黙示録騎蝗~終わりへと往くは蜉蝣

作者:螺子式銃

●森は深く昏く
 鬱蒼と茂った密林の奥深く、一つのコギトエルゴスムが目覚めようとしていた。
 グラビティ・チェインを与えたのは、怜悧な印象のある蟷螂のローカスト、――特殊諜報部族『ストリックラー・キラー』の首魁であるイェフーダー。
 やがて目覚めたのは、虹色に光を反射して輝く見事な翅をもつウスバカゲロウのローカストだった。
 目を開けた途端、穏やかな印象のある深い青の眸は飢餓に歪み、身を捩らせる。
「――…グラビティ、グラビティ・チェインを…、もっともっと、もっと―!」
 声を枯らして喚きたて、本能の赴くまま牙を剥き出しにして翅を羽ばたかせた。
 飢えに苛まれ暴れる動作は、理性を失いながらも強靭で俊敏だ。
 だがその身体は周囲から幾人もが押さえつけ、その喉にはイェフーダーの刃が突きつけられる。
「流石の身のこなしだな、『陽炎』のエフィ。だが、――グラビティ・チェインが欲しければ、自分で略奪してくるのだ」
 身悶えるウスバカゲロウの体を乱雑に掴み、そのまま地面へと放り捨てる。
 投げ出した方から漂う、濃密なグラビティ・チェインの気配が哀れなローカストの飢餓を刺激する。
 あからさまに飢えだけを映したその眸には、理性の欠片もなく目の前の仲間すら映っては居なかった。
「……食べたい、満たしたい、満たしたい……」
 呻くように呟いて、巨大な翅を翻し一路、ウスバカゲロウは飛んでいく。
 『餌』を目指して。
「思う様狩るが良い。もっとも、お前が奪ったグラビティ・チェインは、全て、太陽神アポロンの為に捧げられるがな」
 見送ったイェフーダの声は、無情に響いた。

●暗躍の蟷螂
「今日もお疲れさま。――じゃあ、始めようか」
 招集に応じてくれた皆へと一礼すると、トワイライト・トロイメライ(黄昏を往くヘリオライダー・en0204)は資料を手に口を開く。今回彼が説明するのは、信州の山中に現れたというローカストの事件だ。
「ローカストの生き残り、太陽神アポロンが新たな作戦を行おうとしているようだ。
 皆の活躍で不退転侵略部隊の進行は食い止められた、――だがそこで得られなかった大量のグラビティ・チェインを別の手段で奪おうとしている。
 コギトエルゴスム化していたローカストに、最小限のグラビティ・チェインだけを与えて人々を襲わせるという手法で、だ」
 トワイライトの表情は険しい。何しろ、復活させられるローカストは最小限のグラビティ・チェインしか与えられず、その究極的な飢餓によって食料――すなわち人間の襲撃しか考えられなくなっているのだ。
 しかも戦闘力は高い反面グラビティ・チェインの消費が激しい個体を選んでいるのだから、人を襲うには十分すぎる程能力を持っている上に、物資不足の現状では使い捨てには向いている。
 ケルベロスに撃破されたとしても、グラビティ・チェインと戦力の損失は最低限で済む。
「仲間を使い潰すことすら前提とした、冷酷な策だ。
 この作戦を行っているのは、特殊諜報部族『ストリックラー・キラー』を率いている、イェフーダーというローカストだ。作戦から窺い知れる人格だけで、余程厄介な相手のようだな。
 ――いずれは引導を君達の手で渡す必要があるだろう。
 しかし今優先すべきは現状対処だ。作戦を失敗させ、被害を出さないように動いて欲しい」
 復活したローカストは、信州の別荘地帯へと放たれた。
 気候の良い山中は避暑地として人気が高く、夏休みなのも相まって家族で別荘を楽しんでいる者もいるという。
 ローカストはウスバカゲロウの形をしており、虹色に輝く薄い翅が特徴的だ。胴体部も輝石や鉱石で誂えた装飾品で飾り立てており、見た目には昆虫ながらも幻想的な美しさがある。だが、今は飢えに苛まれ見る影はないだろう。
 ローカストの兵士として優秀なこの個体は、特に攻撃力に特化している。翅を使っての音波攻撃で状態異常を付与しつつ、硬い顎で食い破るのを得手とするようだ。
「グラビティ・チェインが枯渇しているとはいっても、十分な戦闘力を持っている上に極限まで追い詰められている相手だ。
 どうか、無事に帰ってきてほしい。――いってらっしゃい」
 トワイライトは最後に皆の顔を一人ずつ見渡して、穏やかな笑みでケルベロス達を見送る。


