継ぎ接ぎの魔女たち『蠱毒の壺』

作者:白石小梅

●蟲の群れ
 横浜市。車通りの少ない郊外。
 一人の女が、不動産屋の名義の入った車にもたれ掛かって電話をしている。
「はい。長年、放置されていましたからね。新しい所有者さんには、取り壊して新しいものを建てることをお勧めした方が……」
 女が振り返るのは、窓一つない廃倉庫。思い出したものを頭から祓うように身震いして。
「はい。倉庫内は蟲だらけになっていました。酷い状態です。ええ……扉を開けたら夕日から逃れてざざーっと奥へ……私は大丈夫です。これから帰ります」
 携帯電話を切った女は、深いため息をついて独りごちる。
「一生分のゴキブリ見たわ……勘弁してよ。そりゃ、管理会社やってりゃ一匹、二匹なんてよく見るけどさ。あれはないよ」
 しばしの沈黙。心を落ち着かせるための深呼吸をして、車に振り返る。
「今晩は。私はパッチワーク第六の魔女、ステュムパロス」
 ざくり。
「そして、さよなら。私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ち、少しわかったよ」
 滲んだ翼の女が薄い笑みを浮かべて、心臓を穿った鍵をひねる。
「……!」
 血も流さずに頽れる、不動産屋の女。
 その隣に現れたのは、滲んだ黒い球体。蠢くモザイクの内側から、ぼたり、ぼたりと、無数の蟲が零れ落ちる。滲む蟲球は倉庫の中へと消えた。
 女は倒れ、夕日は落ちて、魔女の笑いも遠ざかる。
 誰もいない倉庫の中から響くのは。
 きち、きち、きち、きち、きち……。
 
●継ぎ接ぎの魔女
「『パッチワーク』と名乗るドリームイーターをご存知でしょうか。モザイクの卵作戦を指揮していた個体……通称『赤ずきん』の更迭に伴い、地球侵攻作戦の指揮を執り始めた十二体の魔女から成る集団です」
 と、望月・小夜(サキュバスのヘリオライダー・en0133)は前置きしつつ。
「『嫌悪』を欠落させたパッチワーク第六の魔女。ステュムパロスと名乗るドリームイーターの動きを捉えました。ある女性の嫌悪を元に新たなドリームイーターを生み出したようです」
 女性の名は美和・智子。不動産会社勤務の二十七歳。新たに管理下に入った廃倉庫を下見に行き、現場を見てショックを受けていたところを襲撃されたという。
「ドリームイーターの鍵で何かを奪われた被害者は、それを元に生み出されたドリームイーターを撃破することで意識を取り戻します。逆を言えば、そうしない限りは衰弱死するしかありません」
 ステュムパロスはすでに姿をくらましたが、生み出された怪物は放置され現在も廃倉庫に立て籠もっている。
「この怪物型ドリームイーターを、仮に『蠱毒壺』と呼称しましょう。今回の任務は、蠱毒壺の撃破です」
 
●蠱毒壺
 嫌な予感がする。まだ話も聞いていない敵の姿だが、なんとなく想像がつく。
「蠱毒壺の本質は、黒く蠢く滲んだモザイクの球体です。直径三十センチほどで、そこから無数の蟲を生み出して廃倉庫の壁面を覆い尽くしています」
 壁面は天井から何から、蟲の群れに覆われて黒く蠢いている。その全てが敵の手足。ローカスト・ウォーでも発見された、無数の小個体の集合を一体の敵と数える『群体型』の敵に近い。
「空間そのものを取り込んでいるのでしょう。敵が生きている限り強力なグラビティを使用しても倉庫が崩落する心配はありません。つまりは敵の体内に突入し、内側から心臓を突き刺すような任務だと思ってください」
 蠱毒壺の行動は単純明快。倉庫の中で待ち構え、侵入してきた者を貪り尽くす。ただそれだけ。
「毒を持った蟲も多く、纏わりつかれて噛み付かれれば灼けるような痛みを伴うでしょう。ですが、この蟲は敵の手足であり、グラビティの一種。纏わりつかれても、浄化の力で祓えます。蠱毒壺を倒しさえすれば全ていなくなるでしょう」
 倒すまで消えないのでは、何の慰めにもならない。そんな想いに、小夜は構わず。
「蠱毒壺は動きませんが、小動物を喰らって強大化するかもしれませんし、放置するには危険すぎます。今のうちに駆除しなければなりません」
 
