黙示録騎蝗~哀しき、美しい個体

作者:荒雲ニンザ

 鳥が木から羽ばたいた。
 不穏な空気を察して、逃げたのだ。
 それもそのはず、森の中では、特殊諜報部族『ストリックラー・キラー』を率いるイェフーダーが、コギトエルゴスムにグラビティ・チェインを与えていた。
 その中の1体。
 復活したのは、美しい装甲を持った、細長い蜂のような姿をしたローカストだ。
 その個体は、身体を動かすだけのグラビティ・チェインしか与えられておらず、口を利くエネルギーを生命の維持に回さねばならないほど枯渇していた。
「もっと……グラビティ・チェインを、よこせ……!」
 それだけの言葉を絞り出してから暴れたが、呆気なくイェフーダーとその部下に取り押さえられる。
「グラビティ・チェインが欲しければ、自分で略奪してくるのだ」
 飛ぶ体力を温存し、追い立てられるように走り出すその美しい装甲の蜂を見送ってから、イェフーダーは言った。
「お前が奪ったグラビティ・チェインは、全て、太陽神アポロンに捧げられるだろう」

 言之葉・万寿(高齢ヘリオライダー・en0207)が憤りながら説明を始めた。
「ローカストの太陽神アポロンが、新たな作戦を行おうとしているようでございます」
 不退転侵略部隊の侵攻をケルベロスが防いだことで、大量のグラビティ・チェインを得る事ができなかった為、新たなグラビティ・チェインの収奪を画策しているらしい。
 その作戦は、コギトエルゴスム化しているローカストに、最小限のコギトエルゴスムを与えて復活させ、そのローカストに人間を襲わせてグラビティ・チェインを奪うというものだ。
 復活させられるローカストは、戦闘力は高いがグラビティ・チェインの消費が激しいという理由でコギトエルゴスム化させられたもので、最小限のグラビティ・チェインしか持たないといっても、侮れない戦闘力を持つという。
 更に、グラビティ・チェインの枯渇による飢餓感から、人間を襲撃する事しか考えられなくなっている為、反逆の心配もする必要も無い。
「仮に、ケルベロスに撃破されたとしても、最小限のグラビティ・チェインしか与えられていない為、損害も最小限となるという、効率的ですが、非道な作戦でございます」
 この作戦を行っているのは、特殊諜報部族『ストリックラー・キラー』を率いる、イェフーダーというローカストらしい。
「まずは、復活させられたローカストを迎撃する必要があります」
 万寿は憤りを堪えるように唇を一度噛みし、続けた。
「いずれは、イェフーダーと直接対決する必要があるでしょう」

 復活したローカストは島根県の市街地に向かっている。
 このままいけば、山裾にある農家の並びを襲うこととなるだろう。
「ローカストの外見は、美しい外装を施した、細長くも鋭い蜂のような姿でございます。今はやつれて目の力も怪しいですが、おそらく本来は、若く有望な、凛とした戦士だったのでございましょう。現在エネルギーを消費しないように極力体力を温存しておりますが、本気を出せば爆発的なスピードで襲って参ります。お気をつけ下さい」
 敵はこの1体のみだ。
「飢えで苦しみ、利用されるだけの哀れな個体でございます。太陽神アポロンの卑劣な作戦は、必ずや阻止しなければなりません。どうかこの不条理で腹立たしい輪廻を断ち切ってくださいませ」
 万寿は敵の境遇に同情しながら、涙ながらにケルベロス達に頭を下げた。


参加者
クリス・クレール(盾・e01180)
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
大神・凛(ドラゴニアンの刀剣士・e01645)
セデル・ヴァルフリート(秩序の護り手・e24407)
山内・源三郎(姜子牙・e24606)
シトラス・エイルノート(ヴァルキュリアの降魔拳士・e25869)

