生・理・的・嫌・悪・感!

作者:秋津透

「もー! イヤー! サイテー!」
 愛知県一宮市の公園。
 半ベソをかきながら、若い女性がシャレた靴を脱ぎ、公共水道の水を出して流水で洗う。靴の底には、悪臭を放つ黄色い汚物がべったりついていて、水で流すだけではなかなか落ちない。そう、彼女は不覚にも、散歩の途中でイヌのンコまともに踏んじゃったのであった。
「まったく、もー! なんでこんなことに! 信じらんないー! サイテー! ……ひっ!」
 際限なく愚痴こいていた女性の声が、不意に途切れる。その心臓を手に持った鍵で貫いたのは、12人のドリームイーターの魔女の集団「パッチワーク」の魔女の一人、第六の魔女・ステュムパロスであった。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
 乾いた笑いを洩らすと、ステュムパロスは女性の心臓から鍵を引き抜く。女性は意識を失って、くたくたと地面に倒れ伏し、その傍らに一体のドリームイーターが出現した。
 その姿は、何か塊が重なったような形に短い手足が生えて、大きな鍵を持っているが、全身のほとんどをモザイクに覆われているため、何が何だかよくわからない。
 しかし、姿が判明しなくても、その周囲に漂う凄まじく強烈な悪臭が、それが何者なのかを物語っていた。
「クソッ、クソッ、クソッ……」
 既にステュムパロスの姿はどこにもなく、自分が生まれてきたことそのものを呪うような唸りとともに、排泄物のドリームイーターは公園の外へと歩を進めようとしていた。

「愛知県一宮市の公園に、ドリームイーターが出現します。最近頻発している『嫌悪』の感情を奪って現実化したもののようですが……これは、その、汚物への嫌悪を現実化したもののようです。汚物……えー、排泄物……その、つまり、ンコです」
 もう、勘弁してほしいです、という半分泣きそうな表情で、ヘリオライダーの高御倉・康が告げ、プロジェクターに地図と画像を出す。
「現場は、ここです。ドリームイーターは、えー、とにかく凄まじい悪臭を放っているので、意識のある人はすべて全力で逃げ出しています。気絶してしまった人もいるようですが、ドリームイーターが倒れた人に直接攻撃をすることはないようです」
 そう言って、康は一同を見回す。
「ドリームイーターは、例によって鍵を持っているので、これで斬りつけてくると思います。モザイクを飛ばしての攻撃や治癒も、たぶんあるでしょう。そして……少なくとも皆さん、ケルベロスは、悪臭や汚物貼りつけなどで、実質的な被害を受けることはありません。受けるのは嫌悪感だけ……ですが、やっぱりイヤですよねぇ」
 ほんとにもー、と、康は溜息をつく。
「ドリームイーターは、公園から市の中心部に向かってゆっくりと歩き出しています。今はまだ、逃げる途中の人が事故を起こした、等の知らせはありませんが、大勢の人が逃げ出したら、事故が起きる確率もあがります。できるだけ早く捕捉して、撃滅をお願いします」
 そう言って、康は深々と頭を下げた。
「何の因果でこんな奴と戦わなくてはならないんだ、と嘆かれるのはわかります。しかし相手は、腐ってもデウスエクス、ケルベロスの皆さん以外には対処に仕様がありません。どうか、よろしくお願いします」


参加者
フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)
星喰・九尾(星海の放浪者・e00158)
ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)
殻戮堂・三十六式(祓い屋は斯く語りき・e01219)
空鳴・無月(宵闇の蒼・e04245)
モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)
三上・詩音(オラトリオの鹵獲術士・e29740)
サラキア・カークランド(アクアヴィテ・e30019)

