
●毒花
梅雨を越した真夏の頃合いにて、咲く花あり。
一重咲きの白い花は可憐でこそあったが、その中には強烈な毒性を秘めていた。それはまた実も同じ。細長いツノ状の実が、珍しく実ったその木の名は、夾竹桃。
花に葉、枝に根、果実全てと周囲の土壌。
それら全てを毒に冒すのが、その夾竹桃という植物だ。
それを食して生きるのは、ほんのいくらかの虫ばかり。
そんな毒花にすら、宿るものがあった。
――広島市某所、夜明け前。
街路樹として植えられている夾竹桃を、脚立の上で手入れする男が一人。鼻歌交じりに伸びすぎた枝を次々に落としていく、そんな作業をしていた、その時だった。目の端に、並ぶ夾竹桃のうち一本が、ぐねりと動いた、そんなありえない光景が映ったのは。
だがそれは紛れもない真実だった。男は再度そちらに視線を移す。
時既に遅し。攻性植物の花粉により変異した夾竹桃が、男に襲い掛かる。
男が気を失う直前に見たのは、毒性を隠すように可憐に咲いていた白い花が、自らの腕に喰らいつく、そんな光景だった。
●
「広島市の復興のシンボルである花……夾竹桃が、攻性植物と化しました」
九十九・白(白夜のヘリオライダー・en0086)はそう、口火を切った。その言葉の並びに、ライル・ユーストマ(紫閃の斬撃・e04584)は顔を上げ、白を見つめる。その視線に気付いた白は、静かに首肯した。
「はい。ライルが危惧していた事柄に相違ありません。街路樹の一本であった夾竹桃は攻性植物と化し、男性をひとり捕らえ、寄生し、宿主としています。早急に現場へ向かい、この夾竹桃を撃破してください」
白はそう言うと、少しばかり眉を寄せた。
「夾竹桃には、元より強い毒性があります。宿主にされた男性は、既にその花に『噛まれて』います。……攻性植物の撃破の後、早急な解毒も必要になるでしょう。これはジギタリス中毒の治療法と同じですが――その場で行えるものではない、と思います。撃破の後直ぐに、近隣の病院へ運ぶ必要性があるかとも思います」
それにはヘリオンを使うよりもケルベロス達が直接男性を運び向かった方が早いだろう、とも白は告げた。
「攻性植物と化した夾竹桃は幸いにも一本のみ。配下もいない様子です。――が、皆さんもうお気づきかと思いますが……本気で叩くだけでは、男性は救えません。ヒールを送り続け、ヒール不能なダメージを夾竹桃に少しずつ与えていく……そういった戦いになるでしょう」
幸いにも、街路樹立ち並ぶその場は夜明け前。
「どうぞ、ご武運を。――行きましょう」
白はそう告げ、ケルベロス達を自らのヘリオンへと導くように、片手を広げ、道を示した。
参加者 | |
---|---|
![]() クィル・リカ(星還・e00189) |
![]() 立花・恵(カゼの如く・e01060) |
![]() 楚・思江(楽都在爾生中・e01131) |
![]() シグリット・グレイス(夕闇・e01375) |
![]() 木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879) |
![]() ジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190) |
![]() ライル・ユーストマ(紫閃の斬撃・e04584) |
![]() 白鵺・社(愛結・e12251) |
●
「病院への連絡は?」
「取れた。ばっちりな。南の方のキープアウトテープの外で待機してくれるそうだぜ」
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)が口にした問いかけに、楚・思江(楽都在爾生中・e01131)はにっと笑ってみせた。
「それにしても夾竹桃とはな……」
シグリット・グレイス(夕闇・e01375)が短く溜息を漏らす。