■リプレイ

●山裾の食
 視界が揺れている。
 これは細長い蜂型ローカストの視界だ。
 極度の空腹で判断力が鈍っているのだろう、見る点は『食べる』に固執したものばかり。
 たまに足下がふらつき、避けられるはずの木々に体当たりをしながら進んでいたが、市街地の手前で目に入った農家の並びを見た途端、進路を変更した。
 同じ刻、ヘリオンから降下したケルベロス達も現場付近に到着した。
 周囲は畑がほとんどの面積、背後は山。農家の並びは多くなかったが、リモーネ・アプリコット(銀閃・e14900)は到着するなり隣人力を使って近隣農家の市民に避難指示を出していく。
 彼女が家々を走り回る向こう、畑でお年寄りが作業しているのに気がついたリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)は声を出した。
「我々はケルベロスだ、敵が接近しているとの情報が入った。すみやかに市街地に避難するよう願いたい」
 いきなりの展開、市民で狼狽える者も少なくはない。
「我々が来たからにはもう安心だ」
 念を入れてスタイリッシュモードを使い、相手を落ち着かせてからの至難指示も的確だ。
 畑を挟んで転々としている農家は範囲が広く、耳の遠い老人も多い。山内・源三郎(姜子牙・e24606)も仲間と共に声をかける。
 避難指示をリューディガーに任せていたクリス・クレール(盾・e01180)が、不穏な空気に気がつく。
 到着するなり感覚を研ぎ澄ませて周囲を警戒していたが、あからさまに空気の流れが変わったのを感じ、その方向へと走り出す。
 市民の声かけを手伝っていた蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)であったが、クリスの視線の先を察すると、翼を護符で隠してから、それを追うように宙へ舞う。
 彼は山から出てきたローカストの1体を発見すると、市民にそれとは逆の方向へ逃げるよう促した。
 できる限り市民から距離を引きはがさねばならないと、セデル・ヴァルフリート(秩序の護り手・e24407)と、彼女のビハインド『イヤーサイレント』はクリスの後を追う。
 リモーネとシトラス・エイルノート(ヴァルキュリアの降魔拳士・e25869)は、敵と農家の間に入り込み、被害が広がらないように食い止める。
 ライドキャリバー『ライト』が仲間の前に滑り込み、寸で飛び降りた大神・凛(ドラゴニアンの刀剣士・e01645)が白の白楼丸と黒の黒楼丸である二刀を構えて気合いを入れた。
「大神凛! まいる!」

