ゲジゲジゲジゲジ!!

作者:木乃

●恐怖の節足動物
「あぁぁ……やだやだやだ、ほんっっっとどこから湧いて出てきやがったんだよ!」
 ぶつくさと愚痴をこぼす男は、アパートと地面の境目にしゃがみこんで粉末状の薬品を振りまいていた。
 薬品は主に害虫を寄せ付けないようにする為のものだ。
「まさか家ん中でゲジを見ることになるとは……」
 思い出すだけでも背筋に悪寒が走る。
 楕円状の胴体に、四方に伸びる細長い脚、素早いながら音もなく動く挙動は、まるでB級SF映画の異星人のようだ。
「あー気持ち悪い! 二度と出てくんなよ!?」
 吐き捨てるように残りの殺虫剤を振りまいた男は、屈んだまま固まった背筋を伸ばそうと立ち上がる。
 ――同時に、背後から強い衝撃に襲われた。
「……え?」
 視線をおろした先には背中から胸にかけて貫く鍵。しかし、出血もなく痛みもない……冷静になる間もなく、男の意識は遠のいていく。
 倒れた男を見下ろすドリームイーターは高笑いをあげた。
「不快感まるだしって感じだったね、あなたの『嫌悪』はどんな姿を見せてくれるのかな」
 好奇の視線を送る第六の魔女の足元、男の横から嫌悪は形作っていく。
 ……その姿は男の嫌悪していたもの、そのものだった。
 
「あぁ、鳥肌が立ちますわ」
 オリヴィア・シャゼル(サキュバスのヘリオライダー・en0098)が真っ青な顔で唇を震わせていた。
 集まったケルベロス達が心配そうに声をかけると、ハッとしてオリヴィアは姿勢を正す。
「失礼しましたわ、苦手なものを見てしまったもので……皆様、ゲジという生き物をご存じですか? ゲジゲジ、のほうが解る方も多いでしょうか」
 その一言で想像してしまった者は表情を引き攣らせており、オリヴィアは再び身震いする。
「どうも苦手なものへの『嫌悪』を奪い、事件を起こすドリームイーターがいるようですの。件のドリームイーターは既に姿を消しているようですが、奪われた『嫌悪』を元にした、怪物型ドリームイーターが生まれてしまいましたのよ」
 まさか、その怪物型って。
「……ゲジ型ドリームイーターですわ、被害が出る前にこのドリームイーターを撃破してくださいませ」
 ドリームイーターを倒せば被害者の意識を取り戻せるというが……ケルベロス達のストレス耐性も試されてる気がする。
「ゲジ型ドリームイーターは被害者宅の近くにある林に潜んでいるようです。周囲に市民は居ないようですので、避難誘導の必要もないでしょう」
 集中できるとはいえ、問題のドリームイーターは不快感と嫌悪感の塊のような存在である。
 説明するオリヴィアですら、申し訳なさそうに説明を続けていた。
「ゲジ型ドリームイーターは1体で行動していますわよ、姿は全長2mくらいのゲジですわね。攻撃手段は巨体をぶち当てる突進に、細長い触角を伸ばして絡みつかせてきますの。きわめつけは噛みついて体力を吸収するところでしょうか……意外と素早いので気を付けてくださいませ」
 アレが等身大で迫ってくると思うと、しばらく夢に出そうな……!
 しかし悲しいかな……ここで引いてはドリームイーターの思うツボなのだ。
「皆様に酷な依頼を申し伝えていることは重々承知しておりますが、ケルベロスでなければ解決できない事件でもありますの。なんとか駆除してくださいませ」
 もし余裕があれば、ドリームイーターの生まれた場所に被害者も倒れているので、撃破した後に介抱して欲しいとオリヴィアは頭を下げた。 


参加者
福富・ユタカ(殉花・e00109)
珠弥・久繁(病葉の刃・e00614)
オルガ・ディアドロス(盾を持つ者・e00699)
仁宮・誠(ヴァンガード・e00924)
フランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975)
国津・寂燕(刹那の風過・e01589)
空木・樒(病葉落とし・e19729)
シャルローネ・オーテンロッゼ(訪れし暖かき季節・e21876)

