●本能という衝動
木々の生い茂る森の奥深い場所に潜む、ローカストの一群。
「目覚めよ、同胞」
その輪の中心でカマキリに酷似した者が、拳ほどの宝石を掲げた。
グラビティ・チェインを僅かに注ぎ込むと、宝石は眩い光を放ち……次第に収まっていくと、美しい翅を生やした蛾のローカストに変わる。
黒い翅に鮮やかな緑とオレンジ色が添えられ、繊細な色合いの薄膜には目を奪われそうになる……しかし、その言動は美の欠片もなかった。
「――ひひひひああああががががががが!!!」
事前に予測していたのか、半狂乱の同胞が構える前に囲んでいた者達が一斉に押さえこむ。
奇声を上げる同胞の前に、イェフーダーは身を屈めた。
「よく聞け。この先に伐採した樹木を集める施設があり、そこに地球人が集まっている」
「うがああああっ!!」
示された方向に飛び立とうと身をよじり、餓える蛾は眼を血走らせる。
「そうだ、グラビティ・チェインが欲しければ自らの手で奪え。行け!!」
解放するよう命じると、放たれた錦の蛾は衝動に駆られるまま、木々の間をすり抜けて姿を消す。
「……全ては、太陽神アポロンに捧げる為に」
離れていく背中を見つめながらイェフーダーは呟く。
太陽神の愚行は、困窮する数多の同胞達にさらなる強攻策を強いていた。
「先日の不退転侵略部隊の侵攻を阻止されたことで、ローカストの太陽神アポロンは次なる作戦を行おうとしております」
オリヴィア・シャゼル(サキュバスのヘリオライダー・en0098)は赤い瞳を鋭く細める。
「コギトエルゴスム化しているローカストを、必要最低限のグラビティ・チェインで復活させ、そのローカストにグラビティ・チェインを奪わせるというものです」
腕を組み直したオリヴィアは踵を鳴らしながら、ケルベロス達の前を横切る。
「復活させられたローカストは戦闘力の高さ故に、グラビティ・チェインの消耗が激しいことから、浪費を避けようとコギトエルゴスム化させていたようですの。とはいえ、最小限の力といっても侮りがたい戦闘力ですわよ」
しかも大量のグラビティ・チェインを浪費していた反動から、強烈な飢餓感を抱えている。
生存本能の塊のような状態である以上、こちらの話に耳を傾けることはないだろう。
「仮に皆様が撃破しても、ローカスト側の損害も最小限……理屈で言えば効率的、人道で言えば非道な作戦ですわ。その作戦を実行するのはイェフーダーというローカスト率いる特殊諜報部族『ストリックラー・キラー』……いずれは、彼とも直接対決をすることになるでしょうね」
振り返ったオリヴィアはケルベロス達をまっすぐ見つめた。
「襲撃場所は山間にある伐採場ですわ、ここに数名の作業員が製材回収に訪れております。迎撃すればローカストの目は自然とケルベロスに向くでしょう」
標的は生きる為に必死で、目に映る者全てが狩る対象なのだと、オリヴィアは静かに語る。
「ローカストは1体。ニシキオオツバメガという美しい蛾に似ており、鮮やかな色彩を放つ大きな翅が特徴、そして最大の武器ですわよ。オウガメタルで模様を変えた翅で催眠状態に陥れたり、広範囲に毒の鱗粉を振りまきますの。そして状態異常で弱らせながら強烈な飛び蹴りで追い込みをかけてきますわ」
相手を弱らせてから息の根を止める、異常状態への対処が必要になるだろう。
「太陽神アポロンの卑劣な策で多くの市民が危険に晒されています。皆様の手で、此度の作戦を阻止してくださいませ」
神妙な面持ちのオリヴィアに見送られ、ケルベロス達は降下の用意を始める。
参加者 | |
---|---|
ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499) |
ミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683) |