参加者
平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)
鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)
メリチェル・エストレーヤ(黒き鳥籠より羽ばたく眠り姫・e02688)
クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)
ゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)
左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)
ケイヴァーン・ドライゴ(浄化者の鉄鎚・e28518)
ダリル・チェスロック(傍観者・e28788)

■リプレイ

●飢餓
 親子が寛ぐ穏やかな景色を乱すよう、庭の外でがさりと茂みが揺れた。
 餓えた異形がその姿を現し、庭に踏み入れるその直前――。
 殺気を張り巡らせる陣が周囲を覆う。ケルベロス達が、辿り着いたのだ。
「南東方向、すぐに接敵する!」
 到着は彼等が僅かに早い。結界を張り即時警戒に移った鳥羽・雅貴(ノラ・e01795)の鋭い声に合わせ、ヴァルキュリアの光翼が疾く駆ける。
 敵の射線を遮るよう割り入ったダリル・チェスロック(傍観者・e28788)のケルベロスコートが風の残滓を孕み翻った。
「大事なものは喰らわせてたまるか」
 親子に突き立てられようとしていた顎へと拳をねじ込む。ぐぷり、と嫌な音を立てて喰いつかれるが黄硝子の向こうの藍は揺らぎもしない。
 傍らに降り立つのは、紅の鬣を靡かせ頑健たる四肢に鎧を纏ったケイヴァーン・ドライゴ(浄化者の鉄鎚・e28518)。
「さあ、来るがいい」
 腹の底から声を響かせる偉丈夫の姿は、戦装束で人の心を掴む計算しつくした演出だ。
「皆様を護りに来たケルベロスよ。必ず護るから安心して私達の後ろに回って」
 親子の恐慌が少しずつ落ち着いていくのを見計らって、浮世離れした玲瓏たる声が響く。
 メリチェル・エストレーヤ(黒き鳥籠より羽ばたく眠り姫・e02688)が浮かべるのは、無垢に優しげな微笑み。ほっとしたよう従う親子を背に庇い、対峙する陣形を組む。
 先んじての牽制とばかり雅貴が踏み込んで薙ぎ払う一閃は、月光の如き弧を描く。真っ向から受け止める硬質の節足と鍔迫り合いだ。
「番犬として、此処は絶対護ってみせるから。背は任せて、落ち着いて逃げてな」
 一歩も引かずとばかり強く柄を握る指には力が籠りながらも、唇に乗せるは気負いのない涼やかな笑み。全ては、親子を逃がす為に。
「タリナイタリナイ、アアアアアアア!」
 喰いついた顎から鮮血を滴らせる様子は、理性も矜持もとうに置き去りにした哀れな姿だった。
 少女とも見紛う小さな白い顔をくしゃりと哀しげに揺らすのは、平・和(平和を愛する脳筋哲学徒・e00547)。思わず、自分の腹部を掌で押さえる。ひもじいのはしんどい、分かりすぎる程に分かる、けれど。
「お求めの地球人なら、ここにもいるぜ!」
 決然と顔を上げ、気を惹くように飛び出す。隙を見せればすぐにでも一般人へと襲い掛かりそうな敵を、見過ごすわけにはいかない。
「いっくよー! まずは超感覚起動だー!」
 それだけで活力を齎すかのような無邪気で明朗な声が響いたかと思えば、和の纏うオウガメタルが使い手の意志に従って起動する。鮮やかな銀の光と共に粒子が前へ立つ仲間へと降り注いでいった。
