黙示録騎蝗~毒針

作者:秋桜久

 目に優しい緑の色が周囲を埋め尽す。夏の暑い日差しも木の葉が日陰を作り、時折谷間を抜ける風が涼を感じさせる。だがそこには人は居なかった。
「甦れ」
 イェフーダーが、用意したコギトエルゴスムに、グラビティ・チェインを復活出来るギリギリの量を与える。
 与えられた個体は、黄色と黒の混ざった模様となり、尻に禍々しい針を備えて動き出す。その姿はまるでスズメバチ。
 ブーンブーン……不気味な羽音が周囲に響き渡る。それは不満の表れ。
『モット、グラビティ・チェインヲヨコセ』
 攻撃の意思を顕わにするスズメバチ。だがイェフーダーを刺す前に、部下に取り押さえられてしまう。取り押さえられてなお、暴れるスズメバチにイェフーダーは告げる。
「グラビティ・チェインが欲しければ、自分で略奪するがよい」
 視線で人が居るであろう方向を示す。餌、ご馳走──飢餓状態のスズメバチには餌の在処さえ分かれば十分だった。取り押さえる手を振り切り、人が居る場所へと飛び立って行った。
「好きなだけ貪るがよい……お前が奪ったグラビティ・チェインは、全て、太陽神アポロンに捧げられるだろう」
 イェフーダーの呟きは、誰の耳にも届く事はなかった。


「ローカストの太陽神アポロンが新たな作戦を行おうとしているようです」
 不退転侵略部隊の侵攻をケルベロスが防いだことで、大量のグラビティ・チェインを得る事ができなかった為、新たな、グラビティ・チェインの収奪を画策しているらしい──そうセリカ・リュミエールは告げる。
「その作戦は、コギトエルゴスム化しているローカストに、最小限のグラビティ・チェインを与えて復活させ、そのローカストに人間を襲わせてグラビティ・チェインを奪うというものです」
 仲間を仲間とも思わない卑劣な作戦。セリカは唇を噛み締めた。
 復活させられるローカストは、戦闘力は高いがグラビティ・チェインの消費が激しいという理由でコギトエルゴスム化させられたもので、最小限のグラビティ・チェインしか持たないといっても、侮れない戦闘力を持つと言う。
「グラビティ・チェインの枯渇による飢餓感から、人間を襲撃する事しか考えられなくなっている為、反逆の心配をする必要がないと言うのが敵の狙いです」
 仮に、ケルベロスに撃破されたとしても、最小限のグラビティ・チェインしか与えてない為、損害も最小限となるという。敵ながら最も効率的で非道な作戦だと言えよう。
「この作戦を行っているのは、特殊諜報部族『ストリックラー・キラー』を率いる、イェフーダーというローカストのようです」
 まずは、復活させられたローカストを迎撃する必要があるが、いずれは、イェフーダーと直接対決する必要があるだろう。


 細い真っ直ぐな幹と頭上に広がる緑。美人林と称される場所も、ローカストにとってはどうでもいい話だ。人が居る場所──林を抜けた先にある温泉街目指して飛んで行く。
「復活したローカストはスズメバチの様相をしています」
 危険を表す黄色と黒の模様と鋭い針を見せびらかし、目にした人間が逃げるのを追いかけて襲い掛かる。空からの襲撃に逃げ場を失い絶望する人間の感情は最高のスパイスだ。より羽音が聞こえるよう、高度を下げて恐怖心を煽る。そんな敵だと言う。
「敵の主な攻撃は毒針攻撃です。他にも噛み付き攻撃や、羽音による音波攻撃をするので要注意です」
 何より飢餓状態の敵が、空腹を満たす為にどんな攻撃を仕掛けて来るか知れない。それが何よりも恐ろしい。
「敵はグラビティ・チェインが枯渇している状態で本領発揮は出来ません。ですが油断せずに必ず撃破して下さい」
 人々の命の為に、未来の為に。セリカはその願いを皆に託すのだった。


参加者
月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)
赤羽・イーシュ(ロックロッカーロッケスト・e04755)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
ロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)

