黙示録騎蝗~ウェイキング・アット・ダスク

作者:天草千々

「――――――!!」
 咆哮が、空気を震わせる。
 眠りから醒めて、『彼』がまず覚えたのは強烈な飢えだった。
 赤茶のコオロギに似たローカストは、グラビティ・チェインを求め、目覚めさせた相手へと本能的に手を伸ばす。
 そこを横合いから殴りつけられ、地面に組み伏せられた。
「お前のような大喰らいを養う余裕など今の我らにはない」
 苦しむ同胞を、部下に取り押さえさせて四つ腕のカマキリは冷淡に告げる。
「その飢えを満たしたければ自分の手で奪ってくるがいい――ヒトの集落は近くにある」
 そうして不服そうに暴れるコオロギの顔を容赦なく蹴りつけた。
「行け。再びコギトエルゴスムへ戻りたいというならそれも構わんが」
「――――!!」
 ほかに道がないことを悟ったか、コオロギは拘束を振り払い、駆けだした。
 響く怨嗟の声を気にする様子もなく、カマキリは次の目的地へむけて踵を返す。
「――もっとも、首尾よくいったとして、その力は太陽神に捧げてもらうことになるがな」

「ローカストたちの新たな作戦が動き出したようだ」
 険のある表情で、島原・しらせ(ヘリオライダーガール・en0083)はそう切り出した。
「狙いはもちろんグラビティ・チェインの収奪だが、今回ローカストたちはコギトエルゴスムとなっていた者をわずかなグラビティ・チェインで復活させ、その先兵としているようだ」
 彼らはみな戦闘力は高いがグラビティ・チェインの消費が激しい為に眠らされていた者たちで、復活の経緯から現在は極度の飢餓状態にあるという。
「頭にあるのは飢えを満たすことだけ、指揮する側から見れば裏切りの心配もなく、万一倒されたとしても失われるものは少ない……効率的な駒というわけだ」
 いかに種族全体の危機とはいえ、非道な振る舞いであることに変わりはない、少女の顔にははっきりと嫌悪の色が浮かんでいた。
「作戦を指揮してるのは特殊諜報部族『ストリックラー・キラー』を率いる、イェフーダーというローカストのようだ」
 今は彼らの打った手に応じるほかないが、いずれは直接あいまみえることもあるだろう、と言ってしらせは状況の説明を続けた。
「向かう先は山中のキャンプ場、到着は夕方ごろになる」
 夏のこの時期だ、あわせて30名ほどの利用者がキャンプ場にはいるが、幸いローカストが現れる河原は到着時には無人になっているという。
「ここに現れるローカストは1体。体長は約2Mで分厚い体つきをしている。赤茶色の体色で、姿かたちはコオロギ似だ」
 噛みつきと格闘戦を得意にするほか、体のあちこちから毒を有する棘を伸ばしてくる、と説明を終え、しらせは資料を閉じた。
「ネズミも追い詰められれば猫を噛む、ましてローカストはそんなかわいいものではない。難しい戦いが続くことになると思うが、出来ることを一つずつやっていこう」


参加者
ヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)
マニフィカト・マクロー(ヒータヘーブ・e00820)
天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)
ミスト・ホロゥ(ゴーストキャット・e10406)
シエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)
西風・希(希望の西風・e21957)
ヒストリア・レーヴン(鳥籠の騎士・e24846)
皆守・信吾(激つ丹・e29021)

■リプレイ

 熱をそこに残しながら、表情は少しずつ夏へ別れを告げつつある空で、夕暮れの赤と夜の青が混じりゆく頃。
 木々の間にぽっかりとひらけた河原に集う若者たちの姿があった。
 めいめいが明かりを備え足元を確かめる姿は、けれど夕涼みを楽しもうという雰囲気ではない。
 虫の歌と川のせせらぎ、それに紛れんとする何かを聞き逃すまいと耳を澄ませ、緑の向こうに視線を巡らせる。
 夕日よりも赤い瞳をした少年、ヒストリア・レーヴン(鳥籠の騎士・e24846)が、すっと腕を上げた。
 対岸、指さした先には木々の他は何もない、しかし。
「――少し、静かになりましたか」
 耳を揺らしたユキヒョウの女は、ミスト・ホロゥ(ゴーストキャット・e10406)。
 彼女の言葉通り、四方から聞こえる生命が奏でる音楽に、わずかな欠けがあった。
 ほどなく、彼らが待っていたものが姿を現した。
 がさりと木々を揺らし、溶け出すようにあらわれたそれは、赤茶の体をした二足で立つ大きな大きなコオロギだった。
 煙を流さぬよう、風下に立っていた天宮・陽斗(天陽の葬爪・e09873)が、手にした煙草を掌で押し消す。
「――――!」
 それを合図としたように、巨体が叫びと共にまったくの予備動作なしに宙を舞った。