石流・令佳(暴走族総長兼社長令嬢・e06558) |
高橋・月子(春風駘蕩たる砲手・e08879) |
篝火・刀也(煉獄の双剣士・e09422) |
クー・ルルカ(かの森の護人・e15523) |
三上・菖蒲(静かに消ゆる玉響・e17503) |
月城・黎(黎明の空・e24029) |
●錯綜する想い
移動中のヘリオンで待機するケルベロス達は、落ち着きのない空気を醸していた。
「おい、まだ着かないのか?」
ゼフト・ルーヴェンス(影に遊ぶ勝負師・e04499)が苛立つのも無理はない。
ヘリオライダーの予知で伐採場には、すでに数名の作業員が訪れていることが発覚している。
現場に一般人を近づけたくない思っていた彼としては、手遅れになるのではないかと気がかりなのだ。
「命を弄んで、破壊をさせるなんて……!」
作戦を指揮するイェフーダーに憤るクー・ルルカ(かの森の護人・e15523)は戦化粧を施す手を握り締め、隣に座る三上・菖蒲(静かに消ゆる玉響・e17503)も静かに頷く。
「虫ケラ風情が、調子に乗るなっての」
篝火・刀也(煉獄の双剣士・e09422)は嘲るように独りごちた。
彼らの生存に関わる事情を『些末なこと』と思っている彼としては、自我もなく暴れるだけの生物に、情をかける必要はない。叩き潰せばいいだけのこと。
しかし、刀也のように断言できる者ばかりではない。
作戦を理解できても、感情では割り切れていない者もいる。
「これから戦うローカストって……もうほとんど、理性は残ってないんだよね」
膝を抱えるミスティアン・マクローリン(レプリカントの鎧装騎兵・e05683)は、『生きたい』と渇望する心を利用され、捨て駒として投入された事実に。
「そうよ。そして飢餓に苦しむ同胞の為に……人身御供にされた、可哀想な子」
(「仕える相手が選べないのは辛いわね。今回の子も、鞍替えするしかなかったあなたも」)
流れていく山々を見下ろす高橋・月子(春風駘蕩たる砲手・e08879)は、統合王なき今、太陽神に振り回される宿敵とその一族に。
「生きる為ですかー……令佳、ちょっとだけ気乗りしないですー」
隣で内壁に寄りかかる石流・令佳(暴走族総長兼社長令嬢・e06558)は、同胞の犠牲を省みることも許されない、ローカストの現状に。
それぞれ複雑な感情を覗かせていた。
逃れられぬ飢えと生への執着に喘ぐ者を想う、それを誰が弱気と罵れようか。
月城・黎(黎明の空・e24029)も、それでも、戦わなければならない彼女達の心情を理解している。
「皆、見えてき……っ!」
進行方向を見ていた黎は、山の中から糸のように立ち、迫りくる光の粒子に目を疑った。
「ここなら間に合いそうなのです、行くのです!」
菖蒲達は一斉にヘリオンから降下し、襲撃場所へ急行する。
●それでも
地上では作業員が重機を使用し、建築用の木材に使用する丸太を積み込んでいた。
「? なんだ、あれは……ケルベロスか?」
大型トラックに積載する作業員達は、上空から飛来したゼフト達に目を丸くする。
「があああああ!!!」
――直後、木々の隙間を突き抜けてきたローカストが迫る。
「さて、害虫退治と洒落こもうか」
「あんたの『生きたい』という思いはわからなくはないけど、見逃すわけにはいかない!」
ゼフトは攻性植物に輝く果実を実らせ、ミスティアンも大量の紙兵をばらまく。
敵は強力な状態異常を付与する、どれだけ備えても損はない。
「今からここは戦場になる! 死にたくなきゃさっさと逃げろ!」
「私達に任せて、街へお逃げなさい」
月子と刀也の呼びかけに、騒然としていた作業員は慌てて重機から降りると、山から下りようと走り出す。
「後ろは任せてくれ」
