●海の悪魔
良いとか悪いとか言うよりも、生理的に気持ちが悪いこともある。
ボスン、と勢い良く、ミカは自室のベッドに倒れこんだ。
軽い溜息。うんざりとした顔で水族館で買ったタコのキーホルダーを取り出すと眺めた。
「グッズとかだと可愛いんだけどね……」
友人たちと共に行った水族館。そのふれあい体験コーナーでふざけた友人たちに触らされたタコの感触が忘れられない。
「ぐにっとしてうにっとして茹でたのと全然感触が違って……それで、何よりあの口! 噛まれてはないけど、ああ……。思い出して来ちゃった……」
そうだ、文句を言ってやろう。起き上がり友人たちに連絡しようとスマートフォンを取り出した瞬間、ミカの胸に鍵が差し込まれていた。
どさり。ベッドに倒れ込んだ身体から引きぬかれた鍵は、血の一滴もついては居ない。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
鍵を突き刺したドリームイーターが笑う。その声とともに傍らに起き上がる黒い影。ミカの思いから具現化したそれは、ぐにゃぐにゃと軟体の身体を震わせて立ち上がった。
●八本足
「でも、タコって美味しいですけどね」
触るのは嫌なんですけど。どこで買ってきたのかタコスを頬張りながらうんうんと和歌月・七歩(花も恥じらうヘリオライダー・en0137)は頷いた。
『嫌悪』を奪い事件を起こすドリームイーターが現れた。そう聞いて集まったケルベロスたちへと七歩はマイペースに説明を始める。
「ええ、はい。そんなわけで、今回奪われた『嫌悪』はタコへの苦手意識みたいなんです。だから具現化したばかりの怪物ドリームイーターは2~3メートルほどの巨大なタコのような見た目をしています」
『嫌悪』から怪物を具現化させたドリームイーターは既に姿を消している。しかし、タコのような怪物ドリームイーターは事件を起こそうとまだ被害者の家の近くで潜んでいる。
食べ終わったタコスの包み紙を折りたたんでしまってから、七歩は手帳に目を通す。
「どうやら下水道の中に潜んで近くを通りがかった人に襲いかかろうとしてるみたいですね。すぐ近くのマンホール周りで足音を立てていれば襲いかかってきそうです」
『嫌悪』を奪われた被害者はこのままでは二度と目覚めることはない。けれど、このドリームイーターを倒すことができれば、目を覚ますだろう。
時刻は日の変わる直前。現場である被害者宅近辺はその時間になるとほとんど人通りはなくなる。被害者宅の一番近くにあるマンホール付近を歩いていれば特に問題なく遭遇することが出来るだろう。
「敵は1体だけですし、ちゃんとおびき寄せることさえできれば一般人に被害が出るなんてこともないと思いますよ」
敵の攻撃方法は、タコのようなヌルヌルとした手で何発も引っ叩いてくるパンチと、周囲一体に降り注ぐかけられると混乱するタコスミと、絡みついて足の真ん中にある口から噛みつかれて流し込まれる麻痺毒の三種類だ。
「……普通のタコだったらまだいいんですけど、こう、巨大な生物に生きたまま噛みつかれるって……。なんか嫌ですよね」
3メートルほどのタコが噛み付いてくるなんて、ほとんどパニックサスペンスの世界だ。目の前でぐわっと足が開いて、その口に顔ごと噛みつかれるなんて想像すると……。
「……うん、これ以上考えるのはやめておきましょうか」
自分で言っていて気が滅入ってきたのか、七歩はぱたんと手帳を閉じた。
「巨大なタコの怪物……。気持ち悪い敵ではあるんですけど、放っておくと被害者の人が目覚められませんし、更なる犠牲者も出ちゃうんですっ」
皆様はそんなの放っておけませんよね? ですよね? と、七歩は期待した目でケルベロスたちを見る。
「あなた達ならきっと、気持ち悪さにも負けずに敵を倒してくれると信じています……っ!」
よほど敵に消え去ってほしいのか、いつになく力強く七歩は宣言した。
「さっ、行きましょうケルベロス! 望みの未来は見つかってますよね?」
参加者 | |
---|---|
七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308) |
ダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154) |
