「蘇れ。滅びの羽音よ」
九州中央部に広がる山岳地帯。深緑に囲まれたその地で、特殊諜報部族『ストリックラー・キラー』を率いるイェフーダーは目の前のコギトエルゴスムにグラビティ・チェインを注ぐ。
反応は直ぐにあった。まるで卵が還る様に、一体のローカストが蘇ったのである。
外観は直立した蜂。紅玉の輝きを宿す大雀蜂と言う表現が一番近いだろう。起伏に富んだ滑らかな形状は、それが雌個体であると示している。
そんな彼女がふしゅり、と喘ぐ様な呼気を零した。
飢えているのだ。イェフーダーが彼女に与えたグラビティ・チェインはごく僅かな量であった。まして、このローカストは戦闘力の高さはあれど、グラビティ・チェインの消費の激しさ故にコギトエルゴスム化を余儀なくされた個体だ。そのような微量のグラビティ・チェインで満足出来るわけがない。
「もっと、もっとグラビティ・チェインを。……もっと……」
暴れる兆しを見せる彼女をイェフーダーの部下が取り押さえる。手足身体。五体もの部下に押さえつけられ、ようやく動きを止める彼女にイェフーダーは冷たく言い放つ。
「グラビティ・チェインが欲しければ、自分で略奪してくるのだ。滅びの羽音、フランベルジュよ。幸い、此処は地球。貴様の求めるグラビティ・チェインは豊富だ」
これ以上の会話は無駄だと、彼女に背を向ける。
飢えに狂乱する彼女は自身の身体を束縛するローカストを弾き飛ばすと、羽根を広げ、西の空へと飛び去って行く。
「お前が奪ったグラビティ・チェインは、全て、太陽神アポロンに捧げられるだろう」
見送るイェフーダーの複眼が、妖しく輝いた。
「みんな。集まったわね。それじゃ、始めるわ」
ヘリポートに集ったケルベロス達を一瞥し、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が重い口を開く。憂鬱そうな表情は、それが辛い物だと物語っていた。
「ローカストの太陽神アポロンが新たな作戦を行おうとしている。みんなが不退転侵略部隊の侵攻を防ぎ、大量のグラビティ・チェインの入手をさせなかった事で、次の作戦に移った様ね」
そしてその作戦を告げる。その内容は――。
「コギトエルゴスム化しているローカストに最小限のグラビティ・チェインを与えて復活、そのローカストに人間を襲わせてグラビティ・チェインを奪うと言ったものよ」
復活させられるローカストは何れも、戦闘力は高いがグラビティ・チェインの消費量が激しいと言う理由でコギトエルゴスム化させられていた者達だ。故に、最小限のグラビティ・チェインしか持たないと言っても、その戦闘力は侮れない。
彼らはグラビティ・チェインの枯渇による飢餓感から、人間を襲撃する事以外に意識を割くことが出来ず、太陽神アポロンへの反逆の心配が皆無である。また、例えケルベロス達が彼らを撃破したとしても、与えたグラビティ・チェインが僅かであることから、アポロン側からしてみれば被害が最小限に抑えられることになる。彼らにとって効率の良い作戦であることは否めない。
「この作戦を行っているのは特殊諜報部族『ストリックラー・キラー』を率いる、イェフーダーというローカストのようね。いつかは直接対決する必要はあるでしょうけど、今は解き放たれたローカストの迎撃に注力して欲しい」
リーシャの言葉にケルベロス達はコクリと頷く。
「みんなにお願いしたいローカストは熊本県阿蘇地方――黒川温泉に現れるわ。山間の鄙びた温泉地でグラビティ・チェインの奪取を行おうとするの」
だが、今向かえば、被害は最小限で抑えることが出来る。グラビティ・チェインの奪取を、何より、被害者を出すことを許すわけに行かない。
「そのローカストだけど、外観は紅色の大雀蜂と言った所ね。それが直立していると思ってくれればいいわ。手の甲から武器の様に生えた毒針と言うか毒の鞭と顎の一撃。あと、羽根が奏でる破壊音波に気を付けて欲しい」
