黙示録騎蝗~暗闇の蟷螂、紅の天牛

作者:白石小梅

●紅天牛
 時は夜。
 場所は広島県。小さな旅館や民宿がいくつか軒を連ねる小さな温泉街を下に見る、山林の奥。
 ぎらついた目をした巨大な蟷螂が、コギトエルゴスムに力を注ぎ込んでいる。
 やがて、紅色の甲殻に金の装飾を纏った天牛(かみきりむし)のローカストが一体、姿を現した。
 紅の天牛は、現れるや否や叫び声をあげ、蟷螂の後ろから現れた部下によって取り押さえられる。
「イェフーダー! こ、これは……どういうことだ! ここはどこだ? グラビティ・チェインをくれ! とても足りない……このままでは」
 蟷螂は冷たい瞳で天牛を見下ろすと、氷のような声で言った。
「欲しければ、己自身で調達するがいい。あそこにある街でな」
「馬鹿な! り、理性が、もうもたない! これでは復活には、少なすぎる……! 頼む、イェフーダー! ほんの一日分で良いんだ! 頼む……!」
 蟷螂の目は、哀れな蟲けらの顔を、ただ反射するだけだった。
 哀願し、すすり泣く男の声が、絶望を帯びた叫びに代わる。
「の、呪ってやる! 地獄に堕ちろ! じ、じご、地獄に! お、おち、ぃいああああ!」
 天牛の言葉は意味を失い、口角は泡を吹いて、体は震え始める。蟷螂が手を放せと合図を出した途端、天牛は絶叫と共に走り去った。濃密なグラビティ・チェインの気配に向けて。
「好きなだけ奪うがいい……そのグラビティ・チェインはお前もろとも太陽神アポロンに捧げられるのだがな……」
 
●暗闇の工作員
「さて、皆さんの活躍により不退転侵略部隊の玉砕は、部隊規模に比すれば僅かな犠牲で抑え込めましたが、ローカストたちは当面を凌ぐに十全な量のグラビティ・チェインを手にしたと思われます」
 望月・小夜(サキュバスのヘリオライダー・en0133)が言う。
「飢えを脱したならば、普通は腰を落ち着けようとするものです。が……太陽神アポロンが続けざまにグラビティ・チェイン収奪計画を発動したのを察知いたしました」
 せっかく手に入れた兵糧を更なる攻撃で空費するつもりか。むしろこちらには好都合だ。
 だが、番犬たちの戦意を折るように、小夜は首を振って見せる。
「それが……頭の切れる厄介な男が敵に合流していたようです。この命を受けたのは部族長イェフーダー率いる特殊諜報部族『ストリックラー・キラー』。主のジューダスを失い、アポロンの下に身を寄せていたようですね」
 イェフーダーはコギトエルゴスム化しているローカストに最低最小のグラビティ・チェインを与えて一時的に復活させ、人間を襲撃させ始めた。
「高い戦闘能力に代わり力の消費が激しいために眠らされていた個体です。蘇るや否や、燃費の悪さからすぐに飢餓状態に陥り、我を失ってしまいます」
 皆が、首をひねる。なぜ、わざわざそんなことを。
「燃費が悪い戦力を最低限の消費で攻撃に回し、撃破された際の損害を最低限に抑える。予め自我や知能を失わせて反逆の芽も摘んでおく……徹底的な効率重視、人道無視の作戦です」
 アポロンだけであれば、こんな節約術は思いつかなかったはずだ。イェフーダーは主の命に応えながら、糧食の消耗も抑えてのけている。
「ほとんど兵糧を渡さぬままに兵士を戦地に送り込むとは、並の着想ではありません。正面切った戦争の際、討ち漏らしてしまったのが惜しかったですね」
 
 送り込まれる敵の情報は、という問いに、小夜は頷いて。
「紅色の甲殻を持つカミキリムシの昆虫人間です。元は種族の中でも高位の戦士だったのでしょう。金の装飾を身に着けた雄々しい体格の男です。今は極限の飢餓状態に理性を完全に失い、広島県のある温泉街を目指して進んで来ます。仮に、紅天牛と呼称しましょう」
 グラビティ・チェインの枯渇に伴い、戦闘方法も原始的なものに成り下がっているという。
「喰らいついて引き千切り、切り裂いて血を啜り、雄叫びを上げて耳を打つ……ゾンビ映画の怪物さながらの行動を取るでしょう。敵とは言え哀れなものですが、解き放たれれば街の人々が殺戮されてしまいます。確実な撃破を、お願い申し上げます」
 今回の任務は、紅天牛の撃破。方法は問わない。
 
