたい依頼である。
「皆さんは、虹のふもとには宝があるっていう話、聞いたことはあるっすか? 至福の喜びが待ってる――っていう人もいるみたいっすけど」
『興味』を狙う夢喰いに狙われた小学校一年生の少年――夏目・ミナトは、大好きな担任の先生と釣り合う男になりたいと願い、その話を思い出したらしい。なんとも甘酸っぱく微笑ましい話に、一瞬表情を緩めたダンテは、はっとその少年が置かれた状況を思い出して説明を続ける。
「ミナト君は、ドリームイーターが生み出された場所に倒れ込んでいて、敵を倒さない限り目を覚まさないっす。どうか、早く助けてあげてほしいっす」
夏目・ミナトが襲われるのは、彼の自宅近くの住宅街の一角である。ドリームイーターはケルベロスが到着する頃にはまだ少年の近くに居て、敵が直接少年を傷つけようと攻撃をけしかけることはないようだが、戦闘に巻き込んでしまわないためにも少し離れた場所に避難をさせた方が良いだろう。
「虹のふもとを守る『番人』。ドリームイーターは、ミナト君が戦って勝とうとしてた、彼が想像してた強い敵の姿をしてるっす。何か……どっかのゲームの敵にでもいそうな、全身甲冑のやつっす。そいつは、人を見つけると自分は何者かと問いかけてきて、口ごもったり、そいつが正しいと思う答えを口にしないと怒って斬りかかってくるようっすね」
一般人と出会ってしまえば、とても危険な存在だ。それと、とダンテは有益な情報を口にする。
「自分のことを信じていたり、噂話をしている人がいると、その人の元に引き寄せられる性質を持ってるみたいっす。襲われた男の子のように、虹のふもとには自分の欲しいものが待ってる! そう、思わせるような言動をとるとか、おびき出しには有効かもしれないっすね」
小さな恋心を持つ少年に自分はどうだったかと思いを馳せつつ、ダンテはケルベロス達に願う。
「好奇心を持つのは良いことっす。男はみんな、怪物退治とかヒーローに憧れるものっす! 俺はいっつもケルベロスの皆さんに憧れてます! ……いや、これは今関係なかったっす」
つい自分の常々の思いの丈が出てしまったと、ダンテはぽりぽりと頭を掻いた。
オトナになるためささやかな冒険の旅に出た少年を、無事に連れ戻してやってほしい。ダンテはしっかりと頭を下げ、ケルベロス達に思いを託した。
参加者 | |
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神楽・凪(歩み止めぬモノ・e03559) |
秋月・陽(陽だまり・e04105) |
ルカ・ローセフ(戦火の子・e08274) |
虹・藍(蒼穹の刃・e14133) |
ユリア・タテナシ(フレグランスリンク・e19437) |
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385) |
ヴァルカン・ソル(龍侠・e22558) |
神座・篝(クライマーズハイ・e28823) |
●
予知の街に辿りつき、一行はさて、と周囲を見回した。今回の事件の被害者の近くにドリームイーターは潜んでいるらしいが、彼を巻き込んでしまわないためにも、誘き出しをした方が良いだろうというのはケルベロス達が全員一致している方針である。
「少し地図を見ていたの。ここからなら、あの角を曲がったところ、空き地があったわ。そこに敵を引き付けるのはどうかしら?」
セレス・アキツキ(言霊の操り手・e22385)は闇色の瞳をすっと閉じ、耳を澄ませながら言う。日に当たり金色に透き通り輝く短い髪が、吹く風にさら、と靡くのを手で整え、セレスは瞼を持ち上げ仲間を見遣る。彼女の優れた聴力でも、まだ敵が近づく音は拾えなかった。
「あー、いいじゃん。じゃあ、そこに誘き寄せるってことで。で、噂話だっけ? 虹のふともに欲しいもの、か。皆は何かある?」
戦闘になるだろう場所を決定してしまっても良いか、神座・篝(クライマーズハイ・e28823)が確かめると、特に反対意見は出ない。では決定、と早々に手を打ち、ライラックの花を宿す青年は人好きする笑みを浮かべた。彼自身はと言うと、欲しいものは自分で掴み取る主義のために宝物とやらにはそこまでの興味はないが、ミナト少年を大冒険へと駆り立てたその心情に対しては、たいへん微笑ましく思っている。
「…………虹のふもとには七色の金塊が眠っているという伝説を信じることにする。……お金がなければ腹は膨れないので、これでいい」