■リプレイ

●えー、何と申しましょうか
「これは……ひどい……」
 現場に降下すると同時に、空鳴・無月(宵闇の蒼・e04245)が呻いた一言が、今回の一件に対するケルベロスたちの想いを、ほぼ代言していた。
「早く……倒さないと……!」
「敵は、あそこだ。まだ、公園から出てはいない」
 殻戮堂・三十六式(祓い屋は斯く語りき・e01219)が、的確、かつ物憂げに指摘する。
「キープアウトテープを張っておこう。敢えて近寄る者もなかろうが」
「警察と消防は、既に出動しておる。だが、デウスエクスと遭遇するわけにもいかぬし、充分な数のガスマスクの用意もないようで、遠巻き状態で止まっておるな。対毒ガス装備持ちの自衛隊も動いておるが、こちらは遠いので、まだ到着しておらぬ」
 関係各所に連絡を取っている星喰・九尾(星海の放浪者・e00158)が、どこか他人事のように淡々と告げる。
「まあ、わしらが奴と戦って足止めし、戦場がキープアウトテープで限定されれば、その外での救助活動はできよう。そのように、命じておくわえ」
「では、こちらのすることは、まず足止めですね」
 持参の防毒マスク『ポイズンガード』をかぶりながら、モモコ・キッドマン(グラビティ兵器技術研究所・e27476)が事務的に応じる。
「これも仕事です。行きましょう」
「うん、そうね……たかが……デウスエクス1匹……逃がさない……」
 あまりにも酷い臭いに半分涙目になりながらも、フラジール・ハウライト(仮面屋・e00139)がうなずく。
「……でも、でも……」
「行くよ」
 モモコ同様、防毒マスク『ポイズンガード』をかぶった無月が、一同を促す。ガド・モデスティア(隻角の金牛・e01142)モモコ、フラジールと続き、三十六式は外へ迂回しキープアウトテープを貼る。
 最年少のサラキア・カークランド(アクアヴィテ・e30019)が、やはり防毒マスク『ポイズンガード』を装備して続き、三上・詩音(オラトリオの鹵獲術士・e29740)はサーヴァントのウィングキャット『コロ』を先に立てて、空中を浮遊しながら進む。
 そして、全員が動きだしたのをきっちり見定めてから、九尾は悠然と最後尾に付く。
 すると、キープアウトテープを巡らしている三十六式が、独言とも九尾に尋ねるともつかない口調で言った。
「相手の目的は嫌悪感か。もっとも仕掛けた張本人は、今この場に居ないみたいだが」
「そうじゃな。もしも隠れて見ておるようなら、何とかして引きずり出してやりたいものじゃがのう」
 高みの見物は、己がするもの、ドリームイーターの魔女ごときにやられとうはないわ、と、九尾は油断のない視線を広範囲に走らせる。
 その間にも、先行突進したメンバーは、悪臭を放つドリームイーターと接触する。
「くっ!」
 防毒マスクの下で眉を寄せながら、無月は愛用のゲシュタルトグレイブ『夜天鎗アザヤ』に空の霊力を帯びさせ、ドリームイーターに斬りつける。
「クッソーッ!」
 濁った絶叫、ぬちゃっとした嫌な手ごたえとともに、モザイクの中から大量のハエがうわんと飛び出す。ケルベロスに実害はないが、ものすごく嫌だ。
(「さすがに、この敵は、ヤダ……」)
 声には出さずに呻き、無月は飛び退いて間合を取る。代わってガドが飛び込み、螺旋の力を帯びた掌を真っ向から打ち込むが。
「クソーッ!」
「うわぁ!」
(「こ、この敵相手に敢えて近接肉弾戦というのは……本人がやるというなら止めはしないけど……」)
 あまり見たくもない、描写したくもない、クソミソな状況が発生してしまい、モモコは半分呆れて内心呟く。彼女は孤児で、悪劣な境遇で育ち、汚れ仕事の経験も豊富だが、それだけに、汚れ仕事にはそれなりのやり方があるのも知っている。
 一方、そういう苦労をしていないわけではないが、できる限りは回避してきたフラジールは、このあまりに酷い状況に、ブチ切れて叫び出す。
「いやだー! 帰りたいー! だってくさいだもん! どうしたらいいのこれ! ハエもワンワン飛んでるし! モザイクかかっててよかった!」
 ヒステリックに叫びながら、フラジールは氷河期の精霊を召喚、ドリームイーターに吹雪を叩きつける。本来、広範囲に影響が及ぶ集団相手の戦法で、単体に与えるダメージは弱いが、とにかく、冷やして固めて悪臭を弱めたいという一心のようだ。
(「生まれてから綺麗な生活しかしたことがないんだろうなぁ……この人たち」)
 声には出さずに呟きながら、モモコは斬霊刀『イズナ』を抜き放って高々と構える。
「急ぎ……決める!」
 汚れ仕事の経験があるからといって、長々とコンナモノと付き合いたいとは思わない。モモコは早々と必殺技『一之太刀(イチノタチ)』を放ち、一部凍った敵を全力で斬り伏せる。
「ク、クソーッ!」
 濁った声で喚くと、ドリームイーターは、そこだけはモザイクに覆われていない鍵を振り回してモモコに斬りつけたが、そこへ詩音のサーヴァント、ウィングキャットの『コロ』が飛び込んで身代わりになる。
「あ、ありがとう」
 かばってくれたウィングキャットに、モモコは礼を言ったが、マスターの詩音は妙に冷たい声でサーヴァントに告げる。
「頑張って傷つき、汚れなさい。それがお前の仕事よ」
(「……いや、確かにそうなんだろうけど」)
 なんだかなあ、と、モモコが首をかしげる間にも、九尾が石化光線を、そしてサラキアが必殺技の『悪食(スネア)』を遠距離から放つ。
「足元注意、ですよ?」
「クソーッ!」
 ドリームイーターの足元に水が流れ、鎌の形を取って足を切り、動きを止める。そのままジャーッと押し流しちゃえ、と、フラジールが呟いたが、さすがにそこまでの力はない。
 そして詩音は、冷たい言葉とは裏腹に、全力の光防護盾発生でサーヴァントを癒やす。これって、ツンデレってやつですか、と、モモコは肩をすくめた。

