悪逆の花

作者:七凪臣

●戯れ一幕
 錆びれかけたトタンの壁を極彩色で塗り潰した空間には、濃い血の匂いが漂っていた。
「……や、やめてくれっ」
 床に這いずり懇願するのは、耳に幾つものピアスを下げた全身傷だらけの若い男。
 彼を囲うように、壁際には幾人もの青年たちが立っている。しかし、真の恐怖は数ではない。
「アー、玩具一つじゃぁあっという間に遊びおわっちゃう~」
「嫌、だ。死に、たくねぇ。お願いだ……」
「聞こえなぁい」
 虚ろな眼が救いを求める先は、全身が植物化した異形の青年。されど彼は命乞いを一笑に付すと、ツルクサの茂みの如き形態に変化させた左手を鞭のように撓らせ、掴まえた男の首をギリギリと捩じ上げる。
「あ、あ……」
 先細って行く呼気。
「……!」
 だが、不意に響いた乱暴な足音にしゅるりと拘束が解けた。
「おいっ、大丈夫か!?」
「テメーら全員まとめてぶっ殺してやる」
 駆け込んで来たのは、血みどろの男の仲間らしい数人の若者たち――だが。
「ヤッター! 獲物が、たくさん~!」
 吹き荒れる殺気の嵐に、異形の青年は狂喜する。

 果たして結末は、想像通り。
「もうお終い? 誰かまた適当なの連れて来てよ」
 仕上げたばかりの骸を前に、異形の青年はさもつまらなさそうに肩を竦めると、手下の青年たちへ『次』を強請った。

●討つべき者 茨城県かすみがうら市。
 のどかだった街が若者の街へ急劇な発展を遂げたのは、近年のことだ。
 そして、この『若者の街』で若者のグループ同士の抗争事件が多発しているのは、更に最近のこと。
 ただの抗争事件なら、ケルベロスが出る幕ではない――が、その中に、デウスエクスである攻性植物の果実を体内に受け入れ異形化してしまった者がいるなら、話は変わってくる。
「えっと、大変なんです!」
 緩やかなウェーブを描く茶色の髪の間からぴょこりと黒い耳を覗かせるパンダのウェアライダーでありヘリオライダーの笹島・ねむは、居合わせた面々へ向けて元気よく全身を使って凶事のあらましを語り出す。
 曰く、アウトローな若者たちで構成されたグループの中に、ケルベロスしか討てぬ相手がいるらしい。
 咲州・蓮。
 とあるグループを率いる彼もまた、攻性植物と融合し異形化した者の一人。
 手下に対立するグループの一人を拉致させ、根城にしている街外れの廃工場に監禁して仲間を誘き寄せる餌にしつつ、嬲り殺しにしようとしている。勿論、餌だけでなく、釣れた獲物丸ごと全員。
「本当にひどい人なんです!」
 うるり大きな瞳を潤ませたねむは、ぐっと両手を握りしめて語気を強める。
「ですから、みんなには蓮って人をやっつけて来て欲しいんです。大丈夫、ねむがお話したことはねむが『予知』した事ですから、まだ現実にはなっていませんっ」
 そう、ねむが語ったのは未来の出来事。
 今ならば、現実にせずに済む惨劇。
「昼間は街をうろうろしているみたいですけど、夜になったら蓮は必ず廃工場に戻ってくるみたいです。仲間もいっしょですけど、その人たちはケルベロスのみんなが戦い始めたらびっくりして逃げて行っちゃうと思うからへっちゃらです」
 蓮以外の若者たちは普通の人間なので、ケルベロスの脅威になりはしない。放っておいても尻尾を巻いて散り散りに逃げ出すだろう。
 唯一の不安と言えば。
「もしかすると、その人たちを盾にしようとするかもしれません」
 卑劣ゆえ、ありえる可能性にねむはしょんぼり表情を曇らせた。
 蓮に追随するガラの悪い連中だとしても、一般人である事に変わりない。多少の灸を据える程度ならいいかもしれないが、命まで奪わせるのは仕置きがきつすぎる。
「ま、わしらが行くんじゃ。きっと何とか出来るじゃろう」
 だが、その不安を居合わせたガイバーン・テンペストが磊落に笑って吹き飛ばす。
「はい! みんなならきっとってねむも信じてます! 悪いデウスエクスをやっつけて来て下さいねっ!!」