(「大したものだ」)
 さほど幅が広くないとはいえ、ただの一跳びで川を飛び越えた相手に感嘆を覚えつつヒストリアは深く息を吸い込んだ。
「耳を澄ませ心を透かせ――語り部は静かに」
 少年の唇がことばを紡ぐ。
 歌は決して強く主張はせず、けれど自然の音に負けることなく長く、遠く響いていく。
「――ボクに力を貸してね」
 小さくつぶやきシエラシセロ・リズ(勿忘草・e17414)は、赤い色が花と咲く指輪に愛おしげに手を添えて、掌を握りこんだ。
 ブレイブマインの爆風を翼に受け、戦場へ一歩を踏み出す。
「そらっ!」
 陽斗のエアシューズが陽を返してきらめく、その残光を断ち切るように、ルーンアックスが真っすぐに振り下ろされた。
「糧すら与えられず、同胞に駒と扱われるとはな」
 憐れみを口にしながらも、マニフィカト・マクロー(ヒータヘーブ・e00820)の表情は風のない水面のように静かだった。
 他の多くの仲間と同様に、糸を引いたものへの反感はある。
 けれどまた戦いは避けられぬものであることも重々承知していた。
 打ち倒すことに迷いがあろうはずもない。
 かけられる情けがあるとすれば、それはこの戦いに『意味』を生むことだ。
「せめてこのマニフィカトが、誇りある戦いの相手となろう――君の名は?」
 尊大な口調で、けれど真摯に問うた羊の男への返事は、握りこんだ拳の一撃だった。
 それを鋼の拳が受け止める。
「お構いなしかよ、残念だな!」
 ローカストが腕を引くより早く、皆守・信吾(激つ丹・e29021)が前へ出た。
 バトルガントレットをまとった両の拳で、小さく右、左。
 膝を曲げ背を丸めた姿勢からか、2Mに届くと聞いた相手の頭は低く、大きいというよりは分厚いという表現が正しく思えた。
 けれどそれが動き始めるとやはり一歩が大きく、懐が深い。
 ならば、と強く踏み込む。
 タックルで足元を刈りにいくように身を低く、そうみせておいて地を蹴って跳んだ。
「っしゃあ!」
 空中で無防備に身を晒す大振りの一撃は、危険ではあったがそれだけに相手の意表を突く。
 顔を打った拳から伝わる手ごたえはしびれるほどに固く、重かった。
 着地と同時、今度は離れる動きで地を蹴る信吾を、爆ぜ裂ける炎が援護する。
「ィィ!!」
 追う一歩を阻まれたローカストが、大きく一声鳴いた。
 こつこつと、音が響く。
「失礼、邪魔をした」
 杖で足下の石を打ったヒルダガルデ・ヴィッダー(弑逆のブリュンヒルデ・e00020)は、歯をむいて笑う。
 女が小さく肩を震わせるたびに、羊の角を飾る花が軽やかに揺れた。
「――私に見とれるのもわかるが、よそ見は感心しないな」
 炎の照り返しを受けて赤く輝くローカストの複眼が、どこを見ているのかなどと知れたものではない。
 けれどヒルダガルデはそう断じた、あるいはそうすることで注意を引いたのか。
「私は一向に構いませんけどね」
 言葉と共に今度は逆の方向から凍れる螺旋が襲い掛かる。
 技を放った当のミストは軽やかな動きで河原を駆け、盾になる仲間の動きと合わせ、視線から逃れるように円を描く。
 赤い風はそこを一直線に吹き抜けた。
「まるきり獣のようだな」
 そう揶揄しながら、西風・希(希望の西風・e21957)は手にした斧槍を振るう。
 少女の身の丈よりも巨大なそれは地獄の炎を上げ、ローカストの肩へ刃を食い込ませた。
「シイィィ!!!」
 不吉な音を立てて顎を鳴らす相手に怯むことない視線を向けて希は告げる。
「必死で来なよ、そうじゃないと楽しくないからね」
 言葉を理解したとも思えないが、少女を追おうとするローカストの前にヒストリアが立ちはだかる。
 小柄な体を上からたたきつぶすように振るわれた両の拳を槍が、槌が受け流す。
 けれどそこから、ぐいと肩に喰らいつかんと顔を伸ばす動きは防げなかった。
「くっ!」
 肩からあがった血しぶきが、少年の白い頬をまだらに汚した。