■リプレイ

●こんな虫とりはいやすぎる
 ケルベロス達は予知された林の近くまで輸送されると、件のドリームイーターを捜索し始めた。
 まだまだ蒸した熱気の立ち込める時季であるが、林の中は風通しよく、適度な日陰もあって昼でも過ごしやすい。
「林って聞いてたけど、土は堆肥じゃなさそうだね」
 国津・寂燕(刹那の風過・e01589)が足元に不安がないかを確かめ、シャルローネ・オーテンロッゼ(訪れし暖かき季節・e21876)も眉に沿って手を添え、林の奥を見渡す。
 異様にそわそわしているのは、心の準備をいくらしても、し足りないからだろう。
「き、木の間隔も広くて、フランツさんが両手を広げても余裕がありそうですよ!」
「はは、上手い例えだな」
 巨漢のフランツ・サッハートルテ(剛拳のショコラーデ・e00975)が感心している中、一人だけ複雑な顔をしていた。
「ゲジゲジ……人は嫌悪を抱くらしいが益虫なんだがな……」
「でも、まぁ……あのビジュアルだからなぁ」
 オルガ・ディアドロス(盾を持つ者・e00699)が思案する傍らで、仁宮・誠(ヴァンガード・e00924)が溜め息混じりにこぼす。
 「脚か? あの脚が駄目なのか?」とオルガは誠を問い質すと、ゲジの有用性について教え始めた。
 ……とはいえ『台所の黒い悪魔』と生存競争する光景は、エイリなんとかVSプレほにゃららに近い。
 主にどっちが勝っても素直に喜べない辺りが。
(「ゲジゲジゲジゲジ……うぅ、ぱぱっと終わらせるでござー!」)
 福富・ユタカ(殉花・e00109)の目線は前髪で隠れているのだが、実は落ち着きなく動き回っている。
 慣れている人でない限り、やはり視界に入れたくはないだろう。
 しかし、大きさが大きさである。
「毒性のある虫なら興味が湧くのですけれど……ただ大きいだけのゲジゲジなんて、さすがに不快です」
「他人の嫌悪を利用するなんて、相変わらずイイ趣味だよねぇ」
 慣れている人こと、空木・樒(病葉落とし・e19729)ですら柔和な笑みも陰り、肩を竦めていた。
 珠弥・久繁(病葉の刃・e00614)も皮肉った笑みを浮かべ、心情を吐露する。
「それより、まだ見つからねぇのか?」
 オルガの解説に懲りてきた誠は話題を逸らそうと、他の者に話を振った――そのとき。
 ……ガサリ。
 頭上から葉が数枚落ちてきた、色はまだ若々しい緑。
「「「……」」」
 全員の視線が一斉に上を向き、ここだけ暗いことが分かる。
 ――いや、暗かったが正しい。
 何故なら、影を作っていた『何か』が動きだしたからだ。
「噂をすれば……」
「……早速、嫌なものを見つけてしまいましたか」
 久繁は不愉快そうに眉間にシワを浮かび、シャルローネの口元は引きつった。

