●
全身を焼き尽くすような焦熱を感じて、少年の意識は呼び起こされる。
「……え、ここ……は?」
そこには、地獄の業火が舞っている。釜の底のような、煮えたぎる熱気。
「……ゲヒヒ! 目、覚めた! 目、覚めた!」
声が聞こえた。でも、少年の身体は何故か磔にされていて、声の主を見る事ができない。
「だ、誰?」
声はノイズ混じりで、とても聞き取りにくいようだ。でも、相手が近づいてきているのか、次第に聞き取りやすくなってきているらしかった。
その時、ヌッと横から顔を出したそれの正体に、少年は目を見開く。
そこに存在するのは、身の丈が優に三メートルは超えているだろう鬼。二本の角を生やし、鋭い爪や牙を生やし、虎柄のパンツと棍棒を手にするその姿は、まるで冗談のようで……。
「ゲヒヒヒヒッ!!」
不気味に笑う鬼の姿に、少年の意識が急速に遠ざかっていった。
「ああああっ!!」
少年は飛び上がるようにして起き上がる。しかし、少年の身体を包み込むのは磔ではなく、フンワリとしたベットだった。
「……夢?」
とてもそうは思えなかったのか、少年は頰に大量の汗を流して呟く。
だが……。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
安堵しかけた少年の胸を第三の魔女・ケリュネイアが鍵で貫いた。
少年はベッドに倒れ込み、変わりに見上げる程の巨体を持つ鬼が、ニヤリと笑いながら現れるのだった。
●
「……鬼ですか。子供の頃に、良い子にしないと鬼が出るぞーなんて、言われた事を思い出します」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は過去を懐かしむように目を細めつつ、資料を取り出した。
「今回の事件では、ビックリする夢――――鬼に襲われる夢を見た少年がドリームイーターに襲われ、その『驚き』を元にして現実化したドリームイーターがよからぬ企みをもって行動しているようです」
ちらみに、残念ながら『驚き』を奪った張本人である第三の魔女・ケリュネイアは既に姿を消してる。だが、ケルベロス達にやれる事は残されている。
「現れたこの鬼をどうか皆さんで撃破してください。この鬼を倒す事ができれば、『驚き』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるでしょう」
セリカは言って、資料を捲る。
「鬼は一体のみで、配下などはいません。出現場所は夜の市街地で、少年の家のご近所のようです。鬼は通行人を驚かせたくてしょうがない性質を持っているので、付近を歩いているだけでも容易に接触できるでしょうし、戦いやすさという点では近くに公園もあります」
鬼は自分の驚きが通じなかった相手……要するに、驚かなかったケルベロスを優先的に狙ってくる。
この性質をうまく利用できれば、有利に戦えるかもしれない。
「鬼の攻撃方法としては、喰らいついてきたり、超硬化した爪で斬りつけたり、あとは棍棒を頭上から叩き付けるといったもののようです」
そこまで言って、セリカは資料を閉じる。
「健やかな少年の眠りを妨げるなど、許されることではありません! 夢も、驚きも、少年にとって何よりも大事なもの。どうか取り返してあげてください!」
参加者 | |
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小山内・真奈(ドワーフの降魔拳士・e02080) |
姫宮・楓(異形抱えし裏表の少女・e14089) |
アレス・アストレア(ヴァルキュリアの自称勇者・e24690) |
リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858) |
御刀・信綱(ドワーフの刀剣士・e27056) |
植田・碧(紅の癒し・e27093) |
佐竹・駒(ケルベロスの人間離れ・e29235) |
ジョン・ライバック(風来坊の剣士・e29849) |
●
夜の市街地は、シンと静まりかえっている。……いかにも、何かが現れそうな雰囲気。
「なるほど、鬼か……そうえいば聞いたことがあるな……何でも人の仲間ではなく、動物をお供に、鬼退治に向かった古の勇者がいたとか……私も是非、それほどの猛者になりたいものだ! いやー、それにしても実に楽しみだな……鬼!!」
