黙示録騎蝗~彷徨暴力茜色

作者:ヒサ

 イェフーダーは、眼前のコギトエルゴスムへ僅かばかりのグラビティ・チェインを分け与えた。
 それにより蘇ったのは赤いトンボに似たローカスト。彼は飢餓ゆえに唸り、更なるグラビティ・チェインを求め、ヒトのそれ同様の器用さを備えた手の一つを拳に握り暴れ出す。が、それを予測していたイェフーダー達によって、彼は瞬く間に取り押さえられた。バランスを崩され倒れた所へ、腕と足を六人がかりで抑え込まれては流石の彼も抗い難いようだ。イェフーダーは、地に伏す彼と部下達を見下ろした後、彼へと告げた。
「グラビティ・チェインが欲しければ、自分で略奪してくるのだ」
 お前ならば容易かろう、と諭す。山を下りれば人里だとも教えた。目の前にも周囲にも他者が居るのに、とばかり彼は不満そうだったが、イェフーダーの部下達は何とか態勢を立て直すと連携し、彼の体を人里方面へと蹴り出すように押し遣った。彼が再度暴れる前にイェフーダー達はその場から離脱し、残された彼はまた一つ唸ると、餓えた獣そのものといった風、示された方角へと歩を進めて行く。
 夕暮れに染まる森の中。身を潜めたイェフーダーは、彼の姿が見えなくなった頃呟いた。
「──お前が奪ったグラビティ・チェインは、全て太陽神アポロンへ捧げられるだろうが」

「先日あなた達が不退転侵略部隊の作戦を阻んでくれた事で、ローカスト……アポロンはグラビティ・チェインが足りない、と、特殊諜報部族『ストリックラー・キラー』、を動かしたようよ」
 台詞の半ばで手にしたメモへ視線を落とした篠前・仁那(オラトリオのヘリオライダー・en0053)は、敵の名称を慎重に読み上げた。
 敵指揮官の名はイェフーダー。戦闘力が高いもののグラビティ・チェインの消費が激しい為にコギトエルゴスム化させられていたローカストを、最小限のグラビティ・チェインを与えることで復活させ、その飢餓感を利用し人間を襲わせグラビティ・チェインを集める、という作戦を行っているようだ。虐殺を防ぐ為にケルベロスが出て来たとしても、現状戦力として計算し難い個体が討たれたところで、ローカスト側が失うものは復活させる為に消費された少量のグラビティ・チェインだけ、という事らしい。復活させた個体はその飢餓感ゆえ、グラビティ・チェインを補給する事に専念するようで、駒としても最適だとか。
「『イェフーダー』を倒さない限りこの作戦は続く、のでしょうけれど……、まずは復活させられたローカストを、あなた達に倒して来て欲しい」
 人々が虐殺される事も、アポロンの思惑も阻まねばならない。ヘリオライダーはケルベロス達へ依頼する。
「今回敵に襲われるのは、山に囲まれた町みたい」
 村と呼ぶ方が近そうな、のどかな場所だという。大通り周辺はそれなりに整備されてはいるが、少し路地を外れれば畑が目立つ、人口もさほど多く無いごく平和な田舎である。
「グラビティ・チェインが足りないから本調子ではない、ようではあるけれど、それでも敵は油断ならない相手のようよ。一番上の二本の腕が彼の武器のようで、それも殴るだけでは無くて、掌から何かを……発射? する事も出来るみたい。トンボの羽が生えていて、少なくとも戦闘中は自在に飛び回ったりはしないみたいだけれど、移動の補助に使って来る事はありそうね」
 高い攻撃力と素早い動きには警戒が必要だろう。見目からすると外殻は金属に近い様子で、頑丈でもありそうだ、と仁那は言う。
「──で、これ、人死に出さずに済ませられそう?」
 説明が一段落したところで、出口・七緒(過渡色・en0049)が問うた。ええと、と考え込んだ後仁那は、上手く行けば、と曖昧に答えた。敵は北から訪れ、近くの町役場及びその付近の人を襲うという。
「目についた人から順に、という風のようだけれど……ただそれも、町のひと達が普段と同じように行動していたら、みたい」
 人の分布が極端に偏る事があれば、敵の行動に影響が出る可能性がある。人々を町外へ出してしまえば敵の計画自体を阻止出来ない。公民館や学校といった避難所に使える施設も町にはあるが、備え過ぎは考え物のようだ。
「準備時間はある程度取れるっぽいけど、あまり大袈裟に警戒させない方が良さそう?」
「そうね。役場のひと達にちょっとした協力を頼むくらいならば、大丈夫だと思うけれど……でもそれだけでは、死傷者を出さないようにするのは難しいかもしれないわ。なので、あなた達に良い案があれば、そちらでお願い出来るかしら」
 襲撃への速やかな対処や、町民達をどう危険から守るか、といった事が重要になると思われる。頼りにしている、と仁那は皆を見つめた。