●地獄の番犬VS悪夢の等身大ゲジゲジ
 ドリームイーターは木の葉を大きく揺らすと、新緑の雨を降らしながら現れた。
 滑らかに動く十数本の脚に、濁った鈍色の巨体は曲線を描いて揺れる。
「予想以上に気持ち悪いでござるな! ここは一旦距離を置くでござる!」
 生理的な嫌悪感を催す見た目と挙動に、ユタカの珠の肌は一瞬にして鳥肌と化す。
 寂燕達の間を駆け抜けながらオウガメタルの光粒子を散布したユタカは、黒い太陽を形成し始める。
 その間、樒は懐から特製の粉薬を取り出し
「わたくしの目の届く範囲で仲間を倒させるなど、叶わぬ望みと心得てください」
 シャルローネとユタカに向けて秘薬を振りまき、すぐに次の薬を用意する。今日は希少な薬の大判振る舞いとなりそうだ。
 ドリームイーターは無数の脚を巧みに操り、木々の間をすり抜けてオルガ達の周りを巡る。
 その姿は、餌場に迷い込んだ羽虫を狙う捕食者のよう。
 オウガ粒子で感覚を研ぎ澄ますフランツの呼吸に合わせ、間合いを詰める寂燕が死天八重桜を抜くと、八重の桜が宙を舞う。
「いやほんと、近くで見ると一層強烈だな」
 正確な狙いをつけた寂燕が脚の一本に傷をつけると、粘つく黒い体液が溢れだす。
「き、気持ち悪いですー!」
 迅速な行動を心がけるシャルローネだが、いざ目の前にすると直視することが憚られた。
「大丈夫です、私……当てて離れればいいのですよっ」
 自身に喝を入れたシャルローネは、幹を踏み台に距離を詰めると、長大な図体に痛烈な飛び蹴りを食らわせ、離れ際に傷つく節足を削ぎ落とす。
 怯んだ隙に、魔皇の大盾を携えたオルガが接近し、惨殺ナイフを突き立て
「貴様は害でしかない」
 冷たく吐き捨てると、複数の突起が浮かぶ刃で何度も突き刺し、裂傷を創っていく。
 暴れるドリームイーターはオルガを全身で突き飛ばすと、再び走り始める。
「気色悪ぃんだよ、チョロチョロすんなっ」
 見た目だけで嫌気がさしている誠と久繁が、ドリームイーターを追走し、先に踏み込んだのは誠だった。
 降魔の力を滾らせた拳で胴の創傷を殴りつけ、続けて蹴りあげようと利き足を振りかぶる。
「もう一発――」
「危ない!」
 誠に伸びる触角の前に久繁が飛び込み、右脚を捕らえられると、触角はそのまま締めつけ始めた。
 捕縛した獲物をじりじりと引きずり、迫るドリームイーターの複眼と視線があう。
「ホント、悪趣味な連中だよねぇ……!」
 骨の軋む感触に顔を歪めながら、久繁が御業を招来すると、ドリームイーターは至近距離で火球の餌食となる。
「治療のついでに驚かせてあげましょうか」
 バトルオーラで練りあげた気功弾を樒が放てば、久繁の捕縛は解かれ、締められた右脚の痛みも和らいでいく。

 動き回るドリームイーターの脚を止めて、捕まえてを繰り返し、寂燕達は着実に体力を削っていた。
 ドリームイーターも狙いを違えるたびに、辺りの木を突き倒し被害を拡大させる。
 ユタカは体液をしたたらせ爆走するドリームイーターを、具現化した黒い太陽で照らしだす。
「スナイパー希望にして本当に良かった……っ!」
「私も今回ばかりは、気持ちに余裕がありませんので!」
 収まらぬさぶいぼを抱えるユタカの一撃に、ドリームイーターは目を眩ませ、狙いを定めたシャルローネは白鎌を大きく振りかぶって、刻まれた傷口に食い込ませる。
「攻撃するほど見た目が酷くなりやがる……」
 誠が辟易するのも無理はない。
 切り傷、刺し傷、熱傷、その他諸々を帯びながら体液をまき散らし、走り回ってるのだ。色々と精神にクる。
 フランツが鋭く蹴りあげた瞬間を狙い、誠は一足飛びで間合いを詰め
「さっさとくたばれ」
 重力と闘気をまとう回し蹴りを見舞うが、寸でで視覚を取り戻したドリームイーターは頭上を飛びこえた。
 標的を失った一撃は太い幹を一撃で破砕し、薙ぎ倒す。
「うねうねと動くせいで、予備動作も見分けにくいです」
「意外と素早いって言われてただけはあるな」
 予測のつかない動きに微かな苛立ちを覚えながら、樒は弾き飛ばされた寂燕に電気治療を施す。
 足音もなくドリームイーターが久繁に突進すると、オルガがシールドでせき止めた隙に
「トラウマにトラウマをつけるっていうのも乙なものだろう?」
 死暈の刀身を閃かせ、久繁に狙いを定めていた複眼へ性善説の骸を放つ。
 直撃を受け、脚を不規則にバタつかせるドリームイーターに向けて樒が駆けていく。
「こういう汚れ仕事こそ、私の役割と心得ています」
 樒が螺旋の力でプレッシャーを与えると、肉体を活性化させた寂燕が追随し
「おじさん、見てるのもキツくなってきたぞ」
 振りあげた毒椿で、新たに脚を斬り落とすと
「刃を向けるのも躊躇うねぇ……だが仕方ない、せめて桜花と共に散らしてやろう」
 短句に似た詠唱で武装に重力を込めて、寂燕は死出のあだ花を散らしながら容赦ない連斬を刻み込む。