鉄・千(空明・e03694) |
ルーク・アルカード(白麗・e04248) |
アインヘリアル・レーヴェン(虚誕捏造マゾヒズム・e07951) |
深鷹・夜七(新米ケルベロス・e08454) |
リリー・ヴェル(君追ミュゲット・e15729) |
チャロット・ファイブシーズ(尻尾がパタパタ・e28231) |
●蛸物語
「ふふふ……軟体動物、ですか……」
人気の失せた夜の住宅街へ、アインヘリアル・レーヴェン(虚誕捏造マゾヒズム・e07951)の声が響く。
現在は蛸をおびき寄せるための準備中。特にやることのないアインヘリアルは物陰で仲間たちを応援をしていた。
「タコがどうこうと言うよりは下水に棲息しているのが問題さねぇ」
ぺたりぺたりと周辺にキープアウトテープを貼りながらダンテ・アリギエーリ(世世の鎖・e03154)はぼやき声を上げる。
「それも嫌悪させるための作戦なのかもしれませんね」
七奈・七海(旅団管理猫にゃにゃみ・e00308)はダンテと同じくテープで周辺を封鎖しながら返答する。
それと同時に各々念のため、と持ち込んだ明かりで周囲を照らしだす。
何の変哲もない住宅街の道筋に光が灯される。
戦闘範囲と予測できる空間の封鎖と光量の確保が完了する。後はおびき寄せるだけ。
「おっきいタコも格好いいって思うけど、人を襲うのは許せないのだ」
囮役は3人。その中の一人、鉄・千(空明・e03694)は無表情に憤りながら出現予知地点へ近づく。
「島の頃から蛸はよくみてたし、全然大丈夫!」
たこ焼きに刺身にから揚げに……って、食べられないか……!
気合を込めて手を挙げるのは深鷹・夜七(新米ケルベロス・e08454)。千の隣に並び進む。
「小さい頃、生きたタコに絡まれて噛まれたことがあって……軟体類はトラウマだ」
恐れの気持ちを抑え込みながらルーク・アルカード(白麗・e04248)がその少し後を歩く。仲間たちの中で誰よりもタコへの嫌悪感を抱きながらも、囮役を買ってでたルークは、トラウマを乗り越えることが出来るのだろうか。
一般人に被害は与えられないと、最も嫌悪感を抱きかねない仕事を請け負った囮の勇者たち。
一歩、また一歩とタコが待ち構えるマンホールへと近づいていく。
……そして、通り過ぎる。
おや? 一瞬、気が緩まなくとも不可思議に思った瞬間、マンホールが跳ね上がる。
振り返ったルークの瞳に映ったのは、宙を舞い足を広げて自分の頭に噛みつかんとする巨大な蛸だった。
ぐわり。広がった足が勢い良く絡み付こうとし、その奥には毒に濡れた歯が――……。
「――――――」
――反応できず固まってしまったルークに蛸が迫る。
「危ない! ルークくん!」
攻撃を阻むように雷光の壁が出現。更に僅かに足が止まった隙に夜七のオルトロス、彼方が滑りこむように盾となる。
「び、びっくりした……」
「ルークくん、大丈夫!何があっても私が守ってあげるから!」
友人ゆえ、ルークがタコが苦手なことは分かっていた。いつもとは逆で、自分が助けてあげたいと思っている。
早速、盾を放ち危機を救ったチャロット・ファイブシーズ(尻尾がパタパタ・e28231)は力強く宣言する。
「……うにょうにょ、奇妙な動きをするのです、ね。おっきい」
実物の蛸を見たことがないリリー・ヴェル(君追ミュゲット・e15729)は戦闘体勢に動きながら目を丸くする。
果たして、初めて見る蛸がこれで本当に良いのだろうか。
「薄汚いタコごときに……我々ケルベロスが負けるはずがありません……」
同じく進み出て短刀と杖を構えたアインヘリアルは確信したような笑みを浮かべる。
薄暗い夜の道。人気の失せたこの場所で番犬たちと巨大タコの戦いが幕を開けようとしていた。
●たこぐら!
地の底より出たる巨大蛸は、ぬめりぬめりと身体を歪ませて番犬たちに狙いを定める。
奇怪に捻れた足が地面を抉る。嫌悪感を煽る動きこそが此の夢魔の本性。
ぐちゃり。醜悪な音が夜道に響く。
「やっぱり近づかれたくはないねぇ」
黒の鎖が地を奔る。言葉通り近づかせないためか、ダンテの鎖が巨大蛸を締めあげる。
けれど相手は軟体の蛸。それきりで止め切ることは出来なかった。
伸縮するように抜け出して、器用に八本の足を動かして迫る――!