 資料をしまい、小夜は決意を新たに番犬たちを見回して。
「イェフーダー……今回は後手に回されましたが、愚昧な王の傍らには辣腕を振るう謀臣など必要ありません。いずれ、始末してやりましょう」
 だが、今は迎撃をしなければならない。小夜は出撃準備を願うと、頭を下げた。


参加者
二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)
クロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)
山田・ビート(コスプレ刀剣士・e05625)
サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)
流水・破神(治療方法は物理・e23364)
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)

■リプレイ

●避難と強襲
 ヘリオンより降下したケルベロスたちは、種族の能力に防具特徴など、全てを駆使し避難を進めていた。
「デウスエクスが山の方からこちらに向かってますっ! 皆さん、急いで避難してください!」
 温泉街の中心で、そう叫ぶのは二羽・葵(地球人もどきの降魔拳士・e00282)。クロエ・ランスター(シャドウエルフの巫術士・e01997)より渡された拡声器で声を張り上げながら、ラブフェロモンで一般人たちを誘導する。
「で、でも、どこへ逃げれば……?」
 すがるような瞳の家族連れが、尋ねてくる。クロエは、諭すように語りかけた。
「正確な方向……まだ、わからない……敵が入りにくい建物……隠れて……出ないように」
「ほ、本当に大丈夫ですか! その……皆さんが、もし……」
 最後まで言わせぬよう、山田・ビート(コスプレ刀剣士・e05625)は彼らの手を取って言う。
「大丈夫。何とかなります。してみせます……!」
 その眼差しに勇気づけられ、家族連れも役場や寺社へ向けて避難を開始する。
 ウィングキャットの助手を連れた、アルヘナ・ディグニティ(星翳・e20775)が、地形と状況とを見比べながら呟く。
「思いのほか避難は迅速……でも完全な避難は間に合わぬと心得て対応いたしましょう。予知では敵は街を下に見ておりましたから、来るとすれば……」
「あの山側、だな。ビート、クロエ、葵。とにかく住人たちをあっちから遠ざけて避難させてくれ」
 カルナ・アッシュファイア(燻炎・e26657)の言葉の続きを引き受けるのは、流水・破神(治療方法は物理・e23364)。
「俺様たちは前に出るぜ。もう、こっちに向かってきてるってんなら、そろそろかち合うころだろ」
 頷いた三人に一歩先んじて、残りの五人は山側を目指す。迎撃準備のないまま奇襲されるわけにはいかない。
「如何に優秀な武人とはいえ、極限の飢餓状態とならば、我を忘れて襲い掛かって来る様な事があるでしょうね。姑息な方法ですが、イェフーダーなる者は見た目と違って知恵が働く様です」
 走りながら言うのは、サラ・エクレール(銀雷閃・e05901)。
「あれ、見て!」
 ふと、避難の列から悲鳴があがる。一般人たちが指さすのは、甲高い奇声を発しながら山林を駆け降りる大柄なローカスト。
「おーおー、まさにわき目も振らずといったとこじゃのお……気に入らんな」
 呟くのは、服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)。
 後方では、残った三人が避難を呼びかけつつ五人の方へと走り出した気配がする。
「避難の列は後ろ。人のいない外周道路上で激突、ですね。完璧とまではいかないまでも、概ね望み通りの状況です。では、最後の詰めを」
 サラが殺界を形成する。それを合図に、後方でもクロエが殺界を展開。これで、戦場に一般人が入り込むことはない。
「それでは、始めましょうか。お望みのエネルギーですわよ。たらふく喰らいなさいな」
 アルヘナが放つ螺旋の氷に撃たれながらも、その突進は揺るがない。唾液をまき散らしながらも、紅天牛の視線は逃げていく人の群れに向けられている。
 だがその氷を合図に、紅天牛の懐に飛び込む影があった。
「よお、虫っころ。腹が減ったか? 飯が食いたきゃ……番犬を蹴散らしてからにしてもらうぜ!」
 破神の拳が紅天牛の顔面を打ち、両者は揉み合うように激しく転がる。破神を振り払い、紅天牛が顔をあげた時。
 その瞳に映ったのは、飛び掛かる番犬の群れだった。