参加者
ユウ・イクシス(夜明けの楔・e00134)
英・陽彩(華雫・e00239)
ナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)
ファン・バオロン(龍が如く・e01390)
六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)
百丸・千助(刃己合研・e05330)
鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)
北・神太郎(大地の光の戦士・e21526)

■リプレイ

●陽の熱色濃い静けさに
 夕方に差し掛かる寸前、まだ明るい時間帯にケルベロス達の数名が役場を訪ねた。町長を交え、予見された敵の襲来に関して可能な限りの説明と対策の提案を行い、理解と協力を乞う。一人たりとも犠牲者を出したくないと真摯に訴える彼らへ、役場の職員達はほどなく、こちらこそ頼みます、と神妙に頷いた。
「承諾頂き、感謝する」
 町民達が晒される事になる危険や、伴う不安。そうしたものを慮りナディア・ノヴァ(わすれなぐさ・e00787)は深々と頭を下げる。職員達が恐縮するが、彼女達の配慮に胸を打たれた様子の者も散見された。
 そして話はそのまま、具体策に関する打ち合わせに移る。敵出現の報せを受け取り次第役場から放送等で町民達へも報せて欲しい、と六条・深々見(喪失アポトーシス・e02781)が言えば、学校と公民館に連絡をだとか、廃品回収車出して来いやら、奥で責任者らしき人々がすぐさま動く。
「あ、放送は南方面に逃げるよう言ってくれな!」
 彼らが場を辞す前にと気付き百丸・千助(刃己合研・e05330)が声を張り上げる。北から敵が来る旨は既に伝えていたが、こうした事態には不慣れなのであろう職員達が浮き足立つ様子を見、改めて念を押した。
 車の話が出たところで、病人や老人等の自力で避難する事が難しい人の為にも車両を動かしたい旨を伝えた。まず助けが必要である住民の有無を鷹司・灯乃(ウェアライダーのブレイズキャリバー・e13737)が問い、役場周辺は特に危険だからと細かい確認を入れる。農作業用ならばともかく乗用車はどこの家にもあるものでは無いようで職員達は、町長の家の車を、だの、誰それさんの所の送迎車を、だの声を飛ばす。この町の病院は個人経営の小さなものしか無いらしく、重病人は他町の総合病院に回される事が幸いではあったが、後で病院周辺を見ておくべきだろうとファン・バオロン(龍が如く・e01390)は考えた。
 急ぎ作られたリストを受け取ったラナン・ナツバヤシが隣に地図を広げ、数名の職員と共に避難路を詰めに掛かる。居合わせた他のケルベロス達は概要を確認した後、詳細を彼らに任せ次の段階へと移るべく役場を辞した。
 地形の把握を兼ねて周辺を見回っていたユウ・イクシス(夜明けの楔・e00134)と英・陽彩(華雫・e00239)はほどなく、役場から出て来た者達からの通信を受け取った。首尾を報告し合い、今のところ綻びらしきものは無さそうだと安堵する。だが北・神太郎(大地の光の戦士・e21526)はその通信に簡単な相槌だけで答え、意識の殆どを北の空へ向け続けていた。やや仰け反るように山を仰ぎ夕空を見据える彼は、少しでも早い敵の捕捉をと懸命だ。その補助を兼ね、千助がミミックを伴い役場の屋上へ舞い上がる。目立たない程度に高所から彼らが全体を俯瞰し、他の面々が周囲の警戒に当たれば、少なくとも後れを取ることは無いだろう。
 そしてそれを確実にする為にと囮が配置につく。役場脇の広場ならば戦場となっても対処し易かろうと、ナディアはその中ほどで荷物を広げた。出て来たのは大きなシンバルと、ロケット花火の束。奥にライターとホイッスルも紛れていた。
「手伝うわ」
「助かる。では花火の着火を頼めるか」
「おけー」
 彼女の手には余る嵩を見かねた灯乃が花火とライターを受け取った。役場に持ち込むには邪魔であったそれらを先程まで預かっていた出口・七緒(過渡色・en0049)は彼らの様子を見て少し考え、
「そしたら俺は、その辺の野次馬さん達を散らして来るね」
 此処の手は十分だろうと踵を返した。町に来るなり役場を訪ねた町長の客かもしれない見知らぬ人々が屋外で色々やっていては──地球人以外だらけの集団というのも理由の一つだったかもしれない──田舎では結構目立つ。イベントごとでも期待していそうな町民達の無邪気な視線はケルベロス達の誰もが知覚済だった。
 だがそれも、町民達の安全確保に専念する予定の面々の手を借りれば捌けると見て良さそうだ。哨戒にあたる者達はそちらの対処を彼らへ託し、可能な範囲で人目を避けつつ北方を警戒し布陣した。

