慙愧のファン・ズール

作者:林雪

●喚ばれる魂
 岡山県、岡山市内のとある交差点、深夜。
 教会のシスターに似た装いで現れたのは『因縁を喰らうネクロム』である。
 彼女の周囲には3体の怪魚が、2メートルはあろう長い体を互いに絡ませあうように宙を泳いでいる。
「ここで死んだのね、不退転のファン・ズール。戦いでケルベロスと縁づいたあなたが、死の瞬間何を思ったのか、興味があるわ」
 呟くとネクロムは、怪魚たちにサルベージを命じた。
「さぞや無念だったのでしょうね……」
 恍惚とした笑みだけを残し、ネクロムは闇の中へと消えていった。
 3体の怪魚は青白い光を放ちながら、空を泳ぐ。尾を引く光の軌跡はやがて魔法陣を浮かび上がらせ、そして。
『ギャ、ギャ……』
 魔法陣の中心に召喚されたのは、先の黙示録騎蝗と称したローカストの侵攻においてケルベロスに倒されたローカスト、不退転侵略部隊ファン・ズールだった。ギンヤンマ型であることはかろうじてわかるものの、変異強化の影響で銀色だった体色は黒く濁り、長く鋭い日本刀のようだった翅は気味悪く歪んでしまっている。そしてその目からは、知性の光は完全に失われていた……。

●ファン・ズール再び
「女性型の死神の活動が確認された。場所は岡山県岡山市市街地」
 ヘリオライダーの安齋・光弦の説明を引き取ったのはザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)だった。
「先に、我々が倒したファン・ズールという名の戦士がどうやら、サルベージされてしまったようなのです」
 ザフィリアたちが戦ったまさにその場所で『ファン・ズールの残滓を集めて死神の力と融合させ、変異強化型デウスエクスとして持ち帰れ』という命令をしてネクロムは姿を消したらしい。
「私たちが戦った時とは違い、変異強化されたファン・ズールにはもはや知性は残っておらず、会話などは出来ない状態だということです……」
 複雑な表情を浮かべるザフィリアを慰めるように頷いて、光弦が続けた。
「ファン・ズールはギンヤンマ型のローカストだ。攻撃方法は以前とほとんど変わらないようだけど、変異強化されてるせいでパワーも攻撃性も前より増してる。おまけに、弱い個体とはいえ配下に死神が3体。侮れないよ」
 周辺の避難指示は既に出されており、周囲の安全は確保されている。ザフィリアが何かを決意したように前を向く。
「戦って、破るしかないようです。一度死した誇りある戦士の魂への冒涜、許してはおけません」


参加者
水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)
吉柳・泰明(青嵐・e01433)
ロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)
深山・遼(烏猫・e05007)
リン・グレーム(銃鬼・e09131)
マリアローザ・ストラボニウス(サキュバスのミュージックファイター・e11193)
ザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)
キーア・フラム(黒炎竜・e27514)

■リプレイ

●再会
「……死神め、相変わらずおぞましい事をする」
 深山・遼(烏猫・e05007)が、己の記憶違いを疑いたくなったのも無理はない。
 憐憫に思わす眉を寄せる彼女の瞳に映るのは、つい先日同じ場所で『不退転侵略部隊』としてその命を散らしたはずのローカスト、ファン・ズール。その、変わり果てた姿だった。
 遼と、隣で同じものをじっと黙したまま見つめているザフィリア・ランヴォイア(慄然たる蒼玉・e24400)のふたりは、先日ファン・ズールを撃破した戦いに居合わせたメンバーである。
 太陽神アポロンの手駒として一度死に、今また死神の手駒として禍々しい姿で復活させられた、ローカストの戦士。
「気に入らないわね……」
 キーア・フラム(黒炎竜・e27514)の黒い髪、黒い瞳がゆらりと揺れる。怒りの矛先は当然、生物の意思を無視した死神のやりくちに向けられている。
「……許し難い。戦士としての誇りまで失くした姿を晒し続けては、それこそ無念であろう」
 吉柳・泰明(青嵐・e01433)が知らず刀の柄に手をかける。ここまで歪められた魂の救済の方法を、彼は他に知らない。
「一刻も早く、片を付けよう」
「折角、眠りについた筈ですのに。酷い事をするものです」
 マリアローザ・ストラボニウス(サキュバスのミュージックファイター・e11193)の声にも、哀れみが滲む。どこか歌を思わせるその声に感じ入ったか、水無月・鬼人(重力の鬼・e00414)は愛用のハットを深くかぶり直して呟く。
「地球はおろか、地獄にも居場所がない、か」
「例え神敵と言えど、死すれば安らかに眠らせてやるべきだ。それがいかな罪を犯していようと、だ。――今一度、眠らせてやらねばならぬ」
 ロウガ・ジェラフィード(戦天使・e04854)の力強い声にちいさく頷き、ケルベロスたちはそれぞれに胸の内の思いを戦う力へと変える。
「一度倒れた戦士を利用しようとする……相変わらず虫唾の走る連中だことで」
 努めて軽い調子を保ちながら、リン・グレーム(銃鬼・e09131)は先から黙しているザフィリアの横顔を伺い見る。ふと、その唇が自嘲的に歪んだ。
「死時を逸した者は無様です。醜悪です」
 ザフィリアの言葉に一瞬驚いたように目を見張るリンだったが、意味を問うのは後でも出来ると前を向く。
 3体の怪魚が宙を舞う、その中央から。
 ファン・ズールが獣の息を吐きながら、ケルベロスたちに近づいてきていた。