●一部、悲惨な戦い
「……大地よ」
「ク、クソーッ!」
 無月が地の霊力を宿した『夜天鎗アザヤ』を大地に突き刺し、ドリームイーターの足元の地面を隆起・陥没させる。
 強力な必殺技『地砕槍(チサイソウ)』の発動だが、無月は言葉には出さずに呟く。
(「できれば、もう、直接は斬りたくない……アザヤが汚れるの、イヤ……」)
 一方、ガドはまったく懲りていないというか、むしろ意外に嫌悪感が薄いのか、再び猛然と飛び込んで獣撃拳を叩き込む。
「クソーッ!」
「うわぁ!」
(「……いや、真っ向から飛び込めば、そうなりますって……」)
 モモコが呟いたが、そこへキープアウトテープを貼り終えた三十六式が、躊躇なく飛び込んでドリームイーターを蹴りつける。
「クソーッ!」
「向こうの公共水道のところに、女性が一人倒れていた。おそらく、嫌悪を奪われた本人だろう。外に出す形でテープを貼っておいたが、他に、倒れている人はいなかった」
 飛び散る汚物やハエを飛び下がって避けながら、三十六式は淡々と告げる。
「ふむ……ガスマスク装備の警官が、そこまで踏み込んでくるまでには、ケリをつけたいものじゃな。正直、この臭いはもううんざりじゃ」
 むろん、汚れる近接攻撃などする気はないぞえ、と、九尾が傲然と応じ、氷河期の精霊を召喚して吹雪を放たせる。
「こ……凍ってきた、これなら……なんとか」
 呟いてフラジールが飛び込み、降魔真拳を叩きつけたが。
「いやあああああああ、ぬちょって音がしたあああ! ぬめったああああ! もういやああああ!」
(「……そりゃ、素手で突けばぬめりますって……」)
 溜息をついて、モモコは『イズナ』を振るい、達人の一撃を見舞う。近接攻撃で、汚物が飛び散るのは避けられないが、凍らせているため影響は最小限で、素手ではなく刀を使っている分、嫌悪感も抑えられる。
(「汚れ仕事には、汚れ仕事なりのやり方がある……なんて、今更言っても始まらないか」)
 まあ、どれほど愚痴ろうが騒ごうが、逃げずに仕事してくれりゃそれでいいよ、と、モモコは肩をすくめる。
「クソッ、クソッ、クソッ!」
 まるで呪詛するように喚くと、ドリームイーターは全身を覆うモザイクを動かして、損傷の激しい部分を補修し、氷を払い落す。
 どこをどうしているのか、モザイクの量が多くてよく分からず、細かく観察する気も起きないが、とにかく相当に回復したようだ。
「汚い攻撃されるよりはマシかもしれませんけどー、回復されて長引くのはうんざりですねー」
 早く終わらせたいです、と、サラキアが溜息をつき、ドラゴンの幻影を召喚して炎を放つ。
「クソーッ!」
「うわ、何これ、ハエが焼けてるの? ……臭い、酷い……」
 フラジールが呻き、何で防毒マスク付けないんですか、と、モモコが内心で突っ込む。『コロ』は自分を含む前衛に清浄な風を送り、詩音は装備したオウガメタルの力を使って、前衛の集中力を高める。
(「でも、この状態で集中力が高まると……嫌悪感も高まるかも」)
 感覚が鋭敏になったのを感じながら、モモコはフラジールを横目で見やる。
 一方無月は、武器をバスターライフルに持ち替え、あくまで遠距離から重力中和砲を放つ。
 続いてガドが、光の剣で斬りつける。素手ではないが、それでも敢えて近距離に踏み込んで、汚物が散るのも構わず果敢に攻撃する。
「……さて」
 呟いて、三十六式が血で書いた御札を投じる。
「貴様の臭気とは、別の意味で嫌悪を誘う術だが……泣き喚け」
 最後の一言は、ドリームイーターに告げたのか。あるいは、必殺の呪術『鬼哭啾啾(キコクシュウシュウ)』で呼びだす亡者への下命か。
 地獄の蓋がゆっくりと開く。投じられた御札が鏡像のようにいくつも浮かび上がり、球体状になって宙空に集まる。球体は黒く染まり、やがて胎動のように蠢いて、数舜後、産声を上げる。死の淵へ堕ちた亡者の嘆きが金切声となって放たれ、生者の鼓膜から離れようとせず、延々と痛めつける。