「ことにするって……。えー、夢ねぇなぁ」
淡々と発言をするのはルカ・ローセフ(戦火の子・e08274)である。依頼解決にあたる最年少のメンバーの大人びた言い分に、篝は自分の腰ほどにある少年の頭をぐりぐりと撫でた。――少年、スカートを身に着けそれがこの上なく似合っていても、ルカの性別は紛れもなく男子だ。
「……虹のふともには何もない。私は大変よいこなのでそれぐらいは知っている……けど、わたしはよいこなのでそれを信じる子供ぐらいの演技は出来るのだ」
「ルカ殿は言うことが成熟しているな。頼もしい限りだ。虹のふもとを目指して……か。私も、幼い頃は見果てぬ夢を追ってがむしゃらになったものだ」
昔を思い出し、懐かしさに柔らかく笑みを浮かべるヴァルカン・ソル(龍侠・e22558)だったが、ふと首を傾げる。
「誘き出しには宝があると信じる言動や噂話をとのことだが、このようなもので足りるだろうか?」
「もう一声って感じか?……というか、俺も聞いた覚えがあるが虹の番人の話。放浪中だったと思うがどこで、誰に聞いたんだったか……」
全員お伽話に対する反応が現実的すぎる、と神楽・凪(歩み止めぬモノ・e03559)は苦笑するが、彼も本心で伝説を信じてはいない。ただ、子供の夢を奪う無粋な者には立腹の思いが多々あるだけだ。早々に敵に現れてもらうためにも、さっさと信じたふりでもすべきか……と記憶にある話を思い返している凪の耳に、ふふ、と上機嫌な声が届いた。
「虹もふもとには自分の願うものが有るそうですね。わたくし、ずっと宝石があるのではないかと思っておりました」
「まあ、宝物と言えば定番よね」
セレスの相槌に、紫の瞳をきらと輝かせ、ユリア・タテナシ(フレグランスリンク・e19437)はこくりと頷く。
「宝石であっても勿論良いですわ。でも、まさか手に入れる人により内容が変わるだなんて思いもしませんでしたの。なんて素敵なんでしょう」
「そう! このノリだよたぶん求められてんの!」
ユリア、ナイス演技! と篝ははしゃぐ様子を見せる彼女に賛辞を送るが、話に夢中で送られた側は気付いていない。ついと視線を向けられユリアから話を振られたのは、彼女の隣に居た秋月・陽(陽だまり・e04105)だ。
「陽さんは、何があると思われます?」
「そうだなぁ、せっかくだから普通じゃ手に入らないようなものだったら嬉しいけどねー」
「そうですわね!」
ユリアの声は弾んでいる。何があったら嬉しいかの話を仲間全員巻き込んで楽しんでいる彼女の姿に、陽はふと笑みを零す。
「(芝居なんかじゃないよね。ユリアは子供だなぁ……)」
見抜いているのは恐らく、彼一人であろうけれど。楽しそうだし、水差すこともないし……とのスタンスで陽も会話に加わってしばらく、ようやくソレは姿を見せた。
ミナトは、空き地からは離れた場所に居る。敵がこちらに向かってきている以上、少年に被害が及ぶ可能性はない。くす、と微笑するのは、艶やかに長く伸びる青い髪、美しく生命力に溢れ輝く青の瞳と褐色の肌を持つ少女。
「虹の番人かぁ。ファンタスティックかつ見目麗しいとなお良しだったけどね」
虹・藍(蒼穹の刃・e14133)は、ガシャ、と重く響く音をたて登場したドリームイーターに言う。さて、ミナト少年の『興味』を元につくられたソレは、守るべき虹のふもとを離れ何を求めるのか。
「我は、何だ――?」
作られた合成音声のような、地の底から響くおどろおどろしい低音のような。何とも一言では表現出来ない声色で、宝の守り人は、地獄の番人達へと問いかけた。
●
その答えを、ケルベロス達は持たない。
理由はそれぞれであったが無言を貫くケルベロスに対し、ドリームイーターもまた動こうとしなかった。このまま戦闘に入ろうかと全員が武器を構え、一定の距離を油断なく保っているところに、ルカは周囲が何も言わないことを確認し、ならばと皮肉たっぷりにその言葉を口にした。
「…………いい年してコスプレしてるおじさん。…………ねぇ、恥ずかしくないの?」
決して大きな声ではなく、むしろひっそり淡々と。けれどそれだけに威力は絶大だった。何にとは、主にケルベロス達の腹筋に対してである。
「……っく。ふふふ」
「ユリア、笑っちゃ可哀想だよー」
「あら、陽さんも声が震えていらっしゃいますわよ?ふふ、コスプレ……」