「やるしかないわけだ……了解した」
  アメリア・ウォーターハウス(シャドウエルフの鹵獲術士・en0196)がため息をついて立ち上がる。
「おぞましい敵ですが、我を忘れず冷静に対処してください。被害者を救出できるのは、皆さんしかいないのです」
 出撃準備を、お願いいたします。
 小夜はそう言って頭を下げた。


参加者
マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
霧凪・玖韻(刻異・e03164)
神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)
ウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)
火鳴木・地外(酷い理由で定命化した奴の一人・e20297)
マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)
月桜・美影(オラトリオの巫術士・e21666)

■リプレイ

●蠱毒の門
 日はほとんど稜線の彼方に沈んでいる。空は橙色から薄紫のグラデーションを描き、任務を終えるころには夜の帳が降りるだろう。
「蠱毒かのう、あたしも似たようなことをしておったのう。小さな虫を拾っては壺に入れてのう……じゃが、どれも失敗に終わったのじゃ」
 研究自慢を口にするのはウィゼ・ヘキシリエン(髭っ娘ドワーフ・e05426)。その話に頷くのは、神白・鈴(天狼姉弟の天使なお姉ちゃん・e04623)。
「な、なるほど。それで今回も……自分から囮役を申し出るなんて。ウィゼちゃん小さいのにすごいなぁ。や、私もローカストとかは平気なんですけどこう、小さいのがウゾウゾしてるのはちょっと……」
「あわわわ……き、気持ち悪い虫がいっぱい……考えるだけでも卒倒しそうなのに……改めて言葉にしないでくださいぃ……」
 慌ててその言葉を止めさせたのは月桜・美影(オラトリオの巫術士・e21666)だった。ボクスドラゴンのリュガも、ぶるぶるっと身震いする。
 促されるように、マルティナ・ブラチフォード(凛乎たる金剛石・e00462)の二の腕辺りに鳥肌が走る。これから向き合う相手となれば、考えないようにするというのも難しい。
(「暗闇の中で虫、とは……嫌悪の対象ではあるが……怯むわけには……ウィゼには感謝するしかない……本当……その……」)
 思考さえ尻すぼみになっていく恐怖と嫌悪。実は、彼女は蟲を苦手としている。だが、今回共に闘う女性陣はまだ幼い可憐な少女ばかり。弱音を吐きたくはない。
「頑張ろう。ささやかながら、援護する」
 唯一の年配であるアメリア・ウォーターハウス(シャドウエルフの鹵獲術士・en0196)が、脇を小突いて苦笑いを浮かべた。その後ろにはサポートについてきた機理原・真理の姿もあるが、不安そうな表情は隠せていない。
 ウィゼを除いた女たちがため息交じりに身を震わせているのを背に、マーク・ナイン(取り残された戦闘マシン・e21176)は被害者をそっと車中に寝かせ直した。
「干からびて死んだりしねえよな?」
 火鳴木・地外(酷い理由で定命化した奴の一人・e20297)の問いに、マークは全ての窓を開けはなつ。
「もう日は沈んだし、こうして全開にしておけば大丈夫だろう。どちらにせよ、中に入ったが最後。生きて出るにはゲームをクリアしろという仕掛けだ」
 彼女が助かるかもまた、自分たちが倉庫を生きて出られるかどうかで決まる。
 僅かに開いた入り口の前では霧凪・玖韻(刻異・e03164)が腕を組んでいた。
「比喩表現でよりにもよって蠱毒か。敵が生きている限り倉庫が崩落する心配はない、というのが逆に面倒だな。まず倉庫を吹き飛ばしてから事が終わった後に修復する方法も考えられたんだが……」
「いやいや……もし、これが広がりでもしたら恐ろしい事になる。中から出ないなら好都合と考えましょう。確実にここで止められます」
 ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)の返しに、玖韻は僅かな思案の後に、そうだな、と頷く。
 準備を整えたケルベロスたちは、ゆっくりと倉庫の中へ入っていく。
 そこはまるで入り口からの光を拒絶するような真の闇。不自然なほどに何一つ見えず、何一つ聞こえない。
「……!」
 突然、開いていた戸が、ひとりでに閉まっていく。息が詰まるような緊張の中、囁くような音が響き始める。
 きち、きち、きち、きち……。
「ウィゼ……こいつを」
 真っ暗闇の中、地外がそっと手渡したのは地面にも置けるライト。受け取ったウィゼにも、さすがに緊張が走る。
「では……」
 ぱちり。
 明かりがついた途端、暗闇だと思っていたものが波を打って蠢いた。壁面が、襲い掛かってきたのだった。

