黙示録騎蝗~インビジブル・テラー

作者:真鴨子規

●復活の厄災
 夏の日光を存分に浴びた青葉が茂る深緑のドームに、虫たちの大合唱が鳴り響いていた。そこへ波紋をもたらすかのように、金属音にも似た高音が騒いでいる。――信州は塩尻の山中で、異形なるモノたちが列を成していた。
「蘇れ我が同胞よ。この地に宿るグラビティ・チェインを、我らが主、太陽神アポロンに捧げよ」
 螳螂のような鋭い鎌をもたげたローカストの呼び声と共に、せり上がるようにむき出しになった岩上に置かれた宝石が怪しく輝きだした。
 溢れんばかりの光は次第に輪郭を帯びる。それは6足を大地に突き刺し8つ目を煌めかせ、肥大化した胴体を晒していた。
「不足。飢餓。我求、飽食、重力、縛鎖」
 光体が呻く声は、死に際の老体のようだった。
「グラビティ・チェインが欲しければ、自ら略奪してくるのだ」
 鎌が指す先へ、ゆらりと光が蠢いた。かと思えば、光は急速に縮んでいく。
 完全に光が消え去ったとき、そこにあるべき姿は影も形もなく、復活した厄災は人里へと降りたのだった。

●影遁
「ふむ。ローカスト勢力の次なる作戦か。我々は後発部隊となるが、その分敵も強力になっているようだ」
 資料に目を落としながら、宵闇・きぃ(シャドウエルフのヘリオライダー・en0067)は思案顔で呟いた。
「今回君たちが相手取るローカストは、非常に強力なスキル『影遁』の使い手だ。この能力の燃費が悪いせいで、これまでの戦いには参加できず、コギトエルゴスム化していたらしい。今回は、力が維持できる最低限のグラビティ・チェインを与えられた状態で、飢え任せに町の人々を襲いにやってくる。永続的に続く空腹、貪り尽くされる餌――これは恐ろしい状態だ」
 人々からグラビティ・チェインを奪われれば、アポロンの計画の一助となってしまう。今後のためにも、それは絶対に避けなければならない。
「『影遁』は自身を透明化する能力だ。この技によって付与される盾アップがある限り、狙アップが1つ以上付いた者の攻撃、もしくは列攻撃でなければ当てることができない。対策なしでは一方的な敗北さえ招く脅威の異能だ。充分に注意して欲しい」
 事前の打ち合わせを密に行い、戦術を組み立てなければ、勝つことは難しい相手という訳か。
「狙いは長野県、松本盆地の南端に位置する塩尻市。敵が復活した山林にほど近い市街地だ。時刻は夜。街灯はそこそこあるから明かりの心配は要らないかな。とは言え、闇に紛れて『影遁』の能力は最大限に活かされる。要注意だね」
 先に挙がった対処法以外では、まともに戦うことはできないということか。
「敵は、巨大な蜘蛛のような姿をしている。その脚力は驚異的だ。戦場のあちこちに瞬時に巣を形成し、縦横無尽な動きを見せる。一度隠れられたら、攻撃が当たらないのも道理だね。その上、こちらの動きを妨害する能力も保持している。姿を消し、巣を伝って跳び回り、敵を絡め取り、食らい付く。攻撃パターンはそんなところか」
 言ってしまえば、蜘蛛プラス忍者のような戦い方をする敵である。
「グラビティ・チェインが枯渇していると言っても、強敵であることに変わりはない。被害が一般人に及ぶ前に撃破して欲しい。
 それでは発とう。この事件の命運は、君たちに握られた!」


参加者
西水・祥空(クロームロータス・e01423)
フラウ・シュタッヘル(未完・e02567)
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
カティア・アスティ(憂いの拳士・e12838)
鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)
デンドロビウム・トート(黒骸メランコリー・e26676)
嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)