繰り返しになるが、その個体の持つ戦闘力は並のローカストと比べものにならない程。心して掛かって欲しいとリーシャは告げる。
「同族すら捨て石にする太陽神アポロンの卑劣な作戦は阻止しなければならない。だから、みんなに頑張って欲しいの」
そしてリーシャは信頼を託し、ケルベロス達を送り出す。
「さぁ、いってらっしゃい」
参加者 | |
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エニーケ・スコルーク(黒麗女騎・e00486) |
天空・勇人(勇気のヒーロー・e00573) |
エスカ・ヴァーチェス(黒鎖の銃弾・e01490) |
ジン・フォレスト(からくり虚仮猿・e01603) |
スノーエル・トリフォリウム(クローバーに幸せをこめて・e02161) |
イピナ・ウィンテール(折れない剣・e03513) |
ヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046) |
ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658) |
●紅色の蜂が飛来する
目の前に広がる光景は深緑に包まれた山々。そして、崖となった川縁に建つ様々な建屋だった。それらを背にした道路はケルベロス達による着地の衝撃でアスファルトが砕け、無残な姿を晒していた。傍らで揺れる看板がやけに物悲しく見える。
「ローカストは?!」
未だ足を痺れさせる衝撃に耐えながら、天空・勇人(勇気のヒーロー・e00573)は周囲を見渡す。ヘリオンのプロペラ音、それに続く衝撃に何事かと野次馬じみた視線が覗いていたが、それは未だ、この場所が安全である証拠と安堵の吐息を漏らす。
(「二度と犠牲者は出さない!」)
先の戦い、山口県で関わった黙示録騎蝗を思い出すと、心がずきりと痛む。原因となったローカストは倒したものの、一般人に数多くの犠牲者を産み、ケルベロス達自体も手痛いダメージを負う苦い戦いであった。
――見上げた先で離れていくヘリオンを見送ると、自然と片合掌していた。
あの時、味わった悔悟は自分達の物だけではない。おそらく、あの赤髪のヘリオライダーも同じだったのだろう。だからと言う訳では無いだろうが、今回の予知と全速力の飛行は彼らを戦場に間に合わせてくれた。降下道具無しで飛び降りる羽目になったが、その心意気は無駄にしないと強く誓う。
「それでも、避難誘導に費やす時間は無さそうですわね」
騎士鎧姿のエニーケ・スコルーク(黒麗女騎・e00486)が面頬を跳ね上げ、東の空を見上げる。飛来する紅玉の輝きは予知にあったローカストの物だろう。今は小さな影に見えるが、到着は時間の問題だった。
「せめて自主的避難は開始して頂きましょう」
「そうだね。まだ間に合うよ!」
静かな声は影の妖精らしく、静かに降り立ったエスカ・ヴァーチェス(黒鎖の銃弾・e01490)から。そして、彼女への同意の言葉は自前の翼でふわりと降り立ったスノーエル・トリフォリウム(クローバーに幸せをこめて・e02161)からだった。避難誘導は出来なくても、避難そのものを促す事は出来る。それを為すのは二人の展開する能力、殺界形成と割り込みヴォイスだ。
人々への天啓の様にスノーエルの声が響く中、二人の意図を代弁するかの様に、ルチアナ・ヴェントホーテ(波止場の歌姫・e26658)が声を発する。
「みんなが逃げる間に、わたし達が盾になって、人と街を守るの」
それは決死の覚悟ではない。ケルベロスとして当然の戦い方だと言わんばかりの彼女は、朗らかな笑みを浮かべていた。
一方で、イピナ・ウィンテール(折れない剣・e03513)は己の得物を構え、飛来する紅蜂のローカスト、そして、その先にいる筈の太陽神を見据える。
一見、ローカスト陣営は生き残る為に形振り構わなくなった様に思える。だが。
(「本当でしょうか?」)
自問する。先の虐殺で大量のグラビティ・チェインを保有した筈の彼らの次策がグラビティ・チェインの節約など考えづらい。