●暗闇
「……ッ!」
 誰かの。もしくは複数人の息の詰まる音。
「ウィゼちゃん! 嫌な役目させてごめんなさい! せめて、しっかり援護します! 皆さんは、安心して攻撃に集中して下さい!」
 言うが早いが、鈴が輝く狼の形をしたエネルギー体を召喚する。その加護で五感を一気に研ぎ澄まし、ウィゼが飛び出す。火炎を灯した足蹴りが、部屋の中央を蹴散らした。燃えあがった蟲たちはパニックに陥り、火炎から逃れるようにざあっと退く。
 炎に照らされた床面には、舐められたように綺麗に喰い尽くされた小動物の骨片……。
「……チッ! 蠱毒壺とか言いつつ中の虫どもは殺し合わずに侵入者狙いかよ! ひでぇな、こいつは!」
 地外がウィングキャットのおむちーと共に蟲の塊を蹴り散らす。蟲たちが群れ集まって壁面に作り出した凹凸の中には、恐らく餌食となった小動物が入っているのだろう。
(「ひ、ひどい……こんなの……! 狸や……鼬まで……!」)
 迷い込んだ生き物たちの悲惨な末路に気が遠くなりながらも、美影が必死に己を奮い立たせる。
「真桜、かばって! 回復支援は、私と神代さんに任せてください!」
 真桜が、ボクスブレスを放ちながらウィゼに降り注ぐ蟲を受け止める。美影が放つブレイブマインが、噛み付かれた真桜を癒しながら前衛の士気を支える。
「助かる! 授かった情報を分析したところ蠱毒壺の攻撃には欠点があるのじゃ! それは広範囲を攻撃する技ばかりで一人に対する威力が弱いということ。炎に誘導される特性と合わせれば被害を最小限に抑えられるはずじゃ!」
 そう叫ぶのは、自ら囮として蟲を引きつける役目を買って出たウィゼ。
「ああ……小さな蟲の集合体であるという性質は脅威でもあるが、弱点でもある。一点に重い一撃を放つことは不得手のはず。みんな、私に続……っ、ぃ!」
 しかし、マルティナのサイコフォースが壁面の蟲群を破砕した瞬間、蟲は周囲に飛び散って彼女の体に飛びついてくる。それは攻撃ではなく、パニックになった蟲が、やたらめったらに飛び回っているというだけだが、一般人ならばそれだけで狂乱し、行動不能に陥るだろう。
「SYSTEM COMBAT MODE READY ENGAGE……低温射撃支援、開始」
 マルティナの腕から首筋へと這い回ってきていた蟲たちが、瞬く間に凍り付いて砕け散る。彼女が息を整え、礼を言った相手は、マーク。
「あ、ありがとう……助かった」
「支援完了の報告を受信。本体モザイクのサーチ開始……」
 戦闘モードに入ったマークから、返ってくるのは機械的な返答。すでに、フロストレーザーで周囲を薙ぎ払い始めている。
「これはむしろ一般人の無差別殺戮に向いた敵だな。確かに、外に出さない方が正解だ」
 その言葉と同時に不可視の速度で放たれた玖韻の手刀が、空間ごと蟲たちを薙ぎ払う。だが、玖韻は微かに首を振った。
「列攻撃の効きが悪いな。あまりにも敵が軽すぎて、威力が散ってしまう。集中しているところに、重い一撃をくれてやる方が効率が良さそうだ。となれば、やはり……」
 冷静な分析は、蟲を払いながら目を凝らしていたギルボークへと引き継がれる。
「ええ。群体とはいえドリームイーターである以上それを統率する本体……モザイクが必ずあるはず……そこです!」
 玖韻の攻撃で蟲たちが吹き飛んだ一瞬、蟲たちの間に黒い球体が姿を現した。その一瞬を見逃さず、ギルボークが一刀の元にモザイク球を斬り捨てる。
 弓を放っていたアメリアの視線の先。
 モザイク球に亀裂が走る。
「やったか……!」
 全員の期待が、高まったその一瞬。
 モザイク球は破裂するように無数の蟲を弾き出した。