 脚は不揃いに落とされ、体液まみれでテカるゲジゲジの姿は形容しがたいほどの不快さをみせる。
 墨色の体液は派手に飛び散り、樒達をも汚していく。
「せ、拙者、我慢の限界でござー!」
 ゴーグルを黒染めされ、ユタカは嫌悪感が限界突破したのか、前線に飛び込んで両手の得物で傷だらけのドリームイーターをさらに滅多刺す。
「にーらめっこしーましょ!」
「大丈夫か、ユタカのやつ……?」
 シトリンの瞳をちらつかせ、刃を押し貫くユタカの姿に寂燕も思わず心配の声をもらす。
 ユタカの猛攻で消耗した体力を補おうと、ドリームイーターはオルガに向けて大口を開く。
「これより攻勢に移る―」
 牙が幾重に並ぶ腔内に大盾を押し込み、このまま封殺してしまおうと試みるが、ドリームイーターは勢いよく吐き出す。
「さ、もう一押しいこうか」
 自己修復に失敗したドリームイーターをさらに追い込むべく、寂燕は最上段に構えた愛刀を縦一閃、霊気の一振りは桜花の剣気を残し
「この子達はちょっと乱暴者、ですよ」
 次いでシャルローネも夜の案内人を呼び出して、三体の小人が太鼓のように乱れ打ち、とれかけた脚を次々と叩き落とす。
 残った脚は両手で数えられるほどで、足取りも不安定だがドリームイーターは走ることを辞めない。
 フランツめがけて猛進する軌道を、割り込んだ久繁は弾かれながら無理やり逸らさせる。
「大丈夫か?」
「これくらい、誰かが傷つくよりマシだよ」
 身を挺して庇う久繁に向け、樒は賦活の雷球を放つ。
「もうさっくり決めてしまいましょう」
 冷めた様子で言ってのける樒に頷き返し、久繁の活力に満ちた肉体が御業を呼び寄せる。
 ひと際大きな業炎が疾駆し、苛烈な火焔でドリームイーターを焦がす。
「お前の顔も見飽きたっつぅか、虫とじゃれあう趣味はねぇんだよ」
 苦悶するドリームイーターに、今度こそと、誠は蹴り足に気迫を込める。
「……喰い、穿くッ!!」
 龍牙閃脚は、その名の如くドリームイーターの深い傷を蹴り抜くと、長い胴を真っ二つに両断する。
 数度の痙攣ののち、ドリームイーターは溶けるように姿を消していった。

●ストレス耐性は上がった気がする
 誠のクリーニングで砂埃や体液を落としてもらったフランツ達は、木々に修復を施すと、被害者が居るアパートへ向かった。
 庭先で倒れている若い男を見つけると、シャルローネは慌てて抱き起こす。
「……あ、れ?」
「どこか、痛むところはありませんか?」
 気遣わしくシャルローネが覗く傍ら、久繁も身体に異常がないか確かめる。
「傷らしい傷はなさそうだねぇ」
「うーん……強いて言うなら、嫌な夢を見てた気がするんだけど……?」
 その点については、触らぬ神になんとやら。
 事態を把握できていない男に、デウスエクスにつけこまれた事だけを伝える。
「いいか、ゲジというのは益虫と言って害虫を駆除する存在でもあるのだ」
 ゲジの有能さを語りだすオルガの弁舌に、男は困惑していた。
「うーむ、中々に強烈な敵でござったな……」
「これだけ不快感を与えられるというのも、逆に感心致しますね。早く忘れてしまいましょう」
 胸を撫で下ろすユタカはげんなりしており、樒も今日の出来事を忘却の彼方へ追いやることにした。
 遠巻きに様子を眺める誠と寂燕も、肉体より精神的な疲労を感じている。
「今後もあんな奴が出てくるのかと思うと、溜め息しか出ねぇな」
 こみ上げる疲労感に項垂れる誠をよそに、寂燕はくるりと背を向けると
「あとは若い者に任せて、おじさんは美味い酒に慰めてもらうとするよ」
 と後ろ手を揺らしてその場を去っていく。
 無口なオルガの珍しい饒舌ぶりは見物だが、男の助けを求める視線がチラチラと樒やシャルローネ達に向く。
「あ、あの、良さはいっぱい伝わったと思うので、おいとましましょうか!」
 シャルローネの提案に反対する者はなく、オルガも語り尽くして満足なようだ。
 真夏の日差しは僅かに傾き始め、もうもうと立ちのぼる入道雲が見下ろしている。
 夕立の気配にユタカ達は、足早く帰宅の途についた。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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