ピンクベア・ドリーム

作者:狩井テオ

●壱
 明るい森の中だった。
 どうして森の中に? 寝たはずじゃ? その小さな胸に訪れるのは様々な疑問だった。
 少女、梓は自分がパジャマ姿なのを確認する。裸足だった。
 ガサガサ。
 木立が揺れる。びっくりして後ずさると、木に背中がぶつかった。
「がおー!」
 揺れた木立の間から現れたのはピンク色の可愛らしいマスコット調の熊だった。フォルムは丸く、しかし大きい。梓の背丈をゆうに越える。
 どこかで見たことがあった。
「……ベアちゃん?」
 梓が大切にしていたピンク色の可愛いクマの人形だった。
「がおー! あずちゃんと遊びたくて大きくなったがおー!」
「わあ! ほんとう? うれしい!」
 梓とピンクの熊は手を取ってダンスを始めた。

 梓の目が覚める。
 隣に寝かせていたのは、ピンク色の可愛いクマの人形、ベアちゃんだった。
「……ゆめ?」
 暗闇の部屋に魔女が現れる。
 その存在に気付いた梓は起き上がり、暗がりの中で魔女をまじまじと見つめた。
「……だれ?」
 第三の魔女・ケリュネイア。誰も答えるものはなく、ケリュネイアは持っていた鍵で、梓の心臓を一突きにした。
 心臓を穿たれた梓はベッドに倒れこむ。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 梓が意識を失うと同時に、部屋にもう一つの大きな影が現れた。
 ピンク色ではなかったが、可愛らしいフォルムの大きな熊のドリームイーターだ。
 梓の『驚き』を具現化したクマ型のドリームイーターは静かに佇む。

●弐
「子供の頃って、想像もできないようなびっくりする夢を見るよね。ボクも怖い夢なら今でも思い出すよ」
 マシェリス・モールアンジュ(時計アリスのヘリオライダー・en0157)は首を傾げ、思い出したくないなーと首を横に振る。
「そのビックリする夢を見た子供がドリームイーターに襲われて、『驚き』を奪われてしまう事件が起きてるんだ。『驚き』を奪ったドリームイーターはもういないみたいだけど、奪われた『驚き』を元にして具現化したドリームイーターが事件を起こそうとしてるみたい。
 このドリームイーターの被害が出る前に、倒してほしいんだ。ドリームイーターを倒せば『驚き』を奪われた子供も目を覚ますはず」
 敵は一体。大きなクマ型の可愛らしい丸いフォルムのドリームイーター。ドリームイーターが現れるのは夜の市街地。被害者である梓の家の近所だ。
「このクマさんドリームイーターは、人を驚かせたくて仕方ないみたい。付近を歩いてるだけで、向こうから近づいて驚かせようとしてくるよ」
 でも驚かないと、怒って攻撃してくるから逆に利用するのも手だね! とマシェリスは続ける。
「梓ちゃんの可愛らしい願望をのせた夢を奪うなんて許せないよ。皆なら必ず助けてくれるって信じてるよ!」


参加者
楡金・澄華(氷刃・e01056)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)
鮫洲・蓮華(ペルソナ・e09420)
香良洲・鐶(枯らす毒・e26641)
ホルン・ミースィア(見た目は巨神っ頭脳は子供・e26914)
ソウ・ミライ(お天気娘・e27992)
ルシェル・オルテンシア(朽ちぬ花・e29166)