■リプレイ

●邂逅
 細い木々が真っ直ぐ天を貫くように伸びている。樹齢の若いブナ林は、そのほっそりとした幹が細身の女性を思わせる事から、美人林と呼ばれ、写真家や、近くの温泉帰りに立ち寄って見る者も多いと言う。
 だがそこに、美しさとは無縁の、凶悪なローカストが餌を求めて飛び回っているとは誰も思ってはいなかった。
「逃げる人間を追い、絶望させる事を好むローカストですか……」
 かつて戦った相手とは大違いだと旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)は思う。
「腹ペコなやつを差し向けて、抗いようのねぇ飢えを満たすために、虐殺させて……全然、ロックじゃねぇ」
 差し向けた奴を殴りたいところだが、まずは人に害を為す敵を倒すのが先だ。赤羽・イーシュ(ロックロッカーロッケスト・e04755)に呼応するように、ボクスドラゴンのロックは『がおー』と吠える。
「うっへー……蜂とか超あぶねえよな。ローカストこえー」
 やる気をあまり感じさせないロア・イクリプス(エンディミオンの鷹・e22851)だが、しっかり周囲を警戒しており、襲われそうな一般人が居ないか目を光らせている。
「お腹が空くのは辛いね、でもグラビティチェイン略奪を見逃すわけには行かないよ」
「目覚めてすぐに捨て駒にされるというのも、可哀想な話ではありますが……」
 プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)の言葉にリフィルディード・ラクシュエル(ガンブレ・e25284)が続く。勝手に目覚めさせられて、飢餓状態を利用される敵に思う事は多々あるが、だからと言って人を襲うのを見逃す訳にはいかないのだ。
「極限の飢餓、その苦しみまでも贄として搾取される存在」
 同情を禁じ得ないのはウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)も同じだ。
「解放してやれるのがケルベロスだけならば、楽にしてやるべきだな」
 彼の言葉に皆が頷く。と、微かに聞こえてきた音に、ヴォルフ・フェアレーター(闇狼・e00354)はいち早く反応し、手で皆を制した。遠くから聞こえてくるのは人の声とカメラのシャッター音。どうやらグループで写真撮影に来たようだ。それだけならばいいが、上空に唸るような羽音も──それは段々と近付いて来ているようだ。
「義兄」
 短いその一言で意図は伝わる。月宮・朔耶(天狼の黒魔女・e00132)の殺界形成と共に、全員自分が為すべき行動に移るのだった。

