這いずる手

作者:森高兼

「やべ、おくれちまう!」
 小学生の大田・翔は友達と待ち合わせの約束があって、玄関扉を勢いよく開けようとした。だがシーツを被って腕を上げる古典的なオバケ姿の訪問者が、目の端に映って手を止める。
(「そーいうことだったか」)
 それは友達のイタズラかと思って驚かず、結構リアリストな少年の翔らしい。可愛げのない冷めた表情で玄関扉を全開させた。
(「顔のクオリティは悪くないけどな」)
 徐に訪問者の足元を見やる。お粗末にも靴を履いているようなら遠慮しなさそう。何らかの工夫がされていれば、手痛いツッコミは勘弁してもらえるのだろうか。
(「……さかだち?」)
 膝下が露わになる長さのシーツの裾からは、『腕』が出ていた。それは大人のものみたいで見覚えなんてない。
 途轍もなく訝しんでいた翔の足首へと、訪問者の右腕がありえない長さで伸びてくる。
「うわ!?」
 翔は飛び起きた。
「夢かよ」
 やや顔が赤くなる。怖い夢で目覚めたことが小恥ずかしくなったようだが……最後は大人にとっても不気味なものだったはず。
 その時、翔の心臓が不思議な鍵に貫かれた。
「……え?」
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『驚き』はとても新鮮で楽しかったわ」
 穿った鍵は、第三の魔女『ケリュネイア』が翔の夢を得るための傷を負わせない一撃だ。引き抜き、意識を失った少年をベッドに崩れ落ちさせる。
 翔の『驚き』が具現化され、足代わりの腕やシーツ内部にモザイクのかかったドリームイーターはベッドの側に出現した。
 不気味なオバケが這いずるように、窓から街に出ていく……。

 第三の魔女『ケリュネイア』は『驚き』からドリームイーターを生み出す。想像力豊かな子供の夢が狙われてしまう事案が発生するのは当然だろう。
 サーシャ・ライロット(黒魔のヘリオライダー・en0141)から連絡を受けた、玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)がひっそりと息をつく。
「お、お化けの夢で驚いてしまうのは仕方ないです……」
「そうだな。ケリュネイアは翔の『驚き』を奪った直後に姿を消してしまうが。それによって現実化するドリームイーターが、事件を起こす前に止めることはできるのだ」
 その旨をケルベロス達に伝え、サーシャは静かに微笑んできた。
「君たちがそのドリームイーターを倒せば、被害者の少年も目覚める。頼んだぞ」
 サーシャが再び真剣な表情になり、戦場に送るケルベロス達に説明を始める。
 現場は翔の家の付近。歩行者を驚かせるため、あえて車の通行が少ない路地を選ぶらしい。ケルベロス達が歩いていけば、曲がり角から飛び出てくることだろう。
「攻撃は翔を驚かせた手法に関わるものが多いようだ。今回のドリームイーターは呪的攻撃が強い。モザイクの手に捕まると脱力感に襲われ、攻撃と回避に大きな乱れが生じる。
 残り二つの攻撃は、その攻撃を別々にしたような効果だ。
「シーツの中からは君たちに無数のエネルギー体の腕を伸ばし、足をつかまれると手痕が刻まれて回避しづらくなるぞ。胞子のように飛ばされるモザイクを浴びれば、恐怖心と好奇心に苛まれて攻撃が当てづらくなってしまう。十分に気をつけてほしい」
 サーシャの話が終わったところで、綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)が両拳を固めながらケルベロス達に声をかけてくる。
「大田さんが目覚めるにはドリームイーターを倒すしかありません。皆さん、がんばって解決しましょう!」


参加者
アマルガム・ムーンハート(ムーンスパークル・e00993)
黒谷・理(マシラ・e03175)
玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)
盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)
宵華・季由(華猫協奏曲・e20803)
八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)
四方堂・幽梨(ジャージのシェフ剣士・e25168)
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)