●夕色不穏の風来たり
 燃える赤の未だ色濃い空に、神太郎が動くものを見つけた。ひゅうと落ち行く保護色の影に彼は目を瞬く。
 直後、千助が地上の違和に気付いた。風を切った微かな音と、色の無い薄羽。
 間を置かずその正体を悟り二人は急ぎ仲間達への通信を繋ぐ。
「敵が来た、避難誘導頼む!」
「囮の方に行った、迎撃してくれ!」
 街灯も少ない薄闇の中では、派手な音は何よりの標だったろう。駄目押しとばかりにナディアは幾度目かシンバルを打ち鳴らし、灯乃は数本纏めて花火を空に爆ぜさせた。そうしてテレビウムを加え戦闘態勢を整える彼らの元に、近くに居た七緒と木下・昇が合流する。昇は辺りへ目を遣るとまず、手伝いの為に役場から出て来た職員達の護衛に移った。彼らと共に表へ出たラナンは、周辺の死角に町民が居ないかを探しつつ誘導路を整えに走る。ほどなく町内のスピーカに電源が入った。
 風を巻き起こし敵が低空を飛ぶ。主の命を受けテレビウムが画面を激しく瞬かせた。その光の中、敵がかざす手から放たれた白い光線が宙を灼き、剣を抜いたナディアが前へ出、盾となる。その体を賦活の雷が支える間に、急ぎ駆けて来た神太郎が大剣を構え戦線に加わった。
「大丈夫か!?」
「ああ、助かる」
「他の子らはまだ掛かりそ?」
「二名到着だ」
 繋げたままの通信ゆえもあり、誰にともなく灯乃が問う声に答えたのは、敵の虚を突くよう紫黒の槍を振るったユウだった。彼の左腕ごと彩り爆ぜた雷は刹那夕闇を払い、敵へと己が現状──武装した者達に包囲されようとしている様を知らしめる。くつり、笑うよう音を洩らした敵の目には、獲物が沢山、と見えたのみであろうけれど。
「済まない、待たせた」
 通信を聞きすぐに動いたいま一人であるファンが状況を確認し、皆を鼓舞すべく勁を発する。
「私にお力をお貸しください、焔雷──」
 その陰。光と音に紛れた祈りは、
「──穿て!」
 それ以上の雷鳴を伴い赤く駆ける狼となり顕れ、敵をこの場に縫い止める為の眩い鉄槌と化した。役場を離れる道へと続く間隙を塞ぐよう位置取った陽彩が、お待たせ、と仲間達へ柔らかく微笑む。
「交ぜて貰うぜ、手加減はしねえぞ!」
 それを敵の目が映す事を阻んだのは、翼を畳み宙から落ちる勢いを乗せて敵へ一撃を浴びせた千助と、はためく長髪をそのままに追撃に蹴り込んだ深々見だった。
「避難、任せて良さそうだったからこっちに来たよー」
 手応えはいまひとつ、されど大きく態勢を崩した敵が立て直す前に飛び退って彼女は淡々と報告した。耳を澄ませば、役場の職員達を指揮するラナンの声などが聞こえて来る。
「大丈夫ですよ、落ち着いて下さい。私達ケルベロスがお守りします!」
 中でも、薄闇をざわつかせる困惑を凛と制するのはフローネ・グラネットの励ましだった。敵の出現のみならず、被害の拡大を厭い人払いの為ユウが放った殺気にも怖じ気付く町民達を支え、誘導担当者達との迅速な連携維持に貢献している。昇達他のケルベロスが冷静に対処しているがゆえもあり、大きな混乱は起きていない様子だった。
「祝福を──」
 その状況に胸中で安堵した灯乃の詠唱が黒猫を象る。守護を成して彼は、陣形の穴を埋める位置を探し動いた。
 戦いを担う者達は全員揃った。逃がしはしないと空気はより張り詰める。
「お前の色は、ここには不釣り合いだ」
 私達の手で消してやる。突破の隙を探す敵に張り付くよう追尾するナディアの青い瞳が、強い光で以て敵を睨め付けた。

