真夜中の幽霊喫茶にて

作者:沙羅衝

 大阪市のミナミと呼ばれる繁華街の細い路地裏に、一軒の喫茶店があった。既に灯りが消された看板には『幽霊喫茶_サイレンス』と名がうってあった。
 店から路地を抜けると、繁華街を行きかう大勢の人が、週末まで頑張ったごほうびを貰いに、店をはしごしていく姿があった。
 この暗く、狭い路地に入る人はいない。まさかその先に、喫茶店があるなど、夢にも思っていないのだ。ただ、この喫茶店の売りはまさにそこであったのだが。
「これでここもおわり……やな」
 その喫茶店の中で、初老の男性、田中・一が、少しため息をついて、自分の名札をカウンターにコトリと置いた。かけてある時計は23時を指していた。
「結構、自信作やってんけど、な」
 そう言って、この店の為にこしらえた少し大きめのサイフォンを眺める。横には、手動のコーヒーミルが置かれてあった。それらの道具には、丁寧に血のりがつけられている。
「静かで、暗くて、狭いところに在る、繁華街の幽霊喫茶店。この雰囲気、好きやねんけどな。俺」
 一はそう言って、店の雰囲気を一層暗くしている赤銅色のランタンを眺める。店には同じようなランタンがあるが、灯りはそれだけだった。
 そして、そのいたるところに存在している髑髏の置物や、古ぼけた心霊写真が、そのおどろおどろしい雰囲気を更に強調していた。
「脅かしすぎたんかな。やっぱり……。たまのお客さんもすぐに帰ってしまうしな。この怖い中にある静けさ……。俺はたまらんねんけどな。もっと普通の隠れ家喫茶店にしとけばよかったかな」
 一は、今度は少し、深めのため息をついた。
 その時、一の心臓を一本の大きな鍵が貫いた。
「私のモザイクは晴れないけれど、あなたの『後悔』を奪わせてもらいましょう」
 ばたりと倒れた一の横には、モザイクで出来たエプロンを身につけた店長がもう一人立っていた。そのエプロンには、派手な電飾が施され『さいれんす』という言葉がビカビカと光っていた。
 店長姿の人物は、そのまま客を求めて店を出て行った。

「みんな、依頼や」
 宮元・絹(レプリカントのヘリオライダー・en0084)が、集まったケルベロスを前に、依頼の説明を開始していた。
「お店を潰してしまった人の『後悔』を奪うドリームイーターが現れたらしいねん。『後悔』を奪ったドリームイーターは既に姿を消してるんやけど、奪われた『後悔』を元にして現実化したドリームイーターが、事件を起こそうとしているんや。
 現れたドリームイーターによる被害が出る前に、このドリームイーターを撃破して欲しいっちゅうのが依頼や。このドリームイーターを倒す事が出来たら、『後悔』を奪われてしまった被害者も、目を覚ましてくれるみたいやから、しっかり頼むで」
 その話を聞いたケルベロス達には、『後悔』を奪うという事について疑問が浮かんだ者も居たようだが、そのまま詳細を絹に尋ねた。
「今回の被害者は、田中さんという人で、喫茶店の店長さんや。その店長さんが敵のドリームイーターに成り代わっとるわけや。このドリームイーターは喫茶店の中におるから、そこで戦うことになるわ。この店長さんは、店のどっかに意識を失って隠されとる。
 この店には他にお客さんがおらんし、来ぉへんから、そこは安心して。店もまあ、そのまま戦えるくらいのスペースはあると思うで。ちゅうか、この店はえらいほっそい路地の奥にあるみたいやから、店の中でしか戦えんけどな……。ただ、暗いから灯りはあったほうがええやろな。
 攻撃方法は、モザイクで出来たコーヒー豆を飛ばしてきたり、ミルを挽いてその香りをモザイクにしたりするみたいやな。それぞれ、怒りの効果とパラライズの効果がある。あとは、ヒールもするみたいや。
 どうやって乗り込むのとかは任せるで。そのまま客として入っていってもええ。……まあ、そうすると接客してくるみたいやけどな」
 絹がそう言うと、ケルベロス達は顔を見合わせる。
「この田中さんは、お店を閉めてしもて、後悔もさんざんしとる。でもその後悔は残念な思い出やけど、大切な想い、でもある。しっかり頼んだで」
 絹の声に、ケルベロス達は頷いた。