■リプレイ

●季節外れの肝試しへ
 小学生が寝ているような時間帯のため、3人の支援者を含めたケルベロス達は極力静かに現場付近まで来ていた。
 過ぎ去る残暑を思わせる夜風を浴びながら、アマルガム・ムーンハート(ムーンスパークル・e00993)が皆に呼びかけていく。
「お化けシーズンも、もう終わりな気がするね。さっさとオバケ退治しちゃって、男の子を助けようっ!」
「ステレオタイプのオバケだけど、あれってさ……汚れとか気にならないのかな……?」
 四方堂・幽梨(ジャージのシェフ剣士・e25168)はふと夜空を見上げた。折角の綺麗な月を中途半端に遮る雲の一群を見かけて、シーツを攻撃することに何となく気が引けてくる。それでもドリームイーターを屠るのが剣士としての役目だ。
 シーツの中から無数の手を伸ばしてくるドリームイーターの異様な姿をイメージし、黒谷・理(マシラ・e03175)がしみじみと呟く。
「子供の頃の夢は不気味だったりすることも結構多いよな」
「実物を見たら夢に出そうだ……。そういうの得意じゃないんだよな……」
 最近ホラー映画を視聴しちゃっていた宵華・季由(華猫協奏曲・e20803)は、頭の重みを感じながら嘆息した。それはウイングキャット『ミコト』が頭に乗っているせいにもかかわらず、怖くて相棒の虎猫に念を押す。
「ミ、ミコト、俺から離れるなよっ?」
 季由の頭から動かないで垂れ耳を揺らしたミコト。まだ居座れる口実ができたようだ。
 お人形さんみたいな雰囲気の盟神探湯・ふわり(悪夢に彷徨う愛色の・e19466)、八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)もどこかぼんやりとした様子で告げる。
「ふわりもオバケは怖いの……だから、オバケを作って人を驚かせるのは、ぜーったいダメだと思うの!」
「驚きを根源とするドリームイーター……何というか、驚かざるを得ない見た目ではありますよね。怖いお話は嫌いではありませんが、脅威となるなら駆逐しましょう」
 玄梛・ユウマ(燻る篝火・e09497)は突拍子の無い夢で飛び起きた経験があるものの、オバケ自体は平気。ただ会話が苦手ゆえに、ともかく意気込んでおく。
「お、大田さんを助けるためにも頑張ります……!」
「がんばって大田さんの意識を必ず取り返しましょう!」
 気合いを入れたユウマに、綾小路・千影(がんばる地球人の巫術士・en0024)は強く頷いてきた。
 話が済んだところで、服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)が能天気に言い切る。
「オバケのぅ。まぁ、殴り倒せばいいんじゃろ?」
 脳筋少女にオバケコワイなんて概念は皆無であった。倒すことのできるオバケもどきは、今頃どこぞの曲がり角にて獲物となる自分達を待ち焦がれているだろう。
 ケルベロス達はドリームイーターが隠れている曲がり角を目指し、その一歩を踏み出した。