瞳をキラキラと輝かせ、雰囲気をぶち壊すようにアレス・アストレア(ヴァルキュリアの自称勇者・e24690)は言った。ただ単純に鬼と出会えることが楽しみで仕方ないといった様子だ。
「……夢で済むならばよいのですけれど、現実にまで来られるのはご遠慮願いたいですけどね」
スタイルのよい肢体に、白の袖の無いチャイナドレスと同色のブーツを着こなし、そう苦笑を浮かべるのは佐竹・駒(ケルベロスの人間離れ・e29235)。
「……確かに。だが、剣士としては鬼退治に感じ入るものがない訳ではないな」
ジョン・ライバック(風来坊の剣士・e29849)が気合いを入れるように、七星刀、そして斬霊刀『天魔』に手を添える。
すると、その隣を歩いていた御刀・信綱(ドワーフの刀剣士・e27056)が同意するように頷く。
「空想とはいえ本物の鬼相手に某の剣技がどこまで通じるか……楽しみだ」
鬼は所詮は本物ではなく、空想から生まれた産物でしかない。それでも、鬼の姿をした存在と剣を交えるのは、武士として純粋な楽しみがあった。……無論、鬼が無辜の民である少年の『驚き』を犠牲にしているゆえに、許せない思いも当然ある。
――――と。
ふいに、ケルベロス達はその背に気配を感じた。
……それは、明らかに人のそれではないものを発している。
「ゲヒヒヒヒッ!!」
耳に届くのは、奇怪で不気味な笑い声。
ドシドシと、その重量を感じさせる足音を響かせ、そのナニモノかは四人のケルベロスの前に、ヌッとその顔を突き出してきた。
「……ゲヒヒ!」
鬼は「さぁ驚け!」そう言わんばかりに優に三メートルは超えるだろう巨体で見下ろし、鋭い爪や牙を四人の前で誇示する。
対して四人の反応はというと……。
「虎柄のパンツと棍棒……典型的な姿だな」
「……ふんっ、子供だましだな」
ジョンは至って冷静な様子で鬼の姿を批評し、信綱は鬼の全体像を見るやいなや、鼻で笑ってみせる。
「……ゲヒヒ?」
恐らく、それだけでも四人の『驚き』を期待していた鬼としては不愉快だろう。しかし、それだけに止まらず……。
「何かご用でしょうか?」
「おお、鬼だ! 『勇者』の私にこそ相応しい相手ではないか!?」
駒は務めて平静に応対し、アレスに至っては鬼が現れたことを大喜びする始末。
そのまま、信綱、駒、ジョンは鬼の前を素通りし、アレスは鬼を挑発するように中指をクイッと曲げて見せる。
「グギギギッ! 許、さん!」
当然ながら鬼は激昂し、歯ぎしりをしながら、
「おいこっちだデカブツ! ちゃんとついてこいよ!」
誘導されているとも知らず、鬼はジョンの言う通りに駆けだした四人の背を一目散に追うのであった。
「飴ちゃんいるか?」
奇襲を仕掛けるために、事前に公園に身を潜ませている小山内・真奈(ドワーフの降魔拳士・e02080)は、同じく公園で待機する三人に飴玉を配った。
「ああ、ありがとう、小山内さん。それにしても、今回は『驚き』……なのね。前回の依頼の『興味』にしろ……」
植田・碧(紅の癒し・e27093)は受け取った飴玉を口の中に放り込みつつ、
「(相性が悪いというか……驚かされるのは苦手なのよね)」
碧は、前回の恥ずかしい失態を思い出し、そう内心で溜息をついた。同時に、今回こそは驚かないわ! と心を強く持つ。
「人の心には鬼が凄まうってお母様は言ってたけど、本当に出てくるなんて……」
飴玉を握る手を微かに震わせながら、姫宮・楓(異形抱えし裏表の少女・e14089)は一般人が公園にやって来てしまわないか、周囲を警戒しながら言う。臆病な楓であるが、ドリームイーターを何としてでも止めなければというケルベロスとしての矜持は健在だ。
「はい、これ。半分あげるわよ」
リューイン・アルマトラ(蒼槍の戦乙女・e24858)は、受け取った一つの飴玉を半分に割り、その片割れをビハインドの『アミクス』の口に入れながら、
「ま、何にせよ、男の子を救う手段は一つだもんね! 鬼退治といこうかな?」
そう言って、リューインは立ち上がる。
耳に木霊するのは、人の足音とは思えない、ドシドシという足音。
やがて、その真っ赤な体躯のおどろおどろしい姿が露わになると――――。