●飢えた針
 突然目の前に現れたケルベロス達に敵意を向けたわけではない。
 ローカストは枯渇しており、空腹感が勝っただけである。
 豊富なグラビティ・チェインを目の前にし、ただそれを自らのエネルギーに変換しようとしただけのことだった。
 大ぶりに拳を振り回し、8体の食物を仕留めようとする。
 距離を保っていたケルベロス達はそれを避けたが、衝撃は確実に受けた。
 そのダメージは、身体に受けたではなく、心につけられた。
 美しい装甲に反し、千切れた羽根。どこを見ているか分からぬうつろな瞳。
 力が入らず、長い手足が身体の近くでぶらぶらと動いている様。
 声も発せない程衰弱しているだろう、息を吸う度にもれる、おかしなうめき声……。
 彼らは今から、このローカストを『敵』として倒さねばならない。
 リューディガーは怒りを押し殺すように口を開いた。
「イェフーダーといえば、確かジューダスの直属だったはず。ジューダスはアポロンよりは理性的な人物だと聞いていたが、その裏ではこのような者たちの暗躍があったのか……因果なものだな」
「追い込まれてきただろうとはいえ、他人の命を使い潰すか。1つの部隊として、やることではないと思うな」
 そこで静かに唇を噛んで言葉を止めた真琴。彼もまた、悔しいのだろう。使いつぶされる命を目の当たりにして、こんな方法しかとれない結末が。
「部下の命をも使い潰すイェフーダーの作戦、いかに特殊諜報部隊といえども、何たる非道。だが俺たちにも、守るべきものがある。貴様の虐殺は、ここで阻止させてもらう!」
 アームドフォートの照準を敵にあわせるリューディガーと共に、真琴もオウガメタルと呼応する。
「起きてきて早々だが、お前はここで引導を渡してやる」
 シトラスも続く。
「相対する相手自体には哀れみを感じないわけでもありませんが……。だからといって見過ごす訳には参りませんね。ここで引導を渡してあげるというのがせめてもの情けというものでしょう」
「今度は飢餓に導いての放逐とは……洗脳されていた方が幾分増し、なのかもしれませんね。ですが人々の被害もまた見過ごせぬ状況。先の不退転部隊と同じく、此度も戦いの果てに看取りましょう」
 セデルの言葉に頷き、凛も構える。
「農家の人たちに迷惑をかけるやつは、倒してやるぞ」
 育てる。食べる。食べられる。奪う。
 各々の胸中に怒りと悲哀が入り交じり、それを戦いのエネルギーへと転換する。
 目の前にいる者たちから殺気を感じると、ローカストはようやく彼らがケルベロスなのだと気がついた。
「……!!」
 咄嗟にとった戦闘行動。
 生きようとする個体が、身を守るために牙を剥いた。
 枯渇しているとはいえ、相手はデウスエクス。しかも相当なスピードを誇る戦士らしい。
 情報を留意していた源三郎は、敵の体当たりを避けるとスターゲイザーで跳び蹴りを食らわせ、そのまま間合いを維持して着地する。
「相手の足を止めるのが、ワシの仕事じゃな」
 敵にクリティカルが入ると、シトラスがツルクサで敵を締め上げ、ストラグルヴァインで捕縛、入れ替わるようにリューディガーは主砲を一斉発射し、アームドフォートで敵を撃つ。
 セデルはイヤーサイレントとともに仲間の盾となり、まず自らは後衛列に紙兵散布でサポート、サーヴァントに金縛りを指示し、敵との距離を保つ。
 ローカストが唸りを上げて身体を移動させると、リモーネはそれを交わしてから、攻撃を入れるのを一度躊躇した。
 ローカストと闘う度、幼い自分の住んでいた集落を襲い、グラビティ・チェインを大量に奪っていったローカストの群れを思い出す。
 しかし、ローカストと戦いを重ねていく中で、彼女には変化が生じていた。
 同情という『情け』。
 この細長い蜂型ローカストの美しい装甲を見る限り、過去、どれだけ戦果をあげ、種の繁栄に貢献してきたのだろう。友や仲間達と誇らしげに身を飾り、次の世代へ憧れの対象となるべくして魅せていたのかも知れない。
 生きるという意味合いで、自分たちと、何が違うのだろう。
 彼らを虫けら扱いしている者が存在するのも確かだが、リモーネは対等な立場として扱い、敬意を持っていたのは確かであった。
 そんな隙を戦士である対象に見透かされたのだろう、敵の細長い足がしなやかに彼女に向けて流れてくるのが目に入る。
 まずい、そう思った時、それを受け止めたのはクリスであった。
 ドワーフならではの小さな身体でその一撃を食い止めたが、ダメージは少なくない。
 だが意地でも声は出さなかった。
 リモーネが何故攻撃を躊躇したかも、クリスには分かっていたからだ。
 胸の奥から悔しさが熱となってわき上がるのを感じたリモーネは、無銘の日本刀を構えて月光斬を食らわせる。
「私にできることは、自我を失ってしまったローカストに安息を与えることだけ」
 イェフーダー。仲間を仲間とも思わないローカストに怒りを覚えるのは、彼女だけではない。
「敵ながら憐れな。せめて俺達の手で眠らせてやる」
 デストロイブレイドで自らにターゲットを向けさせたクリス。
 続いた凛が神龍の咆哮を放ち、仲間と共に相手の動きを止めるエフェクトを重ねていく。
「動きを止めよ!」
 彼女のバランスのとめた美しい肢体が、ガトリング掃射を放つライドキャリバーのライトに映り込む。
 真琴がメタリックバーストを前衛にかけ、1ターン目が終わった。
 大きなダメージを受けたのはクリスであるが、回復が追いつけば方向性としては勝算が高い。
 敵は飢餓状態でまともな戦法をとっておらず、かなり暴れて命中率を下げていた。
 それにプラスされ、統一されたバッドステータスが結構な数重なっており、敵の命中率と回避率は極端に下がっている。
 こちらの命中率は安定、むしろ高い。攻撃があたるのであるから、バッドステータスはほぼ高確率でかかると見て間違いない。
 この戦法で高い回避を封じられれば、敵は手も足も出まい。