 蓮に力を与えし攻性植物、コードネームは『デウスエクス・ユグドラシル』。
 さぁ、ケルベロスの出番だ。
 己が正義に従い、敵を討て。


参加者
朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)
福富・ユタカ(ゆるふわ系忍者・e00109)
ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)
叢雲・宗嗣(ほのか・e01722)
エンデ・シェーネヴェルト(飼い猫・e02668)
御子神・宵一(御先稲荷・e02829)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
マリア・ヴァンガード(メイドオブホーネット・e04224)

■リプレイ

●火蓋
 夜陰を撫でた翼をふわりと畳み、リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)は砂利と砂が混ざった大地に舞い降りる。
「出入口は表に一つ。裏にもあるにはあるのですが、廃材が積まれていて開閉は出来ないようです。そして蓮様は、その廃材付近に。配下の方々は、概ね蓮様の周囲にまばらにいらっしゃるようです」
 打ち捨てられた工場ならば、綻びも少なくない。リコリスが垣間見たのは、屋根に出来た隙間からの内部事情。
「それなら、どーんと突入して蓮一直線で行けそうだね」
 分かりやすい配置は、踏み込むに易し。
 ウォーレン・ホリィウッド(ホーリーロック・e00813)が人の好い笑顔で頷くと、リコリスと同じように空から窺って来た事をマリア・ヴァンガード(メイドオブホーネット・e04224)がもう一つ付け足す。
「半グレ達を逃がす経路も一つですから、誘導はしやすいでしょう」
「つまり蓮殿を抑えてしまえばこっちのものってござるな!」
 旅団仲間のマリアの弁に、福富・ユタカ(ゆるふわ系忍者・e00109)はゴーグルの奥に仕舞った瞳を輝かせた。
 実に『敵』を御しやすい戦場だ。しかしそれは裏を返すと、『誰か』を甚振るのにも適していた場という事にもなる。
(「……趣味が悪いな」)
 蓮の嗜好に思いを馳せ、朽葉・斑鳩(太陽に拒されし翼・e00081)は僅かに眉根を寄せた。
 何故、ユグドラシルもこんな相手に――否、こんな性質だからこそなのだろうか。
「さ、行こう。これ以上、被害は出したくないしね」
 憂うる想いは胸に秘して、赤銅色の髪に白い鬼灯の花を咲かせた青年は錆びた鉄の扉に手をかけた。