「させないぞっ!」
庇うように前に出た千の拳が蛸を受け止める。ぶにゅり。手に伝わる奇妙な感触と粘液。
全く気にならないといえばきっと嘘になる。けれど、蛸が苦手なルークが後ろにいるのだ。
「守るからだいじょぶ」
振り返らず千は告げる。
ルークはその言葉に勇気づけられたのか。未だ若干怯えを残しながらも分身し攻撃に備えた。
「ケンオ、ニガテ……というのは、良くわかりませんが」
リリーにとって未だ人の感情は複雑で捉えきれないものだ。
されどそれでも分かることはある。例え悪感情であってもそれは利用されていいものではない。
尊いモノを守るためリリーは稲妻の盾を重ねた。
「この一撃、通してみせる!」
後方に布陣していた夜七は千との攻防で足を止めていた蛸の元へ、電光石火の如く踏み込んだ。
手にする刀は宝刀『不知火』。刀身に宿るは雷光。躱すことはならない紫電の一閃。
『雷火 -改-』と名付けられた此の絶技は、蛸の肉体へと雷電を刻みこんだ。
「よし、彼方続いて……彼方っ!?」
常であれば連携して動くはずの彼方が動かない。いや、動けない。
先ほどの攻撃を庇った際に受けた麻痺毒が彼方を蝕んでいた。
「大丈夫、すぐに治すわ!」
歩みを止めて居られない。チャロットが癒やしの雨を前衛へと放つ。
嫌悪する気持ちと同じように疲れや不調が洗い流されるように潤っていく。
「ふふふ……素晴らしいですね……」
アインヘリアルはケルベロスを愛する。その連携は心踊るものだった。
続くように泥のような黒を槍のように変形。鋭く貫くように投擲。
続くようにアインヘリアルのミミック、ツヴィンガーも自らの体内から取り出した槍型のプラズマを蛸へ突き刺す。
不定形の二槍が軟体生物の皮膚を貫く。
「――行きます!」
串刺しになって止まった八本の足。一瞬の隙をそこに見出したか、七海はアスファルトを蹴った。
その腕に纏うは螺旋。打撃ではなく浸透させる一撃。粘体の内を揺らすように掌底を叩き込む。
(「――……柔らかい?」)
撃ち込んだ感触に七海は僅かに惑う。捻れたる足は動いた。
七海の腕が脚が首が、圧倒的な八本で封じられる。締め上げる力は強く、振りほどくことが出来ない。
ギザギザと鋭い歯が七海の瞳に映る。足の中心の口へと飲み込まれるように七海の視界は消えた。
不思議と痛くはない。麻痺毒のせいか。それほど長い時間ではなかった。不思議と長く七海には感じられた。
●蛸不十分
「く、や、やめろ……!」
「放れて、ください……!」
ルークの分身とともに切り裂く斬撃と、リリーの彗星のような蹴りが炸裂し、七海から蛸を引き剥がす。
べちゃり。ぬめぬめした感触とともに離れる蛸。頭を振る七海。
「こんなぐちゃぐちゃぬるぬるに……! 大丈夫!?」
「だ、大丈夫です。ダメージも大してありません」
慌てたチャロットに癒やされながら七海は返事をする。
不調も傷も殆ど今の回復で治ってしまった。特別強力というわけではない、普通の攻撃だ。
……ただ。ただただ気持ち悪いだけだ。
「薄汚い蛸の分際で……!」
「……アレは食らいたくないさねぇ」
アインヘリアルの紫電の矢とダンテの地獄の炎弾が敵を灼く。
けれど、蛸の動きは止まらない。むしろ疾走するように千へと突撃してきた。
「わっ、こっち来た! ……あっ、いやそれでいいぞ! 来るのだ!」
元々自分に攻撃を引き付けるつもりだった。千はドラゴニアンの本領発揮とばかりに口から炎を吹き出す。
迎撃するように吹き荒れる炎が蛸を燃やす。
「焼きタコになっちゃえ!」
燃え盛りながら蛸もただやられたままではない。お返しと吹き出すのは大量の黒い墨。
ばしゃばしゃと降り注ぐ液体。広範囲へと被害を及ぼす墨によって後衛の服が濡れていく。
「うう……タコ墨って洗濯で落ちるかなぁ……?」
「こ、こんなことで負けないわ……」
イカ墨と違ってタコ墨は粘性は低い。とはいえ汚れることに変わりはない。夜七とチャロットのテンションががくっと下がる。
「ええい……! 行きなさいツヴィンガー……!」