 数で勝るケルベロスたちは、それを活かして猛攻を続ける。
 癒しの業も仲間の援護もない状況で、守りを重視する動きのローカストをケルベロスの牙のみならず、彼らの技で生まれた炎が冷気が責め立てた。
 赤茶の外骨格には無数の傷が刻まれ、着実にその命数を削り取っていく。
(「……なんだろう」)
 一方で得も言われぬ違和をシエラシセロは感じていた。
 予想外の事態など何も起きてない、今だ相手は反撃の余力を十分に残しているが不安を覚える要素など何もないはずだった。
 再び手の爆破スイッチを押し込み、ブレイブマインで前衛を援護する。
 巻き起こった爆風に、くせのある金の髪が大きく揺れた。
 それがおさまるころ戦場の音もまた耳へと戻ってくる。
「音が、違う?」
(「――面倒なことになった」)
 シエラシセロが口にした違和感を、直近で相対する陽斗はよりはっきりと感じていた。
 ヒストリアの手にした槌が形を変え、吠声が轟く。
 砲弾を腕で受け止めたローカストの体が大きくのけ反った。
 敵の力が増したわけでもない、重ねた傷に速度はむしろ衰えたかに見える。
 けれど。
「獣を追い詰め過ぎたな」
 一歩のたびに石を蹴立て、地をえぐる様だった足の運びが違う。
 やみくもに手足を振り回し、風を切っていた身体のさばきが違う。
 より静かに、より小さく――それは、技と呼ばれるものだ。
「チィッ!」
 確信をもって放った蹴りをかわされ、思わず舌打ちが漏れた。
「いよいよ本領発揮というわけだ」
「あぁ」
 同じ拳士の目でそれを悟ったのだろう、マニフィカトの言葉に陽斗は頷く。
 羊角の美丈夫が振るった斧は、軌跡の内側へともぐりこむ動きでこれもまたかわされた。
 すっと背を伸ばすローカストの頭は、いつの間にかマニフィカトより高い位置にある。
 手刀の形で突き込まれんとした左腕に、顎の形に編みあがった蔓が噛み付いた。
「そら、喰らいやれ」
 ヒルダガルデの言葉に応じ、二度三度と攻性植物が外骨格を砕かんと圧を加える。
 腕を強く一振りし、それを払ったローカストの懐に白い影が滑り込んだ。
「燃え尽きる前のロウソク、というわけですか」
 ミストの白い毛並みを銀の輝きが飾っていく。
 オウガメタルをまとった拳が、空いた左の脇を強烈に打ちぬいた。
 ぐらり、とからだが傾いだところでミストの背から希が姿を現す。
「ならば、一息に吹き消してしまおう!」
 姓に風の字をもつ少女は、ローカストを中心に反時計の動きで、横に回り込む動きを見せる。
 赤茶の巨体がそれに反応をしたのを確かめて、少女はそれまでとは逆の方向へと地を強く蹴った。
 常人であれば自滅以外の結果を生まないであろう急制動。
 ケルベロスの目からしても無理の過ぎるそれを、希は重ねた鍛錬と、なによりも恐れを知らない心でやり遂げた。
「――背中ががら空きだッ!」
 手にする結果は、相手の視界から一瞬で消える絶好機だ。
 斧槍が必殺の勢いでローカストの背に叩き込まれる。
「――――!」
 虫の口から発せられた音は、まぎれもなく苦悶の声だっただろう。
「これで終わりだ!」
 信吾の炎をまとった拳が唸る。
 けれど、ローカストの命の火はまだ燃え尽きてはいなかった。
 ほとんど地面に這いつくばるような動きで身を伏せて、拳をかいくぐる。
 さらに、右の肘でかちあげて、腕を引き戻す動きを遅らせ、ガードを空けた。
 それでも致命の一撃を放つには距離が近すぎる、そう見えた。
 だが直後、爆発したような音を立てて、足下の石を砕き踏み込みんだローカストの肩が、信吾の胸にぶち込まれた。
「か、はっ……!」
 肺から無理やりに空気が押し出され、心臓は一瞬動きを止めたかに思えた。
 身体が折れたところに追撃の膝がくる、一瞬の浮遊感の後、背を河原の石が削った。
 視界にわずかに朱をまじえた空が広がる。
 綺麗だな、と素直な感想が浮かぶと同時、呼吸と鼓動が正しい動きを再開する。
「――まだまだぁ!」
 力が戻らぬままの腕を、背を無理やりに動かして自身を一つのバネに跳ね起きた。
 心配げに振り返った仲間の目に安堵の色が浮かぶ。
「無理しないでね!」
 案ずるシエラシセロの答えにおう、と答えて、癒しを待たずに信吾は戦線へ駆け戻る。
 痛みと衝撃に震える脚に鞭を打って前へ。
 ――いつかもっと厳しく苦しい局面に遭遇することもあるだろう。
 その時にも決してひるまず、迷わないように。
「この程度じゃ俺は倒せないぜ!」
 目の前の敵を、その先の道を真っすぐに見据えて信吾は叫ぶ。
 次に立ち上がる時は今日よりも早く、力強い一歩にすることを誓いながら。
 その背を、リィクの羽が起こした風がそっと押した。
「切り替えよう」
 ヒストリアが告げる。
 ここに居るのはもはや飢えた獣ではなく、死を覚悟した戦士だ。
 それを間違えれば、ただではすまない――それを皆が承知していた。
 
