あま~い夢にご用心

作者:深淵どっと


 ふわふわとした、夢特有の浮遊感。ぼんやりとした風景。そして、目の前のテーブルには大きな大きなケーキ。
 小さな子供からすれば、それが夢であっても心躍る光景だ。
 だが、夢の中と言うのは本人にも中々わからないもので。
「わぁぁ!?」
 突如、ケーキが文字通り『牙を剥いた』。
 段々になった部分がガパッと開き、そこには行儀良く上下二列に並んだ鋭利なギザギザがギラリと光る。
 そして、底無しのような闇が広がる大きな口が、頭からガブリと――。
「ッ!?」
 鈴沢・理子の目が覚めたのはその瞬間だった。
「な、なんだぁ、夢かぁ……ビックリした」
 ベッドから半身を起こして見上げた時計の時針は、もうじき0時を刺そうとしていた。
 何故あんな夢を見たのだろう。ケーキはわかる。あの時針が0時を回れば、待ちに待った誕生日だから。
 誕生日には毎年お母さんが美味しいケーキを焼いてくれる。それを思えば、怖い夢だって少しは忘れられそうだ。
「よ、よし、さっさと寝て忘れちゃおう」
「それは残念、ユニークな夢だったのに、忘れちゃうの?」
 一息吐いてから今度こそ眠りに着こうとした、その瞬間だった。
 理子の胸元に奇妙な『鍵』が突き刺さる。
「私のモザイクは晴れないけど……あなたの『驚き』は無駄にはしないわ」
 いつの間にかベッドの隣には、白い獣に跨った少女の姿。
 理子の胸元からは、血の一滴も出ていない。しかし、やがて理子はそのまま眠るようにして、瞳を閉じてしまった。
 残されたのは、甘い香りと蠢くモザイク……。


「僕はあまり甘いモノが得意ではなくてな……貰い物なんだが、それはキミたちで食べてくれて構わない。……あぁ、今はそんな話はいいんだ」
 事件現場までの腹ごなしに、とフレデリック・ロックス(シャドウエルフのヘリオライダー・en0057)は小さなショートケーキをケルベロスたちに差し出して、話を進める。
「ドリームイーターの動きが活発なようだな。今回、キミたちに対応してもらうのも、奪われた『驚き』から生み出された新しいドリームイーターとなる」
 奪われたのは鈴沢・理子と言う少女の夢を元にした『驚き』。
 現在、ドリームイーターは市街地に消えてしまっているが、放っておけば取り返しのつかない事件を起こすのも時間の問題だろう。
「このドリームイーターを撃破しない限り、理子くんも眠ったままとなる。当然だが、放ってはおけまい」
 ドリームイーターはケーキに鋭い牙を隠し持った姿をしている。
 正直、こんな物が街を歩いているだけで十分驚愕なのだが、このドリームイーターの目的はあくまでケーキに扮して人を驚かせる事。
「故に、敵が潜んでいるであろう区域を歩いていれば、嫌でも発見できるだろう」
 道端に大きなケーキが鎮座している光景はさぞかし目立つに違いない。
 因みに、この手のドリームイーターの特製として『驚かなかった者』を優先的に狙う傾向があるようだ。意外と負けず嫌いなのかもしれない。
 とは言え、今回に関しては前振りがあからさま過ぎて素で驚く方が難しいだろう。
 しかし、それはつまり素振りだけでも驚いてみせれば狙われ辛くなる。と言う事。事前にしっかり打ち合わせれば敵の狙いをある程度はコントロールできるかもしれない。
「ケーキは美味しかったか? 間違っても、食べられる側に回らないように気を付けてくれ。では、頼んだぞ」


参加者
小早川・里桜(死合中毒の散華・e02138)
デフェール・グラッジ(ペネトレイトバレット・e02355)
ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)
ルイン・カオスドロップ(向こう側の鹵獲術士・e05195)
機理原・真理(フォートレスガール・e08508)
ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)
弓曳・天鵞絨(イミテイションオートマタ・e20370)
トープ・ナイトウォーカー(影操る戦乙女・e24652)