拘りのファッションを汚されたアインヘリアルにも怒りが募る。
自らのサーヴァントを蹴り飛ばして前に出す。ゴロゴロと転がったツヴィンガーは蛸のもとにたどり着くと大きく口を開けて噛みつく。八本足で殴り返す軟体。箱vs蛸。謎の戦いが始まる。
「……攻撃は分散させた方がいいさね」
気が進まないけれど手は抜かない。ダンテのデストロイブレイドが箱と戯れる蛸の身体を切り裂いた。
じろり。恐らくダンテを感情の見えない目で貫く大蛸。汚れるのは嫌だな、とダンテは思うがほぼ手遅れだった。
ぐちゃり。ねちょり。じゃぶじゃぶ。ばしゃん。ぬらり。八本の粘る足、降り注ぐタコ墨、捕食せんとの掴みかかり。
戦闘が続く限り、ありとあらゆる接触で蛸は嫌悪を与えてきた。
ケルベロスは懸命に真摯に嫌悪へ立ち向かう。
……戦いが終わる頃、まっとうな姿で要られたものはいなかった。
●タコヤキリクエスト
「……た、倒した」
息も絶え絶えになりながら、ルークは消えていく巨大な蛸を見下ろした。
終わってみれば、それほど強い敵ではなかった。
けれど、普段以上に大変だったと思えたのは、きっと嫌悪感のせいだろう。
「タコって……すごいのです、ね」
頬に手を当てて、リリーは奇怪なタコを想起する。すごかった。
リリーはタコを知った。嫌悪を知ることは出来ただろうか。
「普通のタコってこんなのじゃないからね?」
すっかり黒くなってしまった服を纏った夜七が苦笑い。笑うしかない。
「……ねえ、それじゃ『たこパ』してみない?」
同じくべとべとのチャロットが提案する。たこパ。――それは、たこ焼きパーティー。
タコを倒したばかりで嫌だと思うかもしれない。けれど、だからこそ。
この思いを断ち切って、タコを前向きに捉えるために。
「たこパするのか。やるならタコ抜きのたこ焼きかな」
タコは食べるのも嫌なルークだが、パーティというなら楽しむしかない。
重くなった気分を切り替えるために、参加を決める。
「じゃあ、タコ嫌いなルークのためにチーズとかウインナー入れたやつも作るぞ!」
レインコートを装備していためタコ墨の被害が軽減されていた千も頷きながら計画を進める。
「タコ以外でも、よいのです、ね?」
じゃあ、自分は何を用意しようか。リリーも別の食材の相性を考え始めた。
「あまり経験はありませんが……いいですね……」
デウスエクスは嫌いだがタコが嫌いというわけではない。
賑やかなパーティに参加した経験の浅いアインヘリアルは新鮮な思いで承諾する。
「ほら、たこパもいいけどちょっと身体でも吹くさね」
自分も身体を吹きながらダンテは女性陣へバスタオルを渡す。
「あ、私もバスタオル持ってきました。どうぞ使ってください」
タコスやカステラの容易を考えていた七海も持ち込んだバスタオルを残された仲間に配る。
二人ともなぜか渡す際にバスタオルの店名を主張していたのはご愛嬌。
「でも、流石にこの格好のままじゃ……一度お風呂に入らないと」
溜息をつくチャロットの背中を、とんとんとリリーが二三度叩いた。途端に綺麗になる服と身体。
「えっ?」
「あ、クリーニングします、ね」
偶然持ち込んでいた防具特徴クリーニングがついに生きる時が来た。
すっきりさわやか。ケルベロスは身も心も服も清らかになる。
「わぁ、それじゃ準備しよう!」
お肉でしょ、コーンでしょ、と歩きながら様々なトッピングを指折り数えだす夜七。
一期一会。折角出来た絆を深めようと、夜七は全力で笑顔を向ける。
仲間たちも、微笑みへ応えるように歩き出した。
嫌悪感を乗り越えて、楽しい思い出に変えていこうと。
作者:玖珂マフィン |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年8月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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