●獣
 死神たちの白い体はふわふわと、ケルベロスたちの神経を逆撫でるようにひとつところに落ち着こうとはしない。打って出るのか、それともファン・ズールを盾に後方支援にまわるのか。
 動きながら推し量るしかない、とロウガが刀を抜いた。
「行くぞ! 時空の理、この刃にて封ず!!」
 ブン! と振り抜いた一閃から、凍結弾が1体の死神へと放たれる。
「ディノニクス、奴らを引き離せ!」
 自身のライドキャリバーに指示を告げながら、リンは仲間を守る位置に立ちはだかる。理性も知性も失ったファン・ズールが放ってくるだろう、凶暴な一撃をすべてその身に受ける覚悟で。
『……ギャ、ギャ』
 不気味な声は不退転の武人としての矜持を語ったと同じものとは思われず、遼は嫌悪感から秘かに肌を粟立てた。その気配を察知したのか、鬼人が殊更大きく武器を構えて、炎弾をファン・ズールに見舞う。そして普段の気だるげな物言いとはすこし調子を変え、派手に言い放った。
「生まれた星に帰れず、死んだ後もこの扱い……せめての手向けだ、俺と深山で少しの間付き合ってやろう!」
「……鬼人さん」
 鬼人の言葉に遼はいつもの自分を取り戻し、目の奥に強い光を宿す。見据えるのはファン・ズール。秘めた怒りは、その向こうへ。
「……しばらくお相手願いたい。退屈せずに済むだろう?」
 低いエンジン音を響かせ、遼のライドキャリバー、夜影がディノニクスと戦場で交差する。死神とファン・ズールを極力引き離し、まずは死神を排除すべく全員が動く。
「その牙、此処で全てを、断つ!」
 泳ぎ回る死神たちの姿は、まるで歪な魂の形そのものだった。泰明が召喚した刀剣の煌きは、彼自身の視線にも似た真直ぐさで死神たちに降り注ぐ。3体を巻き込んだ攻撃に、確かな手応えを感じる。その間に、敵の隊列を確かめるマリアローザ。
「後ろに、くっついている気ですね……貴方達は先に逝きなさい」
 だがその時、戦場に不気味な声が響く。
『ギャ、ギャァア!』
 怒りなのか苦しみなのか、ファン・ズールの咆哮から感情を読み取る術はなかった。醜く黒ずんだ体から伸びたアルミの牙が狙いを定めたのは、遼。
「つッ……!」
 遼のライダースーツが裂け、鮮血が散る。傷の深さを見てとったロウガがすかさず印を組む。
「平気、だ。これしきで倒れては、防御は担えまい……」
 気丈に振る舞う遼の姿に、味方の刃は研ぎ澄まされる。
 マリアローザの深く青い瞳が、どこか冷たく侮蔑を含んで死神たちを見つめ、惑う群れにキーアの槍が降り注ぐ。
 激しさを増していく戦場を、ザフィリアの足先は軽やかに駆け抜けていく。
 と、死神たちが空に向かって泳ぎだす。
「何事……?」
 とキーアが見上げれば、まるで3本の柱が立ったかのように縦に並んだ死神たちが、一斉に回転を始めた。うち1体はそのままくるくると風に弄ばれる紙のように回り続け、受けた傷を癒していくではないか。
「超回復……?」
「来るぞ!」
 ロウガの声に、前列が散る。残る2体の死神が、絡まり合って同時に黒く禍々しい毒玉を放ってきたのだ。先の傷のためか、一瞬遅れた遼が被弾する。しかし。
「舞うは許しの花、癒しの円環――祝福の五色、其の身に宿りて闘う力に――時の理、我が意に答えよ、巻き戻れ!!」
 ロウガの詠唱とともに5色の花弁が飛び散り、遼を取り囲む。走り回るディノニクスを足場にし、リンも素早く駆け寄った。遼が受けた傷が瞬く間に癒され、戦線は問題なく維持される。
 表情薄くも謝意を示し、遼が味方に情報を伝える。
「変異強化の影響だろうな、すごい力だ。防御を固めていなければ2発がいいところだろう」
 明らかに、生前のファン・ズールよりも強い。ただしその怪力は、知性の光と引き換えに無理やり植え付けられたものだ。
「……だろうと思ったよ。まあ、やるだけやってみるさ」
 鬼人は怖れることなく囮として作戦を遂行する。斬熊刀を片手で振りかざし、ファン・ズールの鼻先に叩きつけた。雷のような怒号が響く。
「奔れ!」
 急ぎ、魚を仕留めなくてはならない。泰明の声に応じて呼び出された荒々しい黒狼の影が狙うのは、最初にロウガが傷を与えた1体だった。雷を宿した牙が、白い体を引き裂く!
 だが、その技の出し終わりを狙ったかのように。
『ギャアッ!』
「しまった!」
 引付け役の鬼人の元から突如身を翻し、ファン・ズールの歪んだ翅が、泰明のわき腹を裂いた。
「う……ぅッ、か、まうなッ」
 深手、それでも歯を食いしばる泰明。まだ、戦える。
「結構な戦士だった、というのは嘘ではないようですね……!」
 マリアローザが一瞬迷うが、戦場で己の役割を見失う彼女ではなかった。腰のナイフを短く抜き、その刃に映した敵は先に泰明が斬りつけた死神。同じ個体に狙いを定め、黒い地獄の炎を渦巻かせるキーア。彼女たちの役割は、あくまで敵を射抜くことだ。
 ザフィリアがファン・ズールの前に飛び出し、槍を操りうまく距離を取りながら足止めする。その横を駆け抜け、リンが泰明の傍らへ詰め、身を盾にした。
 緊張感を走らせるケルベロスたちを嘲笑うかのように、死神は回復の舞を泳ぐ。
「落ち着け……焦ることはない!」
 己に言い聞かせるようにそう言い、ロウガが再度回復術のための印を組む。状況は見えている。敵の位置も見えている。己の回復術は、決して死神ごときに引けを取るものではない。
 遼も手を貸し、泰明を立て直す間、鬼人は果敢にファン・ズールを挑発する。
「つれない奴だな、俺が相手してやってるってのに!」
 決して不利に陥っているわけではない。反撃の狼煙は、夜影のガトリングで1体目の死神が散ったところから上がった。
『ギャギャァア!』
 鬼人に挑発され、ファン・ズールは上空高く跳ねた。恐るべき脚力から繰り出される必殺の蹴りは、読んでいたとはいえ決して軽くないダメージを鬼人に与えた。
 だが、包囲は完成している。ロウガと遼が主に治療に当たり、防御陣はサーヴァントたちと協力しあってファン・ズールの動きを最低限に封じた。
 アルミの牙が空しく空を裂き、その間にマリアローザはちいさく歌を口ずさみ、舞い踊るように鎌を振るい回す。2対目の死神の体が、刃に当たり散り散りになっていく。
「あと1体!」
 キーアが目端をつり上げる。今回の事件の首謀者、死神たちへの憤り。それらはすべて、彼女の手の中の黒い炎に凝縮される。
「私の炎は決して消える事の無い黒炎……塵一つ残さず燃え尽きろッ!」 