参加者
シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)
東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)
月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)
常葉・メイ(刀剣士・e14641)
九十九折・かだん(樹木葬・e18614)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
灰縞・沙慈(小さな光・e24024)
保村・綾(真宵仔・e26916)

■リプレイ

●喫茶『さいれんす』
 カランカラン……。
 静かで狭い路地裏に、カウベルのような音が響き渡る。
「やってるかい?」
 ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)が喫茶店の扉をあけ、声をかけた。
「イラッシャい」
 少し機械的な、それでいてしゃがれた声が応える。ここは絹の話にあった喫茶店である。ケルベロス達は、その声を聞き、ぞろぞろと店内に入っていった。
 店は暗く、ランタンの灯りのみが店内を照らす。
「店主、トマトの生き血を一つ」
 九十九折・かだん(樹木葬・e18614)が、カウンターに腰掛けながら、ドリンクを注文する。
「あ、すいませーん、ミックスジュースくださーい」
 シル・ウィンディア(蒼風の精霊術士・e00695)も、かだんの隣に座り、荷物を下ろして注文をする。しかし、かだんとは違い、少し声が震えている。冷房が意図的に強くかけられているのだが、どうやらそのせいではないようだ。
「うぅ、やっぱり、こういう雰囲気は苦手だなぁ……」
 シルは、少し腕をさすりながら言う。
「おすすめメニューはなんだろうか?」
 一番奥のテーブルに座った常葉・メイ(刀剣士・e14641)が、腰をかけながら尋ねた。
「シッコクコーひーでス」
「……ん。ブラックということか。では私はそれを」
「良いですね。あ、私もその漆黒珈琲を貰えますか?」
 メイの情報を聞いた月宮・京華(ドラゴニアンの降魔拳士・e11429)は、頷きながらカウンターに腰をかけ、壁に貼られた文字を見ながら、同じものを注文する。
「僕もそうしよう。合計、3つ……かな?」
 一番奥のカウンターに座ったノチユが、まだ注文の決まっていない、テーブルのメンバーを見た。
「ブ、ブラックかあ……」
 メイの隣で東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)は、悩んだ挙句、牛乳地獄珈琲という名のカフェラテを頼んだ。どうやら、苦いコーヒーは苦手なようだ。
「ソチラのオジョウサンは?」
 店主の格好をしたドリームイーターは、大きなかばんを床に置き、苺の向かいに座った灰縞・沙慈(小さな光・e24024)に尋ねる。
「え!? あ……どうしよう。考えてなかったよ」
 沙慈は、考えていた作戦で頭が一杯になっていたのか、混乱しながらメニューを見るが、なかなか決めることが出来ない。
「ね、沙慈さん。一緒にミックスジュース飲もうよ!」
 カウンターから後ろを向いたシルが、助け舟をだす。
「じゃ、じゃあそれ、ください!」

 ガリガリガリ……。
 店の中をコーヒー豆の挽く音が響く。
「ちょっと雰囲気のありすぎる喫茶店だねー」
 苺がきょろきょろと、店の周りを見渡す。苺の目の前には、髑髏の置物が飾ってあった。
「心霊写真とかすごいな。あなたが撮ったのか」
 サイフォンに豆をセットし、アルコールランプに火をつける店主に、メイが話しかける。しかし、店主は何も言わず、一瞥だけする。
 少し、しんとする店内。コーヒーの良い香りだけが漂っていた。