●ターゲット
 突然放たれた殺気に、写真撮影していたグループは身をビクリとさせ、ここに居てはいけないと察したのか、足早に離れていく。
「ここは危険だ。今すぐここを離れてくれ」
 一部撮影に夢中になり、移動せずに居る人にヴォルフが声を掛ける。逃げる様に言われ、周囲に仲間が居ない事と、頭上から奇妙な音が聞こえているのに気付き、視線を上げ──。
「うわあぁぁぁぁ!?」
 黄色と黒。巨大なスズメバチが自分を見下ろしている事態に、男は叫び声を上げ、転がるようにこの場から去ろうとする。だが恐怖と絶望こそがスズメバチの好物。ターゲットをこの男に定め、高度を下げて追おうとする。
「やい、虫野郎! そんなにグラビティ・チェインが欲しいなら、こっちにうめぇのがたんまりあるぞ!」
 静かな林にギターの音が鳴り響く。最高のスパイスである獲物の悲鳴さえも掻き消すギター音に、蜂は不穏な空気を纏いながら頭を向ける。視線の先にあったのはドヤ顔でノリノリのイーシュの姿。それが余計に精神を苛立たせる。
『ブブブ……』
 餌よりもまず邪魔な者から始末する事にしたのか、蜂は急遽方向を変えて襲い掛かって来た。だが針が到達する前に、ロックがブレスを吐いて攻撃を阻害する。ブレスから逃れるように、一旦上昇して距離を取った。
「お腹が減ってるの? 私食べられちゃうのかな、すごくこわいね」
 距離を取っただけではまだ一般人が狙われる危険性は0ではない。プランは敵の気を引く為、艶然と笑みを浮かべて蠱惑的に誘う。色香に惑わされたのか、蜂はガチガチと牙を鳴らしながら接近してくる。まるでキスをせがむように。
「ほいほい、これ以上はやらせられねえな」
 噛み付く様なキスと言うのもあるが、本当に噛み付かれたらシャレにならないぜ。牙をナイフで受け止め、振り払うロア。誰かが傷付くのは見過ごせない。
 そうして仲間が敵の気を引いてる間に、ウルトレスは先程のグループとは別の一般人の救護に回っていた。ローカストの姿に驚き、慌てて逃げようとして転倒したり樹に衝突した人を治療し、落ち着いて逃げるよう促す。邪魔者に構っている間に、餌がどんどん逃げて行くのに気付いた蜂が慌てて後を追おうとするが、それを許すケルベロス達ではない。
『ガアッ!?』
 竜華の放ったケルベロスチェインが絡み付き、その身を縛る。拘束するだけではない。動けない所を狙って、リフィルディードが弾丸を撃ち込む。
 ドドドドド!!
 弾丸の嵐が去った頃には、餌となる一般人の姿は、視界の範囲外に逃げおおせていた。ただでさえ空腹に苛まれていた所を、悲鳴と言う名のスパイスを掻き消しただけでなく、邪魔をして逃がすとは──許すまじ。食い物の恐ろしさをその身で味わうがいい。怒りが拘束の力を上回った。
『ガアアアア!』
 魅了の効果が効いているのか、鎖の拘束を解いた蜂はプランに一直線に向かって行く。行かせまいとヴォルフが威嚇射撃を行うが、撃ち込まれる弾丸をものともせずに突っ込んで行く。
「きゃっ!?」
 だがその牙は彼女を喰らう事はなかった。牙は直前に滑り込んだオルトロスが代わりに受けたのだ。
「ちぃっ!」
 ロアのフォートレスキャノンが火を噴く。プランの稲妻を帯びた超高速の突きも加わり、蜂は牙を離して木々を盾に、攻撃を回避しながら後方へ下がった。
 受けた傷は朔耶が黄金の果実で癒すと同時に、前衛陣に耐性を寄与する。イーシュは回復と共に前衛陣の防御を固め、ロックとウルトレスは回復に勤しんだ。この時点で、ケルベロス達の狙い通り、蜂のターゲットをこちらに向ける事に成功していた。