●慙愧
 最後の死神1体が消滅し、いよいよ深夜の戦場に残されたのは、かつてファン・ズールと名乗った異形の獣のみとなる。
『ギャ、ギャ、オギャ!』
 怒り、錯乱したファン・ズールは闇雲にアルミの牙を振り回し、ときに自らの肉体をも傷つけ始めた。その様子を見たマリアローザ、がいたましげに呟く。
「……その死の呪縛から、解放してみせます……!」
 鬼人、遼、泰明はそれぞれ傷を負い、リンは彼らの盾となるべく足を止めず疲弊しきっていた。回復術を唱え続けたロウガも、遠距離からの斉射を続けたマリアローザとキーアも、疲れていないものなど誰もいない。
 倒れた者はおらずとも、ギリギリの戦場であることは間違いない。バランスが崩れればあっという間にひっくり返る可能性がある。
「皆、力を振り絞れ!」
 ロウガが声を張り、全員の火力はただ1体の敵へと向けられる。黒く濁った体色、腐れた翅。胸元を美しく彩っていた強者の証のような水色は見る影もない。
 命があれば、さぞ恥じたのだろうと泰明は思わずにいられない。
 もはや引き付け役ではなく、対峙し本気で討ち取るのみと、鬼人が越後守国儔を構えた。
「……我流剣術『鬼砕き』、食らいやがれ!」
 激しい斬撃からの刺突。だがかつて分厚い装甲であったろう胸部は、ぶよぶよと薄気味の悪い感触のみを残した。今戦っているのは完全に壊すしかない『モノ』なのだと、鬼人は改めて悟る。
 ボロボロと、ファン・ズールの体が崩壊し始める。しかし、歪な翅は最期のときを迎える直前に激しく開き、ザフィリアの腕をザクリと斬りつけた!
「……アァっ!」
 備えていたとはいえ、苦痛は大きい。
「ザフィリア! くそっ!」
 守りきれなかったと悔しげに表情を歪めながら駆け寄ろうとするリンを、ザフィリアが片手で制した。流血する腕を押さえ、ゆっくりと足を出す。
「……さぁ、踊りましょう。死の舞踏を。ヴァルキュリアが誘うは冥府。お付き合い頂きますよ、ファン・ズール」
 戦場の空気が一瞬止まったような、透明な風とともにザフィリアは舞う。
 最後の攻撃の口火を切って、鬼人と遼が跳んだ。左右から交差するような打撃と斬撃、それらがぶつかった地点へ今一度、泰明の奔狼が吼えかかる。
 獣の声が響き渡る。だが、ケルベロスたちは戦いを止めない。止められない理由が、彼らにはある。
「この黒炎は、あなたへの手向け……」
 キーアの炎が妖しくも哀しく渦巻いた。それを振り払おうと暴れるファン・ズールの動きを凍結させたのは、ロウガ。
「煌めけ! 決意を宿した略奪の光、奪い去る者……ザ・ロバー!」
 冷凍光線に当たったファン・ズールの体は一瞬全身が薄い氷に覆われ、次の瞬間まばゆいまでの光の粒となって砕け散ったのだった。