「行きは良い良い、墓場はあちら。聞いたからにゃあ、帰しゃあせんせん」
「ク……ク……クソッ! クソッ!」
 身の毛もよだつような亡者の悲鳴を浴び、ドリームイーターは鍵を無茶苦茶に振り回す。
 いやはや、本物の呪詛、この世のものならぬ鬼哭と比べたら、汚物の臭気なんて、しょせん単なる化学反応。ケルベロスには実害なく、洗えば落ちる程度のものよね、とモモコは唸る。
「ふむ……ここが決めどころ、かの」
 九尾が呟き、懐中から巻物を取り出しかけたが、首を振って仕舞いこむ。
「いや、やはり、絵巻物(これ)を汚物にぶつけるのは、どうもな……石となるがよい」
 改めて放たれた石化光線を浴び、ドリームイーターは石と化しこそしなかったが、目に見えて動きが鈍くなる。
 そしてフラジールが、思いっきりキれた目つきで、ドリームイーターを睨み据えて告げる。
「潰す!……いや、流す! 消す! すぐに消して流して帰る! 帰るったら帰る!」
 いなくなれっ! と、地獄の亡者もかくやという恨みの籠った金切声で叫ぶと、フラジールは必殺技『尾龍穿(ビリュウセン)』を発動。竜の角と翼・尻尾をすべて隠さず出す。
 そして、魔力が集められた尻尾は、まるで尻尾自身が意志を持つかのように伸びて、ドリームイーターを攻撃する。
「流れろ! 消えろ! いなくなれっ!」
「ク、ク、クッソーッ!」
 鈍った動きでは尻尾の攻撃を躱すことができず、ドリームイーターは胴中をまともにぶち抜かれる。
 更にフラジールの尻尾は、貫いた相手の生命力を容赦なく吸収する。
 あんなに嫌がってたのに、汚物の生命力なんか吸っちゃって平気なのかしら、と、モモコは首をかしげたが、もはや委細構わず、ひたすら相手を消滅させることだけに集中しているらしく、フラジールは躊躇なくドリームイーターの生命力を奪い取る。
「流れろ! 消えろ! いなくなれっ! いなくなれったらいなくなれ! 消えろ!」
「ク、ク、ク……クアアッ!」
 断末魔の叫びとともに、ドリームイーターの全身を覆うモザイクが弾け飛ぶ。汚物も飛び散るか、と、一同思わず身構えたが、既に実体を保つだけの力はないらしく、すべては蒸発するように消える。
 もっとも、強い臭気だけは消えずに残る。
「この臭い……ヒールで消せるかな?」
「消せるか消せぬか、試してみようぞ」
 呟く無月に九尾が応じ、周囲をしつこく漂い、あるいはこびりつく臭気に対し、ヒールをかける。
 すると臭気は消えはしなかったが、針葉樹林のような香気に変わる。多少癖はあるが、汚物の臭気とは大違いだ。
「うむ、消臭はヒールでできるようじゃ」
 九尾が告げ、無月、フラジール、詩音と『コロ』が一斉にヒールを使う。
「それじゃ、ご希望の方、クリーニングしますよ~」
「はいはいはい! お願い! ぜひともお願い!」
 サラキアがあっけらかんと告げ、フラジールが真っ先にクリーニングを受ける。無月も、自分の武器と装備を清掃した後は、他のメンバーのクリーニングに回る。
「モモコ様も、クリーニング、どぞ~」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
 一礼して、モモコもサラキアにクリーニングをしてもらう。
(「鎧装汚したまま帰ったら、所長に大目玉喰らわされるもんね」)
 器用な仲間がいると助かるわ、と、モモコは小さく笑った。

作者:秋津透 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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