●迎撃
「ハッ、まるで獣だな。テメェの戦士の誇りってのはそんなものなのか? 戦士の名が泣いてんぞローカスト!」
 カルナの斧に炎が宿り、その一撃が紅い甲殻にのめり込む。紅天牛は唸り声を上げて身悶えしつつ、足を取られた。
「志が伴わぬではその強さも虚しいのお! だが、戦場に立ったならばこれは戦士同士の勝負じゃ! いざ、尋常に!」
 よろけた正面に、拳を振り被って待ち構える女が一人。無明丸が、見た目に見合わぬ腰だめの構えから、光る拳を振り上げる。
 唾液を吐き散らしながら、蟲の体躯が宙に浮かぶ。その頭上には、すでにエルフの少女の影がある。
「哀れですね……イェフーダーとやらの企みは私達ケルベロスが水泡と帰してみせます。貴方はせめて、安らかに」
 サラの蹴りが、彗星の如くその頭を叩きつけた。甲殻の間から、紅い飛沫と土煙が散る。
 完璧な連携。紅天牛は何の考えもなしに突っ込み、弄ばれた挙句に崩れ落ちた。
「気に食わん……これが! これが戦士の戦いか!」
 無明丸が、吐き捨てるように言う。
 敵も、元は熟練の戦士。だが今は、理も知も、彼が身に着ける栄光の金装束に同じ、遠い思い出。
 今や、彼はただの怪物となり果てていた。
 そう。
 ……怪物に。
「気をつけて! まだ動きます!」
 叫んだのは、遅れて飛び込んで来た葵。
 並のローカストならば、頭が砕けたはず。だが紅天牛は、跳ねあがるように起き上がった。
「……!」
 凄まじい絶叫が迸る。一時的に耳から音が途絶えるほどの叫びが、咄嗟にサラを庇った葵と助手を打ち据え、前衛を弾き飛ばした。
 だがそれでも、葵は叫んだ。我を失った怪物へ向けて。
「貴方は……元に戻ることはできないんですかっ! 仲間からこんな……こんな仕打ち、悲しすぎるじゃないですかっ!」
 その呼び掛けに、紅天牛は僅かにその瞳を揺らしたように見えたが、その歩みは止まらない。
「ぐぁ……びてぃ……ちぇぃ……たりり……ないぃ」
「哀れな、飢えで我を忘れて戦士の誇りまで失いましたか」
 走り出した敵の足元を、ビートがサイコフォースで破砕する。無数の破片に足を取られ、敵は無様に転がった。
「少し、可哀想……でも……みんな……傷つくの、イヤ……だから……戦う……」
 続けざまに飛んだクロエの鎖が陣を描いて、前衛を癒す。態勢を立て直した仲間たちが紅天牛を取り囲んだ。これで振り切られることもまずない。だが。
「ただ喚き散らしてこの威力か……出来れば理性がある時に戦いたかったぜ。その方が面白いってのに……たく」
 額から流れる血を拭って破神が身構える。
 紅天牛には戦術も何もない。代わりに、傷つくことを厭わぬタフさとがむしゃらな攻撃力を身に着けている。
「来ますよ! 皆さん、気をつけて!」
 葵の叱咤……プリベントロアーが、クロエに重ねて前衛に守りの加護を施した。
 もはや避難していた人々の列は見えない。この場に残ったのは、番犬と理性なき怪物のみ。
 生き残るのは、片方だけだ。