「ひぃ……、おおお鬼……!?」
楓はその存在を覚悟していたにも関わらず、悲鳴を上げてしまう。
そして、
「きゃあっ!!」
そのすぐ傍にいた碧は、鬼の姿にはなんとか驚きを堪えることができたものの、続く楓の悲鳴に背中を押されて飛び上がった。
傍にいた楓と碧は自然と抱き合いつつ、身体を震わせる。
しかし、先に碧が平静を取り戻すと、自身の前回に続く失態を察し、頰を染め、何食わぬ顔で前髪を直し始めたが……もうすでに手遅れである。
そんな訳で、素の『驚き』に鬼が満足そうに口を三日月型に釣り上げ、そして驚かない他のケルベロスへの怒りを改めていると、
「本当に鬼なんやな。とやー!」
そんな真奈の可愛らしい声と共に、声色とは比例しない灼熱の炎が「ドラゴンの幻影」から放たれ、鬼を襲った。
●
「く、こう見ると、迫力があって怖いな」
火傷を負った鬼が振り返ると、そこには鬼の姿に驚く仕草を見せる真奈の姿があった。その『驚き』に、鬼は幾分だけ心が満たされ、笑う。
だが、
「昔からこの国に伝わるという鬼退治の戦闘法に倣って、集団で袋叩きにといこうか! さぁ、鬼……覚悟!!」
鬼の眼前から、僅かな『驚き』も垣間見せないアレスが迫ると、鬼の意識は否応なしにそちらに持って行かれる。
アレスは鬼に向かって、流星に煌めきの如く飛び蹴りを炸裂させる。鬼はそれに対し、超硬化させた爪で迎撃した。その結果、両者は痛み分けのような格好となり、正反対の方向へと吹き飛ぶ。公園の遊具を撒き散らし、粉塵が上がった。
一瞬の静寂。
「(一度ならず二度までも! またやっちゃったじゃないのよ!)」
その静寂を打ち破るように、我を取り戻した碧が前衛に戦乙女の歌を半ば自棄になりながら歌う。そんな碧の肩の上、ウイングキャットの『スノー』は碧を慰めるようにその頰を舐めながら、羽ばたきで邪気を払った。 前衛の人数が多い故、エフェクトが減衰するのを感じ、碧は眉を顰める。
「私の中の脅威……お願い……! 心の邪鬼を……打ち払って……!」
弱気を、恐怖を打ち払うように、楓は目を瞑って唱える。そんな彼女の呼びかけに顕現したのは、金髪赤眼・高慢不遜な異形の人格だ。
「鬼退治なら吉備津の殿方がいればよかったのう。わらわはどちらかと言えば、人皮被った鬼の様な者じゃからな!」
異形の人格――――カエデは、元の姿からは想像もできない獰猛な笑みを浮かべると、その身に漆黒の異形外装・黒金纏【鋼】を纏った。
「グギギ? なんだ、お前……?」
鬼は先程まで驚き、怯えていたはずのカエデが、急に自信に満ちた態度を取りだしたのが気に入らないのか、カエデに向かって棍棒を振り上げる。
「させん!」
信綱は、その前に身を躍らせ、棍棒を刀で受け止める。すると、規格外の怪力に、信綱の足元が土煙を上げながら地面に数センチ埋まる。
だが、信綱も負けてはいない。鬼の棍棒を切り払うと、その無防備な真っ赤な肉体に弧を描く斬撃を刻み込んだ。
「ググッ!」
「力任せと言ったところか。単純な攻撃だな」
鬼の攻撃は大振りで、単調。その事に、ジョンが鬼に侮蔑の視線を投げかける。すると、鬼は予想通りに、ジョンに向かって牙を剥き出しにして襲いかかってきた。ジョンはそれに合わせ、舞うように愛刀による反撃を喰らわせる。
たまらず後退する鬼であるが、そこには駒のスラリと伸びた白い脚が伸びている。
「では、地獄の鬼退治と参りましょうか。ハアッ!」
電光石火の蹴りが、鬼の脇腹辺りを貫き、真っ赤な鮮血を噴き上げる。
「鬼なんて怖くないよ! 手のなる方においで!」
駒の攻撃から間を置かず、今度はリューインのゲシュタルトグレイブが月夜を反射しながら伸びる。稲妻を帯びた超高速の突きは、鬼の神経回路を麻痺させるように、その全身に及んだ。
鬼の攻撃は相変わらず単調だが、それゆえにダメージの度合も大きい。幸運な事は、鬼の攻撃手段が近距離単体攻撃しかない事である。
「お主が鬼であるならば、妾は鋼の鬼となろうぞ!」
カエデはそう言うと、全身を覆う異形外装・黒金纏【鋼】が反応する。まるでオウガメタルが鬼の顔を示すように盛り上がると、カエデの拳は鬼に叩き込まれ、骨を紙くずのように粉砕する。
「ギギィッ! よ、よくも!」
対する鬼も、超硬化の爪を突き出す。
「勇者は決して負けない……ッ!!」