「事前に調べてみたが、花、葉、枝、根、果実すべての部分、さらに周囲の土壌をも毒に冒す……生木を燃した煙も毒、腐葉土にしても一年程度は毒性が残っているとは――まさしく、毒、って感じだな」
出そうになった欠伸を噛み殺し、シグリットは静寂に満ちた夜明け前の大通りの道で耳を澄ました。
しんとしたその中に聞き取ったのは、歪に軋む、幽かな、ほんの幽かな音。
「……! 向こうか!」
「ええ。予知の示した範囲に入ります。行きましょう」
クィル・リカ(星還・e00189)が淡々と告げるや駆け出した。
(「夾竹桃の花言葉――か」)
クィルを先頭に駆け出した一軍の中、ライル・ユーストマ(紫閃の斬撃・e04584)は頭の片隅でそれを思い出そうとしていた。しかし何かが引っ掛かるように、その答えは出てこない。
雑念は棄ててかかろうと、ライルは一度だけ首を軽く振った。駆けるたびに、長い紫色の髪がぱらぱらと揺れた。
白鵺・社(愛結・e12251)もまたライルを追うように駆け出す。
「復興の象徴の木に襲われるなんて皮肉なもんだね。……いつもなら長期戦でじわじわ粘るところなんだけど、悠長な事も言ってられなさそうだし。しかも聞くところによれば意識はない。それが毒物の所為なら大分やばいね」
「ああ。ただ不幸中の幸いが、被害が拡大されずに済んでいるということだな、――今は、だが。今以上の被害を出させないためにも、迅速に事を運ぼう」
ライルの言葉に、社もまた頷く。
「護るべき人達を救えなきゃ、ケルベロスの名が廃るってモンだ。助けようぜ、絶対にな」
ウタの言葉に、駆けながら立花・恵(カゼの如く・e01060)もまた頷いた。
護るべき人々のうちの、ほんのひとかけら。
ただそのひとかけらは、まぎれもない一人の命。
その命を救うために、彼らは駆ける。
●
ばっと撒かれたケミカルライトは、夜明け前の暗がりの中、まるでアイドルを待っているかのように地に転がって一斉に光った。それを撒いたのはジエロ・アクアリオ(贖罪のクロ・e03190)。足元に散らばったその光に照らし出されるのは――アイドルなどではない、禍々しきデウスエクスと化した、一本の夾竹桃。
「ふう、ようやく見つけたよ」
「いつもながらに準備がいいですね、ジエロ」
「ふふ、ありがとうクィル」
戦闘態勢を取りながら、ふたりは言葉を交わす。その声色からは、信頼の色が見て取れた。
「さて――生存の未来がある人を助けるのは当然の務めだからね。一人の医師として、一人のケルベロスとして。……君の命の灯火を、決してここで絶やさぬように」
しん、と一拍の静寂がその場に落ちた。
男を抱くように絡めとった夾竹桃の姿は、最早美しいとも言えなかった。
「――行くぞッ!」
静寂を真っ先に破ったのは、ライルだ。
背中のポッドが開き、幾重にもミサイルが夾竹桃へと打ち込まれる。着弾すると同時に恵が声を張った。
「しっかりしろ! いま助けてやるからな!」
「こう、さくっとね、助けたげようね」
社はそっと目を細めた。幼い頃からおぼろげに見えていた病魔の姿。それゆえにこの眼は呪われた眼なのだと、そう思っていたことすらあった。だが――。
忌み嫌っていたはずの眼で、目の前の『敵』と化した夾竹桃に抱かれた被害者を見つめる。やはり朧に見て取れるのは、黒いもやだった。
「特に感謝もした事ない力だったけど……役に立つ事もあるんだね。さて――」
行くよ、と言葉を挟み、社はとんと地を蹴った。
「大丈夫、痛くしないから」
せめてその身を蝕む毒から男性を開放できればとの一撃ではあったが、その毒を拭い去るまでには至らない。
「……んー、ちょっとまだ、無理、か」
「キュアできねえ毒か……。確かにケルベロスってのは普通じゃできねえことが色々できるが、それでも万能じゃねえ。だがな、やれるこたぁ全力を尽くすまでよ!」
思江が社の言葉に頷きながらも言う。
「星のように……舞えっ!」
後方からの援護射撃を行うのは恵。闘気の込められた銃弾は、刃が如き衝撃波を纏い夾竹桃のその身を穿つ。