■リプレイ

●白巣の捕食者
「あんまり巣を作られても後片付けが大変なんですがねぇ」
 嶋田・麻代(レッサーデーモン・e28437)が溜息交じりにぼやきながら、その惨状に目を覆う。
 一面が真っ白だった。舗装されたアスファルトも、電柱も、街灯も、家屋も、幾重にも重ねられた白い糸に街中が絡め取られていた。まるで雪でも降ったかのような光景だったが、足元から伝わってくる感触は粘着質で、とてもそんな風情はない。見上げれば、空にもアーチ状の網目が揺らめいていた。
「余裕のない奴らはダサくて危なくてイヤだワ。追い込んだのはワタシたちだけど」
 その暴挙に切羽詰まったものを感じたパトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)は、鬱陶しそうに巣の一部をガントレットで切り払おうとする。しかし糸は千切れる様子を見せず、ゴムのように伸びるばかりだった。
「好餌」
 突然、頭上から嗄れた声が降りてきた。全員が一斉に顔を上げると、1匹の――しかし全長にして優に3メートルはあろう巨大な蜘蛛が巣にへばりついていた。
「侵入、飽和、活力、人型。我欲、美食、頭蓋、体液」
 蜘蛛――蜘蛛型ローカストはきりきりと口を動かしながら、眼下のケルベロスたちを見下ろしていた。
「蜘蛛、か……蜘蛛。あまり、得意ではないが」
 滅するよりないと、嫌悪感を露わにしたデンドロビウム・トート(黒骸メランコリー・e26676)が独りごちると、傍らの白龍『チェネレントラ』が揶揄するように喉を鳴らした。
「チェネレントラ、からかわないで」
 デンドロビウムが殺界形成を発動する。それと同時にカティア・アスティ(憂いの拳士・e12838)が駆け回り、キープアウトテープを広域に張り付けていく。
「蜘蛛、なのに……足が、6本? デウスエクス、やっぱり、謎だらけ、です……」
 カティアがリング状にテープを張り巡らせ、戦場が整う。それと同時に、ケルベロスたちは一斉に武器を構えた。
「食欲は生物の本能ですが略奪はいただけませんね。すみませんが、ここで死んでいただきます」
 フラウ・シュタッヘル(未完・e02567)の合図と共に、マルチプルミサイルが展開、急速上昇を開始する。
 ローカストに向けて殺到するミサイルポッドは放射線状に広がると、一気に集束して敵を包囲する。
 巨体を抱えた蜘蛛は逃げ場を失い、着弾を免れない状況に陥った――かに見えた。
「なんとっ!」
 思わず声を上げたのはウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)だった。その視線の先で、蜘蛛は忽然と姿を眩まし、ミサイルは標的を見失って空へと抜けていった。
「ほほう、ローカスト忍法影遁の術とな。敵ながら見事――」
 ウィゼは好戦的な笑みを浮かべ、親指で下唇を擦る。そのまま目を走らせるも、敵の痕跡1つ見当たらない。
「それほどグラビティ・チェインが欲しいのでしたら、私を倒して奪うとよろしいでしょう」
 西水・祥空(クロームロータス・e01423)が勇んで挑発するも、ローカストは姿を現さない。それどころか、微かな気配すら感じさせない。まるで完全にこの場から退散したかのようだったが、そのような楽観をするような者はここにはいなかった。
「もし仕える相手が違ったら、あんな使い捨ての駒みたいな利用のされ方はしなかったのかもしれないけど……」
 鏑木・郁(傷だらけのヒーロー・e15512)は哀れみを込めた瞳で空を見る。
 残された数少ないローカストは全て、太陽神アポロンに道具のように使い捨てられている。藁をも掴むような思いで、唯一残された希望に縋り、尖兵として放たれる敵に、憐憫を抱かずにはいられなかった。
 それでも、罪のない人々を殺させるわけにはいかないから。
「アポロンの計画を挫くためにも、ここで倒させてもらう!」
 郁はやりきれない心情を胸に、レガリアスサイクロンを放つ。