●枯れていく
 敵が攻撃を受けてぐらぐらと揺れている中、源三郎から追撃が始まる。
「奔れイカヅチ! 急急如律令!」
 彼が我流で巫術の力を解放させると同時、玉帝有勅 雷が周囲を真っ白に染め、敵の針を避雷針として直撃した。
 源三郎のシルエットが光の中から浮かび上がる頃、その彼の横から鋭く光の粒子がはじけ飛ぶ。
 ローカストの腕を1本打ち抜くと、光の翼から光を抑えたシトラスがヴァルキュリアブラストを放ったのが分かった。
「ふふ、スピードは目を見張る物がありますが……それだけで僕達を翻弄できるとは思わないことです」
 ローカストが1本足りなくなった腕の動きに混乱している隙を狙い、リューディガーのエアシューズが反対側の腕を狙った。
 ローラーダッシュの摩擦を利用したグラインドファイアは、炎を纏った激しい蹴りで2本目の腕を焼き落とす。
 セデルは可能な限り広い範囲を維持して仲間の盾になり、そして攻撃の際、ローカストの羽根を狙い、少しでも機動力を落とそうとしている。
 破鎧衝が羽根の1枚を落とすと、彼女は静かに口を開いた。
「私は、以前の戦い、先遣不退転部隊のヴィトリーと交戦したことがあります。彼女は生きる事を諦めた者を殺す事で、その信念を示していました。貴方もまた決して諦めないでもがくローカストの1人なのだと思います。でも、私達も人々を生かす事を諦めたくないのです。ですから、互いの想いをここでぶつけるしかありません」
 イヤーサイレントの攻撃を受けたローカストを見ている限り、その声が届いていないのも分かっている。
 ローカストはアルミニウムシックルで応戦してきたが、そのアルミニウム生命体の攻撃をセデルはしっかり受け止めた。
 リモーネの絶空斬はヒットし、その勢いで体勢を崩したローカストだったが、クリスの気咬弾と凛の絶空斬を交わすだけの意地を見せる。
 主人に攻撃を向けさせないよう、ライトがデットヒートドライブで敵の顔面を焼き切ると、真琴がその隙にセデルに響癒功を施し、傷を回復する。
「響け、壮麗の調べ。生命の息吹、来たれっ!」
 敵はすでに度重なる衝撃で平衡感覚をなくしている。顔を上に向け、足をもたつかせ、泡と体液を吹きながら、間合いを無視してこちらに進んでくる。
 いつも飄々とした源三郎の目元が、流れてきた葉の1枚で暗くなる。旋刃脚がその落ち葉もろとも敵の胸に打ち込まれたが、急所を貫くには至らなかった。
 もう、美しいローカストに戦意はない。
 ただ、ずっと、空腹だけを感じていた。
 源三郎の旋刃脚を食らったままであったが、シトラスは鈍色に染まりし断罪の鎌をローカストの細い首筋に当てた。
「さて、これでもうグラビティ・チェインの困窮に嘆く必要もありませんよ。安らかにお眠りなさい」
 少年は静かに刃を引くと、この個体の苦しみを永遠に取り払ってやった。

●因果の巡り
 横たわるローカストの美しい装甲が色あせて行くのを、じっと一同は見つめていた。
 クリスは沈黙する敵を見据え、イェフーダーへの怒りを静かに灯す。
「イェフーダー、待っていろ。必ず引導を渡してくれる」
 リューディガーも頷いた。
「今回のローカストには、敵とは言えどもほんの少し同情を禁じえず。地球の平和は勿論のこと、彼の他にもいるであろう、捨て駒にされたローカストの民の無念を晴らす意味でも、いずれイェフーダーとは決着をつける。必ず……!」
 細長い蜂のラインを残したまま、個体は灰となり、少しずつ風に煽られて崩れていく。
「早く、アポロンを何とかしないといけませんね……」
 リモーネのつぶやきに返答はなかったが、皆同じ思いだろうと願いたい。
 灰がなくなるまで、一同はそれを静かに見つめていた。

 戦闘が終わった知らせを受け、農家の人々が家や畑に戻ってきた。
「もう大丈夫です」
 シトラスのにこやかな笑顔で安心したのだろう、不安そうだった市民も安堵したようだ。
 壊れた箇所の修復を興味深く見つめていたお年寄りが、感心したように手を叩いている。
 真琴が畑の仕事を手伝うと申し出ると、手をあわされた。
「ありがたや、ありがたや」
 どこにでもいるが、何にでも拝むご老人も少なからずいて、何だかその光景にホッとした気持ちが戻ってきた。
 それでも胸のつかえが取れたわけではなかったが、今日は、もう考えなくて良い。
 身体の傷は癒えている。
 あとは、心を休めよう。

作者:荒雲ニンザ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 1
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