●ケルベロス達とドリームイーター
「オマタセ……」
 コトリと血が滴るデザインのコーヒーカップをテーブル、そしてカウンターに置かれていく。
 そのカップが置かれた瞬間、
「キャー!」
 という悲鳴がスピーカーから聞こえてきた。
「ひゃっ!」
 本気で硬直するシル。
「この店の雰囲気、いいなあ。落ち着く」
「えっ!?」
 シルは、トマトジュースを飲みながら、内装を見ているかだんの声に驚きの表情を浮かべる。実は内心、先程の悲鳴にはびっくりしていたので、ドキドキは止まっておらず、シルと同じく硬直していたのが、怖い系の話や雰囲気には興味があるようだ。
「思ったより本格的……。うん、ひんやりした空気も血飛沫が飛ぶ内装も、少し怖いくらいがちょうどいいよ」
 ノチユは、そんなかだんの様子を気にすることも無く、素直に同意する。
「え? ええぇぇ!?」
 シルはそれを聞き、信じられないという表情を浮かべていた。
「あ、美味しいですね」
 京華は頷きながら、そのコーヒーの味を褒める。
「成る程、サイフォンで入れたおかげか。豆の油分のおかげで、苦味が柔らかく広がるな」
 メイも、その味を堪能する。
「本当だ。なんだかとてもまろやかで、とっても美味しいよっ」
 苺は牛乳地獄珈琲の味に舌鼓を打つ。どうやら味は確かなようで、何故閉店してしまうのか、少し考えるケルベロス達。
「あ、私ちょっとだけトイ……じゃない、お手洗い、行ってくるね!」
 その時、沙慈がその大きなかばんを抱えながらトイレに入っていった。
 ボーン。ボーン……。
 壁掛け時計が午前0時を知らせた。
 トイレに入った沙慈が、かばんをあけた。すると、一匹の小さな黒猫が抜け出し、徐々に人の形へと変身していく。
「ふう……。サジあねさま。どうやら1階に一さまはいらっしゃらないようじゃ」
 小声で沙慈に話す保村・綾(真宵仔・e26916)が、そう告げる。綾は店主がドリンクを作っている間に、暗闇にまぎれて1階を捜索していたのだ。
「綾さん、有難う。じゃあ、2階かな?」
「そうだと思いますのじゃ」
 綾と沙慈は、お互いに頷いた。
 ガチャリ。綾を再びかばんにいれた沙慈が、トイレを出ると、店内の様々な仕掛けに、冷や汗をかいているシルの姿が見えた。
 店の仕掛けは本格的なもので、驚きと恐怖を容赦なく与えるものだった。しかし、シル以外の苺、京華、かだん、ノチユはその仕掛けをびっくりしながらも、時には派手に怖がり、楽しんでいた。メイは特に怖がる事も無く、落ち着いて仲間達の様子を見ていた。
 ドリームイーターはその姿を見て、満足であったのか、エプロンの電飾を輝かせた。
 トイレから帰ってきた沙慈が手を挙げると、ノチユが頷く。
「さて、そろそろ……」
 そう言って席を立つ。
「オカえリで?」
「ああ……」
 そう言い、会計を済ませるケルベロス達。そして、ノチユはこう続けるのだった。
「楽しかったよ。でも、ここまでだよ」

●得たもの
 ケルベロス達は、自ら持参したランタンを取り出し、スイッチを入れた。店内が一気に明るく照らされ、視界の悪さを無くしていく。
「……グあ!」
 その眩しさに、少し怯んだ様子のドリームイーター。すかさずシルが、飛び蹴りを放つが、寸での所でドリームイーターはその脚を避ける。
 バタン!
 入り口の扉が開け放たれ、苺のボクスドラゴン『マカロン』と、メイのウイングキャット『ねこ』、それに、沙慈のウイングキャット『トパーズ』と、綾のウイングキャット『文』が突入し、綾がかばんから飛び出し、人の形を成していく。
 苺が前に出て爆破スイッチを押すと、自分とマカロン、それにメイとねこ、シルの背後にカラフルな爆発を発生させる。
 綾がオウガメタルを纏い、拳をドリームイーターに打ち出すと、その拳がエプロンに穴を開けた。
「かかさま! お願いしますのじゃ!」
 綾が文に伝えると、文は翼を羽ばたかせ、綾とかだんに風の力を纏わせる。
『命に、恋をしよう。』
 かだんが唸るような轟く声を響かせる。その声を聞いた苺とメイとねこ、そしてシルに力を与えていく。
「ねこ……」
 メイは紙兵を撒きながら、ねこに声をかける。すると、メイの声を聞いたねこは、文と同じように羽ばたき、自分達と苺、それにシルへと風の力を纏わせた。
『綺麗なツルの贈り物』
 沙慈が魔力が籠った鶴の折紙をふう、と吹き、メイと苺、シルへと飛ばす。その折紙は、彼女らの肩にふわりと舞い降りた。
「出来れば、お店の物は壊さないように……」
 京華はそう言いながら、バトルガントレットの拳を握りこみ、人差し指だけ立て、ドリームイーターへと突き出すと、その肩を狙い済ませた指が貫いた。
「グあ……」
 その攻撃は、京華が思っていたよりも、ダメージがあったらしく、貫いた右肩部分に大きな穴を開けていた。
「そろそろ、本物の店主に会わせてもらう」
 ノチユが縛霊手で、殴りつけ、網状の霊力がドリームイーターを縛っていく。
「ガアあ……」
 ドリームイーターは、その網状の霊力を身体に絡みつかせながら、自らの手にコーヒー豆の形をしたモザイクを出現させ、綾に向かって放った。
 しかし、そのコーヒー豆は、メイのケルベロスチェインによって弾かれた。
「……みんなは、わたしが護る」
「わたしも、居るんだよねー」
 メイの隣に苺が進み出る。
 ケルベロスは、徐々に攻撃を加えていった。そして、一つ気が付いたことがあった。
「……あまり、防御姿勢をとらない、みたいですね」
「うん。そうみたいだね」
 京華が呟き、シルが頷く。
「このまま、いけそうだな?」
 かだんも轟く声を京華と沙慈に与えながら頷いた。