「せっかく綺麗な花だっつーのによぉ、人の命を脅かすってんなら、やってなるしか無いよなぁ……!」
「ほんとになぁ……てめえも生きていかなきゃならないんだろうが……俺達にも守りたい命がある。てめえをぶっ潰すぜ」
恵の援護射撃を受けながら、ウタが夾竹桃に向けて言葉を投げつけた。その瞳に宿るのは、眼前の『敵』とは、決して相容れないという事実への、哀しみと怒り。
「行くぞ……!」
地獄化した半身から放たれるのは、炎の衝撃波。咎を撒き散らす存在と化した夾竹桃の魂を貪り喰らうその炎が、夜明け前の広い通りを、一瞬赤く照らし出した。
●
「まったく、今まで遭遇した攻性植物の中じゃ、抜群に性質が悪ィな、こいつァ。だが、俺ぁこれでも医者だからな、最後の最後まで、患者の命は諦めやしねえのよ。――そんなわけでな――ちぃとばかし、うるさくするぜ」
思江がすっと、息を吸った。
「ごぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおあああっっ!!!」
それは衝撃とも取れるような、天地を劈くかのような雄叫び。びりびりとその『場』すら――『敵』たる夾竹桃すら震わせたかのような、そんな叫びだった。
「俺らは多少毒に耐性はあるが、それでも軽いもんじゃねえ! 皆、気をつけろよ!」
思江の言葉の直後、シグリットは気付く。
爆音とも取れた思江の雄叫びが耳に届いたのだろう、夾竹桃に絡めとられた男が、確かに目を開けたのをシグリットは見たのだ。
ち、と短く舌打ちを鳴らし、シグリットは銃を抜き放つ。放たれた弾丸が夾竹桃の真上で花火のように弾け飛んだ。それにより行われるのは、魔術切開とショック打撃を伴う強引な緊急手術。
「おい、そこの……そこの奴! ――少し我慢してろ、俺達が必ず助けてやる!」
シグリットの言葉に、ライルが呼吸を挟み瞬時に前に出る。
夾竹桃は、その一呼吸の一瞬の隙を見逃さなかった。
「――っ、さすが、『危険』という花言葉を持つだけのことはあるな」
戦いの中ライルが思い出していたのは、今はもう亡き母親からの、植物についての知識。――夾竹桃の花言葉、危険、用心、油断大敵――。
攻撃を受け止めた手を毒花に噛まれ、一瞬身動きのとれなくなったライルだが、それを仲間達がサポートする。後方からの援護射撃、そして絶え間なく送られる夾竹桃へのヒールに心の中で礼を告げながら、ライルは手袋ごと機器で組まれた手を一部分、引き千切って剥がした。
「空を裂き咲く水の花、紅き血色のはなびら散らせ――」
囁くようにことのはに魔術を乗せたのはクィル。
そのクィルによる攻撃を止めさせぬために、蔓の鞭から護るために、ジエロがクィルの前に立ちはだかる。その様を見て、夾竹桃に囚われた男はごぼ、と嫌な音のする咳をした。
「……大丈夫、君はまだ川を渡るべき人ではない。私達は君を助けに来た。さっさと戻ってきてもらうよ。うん、そうだね、……少しばかり、根性を見せておくれ、ね」
ジエロは飽くまでも取り乱すことなく、穏やかに男に声をかけ続けた。
一方の恵は、鼓舞するかのように声を張る。
「俺達はケルベロス、あんたを食らおうとするそのデウスエクスを倒しに来たッ! 安心しろ、絶対に、絶対に俺達が助けてやる!」
男はその声に苦しそうに虚ろな視線を向け、それから力なくはあったが、こくり、と動作だけで頷いた。
「あんたは必ず助かる。俺達を信じて辛抱してくれ!」
ウタもまた声を張り、夾竹桃へのヒール量とダメージ量を目視で計る。
決着は間近に迫っていた。
●
「おいそこの! もう直ぐだ、死ぬんじゃねえぞ!」
思江が声を張りながら、味方を癒す薬液の雨を降らせるのはこれで何度目か。
オーロラのような光で、味方を癒すシグリットもまた、これが何度目かなど、はなから数えてなどいない。
「攻性植物は何故いつも厄介な奴ばかりなんだ……。言葉を発しない分、何を考えているのかもわからない」