●曲がり角からコンバンハ
 背後を注意する季由が皆と塀に沿って歩き、頃合いを見計らった幽梨は殺界を形成した。前方では鎮紅が奇襲に備え、ふわりも心の準備はしておく。
 道中で自販機を見かけた幽梨が、おしるこ缶を一本買った。一つ思い立って、悩んだ末に師団仲間分の2本を追加購入する。
「……おごりよ」
「ありがとう」
「ど、どうも」
 鎮紅は缶を素直に、ユウマは幽梨と似た者同士だけに遠慮がちに受け取った。
 親睦を深める機会が多い2人だからこそ、不器用な幽梨だって好物を勧められたのだ。
「温かそうなのー」
 実は、ほんわか言ったふわりや季由は同じ師団だったりする。これから縁が深く結ばれていけば、いずれご馳走になることもあるだろうか。
 ある路地の先から足音ではない手の平を擦るような音を聞きつけた理は、幽梨たちが準備する間に人気の無いことを確認した。
「行くか」
 いざ……ケルベロス達が曲がり角に差しかかる。
「ヴァーッ!」
 ドリームイーターは子供の背丈には不釣り合いな野太い声を発し、モザイク越しでも筋肉質なのが窺える腕の手を這わせ、勢いよく飛び出てきた。
「で、でた!」
 つい声を上げてしまった季由と、体を竦ませてしまったアマルガム。
 全力の登場でドリームイーターがビビらせようとしてきたのは確かだが。
 無明丸が戦う相手と遭遇したことを喜び、歯を見せながらドリームイーターに指を突きつける。
「出よったなっ! 幽霊だか何だか知らぬが、わしらと勝負せい!」
 ノーリアクションに相当ショックを受けたらしく、ドリームイーターは肘を突いて両手をシーツの中に引っ込めた。偽の顔があるらしいシーツの体を、さめざめと泣くように震わせてくる。恐らく身体構造上の体勢とはいえ、凄まじく気味が悪いものだ。
 アマルガムが何食わぬ顔で千影たちと臨戦態勢を整えていく。
「千影は回復おねがいっ!」
「承りました!」
 己にとって単なるダガーナイフではない深紅の『Euphoria』に、鎮紅は想いを込めた。
「行くよ、ユーフォリア」
 ケルベロス達が仕かける前に、ドリームイーターが立ち直った。モザイクの手で這ったり地面を叩いて器用に跳ねたりしてくる。標的に定めたのは最初に叫んだ季由だった。片腕の関節を生々しい音で外し、瞬間的に伸ばして彼の足につかみかかる。
 奇妙な脱力感が込み上げてきて、季由はホラーチックな要素の連続に顔面蒼白となった。
「ミコトぉ、はやく倒すぞ……っ!」
 若干涙目でミコトに訴えかけ、自身が属す前衛陣を守護させるために縛霊手の祭壇から紙兵を散布する。
 ミコトが鳴いて季由にエールを送った後で中衛陣に向かって羽ばたいた。精神的に幼く愉快な主を何だかんだ想ってはいるのだ。
 舞うように軽やかなステップを踏みながらドリームイーターに接敵し、理が淡々と煽っていく。
「ほら、突っ込んでこいよ」
 敵が誘いに乗れば手を地面につける合間を見極め、だるそうな理の表情を煽りと邪推して無理矢理に迫ってきた敵の両腕を捻った。真の顔か脳天があるはずで無防備なシーツ内部を強烈に打たせる。
 鎮紅は前衛陣の呪力耐性を一層高めるべく、守護星座を描こうと武具を突き立てた。
「煌めく星々の加護を、此処に」
 三重に広げた星々の加護を過信するわけにはいかないが、同時にかけられたのは手間が省けて良い。千影の負担軽減にも繋がる。
 幽梨が敵の動きを封じ、偽顔を無明丸がぶん殴った。さらにふわりの『御業』が敵を捕まえる。
 季由から脱力感を祓うために、千影は前線に薬液の雨を降らせた。
「攻撃中心の方は、どうぞ専念してください!」
 昇も癒しの魔力を込めた宝石の魔弾を季由に撃ち出し、お祓いは完了だ。
 直後にエネルギー体の腕を前衛陣へと放ってきた敵のシーツを、季由が一心不乱に破損させる。続くユウマの一撃はふわりの『御業』による呪縛を強化した。
 ドリームイーターの攻撃を受けたはずのアマルガムが、至極冷静に所詮はデウスエクスのものと結論づける。
(「正体とか一回わかっちゃっうと全然怖くないんだから、不思議だよなあ」)
 何にせよ、面倒な攻撃は早く止めさせたい。
「審判の鐘は打ち鳴らされた、gotterdammerung……ごきげんよう、然様なら。良き終末を」
 掌に終末の鐘がごとき哀しき旋律を響かせて重力波を収束し、超強力な衝撃を敵の腕に打ち込んだ。
 敵の偽顔に感触があることは判明しており、幽梨が刀で掻き斬る。回復と攻撃に見切りの境は無いため、鎮紅の炎斬は当たらなかった。
 後衛の無明丸がドリームイーターの正面に飛び込んでいく。
「なんだか妙な手応えだったがのぅ。ええい……とにかく今一度喰らえぃ!」
 偽顔が減り込むような蹴りが打ち込まれた。海老反りになったのか足が着くことを堪えているのかよく判らん敵の体勢なんぞ、一切合切気に留めない。ダメージさえ負っていれば良いのだ。
 ちょっと楽しくなって、ふわりは笑顔を浮かべた。名は体を表すと言う。戦場で優雅に踊るように立ち回り、ふわふわの精神を研ぎ澄ませる。
「オバケさん! ふわりと一杯遊ぼうなのー!」
 誘いの言葉と共に両手を広げてみせ、身も心も撃ち抜いたようにドリームイーターを爆破した。
 ドリームイーターが咳き込むようにシーツの中から黒煙を吐いてくる。だが回復手段を持ち合わせぬ敵には、腕やシーツの傷を元通りにすることができないのだった。