離れていく作業員をローカストの目から引き離そうと、黎の爆風で勢いづくクーと菖蒲が前に出る。
「いこう、あやめ!」
「はい、誰も傷付けさせないのです!」
クーの歌声から生じる波動をかわした先、菖蒲の一刀が傷をつける。
「きぃぃあああああっ!」
――ローカストは金切り声をあげ、美しい翅模様に不気味な双眸を描く。
「!?」
直視した刀也の脳内を、無作為に、ぐちゃぐちゃと掻き乱す不快感が沸き始める。
ボクスドラゴンのカガリビが主人の異変に気付き、自身の力を注ぎこむ。
「ったく……陰険すぎるぜ。猶更一刻でも早く息の根止めなきゃな!」
かぶりを振って幻覚を振り払った刀也は、浄炎と黒鉄を構えて躍り出る。
ライドキャリバーの殺陣号とミミックのどるちぇが、ローカストの周囲を旋回してかく乱していく。
二体のサーヴァントに応戦するローカストを注視し、月子はアームドフォートの照準を合わせ
「ごめんなさいね。殺す事しかできなくて」
狙いを澄ました砲撃がローカストの双翅を捉える。
「食らいつけ!」
「とくと味わえ、煉獄の焔!」
令佳の気咬弾が肩口を撃ち抜くと、刀也も同じ箇所を狙って鉄塊剣を叩きつける。
「ひひひけけけけ!!」
地獄化した傷口から噴き出す毒素が、濁った複眼をより不気味に思わせる。
置き去られた重機や丸太を巻き込むローカストの攻撃は、木々を腐らせ、鉄をバターのように溶かしていく。
短期決戦を狙う令佳達だが、ローカストの鬼気迫る猛攻に圧倒され、思うように攻めきれずにいた。
「ぐああああ!!」
菖蒲の血襖斬りをすでに見切っているローカストは、伊耶那岐を振り上げた手を払い、狙いを逸らす。
「確かにコレは実に効率が良い作戦だ、だけど、命を使い捨てるやり方なんて……」
敵とはいえ、自らを軽んじるローカストの特攻に黎は苦々しく思いながら、薬液の雨でクー達を治療する。
治療に回る黎にローカストは目を付け、一気に間合いを詰めていく。
「チッ、ちょろちょろとゴキブリみてぇに!」
「ボクが行くよっ」
狙撃向けのポジションにいる刀也では、黎を守りながら戦うには不向きだ。
追ってクーがローカストを先回りして、代わりに飛び蹴りを受け止める。
蹴り飛ばされた衝撃で、クーの結わいた髪がはらりとほどける。
「星よ、切り裂け! スターショット!」
同じく防衛に回ろうとしたミスティアンも、立ち位置の相性から間に合わないながら、五芒星の手裏剣で撃ち落しにかかる。
軽やかに身を翻すローカストの下を手裏剣は潜り抜けるが、上から迫る丸太を避けることは難しかった。
「ぶっ潰れろ!!」
我流・喧嘩格闘術を駆使して、令佳は腐敗せずにいた丸太で叩き潰す。
勢いあまった丸太は粉砕し、ローカストを地面にへばりつける。
「ごあぁっ」
「さあ、隙を作るわ」
月子が砲台の機銃で弾幕を張ると、続けてゼフトが御業を招来し、火球を乱れ撃つ。
「ぎぎぎががががが!?」
「飛んで火に入る夏の虫……いや、俺が燃やしたんだからこれは違うか」
火の海でもがくローカストが飛び上がり、態勢を立て直そうとした隙をついて菖蒲が背後から迫る。
「今度こそ、です!」
押し通された雄刀は黒翅を貫き、切れ込みを生み出す。
鮮やかな錦の翅は、次第にボロキレと化していく。
辺り一帯は腐食した木材と溶解した金属の不快な臭いが立ち込めていた。
ローカストの触角は斬り落とされ、翅も穴だらけ。明らかに負傷は増えている。
それでも、餓える攻める勢いは収まらない。収めようとしない。
「ふわああああああ!!!」
羽ばたきに舞う猛毒が、どるちぇと殺陣号を侵し、姿を維持できなくなると砂のように崩れていった。
「は、はぁ」
「しっかりしてくれ、医者の不養生は笑えないぞ」
肩で息をする黎に向けて、ゼフトが魔法の木の葉を振りまき、爽快な香りを醸しながら包み込む。
「負ける、訳には……」