何れ爆発する為の準備に入っている。そのように思えた。
●滅びの羽音は奏でられ
やがて時は到来する。羽音と共に飛来した紅色の大雀蜂――フランベルジュと言う名のローカストは着地と共に狂乱の声を上げる。
「アアアアア!」
それは鬨の声では無かった。飢餓への苦しみと、ようやく食料を見つけたとの歓喜だった。
故に、彼女は一直線に飛び掛かる。些かも躊躇いなく、騎士鎧に身を包んだエニーケに襲いかかる様は攻撃ではない。ただの捕食活動だった。
「おのれっ!」
ジン・フォレスト(からくり虚仮猿・e01603)の声と共に広がったオウガメタルが彼女の進路を遮り、大顎の一撃からエニーケを守る。大雀蜂の牙は彼の肩を抉ると血をしぶかせた。
血潮と共に零れるのは、それと同じくらい熱い涙だった。溢れる原因は痛みではない。それは悔悟。それは憎悪。狂乱に染まる彼女の姿を目の当たりにしてその思いが零れ出る。
「アポロン! これが同族にする事か!!」
最小限のグラビティ・チェインしか与えられず、飢餓状態に陥った彼女は獣と変わらない。フェイントも何もない直線的な動きはその証左。だが、それでも、その速さ、そして鋭さは脅威だった。
「ん。あまり虫は好きじゃないので触りたくないのですが……」
眉を顰めるヒマラヤン・サイアミーゼス(カオスウィザード・e16046)はヒーリングチェインによる魔法陣を展開する。呼応して彼女のサーヴァント、ヴィー・エフトの放つ光輪はフランベルジュの身体を縛り上げた。
キャットリングによる拘束から逃れようと身動ぎする彼女を幻影の炎が横薙ぎにする。スノーエルの召喚した幻影のドラゴンが息吹を浴びせたのだ。
「ごめんね? 貴方の動きは妨害させて貰うかな」
彼女による捕食活動、即ち地球人への虐殺を認めないとの言葉をぶつける。蜂の複眼がその身体を捕らえるが、臆する事無く視線を返す。
捕食活動の根源が飢餓である事は理解している。その正否をスノーエルに断ずる事は出来ない。ただ、ケルベロスとして、そして彼女自身の想いとしてそれを看過出来ない。だから、此処で止めるとの決意は揺るぎない力となってローカストへぶつけられる。
その傍らでボクスドラゴンのマシュが自信の属性をジンに注入し、先程の傷を癒していた。すまんとの感謝の言葉に満面の笑みで応じる。
「見るに忍びないです」
グラビティ・チェインの枯渇による暴走。それがデウスエクスの行く末ならば、この先何千何万と、同じ光景を目撃するのだろうか。唇を噛むエスカは、ヒマラヤンが展開した魔法陣に重ねる様、自身も同じ魔法陣を展開する。目前のローカストの攻撃は速く、そして鋭い。まずは防御を固める事が先決との判断だった。
「俺の方がたっぷりとグラビティ・チェインが詰まっているぜ!」
挑発の言葉は勇人から向けられる。同時に放たれた電光石火の回し蹴りは強かに蜂の外骨格を殴打した。その一撃に怯む彼女ではなかったが、蹴撃によって走る僅かな痺れが、その体勢を崩した。そこに愛機であるライドキャリバーの炎を纏った一撃が敢行され、外骨格に僅かな傷を刻む。
「お互い、語る事もないでしょう。敗れた者が糧となる。それだけの事」
静かな言葉はイピナから。声に憐憫も同情も無い。これまでの経緯に対して思う事はあるが、捕食者と守護者と対峙するフランベルジュとケルベロスはそれ以下でもそれ以上でもない。そして、自分達が敗すれば彼女はこの地で虐殺を行う事は必至。
放つ高速の突きはそれを認めるつもりは無いとの宣言だった。肩を切り裂く一撃に、ローカストからぎちぎちと歯を噛みしめる音が零れる。
「貴方に未来なんていりませんのよ。自らの行いをあの世で悔いながら死ぬがいいですわ」
エニーケの詠唱は咆哮の如く響く。自身の殺人衝動を力に転換した破壊光線は、回避を許さない一条の光となって紅色の装甲を撃ち抜く。焼け焦げた臭いが辺りに充満した。
「何とか、手はないのか?」