油断なく、それぞれが得物を構えたそのままに、しかし緊張感というものは良い意味で一瞬にして霧散した。細切れの笑い声を零すユリアを窘める陽の声だって堪え切れてはおらず、そうとしか見えなくなったじゃねーか、と凪と篝は敵を見る度襲われるおかしみを堪えることに苦慮し、藍は見目麗しさとはかけ離れた敵の姿を辛辣に表現したルカに大いに同意する。そしてヴァルカンは大真面目に言った。
「そうだな……いずれにせよ白昼堂々そのような姿で闊歩するなど、普通ではあるまい。ついでに変質者、というのはどうだ?」
実直な印象を与える精悍な竜派ドラゴニアンから発せられた一言に、セレスもついにくすり、と笑んだ。
当然だが、二人の返答はドリームイーターのお気に召さなかったらしい。正解ではなかったからか、はたまた浴びせられた嘲笑を理解しているのか、怒気が膨れ上がっていく敵に対し、来ます! と藍が注意を促す。虹の番人は手に持つ剣を大きく振り上げヴァルカンに向かって振り落とす。長刀を操り受け流し、ヴァルカンは僅かに口元を歪める。
「僥倖。このまま我らディフェンダー陣を狙ってくれれば良いが……」
藍はハンマーを砲撃形態に変化させ砲弾を撃ち込み、ヴァルカンは前衛に守護をもたらす炎の壁を作り出した。炎の息吹は彼の己は盾たれという意志である。前衛の仲間からの、戦いながらも短く告げられる謝辞に、礼には及ばないとヴァルカンは一つの頷きで応じた。
「ソル、お前が乗っかるとはな……」
「凪殿。我ながら聊か陳腐な挑発であるとは思うが……これも兵法だ」
感心しているようで呆れてもいるような既知の間柄の友に、ヴァルカンは凪を振り返ることなく言葉だけを返す。逆上して敵の動きが単調にでもなれば儲けものなのだ。
セレスが握るのは蛇の巻き付く杖。アスクレピオスの杖に紫陽花の武器飾りがセレスの動きに合わせ揺れる。そこから生み出されるのは高圧の雷撃である。迸る雷を放ったならば、ドリームイーターは痺れているかのように動きを鈍くした。
隙は見逃さない。陽は一歩踏み込み刀を上段から斬りかかる。ドリームイーターは予測をしていたかのように大振りの切り筋を避けたが、陽は即座に刀の向きを変え鋭く敵を切り上げた。
「負けませんわよ!」
細腕に武器を握り、ユリアはそれを叩きつけた。破壊力の大きな攻撃に、虹の番人の鎧にピシリ、と亀裂が入った。全身を包む鎧に手には大きな盾。確かに硬いが押し切れないことはない。
甲冑から覗く、ぼんやりと光っていた目のような部分がカッと眩しく輝いた。モザイクを飛ばし、その向かう先はルカである。無言で攻撃を受けきり、心配する仲間の声に視線で問題ないと告げて、スカートを翻しルカは地を蹴り飛び上がった。身体は軽く、軽々と空を舞う。虹の番人の真上で器用に体勢を整え電光石火の一撃の蹴りをお見舞いする。
「…………そう、そうやって精々私を狙っていれば良い」
盾として役割を果たせたならば、その分他の仲間が自由に動ける。それに、このくらいの傷ならば――。
「はいはい、任されましたよっと」
雷の力を宿す杖から齎されるのは、人を癒し力を与える衝撃。篝からのヒールにダメージを癒しつつ、ルカはすた、と綺麗に着地をした。
積み重なり動きを制限する効果に恐れを成したか、モザイクを生み出したドリームイーターはそれを自分に取り込み始める。こちらの攻撃は確実に効いているが、敵の守りは厚く長期戦になれば面倒この上ない。凪はちっ、と舌打ちをしてすぐさまアームフォードの標準を合わせた。
「ったく、宝を守ってるはずの番人がうろちょろしやがって。宝守ってない番人なんて興ざめだろうが……」
ガキの些細な夢が壊れる、失せろ、と。少年の夢を奪う、野暮な敵に向ける凪の視線は鋭い。全くその通り、と藍は突きをお見舞いすると、畳みかけるようにヴァルカンも神速の突きを会心に決める。
「踊りましょう、番人さん。お伽話の人物なら、お手の物でしょう?」
踊れ、踊れ――。セレスから紡がれる言葉はただの音ではない。言霊。一語一語に思いを込め、魂を込める。喉に手をあてながら、セレスは風に告げる。舞い踊り、刃をなせと。
パキ、と硬い何かが剥がれていく音がする。セレスの耳はそのごく小さな終焉への足音をつぶさに聞き取った。番人が倒れる時は近づいているのだ。
彼女ほど正確に命の終わりを計れずとも、確実に敵が疲弊していることを、陽もまた心得ていた。これで、止めだ。往生際悪くドリームイーターが向けた剣をひらりと避け、陽はその勢いのままに足を蹴り上げ――。
「あ、陽さんっ! わたくしがっ!」
「え、ユリア!? 何っ? ……ああー、うん」