戦い辛さは、以前から感じていた。それ故に漏れた言葉だった。――と。
「あの夾竹桃が『デウスエクスだから』、では――今戦う理由にはなりませんか?」
シグリットの言葉に応じたのは意外にもクィルだった。
「僕達は、デウスエクスを倒しに来たケルベロス。護れる命を護るために、僕らは今、ここにいる」
「そうだね。ケルベロスである私達にしか護れない命でもある」
クィルの言葉を継ぐように、ジエロはシグリットに向けて微笑んだ。
ふたりの言葉に、む、と口を噤んだシグリットは、僅かに照れたように「行け、援護はする」と告げて銃を構えた。
「でもさ、最近この手の事件多くない?」
軽口のように社が言う。各地で起こる攻性植物による事件は、確かに多い。
「花粉ひとつで攻性植物化とか、いやホント、マジでやめてほしいよね」
飛び交う攻撃の中で社は軽口を叩きつつ、攻撃も同時に叩き込む。
「普通の花粉と花だとしても、受粉すれば、実り、そして巡るようにまた花を咲かせるが――」
ライルが言う。
「『これ』は確かに、厄介だな」
すっと抜かれた刀を天にかざせば、呼応するかのように、天空より無数の刀剣が召喚される。
「ヒールを頼む!」
「ああ、任せとけ!」
ライルが声を張ると同時、思江もまた己の最大限の力を解き放った。無数の刀剣が男を抱く夾竹桃を貫き、それとほぼ同時に思江のヒールが男を癒す。
一拍の間。
そして――。
ぱん、と爆ぜるように、夾竹桃は霧散した。
「! 皆、あの煙は吸うな!」
ライルの言葉に瞬時に呼吸を止めて、恵が倒れ込む男を支えに駆け寄る。そのまま夾竹桃の煙が届かぬ場所まで男を運びきり、恵は心配そうに男の表情を覗きこんだ。
「おい、あんた……大丈夫か、聞こえるか?」
軽く頬を叩いて意識があるかどうかを確認すれば、男は薄らとだが、一度目を開いた。
「……よかった……!」
直ぐに気怠そうに閉じられた瞳ではあったが、男は生きている。その事実に、恵はほっと胸を撫で下ろす。
「よっしゃ、そんじゃまちょいと、南で待機してくれてるはずの救急車までひとっ飛び、全速力で行ってくるぜぇ!」
思江の『全速力』が、確かにこの場にいる誰よりも早いだろう。皆が納得し頷く中、思江は男を背負い、ばさりと力強く翼を動かした。
全員が、それぞれなりの安堵の息を吐く。恵は立ち並んでいる他の夾竹桃を見つめ、それからリボルバー銃を何回転かさせてからホルスターへと収め、口を開く。
「復興の証……いつか俺達の戦いも終わったら、こういう証が残るのかね」
風に流されていった夾竹桃の煙は、もう大丈夫だろう。そう判断したのか、ライルもまた覆っていた口元を晒す。
「僕とジエロは、病院へ向かいます。……あの方の安否が気になりますから」
クィルが言えば、ジエロも頷く。
その他のケルベロス達も、次々に病院へと向かう、という選択をした。ぎりぎりのところで繋ぎ止めた命、その先を知りたいと思うのも当然だ。
歩み出したケルベロス達の中、ウタは一瞬振り返る。その視線は、夾竹桃が爆ぜ、消え去った場所を見つめていた。
「……あばよ。地球の重力の元で安らかにな」
消え去った毒花は最早、ここにはおらず。街路樹として立ち並ぶ夾竹桃達はその毒性を秘めるかのように、可憐に白く、昇りくる朝日に向かい、言葉なく――咲いていた。
作者:OZ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
![]() 公開:2016年8月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
|
||
![]() あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
![]() シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|