■リプレイ

●壱
 人が寝静まった深夜の住宅街。街灯が道を照らすだけの頼りない光。
 しんと静まる道を、8人の姿が現れる。中には足元を照らす光を持つ者もいた。
 楡金・澄華(氷刃・e01056)はその一人。集団の最後尾につけ、遮光器付きのLEDランタンを腰にぶら下げ、螺旋隠れで気配を消していた。
(「素敵な夢を奪い、悪さを企むとはな。本丸を叩きたいが、先ずは目の前の仕事だ」)
 澄華が思うのは被害者の少女、梓のこと。目の前のドリームイーターを一体ずつ倒していけば、いずれは本丸に辿り着くはず。ケルベロス達なら成し遂げるはずだ。
「子供の夢、感情はあたらしい夢。ふるい夢が、奪っていいものではありません」
 仲間から受け取ったランタンを掲げ、闇夜に呟きを溶け込ませる沙更・瀬乃亜(炯苑・e05247)。足元と周辺を照らすには十分な光源だ。
「でかいクマの人形。……ただしデフォルメ。……驚きというよりかはシュールな姿しか想像出来ないんだけれど。市街地をうろうろさせ続ける訳にもいかないし、夜明けの訪れと共に……夢は覚まさなくちゃいけないね」
 香良洲・鐶(枯らす毒・e26641)も邪魔にならない腰にランプをぶら下げていた。少女の夢が、朝には醒めるように、それを願い、行動するために。
「ドリームイーターはやっぱり好きになれないかな……ま、偶には子供を助けるための仕事も悪くはないね」
 ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)は小さな女の子のために。
 懐中電灯片手に先頭を歩くのはホルン・ミースィア(見た目は巨神っ頭脳は子供・e26914)。鎧を脱ぎ生身となった身は、あまりにも頼りなく、心もとない。びくびくとしながら歩みを進めていく。
「うっうぅ……な、何が出てくるんだろう」
 暗闇は怖くないけど、お化けは苦手。鎧に包まれた厳つい少女の中身は、あまりにも可憐で。
「クマか~、どういうのが出てくるんだろうね~。驚かせてくるみたいだけどちょっと楽しみ!」
 鮫洲・蓮華(ペルソナ・e09420)は灯りを道路の先へやりながら、目を輝かせた。驚かない心づもりだが、心を躍らせてはいけないと言われていない。大丈夫だ。
「ふふーん、ピンクのクマさんなんて可愛いの。会えるのが楽しみなの! どんな可愛い子なのか気になるの。でも油断せずに頑張って倒していくの! ……ダンタツ、相手が人気で微妙に拗ねちゃってるの? 仕方ないの!」
 傍らの足元をとことこと歩むボクスドラゴンのダンタツに笑いかけるソウ・ミライ(お天気娘・e27992)。ダンタツは頭と胴体に段ボールを被っており、表情を窺うことはできない。
 持ってきたライトを持ち、あっちへきょろきょろこっちへきょろきょろするのはルシェル・オルテンシア(朽ちぬ花・e29166)だ。
「可愛いらしい夢を奪い取るなんて、ルシェ、許せないわ! クマさんがどれだけ可愛くたって……可愛くたって……」
 続く言葉はなく、ルシェルの言葉尻はしおしおとしおれていく。
 ──と、闇夜にピンク色の何かが横切る。
「がおー!」
 ピンクのクマ型のドリームイーターが両手を広げて現れた!
 仲間になりたそうにケルベロス達を見ている!