急な制止にぐらりと態勢を崩しつつも、鍛えた体幹でバランスをとり、彼は振り返ってユリアの決意に溢れた顔を一目見、全てを理解した。仕方ないなぁ、と思う。陽はユリアが敵に肉薄していく後ろ姿を見送った。
ナイフの一撃はドリームイーターの命を刈る。ここは虹のふもとではないから、宝物は現れず、後には何も残らない。ケルベロス達は空を見上げ、いまだ在る七色の大きなアーチを、太陽の眩しさに目を細めながら眺めていた。
●
「ミナトがまだ伝説を信じているようなら……ううん、何も言わない方が良いと思う。私は空気が読める大変よいこだから」
「まぁ、デタラメ話を信じるのもガキの特権だしな……。というかお前と四つしか年違わねぇはずだが……お、発見」
「ミナト君!」
周囲にヒールをかけた後、ドリームイーターが現れた方角へと足を進めれば、リュックを背負った少年がぼうっと空を見上げていた。
ルカと言葉を交わしていた凪が仲間へとそれを知らせれば、藍がミナトの元へと素早く駆け寄る。ぼんやりとしているのは、目が覚めたばかりだからか。傍らに膝をつき自分を心配そうに見遣る瞳の真剣さに、ミナトは不思議そうな表情だ。
「お姉さんたち……」
「はじめまして、私虹って言うの」
にこ、と微笑めば屈託なく笑い返され、被害者を無事助け出せた安心感も相まってほんわかとした空気が辺りを包む。
「……虹、お姉さん? 虹? あ、僕!」
「すげー冒険したんだろ、かっこいーね」
誰にも内緒で家を出た目的を思い出し、勢いよく立ち上がったミナトに、篝はひょいと背を屈めて目線を合わせ少年の肩を優しく叩いた。まだ、虹のふもとには着いていないし、番人とおもちゃの剣で戦ってもいない。けれど、幼い少年にとっては、ここまで来ただけで大冒険だ。オトナの篝の言葉は、オトナに憧れる心を存分に擽るものだった。
「けど、冒険はちゃんと家族にいわねーと。ミナトだって、家族が家からいなくなったら寂しいだろ」
「……うん」
素直に頷いた少年に、篝はわしゃわしゃと髪を掻き混ぜる。何はともあれ無事だったのならその好奇心は労ってやりたかったのだ。
「――少年」
ヴァルカンの呼びかける言葉に、ミナトはずっと上に首を持ち上げねばならなかった。高い背に逞しい体格。皮膚を覆うのは紅の鱗であり、種族は違えど炎のような竜人はミナトの憧れを模すような姿をしていた。そんな彼が、言う。
「自分もまた、大きく強くなりたかった。だがしかし、それは己が努力で実現させるものだ」
「叶うの? 僕も大きく、強くなれる?」
「ああ。そうなりたいと思うならば」
「どうしましょうか、一人で帰れる?」
セレスの問いかけに藍が自分が送っていくと告げると、なら心配ないわねと彼女もまた微笑んだ。藍は翼を羽ばたかせ、ミナトを抱え上げ空を行く。虹を一望できる、素敵な忘れられない冒険の幕引となるだろう。
二人に手を振りながら、期待の籠った声色でユリアが陽の名を呼ぶのを、彼は彼女が何を言い出すかほぼ把握をしながらも何? と返事をする。
「まだ、あんなに大きく虹が出ていますわ。行きましょう! 番人ならわたくしが倒しましたもの」
「そうだね。一体何があるのかな?」
「楽しみですわ。――その、ところで、陽さんの欲しいものとは……。いえ、興味なんてそんな。別に言わなくとも良いのですけれど」
内緒、と陽が返すとあからさまに表情を固めたユリアに笑って、二人は虹を目指す。彼女を守れるだけの力が欲しい――とは、まあ言葉になんてしやしないけれど。それこそが陽の欲しいもの、なのだ。
うわぁ、と高さと眺望にはしゃぐミナトに藍は今真下にある遠い地面を指し示す。こてんを首を傾けた彼に、彼女は言った。
「宝物なら、ほら! ちゃんと足元にあるよ。名前は『地球』って言うの。虹の宝物はとても大きいから渡してあげられないわ。ごめんね」
「そっかぁ、そうだったんだ」
「それに、番人は一人じゃないんだよ」
そうなの? と驚くミナトと話す藍の視線の先には仲間達が居る。地獄の番人とも称される、けれど自分たちは宝物の守り手なのだと藍は信じている。
作者:小波 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年8月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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