●本戦
 敵の目をこちらに向けられたなら、後は倒すだけだ。
「飢餓ゆえか生来ゆえか……ローカストの武人としての誇りは無いみたいですね」
 黒色の魔力弾を撃ち出しながら敵の様子を見定める竜華。敵にとってグラビティ・チェインさえ回収出来れば、相手は誰であっても問題はないようだ。当初は邪魔な敵を倒す事しか考えていなかったようだが、空腹が満たされるなら何でもいいと言うような行動に変わって来ている。だがそれを易々とさせるケルベロス達ではない。ヴォルフの目にも止まらぬ速さで弾丸が撃ち込まれ、それに追従するように朔耶が杖のポルテを元の姿に戻し迎撃を開始する。
 度重なる攻撃に、林の中を左右に器用に移動して被害を極力控えるだけだった蜂が反撃に移る。距離を取りつつ、羽を震わせて異音を前衛に向けて響かせる。
 ヴヴヴヴヴヴヴヴヴ!!
 耳障りな羽音を受け、耳を押さえて蹲る前衛陣。攻撃の要の者達を守るべく、オルトロスとロックが盾となって庇う。ロアは自身が攻撃を受けようとも仲間を庇い傷付くサーヴァント達を見、サイコフォースを放って羽音を止めさせる。
 思わぬ反撃を受け、距離を取り体勢を立て直そうとする蜂に銃弾が撃ち込まれる。そちらに注意を向けた瞬間、別の方向から斬撃が繰り出され、蜂は数本の足を失った。リフィルディードの撃刃の型に続き、イーシュの戦術超鋼拳が叩き込まれる。
 ウルトレスが前衛陣の回復に務め、邪魔をされないよう、プランは炎弾を放ち敵を炎に包む。
 攻撃ラッシュは止まらない。竜華のブレイズクラッシュとヴォルフのハウリングフィストが左右から襲い掛かる。蜂は身を捻り回避しようとするが、足を落された為にバランスが取れず、腹部にダメージを負ってしまう。更にオルトロスが口に咥えた剣で切り裂き、朔耶の鎖が身を縛る。
『ギギギ……ッ!』
 鎖から逃れるように上昇しようとする蜂。そうはさせないと引き戻すよう力を籠めた瞬間を見計らい、毒針を捕縛者に向け、引く力をも利用して急接近する。
「うっ! ぐあああ!?」
 だが毒針が突き刺したのはロアだった。咄嗟に敵との間に割り込む形で飛び込んだのだ。右肩に深々と針が突き刺さり、毒が体内に流し込まれる。
「離れなさい!」
 リフィルディードが雷刃突を放ち、蜂が針を引き抜いて離れた所にイーシュがスカルブレイカーで追い打ちをかける。蜂は攻撃を受けながらも、敵に苦痛を与えた事に悦びを感じているようだった。表情は変わらないが纏う雰囲気がそう感じさせた。
 膝を付くロアをプランが支え、即座にウルトレスとロックが癒しの力を注入し、傷と毒を癒す。
「随分といい性格をしているようだな」
「義兄」
 ヴォルフと朔耶の息の合った同時攻撃が悦に入っていた蜂の雰囲気を断ち切る。稲妻を帯びた超高速の突きが腹部を貫き、御業から放たれる雷撃が全身を走り、蜂は声にならない悲鳴を上げた。
『──!!』
 苦痛は相手に与えるものであって自らが受けるものではなかった。蜂は怒りに燃える目でケルベロス達を睨み付けると、最後の力を振り絞り、最大級の破壊音波を前衛陣に叩き込む。
「ぎゃおー」
「ロック」
 庇ってくれた相棒に感謝しつつ、イーシュはギターを構える。
「後方支援とバトルBGMは任せて貰いましょう」
 ウルトレスと共に奏でるのは「ブラッドスター」だ。相手が音で攻撃をしてくるのなら、俺達は音で仲間を癒すだけ。二人のセッションが始まる。二つのギターの旋律が仲間を包み癒していく。
「燃え盛れ……私の炎……っ!」
 竜華は全身を地獄の炎で覆い尽くす。次の一撃の為に。
「もう楽になっちまえよ」
 ロアの破鎧衝が胸部を穿ち、リフィルディードのヴァルキュリアブラストとプランの【暴走する殺戮機械】が両の羽を使い物にならなくさせる。
「炎の華と散りなさい!!」
 攻撃と回避手段を同時に奪われた蜂にあるのは『死』のみ。
 竜華の大蛇・灼華繚乱。真紅の炎を纏った八本の鎖が蛇のように喰らい付き動きを封じる。最後はオーラを纏った剣が蜂の頭部を貫き、生を奪い取ったのだった。

●静寂
 林に静寂が戻った。
 ヴォルフは敵の死を確認すると、興味なさそうに背を向けた。傍らで朔耶が何かを調べているようだが、今の所、目ぼしい発見はないようだ。
 ウルトレスは怪我人が居ないかを確認していた。戦闘が終わり、避難していた人達が様子を窺いつつ戻って来たのだ。怖い思いをした人にプランはダイナマイトモードで励まそうとするも、それ以前に戦闘で破れた衣装(元々露出度の高い巫女服であった)が一部の男性陣を元気にさせていたようだ。
「ロック、お前も手伝ってくれ」
(「……あいつへの鎮魂曲の一つも、送ってやりたいしな」)
 イーシュはヒールで周囲を修復しながら、倒した敵に若干の哀れみを感じていた。もちろん倒さなければ多くの人々が犠牲になるし、倒した事を謝るつもりはない。それでも送るくらいはしてあげたいと思った。
 その気持ちは竜華も同じだ。彼女は静かに黙祷を捧げた。
「もう、苦しまなくていいんですよね」
 せめて安らかに眠るといい。リフィルディードそっと目を閉じた。

 聞こえるのは鳥の声と木々の葉を揺らす風の音。
 風が夏の終わりが近い事を告げていた。

作者:秋桜久 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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