庇いに走るクーも衰弱が目立ち始め、黎の施術だけでは間に合わなくなってきた。
月子の支援砲撃を受けながら、被弾するローカストめがけてミスティアンと刀也が肉薄する。
「さっさとくたばれ、死にぞこないが!!」
斬り込んだ肩口を叩き斬って片腕を削ぎ落とし、鮮血が噴き出す。
ミスティアンもバトルオーラを纏う拳を、損傷してヒビ割れた外骨格に抉り込む。
「せっかくの重武装モードだ。一気にぶっ放す!」
令佳が狙いを定め、両手のガトリングガンの引き金を引く。
マズルフラッシュを伴う連射が、ローカストの全身を撃ち抜き、糸の切れた操り人形のように踊らせる。
「……は、ひぃっ……」
菖蒲とクーが互いの得物を振り上げ接近したとき、渇いた笑いにも、必死で息を吸おうとする呼吸にも似た音が、微かに聞こえた。
「――っ」
気づいたクーは息を呑むが、振り下した刃を止めることは出来ない。
星辰の力を帯びた刀身は、穴だらけの大きな翅を容易く斬り裂く。
「これで終わり」
呟いた菖蒲は、布都御魂を携えくるりと回り……瞬きをした次の瞬間、ローカストは幾重の刀傷から真っ赤な飛沫をあげていた。
「――――……」
事切れるローカストの頬を、一粒の雫が伝う。
●魂の逝く先
「……俺達には守りたいモノがあるんでな」
ようやく一仕事終えたと、刀也が武器を収める。
――しかし、気持ちの良い戦勝だと思っている者は、想像以上に少ないようだ。
「うっ、ひ、く……痛かったよね、辛かったよね……ゆっくり休んで」
「コイツも生きたかっただけだったのにね……」
必死で息を繋ごうとする死に際を間近で見てしまったクーは、死体の傍らで堪えきれずに涙を流していた。
ミスティアンもぶるぶると肩を震わせ、唇を噛みしめると
「やい、アポロン! お前は私が倒す!!」
どこか潜む横暴な神に怒りを叫ぶ。
「これでもう、苦しくないわよね」
傍らに膝をつく月子も、神妙な面持ちで死体の頬を拭う。
(「ジューダス派だったあなたが、対立派閥のアポロンに仕えるなんて……何を考えているのかしらね? イェフーダー」)
図りかねるイェフーダーの真意に、月子は思いを馳せる。
「……皆、まだやる事が残ってるよ」
「ここも一杯壊されちゃいましたから、治さないとです」
黎の呼びかけに顔をあげると、菖蒲の一言で改めて周囲に視線を巡らせた。
休憩用のプレハブも壁面が腐り落ち、周囲の木々も幹が緑に変色して崩れている。
「改めて思うが、酷い臭いだな。さっさと終わらせよう」
鼻をつまむゼフトは溶けたトラックに足を向け、それを合図に黎達も手分けして修復を始めていく。
「敵なら何も考えずに殴れるクソ野郎の方が良かったのですー」
令佳は舎弟を殺された恨みがある。まっすぐに憎しみを向けた刀也を羨ましく思えたと同時に、必要以上に憎んでいたように思えて、羨む自分を素直に認めることもできない。
「……とりあえず、彼を葬りましょうかー?」
ごちゃごちゃ考えるより、今はやるべき事をやろう。
気を取り直して遺体に触れようとした直前、死骸は足先から姿が崩れていき、光るニシキオオツバメガの群れと化す。
煌きを放つ群れは、夏風の中へと飛び立っていく。
呪縛から解放された魂は、重力の満ちる大気の中へ溶け込んだ。
作者:木乃 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年8月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 1/感動した 3/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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