■リプレイ


「うわぁ……」
 それは、想像以上にシュールな光景だった。
 すっかり日は沈み、人の気配すら希薄になった真夜中の路地、その一角が奇妙にぼんやりとした灯りに包まれている。
 温もりを感じさせるその灯りは、何本も刺さったキャンドルによるもの。漂う甘い香りは、程良く焼き上がったスポンジとその上に乗るクリーム、そして飾り付けられたフルーツのものだ。
「本当にケーキっすね……よく出来てるっす」
 路地の中央に鎮座する巨大なケーキを遠目に眺めて、ルイン・カオスドロップ(向こう側の鹵獲術士・e05195)は呆れと感心の入り混じった声を零す。
「発見は容易かったな、見る限りまだ犠牲者も出ていないようだ。優人、人払いを頼む」
「あぁ、任せておけ。誰一人近づけさせねぇよ」
 ノーグ・ルーシェ(二つ牙の狼剣士・e17068)に促され、桐山・優人(リッパー・en0171)が人を遠ざける殺気を周囲に撒く。
 これで戦闘中に一般人が紛れ込んでしまう心配は無いだろう。
「では、手筈通りに行くぞ」
「おう、驚いた振りをすりゃあいいんだよな? ……上手くできっかなぁ」
 準備も整ったところでトープ・ナイトウォーカー(影操る戦乙女・e24652)が他のケルベロスたちに視線を向ける。
 件のドリームイーターは、自分の行動に驚かなかったものを優先的に狙うと言う情報がある。
 それを逆手に取り、敵の攻撃対象をコントロールするのが今回の狙いだ。
 とは言え、あれほどあからさまに鎮座されていると、ただの振りも楽ではない。デフェール・グラッジ(ペネトレイトバレット・e02355)は思案顔で驚くシミュレーションを脳内で繰り返す。
「う、うん……難しそうだけど、ボクも頑張って驚くよ!」
 一方でルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)は緊張した面持ちである。人によっては驚かされるとわかっていても、逆に構えてしまうものである。
「そんなにややこしく考えなくたって大丈夫だって! って事で、先に行くよ! わー、ケーキ発見ーッ!」
 違うベクトルで悩む2人の肩を叩き、真っ先に飛び出したのは小早川・里桜(死合中毒の散華・e02138)だった。
「ヒールで幻想化したケーキでございましょう。よくあることでございます」
「こんな大きなケーキ、見た事無いですよ……食べられるんでしょうか? ちょっとだけ、味見しても良いですかね?」
 それに続くのは巨大ケーキを観察するように眺める弓曳・天鵞絨(イミテイションオートマタ・e20370)と機理原・真理(フォートレスガール・e08508)。
 そして、興味津々で真理が赤々としたイチゴに手を伸ばした瞬間だった。
 ケーキの段々になった部分が、がぱり、と開く。
 その中に並ぶのは柔らかなスポンジー―ではない。硬く鋭い、猛獣のような牙の並びである。
 そして、捕食者の獲物が、手を伸ばした真理へと襲いかかった。


「牙の生えたケーキなんて、食べる気にもならないな」
 ドリームイーターが喰らい付くよりも早く、ノーグの鋭い爪が体を形成しているクリームとスポンジを抉り取る。
 爪先に帯びた月の魔力は精神を狂わせる毒となり、ドリームイーターを侵食していった。
「攻撃してきただと!? 中に刺客が潜んでいるのか!」
「いや、こいつはデウスエクスっすよ! ケーキが落ちてるなんてラッキーだと思ったっすのに!」
 全く動じないノーグとは逆に、トープとルインは迫真の演技で驚きを表現する。
「ほ、ほんとに動いた! すごい歯……噛まれたら痛そう!」
 そして、慌てて戦闘態勢に入るルリナはやはり素の反応で驚いて、武器を構えつつ後方支援に回る。
 ちらりと覗いた腕時計は刻々と時を刻んでいる。日付が変わるまで、もうあまり時間は残されていない。
「驚かされた仕返しはしっかりさせてもらうよー!」
 怯んだドリームイーターを追い打ちするのは、里桜の呼び出す桜を纏う緑竜。舞い散る花弁は容赦無く爆ぜ、痛みをばら撒く。
 強烈な一撃喰らったものの、驚く素振りを見せるケルベロスたちに対し、ドリームイーターはガチガチと歯を鳴らし、まるで嘲笑っているかのような仕草を見せている。
 だが、その一方で……。
「……まぁ、そんなことだろうと思ってございました。もっとこんがり焼いて差し上げるでございます」
「なんだ、つまんないですね……デウスエクスなら遠慮はいらないです」
 天鵞絨と真理は無表情で退屈そうなため息を零す。
 紡がれた竜語魔法の業火を、真理が呼び寄せたライドキャリバー、プライド・ワンの突撃が更に煽っていく。
 その無反応っぷりに、ドリームイーターの様子が変化した。
 コミカルにその場で跳び跳ね、何度も何度も歯を打ち鳴らす。まるで、駄々をこねて地団駄を踏んでいるようにも見えなくない。
「悔しいでございますか? なら、もっと驚かせてみせるでございますよ」
 その言葉通り、ドリームイーターは高く跳び上がるとその牙を天鵞絨に突き立てる。
「やってくれるじゃねぇの……が! 俺だって負けてねぇぜ!」
「そうっすね、派手にビビらせ返してやるっすよ!」
 狙い通り、攻撃対象はコントロールできている。そこに叩き込まれるデフェールとルインの一撃。
 地獄の炎と鋭い雷弾がキャンドルの灯りをかき消し、夜闇を切り裂く。
「敵の狙いはこちらに向いてる。今のうちに、叩け!」
 驚かなかった事でドリームイーターは予想以上にノーグたちへ敵意を向けている。
 その言葉通り、ドリームイーターの死角を取ったトープの手中に凍て付いた螺旋の力が収束していく。
「任せておけ、このまま押し切らせてもらおう!」
 解き放たれる螺旋氷縛波。
 業火と雷撃、そして渦巻く氷結にドリームイーターの咆哮が響いた。