●葬送
 砕けたファン・ズールは、何になったのだろう? 
 戦闘後、そんな疑問を遼は抱いた。灰か、あるいは水蒸気の一滴? いずれにしても、もはや苦しむことはないはずだと信じたかった。
 戦いを終えた戦場は静かなものだった。皆、あまり言葉を発さない。
 泰明は、死した魂も此の地の人々も次こそゆっくり休めるようにと、願うばかり。
「お疲れ様、今度こそ仲間のもとに召されますよう……そして、貴方も仲間も死神に操られることが無いよう願います」
 マリアローザが鎮魂の歌を口ずさむ。その音色を聞きながら、キーアがそっと黒い睫毛を伏せた。
 ザフィリアは弔いの酒を一滴、地面へと垂らす。
「私も、貴方も、死時を逸した醜き亡霊なのですよ。――でも、生きてさえいれば、それを糧に学び取ることは出来ます。名誉と矜持を取り戻す機会だって必ず来ます」
「……」
 リンは彼女の言葉を傍らで静かに聞き、今しばらくそのままでいることにした。
 それぞれが、胸の奥の思いを噛みしめる。戦いの果てに待つもの、その成れの果て。そんな不吉な言葉すら浮かぶ戦いだったせいかも知れない。
 しばらく皆、その場に佇んでいた。動けなかったのかも知れない。
 しかし。
「……あのさ」
 と、鬼人が仲間たちの顔を見て、ぱっと明るい声を出した。
「この後一緒に、飯でもどうだ」
 どこにも居場所をなくした魂。その弔いを済ませた後は、せめて自分たちの『居場所』がどこであるのかを、手繰り寄せたくなったのかも知れない。場の空気がふっと緩んだ。
 

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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