「邪魔ー。どいてー」
 チラリと流す視線の先には、突然の闖入者たちの姿に眼見開くガラの悪い若者たちの姿。
 彼らのこれまでの所業を思えば、ちょっとくらい痛い目を見てもイイんじゃない? と思いつつ、ウォーレンは一歩出遅れた者たちを押し退けて突き進む。
「人命第一だからー、さっさと逃げてね? じゃないと、どーなっても知らないよ?」
「なっ、テメーら何モンだっ!?」
 察した変事に生じるざわめき、定型通りの脅し文句もケルベロス達にとっては安いもの。
「死にたくなければここから失せろ……。俺は構わないんだ……纏めて斬っても、な……」
 ゆらり立ち昇る焔のように叢雲・宗嗣(ほのか・e01722)が足を止める。
「はぁ!?」
「何言ってんだ、こいつ――」
 有象無象が粋がっていられたのも、ここまでだった。尻切れ蜻蛉になった語尾は、全身を貫いていった殺気と剣気のせい。
「この場から立ち去れ」
 反抗心どころか気力迄をも奪い、宗嗣は静かに命じる。覚悟の足りない半グレ達には、それで十分だった。
 よろり、若者たちが廃工場の出口を目指す。
「……へェ?」
 目の前で起きている出来事を正しく理解したのだろう、廃材の玉座に君臨した異形の青年――蓮が短く舌を打って立ち上がる。盾を、纏う為に。
「……行かせない」
 しかし、その思惑が成るより早く御子神・宵一(御先稲荷・e02829)が家伝の太刀を抜いて斬り掛かる。
「え~、それならサァ」
 一方を封じられたなら、別角度から。するり身を転じかける蓮。だが、そう動くだろう事も予測済み。
「それはさせないよ。どこまで卑劣になれば気が済むんだ」
 新たに滑り込んだ斑鳩が、勢いそのままに電光石火の蹴撃を見舞う。これは惜しくも躱されたが、行く手を阻む壁と為れれば先ずは良し。
「いないいない、ばぁ」
 続いて駆け寄ったユタカがクイっとゴーグルを下ろす。現れたのは、橙の瞳。
「――っ」
 鮮やかに煌めく双眸に、蓮は一瞬、身を竦ませた。

「逃げろ、殺されるぞ」
 急かすエンデ・シェーネヴェルト(飼い猫・e02668)の声に背を押される半グレ達に、マリアとガイバーン・テンペスト(ドワーフのブレイズキャリバー・en0014)が付き添う。
 振り返る後方はしっかりと仲間たちが固めているが、予想外が何時だって起こり得るから、可能な限り迅速に彼らを蓮の手が届く場所から遠ざけなくてはいけない。
「さぁ、どうぞ」
 唯一の脱出口である扉を守っていたリコリスの手招きに、一人二人と廃工場を出て往く。そうして、ここまで至れば更に新たな手が彼らへ伸べられる。
「こっちです」
 支援に駆けつけていたエルが灯り遠い暗闇を先導し、
「悪く思うな」
 足の遅い者は、拳が怪力無双で放り投げた。多少の怪我はするかもしれないが、命より大事なものはないし、万一の時には流浪の旅人から病魔の退治法を教わったヴィランが癒し手として待機している。
「では、後はお任せして良いでしょうか?」
「楓さんにお任せっすよ」
 光溢れる喧噪の場へ戻ろうとするマリアの願いを、楓はどんっと胸を叩いて請け負った。

 キィキィと吊られた電灯が頭上で唄いながら、極彩色に塗り上げられた空間を照らす。
「ちょっとやんちゃが過ぎたみたいだな」
 そこだけ闇を纏うような黒い首輪を巻いた喉を鳴らし、エンデが蓮を睥睨する。
「力に酔って覚悟もせずに散々嬲って殺して来たんだから、因果応報って奴だ。遠慮は要らねぇ――さて、総員、馬鹿の雑草駆除と行こうか」
 猫にも似たしなやかな踏み込みからの拳、しかし受け止めた青年はくつり笑う。
「ま、いっか。うん」
 異形化した体躯を興奮に震わせる蓮の眼は、さながら獲物を前にした蛇の如く。されど、臆するような者はこの場にいない。
「一凶、披露仕ろう……」
 静けさは宗嗣の反意まで。直後に響いた耳障りな哄笑と共に、廃工場は激戦の地へと変貌を遂げる。