●弐
「びっくりした? 驚いた? ベアちゃんすごい?」
 自分で自分をベアちゃんと呼ぶドリームイーターに、一同様々な反応を見せる。
「ひゃあああ」
 気の抜けたような叫び声をあげ、尻もちをついたルシェル。大人だもの。こんなの演技よ、演技! という心の叫びは心に秘めて。ちらちらとしっかり視線はクマへ。可愛い。めっちゃ可愛い。丸いフォルムとか、お手てがなんという可愛さ!
「可愛い! でも大きいの!」
 ソウは声を上げた。うん、そう大きい。2mくらいある。ダンタツは驚いているのか、忙しなくソウの足元をぐるぐる回っている。表情が見えないのが残念だ。
「……あれ? わー、ボクー驚いちゃったなー。うんうん、すごくかわ……怖いいい!」
 ひぃっとわざとらしく声をあげるホルン。先ほどまでのびびりはどこへ。今は目の前のピンクのクマに触りたそうにうずうずしている。
「動いてます……」
(「可愛い、持って帰りたい」)
 控えめながら驚きつつ、瀬乃亜は心の中で本音をぽろり。綿がほどよく詰まったあのふわっとしたお腹にダイブしたらどんなに気持ちがいいだろう。
「……驚いた」
 そう言いながら、ロベリアは心底驚いたように息を吐いた。
(「来るってわかってる相手に驚くってのも難しいよね……」)
 本音はこれ。わかっている相手、しかも可愛らしいときては驚くほうも演技が大変だ。
「うれしいなー。驚いてくれてうれしいなー。あれっ、君たちは驚かないの?」
 嬉しそうにくねくねと巨体を揺らすドリームイーターが無表情の二人を捉える。くるりと振り返った様子は中々威圧感があった。
「うん、知ってた。予測済みだよ~」
 にっこり笑顔で対応する蓮華。
「悪いが、その程度で驚かせるのは無理だな」
 鐶は無表情にばっさり切り捨てる。容赦ない。
 ズゴゴゴと効果音つきで影を落とすクマのドリームイーター。
「驚かないわるいこは、こうしてやるー!」
 がおー! と両手に爪を尖らせたドリームイーターが蓮華に襲いかかった!

●参
 クマの爪でひっかく攻撃が蓮華に降りかかる。蓮華はそれを難なく受け止めて、戦闘の始まりを味方に告げた。
「皆、心惜しいけどやっつけちゃおう!」
 妖刀を暗闇に煌めかせ、ケルベロス達の最後尾から突如として闇を切り裂いて現れた澄華が剣舞を舞い、クマを魅了する。出だしは流麗、終いは終焉。
「わー! おそうなんてずるい」
「これでも忍だ、正々堂々なぞ性に合わん。汚い? 知らん!」
 再び後方へ飛び去り、クマの攻撃をかわす澄華。
(「少女の夢がかかっている、手段は選ばんよ」)
 焦りはない、静かにただ目標を抹殺することだけを第一に。
「さぁ、わたしの中にいらっしゃい……」
 蓮華のコスチュームプレイ・サキュバス。なんやかんやでピンクの衣装がオウガメタルをドレスに見立てた衣装に変わる。
「プリミラちゃん、みんなに力を貸してあげて!」
 オウガメタルが広がり、クマに襲いかかる。『鋼の鬼』と化したオウガメタルが、拳で敵の装甲を粉砕した。
 瀬乃亜はクマに喰らいつくオーラの弾丸を放つ。クマは腕を噛み付かれ、ぎゃーぎゃー騒ぎ始めた。
「いたーい、いたいよー。あずちゃんたすけてー」
 ごろごろ転がるクマにやりにくいなぁと呟くロベリア。しかし手は抜かない。クマの魂ごと吸い取る地獄の炎弾を放つ。
 炎を尻につけ、ぐるぐる回るクマ。
「あついー」
 傷ついた蓮華を癒す、ソウ。満月に似たエネルギー光球を仲間にぶつけ、同時に力を与える癒しの力。
「痛いの痛いの飛んでけーなの!」
「その姿に惑わされてなるものかっ」
 心を鬼にし鎧姿へ変化するホルン。
「――彷徨う旅人に安寧を、月夜に満ちよ命の煌めき――。――顕現せよ光の巨鎧、其は魂の導き手なりっ! ――。ルミナイズ! ザ・ソウルコンダクター!」
 これで武装はばっちり、いつも通りのホルンだ。
(「うっ……だ、抱きつきたいよぉ!」)
 たぶん。
 主の態度に呆れたように、ウィングキャットのルナがくるりと空中で回り、尻尾を輪をクマに飛ばす。
 その隙にホルンは、高速演算でクマの構造的弱点を見抜く。
「そこだぁ!」
 狙ったのはクマのピンク色のお尻。突かれたクマはぎゃひーと声を上げて飛び上がり、じたばた動き回った。
 電光石火の蹴りでクマの急所──お尻を狙うルシェル。
「クマさんごめんね!」
 強烈な蹴りを喰らい飛び上がるクマ。いちいちリアクションが大げさである。
「……浄化の力よ、雷よ」
 揃えのトランプのようなシャーマンズカードを取り出し、味方の前衛に雷の壁を張る鐶。前衛は不浄の耐性を得る。
「もーおこったぞー」
 クマが繰り出すのは変な踊りだった。くねくねと腰を振り、手を兎耳があるようにぴょんぴょんさせる。意味がわからない。
 しかし前衛に立った蓮華に向かってのもの。
「クマさん可愛い~」
 抱き着きたい衝動を抑え、クマの変な踊りに黄色い歓声を送る。
「あの踊り、違う意味で危険だっ」
 ホルンが声を上げる。ふりふり振られるお尻を見て、ぐぬぬと言葉を詰まらせる。
(「攻撃できないっ!」)
 すかさずソウのボクスドラゴン、ダンタツが蓮華を癒す。
「ベアちゃんはひとりなのに、みんなはたくさんでずるーい!」
 クマの爪が前衛に襲いかかろうとした瞬間、ロベリアのビハインド、イリスが前にでて庇う。傷は浅いが、油断はできない。
「あなたの思い出、きいていて、私にとって嫌なものではありません。だからこそ―――あなたをあるべき姿に。ふるい夢は、ふるい夢に、おかえりください」
 瀬乃亜から放たれる魂を喰らう降魔の一撃。あともう少し。
 クマはボロボロで、それでもまだ立っていた。ふらふらと足取りは危うい。
「あずちゃんとあそぶ……」
 呟くクマの言葉を聞かないように、ロベリアが攻撃を繰り出す。
「皆の足を引っ張るのだけはゴメンだね。さっさと片付けるよ」
 悪意の嵐、オラージュ・ド・ロベリア。ロベリアの名を冠した一撃、両腕を構成する地獄の一部を無数の刃に変形させ、剣風と同時に相手に叩きつける。地獄で作られた刃は舞い散る花のよう。
「可愛らしい相手だが、出所は少女の夢だ。しっかり倒して、素敵な夢を返してやらねばな」
 澄華の一撃。両手に持った斬霊刀から霊体だけを切り裂く衝撃波を放った。
 クマのドリームイーターはぼすりと倒れ、闇に溶けるように消えていく。静寂が再び、住宅街を包み込んだ。