●黄昏に閃く光は
 敵の動きは素早く、攻撃は重い。盾役達は敵を抑えねばと奮起し、攻め手達は切り込む機を探した。鎖を御してファンが龍鎚を振るい、陽彩が敵を縛す呪を放つ。狙い定めた千助の刀が敵の外殻に傷を刻み重ねた。短期決戦を望み攻撃の手を緩めぬ仲間達の為、癒し手達が護りを固める。
「絶望的ってほどじゃ無さそうだけど、ミスったらマズい要所をミスってからじゃ遅いもんねー……」
 敵の動きを阻害しに掛かる深々見の声は相変わらず億劫そうな色を含んだ。敵軍にとっては今も『戦争』中なのだからと割り切れはしても、思うところが無いではないのだ。敵とはいえ、ろくに顧みられもせずに駒と捨てられる彼の様は、この場の幾人かの心に爪を立てていた。
(「でも、それ以上に犠牲は出させたくねぇもんな。凄い空腹ってのは……満たされないまま死ぬんだと思うと、ちょっとかわいそうだけど」)
 同情はあれど、それでも。天秤に掛けるまでもなくより重い、護るべきものを選ぶがゆえに神太郎もまた、立ち向かうべきものから目を逸らさず踏み留まり続ける。
(「僕達に出来る事はただ──敵を討ち取り、相容れぬ道を断ち切るだけ」)
 ユウの場合は初めから、迷いも曇りも無いままに。同情するだけの価値など無いと、毅然と真白き刀を振るう。敵の拳が獲物を求め風を斬り、重い打撃が攻め手を襲わんとするのをナディアが防いだ。
「遅い」
 ギリギリの所を制して彼女は笑んで見せた。嘲るでは無くただ盾たらんと標的の注意を惹く為──理性を失っていると思しき相手にそれでも届いたら良いと。
 打ち合う音は硬く高く、既に阻むものの無い薄闇に冴え冴えと響く。町民の避難は滞りなく進んでいると判断出来て、敵へと向かうケルベロス達はより戦いに集中して行く。
 彼らの包囲を厭い視線を配った敵が、微かな間を突き退いて手をかざした。天を仰ぐそれは開戦時の熱線とは違う淡い光を生み、彼の身を包む。治癒と見て取りケルベロス達は、ならばとすぐさま距離を詰める。
「何度でも──」
 ファンが振りかぶる手を覆う鱗は鋭さを増し獄熱に揺らめく。だが卓越した彼女の動きにすら、身を立て直した敵はついて来て、触れる寸前に不可視の力をぶつけ凌ぎきる。きつく口を引き結んだ彼女の脇をすり抜けてユウが代わりとばかり、動いた直後の敵の虚を突いた。彼の槍が傍らの刀を映した如き氷雪の色に染め上げられ、穢れを知らぬ永久を紡ぐ。敵が纏う赤すら白に塗り替えるように、その身を害す凍傷を与えた。
 深々見が再度敵の動きを鈍らせるのに続き神太郎が大剣を振るい、テレビウムの閃光と共に敵を今一度惹き付けに掛かった。それを確認したナディアは後に備え炎弾を放ち敵の活力を削いで行き、陽彩は仲間達を支える為にと再び赤雷を喚び寄せる。
「音速の如し一閃を──」
 狼の姿をした風雷が薄闇を払い、敵の茜色の身が光を映し燃え上がる。それを為した陽彩は、そうある様は強いと表すのが近いだろうか、穏やかな淡い笑みを崩す事無く。敵を観察するようじっと見つめ更なる機を探す。
 彼が足掻くのならば何度でも。彼らのやり方を否定して、いずれその元凶たる存在へと至る為──敵の道行きを阻み自分達が望むそれを切り開く為にも諦められはしないのだと、ケルベロス達は更なる加速を試みる。