●パニック
 とっさに庇いに入った真理から、高い悲鳴が漏れる。蟲たちはさらに増え、モザイクはその海の中に潜って逃げた。
「くそっ! どー見たってフツー弱点だと思うだろ、あのモザイク! なんで叩いたらぶわっと蟲が飛び散るんだよ! 最悪だろ!」
「視界不良。視界不良……」
 地外の縛霊撃で握り潰し、マークのチェーンソーが蟲を切り払う。だが、その音さえ圧するほどの羽音が溢れ返っている。
「おいおい、敵も味方もパニックになっては、戦闘にならんじゃろ……! まずは……ぺっ! ぺっ!」
 ウィゼが咽こんで何か吐き出しながら、破鎧衝で蟲たちを蹴散らす。口に蟲が飛び込んだのか、喋るのが難しい。
「落ち着け! み、みんな落ち着け!」
「くっ……なら次の手だ。種火はついてます、マルティナさん! 試してみましょう!」
「わ、わかった!」
 本人もパニック寸前のマルティナに、ギルボークが背中を合わせた。先ほど点火した蟲たちは、まだ炎を広げながら飛び回っている。絶空斬を用いれば、火炎は広げられる。
 頷き合った二人が、跳躍と同時に虚空を一閃する。火勢が一気に強まり、部屋の中に業火が立ち上がった。その瞬間。
「……ひっ!」
 と、マルティナが息を呑んだ。
 火炎に呑み込まれた蟲たちは、ギルボークとマルティナを『火を放った敵』と認識したらしい。部屋の中央に食い込んでいた前衛に、一斉に躍りかかってしまう。
「これはちょっと……厳しいのですね。鳥肌、止まらないのです」
「地獄絵図だ……」
 そう呟くのは真理とアメリア。無論、全ての攻撃で蟲たちは薙ぎ払われているはず。だが飛び散る死骸とまだ生きている蟲の違いがわからない以上、見目の上では何の違いもない。
「す、すいません! やっぱり、ジグザグしたら火を放ったと見做されましたか!」
 ギルボークが、燃え盛りながら前衛に噛み付く蟲を払う。髪の毛が焦げるときのような異臭が倉庫中に籠もり、会話も一苦労だ。
 だが、一連の流れの中、冷静さを保てた面子は、一つの答えを見出した。
「いや、それがわかったのだから収穫だ。ジグザグは使用を控えよう。それに、蟲を肉体としていて、本体と思しきモザイクを叩いても蟲が出るということは……」
「……蟲の数イコール敵の体力、ということじゃ! 蟲どもはやたら燃えるし、やはり立てた作戦は間違っておらん。あたしは囮として発火と自己回復に専念する! ちょっとキツいが、援護を頼むぞ」
「了解。敵情分析中。残存個体は三分の二以下と推測される。短期決戦を狙い、回復は最低限にして継続した攻撃の実行を提案する」
 玖韻は気の弾丸を飛ばして蟲を潰し、ウィゼは再び火炎の足蹴りを放ちながら指示を出す。それを受けたマークもまた、チェーンソーを唸らせるが……。
「きゃああっ、こっち来ないでぇぇ!」
 部屋の中に吹き荒れる嵐の如き蟲の群れに、鈴がパニックに陥りながら時空凍結弾を乱射している。
「やっぱりこんなの無理! で、でも頑張らなきゃ……! い、今助けます皆さん!」
 目を瞑りながらがむしゃらに放たれた美影のオラトリオヴェールが前衛に飛ぶのに合わせ、サーヴァントたちもやけっぱちに前衛の回復を敢行する。
「おむちー、回復は任せた! やっぱ遠距離からやるに限るぜ、コレ!」
「しっかりするんだ、ボク! こんな虫がヒメちゃんの目に入るような事があってはいけない! 必ずここで倒さないと!」
「こ、こんなことで……私は膝を折りはしないぞ! 貴様らの敵はこちらだ! 来い! 来てみろ! ……っ!」
 地外のマジックミサイルが乱射され、ギルボークは大器晩成撃で叩き潰し、マルティナは雷撃を纏った突きで刺しまくっている。
「……提案の了承を感謝する」
 とりあえず、指示通りに事態は動いている。
 マークの呟きは、蟲の羽音の中に消えた。