「止まって下さい…『陽炎』のエフィ」
 杖を構え、切なる声でゼラニウム・シュミット(決意の華・e24975)は敵へと告げる。
 彼女が名を得たように、ローカストの彼にもきっと昔は意味のある大事な――名前だったろう。
 無駄だと判っている、届かないと知っている。
 雷の守りで味方を包みながら、ゼラニウムの青い瞳は痛むような色で唇を浅く噛む。
 止まれない化け物の餓えた目は、哀れな程に欲望だけを映していた。
「――気に入らねぇな」
 つい、と左潟・十郎(風落ちパーシモン・e25634)の眉が寄る。同情、というよりはそのやり方自体が胸を引っ掻くようで不愉快だった。種の生き残りをかけた戦争だとは百も承知、善悪の概念を持ち込むつもりもない。
 それでも、命が塵芥のよう消耗されていく様を見るのは、楽しい訳がない。
「じゃあ、頼むぜ」
 だが、この状況を捨て置くつもりもない。リングを翳せば、光の盾が浮遊して仲間へと向かう。
 強固なる守りを受けたのは、鮮烈なる緋色。大きく広がる光翼から髪の一筋まで、見事な緋の女――クオン・ライアート(緋の巨獣・e24469)。
「なるほ、ど……狂戦士の類、か」
 束の間伏せた眼差しに寂しさが滲む。気概を持ち相対したかつての武人とは異なる、その姿にか。
 けれど、けして怯みはしない。
『GAAAAAAAAAAA!!!』
 戦場の空気を塗り替える程の裂帛な咆哮は、見えぬ刃となって敵を切り裂く。理性の無い虫の目が確かな怒りを宿した。
「さあ、来い!狂戦士よ! 餓えて、満たされたいのなら!」
 挑発されるが侭、クオンを向く敵に真横より迫りくるは影。
「行動予測、誤差修正…」
 ケイヴァーンによって投影されるのは、拡張現実。敵が本能でか逸らす、その軌道にすら間に合わせた掌打が繰り出される――!
 装甲すら貫く威を受けてても、敵は怯えも、生命の危険に対する防衛本能すら見せない。
 まさしくの、狂戦士。
(…やればできるではないか)
 モノクル越しの眼光は鋭く、細められた。宿るのは興趣の光。
 救い無き、情無きが故の冷徹で合理的な作戦に抱く関心は確かにあった。
「アアアアアアアア!!!!!!」
 悲鳴とも怒号ともつかぬ声を響かせ、異形は無茶苦茶に攻撃を繰り返す。
 時にクオンを襲ったかと思えば、一般人へも未だ干渉を諦めない。
「まっすぐ歩いて。振り返らないで、後ろにいれば大丈夫」
 メリチェルは動揺をおくびとも見せず時折に振り向きたがる親子を先へと行かせる。
 敢えて数歩歩みを遅らせれば、熱気のような異様な霧が立ち込めた。吸い込めば麻痺の危険すらある霧は、メリチェルの白磁の肌を焼く。じくじくとした侵食に爛れる皮膚の苦痛は見せず、淡い色の唇に微笑すら湛えて。
「ね、大丈夫でしょ?」
 サーヴァントに命じて守らせ、時に手を貸しながら、前へ。
「慌てないように、足元に気をつけて」
 服の裾にしがみつく子供と、身重の女性。二人の避難は遅々としていて、直ぐにとはいかない。辛抱強く寄り添い、草に足を取られないかとダリルは細心の注意を払い最短の道を行く。
 辿り着いた別荘の入り口には、今にも飛び出しそうな男がいた。
「中へ、避難して下さい。ここは、私達が預かります」
 父親の顔を見つけまろぶように駆けていく子供に目を細めたのは一瞬。
 踵を返し彼等は――最前線へと、向かう。