 生きるため、守るため、阻むため、食らうため、あるいはただ楽しみのために。
 各人の思惑は戦いの中で磨かれ、余分をそぎ落とし、やがて目の前の相手を打ち倒すという一点に行き着く。
 誰もがただその為だけに力を絞り、技を振るう。
 懐にもぐりこまれ、斧の間合いを失ったかに見えたマニフィカトが、その身から蜂の大群を放つ。
 膂力を活かした戦いだけがすべてではない。魔術もまた、彼の本領であった。
 それまで伏せられていた技に、なすすべなく無数の針につらぬかれながら、けれどコオロギの顔は笑ってはいないだろうか。
 ミストの起こした霧を振り切り、無数の手裏剣を身に受けて敵はなお立っている。
 ヒルダガルデの杖が、白い猛禽となって立ちはだかろうとその歩みは止まらない。
「いいな!」 
 それに希は快活に笑った。
 ミストの目はただただ最期の時がいつになるかを測るように鋭い。
 マニフィカトの表情は動かない、けれどどこか満足げにも見えた。
 ヒルダガルデは拍手を送るように軽く手を叩き、陽斗は獲物の見事さに唇を舐める。
 時折、痛ましげな表情を浮かべていたシエラシセロは納得したように口元を引き締めて、ヒストリアの赤い目は陰謀の主への怒りで燃えた。
 そうして、まだ立てるのかと信吾が唸る。
「終わりにしよう」
 慈悲を伴った声で言って、ヒストリアが槍を振るう。
 今日一番の鋭さをもった一閃も、とどめとはならなかった。
 この敵は、折れない。
 身体と魂とを砕かなれば、止まることはきっとないのだ。
「――翼を震わせ響け、祈りの光響歌」
 決着を急ぐことが、仲間の助けとなる。
 そう決意したシエラシセロの呼ぶ声に応じ、光が、大きな鳥の形をとった。
 翼は高く舞い上がり、風を切ってローカストへ襲い掛かる。
 光鳥は弾丸となって、赤茶の体を貫いた。
 それでもまだ倒れない。
「俺がてめぇを喰らってやろう」
 言葉と共に、陽斗がゆっくりと一歩を踏み出す。
 赤子でも追うようなゆったりとした歩みから、しかしローカストは逃れられない。
 まるでそうなることが自然の摂理であるかのように、青い気をまとった陽斗の拳がローカストの胸に吸い込まれ、巨体はついに地に倒れた。 
「――踏法『月影』
 それが礼儀でもあるかのように、陽斗は静かに技の名を告げた。

 誰ともなく深く安堵の息が漏れる。
 いまだ形を保ったままのローカストのもとへとマニフィカトが歩み寄った。
「――名は」
 勝者のならいとして、立ったままで再度の言葉を口にした。
 しばしの沈黙の後、ロ―カストの口から初めて意味のある言葉が紡がれる。
「ランガ」
「楽にしてあげましょうか」
 鋭さを伴ったままのミストの問いに、わずかに首を横に振って答える。
 しっかりとした、意志あるその動きがローカスト――ランガの最期だった。
 いつのまにやら日の落ち切った群青の空を、星が一筋流れていく。
 鮮烈な光を見上げたものの心に残して。

作者:天草千々 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月1日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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