●ケルベロスは怯まない
 ドリームイーターはアマルガムに迷わず肉迫して足を捉えてきた。一度は竦み上がった彼を、季由の次に狙うつもりだったのだろうか。
 気力で季由がアマルガムに、翼でミコトが前衛陣にヒールを図っていく。
 その最中、ユウマがドリームイーターを鋭く睨みつけた。戦闘に突入してからの彼は別人のように頼もしい限り。敵に遠慮する理由は無い。
「これ以上好きにはさせません!」
 片手で肩に担いだ鉄塊剣の重量すら利用し、急所でもあるはずの敵の腕に容赦なく蹴りを炸裂させる。
「ユウマ、やるね!」
 生意気な小僧みたいにユウマを褒め称え、アマルガムはドリームイーターにガトリングガンをぶっ放した。
 師と仰いだ者を超えた日、『クソガキ』卒業を胸に秘めたが。長年の精神を変化させていくのは容易なことではない。あの日から師に胸を張れているのか、はたまた何年もかかそうか。
 ドリームイーターは着実に弱ってきている。
 鎮紅が紅き光をユーフォリアに宿してドリームイーターを見据えた。淡い光の奔流は全身をも包み込んでいく。
「この機、私が繋ぎます」
 敵との距離を一気に縮めながら、刃に攻撃性を削ぐ力を付与した。再び攻撃を読まれるも、ふわりの『御業』が呪縛発動で敵の自由を奪う。仲間が招き寄せてくれた幸運……。
「逃しません」
 ユーフォリアを振るって発生した舞い散る花弁を連想させる剣閃は、虚空で消えていった。敵から離れ、役回りを同じとする幽梨に声をかける。
「四方堂さん、あまり無理はしないで下さいね」
「了解よ」
 鎮紅と連携はできなかったものの、幽梨は彼女が進んだ足取りを交えながら塀を蹴って跳躍した。警戒するドリームイーターに斬り込むべく、あらゆる挙動に目を光らせる。
「死中に活、活に八門。断ちて滅すば……死門へ下る」
 敵はどうも手を這いずらせる回数が多くなっているようだ。僅かに生じている動作のズレを見抜いて胴体を斬る。
 ドリームイーターはシーツ内部からエネルギー体の腕を大量に生み出した。実体が無いことを強調するように、関節が柔らかそうな五指と腕がうねっている。後衛陣に目がけて解き放たれ、前中衛の足元を無視してアスファルト一面に雪崩れ込んできた。
 風を切ったミコトが、千影の元へと直行する。彼女が後退する時間を稼ぐために、自ら腕の波に突撃した。
「ミコトさんっ!」
 腕が消失してから千影に抱き起されて、帽子の角度やマントの位置を調整する。季由ではなくとも気分は最悪だった。だが彼女を庇えたから上々だろう。
 ホットパンツで脚の肌が露わとなっているふわりは、呪いの手痕を散々つけられていた。純粋過ぎる反応を示し、その戸惑いから声が出ない。
 すぐさま季由のオーラがふわりに放出された。
 理が無言でオーラに降魔の力を集中する。前衛陣は万全な状態と言い難いが、元より多く語らない男。他の者たちも主にふわりを気にかけており、千影にヒールを求めないことにする。
(「任せるか」)
 対象者は本人の判断に委ね、自身はドリームイーターの魂を喰らって多少の傷を癒そうと攻撃をぶち当てた。
 腕の痛みで敵が行動し損ねることがあるように、ユウマと幽梨が傷口を大きくさせる。
 千影は滞りなく後衛陣の回復を行った。
「皆さんは攻撃の援護をお願いします!」
 回復重視の千影に頼まれ、燐太郎が『地獄』をエネルギー源に機械仕掛けの掌から敵に衝撃波を飛ばす。ルイアークはナノマシンで敵の周辺に無数の腕を形成して握り潰させた。
 ドリームーターのシーツが所々ボロボロで隙間を構成しており、モザイクを漏れ出させてきそうだったが。それは見た目の印象に過ぎず、あくまで裾からモザイクの塊を覗かせて胞子のようなモザイクを振り撒いてくる。
 接触してきたモザイクが弾けると、ユウマは言い知れぬ感覚に陥ってめまいを覚えた。理が囲まれそうになっており、彼の逃げ道をこじ開けようと駆けてモザイクを破裂させていく。
「大丈夫、ですか?」
「それはお前だろ」
 鎮紅が今度はしっかりと剣閃を煌めかせ、幽梨は敵の隙を突いた。
 モザイクが命中した部分から、地獄の炎を噴出させるユウマ。呪詛は解けていないものの、ヒールの手間はとらせたくない。
「……往生際の悪さには定評があります。問題ありません、畳みかけましょう!」
 実際にそうすれば、数分以内に決着をつけることも可能のはずだ。
 最大限助走をつけるのに申し分ない後方にて、無明丸が拳を固める。
「しかし、ちと季節外れだったの! 風情も無かったのじゃ!」
 勝利宣言のようなツッコミでドリームイーターの心をえぐった。突撃しながら拳にグラビティ・チェインを籠めて発光させ、全身のバネを活用して輝けるパンチを繰り出す。偽顔に攻撃を叩き込むのは何回目だっただろうか。
 ヒールのおかげでドス黒い手痕が大体スッキリし、ふわりは猛攻に加わってドリームイーターに立ち向かった。両手にナイフを構え、テンション上げて敵のモザイクの腕を切り刻んでいく。
「あはははっ!」
 ふわりの笑い声には狂気が孕んでいた。それは地獄化している彼女の正気が……深淵より覗き込んだからなのか。
 ドリームイーターがよろめき、モザイクの両腕を地面につけた。幾多の攻撃による激痛に耐えかねたらしい。
 絶好の好機が舞い込み、ケルベロス達はさらなる猛撃で敵を追い込んでいった。
 幽梨がドリームイーターを鎮紅と挟撃するような地点まで跳んでいき、得意の居合いで刀を抜き放つために一旦納刀する。
「仲間は、倒れさせない」
 吐露した意志を聞かれたのか定かではないが、身構えてきた敵の懐に素早く踏み込んだ。鋭い斬撃が腕に新たな一筋の刀傷を刻む。
 敵が悪足掻きしてくるも、季由の肉体には問題なかった。
 ドリームイーターの止めを刺そうとモザイクの腕を見やり、理が短く……言い捨てる。
「終わりだ」
 最後まで三白眼の気だるげな表情のまま、足代わりたる腕に電光石火の蹴りをくらわせた。
 理の強撃を堪えられるような余力は残っていなかったドリームイーター。蓄積されたものが限界を迎え、全身の崩壊が始まる。下の腕から上の偽顔にかけ、まるで成仏するように消滅していった。