●夜色星屑穏やかな
 敵は盾役が惹き付けて、仲間達を護る。拳を受け止め捌くナディアの傷が深いのを見、咄嗟に神太郎が彼女を庇った。
「二人共、無事か?」
「あまり無理はするな」
「大丈夫だ、ありがとう」
 負担の分散はそれなりに出来ていたが、それでも偏りは出てしまうようで、身軽に立ち回るファンとユウが気付き二人を気遣う。返る肯定に未だ危なげは無く、策そのものは上手く行っている事を見て取り灯乃は、囮を務める盾役達へ治癒を集中させる旨を皆へ報せた。
「解ったわ。じゃあ私はお手伝いをするわね」
 彼へと微笑み掛けた陽彩は、転じた目で敵をひたと見据えた。弧を描くままの唇が祈りを紡ぎ、淡い巨手を幾つも顕現させる。敵を捉え、動きを妨げ、皆の負担を少しでも減らせればと、少女の紫瞳は意思の光を湛え静かにきらめいた。また、敵の動きそのものを止められれば同様に動き易くなるとユウは、目に見える効果こそ未だ無いものの続ける価値はあると、敵の手自体を鈍らせる槍の一撃を浴びせる。散った雷光が知らしめる敵の負傷は既に軽いものでは無く、決着までもそう遠くは無かろうとケルベロス達は判断出来た。
 ゆえ、深々見とファンが鎚を振るう。生命そのものを害す重撃をまず一つ、使い手こそ怠そうな所作なれど振るわれる武器そのものは過たず。次には側方から鎖に引かれ、眠る龍がその身でもう一撃を叩き込む。熱が消え大気は凍て、されどそれを破り加熱する追撃があった。
「全開で行くぜ──」
 敵の間近でミミックが高々跳ねた。ごく近い空より雨と降ったのは、実体を持たぬ幾本もの刀。苦鳴を洩らす敵の隙を逃さず、サーヴァントへ命じた主が続く。
「──舞え、朱裂!!」
 両の手に握る二振りの刀に、眩い光が宿る。物質たる刀身を超えて長大に輝く霊刃が、千助の技量で以て神速を刻み踊る。光の弧は見る者の目を眩ませ、敵はそれも同じ事、避ける間も与えぬ刀技が敵の外殻を割り開き体液を零させる。圧せている、と誰もが判り、ゆえにと皆が更に続く──丁度、重ね続けた雷瘴の為に敵の拳も鈍り始めた頃合いだった。
「やってやろう!」
 神太郎が皆を励ました。ゼクシウム、呼ぶ如き声と共に彼の腕が熱を上げ、練り上げた力は回転力を伴い敵をひどく裂き抉る。ファンの肌に燃える竜鱗が鋭く傷を重ね、嘆くに似た敵の苦悶を引き出した。されど攻めを緩めるわけには行かぬとナディアが手を翻す。細い指に揺らめく獄炎が陽炎めいて闇を染め上げ、流星群の如く幾重にも痛みを注いだ。
 それでも敵はまだ、諦めないとばかり膝を折らず。
「よろしゅう、ね」
「……諦め時なんだけど」
 終わらせて来て、と灯乃が月光色の加護をユウへ。敵を睨んだままの七緒が雷の支援を深々見へ撃った。
 まず応えたのは真白の刀。白く白く、担い手以外の手を拒む刃は真空を纏い敵を抉り、かの身に残っているであろう痛みを鮮やかに突きつける。
「──しぶといな」
「だったら……」
 低い声を伴い踏み込んだのは石畳を染める血も体液も、凍り始めたその端すらものともしない靴を纏う彼女の足。
「全部、なくしてあげる」
 されど今牙を剥くのは彼女の空っぽな右手。傷だらけの敵の腕、眼前の一本を無造作に掴んだそれが、静かに静かに赤い体にヒビを入れた。
 憂いは柔らかな掌から感染し。死は、在るべき形を取り戻すが如く。間近に迫った終焉におののいていた彼の身はついに、形を保てなくなり崩れて行った。
「……早く帰って、寝よ」
 やがて深々見は再び空になった己が掌に目を留め、小さく息を吐いた。望んだ通りに遺体も何もかも無くなって、この町を狙った脅威は綺麗さっぱり消え去った。
 辺りには静けさが訪れ、緊張は緩やかにほどけ始め。終えた、と誰かの息が零れた。
「──今大丈夫か? こちらは無事に済んだ、そちらの状況を教えてくれ」
 それをきっかけとしたよう、避難誘導担当達に任せきりにしていた通信が再度繋げられる。
「──全員無事? 怪我人とかは……そ、良かった」
「──ああ、ありがとうな! こっちも全員元気だぜ」
 数名が入り交じり確認する声は、安堵が色濃く明るいものになった。そうしてそれらは、星が瞬き始めた夜空に吸い込まれるよう融けていき、皆へ平穏を知らしめた。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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