●悪逆
 全身を覆うのは柔らかな人肌ではなく、ごつごつとした樹皮。腕や脚、頭からは枝が伸び、辛うじて原型を留めるのはフォルムのみ。
(「痛々しい姿でござるな……」)
 両手に握る二刀の刃を舞うように振るい、間近に見る『人』とはかけ離れてしまった姿にユタカは長い前髪に隠れる眉を僅かに顰めた。
 されど、ユタカには同情も憐みもない。
「エンデ殿が仰った通りでござる――全ては因果応報。人を呪わば……という奴でござろう」
 醜い姿も、心の顕れならば。屠るに躊躇う理由が、何処にあろう?
「そういう事じゃねーの」
 同じ意を抱える女の言葉に、エンデが宿主の生命エネルギーを喰らう戦闘植物を蓮へけしかける。
「好きに言えばいいさ!」
 だが、享楽主義者の余裕は変わらず。蠅を追いやるような仕草で毒を仕込もうとする棘を払う。
「ならば、好きにさせて頂きます」
 美醜が価値観の物差しであるマリアにとって、蓮は何一つ思う所のない相手。故にクラシックなメイド姿も相俟って少女めいた容貌の少年は、気負う事なく小型治療無人機を前衛たちへ差し向けた。
 そんな仲間たちの中にあって、リコリスだけは胸を痛める。
 蓮の本性は悪だ。それは分っている。しかし、攻性植物の力を得なければ、彼の命の在り様も変わったのではないだろうか?
 全ては仮定の話。救えないのも承知している――ならば。
「蓮様。どうか、これ以上罪を重ねるのはお止め下さい……!」
 止める事こそ、唯一蓮の為に出来る事と信じ、藍の瞳に悲哀を湛えた女は物質の時間を凍結する弾丸を放つ。
 けれども、そんな慈しみさえ非道な男へは届かなくて。
「罪? 知らないよ。だって、僕は愉しんでいるだけだもの!」
 甲高く言い放った蓮は、ずぶりと足を地面と融合させた。そして一気に戦場を侵食した埋葬形態が、前に立つ者を次々と飲み込んでいく。
「うわー、流石にやるね。リコリスさん、回復をお願いだよ」
「はい」
 圧倒的な力を前に、ウォーレンが繰り出した両刀のチェーンソー剣も躱された。だが、人当たりの良い青年は常のペースのままに状況を俯瞰する。
「でも、次は命中する」
 果たして、それは正しかった。後方から、一気に距離をつめて蓮へ襲い掛かったのは宗嗣。雷帯びた閃きが、異形化した樹皮を弾き飛ばす。
「他者を尊重しない者は、それ相応の報いを受ける」
 即座に続いた宵一の台詞に、ぴくりと蓮が眉を上げた。
「ねぇ、さっきから何? 僕に説教?」
「いいえ、事実を述べたまでだ」
 嘲りを隠さぬ態度に此方は怒りを秘さず、頭上の耳を低く伏せて宵一は己が牙とも爪とも言える美しき刀を蓮へ突き立てる。
「故、殺さえし神の身に生りし物」
 保食神の祝福――敵の力を喰らい己の力と為す業。ずるり命を吸い上げ、宵一は得物を引き抜く。
 ぶわり、吹く血潮。だが、尚も蓮は涼しげ。
「人の命は、お前の玩具じゃない」
「そうなの?」
 急加速した斑鳩の重い拳を受け止め、きゃらり笑う。とは言え、恐怖と共に育った斑鳩にとって現状は心折れるものではなく。
「そうだ。だから、俺達が相手してやるよ」
「イイネ! そういうのも、キライじゃない」
 抗いの姿勢崩さぬ獲物の様子に、蓮は歓喜する。