爪がカエデを貫く間際、アレスが庇いに入る。ゾディアックソードを盾にしつつも、アレスの身体には爪による傷がいくつも走った。
「アストレアさん!」
碧が叫ぶと、傷を負ったアレスにオーラを溜めて回復を試みる。さらなる追撃を避けるため、スノーが鬼に尻尾の輪を飛ばして間を作った。
エンチャントを付与しようにも、減衰にあってしまうために如何ともしがたい状況。だが、それならそれで、いくらでもやるようはある。前衛が多いという事は、それだけ火力もあるという事に他ならない。
ケルベロス達は鬼に文字通りの集中砲火を浴びせ、反撃する間も与えないと心に決める。
「そうと決まれば話は早いね!」
リューインは、鋭い槍のように伸ばしたブラックスライムで、鬼を貫き汚染させる。同時に、アミスクが金縛りをかけて鬼の痺れを増幅させた。 鬼による、碧とリューインへの攻撃方法は存在しない。ゆえに、やりたい放題である。
「刃の錆は刃より出でて刃を腐らす……燃やすで!」
真奈は詠唱し、喰らったグラビティのダメージを炎に転化して放出する。鬼は炎に包まれ、のたうち回った。
「逃がしませんよ?」
のたうち回り、ようやく炎から逃れた鬼へと、駒が炎を纏った激しい蹴りを打ち付ける。
「ギャアアアアアッッ!」
鬼は激しく悲鳴を上げ、その真っ赤だったはずの皮膚は炭化し、黒ずみ始めている。
鬼も必至に、なんとか反撃の機会を伺っていた。傷を負いながらも余裕を見せるジョンに、再度狙いを定め、牙を剥く。
だが――――。
「グゲッ!?」
全身を走る痺れの影響で、その攻撃は失敗。まるでマタドールに突進する牛の如くジョンにいなされて、その場に無様に崩れ落ちる。
「遅い」
その鬼の耳に届くのは、冷たい声と眼光。鬼の痩身に訳の分からぬ怖気が走った瞬間、達人の一撃が鬼に放たれた。
……転がる鬼の目の映るのは、美しい日本刀の波紋。
「我は剣鬼、立ち塞がるモノ全てを断ち斬る者也……!」
喰らった魂が信綱に憑依する。その余波で増幅された破壊衝動すらも信綱は手の内にいれると、全身に禍禍しい呪文が浮かんだ。
「タアアアッッ!!」
煌めくは、一閃。鬼の右半身を信綱は切り飛ばす。
「全力でいきます!」
それは、鬼の攻撃に負けず劣らずの大雑把であり、力任せな一撃。だが、やはりそれゆえに強力無比な斬撃が瀕死の鬼を切り捨てる。
「……ガ……ガァ……」
……そんな呻きと共に鬼は地に伏せ、やがて跡形も残らず消滅するのであった。
●
見上げると、そこは件の少年の家であった。
家の前には、碧、駒、ジョンの姿。
「夜更けに少年の家にぞろぞろと押しかけるのもどうかと思うのでな」
信綱を筆頭に、真奈、楓、アレス、リューインの五人は、公園へのヒールを終えると、そんな少年への気遣いを残して帰っていった。
かといって、碧、駒、ジョンが気遣いのできない人間かと言えば、決してそんな事はない。五人は少年の家に赴く三人を信用しているからこそ、安心して帰路につけたのだ。
まぁ、最も、
「次は、是非色違いの鬼とも戦ってみたいものだな!」
そう目を輝かせていたアレスに限っては怪しいものだが……いや、あれも彼女純粋ゆえの言葉であるはずだ。心ではきちんと少年の身を案じている。何故ならば、勇者とはそういうもであるのだから……。
「では、少し行ってきますね?」
少年の部屋を探るため、駒が翼飛行で家の二階の窓をのぞき込む。すると、すぐに少年の姿は見つかったようで、駒は窓を軽くノックした。
驚きを取り戻し、目を見開いた少年は、部屋の窓を開けて顔を出す。安堵する駒の指先の方向を見ると、そこには笑顔の碧とジョンがいた。
「無事みたいで安心したわ」
「鬼退治は遂行した。……残念ながら、雉とか犬などはいないがな」
碧とジョンは少年にそう声をかけると、駒も加わり、残りの五人の分まで言った。
「「「よい夢を!」」」
作者:ハル |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2016年8月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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