●決着
 闘いは、長引いていた。
 破神に向けて突っ込んできた紅天牛を、アルヘナが体を張って押さえつける。その腕に巨大な牙が喰い付くも、阻害の呪いと守りの加護がそれが深く突き刺さるのを阻む。
 横から放たれたカルナのゼログラビトンが、化物を弾き飛ばした。
「そうたやすく奪わせるかよ。アタシ等もこの星で生きていく以上、ここで退く訳にゃ行かねぇ!」
 主人を心配した助手が駆けつけるも、アルヘナはそれを制し。
「傷付くのが役目です。あなたも、私も。自分の仕事をなさい」
 頷いた助手は、ペースを崩さずその翼で癒しを届けていく。
「それなら俺様もだろ! おい虫っころ! 俺様はこの程度じゃ物足りねえぜ、もっと来いや!」
「ハッ! あんたも大概だな! 足りてないようには見えねえぜ!」
 カルナと並び、破神のチェーンソーが紅い甲殻と火花を散らして押し合う。彼と共に相手を引きつけていた葵は、今はぜいぜいと膝をつきながらアルヘナの注ぐ癒しの中にいる。
「全く……貴方とアオイが健在でいるのが策の要なのですわよ」
 すなわち、ディフェンダーたちは満身創痍。
「一番……傷ついてる……のに……そうやって……挑発……するから……」
 クロエもまた、疲労のため息を交えてマインドシールドを飛ばしている。彼女は、戦闘中ほぼ破神と葵の専属治療者となっていた。
 今回、番犬たちの布陣の要点は、守り。前衛をディフェンダー四人で固め、二人が挑発し、残りの二人と攻撃を分かち合う。それが作戦。
「行けますよ、皆さん! ディフェンダーの方たちはそれ以上無理をなさらないで!」
 ビートが、叫ぶ。彼が重ねた呪いは確実に敵の攻撃威力を削ぎ、クロエは守りの加護を重ねてきた。結果、前衛はまだ持ち堪えている。
「たりぃ……なぁぁいぃ……」
 紅天牛は、僅かに飛び散った血を無様に啜る。餓え切った彼は、そうせずにはいられない。だが、ディフェンダーたちの守りは固く、滴り落ちた血の飛沫ごときではその身を癒すにはまるで足りない。
 ドレインの効果は、その大部分を封殺されたのだ。
 とは言え。
「そろそろ前衛も限界じゃぞ! 一人落ちれば続けて崩れかねん! 皆、畳みかけるのじゃ!」
 無明丸が飛び込めば、紅天牛は跳ね起きて喰らい付かんとする。その顔面を旋刃脚で蹴り倒すと、脇から飛び込むのはビート。
「足を止めます! 凍える白き虚ろの刃よ……楔となりて歩みを止めよ!」
 ビートの手に握られているのは輝く刀。己の濃密なグラビティ・チェインで形作ったエネルギー体が、紅天牛に突き刺さる。二人の打ち込んだ技は、紅天牛の体内のエネルギーの流れを乱し、痺れとなってその体を縛った。
「おぉ、お……」
 紅天牛は雄叫びを上げながら膝を折る。皆の攻撃が、そこに殺到していく。
 黄金の装飾が、地面に落ちる。血に塗れ、すでに甲殻もボロボロ。弱化の呪いと痺れも、その身を覆い尽くした。
「……勝敗は決しましたね」
 サラが、そっと進み出る。とどめを刺さんと刀を引き抜く彼女の前に立ったのは、葵。意外そうに見つめるサラの前で、頽れた戦士に語り掛ける。
「このまま死ぬなんて……あんまりです。せめて、ちゃんと戦えませんか。戦士としてっていうか……自分として! お願いです!」
 涙を滲ませた訴え。唸り声を上げる紅天牛は、その言葉に目を揺らしながら、死の間際、一瞬だけその瞳に正気を宿した。
「お……れの、名は……ロギホーン……」
「……!」
 全員の目に、一瞬の驚愕が走る。だが男の正気は、急速に霞みつつあった。最後の一瞬、彼が口走る。
「頼、む。俺を……ぁ、ぁああ!」
 頭を打ち付け、紅天牛……いや、ロギホーンは再び跳ね起きる。
 残忍なことだった。相当量のグラビティ・チェインさえあれば、恐らく彼は正気に戻れる。しかし、そのためには地球人を殺すしかない。それを許せないなら、もはや彼が助かる術は存在しない。
 ならば。せめて……。
 最後の力で飛び掛かって来たロギホーンが、葵の肩に喰らい付く。
 血飛沫が飛び散り、その肩を引き裂く追撃が……発動することは、なかった。
「……ごめんなさい」
 突っ込んできたその腹部を、葵の鉄塊剣が貫いていたから。
 ロギホーンが膝を折り、血を吐いた。
 その後ろに、サラがそっと歩み寄る。
「戦士ロギホーン。強敵でした。その苦しみを、今、終わらせましょう」
 サラの奥義。一閃改追が、閃いた。
 瞬きする間もなくロギホーンの首が宙を舞う。
 崩れ落ちた肉体は、やがて光の粒となって霧散した。
 残ったのは、彼が身に着けていた黄金の装飾だけ……。
「勝った、か」
 空しい勝利に、夏虫の鳴き声だけが響き渡る。
「……うむ! 不遇のこととはいえ不退転の戦い、天晴である! お主の益荒男振りしかと見届けた! しかしてこの戦い、わしらケルベロスの勝ちじゃ! 鬨を上げるぞ!」
 無明丸が叫んだ。高く突きあげた拳は、戦士同士の闘いの証明。
 鬨の声は、非業の運命を遂げた戦士に対する、弔いだった。