●少年少女のオカルト事情
 無明丸は堂々と拳を突き上げた。
「わははははっ! この戦い、わしらケルベロスの勝ちじゃ! 鬨を」
「そ、その!」
 言葉を途中で切ってきたのは千影だ。
「夜中ですので」
 しょうがないから、大人しく口を閉じておいた。
 緊張の糸が切れた季由が、押し寄せてきた疲労感に大きく息をつく。
「ふー、終わった……」
 今回のようにビックリさせられるのは勘弁してほしい。
 ミコトは面白そうに季由を眺めていた。その笑みに懐中電灯の光を下から当てると、主は卒倒しちゃうかも?
 やっぱりクソガキか、アマルガムがビビりのくせにオバケ屋敷のお約束を妄想しながら千影にナンパ敢行する。
「千影、今度一緒にお化け屋敷に行こうっ♪」
「修行ですかっ?」
 そう千影に勘違いされた挙句、行先と思われたのは『心臓の弱い方はお断り』の有名な施設。遅れて言の葉の意味を悟ると、天然発言その他に赤面して俯いてくる。
 有耶無耶になりそうで安堵と残念が入り混じったように、笑顔のアマルガムが口角を引きつらせる。あと膝が笑っていた。
 がんばれ、まけるな、アマルガム!
 道路などのヒール作業に鎮紅が取りかかって、ユウマは皆の治癒に回った。効果が及ぶ傷を完全に治して、物は変質させないように最低限に留める。早期に切り上げられて一息つけそうな時間ができた。
 おしるこ缶を置かせてもらっていた塀の場所まで引き返して、鎮紅がゆっくりと喉を潤す。
「甘くて美味しいです」
「えっと……身体が温まります」
 ユウマはすっかり気弱な彼に戻っていた。一体あの頼もしい彼はどこからやってきて、どこに還っていくのか。それは非戦闘時の彼にも解らないのだろうか。
 おしるこ缶が好評っぽくて、幽梨が表情は殆ど変えないで密かに満足する。ほんのちょっとだけ頬を紅潮させた。誤魔化すわけじゃないけど、話題を変えるようにぽつり。
「オバケの季節には、ちょっと遅かったかな……」
 それから、3人はそれぞれのペースで雑談開始だ。
 外でやれる事柄は終了して、ふわりが翔の家に向かった。彼の部屋に窓から失礼してみる。
「うわ!?」
 翔は目覚めてから室内をうろついていたようだ。オバケのことに触れると反抗期爆発してきそうな雰囲気を漂わせている。
 ふわりは事の子細を翔に説明してあげた。その上でドリームイーターとの邂逅について率直に尋ねてみる。
「怖くなかったの?」
「そ、そりゃあ……」
 ようやく翔が年相応の顔で本心を明かしてくれた。一般人がデウスエクスを恐れることは当たり前だと解っているからだろう。
 年はあんまり変わらないお姉さんかもしれないけど、ふわりが翔の頭を撫でて安心させてあげる。
 そして、少女は窓から颯爽と去っていった。

作者:森高兼 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年9月24日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 8/キャラが大事にされていた 0
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