「いっくよ~!」
「マリアめがそんな事はさせません」
 腕から転じたツルクサで、蓮が狙った相手はユタカ。が、縛めの茂みは前へ滑り込んだマリアに絡み付く。
「うちの子に何をする!」
 庇われたのなら、仕返すのは護られた者の役目。みしりと締め上げられる音を打ち破るよう、ユタカは力強く踏み出し凶刃を舞う。
 戦女神の心は、未だ蓮の側にあった。
「――ッ」
 覚束なくなる意思に、エンデは裂帛の気合を叫ぶ。
「リコリス、さん。お手伝い、するの」
「ありがとうございます」
 魔法の杖を掲げたメーラの申し出にリコリスは感謝を返しつつ、自身も仲間達をオーロラのような光で包む。
「皆様の傷は全て、癒します……!」
「あっはは、大変~」
「――そうでしょうか?」
 浮かれ調子を、宵一の凪いだ声と冴えた刃が両断すると、また一部、蓮の身の護りとも言う木肌が削げ落ちた。
「力に酔って飲まれる者は、決して強くはなれない」
 すかさず斑鳩が振り上げたのは、祭壇にして武器にもなる巨大な腕。
「罪だけを重ねて、何もかも……自分自身も、滅ぼすだけだ」
 叩き込むと同時に放射された霊力の網が、奢る青年を緊縛する。
「此処が蓮殿の峠でござ!」
 大きな成果は残せずとも、堅実な歩みは無駄にはならない。
 時は至れり。
 ユタカは軽やかに跳躍すると、ジグザグに変形させた刃で深々と蓮の肉を斬り刻んだ。

●散華
「逃がさないよー?」
 ウォーレンの声が引き止めた訳ではないだろうが、前列をまとめて薙ぎ払う筈だった蓮の攻撃は、仕掛ける前に不発に終わった。
「くそっ」
 たんっと一部瓦礫と化した地を蹴り優美なホンドギツネの尾を靡かせて、宵一が蓮に肉迫する。翳した太刀は空の霊力を帯び、鮮血溢れさせる傷痕を更に広げた。
 焦れる時は、既に終わり。返る確かな手応えに、ケルベロス達の士気は高まってゆく。
「うぐっ」
 蓮を咽させたのは、斑鳩の電光石火の蹴り。晒された腹部を容赦なく攻められ、異形化した男の顔が醜く歪み、息も上がる。
「貴殿相手に使い捨てできる程、安い武器ではないでござる」
 舞う風の如く俊敏に、蓮の真横へすっくと立ったユタカは、身を翻しざまに二本の刃で斬撃を繰り出すと、離脱のステップに合わせて得物の尾へ結わえた和風の飾り紐を引いて紅の飛沫の軌跡を描いた。
 そして怒涛の連撃は、留まる事を知らず。
「さっきはよくもやって下さいましたね」
 ユタカの流れを継いで、マリアがスカートの裾を躍らせる。何より許せないのは、捕縛の撃に際し服に埃をつけられたこと。
「僕の怒りを教えてあげます」
 漏れた一人称は、静かな戦意の顕れなのかもしれない。ドロワーズの間から伸びる脚をすっくと振り上げ、マリアは地獄の炎を纏わせたエアシューズを蓮の頭上へ叩きつけた。
「――さようなら、美しい世界にお別れを」
 一度見れば忘れられなくなりそうな鮮やかな青い瞳で蓮を眺め遣り、エンデが両の手で異形へ掴みかかる。秘されていたのは、手指の延長線の如き鋭い仕込み爪。素早い挟撃は、眼前の『敵』を確実に殺し尽くす為の技であり、発動の言葉はエンデからの唯一の餞。
「ぐあぁぁっ」
 身を千々に引き裂かんとする激痛に、蓮が絶叫を迸らせる。
 その姿を、リコリスはやはり哀れだと思った。同時に、少しでも早く苦痛から解き放とうと、凍てる破壊の力を振るう。
 ガイバーンも懸命に駆けていた。誰もが、その瞬間を待ち望んでいる――否、確信している。
「違う、ちがう、チガウ! こんなのは、違う!! 遊ぶのは、僕だ!」
 ズズッと蓮の足が、踏み締めた地に融けていく。爆ぜる、まとめて薙ぎ倒す力。だが、幾度か目にするそれを、宵一はするりと躱す。
「お前の好きなようになど、させるものか」
「うん、その通りだね」
 宵一の低い呟きを耳に、ウォーレンは頷くとにこり微笑んだ。
「今日も銀河に雨が降るから、一緒に泣いて――踊ろうよ?」
 己が力で降り出させた雨に紛れ、ウォーレンは蠱惑的な所作で蓮を翻弄しながら撃を繰り出す。互いに濡れた頬は、涙のよう。但し、蓮は悲運を、ウォーレンは抑えきれない歓喜を溢れさせているのかもしれないが。
「その首、貰ってくぞ……」
 嫌悪感剥き出しの宗嗣の一閃に、蓮が思わず喉元を抑えたのは、彼の生への執着心だろうか。されど、彼がこれまで弄んだ命を思えば、正に因果応報。
「――」
 すっと、宵一が納刀したままだった二振り目の斬霊刀を抜き放つ。一の太刀と対になる美しき刃。
 そうして二刀を構えた宵一は、それらを一気に振り下ろし、生んだ衝撃波を蓮へと迸らせる。
「嫌だ、イヤだ、いやだ、いやだぁぁぁあ……っ!」
 細く消え行く子供じみた駄々は、断末魔。
「……人を活かすも、殺すも……全ては使い手の意思次第」
 当然の報いを受けた蓮の結末を締め括るよう、宵一は血振りを終えた刃を鞘へと納めた。