●収束
 荒い息が響く。剣に走った雷電が、突き刺さっていた数匹の蟲を消し飛ばした。
「すまない。少し、取り乱したようだ。……よし。随分、減ったな」
 マルティナが振り返る。部屋の中にはまだ蟲が這っているが、部屋中を覆い尽くしていた時と比べれば、今はせいぜい床をまだらに染める程度。
「ふぃー……死んだ蟲はしばらくすると崩壊するのかのう? 天井も埋め尽くしておったはずじゃが」
 蟲が喰らいつき、灼けつくような毒をもたらしつつも、ウィゼは裂帛の気合を籠めてそれらを吹き飛ばした。さすがに膝に手をつくものの、彼女も未だ健在。
「いい加減、慣れてきたぜ……もう回復は十分だろ。畳みかけるぞ!」
 再び波打って飛び掛かって来た蟲たちも、地外とリュガが共に体を張ってそれを防いで見せる。彼らに纏わりついた蟲たちを払うのは、美影の禁縄禁縛呪。
「かしこまりました! 引き剥がします! これ以上は、もうやらせません!」
「ウィゼちゃんは、頑張ったんだ……! 私も、しっかりしないと! 行きます!」
 涙目ながら、パニックから持ち直した鈴が、マインドソードで部屋を逃げ回る蟲を潰して行く。
 そう。作戦自体は完璧だった。
 如何な大群でも、相手が囮のウィゼ一人ならば喰らいつける数は限定される。結果、見目はともかく敵はその力を活かしきれなかったのだ。
 蟲たちは、追い立てられるように消滅していく。そんな中、部屋に鋭い視線を這わせたギルボークが、片隅で未だ折り重なる蟲の群れを見出した。
「先ほどはいきなり蟲が弾けて、少々驚かされましたが……もうその手は食いませんよ!」
 彼の操る七天抜刀術・志の太刀が、刹那の速さで蟲の群れの中心を穿ち抜く。飛び散った蟲の塊の中に、ノイズを走らせながら身を縮こまらせるモザイク球。
「……先ほど見た時はサッカーボール大だったが、今は野球ボール以下。大分、蟲を吐き出したようだな」
 と、姿を露わにされた瞬間、モザイクは玖韻のフロストレーザーで周囲の蟲ごと氷に包まれていく。それに、銃剣が突き刺さった。
「MODE ASSAULT READY……」
 甲高い悲鳴のような音を上げながら、モザイク球体がぎりぎりと身を捩らせる。構わず、マークの指が引き金を引いた。
「FIRE!」
 飛び出した銃弾の衝撃に、モザイク球は激しいノイズを迸らせながら、吹き飛んだ。
 部屋の中の蟲はほぼ消えて、僅かに残っていた死骸も小さな塵と化して行った。