●誉れ
 人々の犠牲はなかった。外周道路での闘いとなったため、建造物への被害も少ない。避難場所から出てきた人々は、口々にケルベロスたちに感謝を述べ、お祭り騒ぎとなっている。
「ですから、これが仕事で……別に特別なことをしたわけでは……いや、おひねりとかいいですから! お土産も大丈夫です! ですから、見世物じゃないんですってば!」
 避難誘導で最前線に立っていた葵は、ラブフェロモンを精一杯行使したこともあって、ほとんど祭り上げられている。だが、敵に最も気持ちを寄せていた彼女は、今は忙しくしていた方がいいだろう。
「これ……供養……してほしい……街中……埋葬、できない……から。名前は……ロギホーン……」
 避難場所の一つになっていた近所の寺社の住職を呼びだして、クロエがそっと差し出したのは、金細工のメダルや、それを繋げた鎖、天牛を象ったレリーフ。
「これは?」
「今回、闘った敵の戦士が身に着けていたものです。飢餓に苦しむ同胞の為に闘い、散っていった。彼らの供養の仕方はわかりませんが、せめて……」
 そう説明したサラの言葉で、住職は納得したらしい。敬うものは違えども、死後にその魂に救いがあるよう祈ってくれると約束した。

 闘いの後始末を担当した三人に対し、残りの五人は敵の足跡を追い、森の中へと分け入っていた。
「結果的に損害を散らして抑え込めましたが……あれで最小限のグラビティ・チェインとは。本来の力を出し切ればどれほどの力を秘めていたのか……」
 先陣を切るビートが、藪をかき分けながら呟く。
「……俺としちゃあ、万全で来てもらった方が楽しめたと思ってるぜ。ま、そん時にはそん時のやり方があって、今回とは違う戦法が要るんだろうけどよ」
 今回の闘いで戦闘不能が一人も出なかったのは快挙だ。だが、ヒールを終えても、破神は絆創膏と包帯だらけ。前衛は崩壊ぎりぎりだった。それを思えばなんとも大胆な発言に、ビートも苦笑する。
 やがて、予知にあった、ロギホーンの復活地点と思われる場所に着く。
 今は、草をかき分けた僅かな痕跡しか残っていない。それも恐らく、ロギホーンの残したもので、イェフーダー率いる特殊工作部族の痕跡は、ほとんど残されていなかった。
「チッ……工作員って触れ込みは伊達じゃねえってことかよ」
 カルナが舌を打つ。
 振り返れば、ちょうど穏やかな夕べを取り戻した温泉街。影のように姿を消した黒幕に、苛立ちを露わにするのは、無明丸。
「……何もかも、気に入らん! まったく惜しいことよ! よく鍛えられた兵をあたら使い潰しおって! ならばやつらがそのくだらぬ方針を改めたくなるまで、徹底的に邪魔をしてやるまでじゃ!」
「そうですわね。彼の無念も、貰って行きましょう。地獄への案内は地獄の番犬の仕事ですものね」
 黙示録騎蝗の最後に、誰を地獄へ導くのか。アルヘナは言葉にしなかったが、この闘いに参加したケルベロスは、狙うべき男の名を皆知っている。
「これも生存競争って奴だ……あばよ、虫野郎。……テメェ等の大将もすぐにそっちに逝かせてやる」
 カルナの髪を、温い風が撫でる。
 弔いか。宣戦の布告か。
 その言葉は、風に融けて夜の闇に消えていった……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 1/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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