●摘芽
 廃工場に、日常と変わりない夜の静寂が戻る。
「無事に務めを果たせてよう御座いました」
 真紅のリボンバレッタをつけた頭をやや下げる姿勢で、マリアは衣服についた埃を丁寧に払いながら安堵の息を吐く。
「落し物も、ないみたいだしね」
 念の為にと周囲を歩き回ったウォーレンも、怪しげな種や苗などが見当たらない事に、ほわりと微笑み胸を撫で下ろした。
「にしても、このままにしておくのは忍びないかのう?」
 ちらりガイバーンが水を向けたのは、頭上で揺れる電灯にゆらゆら影を踊らされている砕けて凸凹になった床。
「では、此方も直して参りましょう」
「私もお手伝いします」
 仕事に忠実なメイドらしくヒールを請け負ったマリアに、リコリスもそっと倣う。
 静かに施される癒しの力により、平面に戻って行く地面。ただし、完全に元通りではなく、何処か不可思議な名残を刻んで。
(「……蓮様の眠りが、どうか安らかでありますよう」)
 癒された事で芽吹いた花を瞳に映し、リコリスは胸裡で逝った青年の冥福を祈る。
 罪を憎んで、人を憎まず。
 そんな言葉もあることだし、きっと彼にも心根が曲がる何らかの理由があったのだろうと――そう想いつつ。

 かくて廃工場を後にしたケロべロス達。されど帰路につく前に、もう一仕事。
「今って、こういう事件が増えてるからさー次はー君らの番かもね」
 くいっと喉を掻き切るウォーレンのジェスチャーに、ひぃぃっと情けない悲鳴が上がる。
 哀れな声の主は、蓮の手下だった半グレたち。いまいち状況が掴めなかったのか、はたまた腰でも抜けたのか。廃工場から少し離れた所でたむろっていたのだ。
「そうだぜ、気を付ける事だな。特に、夜道とか」
 無言で立つ宗嗣と宵一に並び、エンデが人懐っこい笑顔を向けると、彼らは更に縮み上がる。
 こういう時は、どうやらスマイルの方が効果は覿面らしい。瞳が冴えた光を湛えているなら、なおさらに。
「何なら、いますぐキッツーイお灸を据えてやるでござ!」
 良い機会でござるしな、とユタカが上半身を押し出すように折ってねめつけたが最後、半グレたちは銘々の叫びを上げて一目散に逃げ出した。
 夜闇に間抜けな尾を引くその声は、ひどく情けないもので。
 ばたばたと足音五月蠅く走り去るその背中を、斑鳩は手に負えない年下の弟たちを眺めるような視線で見送る。
「彼らもこれで懲りてくれるといいんだけど……」
 苦笑いに混ぜた斑鳩の願いのような呟きは、きっと裏切られることはないだろう。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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