●四
「猫と熊、童話みたい」
 ほにゃほにゃと表情が緩いホルンに、ルナは呆れ顔だ。色んな意味で手強い相手だった、とホルンは振り返る。
 周囲をヒールし終え、梓の元に向かうのは、蓮華、瀬乃亜、ロベリアに澄華。
 すやすやと安らかな寝息をたてる梓の腕の中には、先ほど戦ったドリームイーターを小さくしたクマのぬいぐるみが収まっていた。 手紙を一筆書く蓮華の内容は、ベアに向けたもの。
「悪い魔女は追い払ったよ」
 ベアは明日からまた梓と共に安らかで優しい時を過ごすはずだ。
 澄華も一筆書いた。しかし梓の枕元に置かれた内容は、ベアから梓へ。
「ベアちゃんもあずちゃんがだいすき、またあそぼう!」
 これを読んだ梓はまた、ベアのことがさらに好きになる。大切な友達として、家族として、その時が来るまで共に過ごす。
 ロベリアは梓の様子を見て、ほっとした表情を浮かべる。
(「驚きか……そういえば最近あんまり無いかな、そういうの。何か新しい事やってみようか」)
 きっと新しいことは驚きと喜びが沢山詰まっている。ロベリアの未来に良き光が導かれることを祈って。
「あたらしい思い出と夢が、あなたにありますように。そう、新しい夢はいいものだわ」
 瀬乃亜は祈るように手を合わせた。
 良き未来、良き明日が梓には訪れる。ケルベロス達のおかげで、驚きを胸に含んだままベアと新しい未来を歩んでいける。

作者:狩井テオ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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