●霧散
『精霊たちよ、集いて光の剣となり、すべてを斬り裂けっ!!』
 シルが属性エネルギー収束させた剣を、ドリームイーターに切りつけ、苺がオウガメタルの拳で殴りつけると、ドリームイーターの膝が崩れ落ちた。
 しかし、それでもドリームイーターは防御姿勢をとらない。
「かかさま!」
 文が尻尾のリングを飛ばし、炎があがるエアシューズの蹴りをぶつける綾。そこへかだんが、電光石火の蹴りを、そのエプロンへと打ち込んだ。
「……グが!」
 うめき声を上げるドリームイーター。
『私はその守りを斬り崩す、一手となる』
 メイが的確にドリームイーターの腕を斬撃で切り落とし、沙慈が口から炎の息を吹きつけた。
『全てを切り裂く!』
 京華が竜化させた腕を、バトルガントレットに出現させた爪で薙ぎ払うと、ビカビカと光っていたエプロンが落ちた。
 既に、ドリームイーターの動作は、終末のそれであることは、ケルベロス達には分かった。
「後悔……その感情はあの人だけのものだ」
 ノチユが縛霊手に地獄の炎を纏わせながら、近づいていく。
「僕の感情が……」
 ノチユの地獄の炎が、ドリームイーターの胸を貫く。
「僕だけのものであるように」
 ドリームイーターは、うつぶせに倒れると、その後悔の念が散っていっているかのように、静かに消えていった。

「……そうか、そんな事になったんか。最後やというのに、ホンマ迷惑をかけたんやな。有難う」
 一を2階から助けたケルベロス達は、店を少しヒールした後。何が起こったのかを、一に説明していた。
「後悔しても……それは、自分の足跡になるんだと思うの。だから、元気だそうよ!」
 シルが一に話す。
「うーん。実はもう、後悔って言ってええのかわからんねんけど。あんまりそんな気持ちは無いんよね……」
「と、言うと?」
 かだんが、続きを促す。
「うん。なんか分からんけど、スッキリしてんねん。次、どうしようかなって考えてる所やねん」
 意外な答えに、少し驚きの表情を浮かべるケルベロス達。てっきり、さぞ落ち込んでいると思っていたからだ。
「次……。そうだ、もっと楽しいお店とか! 私みたいな子供楽しいお店だと嬉しいな!」
「わらわは、面白いお店が良いと思うのじゃ」
 沙慈がそう提案し、綾もそれに頷きながら話す。
「おじさん。そのコーヒー、良い味してたよ。コンセプトさえ間違えなかったら、絶対いけると思うなっ」
 苺がサイフォンを指差しながら、先程のコーヒーを思い出し、アドバイスをする。
「僕は、イイ趣味だなあとは思うけどね」
「そうですね、私もこの雰囲気は好きです。是非やり直して欲しいですね。応援します」
 ノチユと京華は、この雰囲気は嫌いではないようだった。
 それを聞いて、嬉しそうな顔をする店主。だが、店というのは、そう簡単なものではないのだ。
「店主……漆黒珈琲以外の、オススメのメニューというのはあるのか? 是非いただいてみたい」
 そう、メイが話すと、じゃあ何か作って見ようかと話し、冷蔵庫を空ける店主。
 こうして、ドリームイーターの脅威が去った喫茶店『サイレンス』跡では、ケルベロス達と店主の新しい店への会議が朝まで続いていったのだった。
 もちろん彼らは、新しい店がオープンすれば、一番に駆けつけるつもりだ。

作者:沙羅衝 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月17日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 6
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