●シャドウ・シーク
「みんな! 次の攻撃が来る前に、なんとしても『影遁』を打ち消すんだ!」
「分かりました――郁さん!」
 揃って散開する郁へ、祥空が掌を向ける。技の始動と共に、言い知れない悪寒が祥空を襲う。それが敵の行動故なのか、『エイムインフェルノ』の微酔なのかは分からないが、それを押し切り祥空はクロムシルバーの炎を立ち上らせる。
「我等こそは地獄の番犬。錨を巻き上げ、第五の牙を解き放て――」
 炎は郁を包み、感覚を鋭敏化させていく。意識は360度を瞬く間に制圧する。風が糸の隙間を吹き抜ける微かな高音が、パノラマの視覚に映り込むかのよう。
「恐らく、巣を跳び回って移動しているのです。糸の微かな揺れを捉えてください」
 フラウが微笑みのまま指揮を執る。この広い住宅街で、姿なき捕食者が闊歩する恐怖を見過ごすわけにはいかない。厄災はここで、確実に防がなければならないのだ。
「姿が見えないのはある意味僥倖。あんなのがひゅんひゅん跳び回っていると思うと……」
「同感、です……。このまま、いなくなって……欲しい、くらい、ですけど……」
 1つ身を震わせてデンドロビウムが前衛にメタリックバーストを撃つと、カティアが更に重ね掛ける。
 敵の使う『影遁』は、単に姿を消すだけの能力ではない。列を網羅する面の攻撃か、狙アップの特殊効果を付与された攻撃以外では当てることのできない、そういうグラビティだ。攻撃の手数を減らしてでも、補助に回る人間は最低限必要なのだ。
「……そこ! いま不自然に揺れまシタ!」
 パトリシアが指差す先へ、麻代が弾けるように駆けていく。
「そちらが影遁ならこっちだっていきますよ! 火遁! 火遁! 火遁!」
 麻代が炎の両刀で巣をバツの字に斬る。炎は勢いよく燃え移り、5つ分の網を焼き消した。敵は――どうやら逃げたようだ。狙アップが付いていれば命中率100パーセント、という訳には流石にいかないらしい。
「影もない――光さえ透過する術か。原因を取り去れば容易い相手と思うておったが、これは難儀なことじゃの!」
 ウィゼの操る黒のインベンジョンが敵陣に食らい付く。だが敵の姿はまだ見えてこない。敵は翻弄し疾駆するキャスター。そう簡単に捉えられる相手ではないのか。
「上です!」
 フラウの叫び。飛来する『スパイダーネット』。その射線上に立ちはだかるカティア。発射位置を狙い撃つフラウの気咬弾。一瞬の攻防に目まぐるしく戦場が混ざる。
「まだ当たりませんか……!」
「い、いやああ……! べたべた、します……! もう、ほんと、無理、です……!」
 攻撃が直撃したカティアにとっては、技のダメージよりも粘着質の糸の方が深刻なようであった。その表情に悲壮感が漂うも、なんとか気を正して後列へのメタリックバーストへ繋げる。 
「援護します! フラウさん、次は当ててください!」
 祥空が再び『エイムインフェルノ』を使う。更に強化された超感覚に、期せずしてフラウと祥空は同じ類の酩酊を味わう。
「ワタシがキュアに専念シマス。敵の攻撃は気にせず、どうぞ攻めてクダサイ!」
 パトリシアの全身から立ち上る桃色の霧が、未だ絡みつく糸に悪戦苦闘しているカティアを助ける。糸の捕縛が蒸発して、ようやくカティアは人心地付いた様子だ。
「よっし、上等! これなら後ろの心配はない! ぶち抜け――!」
 ドラゴニックハンマーを砲撃形態に変え、轟竜砲を放つ郁。その攻撃は幾重にも重なった糸を破砕していく。
 すると、何もなかったはずの空間に、闇夜よりも黒い物体が一瞬明滅する。掠り当たりではあったが、相応のダメージを与えた筈だ。
「ひっ」
 中衛にメタリックバーストを掛けていたデンドロビウムが喉を引きつらせる。嫌なものを見てしまった、という顔だ。それを尻目にチェネレントラがタックルするも、これは回避される。チェネレントラは勢い余って巣の中に突っ込んでしまった。
 半透明状態のローカストは乱反射する光のように移動すると、また姿を消してしまう。敵の能力はまだ継続している。
「はっ! そろそろその皮、剥いでやるとしようかのっ。刮目せよ! これが『世界法則さえ捻じ曲げる、あたし理論なのじゃ(ルールディストラクション)』!」
 ウィゼの咆吼と共に空間がねじ曲がる。電柱と電柱の間に張られた巣の一部が裂けると同時に術が解け、蜘蛛の肢体が剥き出しになる。
 ローカストは地面に転がり落ちて、6本の脚をバラバラに細動させる。
「根性ぉ!」
 地獄の炎を纏った『根性平手打ち』で、麻代は膨れ上がったローカストの腹部を強打する。
 バチン、というその衝撃で飛び跳ねるようにローカストは上空の巣へと戻り、再び『影遁』で姿を隠す。
「押しています。このまま攻めましょう。次は、確実に決めます」
 フラウの号令と共に、狙アップを目一杯付けた盤石の布陣は、再び闇を渡る巨大蜘蛛と対峙するのだった。
 