リュックから小型のドローン群を飛ばしながら、悲痛な叫びをジンは上げていた。フランベルジュ自身も太陽神の犠牲者に過ぎないと言う思いが頭の中を木霊する。このまま倒す事が正しい事だと割り切る事が出来なかった。
だが。
「今、方法が見つからない。だったら、最善を尽くす、しかない」
悲哀の表情を浮かべたルチアナは雷の壁を召喚しながら、応じる様に呟く。出会い方が違えば……と思う彼女はしかし、今、敵として目の前に立ち塞がっている。それを止める事が出来なければ、幾多の犠牲者を生むだけなのだ。だから、倒さなければならない。
その割り切りがルチアナにはとても悲しかった。心を交わす暇すら与えられない存在を獣の様に屠る。その行為は彼女にとって誤ったものの筈なのに。
●滅びを迎えし者。それは。
紅玉の輝きは破滅の炎を孕んでいた。真紅の衝撃は毒鞭となって翻り、幾多の死をまき散らす羽音はケルベロス達を消耗させていく。飢餓から形振り構わない戦いをしている彼女の姿はしかし。
(「――綺麗」)
場違いと思いながらも、エスカはそんな感想を抱く。
半虫半人の容姿は意見が分かれる物だろう。おぞましいとも異界の美とも取れる姿はしかし、彼女が醸すある種の肉食獣的な躍動感と相見えてその感想を抱かせるのだ。
事実、女性的な肉体を思わせる外骨格の形状は美しく、そして機能的だった。外骨格の役割は自身を支え、外敵の攻撃を弾く、それだけの筈だ。だが、彼女の持つ流線的なそれは、攻撃を受け流す役目も果たしていたのだ。
故に、エスカの放つ影からの一撃はその表皮を削るだけに留まる。攻撃を受け流す体捌きは流石の一言に尽きた。
「『大食い。だけど強い』の言葉は本物だった訳ですね」
ヒールに奔走するヒマラヤンの呟きは、どこか感心した様にも思えた。
ローカストの一撃は重い。防御を重視し、癒し手を二人揃えたケルベロスの用意周到さを以てしても、均衡状態を保つのが精一杯だった。
フランベルジュ。炎の剣の名に相応しい戦いっぷりにむしろ、賞賛の気持ちすら沸いてくる。
そして、もしも彼女が狂乱していなかったらと思うとぞっとする。飢餓への衝動は結果として、ケルベロス達の利益へと繋がっていた。直線的な攻撃は読みやすく、食欲のみを満たそうとする彼女は、防御に意識を割く事が出来なかったからだ。
「だから、貴方は此処で終わりなのですよ。――行きますわよね? 正義の味方さん!」
格闘戦に移行したエニーケのグローセタイルングによる一撃がフランベルジュの身体を天高く弾き飛ばす。咄嗟に羽根を広げ、地面への激突を回避した彼女はしかし。
「お前達にくれてやるものは何一つないぜ! 行くぞ必殺! ブレイバァァァキィィィック!!」
飛び上がった勇人の蹴撃が必殺の一撃となってフランベルジュの身体を貫く。
――筈だった。
「ちっ」
地面に降り立った勇人は舌打ちをする。手応えは浅かった。連携に齟齬が合ったのか、それとも、勇人自身が守人としての立ち位置を選択した為か、渾身の蹴りはしかし、必殺になり得なかった。
「勇人!」
ジンの声は間に合わない。応酬にと放たれた攻撃は、勇人への抱擁だった。
意外な程、柔らかい感触が少年の身体を包む。重量感のある温もりは、相手がローカストであるにも関わらず、『彼女』と言う文言を意識せざる得なかった。
「放せ!」
窮地を救ったのは、ジンの投げ付けた大量の岩、大水、おもちゃやケーキと言った様々ながらくたの質量だった。四次元リュックから放たれる奔流の暇を縫って、勇人は拘束から逃れる。突き立てられようとした毒針は、ライドキャリバーが間一髪のタイミングで防いでいた。
大雀蜂は獲物を捕らえると肉団子を作成すると言われている。それを勇人に行おうとしたのかは判らない。だが、死の孕む抱擁は確かに、彼の命を奪う寸前だった。
追撃を警戒し、身構える勇人の前で幻影が翻る。それは、スノーエルが召喚したドラゴンの幻影だった。
「貴方が立ち向かっているのが誰なのか、改めて見せつけちゃうんだよ? ……さぁここに、おいでっ!」