 ドリームイーターの鋭い牙は深々と肉を裂き、骨にまで達する。一撃一撃が凄まじく強烈だ。
「おい、無理すんな! 倒れたら元も子もねぇぞ!」
「まだ問題ない、アンタたちはあいつを倒すことだけを考えろ」
 肩口から思いっ切り噛み付かれ、ノーグの半身が血に塗れる。
 デフェールの炎弾を浴びてドリームイーターは退くも、受けた傷は見ての通り軽くは無い。
「そんな事言われちゃ、しっかりやるっきゃないね、デフェ!」
 敵の猛攻を浴びながらも毅然と振る舞うノーグの姿に負けじと、里桜も獲物を振るう。
 漆黒に彩られた刃は微かな鎖の音色を響かせ、敵の死角を襲う。力任せでは無い、卓越した技の一撃だ。
 今回の戦いは、言わば防衛線である真理、ノーグ、天鵞絨の3人がこのドリームイーターの強力な攻撃をどこまで堰き止められるかだ。
 戦いが始まって数分、他のメンバーへ逸れた攻撃も受け止め続けていればダメージの蓄積も当然早い。
「わ、やっぱ凄い痛そう……すぐ回復するね。羊さん、お願い!」
 そして、それを支えるのはルリナの呼び出すもっふもふでふっかふかの羊。癒やしの効果は見た目だけではない、傷も確実に癒えている。
「助かった。さて、このまま防戦一方だと思うなよ……ケーキカットは、行儀悪く行くぞ」
 羊に癒され、白狼が駆ける。
 鞘から抜き放たれたノーグの手にした剣閃は鋭く弧を描き、狼の牙の如く深々と斬り穿ち、ドリームイーターの霊魂を侵食する。
「いい加減、お前の驚かし方も飽きてきた。片付けさせてもらうぞ」
 そして、白狼に続くのは、トープの影から生み出される漆黒の狼影。
 闇を裂いて喰らい付く牙と、喰い込む爪は甘い夢に覆われたドリームイーターの真の姿を曝け出す。
 クリームやフルーツなどの装飾を抉り取られ、柔らかいスポンジを斬り刻まれ、傷口から覗くのは不可思議なモザイクの塊。
「それがお前の本性か。こうして見れば、所詮はただのドリームイーターだな」
「第一、悪夢をそのまま現実に、なんて陳腐も良いとこっす! そろそろお目覚めって事で、恐ろしく素敵な悪夢の中へお還りいただくっす!」
 深く深く、闇より昏い深淵が悪夢の世界を塗り潰す。
 ルインの作り出した、余りにも名状し難き世界は、知ってはならない悪夢のような現実。
 何処とも知れぬ水底からの呼び声に縛られたドリームイーターは、確実に追い詰められていた。
「頃合いですね。突破口を開きます、行きますよ、プライド・ワン!」
 後もう一押し、ドリームイーターはそれで崩れるだろう。そのとどめの布石を作るべく、先陣を切ったのはプライド・ワンに跨った真理だった。
 文字通り燃え盛るプライド・ワンと、手にしたチェーンソーのエンジン音が一体となり、ただただ真っ直ぐに敵を捉える。
 ー―が、まるでそれを狙ったかのように、ドリームイーターの口が今一度大きく開いた。