●静かな夜
 昼のうだるような暑さも遠のき、夜は静けさを取り戻している。
 崩れかかった倉庫の外で、ウィゼは美影の治療を受けながら、戦闘前に話しそびれた話を語っていた。
「それで……ウィゼさんが蠱毒を作ろうとした時はどうして失敗を? 具体的には、何が原因だったんでしょう?」
「うむ。たくさんの壺を用意して試みたが、あたしは蠱毒を作るには殺し合う種類の虫を同じ壺に入れるという基本的なことを失念しておったのじゃ」
「……えっと。それって。つまり」
「うむ……その結果、皆、健康に天寿を全うしてしもうたのじゃ」
 ウィゼは無事。ディフェンダーに回った者も、サーヴァントも含め皆無事に任務を達成した。作戦が功を奏し、被害はない。
 そして、一方では。
「は? え? ケルベロス?」
 今回のドリームイーターの『元』となった女性、智子。彼女もまた意識を取り戻し、事情を説明されている。
「ええ。信じられないかもしれませんが、今話したことは全て事実です」
 倒れた時に擦りむいたのだろう傷を鈴がヒールしている。そこに歩み寄ってくるのは、マルティナ。
「具合は大丈夫か? 夏場に外に倒れていたんだ。近くの自販機でスポーツドリンクを買って来たから飲むといい。倉庫はどうする? ヒールで直すことも出来るが」
「あ、もちろんお代は結構ですよ」
 二人の言葉に、智子は穴だらけになった倉庫を見つめた後、投げ出すように肩をすくめた。
「潰しちゃいたいけど……オーナーさんに話を聞かないと」
 とりあえず倉庫の件は、ケルベロスカードを受け取り持ち主がヒールを希望した際は手を貸してもらうという条件にまとまった。
「ちょっといいか?」
 と、口を挟んだのは、マーク。
「この事件を起こした奴についてだ。聞かせてくれないか。些細なことでも構わない」
「ええ? といっても……鳥みたいな翼がモザイクで滲んでて……なんとかの魔女って名前と……あとは嫌悪がどうのって言ってたことしか……」
 それらの情報は、予知の中で手に入れたものと変わらない。パッチワークの魔女たちの尻尾を掴むには、抽象的に過ぎる。力になれぬことを謝る智子に、マークは首を振って礼を返した。
「嫌悪……ですか。ドラゴンの配下達は憎悪と拒絶を集めていましたが、あれは定命化まで時間の引き延ばしの為。ドリームイーターが同じ様な物を集める理由とは……?」
 共に話を聞いていたギルボークが、顎に手を当てて首を捻る。個体の特性というだけでなく、そこには何か意味があるのではないか。
「欠損をモザイク化する種族……適合するドリームエナジーを得ることでそれを晴らすことを求める……その魔女の場合は、嫌悪、か」
「続けることで、奴はいずれ適合者を見付けるだろうか?」
 玖韻の呟きを受けてアメリアが疑問を重ねる。その答えは、まだ誰も知らない。
「早めに尻尾を掴んで事件を終わらせたいものです……あんな怪物は、もう十分です……」
 サポートに力を尽くした真理も、うんざりと首を振る。
「つまりだ。わかってることは、やること全部突き崩して、最後には尻尾を捕まえて倒しちまえばいい……ってことだ。それで十分さ」
 地外が言う。
 無数の配下の向こうに霞む、十二人の魔女。
 そこに至る道は、いびつな欠損が生み出す怪物たちで埋め尽くされていることだろう。
 いずれまた現れるだろう悍ましい敵を思い描き、ケルベロスらは覚悟を新たにする。
 目指すべき敵は、その向こうにいるのだから……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2016年8月15日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 7
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