詠唱と共に出現したドラゴンは、その双眸をローカストに注ぐ。邪眼とも思わしき凝視と共に放たれた咆哮は、衝撃となってフランベルジュの身体に叩き付けられた。
(「何とかしたい。何とかしたかった。でも、……ごめん」)
同じ仲間に使い潰された彼女に、見過ごせないと心を痛める。だが、出来る事が思いつかなければ、何も出来ないのと同じ事。だから、スノーエルは詫びる。心が張り裂けそうな痛みを押し込みながら、それが偽善だと思いながら。
叩き付けられた衝撃によって広がる亀裂は、先の勇人の一撃から伝播されたものだった。
「手繰り招き顕れよ、そは死を喚ぶ運命の傷なりて」
追い打ちはエスカから放たれる。死痕と銘打った拘束術式は呪いにより、フランベルジュが負った、或いはこれから負う傷をこの瞬間に開花させる。迸る大量の体液は、ありとあらゆる傷口が開いた証だった。
そしてエスカの金色の瞳はフランベルジュに向けられた。自身らが斃す敵の最期を瞳に焼き付ける様に。
「任せたよ。イピナさん」
大丈夫、一人じゃないと水の星に繋がる深い絆を称えた歌を紡ぐルチアナの声に背を押され、イピナが疾走する。
「穿つ落涙、止まぬ切っ先」
跳躍した彼女は諸手に構えた日本刀、槍、そして胴を包むブラックスライムから放たれる刺撃をフランベルジュに繰り出した。雨の如く降り注ぐ刃は、紅玉の装甲を削り、弾き、そして穿たれた傷口を更に穿ち。
そして日本刀の刃が深々とその胸に吸い込まれる。
断末魔の悲鳴は上がらなかった。その気力すら残されていないと言わんばかりに仰け反る彼女は、そのまま、地面に崩れていた。
●黒き川の畔で終末を
まだ息があった。だが、胸を貫く傷は紛れもなく致命傷であり、複眼から徐々に光が失われていく様は、ハッキリと見て取れた。
止めと動くケルベロス達の中で、いち早くフランベルジュに駆け寄る人影があった。
見下ろすジンの瞳は深い悲しみに染まっている。
「哀れなフランベルジュ……」
振り下ろした拳は大量の血をしぶかせた。
「ジン、さん?」
スノーエルの言葉に首を振ったジンは、血に染まった右腕を持ち上げる。アスファルトの大地を殴りつけた拳は裂け、零れる血液はフランベルジュの顔を濡らしていく。
「お前を助ける事は出来なかった。せめて、俺のグラビティ・チェインで飢餓の苦しみを和らげて逝ってくれ」
自己欺瞞だと思う。そんな事をしても彼女が助かる訳ではない。だが、それでも。
「……しい」
一瞬だけ正気に戻った目は、それでも、微笑み掛けてくれた表情は、柔らかく。
風に溶けていくその姿を見送ったケルベロス達は互いに顔を見合わせる。
やがて。
「さーて。折角の温泉地です。温泉にでも入って戦いの疲れを癒すのです!」
暗い空気を吹き飛ばす為、敢えて脳天気な声をヒマラヤンが上げる。停滞した空気は「そうだな」「そうですね」と口々にケルベロス達が零す声に掻き消されていった。
此度のローカストによる襲撃は、結果を見れば犠牲者一人出さずに終わった。その意味では自分達を労う事に賛成だと勇人とイピナは頷き。
「ま、観光地にお金を落とす事も重要ですよね」
同じ九州内出身としてお願いしたいと笑うエニーケの言葉を受けると、少しぐらい羽目を外す事も大事と、エスカが同意した。
やがてヒールを終えた戦場を後にするケルベロスの中で、振り返ったルチアナは小さく歌を口ずさむ。
それは鎮魂歌。仲間に捨てられ、食べ物に飢えた彼女への慰めの歌。
だが。
(「少しは、救われたかな?」)
最期に浮かべた笑顔の意味は測れずとも。
ただ、そうであればいいなと、思った。
作者:秋月きり |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年8月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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