●交錯
 飢餓を訴え狂気に瀕する敵を、ゼラニウムは目を逸らさず見据える。
 知性はなく、理性はない。ただ、度し難い空腹により突き動かされる姿。
「……彼らも、同じ。食べるものが違うだけ」
 理解はできる、その上で立ち向かわなければならないのだ。
 ゼラニウムの手元には光球、映し出されるのは虹色の輝き。大事に包み込む指先が、癒しを注ぐ直前で留まる。覗き込んだ彼女は小さく息を飲み。
「――核共鳴」
 凛と声を響かせ、クオンの傷を丁寧に癒していく。癒しの手を、止めるわけにはいかない。
 彼女の小さくも強い手が命を、助けられる限り。
「飢えているのだろう?我々を突破できねば、柔らかな血肉を喰らう機会を永久に逸することになるぞ」
 強化した拳を至近で打ち放ちながら、ケイヴァーンのモノクル越しの眼差しは冷え切ったもの。隙あらば駆けて行こうとする敵の意識を惹く為だ。
「私はこちらだ。血肉の在処も分からんか!」
 凛然とした気炎を上げるクオンは三叉の槍と銘無き大剣を両腕で軽々と操り、膂力を持ってその重みを制し真っ向から敵へと振り下ろす!
 明確な手応えはあるが、苦痛に怯む様子はない。翅を鳴らし身をよじりながら敵は首筋を目がけ飛びつく。間近まで血と唾液と粘液に塗れた顎が迫るが、クオンは眉ひとつ動かさず急所だけを逸らして食いつかせる。
「エサ、……グラビティ、グラビティ…」
 別荘の中には、一般人がいる。身の丈には余る白衣を纏う小柄な立ち姿、十郎は考えるようゆらりと耳を揺らす。これ以上突撃されては、胎教に悪いこと甚だしい。
「何しろ、胎児が居る。――一刻も早く、診た方が良いだろうな」
「ああ、さっさと終わりにしてやろう。――命は、ひとつもくれてやらねえ」
 雅貴と刹那言葉を交わし、二方向からの挟撃を繰り出す。雅貴が引き抜いた白刃を薙ぎ払うのは柔らかな腹、十郎は肩から袈裟懸けにエネルギーを形にした剣で切り払う身軽な所作で。
 慎重に動きを見定めていた我が、その二つに気を取られた瞬間を見逃す筈もない。
 いまだ、とばかり全くの躊躇無しで和はチェーンソー剣を片手に身軽な動作で突っ込んでいく。
「ざんねーん、ここで行き止まりなのだー!そして、君の人せ……デウスエクス生? も終わりでーす……もうこれ以上苦しまないようにしてあげる」
 機械音が低く響き、刃が高速で回転する。少女めいた愛らしい容姿ながら、巨大な武器を容赦なく操り、傷口へと捻じ込む。仲間達の撒いた種を育てるのが、彼の役目だ。
 クオンに攻撃を引きつけ、足止めを主軸とした戦術。着実に機能はしている、しかし――。
「防ぎ、ますね。まだ、癒せます」
 連続する力の行使に、ゼラニウムの頬を汗が伝う。呼吸を整え、雷の壁をクオン達へと覆わせて尚、未だ傷は残っている。今は倒すのではなく耐える、――契機を。
 誰よりも攻撃を受けているクオンはその体を傷と血に染めながらも、依然として圧倒的な威に周囲の空気すら支配し、凛然と立ち続ける。
 鉄塊剣を片腕で軽々と叩きければ、報復の如く迫りくるのは翅を擦り合わせる無形の音波。
 ――それを遮るよう躍り出るのは、黒衣の影。身を低く飛び込み、無数の音波に全身を裂かれながらダリルは虫の腹へと肉薄する。一呼吸も置かず叩き込むのは、電光石火の速度で繰り出す回し蹴り。
「幸福の時間の始まりよ。決して終わることのない永遠のトキの、ね。――ねぇ、微笑って?」
 甘い、淡い声が響く。穢れ知らずの無垢なる歌は響く、何処までも優しく染み入るように。駆け戻ってきたメリチェルは、息も乱さずにその声を惜しみなく歌へと乗せる。
 ただ笑う他愛のない幸福を護る柔らかな旋律と共に、心の奥の疲労が取り除かれていく。
「お待たせしました」
 ダリルが帽子の鍔を少し引き下げ、正面に立ち。
 傷つきながらも戦意を失わぬ敵へと、彼らは揃い立ち向かう――。