「そうはさせないで、ございますよ」
 限界を超えて大きく開かれた口から放たれるモザイク。
 だが、プライド・ワンに乗った真理を包み込むより先に、横合いから天鵞絨が飛び出し、その一撃を受け止める。
「……少しばかり……効いたでございます」
「やってくれましたね。これで、切り分けてあげるですよ!」
 業火を纏い突撃するプライド・ワン。そして、その上から突き立つチェーンソーの一撃。炎熱した回転刃と猛走する車体が、ドリームイーターを路地の一角に貼り付けた。
 その直後、再び里桜の緑龍が降り注がせる桜花がドリームイーターを囲い、爆ぜる。
「下拵えはコレくらいかな? ……トドメはお願いするね、ま・しぇり?」
 爆炎で巻き上がった土煙が晴れるより先に、キャンドルが数本、炎弾で吹き飛んだ。
 続いて、辛うじて残っていたフルーツのいくつかが吹き飛び、燃え果てる。
「……そこだ、ぶち抜け!」
 そして、最後の一発。デフェールが放った炎弾は『お誕生日おめでとう』と書かれたプレートを撃ち抜き、次の瞬間ドリームイーターは内部から燃え上がる地獄の炎に包まれる。
 炎が消えた後には、ほんのりと漂う甘い香りだけが残されていた。
「天鵞絨さん、大丈夫ですか?」
 敵の沈黙を確認し、真理は自分を庇った天鵞絨の様子を気遣う。
「ちょっとだけやばかったけど……ひとまず問題無いでございますよ」
 どうやら、自身の言葉通りギリギリ持ちこたえてはいたようだ、ゆっくり立ち上がり、問題無い旨を示す。
 旧知であるトープは、その様子を見て軽く息を零した。
「……相変わらず表情が読めん奴だな、お前は」
「以前ほどでもございませんよ、マスター。それより、早く行かないといけないところがあるでございましょう?」
 ー―戦いの後ケルベロス達が向かったのは、とある一軒家。今回の被害者である鈴沢・理子の家だ。
 事前に連絡をしていた事もあり、ケルベロスたちは理子の部屋にすんなりと通される。
 時刻は0時を回ったところで、理子も丁度目を覚ましていた。
「あ、あれ……怖いケーキ……は?」
「夢見が悪くて災難だったっすね。悪ーい夢はもう終わりっすよ」
 ルインの言葉と、続く母親の説明を受けて理子もようやく状況を理解したようで、寝惚けていた恥ずかしさと悪夢から解放された安心から体の力が抜けてしまう。
「少しだけ誕生日は過ぎてしまったが、ハッピーバースデー、だ」
「ハッピーバースデー、なのです!」
 トープに続き、真理が言葉をかけてプレゼントを差し出す。
 それはふわふわのスポンジに包まれたケーキ……ではなく、スポンジよりふわふわなぬいぐるみだ。
「こっちは本物のケーキだ。誕生日、おめでとう」
 ノーグからは本物のケーキ。無論、牙もなければ動かない。
 トープがあらかじめ母親にお願いしておいた、お手製のケーキも勿論用意されている。甘々だが、今度は夢ではない。
 ケルベロスたちからのプレゼントに理子の表情はパァッと明るくなる。
「わ……ありがとう。ふふっ、これなら全然怖くない! ……あれ、羊のおねえちゃん、どうしたの?」
「あ、えっと……ごめんね、お誕生日、過ぎちゃった……」
 もう少し早く倒せていれば、ギリギリ誕生日に間に合っていたかもしれない。そう思い、ルリナは申し訳無さそうにプレゼントの羊のぬいぐるみを手渡す。
「そんなの、あたし全っ然気にしてない! こんなに賑やかな誕生日なら、少しくらい遅れたって平気だよ!」
 しかし、当の理子はぬいぐるみを抱きしめてにっこりと微笑み返す。
 どうやら、この程度の遅刻は杞憂に過ぎなかったようだ。
「それにアメリカ時間ならまだ日付は変わってございません」
「その理論はどうなんだ? まぁ、いっか、誕生日オメー!」
「そうそう、細かい事はいいから、今日は楽しんじゃいなよ!」
 デフェールと里桜も、天鵞絨の理屈に頷いて祝福を述べる。
 理子に取って、あらゆる意味で今日という日は忘れられない誕生日になった事だろう。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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