●意地
 戦いは混戦を極めた。
 敵は単体だが、姿を伏せるその戦術から、パトリシアたちは多方面から敵に囲まれているも同然の対応を強いられた。どこから来るか分からない攻撃に、常に背後を警戒しての連携が要求されている。
「後方、敵の気配ナシ」
「12時から9時の方角、確認――敵、いません」
 その点、攻撃の命中精度を上げ、副次的に鋭敏化した五感で敵を探す行うフラウたちは、充分に各員の役割を果たしていた。透明化した敵の位置を特定するまでには至らないが、8人それぞれが分担して索敵し、虱潰しにしていけば、自ずと敵の居場所をある程度まで絞ることができる。
 確認が済んでいない、しかし全方位から見れば十二分に狭くなった領域から噴出する蜘蛛の糸を、チェネレントラが滑り込んで防ぐ。余裕のある防御だ。次の手に移る行程も滑らかだ。
「癒せ、穿て」
 チェネレントラの背後で、デンドロビウムが清浄の『治癒・列』を詠唱する。癒しの波動が撒き散らされた粘着糸を浄化し、戦闘の憂いをなくす。
「む――祥空さんっ、近くへ行ったぞ!」
 微かな兆候を頼りに、ウィゼが注意を呼び掛ける。とっさに身構える祥空の前に、麻代が躍り出る。
 麻代が呻き声を上げ、急停止する。よく見れば、防御に回した左腕の袖が破れている。敵は――目の前だ。
「なら――疑似餌ぐらいの役目でも果たしませんとね」
 右腕の刀で、敵がいると思しき場所を深々と突き刺し、地面まで貫き通す。手応えあり。麻代は凄まじい抵抗に遭うが、歯を食いしばって堪える。
「影遁、破らせていただきます」
「ローカスト共の悪だくみ、今打ち崩そうぞ!」
 祥空とウィゼの挟撃が、麻代の前方――ローカストを直撃する。激しい叫声と共に蜘蛛の、麻代に食らい付きながらも胸元近くを刀で通貫された姿が浮かび上がる。
「いい的いい的。これは攻め時ですネ」
 パトリシアのトラウマボールの集中砲火が、ローカストを追撃する。その攻撃に紛れるように、郁が突っ込む。
「ここで確実に仕留める――喰らい尽くせ!」
 近接の大技『餓狼の咆哮(グリーディア・イーター)』――具現化した黒炎の暴狼がローカストを襲撃する。横からの豪風のような一撃は刀の拘束をも解き放つ勢いで襲いかかり、ローカストは大きく跳ね飛ばされる。やがて糸にまみれたコンクリートの塀にぶつかると、それを破砕音と共に粉々に砕きながら崩れていく。
「皆さん、警戒を怠らないように。逃げられては元も子もありません」
 フラウが言うが早いか、ローカストは瓦礫を吹き飛ばして大きく跳躍し、戦場からの離脱を図った。それは稲妻のような俊敏さで巣を跳び伝っていく。
「逃がしません……! 当たって、ください……!」
 一瞬にしてスミレが戦場を覆い尽くす。鎌鼬の如く鋭利な刃となった無尽の花びらが舞い、ローカストの勢いを殺す。『不可避のマンジュリカ』。数え切れないほどの裂傷を負い、ローカストは堪らず落下し、地上に激突する。
「これで、最後、です……!」
 花弁は寄り集まって群体となり、流星のように押し寄せて、ローカストを圧殺した。
 さらさらと風に乗って、街を覆っていた巣が消滅していく。それに代わるように、季節外れのスミレが粉塵のように巻き上がって咲き誇る。
 それは、苦しい戦いに勝利したケルベロスたちに贈られる祝花のようだった。

作者:真鴨子規 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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