●終局
 呼吸する喉すら蝕まれそうな熱の中で、ノイエが主人を庇い、ケイヴァーンをダリルが背にする。
 七色の花が撒き付く鎖と無数の紙兵が翻り、前衛の傷を直ぐに癒していくのがこの戦列の本来の形だ。
「だから、――どうか終わりを」
 ゼラニウムの細い指先が慣れた所作で薬液を操り、癒しの雨を降らせる。催眠に浸りかけていた数人の顔つきが整うのに彼女は小さく息を落とした。
「ああ、――命に、終止符を」
 十郎が頷いたのは終わりを始める、その布石。一歩、彼が前に踏み出した時にはいつの間にか肩に灯る光がある。
 月の光を編み上げたようなうつしい隼が、その肩に在る。優雅で鋭い旋回と共に、次第に高くなっていくのは鳥の鳴く音。淡い光を宿す姿は、やがて一直線の光線となり舞い降りる――その時。
「よそ見をしてるひまはないのだー!」
 軽快な声の主はと言えば、和だった。和がびしっと指差したのは、その頭上。隼に煩わされている蜉蝣には避けるべくもないタイミングで、分厚い本が降ってくる。彼の知識の集大成とも言える一冊は分厚く、ご丁寧に角から来る。見た目にはコミカルだが、その実シンプルに、痛い。
 もう無事な部分の方が余程少ないというのに、蜉蝣は歩みを止めない。怒りの侭クオンへと襲い掛かり、顎を大きく開く。
「その程度では、私を喰うには足りんぞ!」
 異様な速度と力を間近に感じながらも、クオンは堂々たる咆哮を上げる。怯懦はなく、例え倒れるとしても一太刀浴びせようとばかり足を踏みしめるが――。
「行って、下さい。この先へ」
 メリチェルが身を躍らせて、彼女を背へと庇う。メリチェルが短い詠唱と共に、目くらましの如く光線を放てば、クオンの炎弾は真横から赤々と弾け燃え上がった。
 体を炎に焦がされ尚、生き永らえてしまう命を真正面からひたりと雅貴は見据える。
「オヤスミ――陽炎のエフィ」
 詠唱は囁くよう、現れる刃は幻のよう。音もなく、気配もなく、けれどひたひたと忍び寄るのは色濃く死を纏わりつかせた影。
 今は遠き面影をよすがに、昏き侵食の闇と鋭き刃の両方が織りなす術で、雅貴は異形の表皮を切り刻む。
 ダリルがすかさず、その傷口を大きく切り裂いてさらなる効果を齎す。見事なる蜉蝣の翅すら彼等の刃にかかっては襤褸切れの如く、幾重にも紡いだ麻痺がその動きを束の間封じた。
「では、このまま惨たらしく殺し、その無意味な生に幕をおろしてくれよう」
 ケイヴァーンの無慈悲な宣言と共に、高速演算により弾き出されるまでの時間はほんの僅か。一歩で懐まで飛び込んだその肉体には極限まで高められた勁力が宿る。拳を打ち込んだその瞬に注ぎ込まれ、――異形の体が大きく弾けるのが終焉だった。
 晒されたその中心に、ダリルが静かにグラビティ・チェインを打ち込む。番犬にしか齎すことのできない、確実な死。
「尊厳を踏み躙られた哀れな戦士…せめて静かに眠れ」
 見届けた十郎が告げる声はしんと響く。
 最後まで狂った飢餓の猛威に晒され、受け止め戦い続けてきたクオンも目を伏せて黙祷を落とす。
 残滓に残る見事な装飾は、この敵が名誉と誇りに生きた強大なる戦士であることを示していた。
「……ごめんなさい」
 小さな声は、ゼラニウムのもの。胸に手を宛がい黙祷を捧げる彼女にだって、分かっていた。
 これしか、なかったのだと。
 彼は生きながらにして、死んでいた。
 哀しいまでの、虚無。
 戦いの中で見たものは、余りにも――あまりにも。
「飢えた獣として無価値に死ぬ…か。貴様の名誉・生涯、全てが台無しとなったな」
 一方で、冷徹にケイヴァーンは遺骸を踏む。否定の呪詛を刻む唇は、微かに上向きの弧を描いていた。
「――大丈夫だ、もう安心してな」
 静かに各々の様子を見遣っていた雅貴は、顔を覗かせた父親に表情をやわらげ手を上げる。見れば、後ろには子供もいるようだ。
「大丈夫? 怪我はないかしら」
 柔らかく微笑むメリチェルに元気よく手を振る様子に、和の方も一緒になってぶんぶんと手を振り返す。
「あの子は元気そうなのだ!」
「なら、大きなトラブルはなかったのでしょう」
 ダリルも言葉を交わしながら、そちらへと歩き出す。十郎も、安堵の息は落とすものの、念の為と言葉を添え。
「応急の診察だけでもしないとな、俺は本業じゃないんだが」
「はい、私もお手伝いします」
 ゼラニウムも頷いて、幾人かは別荘内へと歩いていく。
 悲劇の一つが終わっても――番犬達は、止まらない。
 今日救った親子が、家族を増やしまた生きられる明日が訪れるか否かは彼等にかかっているのだから。
「…その為にもまずは騎蝗の後始末を、終わらせねーとな」
 小さく呟いた雅貴の足もまた、明日へ向かい――歩き出す。
 戦うべき敵は未だ、多く。
 けれど彼等の足跡には救えた命もまた、宿り続ける。

作者:螺子式銃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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